『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第百五話  ガルフォード、駆けるのこと

 秦兄弟もだ。白装束の者達に囲まれていた。
 だが二人はだ。その彼等に拳を振るいだ。
 次々に倒していく。そうしてだ。
 共にいて戦っているガルフォードにだ。こう言うのだった。
「今のうちにだ」
「行って下さい」
「それでだな」
 ガルフォードはプラズマブレードを放ちながら二人に言う。
「都まで行って」
「皆を呼んできてくれ」
「手筈通りに」
「わかった」
 ガルフォードは二人の言葉に応えた。そうしてだった。
 すぐにだ。
 傍らにいるパピィ達にだ。こう声をかけた。
「じゃあパピィ、行くか」
「ワオン」
 パピィが応えてだった。すぐにだ。
 足下に煙玉を投げて。その煙と共に消えてだった。
 都に向かう。それを見てだ。
 秦兄弟はそれぞれ言うのだった。
「ではな」
「後はあの人にお任せしましょう」
 二人は背中合わせになりだ。互いを護りながら話す。
「あの人ならいけるだろうしな」
「そうですね。色々とあっても」
 ガルフォードを信頼していた。だからこそ言えることだった。
 そうしてだ。彼等は今は戦うのだった。
 だが都でだ。その動きは。
 闇に浮かぶ水晶玉に映っていた。その水晶玉を見ながら。
 于吉がこう言うのだった。
「予想通りですね」
「そうか、あの忍者が動いたか」
「はい」
 そうだとだ。左慈に話す。
「そしてです」
「都に向かっているな」
「援軍を頼む為に」
「それで援軍は間に合いそうか?」
 于吉から少し離れた場所、水晶玉は見ていないが彼を見てだ。左慈は尋ねた。
「それは」
「間に合いますね」
 于吉はこう左慈に答えた。
「やはり忍者は早いです」
「そうか。間に合うか」
「都の方でも想定しているのか」
「出陣準備を整えているな」
「彼が都に辿り着けば」
 于吉は水晶玉に映るガルフォードを見ながら言う。見れば彼は山道をパピィ達と共に駆けている。その速さはまさに青い稲妻だ。
 左右の木々を潜り抜け駆ける彼を見てだ。于吉は話すのだった。
「すぐに山に来ますね」
「このまま行かせるか?」
「いえ」
 于吉は微笑んで左慈に話した。
「それは有り得ません」
「そうだな。それではか」
「今彼を止められるのは」
 誰かというと。
「あの方々に行ってもらいましょう」
「ミヅキか?」
「もう一人です」
 いるというのだ。
「刹那さんですね」
「二人がかりか」
「一人なら振り切られます」
 そのことも想定して話す于吉だった。
「ですからここはです」
「刹那にも行ってもらうか」
「二人なら問題ありません」
 また言うのだった。
「仕留められないまでも足止めをしてくれます」
「足止めをしてくれるのならな」
「それで万事解決です」
 彼等にとってはだ。そうだというのだ。
「ですから。そうしましょう」
「わかった。では司馬尉にも伝えるか」
「そうします」
 司馬尉に伝えるのは確実に行うというのだ。
「都での足止めはできそうにもありませんが」
「警戒されているな」
「彼等も愚かではありません」
 司馬尉の不穏さにだ。彼等も気付いているというのだ。
「あの方が幾ら司空だといっても」
「司徒だった気もするがな」
「ですが三公です」
 役職はともかくその要職にあるのは間違いないことだ。
「ですから」
「権限はあるのだがな」
「そうです。しかし今は」
「迂闊に動けないな」
「全ての方々から警戒されていますので」
 まさにだ。全員からなのだ。これが司馬尉の今の難点だった。
「それは期待しない方がいいです」
「では足止めだけでいいか」
「はい、その通りです」
「それに足止めだけで充分だな」
 左慈はこう判断した。
「それではな」
「はい、お二人に連絡して」
「やっていくか」
