『利口な女狐の話』
第三幕 輪廻
ビストロウシカとビストシュビーテクが結婚した夏は過ぎ秋になった。ここで森の中に一人のあまり品のいい感じのしない人間の男がやって来た。
野兎の一人が彼を見てだ。驚きの声をあげたのだった。
「げっ、あいつは」
「どうしたんだい?」
「まずいのが来たよ」
こう仲間の一匹に声をかけるのだった。そして木の後ろに隠れる。
仲間も野生の本能で彼と同じ動きをする。そのうえでまた尋ねるのだった。
「あいつは何かあるの?」
「ハラシタっていうんだよ」
背中に籠を背負っている彼を見ながらその名前を教えるのだった。
「あいつはね」
「ハラシタ?」
「行商人なんだよ」
「じゃあ問題ないんじゃないの?」
「けれどさ、密漁もするんだよ」
顔を顰めさせての今の言葉だった。
「密漁もね」
「えっ、そんなこともするのかい」
「そうなんだよ。それで僕達を狙うんだよ」
「見れば銃持ってるね」
ここで彼も気付いた。確かにそのハラシタという男は銃を手にしている。それを今にも撃とうとしているのも見えたのだった。
「じゃあやっぱり」
「ほら、皆隠れただろ」
「うん」
見ればその通りだった。森にいる皆が隠れている。動物達も鳥達も。蛇や虫達でさえそうだ。そうして隠れているのである。
「そういう奴だからね」
「隠れないと駄目か」
「そういうこと。人間も色々だからね」
こう話してだった。今は隠れるのだった。そのハラシタは動物達が見つからないのでそれで苛立たしさを感じていた。そのうえで周囲を見回しながら歩いていた。
「何でいないんだよ」
「当たり前だよ」
「見つかってたまるものですか」
こう言って隠れたまま出て来ない動物達だった。ハラシタが困っているとであった。その彼の前に管理人が出て来て声をかけるのだった。
「何をやってるんだい?」
「いえね、旦那」
ここで笑って誤魔化した彼だった。
「ちょっと森の中を散歩してまして」
「銃を持ってかい」
「森には狼や熊がいますからね」
「よく言うよ」
「それで何をするかわかってるさ」
その狼や熊も隠れている。そのうえでこっそり言うのだった。
「どれだけ面の皮が厚いんだか」
「だから密漁なんてやるんだろうけれど」
「それでなんですよ」
「密猟なんかするんじゃないよ」
「ははは、それはないですよ」
全てがわかっている管理人にも平然と返す。
「それはね」
「だったらいいんだがな」
「それで旦那」
あらためて彼に返すハラシタだった。
「悪い奴はいませんよね」
「目の前にいる奴以外はな」
彼もまたこう返したのだった。
「それ以外にはな」
「おや、じゃあいませんね」
「あんたはそうじゃないっていうんだな」
「誤解ですよ、誤解」
あくまでこう言う彼だった。
「それはね」
「そうなんだな」
「ええ。それでなんですが」
「何だ?一体」
「ここで何をしてるんですか?」
このことを彼に尋ねるのだった。
「一体何を」
「何をもわしは何だ?」
「森の管理人です」
これはもう言うまでもなかった。誰もが知っていることである。
「それですけれど」
「じゃあわかるな」
「巡回ですか」
「そうだ。これも立派な仕事だ」
きつい目で彼を見据えながらの言葉だった。
「何しろ不逞の輩がいつも森の中でうろうろしているからな」
「大変ですなあ、それは」
「全くだよ。それでだ」
「はい、それで」
「あんたは散歩をしているんだな」
わかっていて尋ねるのだった。
「そうなんだな」
「はい、そうです」
ふてぶてしさは変わらない。
「それが何か」
「そうか、わかった」
一応その言葉は聞くのだった。
「わかったがな」
「それでどうかしたんですか?」
「悪いことは言わないから早く森を出るんだ」
あからさまな忠告であった。
「いいな、すぐにだ」
「またそんなことを」
「疑われてもいいことはないよ」
「疑われるようなことはしていませんよ」
お互いわかってこう言い合うのであった。
「別にね」
「だといいんだがな」
「ええ。それで、ですけれどね」
「それで?」
「何か聞いたんですけれど」
