『仮面舞踏会』




               第二幕  予言


 ストックホルムの離れにある海岸の洞窟。そこにその女はいた。
 無気味に鼻が曲がり、長い白髪を縮れたままにさせ黒い衣を身に纏っている。その左手には得体の知れない緑の液体を茹でている巨大な釜があり右手には古い羊皮紙の本が何冊もあった。洞窟の中は蝋燭で照らされており、女が座るテーブルの前にも置かれていた。洞窟の中は曲がりくねり、まるで蛇の様であった。そこに人々が集っていた。
「静かにな」
 人々は口々にそう囁き合っていた。
「占いの邪魔をしてはいけない」
「何、邪魔にはならないさ」
 その女アンヴィドソン夫人はこう言って人々を安心させた。
「多少の声で私の占いは狂いやしないから」
「そうなのですか」
「そいじょそこらの二流三流の占い師とは訳が違うのさ」
 そのひからびた手でカードを切りながら言う。
「私には何もかも見えるんだ」
 その手には他の何かも宿っているようであった。
「何もかもね」
「左様ですか」
「例えば」
 夫人は人々を見渡して言った。
「貴方達は皆自分を偽っておられる」
「自分を」
「皆さん変装しているのではないかな」
「まさか」
 だがその通りであった。ここにいる人々は皆王の誘いに乗り来ている者達であった。彼等はそれぞれ思い思いに変装していたのである。
「狩人の下には軍人が」
 夫人は言う。
「軍人の下には商人が、そして商人の下には貴族が。そしてまた貴族の下には狩人が。皆さんは化けておられますな」
「いえ、その様な」
 だがその通りであった。人々は内心驚きを隠せなかった。
「まあ人は誰でも何かを隠しているものです」
 夫人はそこまで言って急にこう述べた。
「知らなくていいことを知ってしまう。占い師とは因果なもの。しかしその因果を晴らすのもまた仕事なのです」
「その占いで」
「そうです。でははじめますか」
「はい」
「占いを。最初は誰ですかな」
「私ですが」
 一人の若い水兵が出て来た。
「貴方は」
「クリスティアーノといいます」
 そして名乗った。
「これからどうなるのか。まだまだ水兵として苦労していくのか、それとも栄光か。それを知りたいのです」
「ふむ」
 夫人はまずそのクリスティアーノの顔を眺めた。
「いい顔をしているね」
「有り難うございます」
「約束された顔ですな。これは心配いりません」
「といいますと」
「間も無く栄光が貴方に訪れますよ」
「本当ですか!?」
「はい、もうすぐ」
 ここで漁師の服を着た王がやって来た。彼は少し遅れてしまったのであった。
 だが占いの話は聞いていた。彼はそれを見てすぐに紙と鉛筆を取り出した。
「彼のことは知っている」
 見れば見知った水兵である。この前の武勲で勲章を授けられている。
「それもあるし。ここは彼の願いを適えよう」
 そう言ってその紙に何かを書いた。それから彼に近寄りその水兵の服のポケットにそっとその紙を差し入れた。これには誰も気付かなかったが夫人だけは見ていた。そしてクリスティアーノに対して言った。
「ポケットを御覧下さい」
「ポケットを」
「はい、そこに栄光があります」
「まさか」
 彼は半信半疑でポケットを探した。するとそこには一枚の紙が入っていた。彼は結構裕福な商人の家の出てあり教育は受けていた。だから字も読めた。
「何々」
 読んでみる。そこにはこう書かれていた。
「汝を海軍少尉に任命する。グスタフ三世。・・・・・・嘘だろ」
「いえ、これは本当のことです」
 夫人は驚く彼に対して言った。
「貴方は今日から海軍将校です」
「おいおい、まさか」
 彼の顔がみるみる上機嫌になっていった。
「将校になれただって?」
「左様、それが栄光というわけです」
「何てこった、いきなり占いが当たるなんて」
 将校になった喜びで完全に上気していた。
「報酬は弾むよ、ほら」
「有り難うございます」
 彼は財布ごと差し出した。そして大喜びで洞窟を後にするのであった。
「やっぱり当たった」
 人々はそれを見て囁き合う。
「凄いな。顔を見ただけで」
「顔を見ればおおよそのことはわかりますじゃ」
 夫人は深い眼差しをたたえながらこう述べた。
「何事も。見ればそちらの漁師の方は」
「僕ですか」
 王は自分が指されているのに気付いた。
「左様。とてつもなく高貴な方ですな」
「ははは、まさか」
 王はその言葉を朗らかに笑い飛ばした。
「僕はしがない漁師ですよ。魚を捕るだけが取り柄の」
「それは本当に魚ですかな」
 だが夫人はとぼける王に対して問うた。
