『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第百十話 八神、都に来るのこと
張三姉妹が都に着く。するとだ。
忽ちのうちにだ。応援団が来てだ。
「天和ちゃーーーーーーん!」
「地和ちゃーーーーーーん!」
「人和ちゃーーーーーーん!」
熱い声を送る。それに応えて。
三人もだ。手を振って言う。
「皆大好きーーーーーーーーー!」
「皆の妹−−−−−−−−−!?」
「とっても可愛い」
いつもの言葉だった。それが余計にだ。
応援団を熱狂させる。そしてそこには。
于禁もいる。彼女は既に法被を着ている。そのうえでだ。
応援団達にだ。こう言うのである。
「声が小さいですの!」
「は、はい!」
「すいません!」
「愛が足りないですの!」
だからだ。怒っているのだった。
「より大きく!愛を見せるの!」
「わかりました、隊長!」
「それでは」
こうしてだった。彼等はさらにだ。
応援の声を激しくさせる。その彼等を見てだ。
楽進は難しい顔になりだ。李典に問うた。
「前から思っていたが」
「三姉妹の応援かいな」
「沙和もだ」
于禁も見てのことだった。
「何故あそこまで熱狂的になれるのだ」
「まあ楽しいからやな」
「楽しいからか」
「そや。あんたもこういうの好きやろ」
「確かに。嫌いではないが」
楽進もそのことは否定しなかった。
「だがそれでもだ」
「それでもかいな」
「あの面々の熱狂には引く」
実際に引いている。
「どうもな」
「まあええやろ。とにかくや」
「私達もか」
「そや、応援しようで」
李典は陽気に笑って楽進に話す。
「うち等もな」
「ううむ。しかし凄い熱気だな」
まだ言う彼女だった。しかしその熱気の中にだ。彼女も入ったのだった。
歌の大会がはじまろうとしていた。それについてだ。
公孫賛はだ。こう馬岱に話していた。
「私は出るのか?」
「誰?あんた」
馬岱は少しきょとんとした顔で公孫賛に問い返した。
「何回か見たことがあるけれど」
「公孫賛だ。知らないのか?」
「聞いたことないし」
馬岱はまた返す。
「だから誰よ、あんた」
「うう、またしても覚えてもらえないのか」
馬岱にもそう言われてだ。公孫賛は。
困惑した顔でそれでだった。
「私はいつもそうなるのか」
「ええと。公孫賛さんよね」
「そうだ。それで真名は白蓮だ」
「真名まで教えてくれるの」
「長い付き合いだからな」
「だから蒲公英あんた知らないけれど」
馬岱は少しきょとんとした顔のまま公孫賛に話す。
「全然よ」
「では今から覚えておいてくれ」
譲歩してだ。公孫賛は言った。
「ではな」
「そうするね。それで何なの?」
「歌だ」
このことを言ったのだった。
「私も歌会に出たいのだが」
「じゃあ出れば?」
「しかし私はだ」
どうかというのだ。彼女自身は。
「相手がいない」
「相手ねえ」
「何故か張角殿と相性がよさそうだが」
「ううん、向こうは大人気だしね」
「大人気だからか」
「あんた目立たないから」
馬岱も容赦がない。
「だから。いっそのことね」
「どうすればいいんだ、私が目立つには」
「言うことを全部ふがふがとかにするとか」
馬岱はいきなり話のハードルを上げた。
「包丁持って暴れ回るとか」
「おい、包丁とは何だ」
「それか弟さんを溺愛に走るとか」
「どれも変態ではないのか?」
「というか全部心当たりあるでしょ」
「残念だがある」
公孫賛もそのことを否定しない。
「というかそれを言えばきりがないぞ」
「まあそうだけれどね」
「他にはないのか?特に包丁は止めたい」
「けれどもう代名詞になってるじゃない」
「私のか」
「というか中身と」
そちらでだ。そうなっているというのだ。
「そっちだったら張角さんとも一緒になってもね」
「ううむ、結局私は何なのだ」
公孫賛は困った顔で腕を組んで言った。
「何かこう目立ちたいのだが」
「だから包丁持てば」
「ううむ、それに頼るしかないのか」
「張角さんはそれ言ったら中に誰もいませんよがあるけれどね」
「そっちの方が目立たないか?」
「確実に目立つわね」
二人で組んでもだ。それでもだった。
相手の方が目立つ。結果としてそうだった。
それでだった。公孫賛は言うのだった。
「ううむ。困ったことだ」
