『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百十五話  鷲塚、小次郎を気遣うのこと

 孔明と鳳統の提案でだ。要人達に警護がつけられた。
 当然曹操も同じでだ。左右に夏侯姉妹がいる。後ろには曹姉妹だ。
 四人に囲まれてだ。曹操はこう言うのだった。
「何か同じね」
「これまでとですか」
「同じだというのですね」
「ええ、同じね」
 こうだ。少し笑って四人に言うのである。
「貴女達が私の護衛をするのならね」
「流琉達も申し出たのですが」
 ここで夏侯淵が言う。
「しかしそれでもです」
「やはりここは私達がです」
「やらねばならないと思いまして」
 それでだとだ。曹仁と曹洪が曹操に述べる。
「ですからこうしてです」
「我等四人で」
「有り難う。けれどね」
 それでもだと言う曹操だった。ここでだ。
「わかっているわね。軍の指揮はね」
「はい、お任せ下さい」
 そのこともわかっているとだ。夏侯惇が話す。
「そのことも」
「頼むわよ。それで私はいいとして」
 いいとしてそのうえでだというのだ。曹操は言う。
「麗羽達はどうなのかしら」
「まず袁術殿ですが」
 夏侯淵がここで袁術のことを話す。
「張勲殿がおられます」
「張勲?あの娘が」
「そして出張という形で凛が願い出ていますが」
「いいわ」
 苦笑いでだ。曹操はいいとした。
「行かせなさい。全く仲がいいんだから」
「ではその様に」
「全く。凛もぴったりと離れないわね」
 袁術からだ。そうなっているのだ。
「困った娘だわ」
「ですが袁術殿もこれで大丈夫です」
 それはいけるというのである。
「あちらの世界の面々は個性的な者ばかりですが」
「美羽のところは数は少ないけれどそうなっているわね」
 袁術のところにはだ。確かにそうした面々が揃っている。
「あのジョーカーにしても」
「ジョーカーですか」
「何か掴めない人物よね」
「確かに」 
 夏侯淵もそのことに頷く。
「あの御仁は道化です」
「敵じゃないのはわかるけれどおかしな人物ね」
「そうですね」
「まあ凛のことはいいわ」
 また言う曹操だった。
「凛のことが気になるのなら風もですね」
「行かせますか」
「こちらの軍師の仕事を果たしてくれるのならね」
 そうした条件をつけながらもだ。曹操は郭嘉を袁術のところに行かせた。こうして彼女は袁術と常に一緒にいるようになった。そうして今はであった。
 得体の知れない水を袁術に飲ませてだ。慌てふためく袁術を見てだ。
 どや、という顔で笑っている。その彼女を見てだ。
 張勲がだ。にこにことして言うのだった。
「あら、凛ちゃんも互角になってきましたね」
「美羽様とですね」
「はい。美羽様はかなり手強い方ですが」
「波長が合ってそれで」
「互角になってきたんですね」
「そうですね。美羽様のことは何でもわかってきました」
 まさにそうだというのだ。
「とにかくです」
「後ですが」
「後は?」
「陽子殿はどうされてますか?」
 そのだ。袁術がいつも遊んでいる娘はというのだ。
「やはり相変わらずですか」
「そうですね。陽子ちゃんではですね」
「美羽殿には勝てませんか」
「弄られ倒しています」
 張勲はにこりとしてその陽子のことを話す。
「陽子ちゃんが黄色で美羽さんが桃色で」
「何かの戦う五人みたいですね」
「まあそれは置いておいて」
 強引に話を勧める張勲だった。
「とにかく美羽様の御相手をできるようになるということはです」
「凄いことなんですか」
「凛ちゃんもその域に達しました」
 こう言うのである。
「おめでとうございます」
「有り難うございます」
「いや、凄かったのじゃ」
 何とか立ち直った袁術がここで言う。
