『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第百三話 公孫賛、やはり忘れられるのこと
夏侯惇は都の兵達の訓練にあたっていた。そこにだ。
高覧も来てだ。こう彼女に尋ねてきた。
「寂しいみたいね」
「そうだな。どうもな」
難しい顔になってだ。彼女自身もそのことは否定しなかった。
そのうえで槍を整然と突き出して訓練をしている兵達を見てだ。こう言うのだった。
「秋蘭がいないとな」
「やはりそうなのね」
「そうだ。よくあることだが」
一方が出陣してもう一方が残ることはだ。二人ではだ。
「しかし何度経験してもだ」
「寂しさは消えない」
「帰ったら飲む」
夏侯惇は言った。
「二人でな」
「それで再会を祝するというのね」
「そうする。絶対にな」
こう高覧に話すのだった。
「いつも通りだ」
「いいことね。姉妹の親睦を深めるのは」
「確かにね」
張?も来てだ。話に加わる。
「夏侯姉妹は相変わらず仲がいいようね」
「しかし喧嘩もするぞ」
それもあるとだ。夏侯惇は張?達に話す。
「いつも仲がいい訳ではないぞ」
「あら、そうなの」
「喧嘩をする時もあるの」
「そうだ。ある」
その通りだとだ。夏侯惇は二人にまた話した。
「どうしてもな」
「そうなのかしら」
「本当に」
「あるぞ。前もだ」
何があったのか。二人にさらに話す。
「些細なことで喧嘩をしたしな」
「些細なこと?」
「というと?」
「何でもない。昼飯に餃子がいいか焼売がいいのか」
そのどちらがだというのだ。
「それで喧嘩をしたのだ」
「本当に些細な理由ね」
「確かにね」
その通りだとだ。高覧と張?も言う。
「そんなのどっちでもいいんじゃないかしら」
「私はそう思うけれど」
「そうだ。それで喧嘩をしてだ」
どうなったかというのだ。それから。
「華琳様に叱られた。下らないことで喧嘩をするなとな」
「当然ね。曹操さんが怒るのも当然よ」
「怒って当然よ」
「そうだ。それで仲直りとしてだ」
それはちゃんとしたというのだ。
「二人で買い物に行ったのだ」
「で、そこでまた喧嘩をしたのね」
「服か何かで」
「わかったのか」
二人にそう言われてだ。夏侯惇はまずは目を少し見開いた。
そのうえでだ。こう二人に返した。
「よくわかったな」
「何かね。お決まりの展開だから」
「予想はついたわ」
「そうか。予想通りか」
「それでどうなのよ」
「服なの?それとも装飾品?」
「服だ」
それで揉めたとだ。夏侯惇は二人に答えた。
「華琳様に合うのはどの服かということでな」
「曹操さんも大変ね」
「本当にね」
そんなことでまた喧嘩になったと聞いてだ。二人はだ。
呆れてだ。こうそれぞれ言うのだった。
「折角の仲直りの買いものでまた揉めるって」
「本末転倒じゃない」
「華琳様に合うのは黒か青か」
服の色で揉めたというのだ。
「どちらがいいのかだ」
「で、それでなの」
「喧嘩が再発したのね」
「今度はだ」
服屋で喧嘩をしているそこでだというのだ。
「たまたま店に麗羽様が来られた」
「って私達の主じゃない」
「麗羽様がなの」
「そうだ。それで私達の喧嘩を止められてだ」
そうして。それからだった。
「どちらも買われて私達に手渡してくれた」
「つまりどっちも曹操さんに似合う」
「そういうことね」
「しかも私達の手柄にしてくれた」
袁紹が気を利かせてだ。そうしたというのだ。
「それで喧嘩は終わった」
「何ていうかね。それってね」
「子供みたいだけれど」
高覧も張?もだ。夏侯惇の話を聞き終えてこう言った。
「そんな下らない喧嘩をするのね、貴女達って」
「そういうことがあるのね」
「だからいつも仲がいいという訳ではない」
まさにそうだという夏侯惇だった。
