『黄金バット』
第十一話 溺れている子供を救え
福井県は今とても大変なことになっていました、嵐が吹き荒れていて雨が止むことがありません。それで、です。
「堤防はどうだ」
「かなり危険です」
九頭竜川の堤防について聞いた知事さんにです、県庁の人達は不安に満ちたお顔で答えました。知事さんは太っていてふさふさとした黒髪を持っています、身体は大きくて丸い眼鏡がよく似合っています。
「何時決壊するかわかりません」
「もう危険な地域の人達には避難してもらいましたが」
「しかしです」
「堤防はです」
「何時どうなるかわかりません」
「そうか」
知事さんはそのお話を聞いてです、とても深刻なお顔で言うのでした。
「市民の人達が避難しているのならいいが」
「はい、ですが」
「どうもわかっていない一家がいまして」
「頑固な父親と小学生の娘さんが一人」
「その家庭が残っています」
「馬鹿な、避難していないのか」
そう聞いてです、知事さんはそのお顔を強張らせました。
そして県庁の窓の外を見てです、こう言いました。
「この嵐では」
「はい、何時堤防が決壊してもおかしくありません」
「実際に今も危うい状況です」
「その中で残っていますから」
「どうにもなりません」
「その家族だけは」
「何とか救出に行けないか」
また言った知事さんでした。
「その家族を」
「しかしヘリを出そうにもです」
県庁の役人さん達は知事さんに言います。
「この天気です」
「あまりにも悪天候なので」
「ヘリも出せませんし」
「自衛隊も動けないです」
さしもの自衛隊の人達もというのです。
「せめて嵐が収まれば」
「その時は動けますが」
「今はとても無理です」
「救出にも行けません」
「では神に祈るしかないのか」
知事さんはまた窓の外の嵐を見て言いました。
「今は」
「残念ですが」
「せめて雨が止んでからです」
「この雨が止めば」
「その時は」
「天気予報ではだ」
知事さんは今度はお部屋のテレビを観ました、福井県の天候の状況が逐一報道されていますが全域い大雨洪水暴風波浪警報が出ています。
そしてです、先の状況も出ていますが。
「明日の昼にはか」
「雨が止みますね」
「そうなると言われていますね」
「では、ですね」
「今は」
「天気が収まるのを待とう」
その間に堤防が決壊しないことを祈るだけでした、そして。
幸いです、その日は堤防は決壊しませんでした。知事さんはその日まんじりともせず天気と堤防の状況をテレビやインターネットでチェックしていましたが何もありませんでした。
次の日のお昼にです、遂にです。
雨は止みました、その瞬間にでした。
知事さんはすぐにです、立ち上がって言いました。
「すぐにです」
「はい、自衛隊の人達にも連絡して」
「そのうえで、ですね」
「家族の救助に向かいましょう」
「今すぐに」
「留守は頼んだ」
知事さんは副知事さんに言いました、その場に一緒にいた。
「私は現場に行く」
「はい、では留守はお任せ下さい」
痩せた男の人、副知事さんも知事さんに確かな声で応えました。
「その間何かあればです」
「頼めるね」
「知事は救助に向かって下さい」
「こうした時はいてもたってもいられないからね」
知事さんは確かなお顔で言うのでした。
「僕としては」
「県で困っている市民の人がいれば」
「動ける状況ならね」
行かないと気が済まないというのです。
「それが僕の性分だから」
「そうした人だからですよ」
「我々も頑張れます」
「ではすぐに行きましょう」
「家族の救助に」
「そうしよう」
知事さんはヘルメットを被ってでした、そうして。
自ら先頭に立って救助に向かいました、現場に行く途中で最悪の情報が入りました。
「決壊!?」
「はい、遂にです」
「堤防が決壊しました」
「家族の家の方の堤防がです」
「これは大変です」
「まずいぞ」
知事さんはお役人の人達と一緒にヘリで現場に向かっていますがそこで言いました。
「これは」
「急ぎましょう」
「自衛隊の人達にも応援を依頼しています」
「すぐに向かいましょう」
「是非」
「急がないと大変なことになる」
そのお顔を蒼白にさせて言う知事さんでした。
「ご家族が危ないぞ」
「はい、ヘリの速度を上げましょう」
「最大速度で行きましょう」
「急ぐんだ、ことは一刻を争う」
知事さんは実際にこう判断しました、そして。
そのうえで、です。現場に向かうとでした。
ご家族が住んでいた地域は濁流に飲み込まれていてです、車は流され家も古い家は徐々に濁流に飲まれようとしています。電柱は倒れ木も沈んでいっています。
その中の赤い屋根の一軒家を指差してです、お役人の人達は言いました。
「あそこです」
「あのお家です」
「あそこがそのご一家のお家ですが」
「ですが」
「確かお父さんが一人で娘さんが一人だったね」
