『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百十二話  一同、赤壁に出陣するのこと

 歌の大会の後でだ。遂にだった。
 劉備達は出陣する。その中でだ。
 張角が言うのだった。
「私達も一緒なのね」
「ええ、歌で皆を元気付けて欲しいから」
「それで」
 その張角に張梁と張宝が話す。
「同行することになったのよ」
「勿論報酬は弾んでくれたわ」
 金の話も自然に出る。
「おまけに出陣の間御馳走どんどん出るみたいだし」
「悪い条件じゃないわ」
「ですから私達もです」
 下喜達親衛隊の面々もここで言う。
「御一緒させて頂くことになりました」
「その様に」
「わかったわ」
 その話をだ。張角はすんなりと受け入れた。
 そうしてそのうえでだ。彼女達も出陣に同行するのだった。
 その彼女達を見てだ。兵達は早速だ。
 テンションを上げてだ。こう言うのだった。
「よし、三姉妹も同行だ!
「ずっと歌が聴けるんだな!」
「よし、頑張るぞ!」
「それなら!」
 こう言ってだ。彼等の士気は今からかなりのものだった。その高い士気でだ。
 全軍意気揚々と洛陽に向かう。しかしその先陣では。
「おーーーーーーーーーっほっほっほっほっほ!」
「全く。言い出したら聞かれないから」
「困ったことね」
 田豊達袁紹の軍師の面々が溜息をついていた。何故なら。
 先陣は袁紹だからだ。高笑いをする主達を見て言うのだった。
「先陣は自分だって言い張られて」
「本当にでしゃばりなんだから」
「先陣は将の誉れですわ」
 こうだ。袁紹は誇らしげに笑って言うのだった。その彼女達に。
「それを受け持つよう声をあげるのは」
「当然だっていうんですか」
「それで今も」
「そうですわ。わたくし達の軍で」
 何をするかというのだ。袁紹は。
「オロチでもアンブロジアでも何でも倒しますわ」
「ですから。迂闊に前に出られたら」
「的にされますよ」
「麗羽様はただでさえ目立つのに」
「それで出られては」
「安心なさい」
 袁紹は胸を張って言い切った。
「わたくしには弓矢も槍も当たりませんわ」
「こんなことを言われるから心配なんですよ」
「本当に向こう見ずなんですから」
 こう言ってだ、彼女達は今から心配することしきりだった。だが何はともあれだ。
 彼女達は順調に進んでいる。それは確かだった。
 都を出て数日でだ。一行は揚州まで暫くの場所まで来た。そこでだ。
 一旦休止に入りだ。その中でだ。
 こうだ。孫策が一同に話した。
「揚州のことなら任せておいてね」
「そうよね。地の利はあるわよね」
 こうだ。孫策の言葉に凛が頷いた。
「孫策さん達は元々この地で育ったし」
「そうよ。だからよく知っているわ」
 それでだというのだ。
「だからその赤壁もね」
「知ってるってことか」
「そうなるな」
 夜血と灰人も彼女の言葉を聞いて頷く。
「じゃあここはな」
「任せていいな」
「ええ、陣を敷く場所もその布陣もね」
 そうしたことまでだというのだ。
「もう任せてもらっていいわ」
「そうよね。それじゃあね」
 リムルルが孫策のその言葉に頷いた。
「孫策さん、御願いね」
「任せておいて。じゃあ今はね」
「今は?」
「今はっていうと」
「もうこの辺りじゃ売ってるのよ」
 急にだ。孫策の顔が笑顔になった。そのうえでの言葉だった。
「揚州の酒がね」
「それってまさか」
 キングがここで自分の左手を見た。そこでは。
 黄蓋が飲んでいた。それも実に美味そうに。
 その酒を飲んでいる彼女を見てだ。キングは孫策に言うのである。
「あれ?黄蓋さんが飲んでる」
「そうそう、あれよ」
 まさにだ。その酒であった。
「祭ってもう飲んでるのね。相変わらずよね」
「っていうかあの人何処でも飲んでるだろ」
 凱がその酒を見て言う。
「もう今更って感じだよな」
「うむ、やはり美味じゃ」
 その黄蓋の言葉だ。既に顔が赤くなっている。
「揚州の酒はよい」
「そうですね。確かに」
 何故かここで鳳統もいてだ。彼女も飲んでいる。
「このお酒いけます」
「ってあんた飲むんやな」
 あかりがその鳳統に気付いて突っ込みを入れた。
「それもかなり」
「お酒。好きですから」
「甘いものだけやないんやな」
「何か。中から求めるんです」
 そのだ。酒をだというのだ。
「それで」
「ううん、またしても中身かいな」
「何といいますか」
「まあええけどな」
 あかりもそれでよしとした。それでだ。
 あらためてだ。鳳統は。