「これでわかってくれたか」
「ええ、わかりたくはないけれどね」
「わかったわ」
高覧と張?はさらに呆れた声で応えた。
「まあ喧嘩する程ね」
「そういうことね」
「そういう訳ではないが」
それは否定しようとする夏侯惇だった。しかしだった。
ここでだ。ふとだった。張?が言ったのだった。
「あれっ、兵の動きがいいわね」
「そうね」
高覧もそのことに気付いた。彼女達が見てもだ。
「私達三人の受け持ちの兵達だけじゃなくて」
「他の兵も」
「黒梅姉さんがいるにしてもね」
「その他の兵達の動きもいいじゃない」
彼等もだ。そうだというのだ。
「特に騎兵の動きが」
「白馬も多いし」
「あれも黒梅姉さんかしら」
「姉さんが訓練しているのかしら」
「呼んだかしら」
しかしだ。ここでだった。
その?義が来てだ。三人に言ってきたのだった。
「何か私のこと話してたわよね」
「ええ、そうだけれど」
「騎兵を動かしてるのは姉さんなの?」
「いえ、違うわ」
?義がそのことを否定する。
「あの白馬の騎兵達よね」
「そう、あの白馬の騎兵達は」
「姉さんが訓練してると思ったけれど」
「違ったのね」
「そうだったのね」
「そうよ。私は今は騎兵は動かしてないから」
また別の兵達の訓練をしているというのだ。
「あれは違うわね」
「じゃあ一体誰が?」
「誰が動かしてるのかしら」
「あれではないのか?」
ここでだ。夏侯惇がだ。
騎兵達の先頭にいるだ。赤い髪と服の女を指差した。
彼女を指差してだ。三人に尋ねた。
「あの白馬に乗っている女ではないのか?」
「あれ誰?」
「誰かしら」
「知らないわね」
?義はだ。誰も彼女を知らなかった。
それでいぶかしむ顔になってだ。こう言うのだった。
「見たことないわよね」
「指揮は上手みたいだけれど」
「名のある人物かも知れないけれど」
「誰なのかしら」
「華琳様の家臣ではないな」
夏侯惇はこのことは断言できた。
「あの様な者は知らん」
「我が陣営でもないわね」
?義が言う。
「見たことのない顔ね」
「じゃあ一体誰なのかしら」
「一体」
彼女達は誰も知らなかった。そしてだ。
訓練全体を見ている董白と軍師役の諸葛勤もだ。こう言う始末だった。
「あの白馬の隊を率いてるのは誰かしら」
「私も知らないです」
諸葛勤はその女を見ながら董白に答える。
「優れているのですが」
「かなり位の高い士官ね」
董白にもそれはわかった。
「けれど。あそこまでの隊を率いる士官ともなると」
「他の陣営の方でも」
「知らない筈がないけれど」
「誰なのでしょうか」
どうしてもわからずにだ。彼女達も首を捻るのだった。
そしてだ。それは。
後でその話を聞いた厳顔もだ。こう言ったのだった。
「あの訓練で白馬を率いていたのは誰じゃ」
「ああ、あの話じゃな」
「そう、あの話じゃ」
こうだ。すっかり親しくなった黄蓋にも話す。二人は今孫策の屋敷の中で酒を飲みながら話している。
「赤い髪に白い鎧の女というが」
「ううむ、知らんな」
「御主も知らんな」
「聞いたこともない」
黄蓋もだ。いぶかしむ顔で言う。
「そうした者はな」
「そうじゃな。全くのう」
「そうした者がいるのか?」
「隊を率いるまでの者に」
二人も全く気付いていないのだった。そしてこの話はだ。
何時しか都市伝説になってだ。あちらの世界から来た者達の間でも話題になっていた。
守矢はだ。こう主張した。
「悪霊だな、それは」
「悪霊が出てるってんだな」
「そうだ」
その通りだとだ。漂に話す。二人は今は札をして遊んでいる。そうしながらだ。彼は漂に対して自分の説を主張するのだった。
「おそらく前の戦で死んだ者がだ」
「化けて出てなんだな」
「軍を率いているのだ」
そうしているというのだ。
「おそらくはまだこの世に未練がある」