「こんなまずいとは思わなかったのじゃ」
「極悪のに水です」
 それがその水の名前だった。
「とにかくまずいと評判で」
「噂には聞いていたがじゃ」
「最悪だったのじゃ」
「お楽しみ頂けましたか」
「いや、死ぬかと思ったのじゃ」
 本当にそうだと言う袁術だった。
「ううむ。世の中凄いものがあるのう」
「毒味はしていますので」
 このことは断る郭嘉だった。
「そしてこれからもです」
「わらわの食事はじゃな」
「はい、常にそうさせてもらいます」
 袁術に確かな顔で話す。
「何があっても御護りしますので」
「済まぬのう」
 袁術は郭嘉に心から礼の言葉を述べた。
「わらわには七乃もおるしな」
「当然私もですよ」
 いつも通りにこにことして話す張勲だった。
「美羽様には何もさせませんから」
「うむ。宜しく頼むぞ」
「偶像支配は永遠です」
 郭嘉も言い切る。
「ですからオロチが来ても刹那が来てもです」
「美羽様は私達が御護りします」
「では宜しく頼むぞ」
 まずい自ら立ち直り笑顔で応える袁術だった。彼女の護衛もしっかりしていた。
 袁紹もだ。彼女もだ。その左右にだ。
 顔良と文醜がいる。その二人が彼女に言うのである。
「本当に何時誰が来るからわかりませんから」
「警戒しないと駄目ですよ」
 こう自分達の主に言うのである。
「麗羽様は只でさえすぐに前に出られますし」
「突拍子もないことしますからね」
「突拍子もないというのは余計ですわ」
 袁紹は文醜の言葉にはむっとして返す。今彼女は彼女自身の天幕にいる。その後ろには審配がいる。
 その彼女もだ。袁紹に強い声で言う。
「私もいますので」
「護ってくれるのでして?」
「そうさせてもらいます」
 こう言いながら己の短剣も見る。腰に吊られているそれを。
「ですから御安心下さい」
「わたくしには貴女達がいますわね」
 ここでだ。袁紹はふとこんなことを言った。
「ですが問題は」
「月さんや命さんですね」
 審配が答える。
「あの方々が」
「ええ。封じる力を持つ娘達ですけれど」
「単独行動はしていません」
 まずはこう答える審配だった。
「常に何人もいて、です」
「そうしてですわね」
「そして陣中にいますので」
 陣外に偵察等にも出ていないというのだ。
「ですから余程のことがあっても」
「大丈夫ですわね」
「はい、御安心下さい」
「確かに白装束の者達も厄介ですけれど」
 ここで言う袁紹だった。
「ですがやはり」
「あの連中ですね」
「あっちの世界から来た」
「ああいうのを邪神と言いますわ」
 まさにそれだとだ。袁紹は顔良と文醜にも話した。
「封じなくてはそれこそ」
「この世界がですよね」
「本当に司馬尉の望む通りになっちゃいますわね」
「それだけは避けなければなりません」
 審配も言う。
「ですから花麗や林美達も警護していますから」
「ええ。刺客は一人も入れてはなりませんわ」
 袁紹の言葉は強かった。他に孫策も警護が固い。しかしだ。
 この人物についてはだ。本当に誰もついていなかった。
 公孫賛はたまりかねた口調で董卓と董白の姉妹に愚痴を言っていた。外で車座になって座りながら。
「どういうことなのだ、一体」
「あの、どうされたんですか?」
 その彼女に董卓が怪訝な顔で問い返す。
「御気分が優れない様ですが」
「今要人達には警護がついているな」
「はい」
「それは貴殿にもだ」
 見れば董卓にもだ。妹の董白に呂布にいつも傍にいる娘に張遼がいる。あと影が薄そうな将も。
「五人もいるではないか」
「六人なのです」 
 陳宮だった。確かに彼女も入れると六人だ。
「ねねも忘れるななのです」
「むっ、それは済まない」
「それでどうかしたの?」
 董白がその公孫賛に問い返す。