管理人に尋ねる顔になっての今の言葉であった。
「牧師さんですけれど」
「あの人がどうしたんだ?」
「結婚されるらしいですね」
このことを尋ねるのだった。
「何か」
「結婚まではいってないよ」
それは否定する彼だった。
「ただ」
「ただ?」
「いい人は見つけたよ」
それは事実だというのである。
「いい人はね」
「そうですか。それは何よりですね」
「あんたも早くいい相手を見つけるんだね」
笑って彼に告げる管理人だった。
「もういい歳なんだし」
「ははは、それですけれどね」
そう言われると明るく笑って返した彼だった。
「私もですね」
「まさか結婚するのかい」
「はい、今度します」
その笑顔で告げたのだった。
「私もめでたく」
「それは初耳なんだが」
「初耳でも結婚しますから」
それは事実だというのである。
「いい娘を見つけまして」
「そうだったのか」
「相手の娘を知りたいですか?」
相当嬉しいらしく自分から言ってきたのだった。
「その相手は」
「そうだな。誰なんだい?」
「テリンカっていうんですよ」
その娘だというのだ。
「その娘はね」
「テリンカっていうと」
その名前を聞いてふと思い出した管理人だった。
「確か」
「牧師さんが前付き合ってた娘ですよ」
「ああ、そうだったな」
以前彼と飲んでその名前が出たことを思い出したのである。
「その娘だったか」
「いい娘ですよ」
満面に笑みを浮かべて話す彼だった。
「もうね。可愛くて気は優しくて」
「そんないい娘がよくだよ」
「よく?」
「御前さんみたいなのと一緒になったものだよ」
彼が今言うのはこのことだった。
「全くね」
「それが人徳ってやつですよ」
「違うと思うがね」
管理人はハラシタ本人にはっきりと告げた。
「それはね」
「違うっていうんですか」
「御前さんみたいな人にはだよ」
「あたしみたいな人には?」
「あんな可愛い娘は勿体無いよ」
こう言うのである。
「全くね」
「そんなことを言うんですか」
「言うさ。とにかくだね」
そう返す彼だった。
「まああれかな」
「あれとは?」
「結婚自体はよかったよ」
そのことは素直に祝う管理人だった。
「それ自体はね」
「どうも有り難うございます」
「幸せになるんだよ」
微笑んでハラシタに告げた。
「いいね、それで」
「それでプレゼントを考えてるんですけれどね」
「プレゼントか」
「はい、何がいいでしょうか」
「そうだな。寒いからな」
彼から相談を受けて少しばかり首を捻って。それで言うのだった。
「襟巻きなんかがいいな」
「襟巻きですか」
「それなんかどうだい?」
また彼に告げるのだった。
「襟巻きなんかな」
「わかりました。それじゃあそれでも」
管理人のその言葉に対して頷くハラシタだった。
「プレゼントします」
「そうか。それならそれでいいんじゃないかな」
「じゃあそれで」
二人はこんな話をしてから別れた。ハラシタはそれから森の奥に入った。そうして切り株の上に腰掛けて休んでいるとであった。
狐の一家がやって来た。ビストロウシカ達である。
「おや、あれは」
「あっ、嫌な奴ね」
ハラシタを見て隣にいる夫のストラシュビーテクに対して告げるビストロウシカだった。その後ろには子狐達が可愛い姿を見せている。
「あれは」
「嫌な奴って?」
「あの人間はハラシタっていうのよ」
嫌悪感に満ちた顔で夫にまた告げるのだった。
「密猟していてね。私達を狙っているのよ」
「そんな奴等なんですか」
「そうなのよ。とてもね」
そうだというのである。
「まずいわよ、こいつは」
「じゃあ逃げようか」
「ええ。まずはね」
ここでさらに夫に話す。
「この子達を早くね」
「逃がすっていうんだね」
「そうよ、まずはね」
「わかった。それじゃあ」
夫は妻のその言葉に頷いてだった。彼等を逃がすと妻にあらためて告げた。
「じゃあ僕達も」
「待って」
しかしであった。ここでさらに夫に告げるのだった。
「子供達は逃がしたけれど」
「まだ何かするのかい?」
「こいつは一度酷い目に逢わせてやりたいわ」