「一人でもいいから出たら?」
「やはりあの張角には勝てないか」
「無理でしょ」
実際にそうだとだ。馬岱は容赦なく返す。
「蒲公英だってあんたのこと知らなかったし」
「そこで知らなかったというのか」
「だって。記憶にあったから忘れたって言うんじゃない」
馬岱はそのことも指摘する。
「最初から知らない場合はよ」
「知らない、ということか」
「そういうことよ。とは言っても蒲公英もね」
「出るのか?御主は」
「多分出ないわ」
馬岱はそうするというのだ。
「だって。歌ないから」
「そうか。だからか」
「何なら二人で隠し芸でもする?中に誰もいませんよ、って」
「だからそれは張角だろう?それにあれは」
公孫賛は馬岱に話しながらその顔を急に曇らせる。
そしてだ。こう言うのだった。
「私が腹を割かれるではないか」
「もう黒い血をどばって吹き出してね」
「そうだ。目が白目になってだ」
まさに人が死ぬその一部始終である。
「死ぬではないか」
「あれねえ。無修正だと凄いから」
「黒が赤になってだな」
「どう?やってみる?」
「断る」
公孫賛の反論は一つだった。
「絶対にだ」
「やれやれ。そこを勇気を出してよ」
「勇気を出して断る」
自分が死ぬ話だからだ。こう言うのも当然だった。
「とにかくだ。私はどうしてもか」
「目立てないわね、正直」
「せちがらい話だ」
「やっぱり目立つには命を賭けないと」
「命を賭けても目立てないのだが」
「それはもうどうしようもないわね」
そんな話をしてだった。結局だ。
公孫賛は出られなかった。ついでに言えば誰もこのことに気付かない。
その頃袁紹はというと。また何かをしでかそうとしていた。
そうしてだ。辛姉妹に相談するのだった。
「思いつきましたわ」
「またですか」
「思いつかれたんですか」
それを言われてだ。姉妹は瞬時に暗い顔になった。
そしてだ。こう主に言ったのだった。
「できればです。その思いつかれたことはです」
「忘れて下さい」
「わたくしがよからぬことをするといいますの?」
「違いますか?それは」
「いつもではないですか」
「そんな自覚はありませんわ」
袁紹は二人にはっきりと言い切る。
そしてだ。こんなことを言うのであった。
「ギースさんをですね」
「ああ、あの人も来ていますね」
「そういえば」
「あの方の好きな音楽ですけれど」
袁紹は何かを企む笑みで言っていく。やけににこやかだ。
「ゴッドファーザー愛のテーマを」
「その曲をどうするのですか?」
「一体」
「都全体にかけそのうえで」
さらにだった。袁紹は言った。
「そうして」
「さらにですか」
「まだあるんですか」
「歌だけではありませんわ」
それに留まらなかった。よくも悪くも袁紹は派手好きだ。
その彼女がだ。今高らかに言うのだった。
「鰻ですわ」
「鰻ですか」
「またですか」
「そうですわ。鰻に海鼠に納豆に」
ぬるぬるしたものばかりだ。
「山芋に」
「そうしたものをどうされるんですか?」
「揃えられて」
「勿論。そのぬるぬるの中で鰻や海鼠を掴んで」
さらにだった。袁紹のにこやかな笑みは続く。
「前進納豆や山芋にまみれて食べるのですわ」
「あの、凄く匂いがしそうなんですけれど」
「しかも痒そうですね」
「女の子が全員ぬるぬるになって」
「白く汚れたりして」
「如何でして?」
袁紹は得意満面でまた姉妹に問うた。
「この企画は」
「はい、却下です」
「絶対に止めて下さい」
二人は何の容赦もなく主に駄目出しをした。そしてこう言うのだった。
「陳琳ちゃんに文を書いてもらいましょう」
「蔡文姫もいますし」
それでだというのだ。
「それで済ませましょう」
「如何でしょうか」
「地味ですわね」
二人の提案にだ。袁紹は極めて不機嫌な顔になる。
それでだ。こう言うのだった。
「そんなことをしても面白くも何もありませんわ」
「あの、ですがそれはです」
「ぬるぬるして汚れて」
「女の子達限定ですよね、しかも」
「幾ら何でも淫靡に過ぎます」
「いいと思いましたのに」
袁紹は難しい顔で話していく。
「けれどそれはですわ」
「私達の提案はですか」
「受け入れてもらえませんわ」
「いえ、それは採用させてもらいますわ」
姉妹のそうした袁紹から見て大人しい考えはというのだ。
「ただですわ」