「そもそも貴女見ない顔だけれど」
「その通りなのです。ねねもこんな奴知らないのです」
「ほんま誰やあんた」 
 張遼も怪訝な顔で公孫賛に問う。
「怪しい奴やないのは何となくわかるけれどな」
「何者なのよ、本当に」 
 董卓から離れない賈駆も言う。
「どっかで見た気がするんだけれど」
「思い出せないのです」
 また言う陳宮だった。
「御前、本当に何処の誰なのです」
「うう、何故いつもこう言われるんだ」
 公孫賛も遂に泣きだした。
「私はそんなに影が薄いのか」
「公孫賛」
 呂布がぽつりと言った。
「確か」
「何っ、それがこの者の名か」
 華雄ですら言う。
「そうだったのか」
「そう。確か幽州にいた」
 呂布はさらに言う。
「それがこの人」
「そうか。死っていてくれたか」
 呂布の話にだ。公孫賛も満面の笑顔になる。
 そうしてだ。呂布を抱きしめんばかりにして言うのだった。
「そうなのだ。私は公孫賛なのだ。かつては幽州の牧だったのだ」
「確か幽州の牧って袁紹殿だったんじゃ?」
 董白はまだ気付いていない。
「四州の牧だって誇ってるけれど」
「だから前の牧だったんだ」
 公孫賛は何とか力説する。
「何故それが忘れられるんだ」
「影が薄いんやろ」
 張遼はさらりと核心を衝く。
「今にも消えそうな感じやしな」
「とにかく影が薄いにも程があるのです」
「そうよ。あんた本当に影薄いのよ」
 陳宮に賈駆も続く。
「ある意味凄いわよ。そこまで影薄いって」
「うう、呂布だけか知っていてくれたのは」
「中身は違うと思いますけれど」
 董卓は少しおどおどと述べる。
「確か麻雀御存知ですよね」
「うむ、知らない訳ではない」
「私その場で貴女に似た方を見た気がします」
「私もだ」
 この辺りは二人共だった。董卓も公孫賛も。
「他にもここにいる面々が揃っているな」
「はい、かなり多いですよね」
「私は何故か他の世界では目立つ様なのだ」
 公孫賛も中身の話に応じる。
「これでもだ。結構出ているのだぞ」
「それ私もだから」
 賈駆も同じだった。それは。
「表より裏の方がどうしてもね」
「目立っているのだな」
「あんたと同じね。それは」
 こうした話をしながらだった。とりあえず公孫賛の影は薄いままだった。
 それでだ。ここで新撰組の二人が来てもだった。
 鷲塚も小次郎もだ。董卓達には気付いた。
「どうも」
「御元気そうですね」
 こう彼女達には挨拶する。それもそれぞれ。
 だが公孫賛には気付かずだ。そのまま素通りする。その二人にだ。
 公孫賛は慌てて声をかける。彼女も必死だ。
「待ってくれ、私はどうなのだ」
「むっ、貴殿は確か」
 鷲塚が最初に彼女に気付いた。続いて小次郎が。
 そのうえで二人で彼女に顔を向けだ。そして言おうとした。
 しかしだ。どうしても名前が出ずにだ。
 お互いで顔を見合わせてだ。こう言い合うのだった。
「何処のどなただったのか」
「思い出せないな」
「我々の世界の者でもない様だが」
「一体何者なのだろうか」
「公孫賛だ。やはり知らないのか」
「ううむ。聞かない名前だ」
「こちらの世界の御仁なのはわかったが」
 二人がわかるのはそこまでだった。それ以上はだ。
 どうしてもわからずだ。こう言うのだった。
「まことにわからん」
「何処の誰なのか」
「またか。私はこうなる運命なのか」
「それでどうなのだ?一体」
「我々に何か用があるのか」
「もういい」
 公孫賛はがっくりと肩を落として言った。
「私はどうせ。殆ど誰からも」
「気にしない」
 呂布はその彼女の肩を叩きながら慰める。
「人は必ず見せ場がある」
「あるのだろうか」
「包丁を持てばいい」
 だがだった。呂布は天然だった。