こう言うのである。
「ちょっとね」
「酷い目にね」
「いつも森に入って皆を撃って」
そのことを同じもりの住人として怒っているのである。
「そんな奴だから」
「だからなのかい」
「そうよ。今はね」
また言う彼女だった。真剣な顔で夫に言う。
「それは」
「まずはよ」
さっとハラシタのところに近付いてだ。その膝に軽く噛み付いてみせた。
「あっ、こいつ」
「ほら、そうしてよ」
こうしてであった。彼を挑発する。怒ったところで立ったところでさらに言うのだった。
「後は逃げるのよ」
「それで何処までなんだい?」
「坂の上にね」
そこにだというのだ。
「行きましょう。いいわね」
「わかったよ。それじゃあ」
「わかったよ」
そうしてであった。彼等はすぐにその坂の上に向かう。ハラシタはまんまとそれに乗って二匹を追う。
「待てこの野郎」
怒った顔で二匹に向かって駆ける。
「こうなったらもう許さないからな」
「ほら、乗ってきたでしょ」
「うん」
二匹は並んで駆けている。ズトラシュビーチクはその横の妻の言葉に頷く。その間蔦や小石といったものを何なくかわしながらだった。
「それで坂の上までね」
「行ってそれで」
「そこに蔦が絡まってるから」
そのことを話すのだった。
「そこに連れて行ったらね」
「蔦に足が絡まって」
「それでこけるから」
そこまで読んでいるビストロウシカだった。
「それでやっつけてやるわ」
「よし、それじゃあ」
「待て、この糞狐共」
晴らしたはまだ二匹を追っている。
「逃がさんぞ、懲らしめてやる」
「捕まるものですか」
駆けながら後ろをちらりと見ての言葉である。
「人間なんかにね」
「銃を持っているからそれに注意しないと」
「注意していればいいのよ」
「それだけでいいんだ」
「そうよ。当たらなければいいから」
実に素っ気無く言うのだった。
「それだけでね」
「また随分と強気だね」
「だってわかってるから」
だからだというのだった。
「あの人間の腕前もね」
「実際のところ腕前はどうなんだい?」
「これが下手なのよ」
後ろのその人間を馬鹿にしての笑みだった。
「もうね。当たる奴なんてね」
「いないんだ」
「実はそっちはからっきしなのよ」
そうだというのである。
「けれどね。万が一ということがあるから」
「だから用心して」
「そういうこと。いいわね」
「ええ、じゃあ」
こうしてであった。その蔦の上まで来てそれで飛び跳ねる。ハラシタはそれに気付かず蔦に足を取られてしまった。そうして見事にこけてしまったのだった。
「くっ、しまった」
「あはは、見事に引っ掛かったわね」
「そうだね」
その彼を見て笑う彼等だった。
「これでいいのよ。いい気味だわ」
「それじゃあ子供達のところに帰ろうか」
「そうしましょう」
上機嫌で話して子供達のところに向かう彼だった。そうして一人残ったハラシタは憮然とした顔で起き上がってそれで家に帰った。
そしてまた酒場では。校長達が飲んでいた。相変わらず黒ビールをソーセージで飲みそうして煙草とカードも一緒にしていた。
青と白の煙がくゆらぐ中で。酒場のおかみが三人のところに来た。
「ねえ校長先生」
「何ですかな?」
気取った動作で彼女に応える校長だった。
「森に狐の一家がいますよね」
「そりゃそういうのもいるでしょう」
それを聞いても気取ったまま返すのだった。
「狐も」
「その母親狐と父親狐がですね」
「はい」
「森の奥の方に入ったらしくて」
「森の奥にですか」
「子供達はそのままそれぞれ独立したらしいですよ」
そうなったというのである。
「それで今は娘狐の一匹が森の東にいるそうです」
「成程」
「それがまた母親に負けず劣らず悪い奴らしくて」
そしてこんなことも言うのだった。
「何かっていうと人をからかうそうです」
「母親そっくりなんですね」
「そうなんですよ」
まさにその通りだというのである。
「とんでもない奴ですよね」
「ええ、確かに」
言葉は返すがその注意はカードにいっている。ずっと牧師、管理人と三人で遊んでいる。その口にはパイプが貼り付いている。