「兵を率いたいんだな」
「若しくは戦をしたいか」
真剣な顔でだ。守矢は最悪の事態を想定し述べていく。
「そう考えてのことだ」
「まずいな、そりゃ」
話を聞いてだ。漂も珍しく深刻な顔になる。
「悪霊だったらな」
「成敗するか」
「それが一番だろうな」
漂は真面目な顔で話す。
「何かしてからじゃ遅いからな」
「うむ、その通りだ」
「あの、ですが」
その二人にだった。響が話してきた。見ればあかりも一緒だ。
「本当に悪霊でしょうか」
「そんな感じはせんで」
あかりも言う。
「全然な」
「違うのか」
「悪霊じゃないのか」
「かといっても妖怪の気配も感じへん」
それもないというのだ。
「そやからどっちでもないで」
「では何だ」
「悪霊でも妖怪でもないってなるとな」
「普通の人ちゃうか?」
あかりはこう見立てた。
「それが何か気付かれてへんだけちゃうか?」
「だとしたら誰だ」
「随分と影の薄い奴だな」
守矢と漂は気付かないまま話していく。
「それなりに優れている者だな」
「それでも誰も気付かないなんてな」
「普通は有り得ないことだが」
「だよな。この世界にいる奴で影の薄い奴なんていないだろ」
二人も気付いていないのだった。
「本当に誰なんだろうな」
「一体な」
二人はだ。全くだった。
誰なのか気付いていない。それでだ、
響もだ。こう言うのだった。
「あの、誰でしょうか」
「それが謎や」
あかりは推理も働かせたがだ。それでもだった。
彼女にしても腕を組んでいぶかしむ顔になってだ。首を捻るだけだった。
「どの陣営の人も知らんちゅうし」
「私達の世界の誰でもないみたいだから」
響はこのことについても言及した。
「そうなると」
「わからへんな。こっちの世界に来てる奴ってな」
誰もがだ。どうかというと。
「濃い奴ばかりやさかいな」
「わからない筈がない」
「そういうことだよな」
守矢も漂もだった。彼等の世界から考えても見当がつかなかった。
「誰なのか」
「結局謎は謎のままか?」
「まさかうちでもわからんてな」
あかりにとってもだ。戸惑いを隠せないことだった。
「こんな謎な話他にないで」
「刹那やオロチが関わっている筈もない」
「やっぱり謎は謎のままだよな」
こう言ってだ。守矢も漂もだった。
謎を解明できなかった。そしてだ。
郭嘉もだ。自分で捜査をしながらだ。眼鏡の奥の目を妙なものにさせるばかりだった。
「わからないわ。本当に誰なのか」
「そうですよね。もう謎が謎を呼んで」
一緒にいる張勲も顔はにこやかだが声は少し困惑していた。
「わからないですよね」
「赤い髪で白い鎧の女ですよね」
「目撃された姿ではそうですよね」
「そんな人いますか?」
「私は全然知らないです」
「私もです」
それぞれの陣営の軍師達もこう言うのだった。
「こちらの世界の方でもあちらの世界の方でもない」
「しかも目撃例自体は多いですし」
「都の各地に出没していますね」
「それがさらにわかりません」
二人は都の中を歩いていた。そうして手掛かりを集めながら話しているのだ。
「美羽様は今もお化けだと言っておられます」
「左様ですか」
「それで怖がってお部屋から出られようとしません」
相変わらずだ。袁術はそうした存在を恐れているのだ。
「御不浄に行かれたりお風呂の時は」
「どうされていますか?」
「私がいつも付き添っています」
何だかんだでだ。張勲は忠臣であるのだ。
それでだ。そうしているというのだ。
「御休みの時も同じ褥にいますよ」
「えっ、それは酷い」
郭嘉はここまで話を聞いてだ。驚愕した顔になってだ。
そのうえでだ。こう張勲に言ったのである。
「私がいますから。そうしたことは」
「駄目ですよ。凛さんは曹操さんの家臣ですよね」
「ですがそれでも」