 それでだ。ついこんなことを言ってしまったのだった。
「後は弟」
「弟は大好きだが」
「それかフガフガ言うか。そうすればいい」
「そちらの方がどうしても有名になるのか」
 嬉しくもあり悲しい公孫賛だった。その彼女はともかくとしてだ。
 鷲塚と小次郎がだ。一行に言う。
「それで我等は今こうしてだ」
「陣中を見回っているのだ」
「やっぱりあれよね」
 その彼等に賈駆が応える。
「刺客を気につけてよね」
「うむ。他にはキム殿もそうされている」
「やはり見回っておられる」
「あいつとジョンやな」
 張遼はキムもそうしていると聞いて少し嫌そうな顔になった。
 そうしてだ。こう言うのだった。
「またチャンとかチョイとか連れてやな」
「うむ、そうしてだ」
「時間があればそうされている」
「修業と強制労働はそのままでやな」
 その為の時間は絶対に削らないのがキムとジョンである。
「連れて行かれる連中がほんま可哀想や」
「何というかな。我々から見てもだ」
「キム殿とジョン殿は鬼だ」
 まさにそれだというのだ。鬼だとだ。
「強制労働に修業もだからな」
「しかも深夜でも見回っている」
「ほんま鬼やな」
 張遼はかなり引きながら真顔で言う。
「何であの二人は同じことやって平気やねん」
「恐ろしく頑丈な身体らしい」
「その為だな」
 それ故にだと話す二人だった。そうしてだ。
 彼等はあらためてだ。董卓達に述べた。
「ではこれからもだ
「巡回を続けさせてもらう」
「御願いするのです」
 陳宮がその彼等に励ましの声をかける。
「そうして刺客を見つけたら頼むのです」
「承知した。それではだ」
「また」
 二人は別れの挨拶をしてから一行と離れる。そうして兵達を連れたまま陣中を巡回していく。そうしながらだ。鷲塚は自分の隣にいる小次郎にこう声をかけるのだった。
「こうしているとだ」
「どうしたのだ?鷲塚殿」
「うむ、新撰組の頃を思い出す」
 こう言うのだった。
「あの頃のことをな」
「そうだな。私も貴殿もよくこうして京の都を見回っていたな」
「そして攘夷の者達と戦っていた」
「今となってはいい思い出だ」
 こうも言う鷲塚だった。
「あの頃のことは」
「あの後幕府は滅ぶか」
 小次郎はこちらで彼等から見て未来から来た者達の話を思いだしながら述べる。
「我等はあくまで守りたかったが」
「いや、守るべきものはまだある」
「あれか」
「そうだ。誠だ」
 それだとだ。鷲塚は言うのだった。
「我々が守るべきはだ。それだ」
「誠。人としての誠」
「それは永遠に変わらぬ。だからだ」
「そうだな。私もまた」
「だが真田君、君は」
「私は真田小次郎だ」
 鷲塚が何を言いたいのかを察してだ。小次郎は自分から言った。
「新撰組零番隊隊長だ」
「だからか」
「私もまた剣を持つ」
 こう言うのだった。
「それは変わらない」
「そう言うのだな」
「それは変わらぬ。そしてだ」
 さらにだというのである。
「私はこの世界でも誠を守ろう」
「わかった」
 鷲塚は小次郎の話を受けてだ。強い声で応えた。
「では私もそうしよう」
「それは局長も言われる筈だ」
 近藤勇、彼もだというのだ。
「誠は人と共に常にあり」
「我々はそれを守るべきだとだな」
「そう思う」
 小次郎は小次郎として話していく。
「私もまた」
「そうだな。しかしだ」
 ここでだ。不意にだ。鷲塚は話を変えてきた。
 そうしてだ。彼のことを言うのだった。
「紫鏡のことは聞いたか」
「孫策殿への刺客なりだな」
「そうだ。処刑された」
 そうなったことをだ。彼はここで小次郎に話したのである。
「そうなった」
「話は聞いている」
 小次郎もだ。知っていると返した。
「だが出来ればだ」
「御主のその手でか」
