『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』
第六話 馬超、曹操の命を狙わんとするのこと
関羽達と会った馬超、まずは挨拶からだった。
「ええと、あたしはさ」
「うむ、貴殿の名前は」
「何というのだ?」
関羽だけでなく趙雲も彼女に対して問うた。
「見たところ我々と同じ武芸者の様だが」
「腕が立つな」
「あたしの名前は馬超」
こう名乗ったのだった。
「孟起ってんだ」
「何、馬超!?」
「貴殿がか」
その名前を聞いてだ。二人は少し驚いた声を出してだ。そのうえでまた言った。
「西涼の馬家の嫡女のか」
「そして西方で随一の武勇を誇るという」
「あれっ、あたしのこと知ってるのか」
「翠は有名人だったのだ」
横にいる張飛が彼女に顔を向けて言った。
「はじめて知ったのだ」
「みたいだな。あたしって結構有名だったんだな」
「その十字槍、確かにな」
「それを縦横に振るい戦うらしいな」
「そうさ。それであんた達の名前は何ていうんだ?」
今度は馬超から彼女達に問うた。
「どうやらあんた達もかなり強いみたいだな」
「うむ、私は関羽」
「趙雲だ」
二人は馬超の言葉に応えてそれぞれ名乗った。
「字は雲長」
「同じく字は子龍」
「関羽に趙雲かよ」
今度は馬超が驚く番だった。あらためて二人を見て言う。
「美髪公に北で最強の槍使いだったな」
「むっ、私のことを知っているのか」
「私も有名だったのだな」
「ああ、二人共涼州にまで名前は届いていたぜ」
馬超はこう二人に話した。
「山賊退治の英雄に。それで趙雲はええと、何とかいう領主のところの客将だったよな」
「誰だったのだ?」
張雲もそれを聞いて首を傾げさせる。
「誰かいたのだ。思い出せないのだ」
「公孫賛殿だ」
ここで関羽が呆れた顔で張飛に対して言った。
「ついこの前まで世話になっていたであろう」
「思い出せないのだ。かなり影の薄い人だったのだ」
「それを言うな」
今更であったがそれでも言うのだった。
「本人も気にしているようだったしな」
「私も忘れていた」
それは趙雲も同じだった。
「そうだ、公孫賛殿だったな」
「御主はわざとだな」
関羽はもうこのことを見抜いていた。既にである。
「全く。悪ふざけにも程があるぞ」
「いいではないか、別にな」
「よくはない。全く」
「ところであんたは?」
馬超は今度はナコルルを見た。彼女は四人が話すその傍に立っていた。その彼女に対して声をかけたのである。
「名前は何ていうんだ?」
「ナコルルです」
素直に自分の名前を名乗った。
「それが私の名前です」
「へえ、ナコルルっていうのか」
馬超はその名前を聞いてふと何かに気付いたような顔になった。そしてそのうえである者の名前を出したのであった。その名前は。
「そういえばな」
「そういえば?」
「ここに来るまでに。確か予州だったな」
目を上にやって思い出す顔でだ。出した名前は。
「リムルルっていう小さいのに会ったんだけれどな。知ってるか?」
「妹です」
すぐにこう返したリムルルだった。
「私の妹です」
「そうか、あんたの妹だったのか」
「そうですか、妹もこの世界に来たんですね」
「そうそう、何か違う世界から来たって言っていたな」
馬超はこのこともナコルルに話した。
「他にもあたしが今日戦った不知火幻庵ってのも言ってたしな、そんなこと」
「他にも大勢いるぞ」
「近頃多い」
関羽と趙雲もこのことを話した。
「袁紹殿や曹操殿はその者達を多く召抱えてきているが」
「貴殿も会ったのか」
「そうなんだよな。そういえば武闘会場にもいたな」
馬超はこのことにも気付いた。
「最近本当に多いよな」
「世の中まことに変わった」
「ただ賊が増えただけではないようだな」
関羽と趙雲の顔が真剣なものになった。
「ナコルルだけではなくだ」
「他にも大勢いるしな」
「その様ですね」
ナコルルも不吉な顔で述べた。
「この国には今不吉な雲が漂っています」
「不吉な雲か」
「何もなければいいがな」
「ところで翠はこれからどうするのだ?」
張雲はここで馬超に対して尋ねた。
「今どうしているのだ?」
「ああ、実はな」
馬超はここで自身の身の上を話した。今度はそれだった。
「あたしの父ちゃん死んでさ」
「馬騰殿だったな」
「都でだったな」
「暗殺されてな。まあこのことはいいさ」