「美羽様は私の主ですから」
独占するとだ。張勲はにこやかな顔で主張する。
「私が御護りしますので」
「私も。できれば」
郭嘉は必死にだ。張勲に主張する。
「美羽様を御護りしたいのですが」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
言い切った。見事にだ。
「私達はそれこそ心で一つになっていますから」
「けれど凛ちゃんは私とも」
話がさらに複雑なものになる。
「できてるじゃないですか」
「あの、そうした表現をされると」
「美羽様がですね」
「怒られますので」
実際にだ。袁術の郭嘉への独占欲は尋常なものではない。
それでだ。郭嘉も言うのだった。
「ですから」
「わかってます。冗談ですから」
「冗談ですか」
「美羽様ってすぐに慌てられるから可愛いんですよ」
にこりと笑って嗜虐性を見せている言葉だった。
「ですからあえてですね」
「趣味が悪くないですか?」
「そうですか?別にそうは思わないですけれど」
「私はそうしたことは」
しない。それが郭嘉だった。
「何かこうですね」
「一緒に遊んでいたいのですね」
「はい、そうです」
まさにそうだというのだ。
「美羽様とは本当に運命めいたものを感じますし」
「そうですね。私達もですね」
「七乃殿と私もですか」
「私と美羽様もです」
にこにことしながらだ。こう話す張勲だった。
「非常にいい感じで」
「ううむ、言われてみれば確かに」
「それなら三人で楽しみませんか」
「楽しむべきですか」
「そうしませんか?」
これが張勲の郭嘉への提案だった。
「こちらの世界でも」
「こちらの世界でもといいますと」
「多分。私達は色々な世界で一緒ですから」
「そういえば美羽様とは」
そのだ。彼女はというと。
「ずっと一緒だった様に思えます」
「私もです、田舎町でも」
「それと舞台では特に」
「三人揃うと特にですね」
「何かずっと一緒にいたような」
そうした感じだというのだ。そうした話もしつつだ。
その謎の女を捜す。しかしだった。
二人は結局見つけられなかった。そしてだ。
程cは安楽椅子に座りながら寝ていた。そしてだ。
起きてからだ。こう言ったのだった。
「そんな人は知りません」
「知らないのね」
「はい、心当たりもありませんし」
韓浩への言葉だ。
「それにです。赤い髪に白い鎧ですね」
「目撃例ではそうなってるわね」
「それで隊を率いるだけの方になると」
「普通に見つかるけれど」
「しかし心当たりがありません」
程cの頭の中でもだった。
「推理をしようにもです」
「しようがないのね」
「ただ。悪霊やそうした存在ではないですね」
このことは確かだというのだ。
「それならば確かにあかりちゃんやミナさんが動かれますから」
「それじゃあ一体」
「どうしてもわからないのです」
程cもだ。眉を顰めさせるしかなかった。
「そうした方がおられるかどうか」
「ううん、何か謎が謎を呼んでるわね」
「全くです。こんなことがあるとは」
「世の中ってわからないわね」
「事実は小説より奇ですね」
「まあそれでよ」
ここでだ。今度は程cの頭の人形が言ってきた。
「話はこれ位にしてよ」
「どうするというのですか?」
程cは己の頭上の彼を見上げながら尋ねた。
「これから」
「一杯やらねえか?」
こんなことを提案するのだった。
「ちょいとよ。暇だしな」
「今はお昼ですよ」
「酒は夜だってのか」
「はい。昼から飲んではいけません」
程cはいつもの顔になって宝ャに話す。
「今はです」
「じゃあ何を飲むんでい」
「お茶ですね」
それだというのだ。
「皆さんと一緒にお茶にしましょう」
「そうかい。じゃあ茶にしようか」
「はい。ではです」
「あのね。前から思ってたけれど」