「それでもなんですね」
「そのいつものぬるぬるは」
「どうしても駄目ですのね」
不機嫌そのものの顔で二人を見て問うた。
「それは」
「はい、何度も申し上げますがお止め下さい」
「何でしたら華琳様とも御相談になって」
「華琳は絶対に反対しますわ」
それはわかっていた。既にだ。
「全く。あの娘も」
「問題があると仰るのですか」
「あの方が」
「そうですわ。いい考えをいつも」
「曹操殿に深く感謝します」
「いつも麗羽様を止めて頂いて」
「困ったことですわ」
袁紹にとってはそうだった。まさに。
「全く。ではわたくしは何をすれば宜しいのですの?」
「歌われないのならお静かに御願いします」
「御馳走でも召し上がられて」
「そうですわね。ではその御馳走は」
何なのか。袁紹は話す。
「皆さんで召し上がられるということで」
「そうですね。それがいいです」
「今回は召し上がられることに専念されて下さい」
「では。あちらの世界の御料理を主体にして」
ここでの御馳走はそれだった。
「そう致しますわ」
「正直ほっとしています」
「今とても」
姉妹は心から言った。
「どうか本当にです」
「大人しくして下さい」
「わかりましたわ」
こうしてだ。袁紹はだ。
今回は大人しくなった。何とか止められた。
それぞれがあれこれ考え用意する中にだ。この男も来た。
八神は洛陽の門にいた。その彼を見てだ。
門番の兵達がだ。ぎょっとした顔で彼に問うた。
「八神庵!?まさか」
「一体何をしに来た」
「また草薙君と戦いに来たのか」
「その為にここに来たのか」
「それならば」
彼等は一斉に槍を手にしてだ。そうしてだ。
八神を取り囲もうとする。しかしだ。
彼はその兵達にだ。臆することなくこう返した。
「安心しろ。俺は今はだ」
「今は!?」
「今はというと」
「何をしに来た」
「聞いた」
まずはこの言葉からだった。
「また戦いがあるな」
「だからだ。草薙君とか」
「また殺しに来たというのだろう」
「違うのか、それは」
「あいつとの闘いの前にだ」
八神は言う。
「倒しておく奴等がいる」
「倒しておく奴等?」
「ではそれは一体」
「誰だ」
「何処のどいつだというのだ」
「オロチだ」
彼等だとだ。八神は言った。
「そしてネスツもいるな」
「あの連中と戦うのか」
「そうだというのか」
「だからここに来た」
八神は何も動じないまま言っていく。時折その右手が動く。
「オロチを倒す為にだ」
「では草薙君とは闘わないのか?」
「まさかとは思うが」
「奴との決着の前にだ」
どうするか。八神は言う。
「俺に何かと言ってきて利用しようとしたあの連中をだ」
「倒すのか」
「そう言うのか」
「俺は誰からも利用されない」
八神の信念の一つだ。
「そして利用してくれた奴はだ」
「殺す、か」
「そう言うのか」
「そうだ。殺す」
まさに一言だった。その一言にだ。
八神は全てを入れてだ。そして言ったのである。
「そうする」
「だからここに来たのか」
「オロチ達と戦う為に」
「その為にか」
「わかったらどけ」
今度は兵達に告げた。
「それとも貴様等が俺と戦いたいのか」
「いや、それはいい」
「貴様の様な危険な奴とは決してな」
「戦えば命が幾つあっても足りない」
「それではだ」
こう言ってだ。兵達は慌ててだ。
八神を取り囲むそれを外してだ。そうしてだった。
道を空けた。八神は無言で彼等の横を通り過ぎてだ。そのうえで。
劉備達の前に出て来た。言ったのだった。
「オロチ達は俺がやる」
「ええと。それって」
それを聞いてだ。劉備は。
きょとんとした顔になりだ。目の前にいる八神に問い返した。
「私達と一緒に?」
「それは違う」
「違うって」
「俺はオロチ達と戦うだけだ」
あくまでそうだとだ。八神は劉備に話す。
「貴様等と共に戦うつもりはない」
「そうなの」
「俺は誰とも馴れ合うことはしない」
彼にとっては共闘とはそういうことなのだ。だから言ったのである。
「俺は俺だけで戦う。そうするだけだ」
「じゃあここにいるのは」
「そうだ。ここにいればオロチと戦うことになる」
そうなるとだ。八神は言う。
「だからここにいる」
「そうなの」
「安心しろ。京とは今は闘わない」
八神はこのこともだ。劉備に話した。
「まずは奴等だ」
「そうなの。じゃあ」
