『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第百十六話 小次郎、仇を取るのこと
ふとだ。孫策が共にいる二張に言った。彼女は今は己の天幕にいる。
その中でだ。こう言ったのである。
「小次郎は今は見回りに行っているわね」
「はい、今日も励んでおられます」
「鷲塚殿と共に」
そうしているとだ。二人も主に話す。
「怪しい者を実際に御覧になったらしく」
「そうされています」
「真面目ね。相変わらず」
孫策は二人からそうしている聞いて微笑んだ。
そうしてだ。二人に今度はこんなことを言った。
「ところでね」
「ところで?」
「ところでといいますと」
「あの娘について何か気付いたかしら」
「?何をですか?」
「一体」
「私の今の言葉を」
笑みがだ。さらに楽しげなものになっていた。
「あの『娘』と言ったわね」
「?ではあの方は」
「殿方ではなかったのですか」
「ええ。あくまでそう見せているけれどね」
だが実際はどうかというのだ。
「あの娘は違うのよ」
「またどうしてその様なことを」
「男装の麗人とは」
二張はいぶかしんで主に問うた。
「新撰組が女人禁制だったとは聞いていますが」
「そもそもどうして新撰組に」
「その詳しい事情は知らないけれど」
孫策は知らない。知っているのは本人と鷲塚だけだ。
「けれど。何か目的があってね」
「そうしてですか」
「そのうえで、なのですね」
「ああして。男であることを通しているのよ」
何か目的があるのはわかっていた。それがどういったものかはわからないにしても。
その中でだ。また言う孫策だった。
「ああいう娘もいいわね」
「あの、まさかと思いますが」
「小次郎殿を褥に」
「それはしないわ」
そのことはだ。孫策はすぐに否定した。
そうしてだ。こう述べるのだった。
「ただ。応援したくなるのよ」
「その目的が果たされることをですね」
「そのことを」
「そうよ。期待しているわ」
こう話すのだった。小次郎のことを。
その小次郎は今日もだった。鷲塚と共に見回りにあたっている。甘寧や馬岱も同行している。
その中で甘寧がだ。馬岱に尋ねる。
「ところで劉備殿の護衛だが」
「姉様達と焔耶がいるからね」
「貴殿は特にか」
「だからこうして見回りをしているのよ」
「そうか。実は私もだ」
「甘寧さんもなの」
「本来私は蓮華様の近衛隊長なのだ」
その役割を馬岱に話す。
「だが今は雪蓮様の護衛になっている」
「で、こうして見回りにもなのね」
「そうだ。出ているのだ」
「蒲公英は桃香様の護衛が六人もいるから」
「一杯になってか」
「そう。だから見回り専門になってるの」
そうだというのだ。
「特に焔耶が桃香様から離れなくてね」
「魏延殿だな」
「あいつ桃香様のこと大好きだから」
それで離れない、いつもの魏延である。
「一緒の褥でお休みするしお風呂だって一緒だし」
「よくそれで何もないな」
「桃香様はあんなのだしね」
つまり極端に天然だというのだ。
「それに焔耶はあれで奥手だし」
「そうなのか。意外だな」
「桃香様から誘わない限り動かないから」
そうしたところでは弱気の魏延なのだ。意外なことにだ。
「皆安心して見てるわ」
「ふむ。事情はわかった」
「そういうことなの。ところでね」
甘寧に色々と事情を話してからだ。馬岱は今度は小次郎達に声をかけた。
「小次郎さん達新撰組っていつも見回っていたのよね」
「そうだ。京の都をだ」
「そうしていた」
小次郎だけでなく鷲塚も答える。
「だからこうして今見回っていてもだ」
「慣れている」
実際に慣れたものだった。陣中の見回りの。
「怪しい者は今のところ見当たらない」
「先にはいたのだが」
「あの男か」
新撰組の二人の話を聞いてだ。甘寧の顔が険しいものになる。
そうしてだ。こう述べるのだった。
「紫鏡。あちらの世界では貴殿等と共にいた」
