『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                             第九話  陳宮、呂布と会うのこと

 長安に戻った董卓はすぐに政務に戻った。そのうえで次々に政務を処理していく。だがその仕事ぶりは決して速いものではなかった。
 だが彼女はそれを少しずつでも確かにこなしてだ。時間をかけてしていくのだった。
 その横にはいつも賈駆がいる。その彼女が心配そうに見ながら言ってきた。
「月、無理はしないでね」
「う、うん」
「身体を壊したら何にもならないから」
「けれど詠ちゃん」
 董卓はその彼女に顔を向けて言ってきた。
「仕事は全部終わらせないと」
「私だっているから」
 自分もいるのだという。
「だから安心して」
「安心していいのね」
「そうよ。華雄将軍もいるし呂布だっているじゃない」
 この二人の名前も出すのだった。
「だから安心して。それに」
「それに?」
「州の治安には犬や猫達が役立ってくれてるし」
 呂布と共に来たその彼等である。
「それに人材も入ったしね」
「キムさん達ね」
「そうよ、キム=カッファンとあの三人」
 賈駆の顔が笑顔になった。
「それと山崎竜二ね」
「あの人達強いから」
「山賊退治はお手のものだからね。ただね」
 ここで賈駆の顔が曇った。
「あの面々はねえ」
「何をするかわからないの?」
「何かおかしいのよ」
 腕を組んでの言葉だった。
「妙にね」
「他の世界から来たからじゃないの?」
「あのキムっていうのとジョン=フーンだったわね」
 この二人の名前が出て来た。
「あの二人が後の三人だけじゃなくて山賊達も更正させるとか言ってスパルタ教育をしているわけだけれど」
「いいんじゃないの?それは」
「それが永遠に続くっぽいのよ」
 そうだというのだ。
「何か自分達が完全にそうだと認めるまでやるタイプらしくてね」
「山賊さん達を」
「そりゃ山賊達に同情はしないわ」
 この言葉は正直なものだった。
「けれど。何か凄いことになってるのよ」
「凄いの」
「灌漑や街造りにしょっちゅう駆り出して」
 そうしていると話される。
「四六時中こき使ってるのよ」
「そうなってるのね」
「それに修行も入れて」
 しかもこれもあった。
「治水や灌漑や街にはいいけれど。あの連中は大変ね」
 そんな話をするのだった。そしてその頃長安近郊の村では堤防が修理されていた。白いテコンドーの服を着た二人の男が柄の悪い男達を厳しく指導している。
「そこ、動きが遅い!」
「それでは日が暮れてしまいますよ」
 一人は黒髪を中央で分けた精悍な男でありもう一人は見事な長い金髪のやや中性的な男である。二人が厳しい声を出していた。
「この後には修行がある!」
「それに間に合わせますよ」
「うう、この世界でもキムの旦那と一緒かよ」
「しかもジョンの旦那までいるでやんすよ」
 剥げた顎鬚の大男と帽子を被った小男がいる。二人もテコンドーの服を着ている。
「しかも今は修行だけでなくて勤労奉仕もかよ」
「あっし等の地獄は何時終わるでやんすか」
 泣きながら作業にあたっている。山賊達もその周りでテコンドーの服を着せられてそのうえでこき使われている。かなり無惨な姿だ。
「起きて飯食ってすぐに修行と勤労奉仕」
「旦那達は同じことやっても全然平気でやんす」
「御前等はまだいいんだよ」
 金髪をオールバックにし左右だけ黒いままだ。大柄で筋肉質のガラの悪い顔立ちの男もいた。彼の服だけシャツもズボンも黒である。
「何で俺もここにいるんだ?」
「ああ、山崎の旦那」
「そういえば旦那はどうしてここにいるんでやんすか?」
「気付いたらいたんだよ」
 彼にしても身に覚えのないことだった。
「それでなんだよ、キムとジョンにいきなり出会ってな」
「袋にされてか」
「修行地獄に入れられたでやんすね」
「おい、逃げられねえのか?」
 山崎は大きな丸太を両肩に一本ずつ担ぎながら二人に問うた。
「あの二人からよ」
「逃げられたら俺達とっくにそうしてるんだけれどな」
「そう思わないでやんすか?」
「じゃあ倒すってのはどうなんだよ」
「あの旦那達をか?」
「山賊四百人を二人で一瞬で倒すんでやんすよ」