ここで馬超の顔が一瞬歪んだ。だがそれは一瞬だけでありすぐに元の顔に戻してだ。そのうえでまた言ってきたのであった。
「それで涼州は馬氏から離れてな」
「今は袁紹殿が進出しようとしているな」
「そうなんだ。まあ袁紹殿は政治は上手いしな」
彼女のそのバランスの悪い能力の一環である。
「涼州も立派に治めてくれるだろうしな。あたしはそれなら文句はないしな」
「今は北の方に進出し匈奴を取り込みながら向かっているそうだな」
趙雲は今の袁紹の同行を確かに知っていた。
「この国の脅威を飲み込みながらな」
「あの連中が一番厄介なのだ」
張飛も顔を顰めさせて言う。彼女も北の異民族のことはよくわかっていた。
「何かあるとすぐに攻め込んで来る。困った奴等なのだ」
「まあそれでさ。あたしはとりあえず仕官先も探すついでにこうしてあちこち回って腕を磨いてるんだ」
「成程、それでか」
「それでここにいたのか」
「そうなんだ。しかし冀州ってのは凄いよな」
ここで話が変わった。
「本当にな」
「そうだな。幽州とは全く違う」
関羽がその言葉に頷く。
「特にこの街はかなりの大都市だ」
「あの袁紹ってのは政治は確かに上手いんだな」
馬超もそれは認めた。
「村もかなり立派だしな。州全体が豊かで平和だからな」
「けれど馬鹿にしか見えないのだ」
張飛は身も蓋もないことを口にした。
「あんな訳のわからないことばかりしていて本当に大丈夫なのだ?」
「知力と政治力は別だ」
趙雲がこのことを指摘した。
「袁紹殿は政治と戦争については得意なのだ」
「では頭はどうなのだ?」
「少なくとも知力は期待しないことだ」
彼女らしい言葉であった。
「全くな」
「そういう方もおられるんですね」
ナコルルはそれを聞いてふと自分の知り合いのことも思い出した。
「そういえば右京さんも教養はおありでしたけれど政治には興味がありませんでしたし。そういうことなんですね」
「袁紹殿は複雑な方でな。名門袁家の出だが母上の生まれが悪く家の中ではあまり恵まれてはいなかった」
「ああ、そうらしいな」
馬超は趙雲の今の言葉に頷いた。
「それで今になるまで色々と苦労もしてきたらしいな」
「家の中で認められるまでにそれなりの努力もしてきた」
伊達に今広大な領土を治めているわけではないというのだ。
「しかし。劣等感故か歪な性格になってしまわれてな。御自身の興味のないことには全く努力をしないしそのうえ向き不向きの激しい方だ」
「それでああいう風になられたのだな」
「政治家、軍人としては優秀だが君主としては問題もある」
今度は関羽に述べたのだった。
「何しろあの性格だからな」
「仕えるには少し困った人物か」
関羽はそれを聞いて述べた。
「そういえば曹操殿も宦官の家の出だったな。それで苦労されたのだったな」
「そうだ。二人共そうした意味ではあそこまでなれる方々ではなかった」
趙雲は曹操についても述べた。
「ただ、曹操殿は袁紹殿に比べてかなりバランスがいい。万能タイプだ」
「そうか。そうした違いがあるか」
「君主としてどちらがいいかはわからないがな。曹操殿にしてもそうした境遇だったから性格的には問題があってもおかしくはない」
「曹操・・・・・・」
馬超の顔が歪んでいた。
「あいつだけは・・・・・・」
「んっ?どうしたのだ翠」
その馬超の表情の変化に張飛が気付いて問うた。
「何かあったのだ?」
「あっ、何もないさ」
馬超は彼女の言葉にすぐに表情を戻して言葉を返した。
「気にするなよ」
「だったらいいのだ」
こんな話をしてからその日は寝た。その夢の中でだ。
馬超は幼い姿をしていた。そのうえで両手で棒を構え両足を踏ん張ってそのうえで身体を横にして顔は前に向けていた。そのうえで前に立つ妙齢の、彼女がそのまま成長した様な顔と髪の美女と対していた。
「翠、どうしたの?」
「えっ、どうしたって」
「乱れがあるわよ」
彼女に対して言ったのである。見ればその美女も彼女と同じ構えを取っている。だがその構えは彼女のものとは違って悠然としている。馬超のそれは手が震えているのである。そこが大きく違っていた。
「どうしたのかしら」
「えっ、別に何も」
「隠し事をしているわね」
悠然と笑ってみせての言葉だった。
「そうね」
「あ、あたしは別に」
その言葉を受けてだ。幼い馬超は慌てだしだ。我を失った様子になってそのうえで返した。だがその構えは完全に乱れ形を崩してしまっている。
「おねしょなんか別に」
