『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第百四話 あかり、闇を感じるのこと
夏侯淵率いる軍はだ。まずはだ。
洛陽から北に向かった。しかしだ。
その途中でだ。彼女は全軍に命じたのだった。
「よし、あの道に入るぞ」
「えっ、あの道かよ」
「あの道は確か」
ラルフとクラークが彼女が向かうという道を見て言った。
「南西に行くんだろ?」
「北じゃない筈だけれどな」
「詳しいな」
夏侯淵は二人がその道について知っているのを見てだ。こう言った。
「この道について既に知っていたか」
「ああ、この国の地理はな」
「おおよそ頭に入れた」
そうしたとだ。二人は夏侯淵に話す。尚二人は徒歩で夏侯淵は馬上にある。そのうえで上と下から言葉を交えさせているのである。
「だからな。この道もな」
「わかるのさ」
「流石だな」
夏侯淵は二人の言葉を聞いて納得した様に頷いた。
そのうえでだ。こう言うのだった。
「だが決まっていたのだ」
「最初からか」
「都を出る前にもうなんだな」
「そうだ、決まっていた」
「だったな。確かにな」
「それが今なんだな」
二人はここで思い出したのだった。あのことを。
それでだ。二人は納得した。
そしてだ。レオナもこう言うのだった。
「わかりました」
「貴殿もそれでいいのだな」
「わかっていましたので」
だからだ。納得しているというのだ。
「作戦のことは」
「作戦。そうだな」
「面白い作戦になりそうですね」
秦兄弟もここで言う。
「今度の作戦もな」
「実に興味深いです」
「貴殿等もそれでいいな」
夏侯淵は二人にも尋ねた。
「それで」
「だからここにいる」
「そうでなければ帰っています」
何気に毒舌を発揮する崇秀だった。そうしてだ。
典韋もだ。夏侯淵に微笑んでこう話す。
「では秋蘭様、今からですね」
「いよいよ向かうとしよう」
「そうしましょう、あの山に」
「それでだが」
典韋に話してからだ。夏侯淵は。
ガルフォードに顔を向けてだ。こう言ったのだった。
「では。若しもの時はだ」
「ああ、一気に駆けてだな」
「そうしてくれるな」
「わかってるさ」
端整な微笑みで。ガルフォードは夏侯淵の言葉に応えた。
そのうえでだ。こう言うのだった。
「じゃあ行こうか」
「うむ。ではな」
「しかしな。この顔触れもな」
「中々独特だな」
その道に入り進みながらだ。ラルフとクラークが話す。
「夏侯淵さんに典韋ちゃんだけでなくな」
「俺達もいるからな」
「そうだな。面白い顔触れだ」
「退屈はしません」
崇雷も崇秀も悪意はない。
「料理の振るいがいもある」
「後で皆で杏仁豆腐はどうでしょうか」
「杏仁豆腐ですか」
杏仁豆腐と聞いてだ。典韋は。
少し考える顔になってからだ。こう仲間達に話した。
「それでは今度ですけれど」
「今度?」
「今度というと?」
「はい、次のお食事の時でもいいですけれど」
今度といっても暫く先とは限らなかった。
「その時にでも一緒に作りませんか」
「ああ、面白いな」
崇雷が彼女の話に乗った。
「では今夜にでもな」
「二人で凄い杏仁豆腐を作りましょう」
「料理には自信がある」
崇雷の特技である。
「少なくともジェニーやビリーには負けないからな」
「あの二人はな」
二人の話にはだ。夏侯淵も顔を曇らせて言うのだった。
「あれだな。姉者や麗羽様に似たものを感じるな」
「あと関羽ちゃんだな」
「あの娘も料理はな」
こちらの世界の人間ではこの三人が最凶だった。
「壮絶なものがあるな」
「尋常じゃないものがあるからな」
「確かビリー殿とジェニー殿は」
どうなのかとだ。夏侯淵は話す。
「イギリスという国に生まれているな」
「俺達の時代で料理が最もまずい国だ」
「最悪の国です」
秦兄弟の今の言葉は毒舌ではなく事実だった。
「どんないい素材でも完全に殺してしまう」
「料理の才能は皆無です」
「そうした国なのか」
「ああ、俺達アメリカ人もあまり人のことは言えないだろうがな」