「実は多くの者の幸福を生まれる方ではないですかな」
「さて、それは」
 王はあくまでとぼけてみせた。
「そして未来を指し示されている。立派な方です」
「買い被りですよ。僕が考えているのは魚だけ」
「幸福という人々の魚を」
「夜には松明を手に漁に出て」
「世の中を照らす松明を持たれて」
「海に出るだけです」
 そう述べるのであった。
「左様ですか」
「そう、それ以外の何者でもありません」
「わかりました。それでは次は貴方を」
「はい」 
 占おうとする。だがここで一人の女性が入って来た。
「あの」
(あれは)
 王はその女性を知っていた。アンカーストレーム伯爵家の侍女の一人である。しかも夫人付きの。
(アメーリアの)
 だが気付いているのは彼だけのようであった。他の者はその女性の巧みな変装に気付いてはいないようであった。見れば侍女の服ではなくみすぼらしい服を着ていた。
「占って欲しいのですが」
「少しお待ち下さいね」
 夫人はその侍女に対してこう言った。
「今こちらの方を占いますので」
「いや、待って下さい」
 だが王はここで女性を立てることにした。彼は女性に対しても紳士的であった。
「ここはこちらの女性を先に」
「いいのですね」
「はい」
 王は頷いた。
「私は構いませんから」
「わかりました。それでは」
 夫人はそれを受けて皺だらけで痩せた顔を侍女に向けた。
「それではこちらへ」
「いえ、私ではなく」
 だが侍女は占ってもらうのは自分ではないとした。
「貴女ではなく?」
「はい、友人でして」
(まさか)
 王はそれを聞いて心の中で呟いた。
「悩んでいることがあるそうなので」
「何か深刻な話みたいですね」
「はい」
 侍女はそれを認めた。
「わかりました。ではここに来られるようお伝え下さい」
「占って頂けるのですね」
「ただ個人的なお話のようですので」
 夫人はここで客達に対して顔を向けた。
「今よりここは教会の懺悔室と同じになります」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。
「洞窟の奥に部屋を用意しております。そこにお下がり下さい」
「わかりました。それでは」
「だが気になるな」
 王はそれが自分の想い人のことかも知れない、と思っていた。そして逸る気持ちを抑えられなくなってきていた。
 彼は一緒に部屋に向かうふりをして物陰に隠れ何が起こるのか見守ることにした。
「では来られるようにお伝え下さい」
「わかりました」
 侍女はそれに従い洞窟を後にした。そして入れ替わりになる形で赤いマントとヴェールに身を包んだ女性が現われた。
(あれは)
 王には今現われた女性が誰なのかすぐにわかった。思わず声を出しそうになったがそれは止めた。
「貴女ですね」
「はい」
 その女性はこくりと頷いた。
「ようこそおいで下さいました」
 夫人はまずはその女性に挨拶をかけた。
「悩んでおられることがあるとのことですが」
「そうです」
 彼女はそれを認めた。
「私には夫も子供もおります」
「はい」
「ですが別の方を好きになってしまい。それを忘れてしまいたいのです」
「忘れたいのですね」
「はい。どうすればよいでしょうか」
「暫くお待ち下さい」
 彼女はここでテーブルの下から何かを取り出してきた。それは数枚のカードであり、そこには何か奇妙な文字が書かれていた。
「あの、それは」
「昔あった文字です」
 夫人はこう答えた。
「昔にですか」
「以前はこの国でも使われていましたが。今では忘れ去られている文字です」
(ルーン文字か)
 王はそれが何であるかわかった。かつてこの国や隣国ノルウェー等北欧で使われていた文字である。かって彼等が信仰していたオーディン等北欧の神々が作ったと言われる文字であり魔力が備わっていると言われている。これを使えるということはこの夫人がかなりの術の持ち主であるということでもあった。少なくともキリスト教徒の術ではない。だが王はそれはよいとしている。
「ここに貴女を救う道が示されるでしょう」
「救われるのですか、私は」
「はい、今その答えが出ました」
 夫人はカードを見終えてこう述べた。
「結論から言いましょう。貴女は救われます」
「本当ですか!?」 
 それでもまだ半信半疑といった顔であった。
「はい。魔法の草の雫を手に入れられれば」
「魔法の草の」
「そうです。そしてそれは墓場にあります」
「墓場に」
 不吉な気配が感じられた。
「墓場に生えている赤い草。それを真夜中に一人で摘まれるのです。その草から取った雫を飲めば」