 さらに飲む。しかも瓶ごとだ。
 ごくごくと飲みだ。瓶を一つ開けてしまった。それを見てだ。
 覇王丸もだ。唖然として言う。
「思った以上に飲むな」
「何かどれだけ飲んでも酔えなくて」
「いや、それは半端じゃねえな」
「そうでしょうか」
「ああ、凄いな」
 覇王丸ですらこう言う程だった。
「隠れた酒豪だな」
「ふむ。見所があるのう」
 黄蓋もその鳳統には太鼓判だった。
「これは将来が楽しみじゃ」
「確かにな」
 覇王丸もそれは同じだった。
「ここまで飲めるとな」
「わしも負けてはおれん」
 黄蓋は自然にこうした感情にも向かった。
「ではより飲むか」
「よし、俺もだ」
 こうして鯨飲に向かう彼等だった。他の面々もだった。
 その揚州の酒を楽しむ。それは張飛も同じだった。
 食べるだけでなく飲みもしてだ。満足した顔で言うのである。
「やっぱり酒は最高なのだ」
「それ何かやばい言葉だな」 
 一緒に飲む馬超が突っ込みを入れる。
「酒を子供にしたらな」
「もうそれだけでよね」
 それは馬岱も言う。
「最高に危ない言葉になるわよね」
「そうだよな」
「それでもいいのだ」
 しかしそれでもだ。張飛は飲めればよかった。
 それで酒を大盃で飲みながらだ。顔を赤らめさせて言うのである。
「酒はあればあるだけ飲むのだ」
「っていうか食うだけじゃなくてか」
「飲むのね」
「翠と蒲公英も飲むのだ」
「ああ、飲んでるぜ」
「最初からね」
 それは彼女達も同じだった。やはりかなり飲んでいる。しかしである。
 夏侯淵はしんみりとしてだ。顔良と共にだ。公孫賛の話を聞いていた。
 そしてだ。こう言ったのである。
「わかる、よくわかる」
「本当にです」
 顔良もだった。
「私もだ。姉者があれでだ」
「もう文ちゃんって本当に」
「そうだな。何かと前に出るから」
「もうフォローが大変で」
「桃香はだ」
 公孫賛が言うのは彼女のことだった。
「いつも緩い感じでだ。おっとりしていてだ」
「それに巻き込まれてだな」
「そうしてなのね」
「しかもあの胸だ」
 劉備の武器だ。彼女の自覚していない。
「あの胸でだ。全てを蹂躙するのだ」
「まあ私は胸はな」
「すいません、私も」
 しかしだった。二人はだ。
 胸についてはこう言うのだった。
「それなりにあるからな」
「ですから」
「私も実際にない訳ではないが」
 見れば公孫賛も胸はある。それなりに。あくまで普通に。
「しかしあの胸は最早兵器だ」
「目立つな、確かに」
「お顔も可愛いですし」
「その天然にいつも振り回されてだ」
 しかもだった。それに加えて。
「私は結局だ」
「目立たないのだな」
「忘れられるんですね」
「あの荀ケもだ」
 言わずと知れた曹操の筆頭軍師だ。
「私のことを完全に知らなかったのだぞ」
「あれは許してやってくれ」
 夏侯淵がこのことを公孫賛に言った。
「桂花も悪気はないのだ」
「それはわかるが」
「本当に知らなかったのだ」
 そうだとだ。公孫賛に話すのである。
「悪意やそうしたものは一切ないのだ」
「わかっている。わかっているが」
「それでもか」
「本当に私は知られていないのだな」
 公孫賛が残念に思うのはこのことだった。
「どうしてもそうなるのだな」
「そういえば荀ケさんは」
 彼女はどうなのかとだ。顔良は話題を変えてきた。
「変わりましたよね」
「そうだな。言われてみればな」
「随分丸くなりましたよね」
「以前は極端な男嫌いだった」
 今でもその傾向があるがそれでもだというのだ。
「しかしあちらの世界の面々と話したりしてだ」
「変わりましたよね」
「特に覇王丸殿と話してだ」
 彼と話したことが大きかったというのだ。
「あの御仁のことに非常に感銘を受けてな」
「覇王丸さん。確かにあの人のお話は」
「そうそうできるものではない」
 夏侯淵もだ。飲みつつ会心した顔で述べた。
「想いを封じて。そうして剣のみに生きるのは」
「お静さんも覇王丸さんをお慕いして」
「それを知っていて。応えたいが」
「それでも剣をなのですね」
「剣の道に女は不要」
 覇王丸が常に己に言い聞かせていることだ。そのことをだ。
 夏侯淵はだ。強い顔で言った。
「それを貫く為にだ」
「あえてですから」
「漢だ」
 夏侯淵もだ。覇王丸を認めた。
「まさにな」
「その漢を見たからか」
 公孫賛も言った。
「荀ケも変わったか」
「あれだけのものを見れば」
「そうですよね。どんな男嫌いでも」
「認める様になる。桂花は確かに困ったところもあるが根っからの悪人ではないのだ」
