『利口な女狐の話』
第一幕 森でのはじまり
のどかな森の中。木々が上を覆い下には小さな草花がある。日差しも木々によって柔らかいものになっている。
穴の中から穴熊が顔を出してのどかにパイプをふかしている。その彼に蝶やトンボ達が声をかけてきた。
「ねえ穴熊さん」
「今のお家はどうなの?」
「ああ、いいねえ」
穴熊はのどかな顔で彼等に言葉を返す。
「この家はわしが丹念に掘ったものだからね」
「だからいいんだ」
「そんなに」
「うん、いいよ」
機嫌のいい顔で彼等に応える穴熊だった。パイプはそのままだ。そこから青い煙がくゆらいでいる。
それをふかしながらのどかにたたずんでいる。そして蝶やトンボ達がその上を気軽に飛んでいる。その彼等のところにだった。
「あれっ、人間が来たぞ」
「猟場の管理人さんじゃないか」
「じゃあ安心だね」
「あの人は怠け者だからな」
蝶やトンボ達と共にのどかに言う穴熊だった。濃い黒い髭を顔中に生やしたがっしりとした身体つきの男がのそのそと来てそのうえで言うのだった。
「ふう、疲れたな」
「疲れたってここに来ただけなのに?」
「それだけじゃない」
「ねえ」
蝶やトンボはそう言いながらその管理人を見る。
「たったそれだけなのに」
「本当に怠け者だね」
「早速ビール飲んでるし」
「全くだよ」
そんなことを言いながら切り株の上に腰を下ろしビールを飲む管理人を見ながら話をする。その彼等の下に蛙が来た。蛙は彼等に対して言ってきたのだった。
「おうい、何か面白いことはあるかい?」
「面白いこと?」
「そうだよ。何かあるかい?」
こう彼等に跳ねながら問うてきたのである。
「何かさ。あるかい?」
「何かって言われても」
「別に」
彼等は飛びながらその蛙に応える。
「ないよ」
「というか食べたら?」
「私達以外を」
ここで自分達をと言うのは忘れなかった。
「何でもいいから」
「それが一番楽しいんじゃないの?」
「そうだね」
彼等の今の言葉に納得して頷く蛙だった。
「それじゃあ」
「ちょっと待ちなさいよ」
ところがここでその蛙を呼び止める声がしてきた。
「あんたそれはどうなのよ」
「げっ、ビストロウシカ」
そこにいたのは一匹の見事な赤と黄色の毛並みの雌狐だった。それがいたのだ。
「何でここにいるんだよ」
「あんたが」
「何でじゃないでしょ」
蝶やトンボ達に対して返すそのビストロウシカだった。
「私だってこの森にいるのよ。当たり前でしょ」
「言われてみればそうだけれど」
「けれどそれでも」
「文句あるの?それよりも蛙君」
「何だよ」
蛙は少し忌々しげに彼女を見上げて言葉を返したのだった。
「それで一体」
「あんた美味しそうね」
楽しそうに笑って言うのだった。
「結構。私蛙は食べないけれど」
「あんた健康の為に菜食主義じゃなかったのか?」
「鶏肉も好きよ」
「じゃあ僕は関係ないじゃないか」
「ところが蛙って鶏肉に似た味らしいし」
不機嫌な顔になる蛙に対して彼女は楽しそうなものだった。
「だからと思ってね」
「嫌なこと言うね」
「特にこの背中なんか」
その背中をつん、と押すとそれで驚いて跳び上がった蛙はそのまま居眠りをしだしていた管理人の鼻の上に落ちてしまったのだった。
それを受けた管理人は。
「な、何だ!?」
「おい、おじさんが目を覚ましたよ」
「全く、碌なことにならないな」
蝶やトンボ達が原因を作ったビストロウシカに抗議する。しかし彼女は平気なものである。
「それで?」
「やれやれ、こんな態度だよ」
「ふてぶてしいものだよ」
「些細なことじゃない。こんなこと」
こう言う彼女だった。その間に蛙は管理人の鼻から逃げ出して管理人はビストロウシカが目の前にいるのに気付いたのだった。
「おや、狐かい」
「その狐だけれど」
「ふむ、これは」
彼女をまじまじと見だしたのだった。見てみるとだった。
「中々可愛いな。これはいい」
「いいって?」
狐は管理人の言葉がわかるが管理人は狐の言葉がわからない。人間と動物の違いが出てしまっていた。だがお互いそのことに何とも思っていない。
「私が美人なのは言うまでもないわよね」
「こんなのだからね」
「全く」
「本当だよ」
蝶やトンボだけでなく蛙まで言うのだった。
「けれどさ、そんなに自惚れてると」