「私は救われるのですね」
「はい。ただそれは貴女御自身が摘まれることです」
「私が」
「そう、貴女が」
 夫人は言った。
「御自身で。できますか」
「はい」
 彼女は青い顔をしながらもそれに頷いた。
「必ずや」
「わかりました。ではお行きなさい」
 夫人は言う。
「このストックホルムの西、誰も来ない墓場に、蒼白いつきの光が差し込むところに。そこの岩の上にその赤い草はあります」
「そこにですね」
「恐ろしい場所です。それでも行かれますね」
「はい」
 彼女はこくり、と頷いた。
「決めましたから」
「わかりました。ではお行きなさい」
「はい」
「救われる為に」
(私も行こう)
 王はそれを聞いて思った。
(彼女を密かに護る為に)
 これは正義感からであった。だがこれが後に悲劇の引き金となるのを王はわかっていなかった。
「今夜ですね」
「はい」
 夫人はそれに応えて頷いた。
「では。お行きなさい」
「わかりました」
 こうしてその女性は姿を消した。夫人はそれを見届けた後で奥に声をかけた。
「もう宜しいですよ」
「終わりましたか?」
「はい」
 彼女は答えた。
「今しがた。では次の方はどうぞ」
 客達は皆出て来た。王は密かにそれに混じって入る。そしてまた夫人の周りに集まるのであった。
「次の方は」
 だがここで新たな客が入って来た。見れば牧童に変装したオスカルであった。
「あっ、オスカル」
「しーーーーーーーっ」
 オスカルは客の一人が名を呼んだのに対して片目を瞑り、右の人差し指を唇にあててしゃべらないでいてくれるように言った。
「ここは内緒で。そういう約束でしたよね」
「そうでしたね」
「わかったよ」
「はい。ところで」
 彼は客達の間に入ると誰かを探して回った。
「あの方はどちらに」
「オスカル」
「おっと」
 ここで彼の後ろから声がした。振り向くとそこに探し人がいた。
「ここにおられたのですか」
「内緒にしておくようにな」
 王は悪戯っぽく笑って小姓に言った。
「そういう約束だから」
「はい」
「それに彼女を私自身で試したい」
 彼は悪戯っぽい笑みのまままた言った。
「今までは見事だったが今度はどうか」
「御自身でですね」
「そう、それにアンカーストレーム伯爵にも注意するように言われたし」
「あの伯爵は心配し過ぎですよ」
「けれど彼は私のことを心から思っている」
 それを邪険にするような王ではなかった。
「だからここは彼の顔も立てたいのだ」
「そうなのですか」
「暗殺などは恐れないが」
「はあ」
 そしてここには伯爵の恐れている通り彼の政敵達もいたのだ。ホーン伯爵とリビング伯爵である。彼等はここにも潜んでいたのだ。
「いないな」
「うむ、見事に隠れているようだ」
 彼等は辺りを探りながらそう囁いていた。
「それで次の方は」
 夫人は客達に声をかけてきた。
「確か漁師の方でしたが」
「はい」
 王はそれに応えて前に出て来た。ホーン伯爵とリビング伯爵はその姿を見て目を瞠った。
「間違いないな」
「ああ」
 二人は頷き合う。
「それでどうする?」
「今は無理だ」
 リビング伯爵はそう言って柄に手をかけた同僚を制止した。
「待て、まだ機会はある」
「わかった」
 こうして二人はここでも抑えた。そして王の様子を凝視していた。
「それでは是非占って下さい」
「占うことは何ですかな」
「私の航海のことです」 
 彼は話を作ってこう言った。
「今度の航海でどうなるか。風や雷に悩まされ、大波に揉まれるのか」
「ふむ」
「帆は破れ、彷徨うことになるのか。それとも港で美しい女に出会うのか」
「それを占って欲しいのですな」
「美女に出会えるか、それとも海の底か」
 彼は言う。
「果たしてどちらなのか。お答え下さい」
「わかりました。では」
 彼女は彼について占うことにした。
「今度は手を見せて下さい」
「手相ですな」
「はい。宜しいでしょうか」
「どうも」
 王は右手を差し出した。夫人はまじまじとそれを見た。彼女は王の手を見ながら言う。
「高貴な方ですね」
「いえ、ただの漁師です」
「あの占い師にはわかっているな」
「そうだな」
 二人の伯爵はそれを見てヒソヒソと言い合っている。
「そして素晴らしい仕事をされている」
「どうも」
「スウェーデンを壊すという仕事をな」
「グスタフ様の功績を無にするような」
 それはこの二人にとってはそうではなかった。だからこそ王の命まで狙っているのだ。
「ですが」
「ですが?」
 王は口調を急に変えてきた占い師に問うた。
「何かあるのですか?」