 無駄に戦闘力は高い二人であった。
「あのルガールの旦那でもな」
「一人で倒せそうでやんすよ」
「ちっ、俺でも負けるってのかよ」
「歯向かった山賊は何人いても返り討ちだからな」
「無駄な努力でやんす」
「じゃあ何かよ。俺達はこの異境の地でずっと勤労奉仕と修行かよ」
 まさに地獄である。
「糞っ、どういうことなんだよこれはよ」
「言っても仕方ないからな」
「どうしようもないでやんす」
 二人は既に全てを諦めている。
「戦いになったら最前線に立つらしいしな」
「旦那達が自ら申し出たでやんすよ」
「気晴らしはその時だけかよ」
 三人も戦いは嫌いではない。だからこれははっきりと言えば有り難いことであった。しかしそれでも三人の愚痴は続くのであった。
「しかし。普段はこれかよ」
「ああ、起きて寝るまでこうして勤労奉仕と」
「修行でやんすよ」
「逃げたいんだけれどな」
 山崎の本音である。
「俺はもうこんな生活は嫌なんだよ」
「俺達元の世界でもこうして生きているんだけれどな」
「修行地獄の無限ループでやんすよ」
「無限かよ」
「そうだよ。毎日夢にも出るんだぜ」
「何時まで経っても終わらないでやんすよ」
 二人は完全に項垂れていた。そんな彼等だった。
 そしてだ。その彼等にだ。キムとジョンの声が来た。
「そこ、手を休めるな!」
「さぼってはいけませんよ!」
 こう言われるのだった。
「仕事はまだまだある!」
「そして修行もですよ!」
 二人は自ら熱心に動きながら監督をしている。見事なプレイングマネージャーである。しかも一人ではなく二人もいるのである。
「ちっ、観念するしかないのかよ」
「もう全てを諦めてな」
「この世界で生きていくでやんす」
 こんな調子だった。三人にとってはこの世界も地獄であった。
 荊州に一人の少女がいた。名前を陳宮という。エメラルドグリーンの長い髪を左右でくくりまとめている。栗色の目に利発そうな顔をしている。ダークグレーの服に黒い帽子を被っている。その帽子にはパンダのマークがある。
 彼女は孤児であった。村の牧場から採れる山羊の乳を売って暮らしている。いつも大きなセントバーナードと一緒にいる。
 住んでいる場所は村の水車小屋を借りている。そこで住んでいるのである。
 しかしだ。ある日その水車小屋が燃えた。責任は住んでいる彼女に向けられた。
「御前のせいだ!」
「御前が燃やしたんだな!」
「村の水車を!」
 村人達は彼女を囲んで一斉に攻める。
「俺達に恨みがあったんだな!」
「それでか!」
「とんでもない奴だ!」
「ねねじゃないのです!」
 陳宮はその彼等に必死に釈明した。
「ねねはその時村にいなかったのです。今帰って来たばかりなのです!」
「嘘つけ!」
「そんなこと信じるか!」
「御前は他所者だしな!」
 このことも言われるのだった。
「だから何をしても平気だしな」
「ここにはただいるだけだからな」
「そんな、ねねは」
「出て行け!」
 遂にこう言われたのだった。
「いいな、二度と来るな!」
「さっさと出て行け!」
「そんな・・・・・・」
 こうして陳宮は村から追い出された。犬も一緒である。それからの彼女は酷い有様だった。
 あちこちを放浪した。旅芸人の手伝いも煙突掃除もやった。へとへとになり真っ黒にもなった。だが荊州の牧袁術は問題のある人物である。景気は悪く孤児が生きるには難しい場所だった。
「来るな、帰れ!」
「うちには雇う余裕なんてあるか!」
 ある料理店に雇ってもらおうとするとだった。店の者達に叩き出されたのである。
 そしてだ。店の裏口で罵られたのだ。
「この不景気に他所者を雇う余裕なんてあるか!」
「とっとと行け!」
「邪魔なんだよ!」
「邪魔だなんてそんな」
 陳宮は追い出され泥だらけになりながら店の者達に言った。何とか起き上がってだ。
「ねねはただ御飯を食べたいだけなのです。それだけなのです」
「じゃあ他に行け!」
「他に行って食え!」
「ここにはそんなものあるか!」
「この物乞いが!」
「ねねは物乞いじゃないのです」
 こう言っても無駄だった。
「ねねはただ御飯を」
 しかし彼女は追い出された。そして流浪の日々を送り続けた。空腹が限界に来たある日だった。