「そのうち痛い目に逢うよ」
「そうなっても知らないから」
「そんなことならないわよ」
彼女だけがそう思っていた。しかしであった。
「小僧のお土産に丁度いい」
「えっ!?」
ビストロウシカの襟首を後ろからぐい、と掴んで持ち上げたのだった。それで捕まってしまったのだった。
「どういうこと、これって」
「子供達が喜ぶわい」
「あ〜あ、言わんこっちゃない」
「全く」
「そうなると思ったよ」
捕まってしまったビストロウシカを見ながら言う彼等だった。しかし全く同情してはいない。
「まあ捕まっても生きてるからね」
「また会いに行くから」
「またね」
「またねじゃないわよ。何で私がこんな目に遭わないといけないのよ」
捕まってもビストロウシカはビストロウシカだった。彼女はそのまま管理人の家に連れて行かれる。彼女にとっては全く以って納得のいかない話だった。
そのまま彼女は管理人の家に連れて行かれて家の片隅にある小屋に置かれた。縄でつながれいつも憮然とした顔をしていた。
「全く。御飯は安心して食べられるけれど」
それだけがよかった。
「他は何なのよ。退屈だし自由はないし」
「まあそう言うなって」
ここで犬が来た。大きなシェパードだった。
「御飯がいつも食べられるのはいいことじゃないか」
「あんたはそう思うのね」
「そうさ、思うよ」
その通りだというのだった。
「他に何が問題なんだよ」
「全く犬っていうのはね」
その彼を一瞥してからふう、と溜息をついてみせて言うビストロウシカだった。小屋の前に座ってそのうえで彼と話をしている。
「何で人間に逆らわないのかしら」
「それがわし等犬なんだがね」
彼の返答は何を言っているのだといったものだった。彼等は家の隅のその二つ置かれた小屋のところで話を続けるのであった。
「そんなことを言われてもな」
「そんなのだから人間に舐められるんじゃないの?」
「いや、舐められてはいないぞ」
犬はそれは否定した。
「このラパークにしてもだ」
「あんたラパークって名前だったの」
「そうだ。それがわしの名前だ」
まさにそうだと名乗る彼だった。
「いい名前だろう?」
「どうせその名前も人間が名付けたものでしょう?」
しかしビストロウシカはそれを聞いてもこう冷たく返すだけだった。
「そうなのでしょう?」
「確かにそうだが」
それは彼も否定しなかった。
「しかしいい名前じゃないか」
「人間のつけた名前よ」
「だから駄目だというのか」
「そうよ。駄目よ」
まさにそうだというのだった。
「それに犬ってきたら私達を虐めるし」
「それはあんた達が悪さをするからだろうが」
「私達はただ大好きな鶏を食べるだけよ」
まさにそれだけだというのだ。
「それの何処が悪いのよ」
「悪いよ。いいかい、日本という国の狐はね」
「日本?そんな国があるの」
「ここよりずっと東にあるらしい」
ラパークは子供達が親から聞いて話していたことを彼女に話すのだった。
「そこの狐は何でも豆から作った食べ物を揚げたものが好きらしい」
「変なもの食べるのね、その国の狐は」
「あんたもそうして野菜を食べたらどうだ?この国の狐も」
「野菜は食べてるわよ。これでも菜食主義者なのよ」
森で話したこととそのままだった。
「言っておくけれどね」
「しかし鶏も食べるんだろう?」
「それが悪いの?」
「悪いから怒られるんだよ」
あくまでこう言うラパークだった。
「そうじゃないか」
「違うわよ。あんたにはわからないのね」
「わからないって何がなんだ」
「それがわからないから駄目なのよ」
「何だっていうんだよ」
話はここで中断となった。そしてここで。
「あっ、これがなんだ」
「そうなんだよ、これがだよ」
「お父さんが持って来てくれた狐ね」
この家の子供達だった。急にビストロウシカ達の前に来たのだ。
「可愛いね」
「そうだね」
「毛並みなんて」
「こらっ、触らないでよ」
触られて不機嫌になるビストロウシカだった。
「折角整えた毛づくろいが乱れるじゃないの」
「人間の子供はそうなんだよ」
ここで横からラパークが言ってきたのだった。
「そうやってべたべた触るものなんだよ」
「私は触られたくないのよ」
自分のことを主張するビストロウシカだった。言う間にもべたべたと触られ身をよじって逃げようとして憮然とした顔になっている。