「これは非常によくない」
 彼女は言った。
「恐ろしいことが起こります」
「それは一体」
「それは言うわけにはいきません」
 だが彼女はそれを言おうとはしなかった。
「言えば。きっと貴方は後悔することになります」
「私は後悔することはありません」
 だが王はそれに対して毅然として言い返した。
「私は後悔という言葉は遠い異国に捨ててきました」
 皇太子としてフランスから呼び戻された時に。全てを捨てたのである。
「ですから。御安心下さい」
「よいのですね」
「はい」
 王は頷いた。
「是非共。それが何かわかれば対処も可能ですから」
「残念なことに対処出来るものではありません」
 夫人は目を瞑り顔を横に振ってこう述べた。
「こればかりは」
「何が起こるのですか?」
 心配になったオスカルが占い師に尋ねた。
「そんなに深刻な顔をされて」
「死です」
 占い師は一言こう答えた。
「死!?」
「まさか」
 それを聞いてオスカルだけでなく客達も一斉に驚いた。だが二人の伯爵だけが違っていた。
「我等の手によってだな」
「うむ」
 二人はこの時自分達の計画が成功することを確信した。そして勇気を持ったのであった。
「貴方はもうすぐ亡くなられます」
「何、人は何時かは死ぬものだ」
 だが王はそれを聞いても微動だにしなかった。
「それが戦場であれば名誉なことだ。そうではないかな」
 ここで彼は微かに北欧のかっての神々の僕になっていた。戦の神オーディンの僕に。この神は戦士達に信仰され、戦場で倒れた戦士達を自らの宮殿ヴァルハラに招くとされているのである。王は無意識の中にこの神のことを思っていたのであった。キリストを信じてはいても。
「天国に行けるのだから」
「残念ですが違います」
 夫人はまた首を横に振ってそれに答えた。
「貴方は戦場で倒れられません」
「では一体」
「貴方は殺されます」
「殺される!?私が」
「はい」
 夫人は答えた。二人の伯爵はそれを聞いて酷薄な笑みを浮かべた。
「我等がこの手で」
「間違いない」
「そして誇り高く死を迎えられます」
「おかしなことを言うな。私が殺されるなぞ」
 だが王はそれを信じようとはしなかった。
「このスウェーデンの王は暗殺では倒れない」
 そして言った。
「戦場で誇り高く死ぬことはあっても」
 グスタフ=アドルフもカール流星王もそうであった。その血を引く彼もまたそうであると言ったのだ。この時彼は自分の心の中に嵐が吹き荒れているのを感じていた。オーディンは嵐の神でもある。
「ですがこれは本当のことです」
 占い師は悲しい顔と声で言った。
「貴方は今日これから最初に握手した者によって殺されます」
「わかった」
 王はそれを聞き大きく頷いた。
「ではその占いが外れることを今から証明してみせよう」
 そう言って客達を見ました。
「どなたか。私と握手して下さいませんか」
 だが誰も顔を青くさせてそれに動こうとはしなかった。若しかすると自分が王を、と思うととても身体が動かなかったのだ。
 これは二人の伯爵も同じであった。さしもの彼等もとても動けなかった。ここで動いて自分達の意図が知られるのでは、と怯えたのであった。
「動けぬ」
「ああ」
 二人ですら動けなかった。だがここで思わぬ男が姿を現わしたのであった。
「ここにおられましたか」
 アンカーストレーム伯爵であった。彼はいつものマントを羽織った姿で王の側までやって来た。
「探しましたぞ」
「おお、君か」
「はい」
 伯爵はまだ事態をよく掴めないまま王に応えた。
「丁度いいところに来た。握手をしてくれないか」
「?わかりました」
 彼はそれに応えた。そして王の側まで来て握手をしたのであった。
「これで占いが外れることが証明された」
 王は握手をした後で満足そうにこう言った。
「彼は私の最も誠実な友人なのだから。そしてこの国で最も立派な人間だ」
「いえ、そのような」
 だが伯爵はその言葉には謙遜した。
「私は只の下僕ですから」
「下僕などではないよ」
 王はにこりと笑ってそれに返した。
「君は私にとって大切な友人だ。そしてここにいる皆も」
「何と有り難い御言葉」
「それがスウェーデンを誤らせているのだ」
 多くの言葉はその言葉に感動するが彼等はそうではなかった。
「啓蒙思想なぞ」
「下らないものを」
 彼等はあくまでかつてのスウェーデンを望んでいた。武を重んじるスウェーデンを。そしてフランスかぶれと思っている王を許すことができなかった。スウェーデン独自のものこそが彼等にとって絶対であったからだ。