 その時犬と一緒に森の中を歩いていた。森の中で犬がふと声をあげた。
「ワン」
「どうしたのです?」
「ワン、ワン」
 こう言ってであった。すぐに森の中の紫陽花のところに駆け寄ってだ。そうしてそのうえでそこにいる蝸牛に近寄って食べるのだった。
「御前はそれを食べたらいいのです」
 陳宮はその彼を見ながら寂しい笑みを浮かべていた。
「けれどねねは。今は」
 その寂しい笑みのままだった。どうしようもなかった。そしてその日の昼だ。彼女は犬と共にある廃寺に入った。そしてそこで力尽きた。
「もう駄目なのです・・・・・・」
「ワオン・・・・・・」
「ねねはもう疲れたのです」
 うつ伏せに倒れ伏しての言葉だった。
「このまま寝たいのです」
「わん・・・・・・」
 犬も一緒だった。そのまま眠ろうとする。上から十二人の小さな天使達が舞い降りようとする。しかしその時にであった。
 不意に寺の壁から光が差し込んでいるのに気付いた。そしてそこから。
「これは・・・・・・」
「ワン?」
「魚を焼く匂いなのです」
 それに気付いたのだった。
 すると急に元気が出た。犬と共に寺を出てそのうえで匂いがする方に向かった。そしてそこに辿り着くとそこには火で魚を焼く美女がいた。
 そこに無意識のうちに駆け寄った。すると彼女が陳宮に声をかけてきた。
「食べる?」
「えっ・・・・・・」
「一人で食べるより皆で食べた方が美味しい」
 こう言ってきたのである。
「だから」
「ね、ねねは物乞いではないのです」
 しかし彼女はここで誇りを取り戻した。そうしてだ。
 美女のその得物を自分の服の袖で磨きはじめた。そうして自分が物乞いなどではなくちゃんと働くということを示してみせたのである。 
 そのうえで言うのである。
「こうして働いているのです」
「そう」
 美女はその彼女を静かに見ながら。そのうえで魚を差し出してきた。
「磨いてくれた分」
「あ、有り難うなのです」
「お魚は幾らでもある」
 見れば確かに何匹もあった。犬にも分けている。
 陳宮はその魚を必死に食べている。それを見ながら名乗ってきた。
「呂布」
「呂布というのですか」
「恋の名前」
 共に真名も言ってみせたのだった。
「字は奉先」
「陳宮なのです」
 陳宮もそれに応えて名乗った。
「字は文遠なのです」
「そう」
 呂布はそれを聞いてからまた言った。
「どうしてここに」
「それは」
「若し行く宛がないのなら」
 こうその陳宮に対して話す。
「一緒に来るといい」
「呂布殿とですか」
「そう。一緒に来る」
 陳宮に対して告げる。
「行く宛がないのなら」
「いいのですか?」
 問い返さずにはいられなかった。
「それで」
「いい」
 また言う呂布だった。
「だから来る」
「有り難うです」
「御礼もいい」
 それもいいというのだった。
「だから来る」
「この子も一緒なのですか?」
「うん」
 自分の愛犬を指し示した陳宮に対して静かに答えた。
「勿論。じゃあ行こう」
「わかりましたなのです」
 こうして陳宮と愛犬は呂布と共に長安に戻ることになった。彼女はその戻る中でふと呂布に対してあることを尋ねたのである。それは。
「あのです」
「何?」
「呂布殿はどうしてここに?」
「どうして?」
「はい、どうしてここにいるのですの」
 このことを問うたのである。
「それは一体」
「山賊退治」
 それだというのだ。
「それと」
「それと?」
「おかしな気配も感じた」
 このことも言うのだった。
「今までに感じたことのない気配」
「今までにですの」
「月と詠にも言った。人とは少し違う気配」
 こう言うのである。
「それを感じたからここまで来た」
「山賊退治のついでにですか」
「そう」
 ぽつりと答えた。
「その通り」
「おかしな気配ですの」
「蛇に似た感じ」
 それだというのだ。
「それと」
「それと?」
「他にもいる。邪な存在が」
 呂布の言葉が続く。
「この世のものではない存在や不気味な存在が」
「確かに今は不穏な情勢なのです」
 それは陳宮もわかっていることであった。
「漢王朝の権威は衰えていますし」
「それだけじゃない」
「そして」
 そしてであった。
「そうした存在も確かにいる」
「妖術使いの類ですの?」
「近い」