「そうだ。あの男だ」
「あの男がいる」
まさにそうだとだ。二人も答える。
「私は見た。あの男をだ」
「小次郎は嘘は吐かない」
鷲塚は盟友として知っていた。小次郎の誠を。
そうしてだ。その誠について言うのだった。
「決してだ」
「そうだな。小次郎殿はな」
「物凄く誠実な人だもんね」
甘寧も馬岱もそのことはその通りだと頷く。
「何をされるにしても非常に真面目だ」
「こんな誠実な人いないからね」
「いや、私は」
しかしだ。その小次郎はだ。
二人のその評価にだ。顔を暗くさせたのだった。そのうえで言ったのである。
「誠実ではない」
「いや、それは謙遜だ」
「そうよ。小次郎さんが誠実じゃなかったら誰が誠実なのよ」
「嘘を吐いている」
「嘘を?」
「どういう嘘を?」
「それは言えない」
二人の問いにだ。目を伏せさせる。
そうしてだ。今度はこう言ったのである。
「だが。それでもだ」
「誠実ではないか」
「そうなのね」
「そうだ。私は嘘を吐いている」
また言う小次郎だった。
「その私が誠実などとは」
「誠にも様々な誠がある」
だがここでだ。鷲塚が小次郎に話した。
「真田君、君の誠もまた誠だ」
「そう言ってくれるのか」
「そうだ。言える」
鷲塚は何のやましさも見せずに告げる。
「確かにだ」
「それならいいが」
小次郎は鷲塚の言葉に少し心を晴れやかにさせた。ここでだ。
馬岱がだ。鷲塚の今の言葉に対してこんなことを言った。
「それにしてもさ。君付けとか君って表現だけれど」
「新撰組独特のものだったな」
甘寧も言う。
「中々いいものだな」
「格好いいのね」
「我々の時代からはじまったものらしい」
そうした呼び名や二人称はだとだ。鷲塚は二人に話した。
「そしてそれからの時代も残っている」
「成程な。そうなのか」
「新撰組ってそうしたことも流行らせたんだね」
「流行らせたと言うのか」
二人の表現にだ。鷲塚は考える顔になった。
そうしてだ。こんなことも言うのだった。
「定着したと言うのか」
「定着か」
「そうなったんだ」
「そう思っていいだろう」
こう話してだった。鷲塚はさらに述べた。
「それがしもいつも局長に君付けで呼ばれている」
「ああ、あの人ね」
馬岱もその局長が誰なのか聞いている。
「近藤勇さんだったよね」
「虎徹だったな」
甘寧は彼の持っていた剣のことに言及した。
「剣だけでなくかなりの腕前だったそうだが」
「そうだ。人間的にも器の大きな方だった」
鷲塚の目が遠くを見るものになる。そうしてだ。
そこに悲しさも漂わせてだ。こんなことも言ったのである。
「だが。無念だったろう」
「何か話を聞いたらあれだよね」
馬岱もだ。目を伏せさせて応える。
「幕府は潰れて。その近藤さんも」
「切腹ならよかった」
それなら納得できたとだ。鷲塚は述べる。
「しかし。首を斬られるとは」
「武士の世界では屈辱だったな」
甘寧もその話を聞いていた。あちらの世界の武士のことを。
「切腹ではなく首を斬られることは」
「武士は切腹することが名誉だ」
実際にそうだとだ。鷲塚は言い切る。
「あれだけの方がそうなるとは」
「世の中って。残酷だよね」
「時としてな」
「儚いものだ」
鷲塚はその世界についてこうも言う。
「だがそれでもだ」
「誠はあるんだ」
「その惨く儚い世においても」
「誠が消えることはない」
また断言する鷲塚だった。
「例え何があろうともだ」
「その通りだ」
このことは小次郎も同意して頷く。
「私にはないものだがな」
「それがどうしてもわからないがな」
「蒲公英もね」
二人にはどうしてもわからなかった。小次郎がその様なことを言うのか。だが小次郎はそのことについて何も言うことなくだ。見回りを続けていくのだった。
その時は何も見えなかった。しかしだ。
小次郎はその中でもだ。険しい顔で呟くのだった。
「必ずいる」
「あの男がですね」