「決着をつけたかった」
 歯噛みをしながらだ。小次郎は述べた。
「この私がだ」
「だがあの男は死んだ」
 鷲塚は前を見ながらその小次郎に告げる。
「最早御主の願いは果たされたのだ」
「そう思っていていいのだな」
「そうだ。だから忘れるのだ」
 鷲塚への気遣いだった。その気遣いを見ながら。
 そうしてだ。巡回を続ける。その中でだった。
 陣中には兵達がいる。彼等はそれぞれ訓練をしたり雑用をしたりしている。中には休息を取っている者もいる。何処もおかしなところはない普通の陣中である。
 だがその陣中にだ。小次郎は見たのだった。
「!?」
「どうしたのだ?」
「いた」
 こう言ったのである。
「確かにいた。あの男が」
「あの男、まさか」
「そうだ。あの男だ」
 こうだ。小次郎は強張った顔でその場所を見ながら鷲塚に返す。
「あの男がいた。間違いなく」
「まさかと思うが」
「刹那もまたこの世界に来ている」
 小次郎はこのことから考えて述べる。
「そうだとすればだ」
「あの男もまた」
「そうだ。甦っていても不思議ではない」
「確かに。常世の力を使えばその程度のことはだ」
「容易だ」
 小次郎はまた言う。
「刺客としてまた使うことも」
「そうだな。今まで何故そのことに気付かなかった」
「危険だ」
 小次郎はその整った顔をさらに強張らせて述べた。
「このままでは」
「うむ、すぐに皆に知らせよう」
「既に刺客が入り込んでいる」
 強張った顔でだ。小次郎は言っていく。
「あの男だけとは限らない」
「結界を破りそうしたというのか」
「結界は術に関するものだけだ」
「ではか」
「常世に対する結界は張っていなかった筈だ」
 それが問題だったというのだ。それでだ。
 鷲塚と小次郎はすぐに劉備達にそのことを報告した。それを受けてだ。
 劉備はすぐに兵達を含めて警戒態勢にさせた。そのうえで刺客を見つけ出そうというのだ。
 だが、だった。彼等は容易に見つからない。その陣中でだ。
 月がだ。憂いのある顔でだ。こう守矢と楓に告げていた。
「刹那を何とかしなければならないわね」
「それはその通りだ」
 まずは守矢が妹に答える。
「だがそれでもだ」
「それでも、なのね」
「月、命を粗末にするな」
 守矢は鋭い顔で妹に告げる。
「御前はこの世界では死んではならない」
「僕もそう思うよ」
 楓もだ。姉を気遣う顔で見てだ。
 そのうえでだ。彼女に告げたのである。
「姉さんは。この世界では絶対に」
「けれど封印を施さなければ」
 どうなるかとだ。月が言うのはこのことだった。
「この世界自体が」
「御前一人が背負うものではない」
 守矢はその月に話す。
「決してだ」
「ではどうすればいいの?」
「御前は一人ではない」
 守矢は妹にさらに言う。
「私がいる」
「そして僕も」
「私達以外にもいる。御前一人が背負わなくてもいいのだ」
「では私は」
「戦うことはいい」
 それはいいとだ。守矢は言う。
 それと共にだった。妹に言うことは。
「だが命は粗末にするな」
「では。あの男は」
「私達全ての力で封じる」
 そうしてだ。月の命を救うというのだ。
「御前一人では御前が犠牲になる」
「けれど僕達全員の力ならどうかな」
 楓もだ。妹に話す。
「そうなる」
「少し考えさせて」
 月は即答しなかった。それでもだった。 
 兄弟の言葉を受けてだ。考えを変えていっていた。
 その彼女にだ。楓も言うのだった。
「姉さんは昔からだったね」
「昔から」
「そう。優しくて自分のことをいつも犠牲にして」
 それが月だった。彼女は幼い頃からそうした心根だったのだ。
「けれどそこでね」
「そこで?」
「姉さんのことを気遣う人のことも覚えておいて」
 そうして欲しいというのである。