「それなら特に心配することはありませんぞ」
 陳宮は腕を組んで胸を張って述べた。その小さな身体で言っているのだ。
「妖術使いなぞ所詮一人。邪教がこの世に栄えた試しはありませんぞ」
「それはその通り」
「なら大丈夫ですぞ」
「そう、一人だったらいい」
 呂布の言葉は明らかに何かを感じ取っているものだった。
「けれど。それが何人もいて」
「何人も!?」
「そして人でなかったら」
「まさか。それは」
「人でない存在がこの世界にいる」
 こう言うのであった。
「若しそうだったら危ない」
「まさか、それは」
「この国には何かがいる」
 呂布の言葉は続く。
「そして恐ろしいことをしようとしている」
「ではどうすれば」
「戦う」
 返答は一言だった。
「そんなこと許さないから」
「それが呂布殿が戦われる理由ですか」
「月や詠の為」
 まずはそれであった。
「皆の為。犬や猫達の為」
「呂布は多くの為に戦われているのですね」
 陳宮はこのこともわかったのだった。
「本当に」
「そう、恋は自分の為に戦いはしない」
「わかりましたぞ、ではこのねね」
 陳宮はここまで聞いてであった。
「呂布殿と共に参ります」
「来てくれるの」
「呂布殿がその為に戦われるのなら。ねねもですぞ」
 こう言ってそのうえで呂布と共に行くことにしたのだった。そして長安の董卓の屋敷に着くとだった。最初に会ったのは華雄だった。
「おい、呂布」
「何?」
「また連れて来たのか」
 呆れた声と言葉であった。
「これで今月何匹目だ」
「一、二、三」
 右手の指を折って数える。
「沢山」
「・・・・・・いい加減数字は覚えろよ」
 流石に今の呂布には呆れ返る華雄だった。
「一軍を率いるのだからな」
「うん」
「わかっているとは思えんが。まあそれはいい」
 それは諦めてであった。話を変えた。
「とにかくまただな」
「うん」
「そうか。だが随分と汚いな」
 陳宮と犬を見ての言葉だ。
「しっかりと洗っておくようにな」
「わかってる」
「ならいいが。最近何かとこの擁州に人が来るようになったな」
「そうなの」
「そうだ。嬉しいことだが面接担当がな」
 それが問題であるというのだ。
「賈駆だが」
「そうなの」
「気が短い。もう何かあると騒ぐからな」
「では華雄がするといい」
「私はそういうことは苦手だからな」
 こう答えて困った顔になる華雄だった。
「できればしたいが」
「なら新しく入ったのにやらせれば」
「余計に駄目だ。あの面子はそれ以前の問題だ」
「そうなの」
「そうだ、今も山賊達を二十四時間修行と強制労働に駆り出している」
 そうしているのは誰かはもう言うまでもなかった。
「悪は許さんと言ってな」
「悪なの」
「キムとジョンに言わせればそうだ」
 つまり主観のみであるというのだ。
「私も山賊はいなくなるに越したことはないがだ」
「やり過ぎなの」
「何でもあの二人は諦めることや妥協することを知らないらしい」
 この世界でもそれは同じなのだった。
「そしてその結果山賊達はだ」
「未来永劫あのまま」
「そうだ、どうもそうらしい」
 それが二人に倒された者の末路であるのだ。
「困ったことにな」
「ううむ、恐ろしい存在がいるようなのです」
 陳宮も話を聞いてそれがわかった。
「キムとジョンなのですか」
「変わった二人」
 呂布もこう見ているのだった。
「とりあえずそういうのいるから」
「わかりましたですぞ」
「それじゃあお風呂行く」
「ああ、今わいたところだ」
 華雄はこのことも話した。
「すぐに入るといい」
「わかった。それなら」
 こうして呂布は風呂に向かった。当然陳宮と犬も連れている。その前に出て来たのはその賈駆だった。相変わらずカリカリしている。
「人材が来るのはいいけれど」
 一人で怒っている。
「何で変なのばかりなの!?うちに来るのは」
 言うのはこのことだった。
「曹操や袁紹のところは何かいい感じのが来るのに。うちはイロモノオンリー!?これってどういうことよ。何でなのよ!」
「詠、静かにする」
 呂布がその彼女に言った。
「怒っても何にもならない」
「あれ、恋今帰ったの」
「山賊やっつけた」
「そう。じゃあ後はキムとジョンに引き渡しておいてね」
「改心して村に戻ったからもう終わった」