 こうした話をしてだった。彼等は。
 闇の中から手を打ったのだった。そうしてだ。
 駆けるガルフォードの前にだ。出て来たのだ。
 二人、それは。
「むっ?」
「ワン?」
 ガルフォードとパピィ達が二人を見てだ。すぐに脚を止めた。
 そのうえで構え唸り声をあげながら。二人に対峙するのだった。
 そうしてだ。こう二人に返した。
「羅将神ミヅキともう一人は確か」
「刹那だ」
 自ら名乗りながらだ。剣を抜くのだった。
 そのうえでだ。ガルフォードに対して話してきた。
「常世の者だ」
「楓達が言っていた奴だな」
「如何にも。四神は俺の敵」
 まさにそうだというのだ。
「そして奴等を倒し」
「それから常世をか」
「この世に現わす」
 己の野心もだ。話していく。
「今俺がいる世界にだ」
「そして」
 今度はミヅキがガルフォードに話す。傍らの魔犬の目が不気味に光る。
「ここにこうしているのは」
「俺への足止めだな」
「如何にも」
 まさにそうだというのだ。
「ここでこうしてだ」
「都に行かせないっていうんだな」
「貴様に行ってもらっては困る」 
 また話す刹那だった。
「できればここで死んでもらう」
「覚悟はできているかしら」
「生憎だが俺も」
 ガルフォードの背中の忍者刀を抜きだ。
 そうして構えてだ。二人に返すのだった。
「そのつもりはない」
「そうであろう。ぬしとてな」
「行かなければならないからな」
「そういうことさ。じゃあ行かせてもらうか」
 できれば二人をここで倒そうと考えてだ。そうしてだった。
 パピィと共に向かおうとする。しかしだった。
 突如だ。両者の間に。
 またあの者達が出て来た。出て来たその瞬間に大爆発が起こる。
「愛と正義の使者参上!」
「義によって助太刀するわよ!」
 貂蝉と卑弥呼がだ。こう叫ぶのだった。
「さあ、貴方は先に行きなさい」
「いいわね」
「なっ、あんた達か」
 ガルフォードは二人の姿を見てまずは唖然とした。
 すぐにそこから立ち直りだ。こう二人に言い返した。
「どうしてここに」
「あたし達は神出鬼没よ」
「瞬間移動もできるのよ」
 そうだというのだ。
「この世界で言う縮地法ね」
「それができるのよ」
「まさか。それで」
「ええ。しかも千里眼に地獄耳だから」
「こうしたことは全然平気よ」
 まさにだ。怪物の如き能力である。
 そしてその能力を使ってだ。出て来てだというのだ。
「わかったわね」
「じゃあ今からね」
「行けっていうんだな」
 あらためて尋ねるガルフォードだった。
「俺に」
「そうよ」
「だから早くね」
 二人の言葉を聞いてだ。ガルフォードも。
 すぐにだ。頷いてだ。パピィ達に対して言った。
「それならな」
「ワン!」
「あたし達なら大丈夫だから」
「例えどんな相手でも」
 いけるというのだ。こう言ってガルフォード達を行かせたのだった。
 ガルフォードは駆ける。しかしその前にまた。
 今度はだ。バイスとマチュアだった。
「生憎だけれどね」
「まだいるのよ」
 こう言ってだ。ガルフォードの前に出て来てだ。
 そうして前を遮ろうとする。だがだった。
 ここでもだ。彼等が出て来たのだった。
「何っ!?」
「まさか御前達が!」
「そうだ。気が向いてだ」
「私は騎士道に従ったまでのこと」
 ギースとクラウザーだった。二人がバイスとマチュアの前に出て来たのだ。
 そのうえでだ。彼等もガルフォードに話す。
「さて、ここは我々に任せてだ」
「先に行くのだ」
「あんた達もそれでいいんだな」
「私は狼としてこの連中と戦う」
「私もそうなるだろう」
 二人はだ。自分達を狼だというのだ。
 その狼がだ。青い忍者に言う。
「狼は己を認める者の為に戦う」
「それはわかるな」
「華陀さんか」
「あの者。大器だ」
「必ずこの世を救う」
 二人にはわかっていた。華陀の器とその果たすことを。