「戦いの時になったら言え」
「ええ。じゃあその時に」
「奴等は俺が倒す」
こう言ってだった。そのうえで。
八神は劉備達のところに入った。そうしたのだ。
だがだ。その八神にだ。ビリーと影二はだ。
わざわざ彼のところに来てだ。睨み据えて言うのだった。
「よく来れたな」
「あの時のことは覚えているな」
「俺は何かあると忘れることはない」
こうだ。八神も二人に返す。
「あの時はただの後始末だ」
「後始末で俺達にああしてくれたのか」
「随分な礼だったな」
「俺は貴様等と仲間になった覚えはない」
ここでも八神だった。あくまで。
「最初からああするつもりだった」
「ちっ、何て野郎だ」
「裏切りなぞ我とてしない」
「裏切り。俺は裏切ったつもりもない」
影二にだ。こうも返した八神だった。
「言った筈だ。只の後始末をしただけだ」
「じゃあ俺が今ここで手前を潰してもな!」
「それは後始末になるな」
二人の気がだ。いよいよ危険なものになっていく。
「ここで殺してやる!」
「容赦はしない」
「いいだろう。振り掛かる火の粉は払う」
八神も変わらない。そうしてだった。
彼はそのだ。獣を思わせる独特の構えを取りだ。
そのうえで二人と対峙しようとする。しかしだった。
その両者の間にだ。今は。
関羽が入りだ。こう言った。
「待て、私闘は禁じられている」
「んっ、関羽かよ」
「何だというのだ」
ビリーと影二がだ。その関羽に問い返す。
「これはな。俺達にとっちゃな」
「絶対にしなければならないことだ」
「過去のことだな」
関羽はあらためて二人に言った。
「確か御主達は」
「ああ、こいつに最後の最後でな」
「いきなり暫くは立ち直れないだけの傷を受けた」
その過去のことをだ。二人は忌々しげに話す。
「その借りをここでな!」
「返させてもらう」
「言いたいことはわかった」
関羽は二人の話を聞いたうえで静かに言った。
そのうえでだ。彼女もまた構えて言うのだった。
「しかしだ。それでもだ」
「私闘は駄目だっていうのかよ」
「どうしてもか」
「そうだ。ここで戦っても何にもなりはしない」
その巨大な得物を手にだ。関羽は鋭い目で言う。
「だからだ。今は双方収めるのだ」
「収めない場合はか」
「関羽殿が我等の相手になるというのか」
「そうだ」
いよいよだ。関羽の言葉が険しくなる。
「それならば好きなだけするがいい。遠慮はいらん」
「俺はあんたとは何もねえんだよ」
「私もだ」
二人は関羽のその目を見て言った。
「無闇に喧嘩をする訳でもねえしな」
「だからだ」
「今は矛を収めるか」
あらためてだ。二人に問うた。
「そうするか」
「ああ、今のところはな」
「引かせてもらう」
こうしてだった。二人はその場は引いた。そのうえで飲みに行った。その後に残った八神を見てだ。関羽は彼にはこう言ったのだった。
「御主もだ」
「無闇に戦うなというのか」
「そうだ。それは止めておくことだ」
「俺は自分からは戦わない」
こう言うのである。彼は。
「俺が殺すと決めた相手以外とはな」
「しかし今は」
「火の粉を払おうとしただけだ」
こう返すだけだった。関羽に対しても。
「それだけだ」
「そう言うのか」
「事実だからだ」
素っ気無くさえあってだ。八神は関羽に返す。
「それだけだ」
「では誰も何もしなければか」
「何もしない。そしてだ」
「そして?」
「御前にも言っておく」
鋭い目をそのままに関羽に告げたのだ。
「俺はここにいるが誰の下にもついてはいない」
「そして誰とも仲間にはか」
「なってもいない」
あくまでだ。彼は一人だというのだ。
「俺は今までもそうだった」
「そして今もだというのだな」
「これからもだ」
過去も現在も未来もだというのだ。
「俺は誰ともつるまず犬にもならない」
「そうだな。御主の目を見ればわかる」
八神のだ。その鋭い誰も寄せつけない目を見ての言葉だ。
「御主は狼だな」
「俺もまた、か」
「テリーやギース殿とはまた違う」
そうした狼だというのだ。
「まさに一匹狼だ」
「少なくとも犬ではない」
「その狼だからか」
「俺はあくまで俺だ」
「そうしてオロチと戦うのだな」
「殺す」
剣呑な言葉こそがだ。八神だった。
「それだけだ」
「その為にここに来たというのだな」
「それだけのことだ。これでわかったな」