「そうなの。だったらいいけれど」
 あっさりと納得する賈駆だった。
「まああの二人に引き渡したらそれこそ永遠に修行と強制労働だからね。僕もあそこまでやることはないんじゃないかって思ってるし」
「そうなの」
「あの二人は極端よ」
 賈駆から見てもそうであった。
「修行と強制労働地獄の無限ループだし」
「つくづく恐ろしい二人ですな」
「あれっ、そういえば」
 賈駆はここで陳宮と犬に気付いた。
「また来たの。随分汚いわね」
「連れて来た」
「それはいいけれど」
 むっとした顔で呂布に返す賈駆だった。
「いいわね、ちゃんと世話しなさいよ」
「してる」
「僕の部屋でおしっこさせるなってことよ!」
 彼女が言うのはこのことだった。
「猫なんかうんちだってするし。僕の部屋はトイレじゃないのよ!」
「じゃあつまづいたりして汚くしなかったらいい」
「それよりもあんたの犬や猫を僕の部屋の中に入れないの!」
 八重歯を剥き出しにしての言葉だった。
「いいわね、わかったわね!」
「わかった」
「ならいいわ。じゃあその子達だけれど」
「うん」
「お風呂わいてるから。早く入れなさい」
 何だかんだで優しい賈駆である。
「いいわね、すぐにね」
「わかった。それじゃあ」
 こうして呂布は陳宮と共に風呂に入った。そうしてであった。
 陳宮と犬を洗う。そうしてであった。
 陳宮の背中を洗う。そして言うのだった。
「奇麗にする」
「あ、有り難うですの」
「御礼はいい。けれど随分汚れている」
「長い間お風呂どころではなかったですの」
「なら今奇麗にする。女の子は奇麗な方がいい」
 こう言うのである。
「だから」
「呂布殿・・・・・・」
「恋でいい」
 真名も告げた。
「これからはこう呼ぶといい」
「そうなのですの」
「恋もねねと呼ぶ」
 既にその名前は知っていた。
「ねね、これからずっと一緒」
「恋殿・・・・・・」
 こうしてであった。犬と共に身体を清めた。そのうえでベッドに入った。二人は同じベッドの中にいた。
「ねねの部屋とベッドも用意する」
「今日はなのですか」
「そう。一緒に寝る」
 そうするというのだ。
「部屋は分かれるけれどずっと一緒」
「ずっとですの」
「そう、ずっと一緒」
 こう言って陳宮を抱いてそのうえで寝るのだった。陳宮は呂布の温かさを感じながら静かに眠った。それは彼女が今まで感じたことがないまでに温かかった。
 その温かさを感じながら眠り起きてだ。翌朝呂布と共に董卓との面会になった。董卓は彼女を見て静かに微笑んで言うのであった。
「それならこれからは恋ちゃんと一緒にですね」
「はい、頑張ります」
 董卓の顔を見上げての言葉だった。
「恋殿と一緒に」
「わかりました。では恋ちゃん」
「うん」
「陳宮さんを御願いしますね」
「恋殿は最高の武将、ならねねは」
 ここで言った。
「最高の軍師になりますぞ!」
「あれ、あんた軍師だったの」
「そうですぞ!」
 こう賈駆にも返す。
「これでも兵法を学んできておりますぞ。呂布殿の足手まといにはなりませんぞ!」
「だといいけれど」
 賈駆の目はあからさまに疑っているものだった。
「あんたみたいな小さな娘がね」
「御前に言われたくないですの!」
 早速言い返す陳宮だった。
「御前だって小さいですの。軍師は年齢ではないですぞ!」
「何ですって!?」
 そしてそれに怒らない賈駆ではなかった。
「今何て言ったのよあんた!」
「御前が小さいって言ったのですの!」
 本当に言う始末だった。
「御前なんかには負けないですぞ!」
「言ったわね!じゃあやってみなさいよ!」
 引く賈駆ではない。
「若しできなかったらね!」
「大丈夫」
 ここで呂布が言った。
「陳宮はしっかりとしている」
「そうですね。恋ちゃんが認めるのですから」
 董卓は静かに微笑んでいる。
「間違いはありませんね」
「じゃあ月はそれでいいのね」
「はい」
 賈駆の問いに微笑んで返す。
「それで」
「わかったわ。月が言うんだったら」
 いいというのであった。
「好きにしなさい。僕はもう言わないから」
「有り難う、詠ちゃん」
「詠は月に弱い」
 ぽつりと陳宮に言う呂布だった。
「覚えておくこと」
「わかりましたですの」