「あの国はダントツだな」
ラルフにクラークも太鼓判を押した。悪い意味で。
「とにかくな」
「あの国に美味いものは滅多にないからな」
「俺の時代でもそうだったな」
ガルフォードも言う。
「あの国に美味いものはなかったらしいな」
「ううむ、イギリスとはどういう国なのだ」
夏侯淵は仲間達の話を聞いて馬上で眉を顰めさせる。
「美味い料理はないのか」
「軍の携帯食もです」
今度はレオナが話す。
「食べられたものではありません」
「あの。普通進軍中の食事はです」
それはどうなのかとだ。典韋が話す。
「粗食が普通ですが」
「それすらない場合もある」
夏侯淵も話す。
「糧食は重要だがな。なくなる場合もあるからな」
「そうですよね。ですから」
「その糧食もか」
「酷いものです」
レオナはまたイギリス軍のその携帯食について話す。
「あれを食べる位ならアメリカ軍のレーションセットの方がずっとましです」
「あれも酷いけれどな」
「イギリス軍は別格だからな」
ラルフとクラークはそのレーションについても話す。
「とにかくイギリスもイギリス人もな」
「舌は壊死してるようなものだからな」
「あの連中に料理の才能はない」
「正直。お薬だけを飲んでいればいい位です」
秦兄弟も辛辣に話していく。
「サプリメントだったな」
「あれを飲んで済ませた方が味がいいです」
薬以下だというのだ。イギリスの料理は。
そうした評価を聞いていってだ。夏侯淵はあらためてこう言った。
「若しかすると姉者以上なのか。イギリス人は」
「否定はしないな」
「その通りだからな」
「そうした国もあるのだな」
ラルフとクラークの話も聞きながらだ。夏侯淵はそうしたことも知った。
そのうえで彼等は定軍山に向かうのだった。
その彼等をだ。あの白装束の者達が影から見ていた。そうしてだった。
そこから消えてだ。すぐにだった。
闇の中でだ。于吉達に報告するのだった。
「やはりです」
「定軍山に向かっています」
「一見北に向かうと見えましたが」
「進路を変えました」
それを聞いてだ。于吉とそして彼と共にいる左慈はだ。
邪な笑みを浮かべながらだ。こう言ったのだった。
「予想通りですね」
「そうだな」
二人でこう言い合う。
「そうすると思っていましたが」
「やはりあの山に向かうか」
「それではですね」
「まずはあの連中からだ」
そしてだった。二人は。
それぞれ顔を見合わせてだ。こんなことも言った。
「司馬尉さんにお話しますか」
「あちらの世界の連中にもな」
「そうしてですね」
「それから」
こう話してだった。彼等は闇の中から一旦消えた。そしてだ。
すぐにだ。まずは刹那がだ。山の中で言うのだった。
「この山だな」
「ああ、そうだ」
社が彼の横に来て話す。
「前から俺達が根城にしてるここだよ」
「そうか。この山でだな」
「ここに来る奴等を始末するってことだ」
「わかった」
ここまで聞いてだ。刹那は静かに頷いた。
そのうえでだ。こうも言うのだった。
「では来た奴等をだ」
「斬るんだな」
「そうする」
表情はなく口調も淡々としている。しかしだ。
そこから出ているものはひらすら邪悪だった。その邪悪の中でだ。
彼はだ。こうも言うのだった。
「そしてその命を生贄にしてだ」
「常世を出すんだな」
「出す機会は何時でもいい」
時は選ばないというのだ。
「出せるその時に出す」
「だったよな。あんたはな」
「オロチは違っていたな」
「こっちはタイミングが大事なんだよ」
社は口の端を歪めさせて応える。
「戦い、殺し合ってその気が満ちた時にな」
「オロチを人の身体に降ろすか」
「そうするんだよ。それでその身体はな」
「あいつか」
「ああ、クリスだ」
彼だというのだ。その身体を持っている者は。
「あいつがそうなる」
「そうか。わかった」
「じゃあそういうことでな」
社は笑いながら話す。
「俺のところは時間がかかるからな」
「そこが違うな」
「アンブロジアもそうだろ」
ここでもう一つの異形の存在の話が出た。