「そうだ、いる」
見回りが終わった時にだ。響に言ったのである。
「私は見たのだ。あの男を」
「死して尚も出てくるということは」
「間違いなくあの力だ」
二人の脳裏にだ。刹那の闇が浮かんだ。
その闇を感じ取りだ。小次郎はまた言った。
「若しそうだとすれば」
「その時は」
「闇をここで払う」
そうするというのだった。
「必ずだ」
「わかりました。では私もまた」
小次郎の言葉を聞きだ。響もだった。
「及ばずながら」
「力を貸してくれるか」
「はい」
こくりと頷きだ。響は小次郎の言葉に応えた。
「そうさせてもらいます」
「済まない。しかしだ」
「しかし?」
「あの男が一人なら」
その場合はというのだ。
「私は一人で闘う」
「そうしてですね」
「斬る」
一言でだ。こうも言い切ってみせる。
「私のこの手でだ」
「新撰組の裏切り者をですか」
「そうだ。そして」
響の声にだ。何かが宿った。
「仇を」
「仇?」
「あっ、いや」
言ってしまったことに気付いてだ。即座にだった。
小次郎はその言葉を収めてだ。こう言い繕ったのだった。
「何でもない」
「左様ですか」
「そうだ。私は裏切り者を斬る」
あくまでそういうことにしたのである。
「新撰組零番隊隊長としてだ」
「わかりました」
その言葉に頷いてだった。響は小次郎に応えたのである。鷲塚はその小次郎を後ろから見守っている。
こうした話があった次の日の夜だった。孫策の天幕にだ。
二人の怪しい男達が近付いていた。彼等は闇の中でこんな話をしていた。
「ではいいな」
「へへへ、いいぜ」
身体を屈め顔を包帯で覆った男が闇の男の言葉に応える。
「あんたの言う通りにな」
「動け。そしてだ」
「俺は執念深い男なんだよ」
これが包帯の男の言葉だった。
「紫鏡様のな」
「今はその名前だったか」
「ああ、骸だったな」
自分でこう言い返す見ればだ。
骸のその顔、包帯から見えるその顔は無気味な紫色だ。あちこちが爛れており腐っている。その紫は腐敗した紫、腐った汁まで滴らせている程度だった。
その彼がだ。闇の男、刹那の言葉に応えるのだった。
「そういやそうだったな」
「そうだ。では骸よ」
「何だ?」
「孫策は貴様がやれ」
こう告げたのである。その骸に対して。
「そして怨みを晴らせ」
「そうさせてもらうからな。ところでな」
今度は骸からだ。刹那に問うた。
「あんたは何をするんだ?ここで」
「俺か」
「何もなくてここに来たんじゃないだろ?」
「巫女達を始末しに来た」
その為にだとだ。刹那は答えた。
「そうしてそのうえでだ」
「どうするんだよ。巫女をあらかた殺して」
「我々を封印出来る者達を一人残らず消す」
そうするというのだ。
「これでわかったな」
「何か大掛かりな話だな」
「大掛かりではない」
それは違うというのである。
「俺は何時かそうしようと思っていた」
「そうか」
「そうだ。では行くがいい」
こう告げてだった。刹那は闇の中に消えた。そうしてだった。
骸は孫策の天幕に音もなく近寄る。その中でだ。
その腐っていく顔にだ。下卑た笑みを浮かべて言うのだった。
「へへへ、じゃあやらせてもらうか」
「何をだ?」
「決まってるだろ。あの女を殺すんだよ」
不意に来た声にこう返しもする。
「前に殺せなかったあの女をな」
「そうか。では紫鏡よ」
「今は骸だぜ」
「骸か。死して尚そう言うのか」
「ああ。俺は死んでも諦めねえんだよ」
身体を屈めさせ。天幕を見ながらまた言う骸だった。
「あの女を。絶対に」
「話は聞いた」
それはだと。声は返した。
「それではだ」
「?そういえば」
ここでようやくだ。骸も気付いたのだった。
彼に声をかけてくる者、それは何者か。その考えに至ったのだ。
それでだ。周囲を見回してだ。声の主を探して問うた。
「手前、何者だ」
「私の声を忘れたのか」
「!?まさか」
「そうだ、そのまさかだ」