「そんなの嫌よ」
「嫌でも飼われてるからには」
「飼われるのだって頼んだ覚えはないわよ」
「それでも飼われてるからには」
「だから嫌だって言ってるのよ」
話している間にもまだ子供達は触ってくる。それにいい加減頭に来てだ。
「いい加減に死なさいっ」
「うわっ!」
男の子の手を噛んだ。軽くである。しかしこれで子供達が泣いてしまった。
「狐が噛んだ!」
「噛まれたよ!」
「やられた!」
「何っ、狐が!?」
「噛んだだって!?」
それを聞いた管理人とその妻が出て来てだ。彼女を殴りつけた。頭をぽかりとやられてさらに不機嫌な顔になる。機嫌はいよいよ最悪なものになりそのうえで丸くなる。その彼に対して今度は鶏達がやって来て言うのだった。この家に飼われている鶏達だ。
「何やってんだか」
「全く」
「あんた怒られたいの?」
こう言う彼等だった。
「ただ殴られただけじゃない」
「子供が相手なんだし」
「気にしなかったらいいのに」
「気にしたらね」
それを聞いて一旦顔をあげるビストロウシカだった。表情はそのままだ。
「どうだっていうのよ」
「どうだもこうだもないでしょ」
「だからそんなことやったらよ」
「何にもならないだろ」
こう言ってきた。しかしビストロウシカはまだ言うのだった。
「あのね、動物は言う時に言わないと駄目でしょ」
「駄目っていうのね」
「それでも」
「そうよ、だから私はね」
「無駄でしょ、でも」
「ねえ」
鶏達は彼女の言葉を聞いても言うことは同じだった。
「人間に逆らってもね」
「飼われているんだし」
「だったら飼われていることが問題なのね」
その言葉に反応した彼女だった。
「よし、わかったわ」
「わかったって?」
「一体何がわかったっていうのよ」
「それで」
「私は森に帰るわ」
そうするというのである。言うとすぐに立ち上がったのだった。
そして縄を噛む。それで切ろうというのだ。
「えっ、本当に逃げるのかい」
「そうよ」
驚きの声をあげるラパークに対しても応える。
「その通りよ」
「何でそんなことをするんだ?」
「だから飼われるのが嫌なのよ」
それに尽きた。
「わかったわね。それじゃあね」
「それで森に帰るのかい」
「機会があったらまた会いましょう」
ラパークに対する言葉だった。
「それじゃあね」
「またそんなことを言って」
「ここにいたら食べ物はあるのに」
「食べ放題だよね」
「ねえ」
鶏達もそれぞれ言う。
「それで何でまた森になんて」
「何でそんなことを」
「飢え死にしても知らないよ」
「だからね。私は飢え死にする程馬鹿じゃないのよ」
そうだというのである。
「わかったわね。それじゃあね」
「行くの」
「本当に」
「そうよ。あんた達とも付き合いは短かったけれど」
鶏達に対しても言う。
「またね」
「まあこっちは食べられないだけよかったよ」
「狐だからね」
「正直何されるかわからないし」
「あんた達みたいなのは食べないわよ」
口で縄を切りながら述べる。
「間違ってもね」
「あれっ、何で?」
「何でなの?」
「狐は鶏を食べるものじゃない」
今のビストロウシカの言葉を聞いて逆にいぶかしむ狐達だった。
「それで何でよ」
「そんなこと言って」
「実際に僕達に何もしそうにないし」
「鶏肉は選ぶのよ」
だからだというのである。
「それだからよ。わかったわね」
「つまり僕達がまずいってことか」
「それだからなの」
「私達ってまずいの」
「飼われてる鳥は動かないからまずいのよ」
だからだというのである。
「あんた達なんてどう見てもまずいし」
「こんなに美味しそうなのに」
「ねえ」
「それで何もしないなんてね」
「それじゃあね」
彼等をいささか憮然とさせたところで縄が切れたのであった。これでいよいよビストロウシカの念願が適うのであった。
「これでよしよ」
「さよならね」
「それじゃあね」
これでビストロウシカは家を後にした。そうしてそのまま森に向かう。そして向かう先は。
今回は狐のお話かな。
美姫 「捕まって飼われたかと思いきや、あっさりと逃げ出したわね」
他の者たちもそれをそのまま見送ったみたいだし。
どんな話になるのか予想が付かないな。
美姫 「次回を待ちましょう」
だな。次回を待ってます。
美姫 「待ってますね〜」