「そう。おねしょなのね」
「あっ、いやその」
「隠さなくていいのよ」
だがだ。美女はその彼女に優しく笑って言ってきた。
「ベッドをすぐに乾かしなさい。それでいいわ」
「わかりました」
「心は構えに出るものよ」
そしてこう馬超に教えてきた。
「武芸はそのまま心が出るものよ。覚えておきなさい」
「う、うん」
幼い頃の思い出だった。涼州にあった屋敷の中でいつも母に武芸を教えてもらっていた。それが今の彼女を作っていったのである。
目を覚ますとだった。ベッドの中だった。部屋の中に二つあるベッドのうちの一つに横になっていた。隣のベッドでは関羽が張飛を抱き締める様にして寄り添って寝ている。そしてベッドとベッドの間には。
「うむ、目覚めたか」
「あれ、趙雲か」
「うむ、私だ」
白い寝巻きの彼女が上体を起こして応えてきた。その胸が目立ち白いア脚が露わになっている。実に艶かしい姿であった。
その姿でだ。彼女に対して言ってきたのであった。
「よく寝ていたようだな」
「あんた何で床で寝ているんだ?」
「最初はベッドの中で寝ていた」
こう返した趙雲だった。そのうえで馬超を見る。見れば彼女は今はもう髪をほどいてそのうえで黄色い寝巻きを着てベッドの中で身体を起こしている。寝巻きは程よく乱れその脚も大きな胸もかなり見えてしまっている。
「ところがだ。貴殿に出されてしまってな」
「す、済まない」
それを聞いてすぐに驚きの声をあげる馬超だった。そのうえですぐに謝る。
「あたし寝相が悪くて」
「それはいい。だが」
「だが?」
「私も楽しませてもらった」
妖艶な笑みを浮かべての言葉だった。
「そうか、貴殿は生娘だったのだな」
「何でそれがわかったんだ?っていうか楽しんだって」
「最後まではしていない。安心するのだ」
「あんたまさか」
「気にするな」
そんな話をした朝だった。その朝は全員で食べてだ。関羽と趙雲はメイドのアルバイトを、ナコルルは街で笛を吹き、そして張飛と馬超は二人で肉体労働のアルバイトに向かった。それで路銀を稼ぐのだった。
その時城の外の曹操軍の陣地ではだ。薄茶色の首の高さで切り揃えた柔らかい髪をして猫を思わせる草色のフードを被った青緑のやや垂れた目の小柄な少女が不安な顔で歩き回っていた。藤色の白いフリルのある上着と膝までの黒いズボンに黄緑の服、それと白いタイツといった格好である。その彼女がいた。
「どうしたの、荀ケ」
「ねえ文若」
「あっ、二人共いたの」
名前を呼ばれた少女は曹仁と曹洪に顔を向けた。二人に呼ばれたのだ。
「華琳様はまだ戻られてないの?」
「華琳様ならもう戻られたわよ」
「既にね」
「けれどお姿が」
荀ケはこう言って二人にも不安な顔を見せるのだった。
「全く見えなくて」
「今また新しい人材が来てね」
「直々に御会いしているのよ」
「また人材が入るの」
二人の言葉を聞いてまた述べた。
「そうだったの」
「ええ、そうなのよ」
「またね」
二人は荀ケにまた話す。
「今度もかなり変わった面子よ」
「如何にも格闘家って感じのね」
「最近格闘家多過ぎない?」
荀ケは二人の言葉を聞いてまた述べた。
「次から次にって」
「そうかもね。けれどかなりの強さよ」
「頭もよさそうだし」
「そう。とりあえず華琳様のところに行ってみるわ」
こうして彼女は曹操の天幕に向かった。すると彼女はそこで太った大柄な警官風の男とそれとは正反対に痩せた老人と会っていた。二人はそれぞれ名乗っていた。
「ゴードンだ」
「中白虎じゃよ」
まずは名前からだった。そしてもう一人は黒いショートヘアの精悍な顔立ちの美女である。赤いシャツに青いジーンズである。男は帽子の奥にいかつい顔を見せており胸毛が目立つ。老人はサングラスをしている。
「そしてあたしがロサよ」
「そう。ところで貴方達は」
「そうさ、俺はアメリカから来た」
「わしは中国じゃ」
「あたしは中南米の何処かさ。自分でも生まれはわからないのよ」
「わかったわ」
曹操は三人の話を聞いてそのうえで頷いてみせた。
「貴方達もそうなのね」
「そうみたいだな。俺達は気付いたらこの国にいたんだよ」
「わしの国は中国、そしてここは漢代のようじゃが」
「あたし達の知ってる中国、いえ漢じゃないわね」
「そうね。私は貴方達の国のことは知らないけれど」
曹操は自身の席に脚を組んで座っている。そのうえで三人の話を聞いているのである。