応えながらだ。声の主は骸の前に出て来た。それは。
新撰組の服を着た中性的な顔の者だった。その顔を見てだ。骸は驚きの声を挙げた。
「真田小次郎、手前生きていやがったのか」
「そうだ。そしてだ」
「そういやどうしてこの世界に来ていやがるんだ」
「貴様と同じだ。私も縁あってこの世界に来たのだ」
「けっ、そうかよ」
「そしてだ」
小次郎は腰の剣を抜いた。そうして身構えてだった。
彼はだ。こうも言ったのである。
「隊の規律を乱し裏切った者を成敗する」
「手前まだそんなことを」
「覚悟するのだ」
言いながらだ。そうしてだった。
小次郎は骸に斬りかかる。それを受けてだ。
骸も両手にある刃を振るう。二人の闘いがはじまった。
小次郎は一刀でだ。骸を両断しようとする。だが骸は。
両手の刃を野獣の様に振りだ。斬ろうとする。しかしだった。
小次郎はその刃を的確にかわしながらだ。骸を狙う。その小次郎の動きを見てだ。
「ちっ、何て速さだ」
「貴様の動きは見切った」
そうだとだ。小次郎は骸に言うのである。
「私とて伊達に生きて来た訳ではない」
「それは死んだ俺へのあてつけか?」
「違う」
それは否定する小次郎だった。
「生きて来て。そうして」
「生きて来て何だってんだ」
「貴様を倒す為に剣を磨いてきた」
こう言ってだった。そのうえでだ。
骸の一瞬の隙を衝いてだった。彼の首を刎ねた、剣を横に一閃したのだ。
骸の首は飛び地面に落ちた。腐った身体が倒れ込む。
だが首はだ。落ちて転がってからもだ。こう小次郎に言うのだった。
「手前、わかったぜ」
「わかった。何をだ」
「手前、真田小次郎じゃねえな」
こう言ったのである。
「女だな」
「・・・・・・・・・」
小次郎は答えない。その問いには。
「そういえば聞いたことがあるな。あいつに妹がいたってな」
「言いたいことはそれだけか」
ここでだ。もう一人の声がした。そうしてだ。
声の主は骸の首のところに来た。そうして言うのだった、
「ではもう喋る必要はないな」
「なっ、手前は」
骸は横目、彼から見て上を見た。そこには鷲塚がいた。
その鷲塚を見てだ。また驚きの声をあげたのである。
「鷲塚、手前も来ていやがったのか」
「死しても尚妄執を抱いているとはな」
鷲塚は嫌悪を込めて骸の首を見下ろして言う。
「浅ましい奴だ」
「だからどうしたってんだよ」
「消えろ」
こう告げてだった。骸の頭に剣を刺してだ。
そこに気を込めてだ。一気に吹き飛ばしたのである。これで骸は完全に終わった。
始末をつけてからだった。鷲塚は小次郎に顔を向けて言うのだった。
「奴も気付いたか」
「それは」
「前から言おうと思っていた」
どうかとだ。彼は小次郎、闘いを終えたその剣士に告げる。
「御主は本来は」
「そのことは」
「闘うべきでない。何故なら」
そしてだ。この名でだ。小次郎を呼んだのである。
「あかり、兄の仇もこれで取ったな」
「兄上はあの男に殺された」
その紫鏡、骸にだというのだ。
「その仇を今は取った」
「ならばだ」
「いや、私はあかりではない」
ここでだ。小次郎はこう言ったのである。
「真田小次郎だ」
「だがもう仇は」
「言わないでくれ」
鷲塚の心遣いをだ。今はあえて振り払ってだった。
「私は新撰組零番隊隊長真田小次郎だ」
「あくまでそう言うのか」
「そうして生きていく」
決意をだ。彼女は言ったのだった。
「兄上に代わってだ」
「・・・・・・わかった」
鷲塚もだ。その決意を見てだ。こう応えたのだった。
「では御主の道を進むがいい」
「誠の道を歩んでいいのだな」
「御主には誠がある」
鷲塚にはわかっていた。彼女の誠が。
「ならばそうするのだ」
「済まない」
「礼はいい。後ろはそれがしに任せろ」
「うむ」
こうした話をしてだった。彼等はだ。
骸を斬ったことを孫策に告げにだ。天幕の中に入ったのである。