一応二人になっている程c達を見てだ。韓浩は突っ込みを入れた。
「腹話術でしょ」
「違いますよ」
あくまでしらを切る程cだった。
「宝ャはあくまで宝ャです」
「そうなの?」
「おっ、この姉ちゃん疑ってるのかい?」
「そうみたいですね」
完全に二人になって話をする。
「困ったことです」
「その方針でいくのね」
「方針じゃないですよ」
程cは不満そうな目でそれを否定する。
「私達は別の人格なんですよ」
「よくわかってくれよ」
「じゃあそういうことにしておくわ」
韓浩も深く突っ込むことは止めた。
「それでとりあえずだけれど」
「お茶ですね」
「時間のある面々も呼んでよね」
「はい、そうしましょう」
「じゃあね。皆で飲みましょう」
このことはまとまってだ。そうしてだ。
程c達はお茶を飲みはじめた。しかしだ。
そのお茶会においてだ。またしてもだった。
文醜がだ。怪訝な顔で言い出した。
「なあ。さっきから思ってるんだけれどな」
「そうだよな。何かな」
「一人多くないですか?」
火月と蒼月も言う。
「席一つ多いよな」
「明らかに」
「なあ程c」
文醜は主催者に対して尋ねた。
「誰か間違えて呼んだってことはないよな」
「ない筈ですけれど」
程c自身もだ。こう言うのだった。
「ですが」
「それでも席一つ多いよな」
「不思議です」
程cはここでも目を顰めさせる。
「何故席が一つ多いのでしょうか」
「こんな話がありますよ」
真吾が言い出す。
「皆いる筈なのに席が一つ多い。つまりは」
「怪談ね」
顔良は彼のその話に突っ込みを入れた。
「それでその席によね」
「あれですよ。死んだ筈の人がって」
「んっ?じゃああれかよ」
文醜がここで言う。
「今ここにお化けか幽霊がいるのかよ」
「そうじゃないんですか?」
「だからそれお嬢が違うって言ってるだろ」
十三がそのことは違うと話す。
「今都に化け物とか幽霊はいないってな」
「あっ、そうですね」
言われてだ。それに気付いた真吾だった。
「それじゃあどうして今」
「まさか」
董白がここで気付いた。
「華雄がいるのかしら」
「私のことか?」
ここでその華雄が出て来た。
「今から都の見回りなので茶会にはいないが」
「あら、そうだったの」
「そうだ。だから席は最初からないが」
そうだというのだ。
「それは言っている筈だが」
「そうなのね。そういえば華雄は」
彼女はどうなのか。董白は言った。
「正直目立つことは目立つから」
「そうだ。私は長生きするしな」
「何だかんだで生き残るしね」
「だから問題ない」
そうだというのだ。
「しかし。私が見てもな」
「席が一つ多いわね」
「おかしい」
真剣な顔で言う華雄だった。
「これは何かあるな」
「そうよね。前からこんな話になってるけれど」
「やはり都では怪異が起こっている」
「あのオロチやアンブロジアでないことが救いですが」
程cは彼等でないだけましだと言った。
「しかしおかしなことです」
「全くだぜ。今もこうして席が多いしな」
「妙な話です」
また言う火月と蒼月だった。
「誰がいるのか」
「それが問題ですね」
こうした話をしてだった。彼等は茶を飲んでいた。
しかしその一つ多い席についてはだ。誰もが不思議に思っていた。
そしてだ。このことはだ。
劉備達の間でもだ。話題になっていた。
馬岱がだ。こう張飛に話していた。
「不思議よね。誰も知らない赤い髪の女って」
「誰なのだ?」
張飛もだ。このことについて言う。
「本当にお化けかも知れないのだ」
「そういえばさ」
ここでこんなことを言う馬岱だった。
「あっちの世界には透明人間っているらしいけれど」
「それなのだ?」
「けれど赤い髪と白い鎧だから」
「姿は見えるみたいなのだ」
「だから透明人間じゃないの?」