 少なくともだ。荀ケはそうした人間ではなかった。
 それがわかっているからだ。夏侯淵も今言えた。
「認めるものは認めるのだ」
「だからか。変われたのか」
「それはあちらもだな」
「覇王丸もか」
「そうだ。あの御仁も決めた様だ」
 そのだ。何を決めたかというと。
「若しもあちらの世界に帰ればその時は」
「お静殿とか」
「共に生きる。それを決めた様だ」
「漢ですね、本当に」
 顔良はそんな覇王丸についてこう言った。
「その覇王丸さんだからこそ」
「剣の道を極めそうして」
「お静さんもですね」
「幸せにできる」
 こうだ。覇王丸についての話もしたのだった。その覇王丸は。
 彼もまた飲んでいた。その彼にだ。
 関羽が来てだ。そしてこう声をかけた。
 今彼は星空を見ながら飲んでいた。その無限に広がる星空をだ。
 無数に瞬く星達が夜空を照らす。その星達を友に飲んでいるのだ。
 その彼に関羽がだ。来てこう尋ねたのだ。
「何か考えているのか?」
「ああ、少しな」
「私は今一つそうしたことに疎いが」
 前置きしてからだ。覇王丸に話した。
「お静殿のことか」
「俺は今まで逃げていた」
 そうだとだ。覇王丸は星空を見上げながら関羽に答えた。
「お静からな」
「剣に理由をつけてか」
「ああ、そうだった」
 こうだ。澄んだ顔で言うのである。
「幻十郎とのことも理由に過ぎなかった」
「あの御仁のことは聞いているが」
「俺とあいつは殺し合う関係だ。しかしだ」
「実際にはだな」
「御互いに目指しているものは同じだ。侍だ」
「まことの意味での侍だな」
「俺達は殺し合い、いや勝負の中で」
 お互いに全てを賭けて斬り結ぶ。その中でだというのだ。
「その侍の道に辿り着こうとしていた」
「そうしていたのだな」
「そこには他のものは不要だと」
 そうしてだ。お静もだというのだ。
「理由を付けてお静から逃げていただけだった」
「しかしこれからは違うか」
「俺はお静を幸せにする」
 それをだ。今言った。
「必ずな」
「そうか。そうするか」
「この世界に来て決めることができた」
 まさにだ。この世界でだというのだ。
「俺もだ」
「そうか。この世界に来たのはそうした意味もあったのだな」
「不思議だな。元の世界ではそこまで考えられなかった」
 だが、だ。この世界ではというのだ。
「俺はそこまで至れた」
「何よりだな」
「他の奴等もそうだと思う」
 そしてそれはだ。覇王丸だけではないというのだ。
「俺以外にもだ」
「やはり運命だったのだろうな」
 関羽はこんなことも言った。
「貴殿達はこの世界に来たのは」
「俺達全てがか」
「その迷い、手に入れたくても自分で拒んでいたそれをだ」
「手に入れる為にか」
「この世界に来た。そうした意味もあったのだろう」
「本当に不思議なことだな」
 関羽の話を聞いてだ。覇王丸は。
 微笑みになりだ。夜空を見上げたまま述べた。
「この世界で。色々な奴がそうしたものを手に入れられるなんてな」
「全くだ。私もだ」
 ここでだ。関羽は微笑んでみせた。それは包容力のある大人の女の笑みだった。
「御主達と出会えてよかった」
「あんたもかい?」
「そうだ。多くの。かけがえのないものを見られた」
 だからだというのだ。
「私達も。御主達がいなければだ」
「どうなっていたかっていうんだな」
「醜い戦を。果てしなく続けていた」
 そうなっていたというのだ。
「だが御主達と出会えたからだ」
「だからか」
「そうだ。私達は一つになり。この世界の為に、民達の為に動こうとしている」
 それはこの世界の誰もが、今劉備の下に集う誰もが想っていたことだった。
 しかしそれが一つになることはだ。彼女達だけではできなかったというのだ。
 だが覇王丸達が来てだ。それでだというのだ。
「御主達と出会い見て。多くのものを得たからだ」
「それでなれたんだな」
「そうだ。私達にとっても運命だ」
 まさにそれだというのだ。
「感謝しているぞ」
「いい笑顔だな」
 今の関羽の笑顔は曇りのない。清らかでにこやかなものだった。その笑顔を見てだ。
 覇王丸もだ。微笑みそうして言ったのだ。
「若しお静がいないとな」
「どうだというのだ?」
「あんたに惚れていたな」
「そうか。その言葉は」
「何だ?」
「やはり私はそうしたことには疎い」
 こう前置きしてからだ。関羽は微笑みに戻りまた述べた。
「だがそれでもだ。わかる」
「そうなんだな」
「今の言葉は最上の褒め言葉だ」
 女であるだ。関羽にとっては。