知事さんはお役人さん達に尋ねました、そのお家を見ながら。
「そうだったね」
「はい、そうです」
「あのお家です」
「窓のところにいるね」
見れば二階の窓のところにです、角刈りで痩せた初老の男の人とです。まだ小学生の娘さんが一緒にいますが。
濁流は今にもでした、お家を飲み込もうとしています。
その様子を見てです、知事さんは言いました。
「急ぐんだ、さもないと」
「はい、ですが」
「我々のヘリも自衛隊のヘリもです」
「間に合うかどうか」
「濁流の勢いが強過ぎて」
「果たして」
「間に合うかどうかじゃないんだ」
知事さんはお役人さん達に強い声で言いました。
「間に合わせるんだ」
「そうしてですね」
「そのうえで、ですね」
「急いでそして」
「そのうえで、ですね」
「ご家族を救うんだ」
お父さんと娘さんをというのです。
「絶対に」
「はい、わかりました」
「それは何としてもです」
「急ぎましょう」
「何とか」
「そうだ、間に合わせるんだ」
こう強く言ってでした、知事さんは。
ご自身が乗っているヘリも自衛隊のヘリも急がせてご家族のお家に向かいました、ですがあと少しというところで。
濁流がこれまで以上に強くなりました、そしてです。
お家を今にも飲み込もうとしました、ですがここで。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
何処からか笑い声がしました、その声を聞いてです。
知事さんははっとしてです、お役人さん達に言いました。
「この声は」
「はい、まさかと思いますが」
「黄金バットですか」
「黄金バットが来たのですか」
お役人さん達も言います、そして。
あるお役人さんがまだ立っている電柱の一本を指差してです、知事さんと他のお役人さんに言いました。
「あの電柱!」
「黄金バット!」
「来てくれたのか!」
見ればその電柱の上にです、黄金バットはいつもの様に両手を腰に置いて仁王立ちをしていました。そしてです。
颯爽とマントをたなびかせてご家族のところに戦闘機よりも速く飛んでです、そのうえで。
お父さんも娘さんもそれぞれ両脇に抱えて救出してでした、あと一歩のところまで来ていた知事さんのヘリのところまで来てです。
黄金バットはまだ閉められているヘリの扉を額から出した念波で空けてです、親娘を知事さんのヘリの中に置いていきました。
そしてそのまま背を向けて去ろうとしますが知事さんは黄金バットに声をかけました。
「君はただ人を救うだけでいいのかい?」
「・・・・・・・・・」
黄金バットは何も語りません、無言で頷くだけです。
その黄金バットにです、知事さんはさらに尋ねました。
「だから今もこのまま去るのか」
「・・・・・・・・・」
やはり返事はありません、そのままです。
何処かへと飛び去っていきます、ですがその時に親娘の方を振り返ってそのうえで消え去ったのでした。
その黄金バットを見送ってです、知事さんはお役人さん達に言いました。
「今回も助けてくれたね」
「困っている人を」
「そうしてくれましたね」
「うん、本当に助かったよ」
実にという先生でした。
「あと一歩で間に合わないってところだったけれど」
「お家はあと少し遅かったらです」
「濁流に飲み込まれましたから」
「本当に黄金バットが来てくれなかったら」
「大変なことになっていました」
「本当によかったよ」
知事さんはほっとさえしています。
「黄金バットが来てくれて」
「黄金バットがいてくなかったら」
「そうも思いますけれど」
「この人達を助けてくれました」
「よかったです」
「全くだ、変な意地を張って残ったから大変なことになった」
助けてもらったお父さんは娘さんを見て言いました。
「この娘まで巻き込むところだった」
「お父さん、今度からはね」
娘さんもお父さんにお顔を向けて言うのでした。
「避難勧告には素直に従おうね」
「全くだ、家は自分達で守ろうと思っていたが」
「自然が相手じゃ無理な時もあるから」
「黄金バットさんがいてくれなかったらどうなっていたか」
「私達助からなかったわよ」
「全く、黄金バットがいてくれたからよかったです」
知事さんも親娘にお話しました。
「黄金バットさんに感謝しましょう」
「はい、心からそう思います」
娘さんも知事さんに応えました。
「黄金バットさんがいてくれなかったら」
「黄金バットさんは皆を助けてくれるんだね」
心から言うのでした、嵐は止み濁流も何時しか流れが弱まっています。自然の驚異はありましたが黄金バットのお陰で犠牲者は出ませんでした。
第十一話 完
2016・5・9
今回は災害救助に現れたな。
美姫 「悪人相手でなくても人を助ける為に登場ね」
子供も無事に助かって良かった。
美姫 「本当にね」
今回も投稿ありがとうございました。
美姫 「ありがとうございます」
ではでは。