馬岱は首を捻っていた。
「姿を自由に出したり消せる」
「むう、そんな奴がいるのだ」
「だから見えないとか」
こう言い出すのだった。
「そんな感じじゃないかしら」
「まずいのだ。そんな奴がいるとなると」
どうなるか。張飛は困った顔になってこんなことを言いだした。
「鈴々の御飯やおやつをこっそりと取られるのだ」
「覗きとかされたら大変だし」
馬岱はこのことを心配した。
「透明人間なんてどうすればいいのよ」
「姿が見えない相手なのだ」
「そうよ。だから厄介よ」
「ううむ、しかしなのだ」
「しかしって?」
「姿は見えなくても気配は感じる筈なのだ」
彼等ならばだ。それも感じられることなのだ。
「だから気配を感じたその時に」
「やっつければいいのね」
「そうするべきなのだ」
こう話すのだった。しかしだ。
気配もだ。誰も感じなかった。
呂布もだ。陳宮にこう話す。
「こんなこと有り得ない」
「ええと、数は足りてますよね」
「けれど一人気配を感じない」
こうだ。宮廷で帝の前に一同が揃っている時に話すのだった。
「確かに官位を持っている人間は皆いる」
「はい、そうですよね」
「けれど一人気配を感じない」
「どういうことでしょうか」
「だから有り得ない」
また言う呂布だった。
「本当に」
「ううん、また謎が増えてますね」
「謎は一つ」
呂布は言う。
「多分ここに赤い髪の女がいる」
「あの女がいるのにですね」
「そう、いる」
それは間違いないというのだ。しかしだった。
「けれど」
「姿が見えないのです」
「ねねにも見えない?」
「見えないです」
陳宮は必死に目を凝らす。だがそれでもだった。
姿が見えずにだ。こう言うのだった。
「恋殿もですね」
「そう。見えない」
呂布にもだ。その赤い髪の女が何処にいるのかわからなかった。
「本当に有り得ないこと」
「そうですよね」
「若しかして本当に」
呂布はここで言った。
「透明人間」
「それかも知れないのです」
彼女もこう言うのだった。とにかくだ。
その謎の女の存在はわからなかった。だがその中でだ。
劉備はだ。ある者に声をかけていた。
「ねえ白々ちゃん」
「だから私は白蓮だ」
こう返す公孫賛だった。
「全く。何度間違えるのだ」
「あっ、そうだったの」
「そうだ。しかし最近だ」
公孫賛は腕を組んで言う。
「どうも妙な噂が広まっているな」
「そうみたいね」
劉備もその話はちらりと聞いていた。
「誰なのかしら」
「全くだ。訳がわからない」
また話すのだった。
「しかしだ」
「怪しい人間がいるのなら」
「見つけ出して誰なのかはっきりしないとな」
「やっぱり問題よね」
「そうだ。本当に誰なのだ」
このことにだ。疑問を感じながらだ。二人は話すのだった。
しかしだ。噂はさらに広まりだった。
都中でだ。誰もが噂する様になっていた。
そうした話の中でだ。リョウが話す。
「ひょっとして藤堂のおっさんじゃないのか?」
「ああ、そういやあのおっさんどうしてるんや?」
ロバートは彼のことを今思い出した。
「こっちの世界に来てるんか?」
「いや、それは知らないけれどな」
こう返すリョウだった。
「けれど俺達も全員来ているからな」
「あのおっさんが来ててもやな」
「不思議じゃないだろ」
これがリョウの見立てだ。
「あの人が来ててもな」
「そやな。わい等がおるんやったら」
「いるだろ、多分」
「けれどよ」
ここでユリがこのことを話す。
「赤い髪の女の人よ」
「あっ、そうだったな」
「そういう話やったわ」
リョウとロバートはこのことを思い出した。
「だったら違うか?」
「藤堂のおっさんやないか」
「じゃあ本当に」
「何処の誰や」
「誰かいたわ」
キングが言う。
「ほら、幽州に誰かいたでしょ」
「いたか?」
「記憶にないで」