「特に御主の様な漢に言われるとだ」
「俺はあくまでお静だけだ」
 その言葉に偽りはなかった。何処までも。
「だからだ。あんたはな」
「そうだな。私も御主がお静殿を見ていなければ」
「あんたはあんたで。相応しい相手を見つけてくれ」
「うむ、そうさせてもらう」
 こうした話をする彼等だった。その覇王丸の他にもだ。
 夜血と灰人もだ。こんな話をしていた。
「そうか、もうか」
「ああ、その国に行く」
 灰人は車座になって飲み合いながら話していた。灰人が言っていた。
「亜米利加って国にな」
「御前の親父か?それがいる国だったな」
「みたいだな。それでもな」
「そこに行っても結構あるだろうな」
「それでもこれ以上離天京にいてもな」
 仕方ないというのだ。
「だからそこに行くさ」
「そうか。じゃあ俺もな」
 夜血もだ。ここで言うのだった。
「一緒に行っていいか?」
「御前も来るのか」
「俺はあいつと一緒に暮らしたいんだ」
 夜血は飲みながら確かな顔になって言った。
「ずっとな。これからな」
「あいつとか。ずっとか」
「もうこれ以上あんなところにいても何もなりゃしないさ」
「それはその通りだな」
「だからな。俺もな」
 彼もだというのだ。夜血は。
「離天京を出てそうしてな」
「じゃああいつと一緒に来い」
「那美乃とな」
「御前一人だと抜ける時に生きられるのは御前だけだ」
 灰人はその現実を言った。
「しかしな。俺も一緒だとな」
「あいつも無事出られるな」
「俺もな」
 ひいてはだ。灰人自身もだというのだ。
「無事に出られるからな」
「よし、それじゃあな」
「元の世界に。若し戻ったらな」
 まさにだ。その時にだというのだ。
「一緒に行くか」
「その亜米利加に」
「俺もそうさせてもらう」
 二人と共に飲むだ。銃士浪も言ってきた。
「俺もあの国に残ってもな」
「ああ、あんたの理想もな」
「あの時の日本じゃな」
 いてもだ。仕方ないというのだ。
 銃士浪も最初はそう思っていた。しかしだ。
 彼等から見て未来の者達の話を聞いてだ。考えを変えた。それでだ。
「あの国が自由の国ならな」
「そこに行ってか」
「あんたの理想を」
「そうだ。そうする」
 こう言うのである。
「亜米利加で生きる」
「それならか」
「俺達もそこで生きるか」
「空は広いんだ」
 銃士浪は言った。
「そこにだけいても仕方ないからな」
「だからか。亜米利加の空で」
「そこでか」
「ああ、生きるとしよう」
 こんなことを話してだった。彼等は。
 これからのことを考えるのだった。彼等自身のことを。
 右京もだ。沙耶に話していた。
「私も決めた」
「貴方の道を歩むのね」
「そうする。圭殿に」
 そのだ。想い人にだというのだ。
「私の想いを伝えたい」
「そうね。それがいいわ」
「華陀殿には深く感謝している」
 ひいてはだ。彼にだというのだ。
「あの方のお陰でそれが果たせるのだからな」
「貴方の胸が」
「そうだ。癒された」
 そうなったからだというのだ。
「あの苦しめられていた病が消えたのだ」
「有り難いことにね」
「それならばだ。私はだ」
「一歩前に出られる様になったのね」
「それなら前に出る」
 決意はだ。自然に言葉になって出ていた。
「どうなろうともだ」
「そうね。私達はあの世界にいるままだと」
「ただ。その生涯を終えていただけだった」
「それが大きく変わったわ」
 微笑みだ。こう言ったのである。
「人生においてね」
「そうだ。それなら」
「私もね」
 ひいてはだ。沙耶もだとだ。彼女も言った。
「この世界で多くのことを知ったわ」
「貴殿と私は住んでいる時代は違う」
「けれどそれでもね」
「こうして会い語り合い」
「そして共に戦い」
 そうしてだった。
「よくわかったわ」
「様々なことがだな」
「私の生きている時代にも色々なことがあるけれど」
「その全てが」
「よく見えて。落ち着いて考えるようになったわ」
「そのうえで。元の世界に戻られれば」
「生きていくわ。私のやり方でね」
「大河は一つではない」
 こんなこともだ。右京は言った。
「無数の大河がある」
「人それぞれに」
「私は私の大河を進み」
「私もまたね」
「そうして生きるべきだな」
「それぞれね」
 こうした話をしてだった。彼等もまただった。 
 進むべき道を見つけ歩もうとしていた。全てが大きく変わろうとしていた。
 そんな中でだ。彼等は赤壁に向かう。周瑜はだ。
 孫策にだ。こんなことを話していた。
「今のところは順調ね」