 その為だ。彼等もまた。
「面白い。乗ろう」
「そうさせてもらう」
「そうか。じゃあ頼んだ」
 ガルフォードは彼等の言葉も受けてだった。
 前に進みだ。一気に駆ける。すると。
 その横にだ。今度は。
 華陀だった。彼はガルフォードの横に来たのだ。
 恐ろしい速さだった。忍者と同じ速さだ。その速さを見てだ。
 ガルフォードもだ。驚きを隠せない顔で彼に尋ねた。
「あんたが出て来たのはいいが」
「この速さで駆けていることか」
「それはどうしてできるんだ?」
 問うのはこのことだった。
「よかったら教えてくれないか?」
「医術だ」
 それを使ってだというのだ。
「足に針を打てばだ」
「速く走られるのか」
「そのツボを刺した」
 そうしてだというのだ。
「これを使えば僅かな時間だが」
「速く走られるんだな」
「馬も超える速さだ」
「成程な。それは凄いな」
「それをあんたに話す為にここに来た」
 華陀はその事情も話した。
「今こうしてだ」
「そうか。じゃあ悪いがな」
「刺すな」
「頼む」
 ガルフォードの返答は即座にだった。そうしてだ。
 その速さでだ。華陀も。
 黄金の針を出してだ。その針を。
「光になれえええええええええええええええええっ!!」
「むっ!?」
「キャンッ!?」
 ガルフォード達だけでなくパピィ達もだ。ツボを打たれた。
 それによってだ。彼等は。
 これまで以上にない速さになりだ。進めるようになった。それはまさに風だった。 
 その風になった彼等がだ。また華陀に言った。
「済まない、これならだ」
「ワオン!」
「いける、すぐに都に行ける!」
「ワオオオン!」
「そうだ、急ぐぞ!」
 華陀はこう彼等に返す。
「都に!」
「ああ。急ぐ!」
 まさにだ。そうすると応えてだ。
 ガルフォードは風になり進む。一路都に。
 そうして進みながらだ。彼等は。
 まただ。華陀に尋ねた。
「ところでだ」
「ワン」
「何だ?」
「今あんたは光になれと言ったな」
 華陀の針を繰り出す時の掛け声だ。
「あれはあの場合よかったのか?」
「何だ。何処かおかしいか?」
「光になれ、は病気を治す時だな」
「ああ、そうだ」
 それはその通りだとだ。華陀も答える。
「俺は医者だからな」
「ならこの場合は違うんじゃないのか?」
 ガルフォードは少し怪訝な顔になって華陀に言う。
「足を速くするんだからな」
「そういえばそうか?」
 ここまで言われてやっとそうかも知れないと考えだした華陀だった。
「そういえばな」
「そうだろう?この場合は何て言うべきか」
「ふむ、では風になれか」
「その方がいいんじゃないのか?」
 こう話すガルフォードだった。
「だったらな」
「それもそうだな」
「光に風か」
 ガルフォードはこのことに微笑んでだ。そのうえでだった。
「まさに正義だな」
「ああ。光に風は」
 その二つについてだ。華陀も話す。
「正義の象徴になるものだな」
「俺は病を倒す」
 ここでも医者である華陀だった。
「それが正義ならだ」
「まさに正義だな」
「この世の病も倒す」
 即ちだ。于吉達もだというのだ。
「そうするからな」
「ああ。それじゃあな」
「そうする」
 こうした話をしてだった。彼等は。
 都に突き進む。まさに風だった。
 その風が向かっている都では。今司馬尉は。
 苦い顔でだ。妹達にこんな話をしていた。
「本当はね。都でもね」
「邪魔をしていたいところでしたけれど」
「援軍を出すことに対して」
「理由や口実は幾らでも作られるわ」
 それはだとだ。しっかりと言う司馬尉だった。
「けれどそれでもね」
「今の状況じゃ」
「とても」
「流言蜚語も流せないわ」
 先に仕掛けたそれもだというのだ。
「あれも今では」
「確かに。これだと」
「どうしようもないわね」
「様子を見守るしかないわね」
 これが司馬尉の結論だった。
「私達はね」