リョウもロバートもだ。幽州と聞いてもだった。
首を捻りだ。こう言うばかりだった。
「確かあそこは袁紹さんが治めてるだろ」
「わい等もおったけれどな」
「誰かいなかったかしら」
また言うキングだった。
「本当に」
「いました?」
ユリも首を捻る。
「本当に誰か」
「いたような気がするのよ」
キングはこう言うが何処の誰かはわからなかった。
「本当にね」
「その誰かか?」
「今回の騒ぎの元凶は」
それは薄々感じていた。しかしだった。
どうしてもわからずだ。彼等も首を捻るばかりだった。
わからないままだ。結局だった。
この騒動はうやむやのうちに消えた。そうして。
公孫賛はだ。ふとだ。
夏侯惇にだ。こうぼやくのだった。
「全く。最近な」
「誰だ、貴殿は」
「だから公孫賛だ」
名乗らなければならなかった。彼女は。
「だから覚えていないのか」
「いや、最初から知らないのだが」
「何故だ。前の訓練も一緒だったではないか」
「そうだったのか」
言われてもだ。どうしてもぴんと来ない夏侯惇だった。
それでだ。また言うのだった。
「それで何なのだ?」
「最近怪しい噂が出ているが」
「うむ、赤い女だな」
「そうだ。赤い髪の女だが」
「何者なのだ、一体」
「見れば貴殿は」
夏侯惇はここでその公孫賛を見た。見ればだ。
その髪はだ。赤かった。それを見て言うのだった。
「まあ違うな」
「違う?」
「いや、貴殿は今こうしてここにいるしな」
「だから違うというのか」
「そうだろうな。しかしおかしな話だった」
「赤い髪の。謎の女だな」
「正体不明だった」
夏侯惇が言った。
「結局都から消えた様だな」
「ううむ、私も噂は聞いたが」
「わからなkったか」
「全くだ」
そうした話で収まったのだった。結局赤い髪の女の正体はわからなかった。
そしてだ。張飛は能天気に馬超に話した。
「そういえばなのだ」
「んっ、どうしたんだよ」
二人で飲み食いしながらだ。話していた。
「公孫賛の髪は赤いのだ」
「ああ、そうだよな」
「しかも鎧は白なのだ」
「あれ結構似合ってるよな」
二人で餃子や焼売を食べながら話す。
「あの人にな」
「全くなのだ。それで胸も大きいのだ」
「だよな。結構スタイルもよくてな」
「けれど何故かなのだ」
「あの人目立たないんだよな」
「どうしてなのだ?あれは」
「やっぱりあれだろ」
馬超が言う。
「個性がないんだろうな」
「個性なのだ?」
「だからだろうな」
馬超は今はラーメンをすすっている。
「実際にいても気付かないだろ」
「そういえばそうなのだ」
「何かな。本当に個性がないんだよ」
「そういえば確かになのだ」
「あたしとか馬鹿だからな」
ある程自覚はしているのだった。
「それで筋肉だけだしな」
「鈴々もなのだ」
「それはそれで目立つんだけれどな」
「けれどええと、白何なのだ?」
「白香じゃなかったか?」
二人は公孫賛の真名を忘れてしまっていた。
「何かそういう名前だったよな」
「よく覚えてないのだ」
「まあとにかくあれだよ」
馬超はここでは少し強引に張飛に話した。
「地味っていうかな」8
「個性がないのだ」
「そうだよ。やっぱり個性って大事だよな」
このことは正しかった。真名を忘れていても。
「人間覚えてもらわないとどうしようもないしな」
「結局はそれなのだ?」
「だろうな。しかし赤い髪の女ってな」
「誰だったのだ?一体」
「あたしにはわかんね」
「鈴々もなのだ」
二人にも気付かないことだった。
「誰なのだ?本当に」
「急に出て来て急に消えたけれどな」
「本当に謎の奴なのだ」
「全くだよな」
こうした話をしてだった。二人はいぶかしむばかりだった。誰もがその赤い髪に白い鎧の女についてはわからずじまいだった。
第百三話 完
2011・8・13