「それは」
「全く以ってですよね」
そんな話をしたらすぐに他の客のところに向かうおかみだった。彼女がいなくなると牧師がここで溜息をつきながら言うのであった。
「何ですかね」
「どうかしたのですか?」
「いえ、私も結婚できそうです」
そのことは素直に喜ぶ彼だった。
「ただ」
「ただ?」
「何ですかね」
こう言ってぼやくのだった。
「ほら、ハラシタさんが結婚しますよね」
「ええ、そうですね」
「そのことで」
ぼやく言葉をさらに出していく。
「思うんですけれど」
「何をですか?」
「いや、テリンカがね」
彼女のことだというのだ。
「あの娘のことがどうしても気になって」
「もう終わって別の彼女と一緒になってるのにかい?」
「それでもですよ。どうも」
またぼやきの言葉を出す。
「あれが私だったらなって思ったりもしまして」
「それも人生さ」
ここで管理人がビールを一杯飲んでから述べた。
「それぞれ別の相手と結婚するのもね」
「それもなんですか」
「そうだよ。だから思うこともないさ」
そうだというのである。
「別にね」
「そんなものですか」
「そんなものだよ。それじゃあ」
「はい」
「飲もう」
こう言ってそのビールを勧めるのだった。
「もう一杯ね」
「わかりました」
「さあ、じゃあ」
牧師だけでなく校長もそれに応える。そうして飲んでいく。
それだけでなかった。ここでまたおかみが来てだった。言うのだった。
「あのですね」
「はい、ビールですね」
「どうも」
「いえいえ、ビールだけじゃないんですよ」
その新しいビールと茹でたソーセージを出しながら話してきたのだった。
「面白い話がありまして」
「面白い話?」
「ほら、ハラシタさんが結婚しますよね」
彼女もこのことを話すのだった。
「その御相手ですけれど」
「テリンカか」
牧師がまた難しい顔になった。
「そのテリンカが一体」
「ハラシタさんはその贈り物にあるものをあげました」
「贈り物?」
「そうなんですよ。襟巻きをですね」
「襟巻きをね」
管理人はそれを聞いて一人納得した顔になった。そうしてそのうえで森の中で彼と話をしたことを思い出したのであった。そうなのだ。
「成程ね」
「その襟巻きですけれどね」
おかみはさらに話す。
「羊のね」
「羊のかい」
「結局それにしたそうですよ」
「いいんじゃないかな、それで」
管理人はそれを聞いて納得した顔になった。
「羊は何度でも刈って取れるしおまけに柔らかくて温かくてね」
「ええ。狐やクロテンも考えたそうですけれどね」
ここで狐の話も出た。
「結局のところは」
「それでなんだね」
「ええ。それで羊です」
そうなのだった。
「けれど私もですよ」
「おかみさんも?」
「新しい襟巻き欲しいですね」
笑いながら言った言葉である。
「この首にね」
「ははは、そんなのは必要ないじゃないか」
校長はこんなことを言った彼女に笑って返した。
「別にね」
「必要ないっていうんですか」
「そうだよ。そんなに太い首をしていて」
その丸々と太った彼女を見ての言葉である。
「そうじゃないかい?寒くないだろ」
「寒いですよ」
そうだというのである。
「私だって」
「寒いのかかい」
「寒いですよ」
また言う彼女だった。
「しっかりとね」
「そうなのか」
「うちの宿六ときたら」
その亭主のことである。
「もうそんなもの一つも贈らないんですよ」
「ははは、そうだろうな」
管理人はおかみのふてくされた言葉を聞いて笑った。
「それはね」
「それはなんですか」
「お互い長い付き合いになるとそんなものは贈らなくなるさ」
そうだというのである。
「全くね」
「全くって」
「わしだって昔は」
そして自分のことも言う彼だった。
「随分と贈り物をしたよ」
「奥さんにですね」
「そうさ。けれど今はもうしなくなったよ」
ここで無意識のうちに寂しい微笑を浮かべてしまった。
「もうね」
「そうなんですか。何か私には」
管理人の話をここまで聞いて応える牧師だった。
「わからない話ですね」