「既に援軍を出す準備はできているわ」
「まさに全軍」
 曹操達がだ。それを進めているのだ。
「それに都の留守も固めようとしているし」
「隙がないわね」
「隙を作らない」
 司馬尉は妹達にこうも言った。
「兵法の基本だけれど」
「こうしてここまで完璧にされると」
「敵ながら見事ね」
「そうよ。劉備達は敵よ」
 このことはだ。はっきりと認識している司馬尉だった。
 そうしてだ。彼女はこんなことも言った。
「私達の野心の前に立つね」
「野心の前にいるならば敵」
「そういうことだから」
「その通りよ。敵よ」
 また言ったのだった。
「その敵がここまで厳重しているとなると」
「手がありませんね」
「それも全く」
「ならいいわ」
 それならそれでだとだ。司馬尉の話が転換した。
 そしてだ。妹達にこう言うのだった。
「それならね」
「ええ。それなら」
「姉様、どうするの?」
「次の備えをしておきましょう」
 ここで言うのはこのことだった。
「今のうちに」
「そうですか。今からですか」
「次の策をですか」
「仕掛けておきますか」
「赤壁よ」
 そこだとだ。司馬尉は言った。
「あの場所に仕掛けておくわ」
「わかりました。それでは」
「あの場所に兵を向かわせましょう」
「密かに」
「そうするわ。あの場所なら」
 どうかというのだ。赤壁ならばだ。
「どれだけ大軍が来てもね」
「そうですね。一気に倒せます」
「あの場所なら」
「そうよ。于吉やあちらの世界の住人達にも伝えて」
 そうしろとだ。司馬尉は妹達にまた話した。
「次の場所は赤壁よ」
「そうですね。しかしです」
 ここでだ。司馬師はだ。
 いぶかしむ顔になりだ。姉に尋ねた。
「ですが姉様」
「何かしら」
「今の策が破綻したにしても」
 どうかというのだ。そうなってもだ。
「ですがそれでも」
「私があの策につながっていることはね」
「それは知られないのでは」
「ないと思いますが」
 実際にそうだとだ。司馬師は言うのである。
「違うでしょうか」
「そうね。普通はね」
 公になるものではないとだ。司馬尉も言う。
 しかしだ。それでもだった。
 司馬尉はだ。こう言ったのだった。
「けれど劉備はともかくとして」
「他の者はですね」
「鋭いわ。そして劉備の下の軍師達も」
 劉備にはその彼女達がいるというのだ。
「鋭いわ」
「では私達のことも」
「勘付くと」
「そうだと」
 司馬師だけでなく司馬昭も言う。しかしだ。
 司馬尉はだ。こう言ったのだった。
「既に勘付いているのかもね」
「確かに。そういえば近頃」
「前よりも増して」
 妹達も姉の話を聞いてだ。察した。
 そしてだ。彼女達の周囲のことを思い出して述べた。
「私達の周りに人がいます」
「では」
「おそらく。暫くしたら問い詰めてくるわ」
 そうしてくるというのだ。
「定軍山からあの娘達が帰って来ればね」
「ではその時にはですね」
「この都を去り赤壁に入る」
「そうしてですか」
「あの場所において」
「倒すわ」
 凄惨な笑みを浮かべてだ。司馬尉は妹達に述べた。
「わかったわね」
「はい、それでは」
「その時には」
「都からは何時でも出られるわ」
 このことについてはだ。司馬尉は全く何の心配もしていなかった。
「そしていざとなればね」
「あの術をですね」
「使われますね」
「そうよ。私のあの切り札」
 笑みにあるその凄惨さがさらに増す。
「あれを使うわ」
「わかりました。では」
「姉様と共に」
「手は幾らでも打っておくことよ」
 司馬尉はこんなことも言った。
「あらゆる事態を考えてね」
「お流石ですね」
「そうして動かれるのは」
「私は司馬尉仲達」
 己の名前もだ。言ってみせた。
「その名にかけて。あらゆることで誰にも負けはしないわ」
「そしてこの世をですね」
「我等のものに」
 妹達も応えてだ。そのうえで今は一連の動きを見るのだった。そしてだ。