「名前は聞いているわ。貴方達の他にも来ているから」
「ああ、色々来ているみたいだな」
「わし等以外にな」
「それも大勢ね」
「そうよ。それで貴方達はどうするの?」
曹操はあらためて彼等に問うた。
「行く宛がないというのならよかったら」
「ああ、頼むぜ」
「雇ってくれるのならその分は働かせてもらう」
「そういうことでね」
「よし、今から貴方達は私のところの人材よ」
曹操は三人の言葉を聞いて微笑を浮かべた。
「それじゃあね」
「よし、それならな」
「活躍させてもらうのじゃ」
「期待していていいわよ」
「さて、後は」
曹操は三人の言葉を聞くとだ。すぐに席を立った。そしてそのうえで天幕を出て周りの兵士達に告げる。
「都に向かうわ。許昌に戻る前にね」
「そして賊将を送るのですね」
「そうして」
「ええ、そうよ」
こう夏侯惇と夏侯淵にも述べる。
「すぐにね」
「わかりました、それでは」
「袁紹殿に別れの言葉を告げてから」
「ああ、それには及ばないわ」
曹操は思わせぶりな笑みを浮かべてその言葉に返した。
「それはね」
「宜しいのですか」
「それは」
「向こうもその必要はないって言うわ。麗羽もね」
「では再会の時まで」
「今はですか」
「そうよ。その時にまたね」
こう言うだけだった。
「笑顔を交えるから」
「はい、それでは」
「今より都にですね」
「ええ、そうよ」
こうして曹操軍は撤収に入ろうとする。しかしであった。
曹操軍が帰路に着くそこでだ。そこに張飛と馬超が通り掛かった。丁度仕事を終えた帰りであった。
「いや、中々お金を貰えてよかったのだ」
「そうだな、やっぱりあたし達は力仕事が一番合ってるよな」
笑顔でそんな話をしていた。ここで馬に乗り軍の先頭を進む曹操の横を通った。その後ろで馬に乗る荀ケがただひたすら涙を流していた。
「折角華琳様と御一緒できると思ったのに」
「まあそう言うな」
「次がある」
夏侯惇と夏侯淵が左右からその彼女を慰める。
「今夜は私だがな」
「その次の夜は私だが」
「それで夏瞬と冬瞬も一緒になって」
荀ケの嘆きは続く。
「私はその後だから、うう・・・・・・」
馬上で両手にハンカチを持ちそれを口で咥えて嘆いている。そんな荀ケだった。
曹操軍の雰囲気はまずはいいものだった。しかしである。
その曹操の顔を見てだ。馬超がその手の槍を持ってだ。そのうえで一旦天高く跳んで急降下してからそのうえで襲い掛かったのである。
「曹操、覚悟!」
「むっ!?」
「母ちゃんの仇!」
こう叫んで襲い掛かる。しかしであった。
「何奴!」
「華琳様!」
夏侯惇が馬超の槍を受ける。夏侯淵はすぐに主の方に跳び彼女を抱き締め地面に着地する。曹仁と曹洪は主の周りでそれぞれ矛と斧で護る。
「名を名乗れ!」
「馬超!」
馬超は夏侯惇とせめぎ合いながら名乗った。
「この名前を聞けばわかるな!」
「馬超?」
曹操は夏侯淵に護られながら立ち上がりだ。そのうえで彼女の言葉に応えた。
「貴女まさかあの涼州の」
「そうだ!母ちゃんの仇!」
夏侯惇を押し退け曹操に付き向かおうとする。しかしそれはその夏侯惇に阻まれる。馬超は相手の槍を防ぎ逆に攻めながら言った。
「あんた、かなりやるな」
「貴殿もな」
「けれどな、今は曹操を!」
まだ曹操に向かおうとする。しかしであった。
「待つのだ!」
「なっ、鈴々!」
「よくわからないが戦場以外で槍を振るうななのだ!」
張飛が馬超の前に出て叫ぶ。
「ここは落ち着くのだ!」
「黙れ!あたしは曹操を!」
そんなやり取りをしているうちに馬超は夏侯惇達曹操軍四天王に捕まえられてしまった。さしもの彼女も四人が相手ではどうしようもなかった。
一人残った張飛は宿に戻ってだ。一同にこのことを話した。関羽がそれを受けてすぐに曹操の下に向かった。丁度天幕を築いてそこで休息に入ろうとしていたところであった。
「貴女は?」
「関羽」
曹操の天幕に入ってだ。すぐに名乗った。曹操は己の席にいて左右にはそれぞれ夏侯惇と夏侯淵が立っている。曹仁と曹洪もいる。
「字は雲長だ」
「そう、貴女がなのね」
曹操は彼女の名前を聞いてまずは笑った。
「噂は聞いているわ。山賊退治の英傑ね」
「私を知っているのか」
「ええ。それに類稀なる美女だということも」
このことを言うと笑みを妖艶なものにさせる曹操だった。
「それも聞いているわ」
「そうなのか」
「噂の通りね」
そしてこうも言ってみせたのだった。