「ちょっと、わかったって何よ!」
 すぐに突っ込みを入れる賈駆だった。
「僕はね、ただ月が牧だから仕方なくね」
「そうは言っても断ったことはないから」
 完全にわかっている呂布だった。
「よくわかっておくこと」
「うう、何でいつもこうなるのよ!」
 両手の指を曲げて上に向けて開いてその身体をわなわなと振るわせる賈駆だった。この期に及んでもう言い逃れはできなかった。
 かくして陳宮は正式に董卓の部下、もっと言えば呂布専属の軍師となった。そしてすぐに荊州に使者として赴いた呂布について行くのだった。
 その中でだ。呂布はふとある店に入った。そこは。
「ここは・・・・・・」
「何?」
「ねねが前に断られた店ですの」
 彼女も覚えていたのだ。この店に働きたいと言ってそれで断られたことをだ。そのことは決して忘れられるものではなかったのである。
「ここは」
「そう。けれど」
「けれど?」
「気にすることはない」
 こう陳宮に言うのである。
「そんなことは」
「けれどねねは」
「今のねねは違う」
 だからだというのだ。見れば彼女は今は上が白になっている所々に金の装飾がある黒い上着に黒の半ズボン、それに黄色と白のストライブのハイソックスという格好である。かつてのみすぼらしい姿ではなかった。
「だから安心していい」
「そうですね」
「見えない人は外見でしか判断しない」
 こうも言うのであった。
「だから」
「だからなのですの」
「そう、だから」
 また言うのであった。
「気にしなくていい」
「ならねねがお店に入っても」
「気付かない。それに追い出されることは絶対にない」
 それもないというのだ。
「恋がそんなことさせない」
「恋殿・・・・・・」
「安心していい」
 そうしてだった。店の中に入る。店の者は陳宮の姿に気付いた。しかしであった。
「あの時の・・・・・・」
「御前達が外見でしか判断しない」
 呂布はその店員に対して言った。
「けれど恋は違う」
「うう・・・・・・」
「今では擁州の軍師」
 そして言う言葉は。
「この呂奉先のかけがえのない存在」
「えっ、呂奉先!?」
「まさかあの」
 店の者だけではなかった。客達もだ。彼女の名前を聞いて一斉に顔をあげた。そのうえで二人を見る。見ずにはいられなかった。
「天下の飛将軍と言われる」
「豪勇無双の」
「まさかその呂将軍の」
「そう。恋はわかった」 
 店の者を責めていた。表情も言葉も変わらない。しかしである。
「ねねのことが。御前達とは違う」
「うう・・・・・・」
「そして」
「そして?」
「この店はまずい」
 一言だった。
「碌なものが出ない」
「そうですの」
「そう。麺がのびている」
 客の一人のラーメンを見ての言葉だった。
「出されてすぐなのにそうなっている。食べる価値もない」
「なら将軍、ここは」
「ねねが来るに値しない場所だった」
 そうだったというのだ。
「出よう」
「わかりましたですの」
 こうしてだった。二人はそのまま去った。後には呆然とする店の者や客達だけが残った。呂布は陳宮の仇を一つ取った。
 そしてあの村に来た。今その村は大変なことになっていた。
「た、助けてくれ!」
「さ、ゴロツキが!」
 丁度村の中でゴロツキ達が暴れていたのだ。
「畜生、飯を分けてくれって言ったから断ったら!」
「暴れるなんてよ!」
「何て奴等だ!」
「御前等何様だってんだ!」
「そのケチな性分許さないけ!」
 アースクエイクと不知火幻庵であった。二人はその吝嗇な村人達に対して激怒したのだ。それでその鎖鎌や爪で暴れているのだ。
「こんな村よ!」
「皆殺しにしてやるけ!」
 言いながら家を壊し村人達を吹き飛ばしていく。幸い今のところ怪我人はいない。しかしであった。
「待つ」
 呂布が出て来て言うのだった。
「御前達やり過ぎ」
「むっ!?」
「御前は何者だけ?」
 呂布は二人を呼び止めた。そのうえでの言葉だった。
「気持ちはわかるが御前達やり過ぎ」
「何だよ手前はよ」
「わし等を止めるのけ?」
「そう」
 その通りだというのである。
「御前達暴れるの止める。食べ物はやるから村を出る」
「おいおい、そういう訳にはいかねえんだろ」
「わし等もこの連中は許せないけ。もうこうなったらとことんまでやるけ」