「わかった。しかし御主は」
「今度は何だ」
「確かに人は殺すが」
そのことはだ。その殺気を見ればだ。関羽でなくともわかることだった。
その湧き上がる青い殺気を見てだ。王は話していく。
「弱き者は害さぬか」
「俺は弱い者をいたぶることはしない」
それは否定するのだった。
「そうした意味での暴力はだ」
「好まないのだな」
「八神の拳は殺人拳だ。人を殺す為だけにある」
「そしてその拳はか」
「俺に喧嘩を売る愚か者に京に対してのものだ」
「成程な。御主という人間はおおよそわかった」
関羽もだ。鋭い目になり八神を見ながら言う。
「好きにはなれぬが信念はあるな」
「俺を嫌おうとも認めずともそれはどうでもいい」
「それもいいのか」
「それだけだ。ではだ」
八神はゆっくりと前に出て。そうして。
関羽にだ。今度は自分から言った。その言葉は。
「金だが」
「あるのか?」
「俺にはこれがある」
何処からかだ。楽器、それも彼の世界のギターを出して言った。
「これと歌で金を稼いでいる」
「では飯はか」
「俺の食い扶持はある。余計な気遣いは無用だ」
「わかった。ではそれもしない」
「俺は俺で動く」
あくまでそうするというのだ。
「それだけだ」
「わかった。ところでだ」
「何だ、今度は」
「御主の好きな食べものは何だ」
ふとだ。このことを尋ねたのである。
「それを聞きたいが」
「肉だ」
八神はすぐにこう答えた。
「肉が好きだ」
「そうか。肉が好きか」
「京は焼き魚だったな」
「そうだ。よく食べている」
「だが俺は肉だ」
「生肉ではないな」
ふとだ。八神の野生を見てだ。関羽は尋ねた。
「やはり焼くか」
「生なら刺身で食う」
「それか。日本の料理だったな」
「確か中国、漢でもあった筈だが」
「あることはあるがだ」
「それ程よく食われてはいないか」
「そうだ。あまりな」
「それもわかった。それではだ」
こう話してだった。八神は自分のギターで金を稼ぎそのうえで飯を食い宿を取っていた。そのうえで己の出陣の時を待つのだった。
その彼のことは草薙も聞いていた。その彼にだ。
二階堂と大門がだ。深刻な顔で言うのだった。
「おい、まさかと思うけれどな」
「ここで闘うつもりか」
「向こうがそのつもりならな」
こう限定して返す草薙だった。彼等は今は天幕の中で飯を食っている。出陣の準備の中でだ。今はそこで休んでいるのである。
三人と真吾がいる。その四人で話しているのだ。
その中でだ。草薙はこう言ったのである。
「やるさ」
「その場合はか」
「逆に言えばあ奴が何もしなければか」
「ああ。俺は戦わないさ」
そうするというのだ。
「俺もあいつもな。今はな」
「オロチやネスツの方が先だな」
「倒すのは」
「そういうことだ。まずはあいつ等だ」
草薙は真剣な顔で言った。
「絶対に封じるさ」
「じゃあ俺達もな」
「既に決めている通りだ」
「その御前に協力するぜ」
「これもまた運命だ」
「運命、そうだな」
草薙は二人、とりわけここでは大門の言葉に頷いて。そうしてだった。
こうだ。こうも言ったのだ。
「これは運命だな」
「オロチと闘うことがだな」
「そして封じることが」
「ああ、そうさ」
まさにその通りだとだ。草薙は言うのだった。
「あとネスツの奴等もな」
「あの連中はケイダッシュ達がやるみたいだな」
「だから我等はだ」
「オロチに専念できますね」
真吾が笑って草薙に話す。
「白装束の連中もいますけれど」
「けれど俺達の相手はだ」
「あくまでオロチだ」
彼等が第一の敵だとだ。二階堂と大門は真吾に話す。
「奴等を封じてこそだからな」
「この世界での役割を果たすことになる」
「あのおっさん、いや美女達か」
草薙はあえて怪物達をこう呼んだ。気遣い故にだ。
「あの人達が言ってたことで全部わかったからな」
「本当にな。何もかもな」
「二つの世界のことがな」
二階堂と大門も草薙の言葉に頷く。
「こちらの世界で奴等はそれぞれの考えを実現させるつもりだった」
「そして今は赤壁にいてだ」
「そこで俺達と戦うか」
「そうするということもな」
「じゃあ俺はやってやるさ」
草薙は確かな笑みを浮かべて言った。
「俺のやるべきことをな」
「じゃああれですかね」
ここでまた言う真吾だった。