 ガルフォードは華陀と共に都に辿り着いた。着くとすぐにだった。
 曹操の屋敷に入りだ。すぐに彼女の前に出た
 曹操は彼の姿を見てだ。まずは目を鋭くさせた。
 そのうえでだ。彼に尋ねた。
「やはり来たのね」
「ああ、来た」
 ガルフォードも曹操に答える。肩で息をしながら。
「仕掛けて来た」
「わかったわ。それにしても」
「速かったっていうんだな」
「忍の動きはわかっているわ」
 それはだ。ガルフォードだけでなく半蔵や他の面々を見てわかっていた。
 だがそれでもだ。今のガルフォードの到着は曹操が考えていたよりも遥かに速かったのだ。それで今彼に問うたのである。
「それでも速過ぎるわ」
「ああ、それはな」
「俺が協力させてもらった」
 ここでだ。華陀が出て来た。しかし彼は汗一つかいていない。
 その華陀がだ。曹操に話すのである。
「俺の針を使ってな」
「脚を速くしたのね」
「そうだ。それで一気にここまで来た」
 そうだというのだ。
「ことは一刻を争うからな」
「そうね。早いに越したことはない話だから」
 曹操もだ。このことはよくわかっていた。だからこそ忍であるガルフォードに対して頼んだのだ。
 そのうえでだ。彼女は言うのだった。
「有り難う、今回も」
「礼はいい。それよりもだ」
「わかっているわ」
 すぐに答えた曹操だった。
「出陣の用意はもうできているわ」
「わかった。それならな」
「先鋒に伝えておくわ」
 ただ出陣するだけでなくだ。先鋒も決めているというのだ。
「張遼に馬超達にね」
「そうか。それじゃあな」
「ええ。すぐに私達も出るわ」
 曹操の言葉が次から次に出される。
「劉備、そして麗羽達にも伝えるわ」
「わかった。それならな」
「都の留守はもう置いてあるし」
 それの備えもしてあるというのだ。
「安心して出陣できるわ」
「そうか。それは何よりだ」
 華陀は曹操の話を全て聞いてだ。そのうえでだ。
 安心した笑みになりだ。また話すのだった。
「では俺も行こう」
「貴方も?」
「言った筈だ。俺は国の病も治す」
 だからだというのだ。
「その為にだ」
「いいのね。かなりの強行軍になるけれど」
「構わない。俺は脚には自信がある」
「伊達に医者王という訳じゃないのね」
「ああ、そうだ」
 その通りだとだ。華陀は曹操に対して微笑みで返した。
 それでだった。彼は。
 ガルフォードにだ。こう尋ねたのだった。隣にいる彼に顔を向けて。
「大丈夫か?犬達も」
「ああ、大丈夫だ」
 見ればだ。パピィ達はだ。
 ガルフォードの足下で尻尾を振って干し肉を食べている。実に美味そうに。
 それを見ながらだ。ガルフォードは華陀に話した。
「よかったら水もくれないか?」
「そうか。それだけの食欲があればな」
「いけるからな」
「ならいい。犬達にとってもかなり激しい疾走だったからな」
 それだけ急いだからだというのだ。
「疲れていなくて何よりだ」
「さて、じゃあ」
 曹操はさらに話す。
「既に山までの道に兵糧や武器は置いてあるし」
「そんなことまでしていたのか」
「孔明が手配してくれていたのよ」
 彼女がだ。そうしていたというのだ。
「いざという時に備えてね。兵を迅速に進められる様にね」
「兵糧や武器は戦には欠かせないが」
 華陀が言う。彼もこのことは熟知しているのだ。
「軍を動かす際には重しになるからな」
「だから。進む途中に手配しておいたのよ」
 そうしたというのだ。孔明がだ。
「あの山への道だけでなく各地にね」
「いざとなれば何処でも迅速に動ける様にか」
「そういうことよ。つまりは」
「じゃあ今から全速力で駆けてか」
「山に向かうわ」
 曹操はまた華陀に話した。
「じゃあ行くわよ」
「よし、わかった」
「なら行くか」
 華陀だけでなくガルフォードも応える。こうしてだった。
 彼等はすぐに兵を出した。まずは先陣だった。