「それでも止める」
 やり取りは平行線だった。
「暴れるのよくない」
「意地でもっていうのかよ」
「では主が相手になるけ?」
「暴れるというのなら」
 そうだと返すのだった。
「容赦はしない」
「へっ、そうかよ」
「なら容赦はしないけ!」
 こう言ってであった。二人で呂布に襲い掛かる。ここで陳宮が呂布に対して叫んだ。
「恋殿、まずは跳んで下さい!」
「跳ぶ」
「あの爪の男何か吐くつもりですぞ!」
 幻庵の動きを見ての言葉だった。
「それを受けたらまずいですぞ!」
「わかった」 
 それを受けてだった。すぐに跳んだ。するとすぐに彼女がそれまでいた場所に紫の不気味な霧が吐かれたのである。危ういところだった。
「助かった。後は」
 もう呂布の独壇場だった。そのまま急降下し方天戟を上から幻庵に突き出した。それで右腕と左足にダメージを与えたのである。
「けっ!?」
「これで動けない」
 幻庵を動けなくしてそうしてだった。
 次はアースクエイクだった。彼に関しては。
「足ですぞ!」
「足」
「巨体故に足元が弱い!そこですぞ!」
「それなら」
 戟を右から左に払った。その風圧だけで倒れてしまったアースクエイクだった。
「おっ!?」
「勝負あった」
 これで終わりであった。
「恋の勝ち」
「む、無茶苦茶強いけ」
「何だってんだよ」
「恋の勝利じゃない」
 倒れる二人と周りにいる村人達への言葉だ。
「陳宮の勝利」
「えっ、陳宮!?」
「陳宮っていうと」
「そう、この陳宮」
 彼女を見ながらの説明である。
「この陳宮が恋を勝たせてくれた」
「あっ、御前そういえば」
「あの水車小屋の」
 村人達もここで気付いたのだった。今は黒と白の立派な服を着た彼女がその陳宮であると。ようやく気付いたのである。
「まさかこんなところで」
「何で呂布将軍のところに」
「御前達は陳宮を疑った」
 その呂布の言葉である。
「そして追い出した。けれど」
「けれど?」
「何だっていうんだ」
「恋は陳宮を疑わない」 
 こう言うのだった。
「絶対に」
「疑った!?それじゃあ」
「あの水車小屋のことは」
「陳宮はそんなことしない」
 呂布はまた言った。
「そう、絶対に」
「何でそんなことがわかるんだ」
「どうしてなんだよ」
「恋にはわかる」
 呂布の凄まじいまでの直感故である。それでわかったのだ。
「だから」
「くっ、こいつはな」
「確かにあの時」
「燃やしたんだよ」
「御前達は見ていない」
 村人達の疑いの目はあっさりと否定した。
「見ていないのに何が言える」
「あんたもそうじゃないか」
「そうだ、見ていないだろ」
「それでどうしてそう言えるんだ」
「恋は陳宮、ねねを見た」
 愛称で呼んでさえしてみせたのだ。
「ねねを。だから言える」
「将軍・・・・・・」
「ねねはそんなことしない。絶対に」
 あくまでこう言う呂布だった。
「何があっても」
「うう・・・・・・」
「何故そこまで言えるんだ」
「こんな孤児を」
「何処でも生まれたかもわからないような奴なのによ」
「生まれも育ちも関係ない」
 呂布はここでも言い切った。はっきりとだ。
「ねねはねね。恋の絶対の親友」
「友達!?このねねが」
「そう、ねねは友達」
 はっきりと言った。陳宮殿に対して。
「これからも宜しく」
「将軍・・・・・・」
「恋でいい」
「は、はい」
「行こう」
 そしてまた告げた。
「この村から。恋達の場所に」
「わかりました!」
 最早陳宮にとってはこの村なぞどうでもよかった。明るい笑顔で呂布と共に二人の場所に向かうのだった。今彼女は呂布と共に彼女の人生を歩みはじめたのである。尚幻庵とアースクエイクも呂布に誘われた。そして気付いたらキムとジョンの下に置かれていた。
 辺境だった。異民族と言われる者達の場所だ。今その深い山の中で一匹の異形の存在が蠢いていた。
 緑の嫌らしい肌に異常なまでに膨れ上がった腹、それに反比例して痩せた身体に光のない目、それに禍々しい長い舌と異様な形の右手、巨大な身体を持ったそれは明らかに人間ではなかった。
 そしてその化け物の前に立つのはだ。青く丈の長い服にズボンの男だった。長身で逞しい身体をしている。髪は短く刈りオールバックにしている。上の方は金髪だが左右は黒である。鋭い目をしており顎鬚を生やしている。端整だがまるで剣の様に鋭い。その男が化け物の前にいた。