「順調過ぎる位ね」
「脱落者もこれといってなく進んでいるわ」
 赤壁にまでだ。進軍は順調だというのだ。
「病もないし」
「ええ。そろそろ風土病が気になりだすけれど」
「リーさんが頑張ってくれているから」
 リー=パイロンのことである。
「薬のこともね」
「それに兵糧もあって」
「万事順調よ。けれど」
「そう、問題はね」
 どうかとだ。孫策はここで目の力を強くさせた。
 そうしてだ。こう言うのだった。
「あまりにも順調過ぎるということよ」
「将兵の気が緩むこともあるし」
「あと。その赤壁にしても」
「あの地についてのことは今も調べているわ」
 周瑜は軍師として言う。揚州なので元からよく知っている。しかしだ。
 そのうえでさらに調べ上げてだ。そして言うのだ。
「何度もね」
「そうしてくれているのね。それで赤壁のことで新しいことはあるのかしら」
「いえ、ないわ」
「私達のよく知る赤壁のまま、ということね」
「風は北西から南東に流れているわ」
 風のことも話される。
「だから私達としてはね」
「その北西、長江の北岸に布陣して」
「そのうえで戦えばいいわね」
「敵はどうやら長江の南岸にいるわ」
 周瑜は敵のことについても述べた。
「民達が何人か。怪しい者達を見たとも言っているし」
「間抜けね。と言いたいところだけれど」
「あえて見せているでしょうね」
「ええ、私達にあえて北岸に布陣させるつもりね」
「私達は北岸に布陣して風を背にして攻めるわ」
 これが彼等の基本的な戦術構想だった。
「それで絶対に勝てるわ」
「筈だけれど」
「私も。あの連中がどう考えているか気になるわ」
「あの連中のこれまでを思い出すと」 
 孫策は険しい顔になって周瑜に述べた。
「間違いなく企んでいるわね」
「今回もね」
「ええ、風を背にして攻める私達に対してね」
「どうするべきかしら」
 孫策は己の軍師であり親友でもある周瑜に問うた。
「ここは」
「そうね。まずは北岸に来て布陣して」
「そのうえで考えるというのね」
「まずはね。そうするべきかしら」
 こう言うのだった。孫策は。
「北岸に着いてからよ」
「船だけれど」
「船は。どうしようかしら」
「我が軍には船酔いする兵達が多いわ」
 周瑜が懸念していることの一つだ。
「袁紹や曹操の兵の殆んどがね」
「あの娘達の兵は馬だからね」
「それは仕方ないことだけれど」
「今回。船に慣れない兵が多いのが」
「足枷になっているわね」
「さて、どうしたものかしら」
 孫策は首を捻りながら言った。
「一体」
「戦の前に色々と考えることが多いわね」
「今回は特にね」
「敵には」
 周瑜はまた考える顔になりだ。今度はこう言った。
「色々な術を使える者がいるから」
「そうね。それもかなりね」
「司馬尉にしても雷を使うから」
 このことは宮中におけることはだ。よくわかっていた。
「船に落雷なんて仕掛けられたらそれこそね」
「洒落にならないわね」
「それはどうしたものかしら」
 孫策は真剣そのものの顔で周瑜に問うた。
「やっぱり。結界ね」
「そうね。結界を張らないとね」
「司馬尉の雷を封じないと戦を決められてしまうわ」
 それだけでだというのだ。
「負ける訳にはいかないし」
「軍師の面々を集めて話したいわね」
 周瑜もだ。真剣な顔で述べた。
「是非共ね」
「わかったわ。じゃあそれはね」
「任せてくれるかしら」
「任せるわ。そしてその後でね」
「ええ。決まったことを話すから」
 こうしてだった。周瑜はだ。
 軍師達を己の天幕に集めてだ。こう切り出した。
「問題は雷よ」
「落雷ね」
「それね」
 田豊と沮授がまず応えた。
「司馬尉のあれね」
「確かに。船があれを受けると」
 どうなるか。もう言うまでもなかった。
「あっという間に燃えて何もかも終わりよ」
「陸地に陣を置いても同じよ」
「雷には勝てないわ」
「あれにはね」
「ええ、そうよ」
 その通りだとだ。周瑜も袁紹の軍師二人に話す。
「だから今こうして集ってもらったのよ」
「落雷の術をどうして封じるか」
「それですね」 
 今度は陸遜と呂蒙が言う。
「あれは妖術ですから」
「封じるには特別の方法が必要ですが」
「さて、どうしたものか」
 今言ったのは程cだった。
「妖術には妖術ですけれど」
「妖術?」
「毒を制するには毒なのよ」
 程cは自分の隣で声をあげた郭嘉にも返した。
「例えば桂花ちゃんには陳花ちゃん」
「むう、ああいうことか」
「ああいうことっていうのは何よ」
「こんなのと一緒にしないでよ」
 二人のやり取りに白猫と黒猫が文句を言ってきた。
「大体ね、国と民の為じゃないとこんなのと一緒にいないわよ」
「そうよ、全く幾つになっても胸がないんだから」
「胸がないのはあんたもでしょ」
「そっちこそ。全然成長しないじゃない」
「こういうことです」
 程cは会議の場でも仲の悪い二人を横目で見ながら言った。
「ですから妖術には妖術、胸には胸です」
「ううむ、そういうことなら」
「凛ちゃんには袁術さんで」
 今度はこんなことも言う程cだった。
「七乃さんは中身も胸が大きいのでここは外も中も胸の小さい同士にしてみました」
「それはいい組み合わせだよな」
 程cの頭の人形も言う。
「まあ二人共脚はいいけれどな」
「脚には脚で」
 程cはまた言った。
「で、やっぱり妖術には妖術です」
「妖術、ですか」
「あの、それですと」
 孔明と鳳統はすぐにだ。こう言いだした。 
 その表情も口調も暗くなってだ。それで言うのだった。
「またあの人達なんですけれど」
「最近そのパターンばかりじゃないですか?」
「そうね。言われてみれば」
 諸葛勤も妹達の言葉に暗い顔で頷く。
「歌の大会も最後はそれだったし」
「できればです」
「他の人いませんか?」
「あかりに頼むのです」
 陳宮はすぐに解決案を出した。
「あかりは巫女ですから妖術には強い筈なのです」
「そうね。あかりの他にもね」
 賈駆も陳宮の言葉に頷いて言う。
「巫女やそうした娘が多いから」
「あの娘達の力を借りるのです」
「結界を張るのですね」
 蔡文姫もこの場にいる。そして言うのだった。
「軍全体に」
「そうですね。あかりちゃんだけでなく」
「ナコルルさんにリムルルちゃんもいますし」
 孔明と鳳統の顔が少し明るくなった。そうして二人は言うのだった。
「月さん、命さん、神楽さんと」
「大勢おられますし」
「楓や覇王丸達もいいわね」
 周瑜は彼等の名前も出した。
「何かしらの力の持ち主も借りましょう」
「その方々に陣の四方八方にいてもらい」
「そうして軍全体に結界を張りましょう」
 孔明と鳳統の考えがさらに進んだ。
「そうすればです」
「落雷は防げます」
「そして妖術全体もね」
 周瑜はこのことも話した。
「防げるわね」
「そうなんですよ。妖術は落雷だけじゃないんですよ」
 陸遜はここでもおっとりとした口調のままである。
「下手すれば芋虫みたいな神様だって出て来ますよ」
「そっちの世界の話は止めておくべきね」
 周瑜はその話は止めた。
「言っておくけれど私は北の国の女の子じゃないから」
「私は白い軍服着てますよね」
「だから。そっちの話はするときりがないから」
「わかりました」
「とにかくですね」
 郭嘉がまた話す。
「ここは結界で対抗しましょう」
「そうね。それがいいわね」
 荀攸も郭嘉のその言葉に頷いた。
「ただ。空のことだから」
「空?」
「ええ。空も飛べる面々もいるじゃない」
「その連中の話はもう止めるのです」
 陳宮が荀攸の話を止めようとしてきた。
「言って来ると何処からともなく湧いて出て来て爆発起こしやがるのです」
「ああ、私は人間のことを話してるから」
「人間なのです?」
「そうよ。それは安心して」
 荀攸はこう陳宮に話した。
「だから。アルフレド達よ」
「あの連中なのです」
「乱鳳に眠兎もいるじゃない」
 そのだ。空を飛べる面々はだというのだ。
「あの連中なら空を飛んでそれで雷雲だって壊せるわよね」
「それは人間のできることかというと疑問ですけれど」
 呂蒙は常識の観点から言及した。
「ですがそれでもですね」
「それもするとまた違うわ」
 こう言う荀攸だった。
「まあオロチに雷を使うのがいるけれど」
「あれは問題ないわ」 
 周瑜はシェルミーについてはこう他の面々に話せた。
「確かにあの女もとんでもない力を持っているけれど」
「はい、あの人は正面から雷を出します」
「御自身から」
 孔明と鳳統もそのことを指摘する。
「雷を出す範囲は限られています」
「落雷みたいに全体に落とすものではありません」
「ですから結界を張るまではです」
「そこまでは至らないです」
「そういうことね。あの女はそこまでじゃないわ」
 周瑜はまた言った。シェルミーについて。
「今の問題はあくまで落ちる雷よ」
「それを結界を張り防いで」
「戦に向かう」
「そのことは決まったわね」
 周瑜は結界を張ることが決まったと述べた。
「それじゃあすぐにね」
「はい、今から結界を張りましょう」
「軍全体に」
「そして空もです」
「常に警戒しましょう」
 こうしてだった。進軍中からだ。
 月やあかり達により結界が張られ。さらにだった。
 空にもだ。常にアルフレド達が飛びだ。落雷に備えられた。その中でだ。
 眠兎がだ。大空を舞いつつ乱鳳に言った。
「ちょっといい?」
「んっ、何だよ」
「若し雷が落ちたらどうなるのかな」
 眠兎が尋ねるのはこのことだった。
「軍は」
「決まってるだろ。全員黒焦げだろ」
「黒焦げ?」
「そうだよ。雷だぜ」
 それが落ちればだと言う乱鳳だった。
「そんなの当たり前だろ」
「そういえばそうか」
「俺達は雷が落ちただけじゃ死なないけれどな」
 それでもだというのだ。
「他の奴等は違うからな」
「雷に打たれて死ぬなんて弱いんだね」
 それを言われてもだ。眠兎はだ。こう言うだけだった。
「普通の人間って」
「そうだよな、雷なんてどうってことないのにな」
「本当にね」
「まあ僕達はあれだからね」
 アルフレドもだ。空を舞いながら二人のところに来て話に加わってきた。
「空を飛んでれば雷なんてね」
「ああ、受けるのは普通だからな」
「全然平気よ」
「けれど他の人達は違うから」
 やはりだ。アルフレドも只の人間ではなかった。
「雷を受けたら死ぬんだよね」
「だから俺達はこうしてか」
「空に雷雲が出たらすぐに壊す」
「そのことを言われたんだな」
「こうして空を飛んで」
「そうだよ。あとこうして時々空を飛んで遠くまで見ることもね」
 そのことも言われたのである。
「してくれってね」
「そうか。まあ空を飛ぶのは好きだからな」
「別にいいけれどね」
 乱鳳も眠兎もだ。それでいいとした。彼等にとってみれば空を飛ぶことができればそれでよかった。そうした話をしながらだった。
 彼等は空を飛び続ける。その彼等を見上げて。
 ここでもだ。怪物達が言うのだった。
「皆わかってるわね」
「ええ。いざという時はあたし達が一肌脱ぐつもりだったけれど」
 既に裸でもこう言うのである。
「こうして知恵を出し合い力を合わせていたら」
「あたし達の出る幕はないわね」
「というか出て来たらまずいだろ、あんた達は」
 リョウがその彼等に突っ込みを入れる。
「出て来たらそれで爆発起こすだろうが」
「あら、あたし達だって結界は張れるから」
「この軍全部位なら平気よ」
 そうしたこともできるというのだ。
「だから安心して」
「そうしたこともね」
「いや、俺が言ってるのはな」
 リョウは平然としている彼等に唖然としながらもまた突っ込みを入れる。
「そういうのじゃなくてな」
「っていうと?」
「どうだっていうのかしら」
「つまりな。劇薬だってんだよ」
 もっと言えば猛毒だった。
「あんた達はな」
「そうよね。この美貌じゃね」
「魅了されて虜になっちゃう人も多いわよね」
「けれどあたし達はあくまでダーリン一筋」
「それは許されないことなのよ」
「まあそう思ってるのならそれでいいけれどな」
 リョウもそれ以上は言わなかった。言う気力はもうなかった。
「とにかくあんた達今回出番はねえからな」
「それは残念ね」
「なければ作るだけだけれど」
「それは止めてくれ」
 リョウは今度は本気で突っ込みを入れた。
「冗談抜きで戦どころじゃないからな」
「何はともあれよ。いいかしら」
「この度の戦はかなり大事よ」
「それはもうわかってるけれどな」
 それはだとだ。リョウはまた述べた。
「何はともあれだ。決戦だな」
「キングオブファイターズでいうと準決勝よ」
「正念場よね」
「準決勝!?」
 そう聞いてだ。リョウは。
 二人にだ。それは何故かすぐに問い返した。
「何でそこで準決勝なんだ?」
「あっ、それもまたわかるわ」
「おいおいね」
「また思わせぶりなことを言うな」
「謎は後からわかるものよ」
「伏線はね」
 怪物達はここでも身体をくねらせて話す。
「もっとも。謎というかね」
「ストーリー展開だけれどね」
「相変わらず訳のわからないことを言うな」
 リョウはそれ程愚かではない。だがその彼も首を傾げさせることだった。
 しかしだ。彼はそれと共にだ。こんなことも怪物達に言った。
「ただな」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「あんた達の歌な」
 それはどうかというのだ。
「かなりいいよな」
「あら、あたし達の歌のよさがわかってくれてるのね」
「いいセンスしてるわね」
「よかったらまた聴かせてくれるか?」
 リョウは音楽はわからない。それで言うのだった。