「あっちは確か」
「そうよ」
二人の側にだ。不気味な、禍々しい紫の影が出て来てそれが実体化してだ。そうしてだった。
そこにだ。ミヅキが出て来た。足下にはあの奇怪な犬もいる。
その彼女が出て来てだ。こう二人に話すのだった。
「アンブロジアもね」
「時間がかかるよな」
「そうよ。恐怖と絶望と憎悪」
陰惨な微笑みを浮かべてだ。ミヅキは二人に話していく。
「そうしたものが世に満ちてからよ」
「アンブロジアは降臨できるんだったよな」
「その時にこそね」
まさにだ。そうなるというのだ。
「だから今はまだよ」
「この国が全てだな」
刹那もミヅキに声をかける。
「そうしたものに覆われてからだな」
「ええ、そうよ」
「そういうことだな」
ミヅキに続いて社も話す。
「けれどこの山での戦いは」
「その序章みたいに楽しませてもらうか」
「奴等を斬り」
刹那の目にだ。また鋭いものが宿る。
「その時の負の感情がこの山の結界に集っていくのだな」
「そういうことだな。ただ逆に言えばな」
社は刹那にこんなことも話す。
「この山の結界を壊されたら今まで溜め込んでいた人間の負の感情が全部消えちまうからな」
「そうなっては最初からやりなおしね」
「ああ。だから絶対にな」
どうするべきかと。社の目に燃えるものが宿る。
「ここは絶対に仕留めないとな」
「楽しみだけでなく義務もあるか」
「そこはわかってくれよ」
「わかっている」
「私もね」
刹那だけでなくミヅキも言ってだ。そうしてだった。
彼等は夏侯淵達が来るのを待っていた。そしてだった。
夏侯淵は定軍山の前に着いた。その彼等を見てだ。
クリスがだ。物見に立っている木の上からだ。シェルミーに話した。
「来たよ」
「そう。いよいよなのね」
「はじまるよ。ゲームが」
「さて。どう相手してあげようかしら」
二人は夏侯淵達を見ながら楽しげに話す。
「もう僕待ち遠しくて仕方ないけれど」
「私もよ。だからね」
「思いきり遊ぶからね」
「クリスもそうするのね」
そんな話をしてだった。彼等は。
夏侯淵達が山に入るのを見ていた。やがてだった。
その夏侯淵がだ。全軍に命じたのだった。
「ではだ」
「はい、いよいよですね」
「まずは軍で山を囲む」
そのだ。定軍山をだというのだ。
「そのうえでだ」
「山に入るんですね」
「山での戦となるとだ」
典韋にだ。冷静に話していく。
「集結させては動けないからな」
「それぞれの小さな隊に分かれてですね」
「それで山に入る進んでいく」
「わかりました。それじゃあ」
「私は私の隊を率いる」
夏侯淵も自ら入るというのだ。
「では流琉達もだ」
「それぞれですね」
「小さな隊を率いて山に入る」
そしてそれはだった。
「当然ラルフ殿達もそうしてくれ」
「ああ、わかってるぜ」
「それじゃあな」
ラルフとクラークが微笑んで答える。
「今から行くか」
「そうしてな」
「そういうことで頼む」
夏侯淵の話は続く。
「ただしお互いに見える距離で動いていく」
「さもなければだな」
「敵に個々に撃破されますね」
「その通りだ」
秦兄弟にも話していく。
「まして相手は白装束の一団になるだろう。それではだ」
「彼等は神出鬼没ですね」
レオナはこれまでの戦いからわかっていた。白装束の者達のことを。
「だからこそ余計に」
「山での戦いは元々散らばるものです」
それは典韋もわかっていた。夏侯淵に教えられたのだ。
「ですが特に今は」
「その中で連絡を取り合わないと」
「危険だと思います」
典韋も察していた。この山での戦いのことあ。
それでだ。今こう言うのだった。
「油断すると各個に叩かれます」
「敵は各個撃破すべし」
「兵法の基本ですね」
秦兄弟も把握している口調である。
「もっとも俺達はそう簡単にやられはしないが」
「それでも用心は必要ですね」
「そういうことだ。それではだ」
ここまで話してだ。彼等はだ。
遂にだ。山に入るのだった。散開し小さな隊に分かれてだ。
暫くは敵もなく順調に進めた。しかしだ。