「結婚して随分経てばわかるよ」
これが管理人の牧師への返答だった。楽しい中にも寂しいものがあった。
それから随分と経ってからのことだ。管理人はこの日も森の中に入っていた。そうしてそのうえで切り株の上に腰掛けてそれで休んでいた。
「何かあの人もね」
「そうだね」
「歳を取ったね」
森の動物達はその彼を見ながらひそひそと話す。
「随分とね」
「僕達もそうだけれど」
「死んだ人もいるしね」
「確かにね」
そんな話をしながら彼を見ている。その彼が言うのだった。
「歳を取るとなあ」
首を捻りながらの言葉であった。
「何か愛情とかそういうものがなくなっていくものかな」
「寂しいこと言うなあ」
「全く」
動物達も鳥達も虫達もその言葉を聞いてしんみりとなる。
「確かに歳を取ったけれどね」
「それでもね」
「枯れてしまったな。若い時はそれなりに愛していたのに」
「奥さんのことだね」
皆それを聞いてすぐに察した。
「そのことなんだ」
「まあ長い間一緒にいると結構慣れるからね」
「ほら、ビストロウシカおばさんも」
ここで彼女の名前も出て来た。
「何か最近一緒にいるのが当たり前になってきたって言ってるし」
「ズトラシュビーチクさんと?」
「子供さん達が遊びに来ても何かそれも慣れたもので」
「枯れてるんだ」
「そんなことを言ってたよ」
そんな話になっていた。
「どうもね」
「あの人も若い時は凄い美人だったのにね」
「今も美人じゃないか」
「いや、かなり老けたよ」
そうなっているというのである。
「若い時に比べたらね」
「そうなんだ」
「そうだよ。もうすぐお婆さんだしね」
「それでなんだ」
「誰だって歳を取るよ」
こんな言葉も出された。
「そして死んでいくからね」
「そんなものなんだ」
そんな話をしているとであった。管理人はうとうととしだした。しかしその彼のところに見事な毛並みと整った顔立ちの雌狐が出て来て。側に落ちていた野苺の落ちているものをさっと取って走り去ってしまったのであった。
「あの狐は」
その雌狐を見て言う彼だった。
「あの狐に似ているな。娘かな」
「そうだよ」
そしてここで。誰かの声を聞いた。
「そうだよ。あの人はビストロウシカさんの娘さんだよ」
「!?まさか」
「心に話し掛けてるから」
だからわかるというのだった。相手は。
「お爺さんの心にね」
「わしもお爺さんか」
管理人は今の言葉についつい笑ったのだった。
「もうな」
「そうだよ。お爺さんだよ」
そうだというのだ。言いながら彼の足元に一匹の青い蛙が来た。そのうえで彼に対して言ってきたのである。
「お爺さんじゃない、もう」
「そうじゃな。わしもそんな歳じゃな」
言われて笑顔で受け入れるのだった。
「もうな」
「それでお爺さん」
蛙はさらに彼に言ってきた。
「僕にもお爺さんがいたんだよ」
「御前さんにもか」
「そうだよ。お爺さんが言ってたんだ」
管理人をその黒い二つの目で見上げながら心に語り掛け続けている。
「昔ここであんたの鼻の上に落ちたってね」
「ああ、あの時か」
言われてその時のことを思い出したのだった。
「あの時のことか」
「思い出してくれたかな」
「うん、思い出したよ」
管理人はまさにその通りだと応える。
「あの時の蛙が御前さんのか」
「お爺さんだよ。お爺さんはね」
「うん、それで」
「いつも言っていたよ」
こう彼に話すのだった。
「お爺さんの鼻の上に落ちたその時をね」
「そうか。その時をか」
話を聞いてそこに深い巡り合わせと時の移ろいを感じるのだった。その彼がその中で見たものは蛙の言葉だけではなかった。また戻って来てあの時と同じ様に蛙にちょっかいをかけて彼を自分の鼻の上にやってくれた狐もだった。森の中のその不思議な輪廻を見たのであった。
利口な女狐の話 完
2009・12・9
特に何事もなく無事に進んだみたいだな。
美姫 「そうね。森の中も世代交代したみたいね」
時の流れを感じる管理人って感じかな。
美姫 「今回も投稿ありがとうございました」
ありがとうございました。