「だから。自分一人で背負わないで欲しいんだ」
「それでなんだ」
「そう。姉さんが犠牲にならずに済む方法があるから」
 だからこの世界ではだというのだ。
「僕達にも任せて」
「案ずるな。御前はこの世界では死なない」
 また言う守矢だった。
「何があろうともな」
「兄さん、楓・・・・・・」
「わかったのなら今は休もう」
「何か食べようよ」
 楓は少し明るくなって姉に提案した。
「餅でもどうかな」
「米の餅だ」
 あの麦の餅ではなくそちらだというのだ。
「それを食べるとしよう」
「そうね。お餅をね」
「じゃあ皆も呼んでね」
 楓はさらに明るい調子で姉に告げた。
「楽しくやろうよ」
「わかったわ。それじゃあ」
 月も微笑みになった。そうしてだった。
 彼女は考えを少しずつだが変えようとしていた。犠牲というその考えを。
 孫権はあかりにだ。自分の天幕の中で常世についての話を聞いていた。
 そうしてだ。こう言ったのである。
「つまり冥府というのね」
「それも地獄やな」
 それが常世だとだ。あかりは孫権に話す。
「生きてる間碌でもないことしてた奴等が行く世界や」
「そうよね。それって完全にそれよね」
 共にいる孫尚香も言う。
「悪人が行く場所なんだから」
「若しもですよ」
 周泰もあかりの話を聞いて言う。
「常世と私達の世界がつながったらそれこそ」
「そや、周泰ちゃんの言う通りや」
 あかりは周泰の心配する顔に応えてまた言う。
「悪霊がわんさと来るようになるんや」
「世界は終わりじゃな」
 そこまで聞いてだ。黄蓋も顔を強張らさせている。
「絶対に許してはならんのう」
「ああ。だから月さんも必死なんだよ」
 十三もそのことを話す。
「あの刹那を封じようってな」
「事情はわかったわ。それでだけれど」
「それでっちゅうと?」
 あかりは孫権の話に応える。
「以前姉様を狙った紫鏡という男は」
「あれは只のゴロツキなんだよ」
 彼のことは漂が話す。
「新撰組くずれのな」
「新撰組はあれよね」
 孫尚香がまた問うた。
「鷲塚のおじさんとか小次郎とかの」
「ああ。まあ壬生狼っていってな」
 漂はここから話す。
「京の都を取り締まる。そんな連中なんだよ」
「うち等の時代から先の。草薙とかの世界でいうとや」
 どうかとだ。あかりが説明する。
「あれやな。ちょっと強い警察っていうか」
「憲兵っていうのか?あれは」
 十三はそうした組織も話に出す。
「そうした連中だな」
「何となくはわかりました」
 呂蒙が応える。
「兵達の中での監視役ですね」
「そうなるだろうな」
 漂は少し考えてからまた述べる。
「新撰組についてはな」
「それでよね」
 新撰組の話を聞き終えてからまた言う孫尚香だった。
「あいつ悪いことしてその新撰組を追い出されたのよね」
「そや。あんな碌でもない奴やからな」
 あかりは顔を顰めさせてこう述べた。
「非道の限りを尽くしとったんや」
「それでどうして姉様を狙ったのかしら」
 そこがだ。孫権が最も考えることだった。
「それがわからないけれど」
「多分あれや。あいつの気付かんうちに于吉とかに雇われたんや」
 あかりはそう読んでいた。
「そんで孫策さんの命を狙ったんやな」
「わかったわ、あの連中のなのね」
「他にも怪しい話あるで」
「あれじゃな」
 ここでだ。黄蓋がその流麗な眉を鋭くさせた。
「孫堅様の時じゃな」
「あっ、確かに山越は石弓は使っていません」
「今に至るまで」
 周泰も呂蒙もはっとなった。
「孫策様に対しても使ってきましたが」
「あの時も彼等からは石弓は見つかっていないです」
「ではやはり」
「刺客は」
「そや。山越やないで」
 あかりは断言した。
「あの連中やないとするとや」