その頃だ。ナコルルの前にだ。刹那が来てだった。
いきなり剣を振るう。そうして言うのだった。
「死んでもらおう」
「貴方は」
「そうだ。死んでもらう」
こう言ってだった。さらに斬ろうとする。ナコルルはそれに対してだった。
己の小刀にママハハでだ。懸命に防ぐ。しかしだった。
刹那の斬撃は強い。ナコルルは次第に押されていっていた。
だがここでだ。リムルルが来てだ。姉の助太刀に入った。
「姉様、危ない!」
「!?リムルル」
咄嗟にだ。氷を放ってだ。刹那の攻撃を防いだのである。
そのうえで姉の横に来てだ。こう言うのだった。
「孫策様のところに刺客が来たわ」
「やはり。そうだったのね」
「けれどその刺客は小次郎さんが退けたから」
「そうか」
その話を聞いてだ。刹那は何とでもないという様に呟いた。
そうしてだ。こう言うだけだった。
「所詮は屍、果たせなかったか」
「何言っているのよ。死んだ人を甦らせてまた戦わせるなんて」
リムルルはその刹那に対して言い返す。
「とんでもないことなのよ」
「何ということはない」
しかしだった。刹那はこうリムルルに返すだけだった。
「所詮は捨て駒だ」
「そう言うのね」
「俺の目的は貴様等巫女全てをだ」
どうするかと言いながら。剣を構えてだ。
二人同時相手にしようとする。だがここで。
今度は弓矢が来た。ミナだった。
彼女は離れた場所から弓を構えてだ。刹那に言うのである。
「やらせない」
「三人目か」
「三人やないで」
もう一人いた。それは。
あかりだった。彼女もまた来ていたのだ。そうして刹那に言うのだった。
「やっぱりあの新撰組くずれは囮やったんやな」
「そういうことになる」
「そんでその囮にうち等が気を取られてるうちにかい」
「そうだ。貴様等を一人ずつ始末するつもりだった」
まさにそうだとだ。刹那は彼女達に答えた。
「だが。四人も一度に来るとはな」
「誰が四人て言うてん」
しかしだ。ここでだった。あかりは刹那に不敵に笑って告げた。
「そんなん言うとらんやろ」
「ではまさか」
「そや。出てきい」
あかりがこう言うとだった。彼女の左右にだ。
神楽、そして月、命が出て来た。これで七人だった。
七人の巫女達を見てだ。刹那は言った。
「一人なら何ということはない」
「けれど七人一度はどうかしら」
「退こう」
こうだ。刹那は神楽に返した。
「そうさせてもらう」
「随分と都合のいいことを言うわね」
「私もそう思うわ」
月と命が眉を顰めさせて言い返した。
「私達を殺しに来たと言って」
「七人一度だと逃げるというの」
「そうだ」
刹那は臆面もなく答える。
「そうさせてもらう」
「あんたもう二度とこの陣には来れんで」
あかりは強い目で刹那を見据えて告げる。
「うち等が結界張っとくさかいな」
「結界か」
「あんたみたいに。っちゅうかあんたやな」
他ならぬだ。刹那自身の為のものだというのだ。
「怨霊とか悪霊退散のお札たんまり用意してや」
「俺を陣に入れぬというのか」
「そや。そんで戦いの場で決着つけたるわ」
あかりはこう刹那に対して言う。
「楽しみにしときや」
「貴様等を始末すれば封印する者はいなくなる」
刹那は巫女達を鋭い目で見据えながら告げる。
「その時のことを楽しみにしておく」
「戦いの場では!」
「あんた絶対に倒すからね!」
ナコルルとリムルルの姉妹がその刹那に言った。
「一対一であろうとも」
「負けないわ!」
「無理だな。俺は一人では倒せない」
だが刹那はまだ言う。
「俺の力にはだ」
「言いたいことはそれだけかしら」
神楽は声に不機嫌なものを込めて刹那に告げた。
「これ以上いると封じさせてもらうわ」
「ふん。では去ろう」
ここまで言ってだった。刹那は闇の中に消えた。そうしてだった。
骸と刹那は退けられた。孫策や巫女達は無事だった。しかしである。
彼等冥界の存在が陣中に入ったことにだ。劉備は深刻な顔でこう言ったのである。