「おめえ誰だ?」
「名乗る程の者ではありません」
 男は化け物に対して不敵な笑みで返した。
「ただ。貴方は」
「おらがどした?」
「妖怪腐れ外道ですね」
 化け物の名前を知っているようである。
「そうですね」
「おらの名前知ってるのか」
「はい、よく」
 知っていると。鋭い顔を笑みにさせての言葉だった。
「我が子を喰らいそうして妖怪になりましたね」
「覚えていない」
「貴方が覚えていなくても事実はそうなのです」
 男は腐れ外道に対してまた話した。
「私はそれを知っています」
「そうなのか」
「はい、そして貴方は」
「今度は何だ?」
「この世にいてはならない存在です」
 こう彼に告げたのだ。
「我々が望むこの世界において貴方の様な存在は不要なのです」
「不要?おらが」
「はい、お引取り願います」
 言葉こそ恭しいがそこにあるものは剣呑なものだった。
「そのまま消えてもらいます」
「おめ気に入らねえ」
 腐れ外道はその男を本能的に嫌った。
「食ってやる」
「ふむ。やはりこうなりましたか」
 己の倍以上もある異形の妖怪に食われると言われてもだ。男の平然とした態度は変わらない。それでこう言ってみせたのである。
「所詮はただの下等な妖怪。我等の目的を理解できませんか」
「くたばれ」
 腐れ外道は高々と跳んできた。巨体からは想像できない敏捷さである。
 その右手で襲い掛かる。だが男はそれに対して。
 急降下してきた腐れ外道の方角にだ右手を軽くスナップさせた。するとそれだけでそこに無数の鎌ィ足が生じてだ。腐れ外道を退けてしまった。
「なっ!?」
「動きは全てわかっています」
 全身に傷を受け吹き飛ばされた腐れ外道への言葉だ。
「わかっていればどうということはありません」
「おめ一体」
「私が誰かですか?」
 相手が何を言うのかもわかっていたのだった。言いながらまた右手をスナップさせた。すると腐れ外道の周りに無数の竜巻が起こりそれが彼を撃った。腐れ外道は為す術もなく一方的に傷ついていく。
「そう、私はですね」
「人でないな。何だおめは」
「こういう者です」
 言葉と共にであった。目が変わった。
 青いその目の瞳孔が細い、糸の様になる。その目は。
「蛇!?それは」
「ふふふ、この目を見せたからにはです」
 男はその目で言ってみせたのだった。
「貴方は確実に死にます。そう」
「ぬっ!?」
 男は前に出た。そして腐れ外道の巨体を掴み上げた。恐ろしいまでの怪力だった。
 その掴み上げた腐れ外道に対してあの竜巻を出した。そして言う言葉は。
「お別れです!」
「おめ、ここで何をするつもりだ」
 腐れ外道の身体が無惨に崩れていく。その竜巻に削られていく。
 肉も骨も砕け散っていく。その断末魔の中で男に問うたのだ。
「一体何を」
「人を滅ぼす」
 男は滅んでいく妖怪に対して告げた。
「そうとでも言っておきましょうか」
「おめ、やっぱり人でないか」
「人?人とは愚かなものです」
 人の姿を取っていながらの言葉だった。
「存在してはならないもの。この世界においても」
「オロ・・・・・・」
 腐れ外道は最後の言葉を言おうとした。だがここで頭も砕け散った。髑髏も消え竜巻の中で何もなくなった。残ったのは男だけであった。
「さて、それではです」
 男は腐れ外道を消し去ってからまた述べた。
「私のやるべきことをしに行きますか」
 こう話してだった。彼は何処かへと姿を消した。腐れ外道がこの世界に来ていたことは誰も知らない。知っているのはこの男だけであった。


第九話   完


                         2010・4・23



陳宮と呂布の出会いか。
美姫 「それと、新たな来訪者ね」
呂布に破れた二人は兎も角、最後に出てきたのは何か不穏な感じだったな。
美姫 「何か起こそうとしているわよね」
さてさて、どうなっていくのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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