「かなりの美女だわ」
「そんなことはいい、それよりもだ」
「それよりも。何かしら」
「連れから聞いた。私の友人が貴殿を狙ったそうだな」
「馬超のことかしら」
「そうだ、彼女のことだ」
まさに彼女のことだという。こう答えたのだった。
「馬超をどうするつもりだ?それで」
「決まっているわ。私を暗殺しようとした」
曹操は笑いながら話す。
「それなら。わかるわね」
「そこを何とかしてもらいたい」
関羽は単刀直入に述べた。
「頼む、馬超は悪い奴ではない」
「姉上」
「そうだな」
夏侯惇は妹の言葉に少し頷いた。
「馬超殿に真実を」
「お話すれば」
「二人共。静かにしていて」
だがここで曹操は二人を制止した。
「今は私が関羽と話しているのよ」
「は、はい」
「申し訳ありません」
「朝廷から麗羽の匈奴併合の様子を見るように言われてここに来たけれど」
曹操も多忙であるのだ。そしてその併合の様子については何の問題もなかった。しかしであった。
「まさか刺客に襲われるとは思わなかったわ」
「だからそれだが」
「関羽」
今度は曹操から言ってみせたのだった。
「私にあの娘を助けろというのね」
「そうだ、駄目なのか」
「条件があるわ」
妖しく笑いながら言ってみせてきた。
「それについてはね」
「条件だと?」
「そうよ。その為には」
「その為には」
「私と一晩共にしなさい」
こう言ったのだった。
「私とね」
「それをせよと」
「そうよ。見たところ貴女はまだそうした経験はないわね」
あえて関羽の肢体を上から下まで見回してみせる。そのうえでの言葉だった。
「そうね」
「それはそうだが」
「尚更いいわ。生娘なら余計にね」
「では私が貴殿のものとなればか」
「ええ、それで馬超は助けてあげるわ。それでどうかしら」
「うう・・・・・・」
そう言われてだった。関羽は余計に困惑した顔になった。曹仁と曹洪は妖しく笑う主を見てひそひそと話をはじめた。
「華琳様ってこうしたことをする方かしら」
「いえ、こんなことははじめてよ」
それぞれ顔を顰めさせて話すのだった。
「こうしたことは下衆だとこのうえなく軽蔑されているのに」
「それがどうして」
「二人もよ」
だが曹操はその二人にも言うのだった。
「今は私が関羽と話しているのよ」
「は、はい。すいません」
「それでは」
「いいわね、関羽」
また言ってみせる曹操だった。
「それでいいかしら」
「・・・・・・私が貴殿と褥を共にすれば」
関羽は苦しい顔になった。だがここで意を決して言ったのだった。
「それでいいというのなら」
「わかったわ。では先にベッドに言っていなさい」
曹操は思わせぶりな笑みと共に彼女に告げた。
「私は後から行くわ」
「わかった・・・・・・」
こうして関羽は兵士に案内されて天幕を後にした。曹操は彼女が去るとすぐに四天王に対して声をかけたのであった。
「暫くしたら行きなさい、いいわね」
「いいとは」
「一体?」
「私はここにいるわ」
動かないというのだった。
「関羽を馬超のところに連れて行きなさい。春蘭、貴女がね」
「は、はい」
命じられた夏侯惇が応える。そうしてであった。
関羽は一糸まとわぬ姿になりベッドの中に寝ていた。ベッドは四方をカーテンで仕切られている。天幕の中の曹操のベッドだ。顔は紅潮しこれから起こることに対して身体を震わせていた。覚悟は決めていてもだ。
「私は。これから・・・・・・」
自分の身体を曹操に捧げることになる。馬超を助ける為とはいえだ。
「馬超の為だ。これも」
恐れを必死に押し殺してこう考えることにした。そのうえで曹操を待つ。
そして遂に天幕に誰かが入る気配がした。関羽はその気配を感じ取りすぐに確信した。
「来た・・・・・・!」
気配はベッドに少しずつ近付いて来る。関羽はその身体をベッドの中で縮ませる。だがその彼女に対してだった。声はこう言ってきたのだった。
「関羽殿、ベッドを出られよ」
「えっ!?」
「私は夏侯惇だ」
こう名乗ってきたのだった。
「貴殿に今から案内する場所がある。服を着られよ」
「服をか」
「そうだ、いいな」
「・・・・・・わかった」
事情はわからないがそれでも頷いた。そうしてだった。
言われるままベッドを出て服を着た。夏侯惇は彼女が天幕から出ると入り口で立っていた。そのうえで彼女をある場所に案内しはじめた。
そしてそのうえでだ。関羽に対して言ってきた。
「これから私が話すことはだ」