「八神さんもですね。草薙さんもそうですし」
「そうだろうな」
草薙は真吾のその言葉に頷いて述べた。
「だからあいつもここに来たんだよ」
「八神さんの運命を果たす為に」
「そういうことになるな。それじゃあな」
「はい、じゃあですね」
「出陣して奴等に会ったその時こそな」
笑ってだ。仲間達に話すのである。
「この世界でやるべきことをやるさ」
「ああ、俺達もな」
「そうするとしよう」
二階堂も大門も頷き。そうしてだった。
彼等は戦いに赴こうとしていた。その中の夜のことだった。
しかし夜は長い。それでだった。
急にだ。彼等の天幕の中にだ。神楽が来て言うのだった。
「あら、四人共起きていたのね」
「ん?何だ?」
草薙が彼女に顔を向けて問い返す。
「飲むっていうのかよ、今から」
「ええ、どうかしら」
微笑みだ。四人に言ってくる。
「よかったらね」
「そうだな。何か寂しいところだったしな」
「それならだ」
二階堂と大門も応える。そうしてだった。
その彼等にだ。神楽はまた言った。
「じゃあ。今から皆で飲みましょう」
「よし、それじゃあな」
「我等もつまみを持って行くとしよう」
「鰯持って行きますね」
真吾はそれだった。
「やっぱり酒には鰯ですよね」
「君は本当に鰯が好きね」
神楽は相変わらず鰯好きな真吾に少し苦笑いになった。
「おうどんか鰯しかないのかしら」
「あれっ、けれど鰯って美味いですよ」
「おうどんもね」
「ですからいいじゃないですか」
特に思うことなくだ。真吾は言う。
「鰯におうどんで」
「それも冷凍うどんよね」
「何でこの時代のこの世界にあるかは謎ですけれど」
「それを言えばジャガイモも唐辛子もね」
「まあそれでも。あるからにはですね」
「食べるに越したことはないわね」
「はい、それじゃあ」
こう話してだった。そのうえでだ。
四人は神楽と共に酒も飲むのだった。その飲んでいる場は広場だった。全員で車座になって飲んでいる。そしてそこにいたのは。
呂布だった。彼女がビリーの話を聞いている。ビリーは酔いながら言っていた。
「俺はよ、それこそな」
「妹さんを」
「そうだよ、ずっと手塩にかけて育ててきたんだよ」
「ビリー一人で」
「親父もお袋も早くに死んでな」
「それはねねと同じなのです」
常にだ。陳宮は呂布と共にいる。それはここでも同じでだ。
ビリーの話を聞いてだ。納得した顔で頷くのだった。
「ねねも。両親が」
「そうか。あんたもなんだな」
「けれどビリーは悪いこともしながら」
「悪いことだけ余計だよ」
すぐにむっとした顔で陳宮に返す。しかしそれでもだ。
彼は陳宮にもだ。こう言うのだった。
「けれど俺一人がそうなってあいつが幸せになれるんならな」
「いい」
「ああ、それでもいいさ」
こうだ。達観した顔で呂布に答える。
「俺は別にいいんだよ」
「そう。ビリーのそういうところは認める」
「けれどなんだな」
「そう。やっぱり悪いことはよくない」
こう言うのである。
「これからはいいことをした方がいい」
「まあそれはリリィも気付いてるみたいでな」
「リリィ?」
「それは誰なのです?」
「妹だよ」
そのだ。彼の妹だというのだ。
「俺のな」
「そう。それが妹さんの名前」
「そうなのです」
「それでそのリリィが言うんだよ」
ビリーは酒を目玉焼きと一緒にやりながら話していく。
「人間真面目にやってこそだってな」
「それでビリーは今何をしているのです?」
「クリーニング屋だよ」
そこに務めているというのだ。あちらの世界ではだ。
「洗濯が好きだからな」
「じゃあそれを真面目になる」
「それが妹さんの為なのです」
「ストリートファイトや大会に出たりもしながらな」
それも続けているというのだ。
「で、あいつの花嫁姿も見たいと思ってるさ」
「だから俺がな」
呼んでもいないのに丈が出て来て自分を指差しながら言う。
「妹さんを幸せにする。楽しみにしていろ」
「なあ、ビリーちょっとええか?」
張遼もいる。その彼女が出て来た丈を横目に見ながらビリーに囁く。
「妹さんあんたそっくりか?」
「俺に似合わず清楚可憐で可愛い系だぜ」
「そやったらこいつは止めとくんやな」
こう丈を横目に見ながらビリーに囁くのである。
「いや、妹さんがどんな人でもな」
「こいつはだな」
「ああ、こいつはアホや」