 張遼達がだ。馬を駆けさせる。その全てが騎兵だ。
 そしてだ。彼等は。
 武器も鎧も備えていない。身軽なまま全速で駆ける。その中でだ。
 馬超がだ。張遼に尋ねる。
「あの山に行くんだよな」
「そや、定軍山や」
 こうだ。張遼も馬超に答える。二人は馬をありったけの速さで駆けさせている。 
 その中でだ。張遼は馬超に話す。
「飯に武器とか鎧は途中に置いてるさかいな」
「食って途中で身に着けてだな」
「あの山に向かうんや」
 そうするというのだ。
「それはもうわかってるな」
「わかってるさ。問題は馬だよな」
「うち等の馬はいける」
 彼女達の馬はそれぞれ名馬だ。かなりのことでも息をあげない。
 しかしだ。兵達の馬はだ。どうかというのだ。
「そやけど兵の馬はや」
「大丈夫かよ。あの山まで全速で駆けてもよ」
「馬も用意してある」
 糧食や武具だけではないというのだ。
「そやから馬の息があがったらや」
「すぐに乗り換えてか」
「あの山まで行くんや」
 とにかくだ。それは絶対だった。
「急がなしゃあないからな」
「だよな。あたし達が最初に山に入って」
「秋蘭ちゃん達助けるで」
「あの連中はそう簡単にやられないだろうけれどな」
 それでもだ。油断はできなかった。
 それがわかっているからだ。馬超も言うのだった。
「急ぐか」
「ああ、うちも進軍の速さには自信があるけどな」
「あたしもな」
 この辺りはだ。馬の扱いに長けている彼女達ならではだった。
 だがそれでもだ。そのことに油断はしていなかった。
 そのまま全速力で進み続ける。その中でもだ。
 夏侯惇はだ。とりわけだった。
「進め!一刻も早く山に辿り着くぞ!」
「は、はい!」
「了解です!」
 兵達は彼女の言葉に応えてだ。そして突き進んでいた。
 だが夏侯惇はだ。その彼等にまだ言うのだった。
「いいか、若し遅れればだ」
「その時はですか」
「援軍が遅れれば」
「秋蘭達を救う!」
 妹をだ。そうするというのだ。
「だからだ。急げ!」
「りょ、了解です!」
「では!」
「遅れた者は置いていく!」
 夏侯惇はこうも叫ぶ。
「置いていかれたくなけばだ!」
「わかっています、ついていきます!」
「御安心下さい!」
「安心はしない!」
 しかしだった。夏侯惇はだ。
 今度もこんなことを言ってだ。さらに駆けてだ。
 そうしながらだ。兵達に言うのである。
「秋蘭達を助け出すまでは!」
「おい、春蘭ちゃんちょっとな」
「落ち着けよ」
 張遼と馬超がだ。その彼女の左右に来てだ。
 そうしてだ。宥めにかかったのだった。
「確かに急がなあかんし」
「気持ちもわかるけどな」
「そやけどあんまり焦ったらあかん」
「周りも見て進めよ」
「わかっている」
 それはだ。夏侯惇も承知しているというのだ。一行は駆けながら進む。
「しかしだ」
「それでもやな」
「前にか」
「そうだ。進む」
 そうすることはだ。変えようとしない夏侯惇だった。
「一直線にだ」
「ほな周りはな」
「あたし達が見てやるよ」
 実際にだ。二人はだ。
 それぞれ夏侯惇の左右についてだ。周囲を見回す。
 そうしながらだ。彼女のフォローをするのだった。
「周りは任せとき」
「だからあんたはな」
「済まない」 
 夏侯惇はその彼等に礼を述べた。だがその目は。
 あくまで前を見据える。そうしながらだ。
 軍を山に向かわせるのだった。
 都から軍が慌しく出陣していた。それを見送るのだ。
 蔡文姫達だった。彼女はこう同じく留守居役である韓浩に話した。
「問題はやはり」
「ええ、司馬尉達ね」
 韓浩は警戒する顔で蔡文姫の言葉に応えた。
「あの娘達よね」
「果たして何をしてくるか」
「いえ、ここはね」
「ここは?」
「何もさせないことよ」
 韓浩が言うのはこうだった。
「それが大事よ」
「何もさせないことね」