「うむ」
「独り言だ。馬超殿の母上馬騰殿は実は重病だったのだ」
「重病か」
「そうだ、都の何進大将軍に呼ばれた時一見しただけではわからなかったが」
そうであったというのである。
「既に余命幾許もなかった。我等も最初気付かなかった」
「では馬騰殿は」
「都で病で亡くなられた」
そうだったというのだ。
「大将軍の宴に出られた帰りにだ。馬から落ちられたのだ」
「貴殿は何故それを知っている」
「私はその時都の警護に当たっていた。曹操様も一緒だった」
「それでなのか」
「それでわかった。馬騰殿が病であったこともな」
「ではそれを」
「それを?」
関羽は夏侯惇に対して言った。
「何故馬超に話さなかった」
「このことをか」
「そうだ、何故だ」
「言おうとした」
夏侯惇もこう返した。
「あの天幕でもな」
「天幕でも?」
「馬騰殿が亡くなられた時も」
その時もだという。
「このことを公にしようとした。しかしだ」
「しかし?」
「華琳様が止められたのだ」
そうだったというのである。
「あの方がだ」
「曹操殿がか」
「そうだ。馬騰殿は病を隠しておられた」
「うむ」
「それは武人としてだ。何としても隠しておられたのだ」
「自分の娘にも知られないようにして」
「華琳様はそれを知られてだ」
それからだという。夏侯惇はさらに話す。
「馬騰殿の御心を組まれ。あえて死因を公表しなかった」
「馬鹿な、それでは」
「普通に暗殺だと思われるな」
「うむ、確かに」
「嫌疑は自然に華琳様にかかる」
夏侯惇はこうも話した。
「その時の警護の担当は私だったしな。まして華琳様はだ」
「曹操殿は」
「何進殿にとっては両腕の一つとして頭角を表わしておられる。朝廷において代々重臣を務めている純粋な武の名門馬家とはな」
「対立すると見られているか」
「何進殿の生まれは」
今度は何進の話にもなった。
「聞いているな」
「最初は都で肉屋の家に生まれられたのだったな」
「そうだ。それが妹君が宮廷に入られてだ」
「外戚として大将軍になったな」
「そうだ。何進殿は内心このことをかなり気にしておられる」
そうだというのだ。
「華琳様は宦官の家の出、そして何進殿が頼むもう一人の袁紹殿もだ」
「母上の出が、だったな。名門袁家であるが」
「生まれはよくないと言われる。御三方は名門とは言えないのだ」
それに対して馬家はというのである。
「馬家とは違う」
「では曹操殿はそれを嫉妬して、と考えられたのだな」
「実際にそれは風評になっている。袁紹殿という話もあったがあの方は無類の謀略下手だ」
「下手なのか」
「政治はともかく謀略は得意ではない」
袁紹のバランスの悪さがここでも出ていた。
「我が君とはそこが大きく違う。政治や前線指揮は得意だが奇計や謀略はかなり不得手なのだ」
「では袁紹殿の可能性は誰もが否定したか」
「それに対して華琳様はだ」
違うというのだ。
「智略の持ち主としても名高い」
「ならば余計にか」
「しかも華琳様はああした方だ。誤解を受けやすい方だ」
もう一つ問題があるのだった。
「実にな」
「ではそれによってか」
「そうだ、それによってだ」
また言う夏侯惇であった。
「馬騰殿のことを馬超殿は耳にされて。信じたのであろう」
「そうか」
「そうだ。そういうことだろう」
「わかった。では夏侯惇殿」
「むっ!?」
「その独り言をだ」
今度は関羽から夏侯惇に対して言ってきた。
「それを馬超の前でも話してくれないか」
「このことをか」
「そうだ、このことをだ」
こう言うのだった。
「頼めるか」
「・・・・・・いいだろう」
夏侯惇も関羽の言葉に頷いた。
「それではだ。行こう」
「うむ」
こうして二人は馬超のところに向かう。彼女はある天幕の中で木の檻に入れられていた。そこでその独り言を聞いてである。
「そんな、じゃああたしは」
「そうだ、曹操殿ではなかったのだ」
関羽は穏やかな声で馬超に話していた。その檻の前にしゃがみ込んでだ。
「貴殿の勘違いだったのだ」
「我が君はそうしたことはされぬ」
夏侯惇はまた独り言を言った。
「貴殿の母上は立派だった。最後まで病であることを隠されていたのだからな」
「嘘だ・・・・・・」
しかしだった。馬超はそれを聞いても信じられなかった。信じたくはなかったと言うべきか。これは感情としてそうなることだった。
「そんなことは嘘だ・・・・・・」
「いや、嘘ではなくだ」