山の中腹に来たところでだった。夏侯淵の前にだ。
クリスが出て来てだ。こう言うのだった。
「ようこそって言うべきかな」
「御前は確か」
「そう。オロチの人間だよ」
まさにそうだとだ。山の木々の中でだ。夏侯淵達を斜面の少し下に見て話した。
「オロチ一族八傑衆四天王のね」
「そのうちの一人か」
「そう。クリスっていうんだ」
「同じくシェルミー」
「社っていうからな。覚えておいてくれよ」
そしてだ。この二人もだった。
影から出て来てだ。夏侯淵に言ってきた。
「私達三人がね」
「あんたをここで殺すからな」
「三人がかりだというのだ」
それを見てだ。夏侯淵は弓をつがえながらだ。こんなことを言った。
「私を何としても消すつもりか」
「そうだよ。まずは頭を潰したらね」
「楽になるから」
「そういうことにしたんだよ」
「それでなのか。オロチの者が三人も私の前に来たのは」
夏侯淵もそのことを察した。
「この軍を率いる私をまずはか」
「うん、じゃあ僕の炎で死んでもらうから」
「雷で真っ黒にしてあげるわ」
「地震は山でも起こるんだぜ」
「相手にとって不足はない」
彼等を前にしてもだ。夏侯淵は冷静でありしかも怯えてもいなかった。
だが弓は置きだ。こう三人に言った。
「しかし今はだ」
「あれっ、弓は使わないんだ」
「拳で戦うつもりか」
「貴殿等三人を一度に相手にするならば」
その場合はだ。どうかというのだ。
「この方がいい」
「まさかと思うけれど」
「拳での戦いも自信があるのかしら」
「拳だけではないしな」
こう言ってだ。剣も抜いて構える。
「もっともこちらは姉者程ではないがな」
「面白いね。この状況で諦めないなんてな」
社は満足した顔で話す。
「流石って言うべきか」
「よし、じゃあね」
「はじめましょう」
「では来い」
夏侯淵は剣を構えたまままた言う。
「三人一度に来るか」
「ああ、それはないからな」
三人一度についてはだ。社は返した。
「あんたそう思ってるみたいだけれどな」
「違うというのか」
「俺達の戦いは違うんだよ」
「では一対一か」
「ああ、一対一で戦ってな」
それでだというのだ。
「負けたらまた一人出て来るからな」
「そういうことだからね」
「安心してね」
悠然とだ。シェルミーとクリスも言う。
そしてだ。社は夏侯淵にさらに問うた。
「じゃあ誰と戦いたいんだ?」
「御主達のうちの誰かとか」
「そうだ。選べばいいさ」
余裕綽々といった態度でだ。社は夏侯淵に言う。
「そうして戦えばな」
「わかった。それではだ」
構えたままだ。夏侯淵は。
シェルミーを見てだ。こう言ったのだった。
「御主にしよう」
「私なのね」
「その雷には興味がある」
だからだ。彼女だというのだ。
「どういったものかな。そしてだ」
「そして。何かしら」
「その雷を見極めてだ」
そしてだ。どうするかというのだ。
「華琳様にお伝えする」
「私の力をなのね」
「言っておくが私は死ぬつもりはない」
「この状況でも生きるつもりかしら」
「そうだ」
その通りだというのだ。
「わかったな。それではだ」
「では。戦いましょう」
シェルミーは楽しげに笑ってだ。そうしてだった。
夏侯淵の前に来てだ。己の後ろにいるクリスと社に話した。
「手出しは無用よ」
「楽しむんだね」
「この戦いを」
「オロチも戦いが激しければ激しいだけ楽しむから」
そのだ。オロチの習性を話しての言葉だった。
「だからよ」
「わかってるよ。僕達もね」
「そういう無粋なことはしないさ」
二人もだ。楽しげに笑ってシェルミーの言葉に応える。
「じゃあシェルミーはね」
「その戦いを楽しみな」
「そうさせてもらうわ」
こう話してだった。夏侯淵の前に出てだ。拳を打ち合わせるのだった。
ラルフ達もだ。既にだ。
白装束の一団と戦いだ。その中でだった。
それぞれだ。こう言い合うのだった。
「倒しても倒してもな」
「出て来るな」
こうだ。ラルフとクラークは背中合わせになって話をしていた。
「よくもまあこんなにな」