「于吉、あの男ですね」
「間違いなく」
「そう思うのが妥当だろうな」
 漂も珍しく真剣な面持ちで話す。
「それにだよ」
「ほら、紫鏡だよ」
 十三はその彼の話に戻した。
「あいつは只の小悪党にしてもな」
「小悪党の後ろには黒幕がいる」
 孫権はこの考えに至った。
「そういうことね」
「その黒幕は誰だと思う?」
「刹那じゃないの?」
 孫尚香は腕を組み考える顔になって述べた。
「あいつでしょ、多分」
「うちもそう思ってる」
 あかりはまさにその通りだと答えた。
「あいつはそういうの得意やからな」
「冥界の存在ね」
 孫権はまた述べる。
「間違いなく人間ではない」
「封印せんとあかん」 
 あかりはこのことは絶対だと言い切る。
「問題はそれが月の命に関わることや」
「四霊の者達だけでは無理なのじゃな」
 黄蓋は眉を顰めさせて述べた。
「あの者達だけでは」
「封印してもそこに蓋をしないと駄目だろ?」
 漂は料理に例えて話す。
「そうだろ。蓋が必要だろ」
「確かに。封じてもそれで終わりではないわね」
「そういうことだよ。だから月ちゃんが犠牲にならないと駄目なんだよ」
 こう孫権に話すのだった。
「絶対にな」
「そこを何とかしないといけないわね」
 孫尚香は腕を組んで考える顔のまま話す。
「冗談抜きでね」
「そちらの世界ではともかくです」
「この世界では月さんを死なせる訳にはいきませんね」
 呂蒙と周泰も言う。
「その為にはどうするべきか」
「そうですね」
「あっ、そういえば」
 ここでだ。呂蒙はふと気付いた。それは。
「あかりさん以前仰っていましたけれど」
「ああ、黄龍のおっちゃんやな」
「月さんの保護者だったという」
 その彼のことがここで話に出たのである。
「あの方の御力を借りることができれば」
「あの人一回死んでるしな」
 あかりは困った顔になり呂蒙に答えた。
「それにこの世界に来てるにしてもや」
「見つけて御力をというのは」
「今すぐは難しいやろな」
「ことは焦眉の急だからね」
 孫権は現実から話した。
「その黄龍さんのお力をすぐに借りたいけれど」
「運よく急に出て来たらいいんだけれどな」
 漂は冗談交じりに述べた。
「まあ刹那をどうにかしないといけないのも一つの問題だな」
「本当にね」
 孫権は頷きだ。そうしてだった。今の刺客のことについてまた言った。
「紫鏡は間違いなく来るわね」
「雪蓮姉様ね」
 孫尚香も前の騒動から述べる。
「絶対に狙って来るわね」
「ええ。それを何とか防がないと」
 こう言うとだった。周泰と黄蓋がだ。
 それぞれ孫権と孫尚香の傍に寄り添って来て言うのだった。
「蓮華様は私が御護りします」
「小蓮様、わしでよいだろうか」
「ええ、有り難う」
「祭がいてくれたら安心できるわ」
 姉妹でそれぞれ言う。
「後は姉様だけれど」
「雪蓮姉様の護衛は?」
「甘寧ちゃんとあのおっぱいのお姉ちゃんがおるやろ」
 あかりがすぐに述べた。
「孫策さん自身腕立つしそんなに心配いらん思うけれどな」
「万が一ということがあります」
 呂蒙は真剣な顔で述べた。
「何かあってはなりません」
「うちもやらせてもらうで」
 あかりもだ。真剣な顔で呂蒙の言葉に応える。
「あんた等は友達や。友達の為には一肌も二肌も脱ぐね」
「わし等はいい友を多い得たのう」
 黄蓋はあかりのその言葉を受けて満足した微笑みで言った。
「多少風変わりじゃがな」
「ははは、まあ宜しくな」
「やるからには頑張らせてもらうからな」
 漂と十三が笑顔で応えてだった。そうしてだ。
 彼等は決意を新たにしていた。そのうえで刺客を防ごうともしていた。仲間達が一つになり。
 それは小次郎達も同じだった。鷲塚、それに響がだった。
 小次郎が孫策の天幕の入り口に座って寝ているのを見てだ。こう声をかけたのである。もう真夜中になっており空には白い満月がある。小次郎の新撰組の服が月の灯りの中に浮かび上がっている。
 鷲塚がだ。こう声をかけたのである。
「孫策殿の護衛か」
「あの男は必ず来る」
 小次郎は顔を上げて鷲塚の言葉に応える。
「間違いなくだ」
「そうだな。あの男は執念深い」
「そのことはわかっているな」
「よくな」
 知っているとだ。鷲塚も返す。
「あの男ならば来る」
「だからこうして待っている。それにだ」
「それにですね」
「孫策殿をやらせはしない」
 小次郎は今度は響に対して述べた。
「それ故にもここにいる」
「休んではいるか」
「うむ、こうしてだ」
 言いながらだ。毛布を出してだ。
 それで身体をくるみだ。二人に話すのだった。
「休んでいる」
「わかった。しかしそれでもだ」
「無理はするなというのだな」
「そうすることだ。いいな」
 こうした話をしてだった。小次郎は孫策の天幕の前で護衛の役も務めているのだった。あの男が来るのを待っていたのである。
 刹那が闇の中でだ。于吉達に話していた。
「今のところは順調だ」
「順調なのですね」
「潜伏できているか」
「そうだ。できている」
 こうだ。彼は于吉と左慈に述べる。
「何時仕掛けても問題はない」
「それにですね」
「あの男なら何があってもだな」
「所詮は捨て駒だ」
 刹那は実に冷酷に述べた。
「どうなろうと知ったことではない」
「そうですね。所詮はですね」
「それ以外には使い方がない」
 于吉も左慈もだ。刹那の話に対して率直に返した。
「成功しても失敗してもいい」
「まさにそういうことだな」
「所詮はその程度だ」
 また言う刹那だった。
「生きている頃からそうだったしな」
「我々の崇高な目的も理解できていませんし」
「それ程の頭もないしな」
「そうした方の使い道は本当に一つしかありません」
「捨て駒だ」
 こう素っ気無く述べてだった。彼等は刹那の策を見ていた。
 その彼にだ。ゲーニッツが述べてきた。
「ただ。気になることがあります」
「あの男か」
「はい、出てきました」
 そうなったというのだ。
「どうされますか、一体」
「どうということはない」
 刹那はゲーニッツの言葉にもやはり素っ気無い。
「滅ぼすだけだ」
「この世界自体と同じくですね」
「そうだ。滅ぼすだけだ」
「かなりの強敵でもですね」
「俺の目的は決まっている」
 例え何者が立ちはだかってもだというのだ。
「この世界に常世を実現させるだけだ」
「常世。実に素晴らしい世界です」
「邪な死者の世界とはな」
 于吉も左慈もそうした世界については笑顔で応える。
「では今回はお任せしました」
「どうなるか見せてもらう」
「そうするといい」
 こう話してだった。彼等は状況を見守るのだった。刹那の仕掛ける策のそれを。


第百十五話   完


                            2011・10・10



遂に戦が始まったか。
美姫 「各所で戦いが繰り広げられているわね」
力と力、知恵と知恵。その中でもやっぱり孔明は凄いな。
美姫 「武器の調達と敵の戦力を削ぐのを同時にやってのけたわね」
だとしても、本人の言うようにまだまだ油断できない状況だがな。
美姫 「それに刹那たちも動き出したみたいだしね」
こちらはこちらで何を仕掛けるつもりなのか。
美姫 「ちょっと楽しみね」
ああ。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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