丈を一言で表す張遼だった。
「いや、馬鹿って言うべきやろか」
「俺もわかってるさ。こいつにはな」
ビリーは丈を敵意と憎悪に満ちた目で見ながら話す。
「リリィはやれないからな」
「そや。絶対に止めとくんや」
「俺は人種的偏見はないつもりだ」
少なくともビリーにそうした悪癖はない。
しかしだ。それでも彼はこう言うのだった。
「けれどこいつだけはな」
「頭の中カラッポやからな」
「馬鹿には嫁にやれるか」
ビリーは強い口調で言い切った。
「それだけは決めているからな」
「何だよ。ひでえこと言うな」
丈はそんなビリーに反論した。むっとした顔になって。
「俺は浮気もしねえし悪事もしねえ。しかも無敗で収入だってあるぜ」
「じゃあ聞くな」
ビリーは敵意と憎悪に満ちた目のまま丈にこう言ってきた。
「太平洋戦争はじまったのは何年だ?」
「一九七五年だろ」
「一九四一年だよ」
すぐに言い返すビリーだった。
「御前の国に合わせて出した問題だったんだぞ」
「そうだったのかよ」
「じゃあワインは何から造るんだ?」
ビリーは今度はこの問題を出した。
「言ってみろ。何からだ?」
「米だろ」
「やっぱこいつアホや」
横で聞いている張遼も呆れてしまっている。
「後の問題は誰でもわかるやろ」
「あれっ、ワインって米から造るんじゃないのか?」
「こんな馬鹿は見たことないケ」
幻庵も覇王丸と飲みながら唖然となっている。
「最強の馬鹿だけ」
「そうだな。こいつはもうどうしようもないだろ」
アースクェイクも逆の意味で太鼓判である。
「というか何を勉強してきたんだよ」
「御前学校の成績どういう感じだったんだ?」
ビリーは禁断の質問をした。
「一体な。どうだったんだ」
「あん!?体育以外は全部一だったけれどな」
「五段階でか?」
「十段階でもだよ」
ダントツだったというのだ。
「あとテストはな」
「全部赤点かよ」
「二桁取ったことはねえな」
「百点満点で、だよな」
「ああ。まあそれでも生きるのには困らないな」
「絶対に駄目だな」
ビリーはあらためて結論を出した。
「手前もうリリィに近寄るな」
「おい、何でそうなるんだよ」
「多少の馬鹿なら俺だって許す」
ただしだ。こうしてから許すというのだ。
「半殺しにしてからな」
「そこで半殺しかよ」
「大事な妹を渡すんだ、当然の権利だろうが」
「おい、それで死んだらどうするんだよ相手が」
「死んだらそれまでのことだろうが」
ビリーも負けていない。
「ついでに言うがリリィを悲しませたら本当に殺すからな」
「物騒な兄貴だな、おい」
「ああ、俺はそういう兄貴なんだよ」
「たまにはその棒しまえよ」
「棒なかったら何もできねえだろうが」
ビリーはそうだ。そんな話をだ。丈と睨み合いながら言いだ。
やはりだ。結論はこれだった。
「とにかく御前は二度とリリィに近寄るな」
「結局それかよ」
「ああ、そうだよ」
「この禿頭、ちったあ柔軟になりやがれ」
「おい、誰が禿だ」
丈が言った瞬間にだ。ビリーの額に血管が浮き上がった。
そのうえでだ。彼はまた丈に言う。
「俺は髪の毛あるんだよ。言っておくがな」
「じゃあ何でいつもバンダナしてんだよ」
「これはファッションなんだよ」
「それでかよ」
「そうだ。よく覚えておけ」
「あと俺のこれだけれどな」
アクセルが西瓜を食いながら言ってきた。自分の頭を指し示しつつ。
「剃ってるだけだからな」
「ああ、それは知ってるからな」
「わかってくれたらいいからな」
丈の返答にだ。アクセルは満足した。そんなやり取りからだ。78
まだだ。丈はビリーに言う。
「とにかくだな」
「リリィは渡さないからな」
「まだ言うのかよ」
「何度も言うからな」
「糞っ、何て頭の固い奴だ」
「そらちゃうからな」
張遼はビリーの側に立って言う。
「あんた、ちょっとあかんやろ」
「駄目だって何がだよ」
「頭がや」
身も蓋もない言葉である。
「駄目過ぎや」
「こいつ凄まじい馬鹿なのです」
陳宮もこう言う。
「とりあえず学校に行くのです」
「俺はちゃんと学校は出てるんだよ」
「嘘なのです」
「京と違うんだよ。俺はちゃんと学校は出てるんだよ」
「いや、その俺も」
ここで草薙達が来たのだ。そうしてだ。
草薙は真剣そのものの顔でだ。丈に対して言った。