「数が尽きないものだな」
こう話してだ。そうしてだ。
二人は共に戦うレオナに対して言った。彼女もまた二人と背中合わせになっている。そうしてそのうえで彼女に対して言うのだった。
「おい、いいな」
「この戦いでもだ」
「死ぬな、ですね」
こうだ。レオナも二人に返す。
「そういうことですね」
「ああ、そうだ」
「絶対に死ぬな」
二人はまたレオナに告げた。
「ったくよ、鞭子がいなくてな」
「やばい状況にいる奴が少なくてよかったぜ」
「確かに」
その通りだとだ。レオナも言う。
「ましてやこの戦いはです」
「オロチだしな」
「まあ何か出て来ると思ってたけれどな」
「そのオロチですが」
オロチについてだ。さらに話すレオナだった。
「ここに力を蓄えているようです」
「ここにか」
「この山にか」
「どうやら山に多くの結界を置いています」
今話すのはこのことだった。
「先程その一つを破壊しました」
「そうか。この山で力を蓄えてだな」
「その力でこの世界をか」
「破壊するつもりか」
「考えることは同じだな」
世界が変わってもだ。そうだというのだ。
そうした話をしながらだ。三人は襲い来る白装束の者達にだ。
拳を繰り出しだ。退けていく。
レオナはだ。両手を上から下に振り下ろしてだ。
一気にだ。彼等を切り裂く。しかしだった。
倒すその側から来る。それを見てだ。
ラルフがだ。また言う。
「とりあえず粘りに粘るけれどな」
「その粘りが限界に来たらだな」
「その時にどうするか」
こうクラークに言うのである。
「それが問題だな」
「そうだな。ただな」
「ただ?」
「ああ。ガルフォードはもう行ったよな」
忍者である彼の話をするのだった。
「都に伝えにな」
「もう行っただろう」
クラークもだ。白装束の者の一人を。
捕まえだ。そうしてだ。
フランケンシュタイナーで吹き飛ばす。そうしながらだ。ラルフに返す。
「だからな」
「助っ人を待つか」
「粘りに粘ってな」
こんな話をしながらだ。彼等は戦っていた。その都では。
あかりとミナがだ。南西の方を見てだ。
そうしてだ。不吉な顔で話すのだった。
「感じるやろ」
「ええ、感じるわ」
その通りだとだ。ミナも答える。
「しかも南西だけではなく」
「南東からもやな」
そこからもだ。感じるというのだ。
「何ちゅうかな」
「邪悪そのものね」
「しかも強さが桁外れや」
「それと北ね」
そこからも感じるというのだ。
「北からも感じるわ」
「北っていうたらや」
そこに何がいるのか。これについては。
ナコルルもいた。その彼女の言葉だ。
「匈奴だったわよね。この国の北にいるのは」
「そうよ。北の異民族よ」
ミナがその匈奴について話す。
「馬に乗るね」
「その騎馬民族の地といえば」
「話あったなあ」
あかりは眉を顰めさせながら二人に話す。
「あそこに朧っちゅうのがおった筈や」
「朧といえば」
「確か」
ミナとナコルルがここで話す。
「命と一緒に裏天京にいて」
「暗躍していた」
「そいるや。そいつがおった」
そのだ。匈奴の地にだ。
「やっぱり何かあるわな」
「そう考えるのが普通ね」
ミナはあかりにぽつりと話した。
「じゃあ南西だけではなく」
「南東と北も」
ミナだけでなくナコルルも言う。
「三方に問題があるのね」
「しかも北が一番力が強いわ」
感じられるだ。その力がだというのだ。
「あそこで何があるんやろうな」
「シーサーを送っても」
「私も。ママハハを送ったことがあったけれど」
北への偵察はだ。既にしていたというのだ。
「けれど。何も」
「見えなかったそうだけれど」
「うちもや。式神を送ってもや」
どうなったかというと。
「全然わからん。何がどうなっとるんや」
「深い霧がかかっていて」
「何も見えないそうだから」
「その霧が問題やな」
それはわかるというのだ。
「ほんまな。何があるんやろな」
「それが問題ね」
「北は」
そのだ。北についての謎もわからなくなってきていた。
そうしてだ。あかりはだ。今度はこう言うのだった。