「そうよ。絶対に企んでいるから」
 このことはもう確実だというのだ。
「だから何もさせないことよ」
「そうね。じゃあ」
「何か策があるのかしら」
「策はないわ」
 こう答える蔡文姫だった。しかしだ。
 彼女はだ。策はないと答えたうえでだ。こう韓浩に話した。
「ただ。備えをね」
「固めるのね」
「今都には十万の兵があるわ」
 大軍である。それだけの数があるのだ。
「だからその彼等をね」
「要所要所に置いて」
「特に宮廷にね」
 置くというのだ。
「そうして固めましょう」
「そうね。そうすれば如何に司馬尉達といえども」
「動けないわ」
 だからこそだ。そうするというのだ。
「それでどうかしら」
「いいと思うわ」
 韓浩はこう蔡文姫に答えて頷いた。
「それでね」
「そうね。それじゃあね」
「策はなくとも的確なことをすれば」
「ことは成るわ」
 これが蔡文姫の考えでありやり方だった。
「だからね」
「そういうことね。じゃあそうして」
「麗羽達を待ちましょう。それにね」
「それに?」
「いつも一緒にいましょう」
 蔡文姫はその韓浩を見てだ。こう提案したんのだった。
「青珠達は最初からそうしているからいいけれど」
「ああ、あの娘達も留守を守っているわね」
「そうだからね」
「私達もあの娘みたいに一緒にいるようにするというの?」
「善光は黒檀とね」
 陳琳もだ。そうすればいいというのだ。
「そうしていつも一緒にいるようにしましょう」
「それは何故かしら」
「私が以前攫われて匈奴のところに送られたのは知ってるわね」
 蔡文姫が言うのはこのことだった。
「そうね」
「ええ、あのことね」
「ずっと考えていたのよ」
 顔を顰めさせてだ。蔡文姫は韓浩に話す。
「私を攫ったのは誰なのか」
「まさかそれは」
「司馬尉かも知れないわ」
 こう言ったのである。
「私のお母様はあの頃司馬氏の政敵みたいな立場にいたから」
「同じ清流だったのに?」
「清流の中でも官職の取り合いになるから」
 朝廷の官職には限りがある。二人が同じ官職を望めばそれだけで衝突になる。そうなるというのである。そしてそれでだというのだ。
「だからね」
「それで貴女のお母様と司馬氏は」
「お母様は私の提案を参考にしてくれたし」 
 つまりだ。彼女は母の参謀でもあったというのだ。
「その私がいなくなれば」
「徳をするのは司馬氏ね」
「ええ。だからね」
 そうしたことを考えてだというのだ。
「司馬氏が私を攫わせて匈奴に送って」
「そのうえで」
「お母様は私がいなくなって」
 そしてだというのだ。彼女がいなくなってから。
「官職は司馬氏が手に入れ」
「そうしてなのね」
「私が戻った時にはもうお母様は」
「殺されていた」
「急死していたそうよ」
 歯噛みしてだ。蔡文姫は話した。
「そうなっているわ」
「急死、ね」
「夜にお酒を飲んで急に亡くなられたのよ」
「毒殺ね」
 韓浩は事情をすぐに察して述べた。
「それね」
「おそらくは」
「司馬氏ね」
 すぐにだ。韓浩は話した。
「あの連中がやったのでしょうね」
「ええ。そして」
「貴女を攫ったのも」
「間違いないでしょうね」
 こうだ。蔡文姫は推理して話したのだった。
「私をそうして。お母様を暗殺して」
「よくある話ね。政敵を排除する手段としては」
「だから。いつも一緒にいましょう」
 蔡文姫はあらためて韓浩に提案した。
「わかったわね」
「若しも一人になればその時は」
「司馬尉は牙を剥くわ」 
 司馬尉をそうした女だと見ての言葉だった。
「だからそうしましょう」
「ええ。じゃあ」
「残っている皆もそうしてね」
 司馬尉に隙を見せないというのだ。実際にそうしてだった。
 彼女達は隙を見せないのだった。寝食も入浴も共にする。
 その中でだ。風呂の中でだ。
 蔡文姫は湯舟の中でだ。共にいる韓浩に尋ねる。
「ねえ。いつも感じるでしょ」