「出席日数足りてないだけで成績は普通だから」
「じゃあ俺は違うってのか」
「悪いけれどな」
草薙は席を見つけて座りながら答える。
「丈さんはちょっとな」
「天下一の大馬鹿なのです」
また言う陳宮だった。
「人間頭も大事なのです」
「そうだよ。だからだよ」
ビリーは援軍を得て勢い付いていた。そのうえでの言葉だ。
「御前は絶対に駄目だ」
「じゃあ駆け落ちしてやるよ」
丈も負けていない。今度はこう言う始末だった。
「リリィちゃんと二人でな」
「ああ、そうしたらそれこそな」
「どうだってんだよ」
「タイでも日本でも追い掛けてな」
完全に本気である。今のビリーは。
「手前を殺してやるからな」
「おいおい、殺すのかよ」
「手前はそうしてやる」
目がだ。本当にそう言っていた。
「そうなったらな」
「本気」
呂布はビリーを見抜いた。
「今のビリー本気」
「まあ好きにしろと言うだけなのです」
「随分投げやりだな」
草薙は陳宮に対してこう突っ込みを入れた。
「本当に殺しかねないけれどいいのかよ」
「丈はそう簡単に死なないのです」
だからだ。いいというのが陳宮の考えだった。
「適当にやり合って遺恨がない様にするのです」
「まあなあ。この二人も結構な腐れ縁だしな」
草薙もだ。丈とビリーのことは知っていた。
「最初のキングオブファイターズの頃からだしな」
「あの頃はサウスタウンだけでやってたんだよ」
丈がその頃のキングオブファイターズについて話す。
「一対一でな」
「あの頃はあれだったな」
ビリーもそのキングオブファイターズについて話しだした。
「移動するのも楽だったな」
「結構今大変ですからね」
真吾が知っているのは今のキングオブファイターズのことだ。そのことをだ。
思い出してだ。こう言うのだった。
「世界各地を行き来してですから」
「けれどそれもまた楽しいからな」
草薙は濁り酒を飲みながら笑って話す。
「闘いの前後は観光旅行もできるしな」
「まあそれはそうですけれど」
「イタリアなんかよかったな」
「イタリアですか」
「ああ、パスタもピザもあってな」
草薙は焼き魚だけではない。そうしたものも食べるのだ。
「紅丸なんかもうな」
「俺は刺身とパスタに目がないんだよ」
自分から言う二階堂だった。
「まあ刺身はイタリアじゃカルパッチョになるけれどな」
「けれどあれも嫌いじゃないだろ」
「結構好きだぜ」
実際にそうだとだ。二階堂は笑って話す。
「あと大門もだよな」
「うむ、イタリアのデザートは美味だ」
大門も二階堂のその言葉に頷いて言う。
「チョコレートサンデーもあるからな」
「チョコレートサンデーっておい」
「意外過ぎるのです」
大門の好物についてはだ。張遼と陳宮がすぐに突っ込みを入れた。
「五郎ちゃん甘いもの好きなんか」
「お酒好きそうなのにびっくりです」
「実際にこうして飲むが」
その通りだった。大門は今酒を飲んでいる。
しかしそれでもだとだ。彼は言うのである。
「だがそれでもだ」
「甘いものも好きやねんな」
「そうなのです」
「何でもバランスよく食べるようにしている」
この辺りは流石オリンピック選手だった。
「それが身体にいいからな」
「そう。何でも均等に食べる」
呂布も言う。
「身体にいい」
「じゃあねねも均等にたっぷり食べると」
どうなのか。陳宮はここで自分のことを思い詰める顔で言った。
「背も高くなるし胸も大きくなるのです」
「ねねはこれから」
呂布はぽつりと答えた。
「頑張る」
「はい、頑張るのです」
こう答えてだ。陳宮はこれからのことに意を決するのだった。
そんな話をしながら歌勝負、そして出陣に備えていた。そこからまた騒動が起ころうとしていた。
第百十話 完
2011・9・15
全ての事情が語られ、後は決戦のみ。
美姫 「赤壁、それが最後の地になるのね」
最後の戦に向けて準備が進められる中、一時の休息って感じだな。
美姫 「中には険悪な状態もあったけれどね」
八神の合流だな。単純に戦力としてみれば。
美姫 「とは言え、あくまでも個人で動くみたいだしね」
まあ、それでも対オロチで見れば戦力が増えたと見れるかもな。
美姫 「これからどうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね」