『ヘンゼルとグレーテル』




           第二幕 魔女のケーキ


 天使達に護られた二人は森の中ですやすやと眠っていました。けれどその眠りが遂に醒める時がやって来ました。
 朝日と共に今度は赤い髪をした妖精が朝の霧の中に姿を現わしたのです。
「さあ、目を覚ましなさい、子供達」
 穏やかな声で二人に声をかけます。
「露のしずくを目に浴びて。それで目を覚ますのです」
 そう言いながら天使達の護る子供達に近寄ります。天使達は彼女の姿を認めると静かに消えてしまいました。
「さあ」
 しずくが二人の瞼にかかります。
「これで。夢の世界から戻るのです。そして現実の世界に」
 そう言い終えるとその場を去りました。後には目をこすりながら身体を起こす二人が残されました。
「ふあああ」
 ヘンゼルが大きく身体を背伸びさせながら身体を起こします。
「よく寝た。グレーテル」
 起きるとすぐに妹に声をかけました。
「起きてるかい?」
「ええ、今」
 グレーテルも起き上がっていました。
「よく寝たわね」
「ああ、気持ちよかったね」
「そうね、ぐっすりと寝られたわ。ところで」
「何だい!?」
「ここ。何処かしら」
「何処って昨日の場所さ」
 こうグレーテルに答えます。
「昨日の」
「そうだよ。昨日の森さ」
「そうなの」
「けれど。夜とは全然違うね」
「そうね」
 妹はお兄さんの言葉に頷きました。
「夜はあんなにおっかなかったのに」
「今は。優しい日差しが入り込んでいて」
 緑の葉の間から白い、柔らかい日差しが入り込んできています。
「それに小鳥のさえずりが」
「朝の挨拶をしているね」
「ええ、あれひばりよ」
 グレーテルが上を飛んでいる小鳥を指差しました。
「朝だから。私達に挨拶をしてくれてるのよ」
「ひばりさん、おはよう」
 ヘンゼルはそれに応えてひばり達に挨拶をしました。
「今日も元気にね」
「頑張ろうね」
「じゃあ僕達もお家に帰ろう」
「待って、その前に」
 ふとした感じでの言葉でした。
「野苺かい?」
「それもあるけれど。昨日のことよ」
「何かあったっけ。野苺以外に」
「夢、見なかった?」
 グレーテルはヘンゼルにそう言ってきました。
「夢を?」
「そうよ。私達眠りの精に寝かしてもらって」
「あれっ、グレーテルも!?」
「兄さんも!?」
「同じ夢を見たみたいだね」
「そうみたいね」
 二人は顔を見合わせて言い合いました。
「明るい薔薇色の光に輝いた雲から」
「天使様達が降り立って」
「私達を護ってくれたのよね」
「そう、輪になってね」
「十四人いたわよね」
「うん、十四人」
 ヘンゼルは妹の言葉に頷きました。
「確かにいたよ」
「ええ」
「そして僕達を護ってくれていたんだ」
「お父さんとお母さんが来るまで」
「護っていてくれたんだよね」
「ええ」
「だからさ、グレーテル」
 ヘンゼルは素早く側にあった野苺を摘んでいきます。
「早く済ませて帰ろう」
「そうね、お母さんも腹ペコだろうし」
「ここはね、すぐに」
「うん」
「摘んで。帰ろう」
 二人はすぐに野苺を摘んでいきます。それが終わった時ヘンゼルはふと遠くに目がいきました。
「あれっ!?」
「どうしたの?」
「グレーテル、見なよあれ」
 そう言ってそちらを指差します。
「何かあったの!?」
「あれだよ、ほら」
「あれって」
「あそこに。見えないかい?」
「!?」
「家が。家があるよ」
「あっ、本当」
 グレーテルはそれを聞いて声をあげます。
「お家があるわね」
 見ればヘンゼルが指差した方にお家が見えます。そして何かいい匂いが二人のところにもやって来ました。
「この匂いって」
「チョコレートの匂いだよ」
「ええ」
「それにクッキーにケーキに。凄く美味しそう」
「あのお家からね」
「そうみたいだね。行く!?」
「ええ」
 グレーテルはヘンゼルの言葉に頷きましょう。
「行きましょう。若しかしたら」
「お菓子が一杯食べられるかも」
 二人は籠を持ってお家の方へ向かいます。見ればそのお家は普通のお家ではありませんでした。
「うわあ、こりゃ凄いや」
 二人はそのお家を見て思わず声をあげました。
「チョコレートのレンガにタルトの屋根」
「ケーキの壁に水飴やお砂糖の窓」
「凄く美味しそうだね」
「それにとても奇麗。ほら見て」
 グレーテルはお家のある部分を指差しました。
「干し葡萄よ」
「うん」
「垣根はジンジャーブレッドで」
「キャンディーが散りばめられていて」
「お家全部がお菓子なのね」
「ねえグレーテル」
 ヘンゼルはもう我慢できなくなっていました。
「これだけの御馳走があるんだからさ」
「食べるの?」
「お菓子は食べる為にあるんだよ」
 それがヘンゼルの言葉でした。
「だから。さあ」
「けど兄さん」
 しかしグレーテルはもう食べることしか頭になくなっているヘンゼルに対して言いました。
「あれ、お家よ」
「うん」
「誰がいるかわからないし。それに」
「人のものだから駄目だっていうのかい?」
「そうよ。だから、ね」
「大丈夫だよ、グレーテル」
 ヘンゼルはあくまで心配する妹に対して言いました。
「大丈夫って!?」
「見なよ、お家が僕達に笑いかけてるじゃないか」
「お家が!?」
「そうさ」
 グレーテルにはそうは見えませんでしたがヘンゼルにはそう見えていたのです。彼はとにかく腹ペコでその前にお菓子の山があるのですからそれは当然でした。
「だから食べてもいいんだ。それにこれは」
「これは?」
「天使様達の贈り物かも知れないよ」
「天使様達の!?」
「そうさ」
 ヘンゼルはにこりと笑って言いました。
「夢の中に出て来て僕達を護ってくれた天使様達がね」
「天使様達が」
「そうだよ、だから安心していいさ」
「そうかしら」
「そんなこと言ってたらお菓子がなくなっちゃうよ」4
「お菓子が」
 あくなると聞いてはグレーテルも戸惑ってしまいます。彼女もまた食べたいのは事実ですから。
「なくなるよりは、さあ」
「そうね」
 そして遂にこくりと頷いてしまいました。
「ほんのちょっとだけね」
「ええ、ほんのちょっとだけ」
 お菓子の家に歩み寄っていきます。そしておもむろに取ってかじりはじめます。暫くカリカリと食べていると中から声が聞こえてきました。
「誰なんだい?」
 それは老婆の声でした。けれど二人は食べるのに夢中で聞こえません。
「私のお家を食べているのは誰なんだい?」
「このチョコレート美味しいね」
「うん」
 二人はチョコレートを食べていました」
「とても甘くて」
「それでいてほろ苦くて」
「もっと食べたくなるよ」
「チョコレート以外にもあるわよ」
 グレーテルはビスケットを取り出してきました。
「これもあるし」
 そして今度はクッキーを。
「これもあるわ。どんどん食べましょう」
「うん、お腹一杯ね」
「ええ」
 二人は食べ続けます。食べるのに夢中で他のことをすっかり忘れてしまう程でした。
 そう、すっかり。そのせいでチョコレートの戸口が開いてそこから黒い服と帽子を着た魔女が姿を現わすのにも気付いてはいなかったのです。
 見れば如何にも怪しげな魔女です。高い鼻は曲がり、皺だらけの顔に血走った赤い目をしています。薄い唇には血の気はなく、そして醜く歪んでいます。
 そんな不気味な魔女が姿を現わしてきました。そして二人を見ています。
 それでも二人は気付きません。相変わらず食べ続けています。
「ケーキも色々あるね」
「チョコレートケーキも生クリームのケーキも」
 二人は両方食べています。口の周りがチョコレートとクリームでべったりです。
「このジンジャーケーキだってね」
「とても美味しいね」
「うん、すっごく美味しい」
「甘くて生姜が利いてて」
「一度食べたら病みつきになるよ」
「そんなにいいのかい?」
 魔女が二人に後ろから声をかけてきました。
「うん、とても」
「こんな美味しいケーキ作ったのは誰なんだろう」
「私だよ」
 魔女は気味悪く笑いながらそれに答えました。
「えっ!?」
「私なんだよ、ヒッヒッヒッヒッヒ」
「うわっ!」
 そしていきなりヘンゼルを捕まえました。
「兄さん!」
「御前、一体誰なんだ!」
「私!?私はねえ」
 離れようともがくヘンゼルを捕らえながら言います。身体に似合わない凄い力です。
「魔女さ」
「魔女!?」
「そう、お菓子の魔女なんだよ」
 魔女はケタケタと語りながらヘンゼルに言います。
「子供が大好きなね」
「嘘つけ!」 
 ヘンゼルがそれに言い返します。
「子供が好きな人がこんなことするもんか!」
「やれやれ、聞き分けのない子だねえ」
 魔女は笑ったまま言います。所々抜けた歯が見えます。
「私はね、子供達が本当に好きなんだよ」
 不気味な、歌声の様に言います。
「食べたい位にね」
「えっ!?」
「それじゃあ」
「そうさ、私はお菓子の魔女。子供をお菓子に変えて食べるのさ。子供も好きだけれどお菓子はもっと好きなのさ」
「じゃあ御前は」
「まさか」
「そのまさか。チョコレートにタルト、アーモンドにケーキにパイ」
 子供達が好きなお菓子ばかり言います。
「それで御馳走してあげるよ。そしてお菓子に変えて」
「食べる」
「ペロリ、とね」
 ここで舌なめずりをしました。人間のものとは思えない程のドス黒く、そして長い舌でした。
「さあ中においで。御馳走してあげるから」
「誰が!」
「おやおや、子供は遠慮しちゃいけないよ。さあさあ」
 ここでグレーテルに対して何かを呟きました。すると彼女の動きが止まりました。
「えっ」
「あんたもだよ」
 そしてグレーテルも引き込みます。
「私の御馳走を召し上がれ。そしてたっぷりと食べて丸々と太って」
 楽しそうに歌ってすらいます。
「私のお菓子になるんだよ。ヒーーーーーヒッヒッヒッヒ」
「この悪魔め!」
「誰があんたなんかに!」
 二人は反抗しますが魔女の力と魔法には適いません。そしてお菓子の家に引き擦り込まれてしまったのです。そのチョコレートの扉が閉まりました。
 二人は魔女に家の中に引き摺り込まれました。その中もお菓子ばかりでした。
 テーブルや椅子はビスケット、お皿は飴、そして暖炉はケーキでした。何もかもがお菓子でした。
「さあ、あんたはこっちだよ」
 魔女はヘンゼルをクッキーの檻に押し込めました。そしてチョコレートの鍵を閉めます。
「さて、これでよし」
 魔女はさらに上機嫌になります。
「ポークスポークス!」
 今度は叫びはじめました。何かよくわからない言葉です。
「箒よおいで!」
 箒が一つ魔女のところに歩いて来ました。魔女はすぐにそれを手に取って跨ります。
「魔女は空を飛ぶもの」
 そう言いながら部屋の中をその箒で飛び回ります。あまり広くはない筈の家なのに縦横無尽に飛び回ります。
「空を飛んでお腹を空かして御馳走を腹一杯!」
「僕達は御馳走じゃないぞ!」
 ヘンゼルはクッキーの檻の中から抗議します。
「そうよ、勝手に決めつけないでよ!」
 グレーテルもそれに続きます。
「けれど魔法であんた達は捕まった。もう逃げられないよ」
「ふん」
「逃げてみせるわよ」
「無駄無駄。さて」
 魔女は箒から降りてグレーテルに声をかけます。
「これをそっちの男の子におやり」
 見ればそれはお菓子の山でした。アーモンドや干し葡萄の入ったケーキにクッキーです。
「これを食べたらすぐに太るからね」
「太ったらどうするつもりなんだよ」
「だからさっきから言ってるじゃないか」
 魔女は言います。
「食べるんだよ。お菓子ににしてね」
「何のお菓子にするつもりなの?」
「そうだねえ」
 それを考えるのが魔女の楽しみのようです。ニタニタと貴職の悪い笑みを浮かべています。
「何にしようかねえ」
「どっちにしろ食べるつもりかよ」
「決まってるじゃないか」
 魔女はもう二人を美味しそうに眺めています。
「これからフォークとナイフを用意してね」
 いそいそとした様子です。
「お茶碗と小皿。あとナプキンも」4
「完全に食べるつもりね」
「そうみたいだね」
 二人はそんな魔女を見てヒソヒソと囁きます。
「さて、あの娘はケーキにしようかね」
「聞いたな」
「うん」
 グレーテルはヘンゼルの言葉に頷きました。
「竈を覗かせて放り込んで。それでケーキにしてやろう。ジンジャーブレッドのケーキに」
 魔女は上機嫌のあまりついついどうやってグレーテルを料理するのかも言っていますこれは当然ながら二人の耳にも入っています。
「それでパクリパクリとね。やっぱり生姜のケーキが最高だよ」
 この魔女の大好物はケーキ、それも生姜のケーキのようです。もう天にも昇らんばかりになっています。
「砂糖とアーモンドがたっぷりついた。ジンジャーケーキにはやっぱりアーモンドだね」
「らしいな」
「好き勝手言ってるわね」
「それを食べて満腹したところでワルプルギスのパーティーへ。飲めや歌えやの大騒ぎ。よいよいっと」
「あらっ」
 グレーテルはこの時家の壁に鍵がかけられているのを見つけました。あのチョコレートの鍵です。
「兄さん、あれ」
「うん」
 ヘンゼルもそれに気付きました。そしてグレーテルにそっと囁きます。
「いいかい、グレーテル」
「ええ」
 グレーテルはヘンゼルに耳をそばだてます。そしてお兄さんの話を聞きます。
「あの鍵で僕を檻から出して」
「そして」
「あの魔女を。竈の中に放り込んでやるんだ」
「二人でね」
「そう、二人で。いいね」
「わかったわ」
 グレーテルはそれに頷きました。そして魔女が踊っている間に鍵を取ってそれで檻の鍵を開けてしまいました。後はその鍵をペロリ、です。チョコレートのほろ苦い味がしました。
「これでいいわよね」
「後はあの魔女を」
「そうね」
 隙を伺います。魔女は鍵が開けられてついでに食べられたことも気付かず相変わらず奇妙な踊りをしています。そしてそれが終わってからまたグレーテルに声をかけてきました。
「ちょっとグレーテル」
「はい」
 応えながらヘンゼルに目をやります。
「いよいよね」
「ああ」
 二人には魔女が何を考えているかはっきりわかっています。わかっていないのは有頂天になって踊っていたこの魔女だけだったりします。
「上手くやるわ」
「頼むぞ」
「お願いがあるんだけれどね」
「何でしょうか」
「あっちの竈だけれどね」
「竈」
 見ればそこにはパイの竈があります。魔女がグレーテルをケーキにしてやると言っていたあの竈です。
「火を見て欲しいんだよ」
「火を」
「そうだよ、ちょっとね」
 そこで後ろから突いてグレーテルを中に放り込む気なのです。そして彼女をジンジャーブレッドの美味しいケーキに変えて食べてしまうつもりなのです。もう二人にはわかっています。
「見てくれないかな」
「ちょっと待って」
 けれどグレーテルはそれには乗りませんでした。
「火を。どうやって見るの?」
「どうやってって!?」
「私パン屋でもないしケーキ屋でもないからわからないわ。どうやって火を見ればいいのか」
「わからないのかい」
「ええ。悪いけれど」
「困ったねえ。それじゃあそっちの坊やは」
「僕も全然」
 ヘンゼルもわざととぼけます。
「そんなのわからないよ」
「何て馬鹿な子供達だい」
 魔女はそれを聞いて思わず溜息を吐き出しました。
「竈の見方もわからないのかい?」
「うん」
「ところでね」
 ヘンゼルへ近寄ります。けれど鍵のことは全然気付いていません。二人は一瞬ヒヤリとしましたがそれを見てほっと心の中で胸を撫で下ろしました。
「太ったかい?指をお見せ」
「うん」
 鍵のことを見て魔女の目が悪いのに気付きました。そして細長いクッキーの棒を出します。
「何だい、全然太ってないじゃないか」
 魔女はそのクッキーを触って言います。
「しかも硬くて。これじゃあどうしようもないね。まあいいさ」
 またグレーテルの方を振り向きました。
「竈はわからないんだね」
「ええ」
 芝居はまだ続けています。
「わかったよ。じゃあ私が」
「兄さん」
 魔女が二人に背を向けて竈の方に歩いていくのを見てすぐに彼に声をかけます。
「うん」
 ヘンゼルにもそれはわかっていました。こっそりと檻から出ます。
「こんなの小さな子供でもわかることだけどね」
 魔女はブツブツと言っています。
「それがわからないなんて。最近の子供は」
 竈を開けます。そしてその中の火を見ます。
 その間にヘンゼルは檻から出ていました。そしてそっとグレーテルと一緒に魔女に近寄ります。二人でこっそりと歩み寄っていました。
「いいね、グレーテル」
「ええ」
 二人は囁き合います。それでも魔女は気付いていません。
「こんな簡単なことが。どうして。おや」
 魔女は火を見てニンマリとしました。
「いい火加減だね」
「そうなの?」
 魔女にグレーテルが尋ねます。
「ああ、これだといいケーキが焼きあがるよ」
「それじゃあ」
 グレーテルは両手を構えます。
「魔女が」
 そしてヘンゼルも。二人は動きを合せます。
「ケーキになっちゃえ!」
 魔女の背中をドン、と押しました。魔女はそのまま竈の中へ放り込まれました。
 二人はすぐに竈を閉めてしまいました。これで悪いお菓子の魔女は自分が竈の中に入ってしまったのです。
「やった、やったぞグレーテル!」
「ええ、兄さん」
 助かった二人は笑顔で抱き合います。
「悪い魔女は竈の中!」
「もうこれで食べられないで済むのね」
「ああ、悪い魔女がいなくなったからね」
 二人は抱き合いながら竈を見ます。そこにはさっきまで魔女がいました。
「これで安心だよ」
「じゃあ私達は」
「ここのお菓子を好きなだけ食べられるんだ」
「好きなだけ?」
「ほら、これだって」
 早速側にあっや果物が置かれているお皿を指差しました。そこには林檎や梨、オレンジ、ナッツがあります。当然周りにはそれ以上のお菓子があちこちにあります。何しろ家全体がお菓子なのですから。
「何を食べてもいいんだぞ」
「何を食べても」
「そうさ、もうあの魔女はやっつけたんだ」
 だからもう怖いものなしなのです。
「さあ、外に出ようよ」
「ええ」
 勿論その手には果物の入ったお皿があります。
「それで何でも食べて」
「お腹一杯食べて」
「楽しくやろう」
「わかったわ、それじゃあ。あっ」
 家を出ようとするところでふと気がつきました。
「兄さん、見て」
「どうしたんだい?」
「ほら、竈が」
「竈が」
「ええ」
 見れば竈からブスブスと煙が出ています。今にも爆発しそうです。
「まさか魔女が」
「それはないわよ。絶対死んでるわよ」
「そうだよな、今頃はあいつ自身がケーキに」
「それだったら」
「一体」
 竈が開きました。するとそこから子供達が次々に現われてきました。
「子供達が」
「どうして!?」
「僕達は魔女にお菓子にされていたんだ」
「それで食べられたのさ。けれど魔女がいなくなったから」
「そうか、助かったんだ」
「そうさ、これも全部君達のおかげだよ」
 子供達は二人に対して言います。
「お菓子の呪いが解けたんだ」
「これで自由なんだ」
「自由なのね?」
「そうさ、自由さ」
 子供達はグレーテルに答えます。
「もう魔女がいなくなったから」
「食べられたけれど助けられたんだ」
「君達にね」
「それじゃあさ」
 ヘンゼルは彼等に提案します。
「皆でお菓子を食べないかい?」
「お菓子を!?」
「そうさ、あの魔女にお菓子に変えられたんだろう?それから解放されたから」
「今度は魔女のお菓子を食べてやる」
「その通り、それに食べるのは二人よりも皆の方が楽しいし」
「それじゃあ」
「皆で楽しく食べようよ」
 こう皆に言うのでした。
「お菓子を食べて喉が渇いたらミルクもあるし」
「何も困ることはないよ。さあ」
「よし、それじゃあ」
「皆で食べよう」
 皆家を出ました。そしてあちこちのお菓子を食べます。ミルクは庭に池になっていました。喉が渇いたらその池からミルクをガブガブと飲みます。食べて踊って楽しくしているとそこに二人のお父さんとお母さんがやって来ました。
「よかった、無事だったんだな」
「お父さん」
 二人はまずお父さんの声に顔を上げました。口の周りがクリームやケーキでベタベタです。ヘンゼルはシュークリームを、グレーテルはタルトを食べていました。
「心配したのよ、本当に」
「お母さん」
 お母さんもいました。もう怖い顔はしていません。
「魔女の森のことを聞いて。心配になって」
「僕達を助けに来てくれたの?」
「ああそうさ」
 お父さんが答えます。
「お母さんと二人でな。一晩かけてここまで来たんだ」
「あんな暗くて怖い森の中を」
「たった二人で」
「そうさ、御前達が心配だったから」
 それで来たのです。やっとここまで。
「そんなの気にならなかったわ」
「狼や熊がいるのに?」
「魔物だっているのに」
「そんなの関係ないんだよ」
 こうお父さんとお母さんに応えます。
「子供達のことを考えたらね」
「お父さん・・・・・・」
「お母さん・・・・・・」
 怒ると怖いお母さんも普段は違うのです。とても優しい顔をしていました。
「それで魔女はどうなったんだ?」
「あんた達が大丈夫なのを見ると」
「そうさ、やっつけたんだ」
「やっつけた!?」
「魔女を!?」
「そうさ、僕達がね」
「竈の中に放り込んでやったのよ」
 二人は胸を張って言いました。お父さんとお母さんはそれを聞いてもうびっくりです。あんまり驚いたので顎が外れそうになっていました。
「魔女をかい」
「何ともそりゃ」
「それで今まで魔女に食べられていた子供達の呪いも解けたんだ」
「この子達がそうなのか」
 そのことを二人に対して尋ねるのでした。
「そうよ。それで皆で楽しくお菓子の家を食べていたのよ」
「そうか、魔女はもういないのか」
「あんた達のおかげで」
「これが天罰ってやつだな」
 そこまで聞いて感心至極です。
「そうね、悪い魔女はやっつけられて子供達が助かって」
「神様がそうしたんだ」
「悪い奴をやっつけてそして皆で楽しく遊べって。だから」
「そうか」
「全部神様のお導きね」
「そうだよ」
 お母さんの言葉に頷いて二人は同時に言うのでした。
「夢の中に出て来た天使様に導かれて」
「こうなったんだよな」
「うん」
 二人は明るい笑顔で頷き合います。そこへ子供達のうちの何人かが家の中から何か大きなお菓子を持って来ました。
「おい皆、いいものがあったぞ」
「何だい?」
「ほら、これ」
「生姜のケーキ」
「魔女の大好物よね」
「そうさ、魔女さ」
 子供達の中の一人が言いました。
「これは魔女なんだよ」
「魔女って」
「まさか」
「そうさ、これは魔女のケーキなんだ」
「あの魔女は竈の中で生姜のケーキになっていたんだよ」
実に楽しそうな言葉です。
「ほら、アーモンドやナッツをたっぷりとつけて」
「美味しそうなお菓子になっているよ」
「お菓子に」
「美味しそうなお菓子に」
「ねえ、食べない!?」
 グレーテルが皆に提案しました。
「この生姜のケーキ。とても美味しそうよ」
「けれどこれて魔女だよ」
「食べても大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
 お母さんがここで皆に言いました。
「このケーキを食べるとね、魔女の悪い心が清められるの?」
「そうなの?」
「そして悪い魔女はケーキがなくなった時に本来の姿に戻るのよ。いい心を持った優しい魔女にね。昔お母さんがお母さんのお婆さんに言われたことよ。悪い魔女はその魔法で姿を変えられて、罪を償ったらいい魔女になるってね」
「いい魔女になるのね?」
「そうよ、それからまた皆でお祝いしましょう」
「うん」
 二人はお母さんの言葉に頷きました。
「このお菓子を食べながら」
「お菓子を食べながら」
「悪い魔女でも許して下さり、いい魔女にして下さる神の御心に感謝して」
「その下されたお菓子を食べながら」
「皆で」
 二人だけでなく子供達も、お父さんとお母さんも食べています。そして生姜のケーキがなくなって悪い心がなくなった魔女も。皆で楽しくお菓子を食べ合うのでした。

ヘンゼルとグレーテル   完


                2006・7・10





今回のお話はハッピーエンドだったな。
美姫 「元々はどんなお話なのかしら」
童話は原作が怖いものがあるってよく聞くからな。
でも、今回はハッピーエンドで良かったじゃないか。
美姫 「そうね。投稿ありがとうございました」
ありがとうございました。



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