「何とかしないといけないわよね」
「はい、それで今あかりさん達がです」
徐庶がその劉備に話す。
「御札を書いています」
「御札?幽霊に対する?」
「そうです。怨霊退散の御札です」
まさにそれだというのだ。
「それを今物凄く書いておられます」
「じゃあその御札を?」
「陣中のあらゆる場所に貼ります」
そうするというのである。
「そうして彼等の再度の侵入を防ぎます」
「妖術に続いて幽霊もなのね」
「そうですね。相手が相手ですから」
そうしたことになるのも仕方ないとだ。徐庶は劉備に話す。
「ですから」
「わかったわ。それじゃあね」
「御札は出来た傍から貼られています」
既に動いているというのだ。
「これで大丈夫だと思います」
「何か。決戦前に」
どうかとだ。劉備は困った顔で腕を組んで述べる。
「色々あるわね」
「そうですね。この戦いは」
「それだけ向こうも必死なのね」
劉備はこう認識した。
「だから仕掛けて来るのよね」
「敵が色々仕掛けて来る時はです」
まさにその時はどうなのか。徐庶も話す。
「それだけ追い詰められているということです」
「じゃあやっぱり」
「はい、こちらはその打つ手を潰してです」
「そうしてなのね」
「痺れを切らした敵を倒せばいいのです」
「それが何時まで続くのかしら」
劉備は腕を組みいささか困った顔になって述べた。
「暗殺なり何なりが続いてるけれど」
「もうそろそろ終わりだと思います」
敵のそうした仕掛けて来る策はだとだ。徐庶は劉備に話す。
「暗殺は最後の手段ですから。政において」
「最後の手段だからなのね」
「そろそろ向こうから仕掛けてきます」
徐庶はそう読んでいた。
「そしてその時にです」
「いよいよなのね」
「はい、決戦です」
徐庶のその声が強いものになった。
「そして勝ちましょう」
「わかったわ。戦うからにはね」
「勝たないといけません」
「若し負けたら」
どうなるか。劉備はこのことも話した。
「この世界は終わりよね」
「オロチや常世の支配する世界になります」
つまりだ。滅亡するというのだ。世界そのものが。
「ですから勝たなければいけません」
「わかってるわ」
劉備もだ。彼女にとっては珍しくだ。
強い声になりだ。そうして言うのだった。
「負けない。絶対に」
「その意気です」
徐庶は微笑んでその主に応える。こうしてだった。劉備達は今度は札で刹那達を退けにかかったのである。その作業は総出であった。
その中でだ。張三姉妹があちこちに札を貼りながらだ。まずは張角が言うのだった。
「何かね」
「どうしたの?」
「姉さん、何かあったの?」
「うん、この御札の文字って」
それはどうかというのだ。その札の字がだ。
「あまり読めないけれど」
「そうね。確かに我が国の言葉だけれど」
だがそれでもだというのだ。張宝が言う。
「御世辞にも奇麗な字じゃないわね」
「これ誰の字よ」
「多分あかりちゃん」
張宝はこう張梁に答える。
「あの娘の字ね」
「何よ、あかりって字が汚いの」
「そうみたい」
まさにそうだとだ。張宝は話す。
「どうやら」
「他の娘の字は奇麗みたいね」
張宝は他の札も見ながら話す。
「特に神楽さんの字は」
「ああ、これね」
張梁は手にしているうちの一枚を見て言う。
「この御札が神楽さんのね」
「そう」
その通りだとだ。張宝は次姉に答える。
「あの人が書いた御札よ」
「何かあれよね。御札も個性が出るのね」
張角は今それを知ったのだった。
「その人それぞれで」
「けれどあかりちゃんって法力?そういう魔に対する力凄く強いわよ」
このことは最早言うまでもなかった。あかりの陰陽師としての力はかなりのものだ。
「分身だってできるし」
「そうよね。けれど字はなのね」
「そうみたい。けれどあかりちゃんの力で」
それでだとだ。張宝が話す。
「刹那達を退けられるから」
「だったらそれでいいわね」