「こいつは曹操の部下だろうが」
「それはその通りだ」
夏侯惇もそのことは認めた。
「それがどうかしたのか」
「それなら曹操のことを悪く言うものかっ」
馬超は当然の帰結としてこう考えた。
「そうだろ?そんなの」
「いや、しかしだ」
関羽は何とか馬超を止めようとして言った。
「そんなことはだな」
「関羽、あんただってな」
馬超の感情は関羽にも向けられた。
「実際どうなんだよ。曹操の奴にな」
「私が?」
「そうだ、丸め込められたんじゃないのか」
檻の中から彼女を見据えて言った。
「実際どうなんだよ、それはよ」
「それは」
「そうじゃないのか?あいつはずる賢いからな、そうじゃないのか」
「待て、馬超」
夏侯惇の今度の言葉は独り言ではなかった。
「私を疑うのはいい」
「何っ!?」
「だが関羽殿は貴殿の友人だな」
馬超に顔と身体を向けてだ。両手を拳にしてそのうえできっとした顔になってだ。彼女に対して言うのである。最早独り言は言わなかった。
「その友人の言葉を疑うのか」
「何っ、あたしが疑っているというのか」
「そうだ、そうとしか聞こえぬ」
こう返す夏侯惇だった。
「それは許せぬ。檻から出ろ」
「檻をか」
「元より出されることになっていた。だがその前にだ」
そして言う言葉は。
「槍を取れ」
「槍を!?」
「貴殿の槍をだ」
それをだというのだ。
「その槍を取れ、いいな」
「それであんたと闘えっていうのか」
「そうだ、その通りだ」
まさにそうだというのだ。
「わかったな、闘え」
「ああ、まずは手前から血祭りだ」
馬超の目は血走っていた。その目で夏侯惇を見据えての言葉だった。
「曹操の前にな」
「外に出ろ」
夏侯惇の言葉は続く。
「それで教えてやろう」
「待て、夏侯惇殿」
関羽が二人の間に入ろうとする。
「それは幾ら何でも」
「口で言ってわからぬ者もいる」
だが夏侯惇ももう引かなかった。
「ならばこうするしかない」
「ああ、望むところだ」
馬超も完全に頭に血がのぼっている。
「檻から出たらな。やってやる!」
「馬超・・・・・・」
最早関羽の制止は無駄だった。二人は夜の平原に出た。白い満月を背にしてそれぞれ構えたのである。二つの槍の光が月夜の中に輝く。
「来い、馬超」
「あたしの槍に勝てる奴はいないからな」
「それはどうかな」
馬超は身体を右に向けて槍を下に持っている。やや屈んでいる。それに大して馬超は膝を落としたいつもの彼女の構えを取っている。
「私の槍に勝てる者は曹操軍にもいないのだぞ」
「その言葉通りにいくものか!」
行って向かおうとする。しかしだった。
「むっ!?」
「どうした?」
夏侯惇の構えを見てだ。そのうえでの言葉だった。
夏侯惇の構えはだ。澄んでいた。そこには何の淀みもなかった。馬超はその構えを見ながら。母の言葉を思い出したのである。その母のだ。
「武芸は全てを語る。構えは嘘をつかない・・・・・・」
思わずこのことを話していた。そしてだ。
そのうえで向かおうとする。しかしであった。
動けなかった。真実がわかったからだ。そして自分の過ちをだ。
「うう・・・・・・」
「どうしたのだ?来ないのか?」
「母ちゃんは死んだんだな」
「そうだが」
「病で。死んだんだな」
「何故それがわかった」
夏侯惇は構えを取ったまま馬超に対して問うた。
「そのことがだ」
「あんたの構えからだ」
それからだというのだ。
「あんたは嘘をついていなかったんだな」
「私とて武人、嘘はつかん」
夏侯惇はこうしたことも話した。
「それがわかったか」
「わかった、そうだったんだな」
「ではこれでいいな」
二人は同時に構えを解いた。そうしてだった。
馬超はその場に崩れ落ちた。夏侯惇はそれを見ようとしなかった。
その彼女から背を向けてだ。関羽に対して言ったのである。
「関羽殿」
「う、うむ」
「後は貴殿に任せた」
こう告げたのである。
「それではな」
「ああ、わかった」
こうして二人だけにされた。馬超はそのまま泣き崩れた。関羽はその彼女の肩をそっと抱いて泣くに任せたのだった。これで全てが終わった。
翌日馬超はまず曹操の元に出向いた。曹操は彼女の姿を見るとすぐに周囲の者を下がらせた。だが荀ケがそれを止めようとする。
「生かしておくだけでも危険だというのにそれは」
「いや、桂花これでいい」
「こうするべきなのだ」
夏侯惇と夏侯淵がその彼女に言った。
「ここはだ。華琳様の仰る通りにするのだ」