「今ここでな」
「ええ、それじゃあ今から」
「演歌バージョンも入れるわよ」
「ああ、頼む」
 リョウはにこりと笑ってまた頼み。それを受けて。
 またあの恐怖の歌がはじまった。その歌の前に。
 七色のスポットが何処からか来た。世界は急に暗闇になる。
 光が怪物達に集り。そしてだった。
 その光に照らし出される中。妖怪達は。
 空を舞い空中できりもみ回転してだ。そのうえで。
 着地しそしてだ。高らかに歌いはじめた。その瞬間に。
 世界は終わった。天から降り注いだ二人の化け物達によって。
 この騒ぎの後でだ。ユリはこんなことを言った。
「本当にお兄ちゃんってね」
「音楽全然わからへんな」 
 ロバートがそのユリに応えて言う。
「何一つとしてな」
「お陰でこんなことになったわ」
 何十万もの大軍がだ。見事なまでに壊滅していた。今全ての将兵達が何とか立ち上がり陣を整えていた。その中で話している彼等だった。
 ユリがだ。こう言うのだった。
「っていうか戦い前にこんなことになるなんて」
「予想外やな」
「死んだ人はいないけれど」
「司馬尉の落雷より酷いんちゃうか」
「ええと、旗はこっちで」
「天幕立て直してや」
 こんなことを話しながらだ。彼等は何とか復活していた。そのうえでだ。
 赤壁に向かう。それはもう目と鼻の先だった。
 その彼等を闇の中から見つつだ。于吉が言った。
「さて、雷は封じられましたね」
「そうね」
 于吉にだ。司馬尉が応える。彼女も闇の中にいたのだ。
「私の雷はね」
「このことは予想されていましたか?」
「ええ、ただ」
「ただ?」
「今の私の力ではあの封印には対抗できないけれど」
 それでもだとだ。司馬尉は怪しい笑みで于吉に言うのである。
「もう少ししたらそれもね」
「変わりますね」
「ええ、間も無く私の力はさらに大きくなるわ」
 だからだというのだ。
「その時はね」
「あの結界も破られる」
「赤壁だけじゃないから、戦いは」
 司馬尉は奇しくも怪物達と同じことを言った。
「そしてそこでね」
「雷を落とされますね」
「そうするわ。さて」
 ここまで話してだった。于吉は。
 やはり闇の中にいる社達にだ。こう声をかけたのである。
「貴方達の出番ですね、今回は」
「ああ、わかってるさ」
「そのことは既に」
 社とゲーニッツがその言葉に応える。
「今回は俺達が暴れさせてもらうぜ」
「それも思う存分」
「特に重要なのは」
 于吉はここでゲーニッツを見た。そのうえでだ。
 その彼にだ。笑みを浮かべてこう言った。
「貴方ですが」
「私の風を操る力があればです」
「はい、彼等を赤壁で倒すことができます」
 それが可能だというのだ。
「私の風と」
「僕の炎を組み合わせてね」
 クリスも出て来てだ。無邪気な笑みと共に述べた。
「それによってです」
「赤壁で決着をつけるから」
「俺も協力させてもらうぜ」
 社もだ。楽しみを前にした笑みで言った。
「オロチの為にな」
「頼もしいですね、実に」
 于吉は仲間達のその言葉を聞いてだ。
 満足した笑みになりだ。こうも言うのだった。
「オロチ一族、盟友に選んで正解でした」
「そう言ってくれるのね」
 シェルミーも出て来てだ。彼女も話に加わる。
「勿論私も仲間に入れてもらうけれど」
「ああ、これでバンドが揃ったな」
 社は『人間』としての趣味からこんなことを言った。
「いいぜ。それじゃあな」
「皆でね。楽しもう」
「オロチ一族で」
「さて、それでなのですが」
 ゲーニッツはオロチのほかの三人に対して問うた。ここでだ。
「貴方達はそれぞれ役目がありますね」
「バンドのだな」
「そうです。しかし私も入るとなると」
 その場合はだ。どうなるかというのだ。
「演奏する楽器は何になるでしょうか」
「キーボードなんてどうだ?」
 社が提示した楽器はそれだった。
「あんたピアノとか好きだろ」
「教会でいつも使いますので」
「だよな。じゃあそれどうだ?」
「確かに。ピアノとキーボードは近いところがありますし」
「それにするか」
「その機会があれば」
 ゲーニッツは恭しく応えて話した。そんな話をしながらだ。
 彼等もまただ。策を練っていた。そうしてだ。
 戦に備えていた。赤壁での決戦に。


第百十二話   完


                                   2011・9・19







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