「それに貴方は一つわからなかったことがある」
 王は次に夫人に顔を向けてこう言った。
「それは」
「貴方自身のことだ。貴方は自分がどうなりそうだったか御存知ないようだ」
「何かあったのでしょうか」
「追放されるかも知れなかったというのに」
「そうだったのですか」
 だが彼女はそれを聞いても驚きはしない。それには理由があった。
 彼女は自分の未来のこともわかっていた。そこに追放というものはなかったのである。だから驚きはしなかったのである。
「まあそれはなくなったよ」
「はあ」
「これは占ってもらった謝礼だよ。どうぞ」
 そう言って財布ごと彼女のテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「気前のいいことで」
「謝礼は弾む主義でね。気にしないでくれ」
「有り難うございます」
(ですが)
 彼女はここで心の中で呟いた。
(この中にこの方の命を狙っている者がいる。少なくとも二人)
 それがホーン伯爵とリビング伯爵のことであるのは言うまでもない。
(いや、三人か。それは)
 そこである人物の顔を見た。だがそれは彼女以外にはわからないことであった。
(難は避けられない)
 そして目を離した。そうした一連の動きに気付く者は誰もいなかった。
 占いが終わると急に洞窟の入口が騒がしくなってきた。皆それを見て何事かと思った。
「どうしたんだ、一体」
「陛下がここにおられるのか!?」
「そうだ、その通りだ」
 多くの声に混ざって先程士官になったばかりのクリスティアーノの声が聞こえていた。
「ここにおられる、間違いない」
「やはり」
「だが何処に」
 二人の伯爵はそれを聞いて身構えた。だがそれより早く水兵達が洞窟の中に入って来た。その中の一人が王が若い漁師に変装していることを見抜いた。
「あの方だ」
「間違い無いな」
「ああ」
 彼等は頷き大挙して漁師の服を着た王の前に跪いた。
「ようこそ、こちらへ」
「僭越ながら御顔を拝謁に参りました」
 皆を代表してクリスティアーノが挨拶をした。
「君はさっきの」
「はい、今しがた陛下に少尉にして頂いた者です」
 彼は顔を上げてそれに応えた。
「それは当然のことだよ」
 王は言葉を返した。
「当然のこと」
「そう。君は武勲を挙げたのだから。それに報償があるのは当然のことだ」
「有り難き御言葉」
「ここにいる全ての者がそうだ」
 そして王はまた言った。
「功績があればどんな者でもそれに相応しいものを手に入れられる。これからのスウェーデンはそうした国になることを今ここに約束しよう」
「陛下によって」
「いや、神の御力によって。私はその僕なのだから」
 王はそれには少し下がった言葉を述べた。
「神によりこの国は導かれている。栄光に向かって」
「そしてその中心には陛下が」
「戯れ言を言うのもいい加減にした方がいい」
「全くだ」
 二人の伯爵は忌々しげにまた言った。
「このままいくとスウェーデンは破滅するぞ」
「破滅に向かって突き進む気か」
「では我等はその神の僕である陛下の為に」
「この命を捧げましょう」
「有り難う。私の命は君達と共にある」
「だが用心は必要だ」
 それでもアンカーストレーム伯爵には油断というものがなかった。いささか堅苦し過ぎる程であった。
「不幸や災厄といったものは幸福や栄光の陰に潜んでいるもの」
 思慮に耽りながら呟く。
「やはり陛下の御身の警護は続けよう」
「こんなに素晴らしい方なのにですか?」
「素晴らしい方だからこそだ」
 伯爵はオスカルにこう応えた。
「いいな。何かあったら私に知らせてくれ」
「わかりました」
 二人は頷き合う。人々が王を讃える中で深刻な顔になっていた。
 そして深刻な顔になっていたのは彼等だけではなかった。夫人もまた深刻な顔になっていた。
「命は皆と共にある」
 だが彼女は首を横に振って溜息をつきそれを否定する。
「それは違います。陛下、貴方の御命は」
 ここでアンカーストレーム伯爵の顔をチラリと見た。それからまた呟いた。
「もうすぐ尽きます」
 だがそれは誰にも聞こえはしなかった。全ては暗転しようとしていたのであった。





おおう、何だ、何だ。
美姫 「不穏な感じよね」
うーん、どうなるんだろう。
暗殺やら何やらときな臭いけれど。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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