張角は彼女らしく感嘆に考えて述べた。
「字が読めなくても魔を退けられるのなら」
「姉さんってそういうところお気楽よね」
張梁はそんな姉に少し呆れて突っ込みを入れた。
「字の読める読めないじゃなくて魔を祓えるかどうかって」
「けれどその通り」
張宝は長姉の考えに賛同した。
「幾ら字が奇麗でも御札は御札だから」
「ううん、確かにそうだけれどね」
張梁は少し考えてからだ。何だかんだという感じで姉の考えに傾いた。
「御札って使えないと意味がないから」
「何か御札を書いてる人達の力ってどれもね」
どうかというのだ。彼女達の力は。
「お姉ちゃんにもわかるから」
「まあね。あたし達一応妖術も使えるしね」
「少しだけれど」
妹達もここで妖術のことを話す。
「こういうの多少だけれどわかるし」
「感じ取れるから」
「これだけの力があれば怪しい存在は中に入って来られないわね」
「じゃあ連中はいよいよ手がないかしら」
「決戦、遂に」
「ううん。何となくだけれど」
ここでだ。張角は少し考える顔になり言った。
「もっと歌いたいけれど」
「歌ならそれこそ好きなだけ歌ってるじゃない」
「また舞台があるから」
「それはそうだけれど」
それでもだというのだった。そうしてだ。
張角は再びだ。妹達に話した。
「何か派手で思い切り奇麗な舞台をしたいけれど」
「じゃあまた偶像支配と勝負する?」
「大喬、小喬姉妹とも」
「それもいいかしら」
そんな話をしながらだ。三姉妹はかなり気楽に札を貼っていた。そんな彼女達を見てだ。
テリーがだ。笑いながらアンディと丈に話した。
「あの三人も欠かせない娘達だな」
「あれっ、兄さんアイドル好きだったの?」
「初耳だぜ、そりゃ」
「いや、そうした意味じゃなくてな」
ファンやそうした意味でのことではないというのだ。
「あれだよ。このとんでもない戦いにだよ」
「あの娘達の力が必要だっていうんだね」
「そういうことか」
「ああ、そうだよ」
まさにその通りだとだ。テリーは二人に話す。
「歌の力も凄いしな」
「確かに。黄巾の乱の時は凄かったしね」
「歌だけであれだけのことができたからな」
「歌の力って凄いんだよ」
テリーは断言さえした。
「あの娘達の歌にしろな」
「じゃあその歌の力であの娘達も」
「戦いを終わらせる力になるか」
「そうなるさ。だからな」
ここでまた言うテリーだった。微笑んで。
「俺も音楽の方でも頑張るか」
「ああ、ドラムね」
「そっちか」
テリーはドラムもやっている。そちらでも知られている。
だからだ。彼はそれにも力を入れるというのである。
「やるさ。そっちもな」
「ううん、私はどうも音楽は弱いけれど」
「俺は演歌専門だしな」
アンディは静寂を好む。丈は演歌一筋だ。それぞれ音楽の好みはかなり違う。
「だから兄さんのそうしたことには何も言えないね」
「ドラムで演歌は無理だしな」
「ああ、無理だ」
実際にそうだと断言するテリーだった。演歌については。
「悪いな、それは」
「いや、わかるからいいさ」
丈もそれはいいとした。
「まあとにかくな」
「ドラムもやっていいな」
「それで戦いに勝てるんならな」
「頑張ってくれてね」
「ああ、そうさせてもらうな」
テリーは笑って応えてだった。ドラムの方にも力を入れることを決意したのだった。音楽もまた、だ。この大きな戦いにおける力になっていたのであった。
第百十六話 完
2011・10・12
刹那の策もかろうじて防げたみたいだな。
美姫 「そうね。巫女を直接狙うことで封印する者をいなくさせるとはね」
でも失敗した事によってナコルルたちも相当警戒するし、次は侵入も難しいかもな。
美姫 「その傍らでは敵討ちもできたみたいだし」
今の所は上手く行ってると言えるかもな。
美姫 「そろそろ大きな動きがあると予測しているけれど」
どのような展開になるのか。
美姫 「続きはすぐ!」