「で、南西や」
「あそこね」
「定軍山の」
「すぐに話が来るで」
南西への空を見つつだ。二人に言うのである。
「秋蘭さん達のな」
「無事だといいけれど」
ミナは顔を少し曇らせて呟いた。
「あの地での戦いに」
「ああ。で、あそこに刹那がおったら」
その場合はどうかとだ。あかりは顔をさらに曇らせて言った。
「雪に気をつけんとな」
「雪さんに?」
「あの娘の仕事はあいつを封じることや」
それはだ。絶対だというのだ。
「そやからや。それに対してや」
「命を賭けるかも知れないのね」
「そこあんたと同じやな」
あかりはナコルルの言葉に返してだ。こう言ったのだった。
「あんたもそやろ」
「私は」
「わかるわ。自分を犠牲にしてでも何かをしようとする」
こうだ。ナコルルを見つつ言うのである。
「そういう娘やからな」
「若しかしてあちらの世界でも?」
「そうしようとしたわ」
実際にだ。そういうことがあったというのだ。
「黄龍のおいちゃんがおらな実際どうなってたか」
「じゃあ刹那がいたら」
「止めなあかん」
あかりは強い声で答えた。
「その場合はや」
「ナコルルもね」
ミナはここでナコルルを見てだ。彼女に話した、
「気をつけて欲しいわ」
「私も」
「そう。ナコルルもそうするから」
彼女のそうした性格もわかってのことだった。
「自分を犠牲にするから」
「私はそれが」
「務めとは言わないこと」
それはだ。絶対にだというのだ。
「生きること。それは絶対に」
「わかってはいるけれど」
「そう。それは皆で止めるから」
ナコルルについてもだ。そうだというのだ。
「だから気をつけてね」
「ええ、そのことは」
「悪い奴を倒すのはええんや」
あかりは両手を腰にやって胸を張ってだ。
そのうえでだ。こう言ったのだった。
「けれどそれで自分を犠牲にするのはあかんのや」
「悪を封じて自分も生き残る」
「それでなければ」
「あかんのや」
こうした話をだ。ナコルルに話すのだった。
そこまで話すとだ。急にだ。
あかりの前の前にだ。十三が出て来た。
それでだ。こう彼女に言うのだった。
「お嬢、ここにいたのか」
「何や、急に出て来たな」
「俺が急に出て来て悪いか?」
「でかいのが急に出て来たらや」
十三のその巨体を見上げながら。小柄なあかりは言った。
「誰かてびっくりするわ」
「俺がでかいのが悪いのか」
「めっちゃ悪いわ」
実際にそうだとだ。十三に返す。
「ほんま。何でそんなにでかいんや」
「生きてたら急に大きくなったからな」
十三にとってはそれだけのことだった。
「何ていうかな」
「そうなんか」
「そうだ。それでだ」
「それで?」
「ちょっと来てくれないか?」
あらためてあかりに話す。
「いいか?」
「それで一体何や」
「これから花札しないか」
遊びの話だった。
「今からな」
「花札?面子は誰や」
「山崎に臥龍とその子分だけれどな」
十三とあかりを入れて五人だった。
「やるか?今から」
「山崎もかいな」
「ああ。あいつが言い出したんだけれどな」
「絶対に止めた方がええな」
あかりは山崎が言い出したと聞いてだ。
それでだ。こう言うのだった。
「絶対に途中でキムとジョンが出て来ておじゃんになるで」
「あの二人出て来るのか?」
「絶対に出て来るわ」
確信してだ。あかりは言うのだった。
「あの二人はな」
「そうか。まずいか」
「そうなったらうち等も鳳凰脚や」
キムの容赦のない超必殺技だ。最早折檻用の技になっている。
「あれ喰らいたいんか?」
「いや、あんな痛そうな技は俺も」
「そやろ。そやったらや」
「今は止めておこうか」
「絶対にな。そうしとくべきや」
こうした話をしてだった。十三は花札は止めた。
それでだ。今度はこんなことをだ。あかりに話した。
「じゃああの三人だけでやることになるか」
「どうせ金かけてやってや」
花札となればだ。予想できる展開だた。
「そこに絶対にキムとジョンが登場するさかいな」
「あの二人いつも出て来るからな」