「確かにね」
 真剣な顔でだ。韓浩も答える。
「狙っているわね」
「だからね。一人になればね」
「その時に来るわね」
「来るわ」
 蔡文姫の言葉もだ。にこりともしていない。
 周囲を警戒しながらだ。それで話すのだった。
「確実にね」
「そうね。そう思うと」
「二人でいるのは」
「正解ね」
 こう話すのだった。
「まさにね」
「そうね。とりあえずは華琳様が都に戻られるまでは」
「一緒にいましょう」
「それとだけれど」
 ここでだ。韓浩はこうも話した。
「司馬尉への警戒だけれど」
「彼女の屋敷の前には兵達を多く置いているわ」
 そうしているというのだ。
「何しろ。何をするかわからないから」
「露骨に謀反を企てたりはしなくともね」
「謀反ね」
 蔡文姫の目がここで光った。それで言うのだった。
「そこまで考えているのかしら」
「謀反を起こし己が皇帝に」
「まさかと思うけれど」
「けれど華琳様達を全て排除したら」
 そうなればだ。どうなるかというのだ。
「最早阻むものはないわ」
「その場合はというのね」
「皇帝になれるわ」
 摂政であり太子にもなった劉備まで排除すればというのだ。
「そう、なれることが問題だから」
「劉氏以外の者が」
「司馬尉が謀反を起こしそれが成功したならば」
「皇帝になりこの国を牛耳る」
「それは防がないといけないわ」
 韓浩は湯舟の中でだ。己の側にいる蔡文姫に話した。
「そう思うと貴女の策は見事よ」
「うふふ、有り難う」
 韓浩の言葉にだ。蔡文姫はにこりと笑って応えた。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「流石は麗羽殿の幕僚の一人ね」
「軍師達は水蓮達が主だけれどね」
 袁紹の軍師といえば田豊達だ。このことは絶対と言っていい。しかしだ。
 この蔡文姫も知略と内政手腕で袁紹を助け続けている。だから韓浩も今言うのだ。
「それでもなのね」
「貴女も頑張ってるじゃない。だから」
「だから?」
「ちょっと今は羽目を外して遊ばない?」
 くすりと笑ってだ。蔡文姫に言ったのである。
「御風呂の中でね」
「御風呂の中でって」
「今二人だし」
 急にだ。韓浩の目に妖しいものが宿る。
「だから。二人きりだから」
「貴女そっちの趣味だったの」
「だって。華琳様にお仕えしているから」
 女以外は寝屋に入れない曹操だというのだ。
「それに麗羽殿だってそうでしょう?」
「そうよ。あの方もね」
「それならよ。お互いにね」
「悪くないわね。けれどね」
「けれど?」
「今は止めておきましょう」
 くすりと笑ってだ。蔡文姫は韓浩に言った。
「今はね」
「気が乗らないのかしら」
「御風呂の中でそういうことをしたら」
 どうかというのだ。
「熱くてゆだっちゃうじゃない」
「だからなのね」
「一緒に寝るから」
 蔡文姫が言うのはこのことだった。
「その時にね」
「そうね。身体を奇麗にしてからね」
「肌を重ね合いましょう」
 そうした話をしてだった。二人は今は遊ばなかった。
 そうして風呂から上がり褥の中でだ。二人は共に遊ぶのだった。


第百五話   完


                        2011・8・18



やはり仕掛けてきたか。
美姫 「今度は于吉たちがだけれどね」
流石にこちらは結構、先まで読んでいたみたいだけれど。
美姫 「あの二人が自ら出てきてはそれもすんなりとはいかないわよね」
だな。無事にガルフォードが都に戻り、既に準備していた軍もすぐに出立と。
美姫 「あとは時間との勝負よね」
果たして間に合うのか!?
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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