『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                                第百十四話  孔明、弓矢を奪うのこと

 孔明にだ。鳳統が尋ねていた。
 二人は今陣中にいる。その中で孔明に尋ねたのである。
「敵の弓矢を奪うの」
「そう考えてるの」
 孔明もこう鳳統に返す。
「そうして敵の戦力を少しでも削いでおきたいから」
「そうね。これからの決戦のことを考えると」
「敵の戦力は削いでおかないと」
 まさに軍師の言葉だった。
「だからね」
「わかったわ。それじゃあ」
「雛里ちゃんも協力してくれるの」
「だって私達友達じゃない」
 それ故にだと答える鳳統だった。
「それでだけれど」
「有り難う。それじゃあ」
「うん、二人で考えましょう」
 まずは二人になった。そしてその二人のところにだ。
 袁紹が来てだ。こんなことを言ったのである。
「劉備さんににお願いがありますの」
「はい、何でしょうか」
「何かあったのですか?」
「まずは劉備さんのところに案内してくれます?」
「私もね」
 曹操もいた。袁紹と同じくだ。
「ちょっと軍のことでね」
「お話したいことがありまして」
「あっ、別に鰻さんじゃないんですね」
「いつものおかしな催しじゃないんですね」
「おかしい?わたくしの素晴らしい催しが?」
 二人にそう言われてだ。袁紹は思わず顔を強張らせた。
 そうしてだ。むっとした様子で二人に言うのだった。
「鰻は身体にいいですし女の子の身体にぬるぬるとまとわりついて最高でしてよ」
「それが駄目なのよ」
 曹操が溜息と共に力説する袁紹に述べる。
「全く。目を離せばおかしなことするんだから」
「袁家の伝統ですわ。催しは」
「じゃあ美羽みたいに歌でも歌えばいいじゃない」
 袁術はすっかりそちらになっていた。
「とにかくよ。劉備にお話しましょう」
「そうでしたわ。それでは」
 何だかんだと話をしてだった。二人はだ。
 孔明と鳳統に案内されて劉備のところに来た。丁度そこには五虎もいた。
 その彼女達も前にしてだ。二人は劉備に話すのだった。
「弓矢が足りませんの」
「十万程ね」
「十万、それはまた」
 十万と聞いてだ。まず声を出したのは黄忠だった。
「多いわね」
「兵の数が多くてですの」
「だからそれ位さらに欲しくなったのよ」
「木を伐採してそれを弓矢に当てることもできますけれど」
「結構時間がかかるから」 
 それでだというのだ。二人は。
「劉備さんに何かいい御考えはありまして?」
「私達も今それぞれの軍師達に考えてもらっているけれど」
「十万となるとだ」
 今度は関羽が首を捻りながら話す。
「そうおいそれと調達できるものではないが」
「だよな。流石にそこまでの数となるとな」
「兵をかなり使って作らなければ駄目だ」
 こうだ。馬超と趙雲も話す。
「何日かかる?総動員して」
「弓を作ることのできる兵達を全て使って」
「その間に敵が来たら大変なのだ」
 張飛も困った顔になって述べる。
「その辺りも考えないと駄目なのだ」
「だからわたくし達も軍師達も悩んでいますの」
「どうしたらいいのかね」
「あっ、それなら」
「そうよね」
 だがここでだ。孔明と鳳統がだ。
 はっきりとした顔になってだ。こう劉備達に言ったのである。
「私達が今からです」
「弓矢を調達してきて宜しいでしょうか」
「どうしますの?」
 袁紹が怪訝な顔になり二人に尋ねた。
「一口に十万本といっても結構ありますわよ」
「そうよ。かなりね」
 曹操もここでも言う。
「それを調達するのは」
「できれば船を用意して欲しいのですけれど」
「それを藁で覆った案山子もです」
 二人はすぐに話していく。
「そうして欲しいのですが」
「宜しいでしょうか」
「わかりましたわ」
 首を捻り難しい顔をしながらもだ。袁紹は答えた。
「それでは」
「はい、それではです」
「すぐにかかります」
「出来るだけ早いうちにお願いするわね」
 曹操は期限について言及した。
「敵が何時来るかわからないから」
「わかりました。ではすぐに」
「取り掛かります」
 こうした話をしてだった。早速だ。
 船と藁で覆った案山子達が用意された。そのうえでだ。
 孔明は船を操る兵達と共にだ。彼等も集めたのだった。
 まずは火月がだ。こう二人に尋ねた。
「俺が来ていいのか?」
「はい、火月さんは絶対にです」
「来て欲しいと思っていました」
「何でなんだ?」
 いぶかしみながらだ。火月はまた二人に尋ねた。
「俺水の上での戦いは特に得意じゃないぜ」
「俺もだぜ」
 今度は草薙が出て来て言う。
「特にな。火は得意だけれどな」
「火攻めでもするのだろうか」
 クラウザーもいる。
「そこがわからないが」
「俺もか」
 見れば八神までいる。
「訳がわからないな」
「見れば火を使う奴ばかりじゃねえか」
 また言う火月だった。
「こっちの世界の連中はな」
「その通りだな」
 彼等と共にいる周瑜も言う。彼女は船を操る役目だ。軍師だがそれにも長けているからだ。
「ここまで火を使う面々ばかり揃えるとな」
「おいも思うっちゃよ」
 ホンフゥも言う。
「火攻めにするっちゃってな」
「それならそれでいいんだけれどな」
 ビリーは孔明達のその考えには賛成だった。ただし彼女達の真意には気付いていない。
「けれどそれでもな」
「弓矢集めるんだよな」
 草薙がいぶかしみながら問うた。
「それで何で火なんだ?」
「そこがわからぬ」
 半蔵も言う。
「何なのかがだ」
「まずは敵陣に近付きましょう」
「それも早朝に」
 二人はいぶかしむ彼等にこう言うばかりだった。
「そしてそこで、です」
「お話させてもらいます」
「早朝の奇襲か?」
 ビリーは首を捻りながらまた述べる。
「まあそれも有効だけれどな」
「弓矢を手に入れるのはどうするつもりだ」
 周瑜もその辺りがわかりかねていた。
「敵から・・・・・・むっ」
「あっ、内緒で」
「御願いします」 
 軍師二人はすぐに周瑜の口止めに入った。
「肝心のことですから」
「このことは」
「わかった。だがだ」
「だが?」
「だがといいますと」
「流石だな」
 微笑みだ。二人にこんなことを言ったのである。
「水鏡先生の愛弟子達だけはある」
「いえ、私達はそんな」
「特にそんなことは」
「謙遜しなくてもいい」
 二人の気質を知っていての言葉ではある。だがそれでも周瑜は言った。
「事実だからな」
「はわわ、そんなこと言われると恥ずかしいです」
「私もです」
 周瑜の言葉に顔を赤くさせて恥ずかしがる二人だった。その二人にだ。
 周瑜はさらにだ。こんなことを言うのだった。
「貴殿等は敵に回したくはないな」
「私達をですか?」
「そんな。私達なんて」
 ここでまたいつもの調子でだ。二人は周瑜に返した。
「身体は小さいですし力はないですし」
「喧嘩とか全然できませんけれど」
「私が言っているのは頭だ」
 そのことだというのである。
「貴殿等の頭は敵に回すと恐ろしい」
「そうなんですか」
「私達の頭がですか」
「味方であって何よりだ」
 そしてこんなことも言う周瑜だった。
「実に頼もしい」
「ええと、とりあえずです」
「私達のできることをするだけですから」
 こう話す二人だった。そしてだ。
 二人はだ。今度は仲間達にこんなことを話した。
「では今からです」
「御飯にしませんか?」
「ああ、そうっちゃな」
 ホンフゥが最初に二人の言葉に応える。
「もういい時間っちゃな」
「もう御飯は用意できていますので」
「早速食べましょう」
「それで何なんだ?」
 ビッグベアが二人についてメニューを尋ねる。
「一体」
「ちょっと簡単なんですけれど」
「御饅頭と干し魚です」
 そうしたものだというのだ。
「その二つです」
「それでいいですか?」
「ああ、別にいいぜ」
 ビリーが何でもないといった口調で応える。
「船の上だしな。かえって簡単なものの方がいいさ」
「俺は肉の方がいいが」
 八神がこう言うとだった。孔明と鳳統はこう二人に答えた。
「はい、干し肉もあります」
「それもです」
 二人はその八神に答える。
「あと蜜柑もありますので」
「栄養は充分かと」
「ああ、蜜柑もあるのか」
 ビッグベアはそれを聞いて笑顔になりだ。こんなことを話した。
「ビタミンも補給できるな」
「そちらの世界での栄養ですよね」
「色々な食べ物に含まれている」
「そうだよ。人間ただ食うだけじゃ駄目なんだよ」
 プロレスラーだけあってだ。健康には気を使っているのだった。
「ステーキばかり食っても身体に悪いんだよ」
「確かにお肉ばかりでも身体がだるくなりますよね」
「偏食はよくないです」
「だからな。そうした野菜とか果物も食べないとな」
「はい、では蜜柑もです」
「皆さん召し上がって下さい」
「さて、では腹ごしらえだな」
 周瑜も微笑みながら言う。
「戦の前のな」
 こう話してだった。彼等は食事に入った。その中でだ。
 火月がだ。仲間達にこんなことを話した。
「俺はあれなんだよ」
「あれっていいますと」
「どうしたんですか?」
「抜け忍だったんだよ」
 こう孔明と鳳統にも話す。
「実はな」
「忍の村を抜けられたんですか」
「そうだったのですか」
「ああ、それは聞いてたんだな」
 二人の話を聞いて頷く火月だった。
「そのことは」
「はい、舞さんから御聞きしました」
「そうした人が昔はいたと」
「俺はその昔の人間だからな」
 舞から見てそうなるのだった。火月は江戸時代の人間だからだ。
「まさにその抜け忍だったんだよ」
「何故忍を抜けたのだ?」
 周瑜が干し魚を手に取り口で引き千切り噛みながら問うた。
「理由があってだと思うが」
「妹を助けたくてな」
 それでだと答える火月だった。彼も干し魚を食べている。
「それで忍を抜けて力を手に入れてな」
「そうしてですか」
「妹さんを」
「で、それは何とかなったんだ」
 妹は助かった。そうなったというのだ。
 しかしここでだ。火月はたまりかねた顔になってこんなことを言った。
「けれどな。兄貴がな」
「ああ、蒼月さんな」
 草薙がこう言った。
「あの人か」
「そうだよ。兄貴が追っ手だったんだよ」
 抜け忍には追っ手が来る。そういうことだ。
「で、妹を助けたと思ったその瞬間にな」
「殺されたか」
 八神は鋭い目でぽつりと言った。
「そうだったのだな」
「おい、ころされてたら俺は今ここにいねえぞ」
 火月は即座に八神に突っ込み返した。
「じゃあ今の俺は幽霊かよ」
「それは違うな」
「そうだよ。俺は幽霊なんかじゃねえ」
 そのことを力説する。そして彼はこんなことも言った。
「よく見ろよ」
「足はあるな」
 八神はまたぽつりと言った。
「確かにな」
「足のある幽霊は普通っちゃよ」
 ホンフゥがこう突っ込みを入れる。
「というかそれは日本だけじゃないっちゃ?」
「そうだったのか」
「我が国でもそうですし」
「幽霊、鬼には足があります」
 孔明も鳳統もそのことは話す。
「何か日本で画家の人が絵にお茶を溢してそうなったとか」
「そう聞いていますけれど」
「そうか。わかった」
 それを聞いて頷く八神だった。彼のことはそれで終わった。
 そしてそれが終わってからだ。火月はまた話した。
「それでだよ。そこで兄貴に思いきり一撃喰らってな」
「それで一体」
「どうなったんですか?」
「忍の組織には死んだってことになったんだよ」
 その組織にはだというのだ。
「で、妹と二人で暮らしてるんだよ」
「けれどそれでもこの世界ではですね」
「お兄さんと再会されたんですね」
「全く。どういう因果なんだよ」
 困った顔になってまた言う火月だった。
「糞兄貴とまた一緒なんてな」
「それは私もだ」
 ここでだ。クラウザーが話に入って来た。
「私のことは知ってるな」
「確かギース=ハワードさんとでしたね」
「ご兄弟でしたね」
「母親は違う」
 クラウザーは孔明と鳳統にこのことを話した。
「だが、だ。兄弟であることは事実だ」
「そしてその兄弟だからこそ」
「因縁がですか」
「互いの存在を知った時から憎み合ってきた」
 それが二人だったのである。
「何度も戦ってきた」
「はい、お話は聞いています」
「そういう御関係だったと」
「だが今は共にいる」
 華陀と巡り会いだ。そうなったというのだ。
「因果なことだ。しかしだ」
「それでもだな」
「そうだ。これもまた私にとっての運命だったのだ」
 クラウザーは周瑜にも話した。
「あの男と共にいることもな」
「それで何かわかったか?」
 草薙がクラウザーに尋ねる。干し魚は自分の炎で焼いてそれから食べている。
「あんた自身にとってそれがどういったことなのか」
「まだよくわからない」
 クラウザーは顔は伏せてはいない。声もだ。
 だがそれでもだ。彼にしてはいささか晴れない、毅然としていない言葉を出したのだった。
 その言葉でだ。クラウザーは話すのだった。
「しかしそれでもだ」
「それでもなんだな」
「我等兄弟は最早争うことはないだろう」
 こう話すのだった。
「それだけは確かな」
「そうですか。少なくともそういうことはですか」
「なくなったんですね」
「それだけでも大きいな」
 二人と周瑜はクラウザーのその言葉に微笑んで述べた。
 そしてクラウザーもだ。こう言うのだった。
「私も。しがらみを捨ててだ」
「そのうえで、ですね」
「あちらの世界に戻られても」
「父上のことから離れて生きよう」
 二人の対立のはじまりとなっただ。それともだというのだった。
 そうした話をしているうちに夜になりだ。船団はだ。
 遂に敵陣の前に来た。しかし周りはまだ暗い。その朝が来る直前でだ。
 ホンフゥがだ。こう孔明に尋ねた。
「で、どうするっちゃよ」
「ここからですね」
「そうっちゃ。もうすぐ朝っちゃよ」
「はい、明け方になれば」
 つまりだ。間も無くだというのだ。 
 何をするか。孔明がここで遂に仲間達に話した。
「皆さんの火の術を水面にぶつけて下さい」
「それも立て続けにです」
「おい、そんなことしてもよ」 
 どうなるか。ビリーが首を捻りながら話す。
「ただ蒸気が起こるだけだぜ」
「ああ、本当にそれだけだよ」
 ビッグベアもビリーに続いて言う。
「それで何になるってんだよ」
「とにかくです。炎を何度も水面に打ちつけて下さい」
「それぞれの船からです」
「まあ俺達の炎ってな」
 それ自体はどうかとだ。草薙が話す。
「かなり強いけれどな」
「そうですね。それこそかなりの熱があります」
「だからです」
 また言う二人だった。
「長江の水面にこれでもかとぶつけて下さい」
「とにかくありったけです」
「そうしてくれればいい」
 周瑜もいぶかしむ仲間達に話す。
「作戦はそれで成功する」
「何か知らないけれどわかったっちゃ」
 ホンフゥが最初に応える。こうしてだった。
 彼等は孔明の言う様に炎をだ。明け方になると共に次々に打ちつけた。それを続けているうちにだ。
 霧が起こった。そしてその霧はというと。
「随分濃いな」
「ああ、普通の霧よりもずっとな」
「かなり濃くなってるな」
「これはまたな」
「あっ、もう炎はいいです」
「これでいいです」
 二人は仲間達に炎を使うことを止めてもらった。ここでだ。
 そのうえでだ。あまりにも深い霧になったところでこう言ったのである。
「後は船の中に入りましょう」
「急がないといけません」
「余計に話がわからなくなってきたな」
 火月もだ。いぶかしみながら言うのだった。
「火を水に打ちまくって霧が出たら船の中に入るのかよ」
「はい、そうです」
「そうして下さい」
「よくわからねえがわかったぜ」
 釈然としないながらも答える火月だった。そうしてだ。
 彼等は二人の言う通りそれぞれの船の中に入る。するとだ。
 その彼等の船に向けてだ。凄まじい音がしてきた。そええを聞いて。
「!?何だこれは」
「はい、弓矢です」
「敵の弓矢の音です」
 まさにそれだとだ。孔明と鳳統は同じ船に乗っている草薙に話した。今彼等は船の中にいる。そうして自分達の身を守っているのである。
 その中でだ。二人は笑顔で草薙に話す。
「朝には霧が出ますよね」
「水面に熱がかかって」
「!?それでか」
 ここでだ。草薙もわかった。はっとした顔になって二人に話す。
「水面をああして。俺達の炎で打ってか」
「そうです。それで普通の霧より濃いものにしてです」
「敵の目を欺いてです」
 そのうえでだというのだ。
「敵に弓矢を撃たせています」
「こうして」
「それでだ」
 周瑜もいる。その彼女も草薙に話す。
「敵の弓矢を奪いそのうえで我々の弓矢を手に入れているのだ」
「それで藁で覆った案山子も用意しました」
「矢を撃たせて集める為に」
 よく見えないことを利用した的だというのである。
「折角弓矢を手に入れるなら敵から手に入れるべきですし」
「敵の力も削げます」
「考えたものだな」
 二人の話を聞いてだ。草薙は考える顔になり腕を組んで言った。
「そういうやり方もあるんだな」
「はい、兵法に敵の力を利用するというものがありまして」
「それを使いました」
「そうなんだな」  
 話を聞きながらしきりに頷く草薙だった。
 その間にも敵の弓矢はひっきりなしに来る。それが暫く続いたところでだ。
 孔明と鳳統は周瑜に述べた。
「もういいと思います」
「そろそろ霧も晴れますし」
「そうだな。霧が晴れれば策もばれてしまう」
 周瑜も言ってだ。それでだった。
 彼女は船を動かさせた。そのうえでだ。
 敵陣から離れる。そうして離れてから甲板に出て案山子や船を見てみると。
 弓矢がこれでもかという程突き刺さっている。それはどの船もだった。
 その無数の弓矢を見てだ。軍師二人は満足した笑顔で言うのだった。
「これでいいですね」
「十万本はありますね」
「おいおい、本当に集めるなんてな」
 実際に見てまた驚きの言葉を挙げる草薙だった。
「すげえな、これはまた」
「全くだ。私も考えられなかった」
 周瑜も感嘆の言葉を述べる。
「ここまでのことはな」
「まさに天才軍師だな」
 草薙もこう言うのだった。
「この二人がいるだけで全然違うぜ」
「ですからそう言うことを言われると」
「恥ずかしいです」
 ここでまた顔を赤らめさせる二人だった。そしてそれを見てだ。
 草薙は少し落ち着いてからだ。こう言ったのだった。
「じゃあこれで止めておくな」
「優しいのだな」
「俺は人の嫌がることはしない主義なんだよ」
 微笑んでだ。草薙は周瑜にも話した。
「だからな」
「それでなんですか」
「ああ、そうだよ」
 また話す草薙だった。
「それじゃあ帰るか」
「はい、そうしましょう」
「目的は達しましたし」
 こうしてだった。孔明と鳳統は意気揚々と陣に戻った。そうして十万本の弓矢を劉備達に見せる。船や案山子に突き刺さったままであるが。
 その弓矢を見てだ。袁紹は思わず唸った。そのうえで言うのだった。
「この発想はありませんでしたわ」
「ええ、私もよ」
 彼女の傍にいる曹操も唸る顔だった。
「こんなやり方があるのね」
「華琳も考えられませんでしたの」
「発想の外にあったわ」
 曹操ですらそうだったというのだ。
「そしてそれはね」
「貴女のところの軍師の娘達もでしてね」
「麗羽の娘達もよね」
「とりわけ水華と恋花ですけれど」
 田豊達である。まさに袁紹の誇る知の二枚看板だ。
 その彼女達についてだ。袁紹はここでは誇らしげに述べる。
「まさに張良、陳平に匹敵するわ」
「子房ならうちにもいるわよ」
 曹操も負けじと言う。
「桂花に木花、それに凛に風とね」
「郭嘉さんは美羽のところに行ったのではなくて?」
「最近いつもあの娘のところにいるけれど私の陣営にいたままよ」
 この辺りは微妙なことになっているのだ。
「とにかくね。あの娘達はどれも張良に匹敵するわ」
「それでもですわね」
「十万本の弓矢は揃えることはできても」
 それでもだというのである。
「ああしたやり方は考えられないわね」
「全くですわ。ただ」
「ええ、それでもね」
「味方であってよかったですわ」
 このことにはだ。二人は心から安堵していた。
 そうしてだ。こう言い合うのだった。
「あの娘達が敵なら今頃ね」
「わたくし達は負けていましたわね」
「可愛い顔をしてるけれどその謀は鬼の如くよ」
「太公望はこちらにいましたのね」
 この世界でもこの国では伝説となっている軍師である。その軍師の話もしてだった。
 袁紹も曹操も孔明達の智謀には唸っていた。しかしだった。
 その軍師二人は策が成功してもだ。まだこう言うのだった。
「それでも敵はです」
「まだ多くの武器があります」
 こう言ってだ。警戒を怠っていなかった。
「ですから油断は禁物です」
「あちらからの謀にも気をつけましょう」
「ああ、それだよ」
 二階堂がだ。二人の言葉に応える。今は劉備陣営の者達が会議を行っていた。二階堂は自分の席から二人に応えたのである。
 そのうえでだ。彼は敵についてこう話した。
「連中は闇の世界の連中だからな」
「それだけに謀やそうしたことはですね」
「得意だというのですね」
「あと暗殺もな」
 それにも気をつけろと言う二階堂だった。
「本当に急に来るからな」
「では主な将帥の方々にですね」
「これからはより一層の警護を」
「俺達もいるからな」
 二階堂はここで言った。
「警護は任せてくれよ」
「義姉上ならだ」
 関羽が鋭い顔になって述べてきた。
「私がお護りする」
「そうなのだ」
 張飛もだ。真剣な顔で言う。二人で劉備の左右を護りながらだ。
「鈴々だっているのだ」
「例えオロチが総出で来てもだ」
「絶対に何もさせないのだ」
「はい、確かに桃香様はです」
「一番狙われると思います」
 孔明も鳳統もそのことは既に考えていた。
 それでだ。二人はこうも言った。
「ですから愛紗さんと鈴々ちゃんはです」
「桃香様を宜しくお願いします」
「うむ、わかった」
「そうするのだ」
 関羽と張飛も軍師二人の言葉に応える。そうしてだ。
 軍師二人はさらに言おうとする。しかしだった。
 ここで魏延が出て来てだ。必死の顔で言い出した。
「ま、待ってくれ」
「あっ、焔耶さん」
「そういえばこの人がいました」
 孔明と鳳統もここではっとなった。
「桃香様といえばやっぱり」
「どうしてもなんですね」
「桃香様は私が命にかえても御護りする」
 こう実際に強く主張しだす。
「そう。例え仮に何があろうともだ」
「待て焔耶、それはもう決まったぞ」
「そうなのだ」
 さしもの関羽と張飛もいきり立たんばかりの今の魏延には戸惑いを隠せない。
 しかしだ。何とかこう返す彼女達だった。
「我々が御護りする」
「そうするのだ」
「いや、ここは護衛役の私が」
 あくまでこう言う魏延だった。
「是非共。それが役目なのだから」
「ううん、何かややこしくなりましたね」
「焔耶さんも引かないでしょうし」
「こうしてはどうだ?」
 ここで言ったのは趙雲だった。
「焔耶は近衛隊長だな」
「そうだ」
 その通りだとだ。魏延は趙雲にも言葉を返す。
「そのことはもうわかっている筈だ」
「無論だ。それならだ」
 また言う趙雲だった。
「焔耶、御主は桃香様の背中を護れ」
「背中をか」
「そしてだ」
 趙雲はさらにだ。関羽と張飛の顔を見て話す。
「二人は桃香様の左右をだ」
「護ればいい」
「そうなのだ」
「そうだ。それでどうだ」
 ここまで話してだ。趙雲はあらためて三人に問い返した。
「焔耶にとってもいいし桃香様の護衛も確かなものになる」
「そうですね。名案です」
「ではそうしましょう」
 軍師二人も明るい顔で応えてだ。このことは決まった。
 しかしだ。今度はだ。猛獲とその家臣達が出て来てだった。
 彼女達は笑顔になってだ。こんなことを言うのだった。
「おっぱいを護るにゃ」
「そうにゃ。ミケ達もにゃ」
「そうするにゃ」
「頑張るにゃ」
 こう言って劉備の太腿の上に乗ってきた。あっという間にだ。
「お姉ちゃんのおっぱいは最高だにゃ」
「このおっぱいに何かあったら大変だにゃ」
「だからこうしてこれからはいつも一緒にいるにゃ」
「そうするにゃ」
「おい待て」
 しかしここでだった。その魏延が猛獲達に言う。むっとした顔で。
「桃香様は私が御護りするのだぞ」
「焔耶は背中だけにゃ」
 何故かここでは鋭い猛獲だった。
「おっぱいは含まれていないにゃ」
「何っ、私は桃香様と寝食を共にするつもりだ」
 魏延は本音を言った。
「御休みになられる褥も共にしてだ」
「おい、言い切ったな」
 馬超が魏延のその言葉に突っ込んだ。
「わかってたにしても露骨過ぎるだろ」
「ううん、こうなったら止まらないのよね」
 馬岱も流石に今はどうしようもない。
「焔耶はね」
「そうだな。では私はだ」
 趙雲はすすす、とその馬超と馬岱のところに来てだ。
 そっと二人の間に入り抱き寄せてからこんなことを言った。
「御主達と共にいよう」
「おい、それは何でだよ」
「まさか星さん姉様だけでなく蒲公英も?」
「熟れた身体もいいがまだ青い身体もいい」
 その二人の肢体を妖しい目で見ている。
「どうだ。三人で風呂にでも」
「待て、あたしはそんな」
「蒲公英はいいけれど」
 従姉妹でそれぞれ違う反応を見せる。馬超は狼狽を隠せず馬岱はにこにことしている。やはり馬岱は趙雲にとっては可愛い妹分なのだった。だから応えているのだった。
 その馬岱はだ。趙雲にこんなことを言う。
「じゃあこれからはですよね」
「うむ、寝食を共にしようぞ」
「絶対に何かするよな」
「何かとは何だ?」
 趙雲はその妖しい目でそっと馬超に身体、特に胸を摺り寄せて問う。
「どういうことか教えて欲しいものだ」
「待て、人がいるんだぞ」
「そうだな。では三人になった時にだ」
「だから何するつもりなんだよ」
 こんなやり取りも行われていた。そしてだ。
 魏延と猛獲達はだ。劉備の前でまだ言い争っていた。
「桃香様は常に私がいる。だから御主等は不要だ」
「そうはいかないにゃ。おっぱいを保護するにゃ」
「だから焔耶は背中だけにするにゃ」
「おっぱいは譲れないにゃ」
「そうさせてもらうにゃ」
「うう、まだ言うのか」
 こんな彼女達を見てだ。厳顔は楽しげに笑って言うのだった。
「やれやれじゃな」
「そうね。焔耶ちゃんも変わらないわね」
 黄忠も笑って厳顔に応える。
「ああしたところは」
「そうじゃな。だが桃香様のことを心から想っておる」
 このことは間違いなかった。
「だからあ奴は絶対にやる」
「桃香様を無事ね」
「護っていってくれる」
 だから安心だというのである。そうしてだ。
 大門もだ。ここで言った。
「では我々もだ」
「ああ、そうだな」
「これからは単独行動は出来るだけ避けないとな」
 草薙と二階堂がその大門に応える。
「それで劉備さん達を護衛しよう」
「まだ俺達は襲われないだろ」
 二階堂は状況も考えながら話す。
「やっぱり狙われるのはな」
「劉備さん達ですね」
 ここで言ったのは真吾だった。
「他には曹操さん達も」
「狙うのは頭なんだよ」
 二階堂はまた言った。
「頭を潰せばそれで終わりだからな」
「どんな巨大な生物も頭を潰せば倒れる」
 大門も腕を組んで言い切る。
「それは軍も同じだ」
「政治もな」
 二階堂は大門の言葉に言い加えた。
「政治の方もそうなるからな」
「うむ、だからこそ劉備殿達が狙われる」
 大門はこう断言した。
「それとだ」
「それと?」
「それとっていうと?」
「あの者達、オロチなり常世なりアンブロジアなりだ」
 大門はここで草薙や神楽を見た。
「あの者達を封じられる者達が余計にだ」
「狙われるな」
 それはだ。草薙も自覚してだ。表情を険しくさせる。
「覇王丸さんとかな。楓もだよな」
「楓もそうだけれど雪だな」
 二階堂は彼女のことを念頭に置いて述べた。
「ほら、神楽さんの双子の」
「ええ。姉さんはだからゲーニッツに」
 神楽は沈痛な顔になりそのことを話した。
「我が神楽家は封じる力を持っているから」
「封印をしなければあの者達は幾らでも甦る」
 大門はまた言い切る。
「それ故にだ」
「何かとややこしいことになるかも知れないがな」
 それでもだとだ。二階堂は話す。
「勝つぜ。絶対にな」
「はい。じゃあ気分転換に怪談でも」
「それは止めろ」 
 関羽が蒼白になって真吾の怪談は止めさせようとする。
「あんなもの心臓に悪い」
「あれっ、駄目なんですか」
「止めろ。怖い」
 つい本音を言ってしまう関羽だった。
「夜寝られないではないか」
「そんなに怖いですかね、俺の怪談」
「怖いにも程がある」
 張飛も同じだった。こう言うのだった。
「絶対に止めるのだ」
「何か面白くないですけれど」
「いや、怪談は面白くはない」
「ただ怖いだけなのだ」
 二人はあくまで真吾に話す。だが何はともあれだ。護衛のことはまとまったのだった。


第百十四話   完


                             2011・10・7







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