「地獄耳に千里眼や」
二人はその二つの力を備えているのだ。
「悪人を探知することができるさかいな」
「だからああしていつも出て来るんだな」
「あいつ等は敵に回したらあかん」
あかりをしてだ。二人はこう言わしめるものがあった。
「敵に回したら佐渡金山送りやで」
「佐渡金山かあ。あの生きて帰れないっていうあそこか」
「生きたいか?あそこに」
彼等の世界ではだ。佐渡金山はまさにそうした場所だった。
生きては帰れぬ佐度金山、その名は伊達でないのだ。
それでだ。十三も言うのだった。
「行くのはあの連中だけでいいよな」
「あの連中は元々悪者やさかいな」
山崎達の悪事は彼等は直接知らないが既に有名になっていた。
「まあちょっと心根を叩き直されるのもええやろ」
「そうだよな。あの連中はな」
しかしだった。こんな話をしていると。
今度はチャンとチョイが来てだ。二人に抗議するのだった。
「そんなのな、一生続くってなるとな」
「言えないでやんすよ」
こうだ。血の涙を流しながら主張するのだった。
「俺達なんてな。旦那達に捕まってからな」
「修業地獄の無限ループでやんすよ」
「仕事は洒落にならない重労働ばかりだしな」
「休み時間もないんでやんすよ」
「あの二人ほんまに鬼やな」
ある意味においてあかりも驚嘆するものだった。
「休み時間なしかいな」
「飯食う時間だって限られてるしな」
「食べ終わったらすぐに強制労働か修業再開でやんす」
「起きたら準備体操してすぐだぜ」
「真夜中に風呂入って終わりでやんすよ」
「きっついなあ、それは」
「一度体験入隊してみろ」
「一日で二度とって思うでやんすから」
こうだ。必死に主張するのである。
そしてそんな話をしているとだった。彼等の後ろから。
その鬼達のだ。声が聞こえてきた。
「おい、食べ終わったか?」
「では修業の再開です」
「げっ、もう来たのかよ」
「旦那達食べるの早過ぎでやんすよ」
チャンとチョイはその声を聞いただけでぎくりとした顔になる。
それでだ。こんなことを言うのだった。
「それこそよ。今からな」
「また地獄でやんすよ」
「しかし。本当にその地獄って終わらないんだな」
十三がその二人に対して言う。
「永遠のものか」
「そうだよ。旦那達もそう言ってるしな」
「この世界でも同じでやんすよ」
「世界が変わってもそれでもな」
「あっし等の運命は変わらないでやんすよ」
「それを考えるとな」
どうかとだ。十三は言った。
「山崎も可哀想か?」
「そやけどあいつはあまりも悪事がタチ悪いからな」
あかりが指摘するのはこのことだった。
「そやからしゃあないやろ」
「そうなるか?」
「因果応報や」
ここであかりが言うのはこのことだった。
「悪事には絶対に報いがあるんや」
「だからこの二人もか」
「それでも幾ら何でも酷過ぎるだろ」
「あんまりでやんすよ」
当事者達からしてみればそうだった。
「もうよ。俺達なんてよ」
「地獄から出られないんでやんすよ」
「俺達人なんて殺してねえよ」
「そこまでしないでやんすよ」
「それであそこまでかいな」
その凄さにだ。あかりも呆然となる。
それでだ。こう言うのだった。
「やり過ぎや思うけれどな」
「けれどアースクェイクや幻庵になると」
ミナは二人について話す。
「仕方ないところもあるけれど」
「まあなあ。あの二人はな」
「尋常じゃない危険さがあるでやんすから」
「結構お笑いなんだけれどな」
「それでもあれは」
仕方ないというのだ。チャンとチョイから見ても。
そうした話をしながらだ。二人は。
肩を落としてキムとジョンのところに行く。そうしてだった。
「遅いぞ!」
「でははじめましょう」
こうだ。その二人に言われてから地獄の中に入るのだった。
そんな彼等を見てだ。またナコルルが話す。
「やっぱり。物凄いですね」
「よくあれで死なんもんや」
「全くね」
そうだとだ。あかりとミナも続く。今は都もだ。不穏なものが見られだしていた。
第百四話 完
2011・8・16