「いいな」
「そんな馬鹿なこと通るものですか」
しかし筍或も言う。
「華琳様を殺そうとした者と。しかもそれは昨日の話なのよ」
「いえ、ここはね」
「それがいいわ」
だが曹仁も曹洪も言ってきた。
「是非ね」
「二人だけで」
「貴女達まで言うの?そんなことは絶対に」
筍或も必死の顔である。彼女も曹操を心配しているのだ。
だが曹操にとっては血縁者であり無二の腹心である彼女達に言われてはだ。荀ケにしても頷くしかなかった。しかも四対一であった。
「・・・・・・わかったわ。それなら」
「うむ、我等は去ろう」
「それではな」
「馬超、いいわね」
荀ケは去り際にきっとした顔で馬超を見て言った。
「華琳様に何かしたらその時は」
「安心しな、もうそれはないさ」
馬超もこう彼女に返した。
「何があってもな」
「その時は私が何があっても」
「だからわかったら行くぞ」
「いいな」
夏侯惇と夏侯淵は何とか荀ケを連れて行った。曹仁と曹洪も去りだ。馬超は曹操と二人になってそのうえでまずは土下座をした。
「済まない!」
「間違いは誰にもあるものよ」
曹操はその馬超にこう告げた。何時の間にか自分の席から相手の前に来ていた。
「それだけよ」
「それだけ?」
「そして」
曹操は言葉を変えてきた。
「立ちなさい。貴女程の武人がそうした姿勢になるのはよくないわ」
「えっ、じゃあ」
「どうやら貴女は私の配下にはならなさそうだけれど」
顔をあげた馬超にさらに言う。微笑んでの言葉だった。
「それでもね。そうした姿勢はしてはいけないわ」
「曹操・・・・・・」
「だから立ちなさい。そして今度は他の、貴女に相応しい場所で会いましょう」
「あ、ああ」
これで二人の話は終わった。馬超は曹操の前を後にした。そのうえで関羽達の前に行きそのうえで彼女達にも別れの挨拶をするのだった。
「じゃあまたな」
「別れるのか?」
「ああ。一旦涼州に戻る」
まずはそうすると張飛に話す。
「母ちゃんのことを皆に話さないといけないからな」
「だからなのだ」
「そうさ。それからまた武者修行を再会するさ」
「また旅をするのか」
「涼州も袁紹の領土になっちまったしな」
ここでもこのことが影響していた。
「一族の人間も結構仕えるみたいだけれどあたしはちょっとな」
「あの方は癖が強過ぎるからな」
「あの鰻を胸で掴むのは無理だ」
それはどうしてもだと。趙雲に返す。
「絶対にな」
「それはそれで艶かしいと思うが」
だが趙雲は悪戯っぽく笑ってこう述べた。
「ふむ。貴殿はまことに生娘だな」
「じゃああんたはそういう経験があるのか?」
「それはな」
一瞬だけ頬が赤くなる趙雲だった。だがそれはほんの一瞬で誰も気付かなかった。それを隠してそのうえで話したのであった。
「とにかくだ。袁紹殿には仕えぬか」
「暫くは武者修行さ。それじゃあな」
「うむ。ではまたな」
「ああ、また会おうな」
こうして一行と別れる馬超だった。彼女は城の門を出てそのまま姿を消したのだった。こうして一行はまた四人に戻った。
「また機会があれば会えるのだ」
「そうですね」
ナコルルは張飛の言葉に頷いた。
「馬超さんとは絶対に会えますよ」
「そうなのだ?」
「はい、見えます」
こう言うのだった。
「暫くしてから」
「そうなのだ」
「そしてずっと一緒にいることになると思います」
ナコルルは話す。
「ですから安心して下さい」
「わかったのだ」
「それに張飛、いえ鈴々さん」
ここで張飛の真名を呼んで問うた。
「お顔が最初からかなり明るいですけれど」
「人は別れの時の顔を覚えているものなのだ」
ナコルルにもこのことを言うのだった。
「だからなのだ」
「そうなのですか。だからなのですか」
「その通りなのだ。ではまた行くのだ」
「はい、それでは」
こうして一行は再び旅をはじめることになった。今度は擁州に向かった。匈奴の勢力圏だった場所から黄河を超え山に入りだ。そのうえで擁州に入ったのである。
第六話 完
2010・4・15
敵討ちは翠の勘違いだったと。
美姫 「みたいね。華琳の寛大な処置によりお咎めもなしになったし」
一旦、愛紗たちとは別れたけれど、ナコルルの言葉ではまた再会するみたいだし。
美姫 「その時はどんな状況になっているかしらね」
かなりの数、世界を超えて来ているみたいだしな。
美姫 「一体、何が起ころうとしているのかしらね」
次回も待っています。