『ドリトル先生と奈良の鹿』




                第六幕  奈良へ

 また奈良のあの輩が問題を起こしました。
「またなんだ」
「陳情がどうとか言って」
「自分が受け持つって言って」
「募集しているんだ」
「うん、けれどね」
 それでもというのです。
「応じる人はね」
「変な人しかいないね」
「あんな人にね」
「平気で相手の個人情報狙って」
「敵とみなせばそこから攻撃してくるし」
「そんな奴だからね」
「応じる人滅多にいないよね」
 皆も言います、研究室でむっとしてお話をしています。
「あんな人が言っても」
「それでもね」
「信じる人いないよ」
「普通の政治家じゃないから」
「そもそもね」
「彼は売名行為しかしていないよ」 
 先生は眉を顰めさせて指摘しました。
「奈良の人の為とか鹿の為とか」
「あからさまな嘘でね」
「本当に何時見ても思うわ」
「売名だけで」
「国会議員狙ってそうね」
「将来は」
「そうだよ、だからね」 
 それでというのです。
「むしろまともな人達に注意喚起しないと」
「こんな奴に任せるな」
「陳情とか」
「個人情報を渡すな」
「それも絶対にだね」
「そうだよ、悪人に情報を渡すなんて」
 そうしたことはといいますと。
「間違ってもね」」
「したらいけないね」
「自分の為に」
「若し渡したらどうなるか」
「わかりきったことだね」
「そうだよ、しかしね」
 先生は怒ったまま言いました。
「よくもまあこれだけ次から次にだよ」
「胡散臭いこと出来るね」
「悪いことばかり」
「嘘ばかり吐いて」
「差別を撒き散らしてばかりで」
「世の中五つのタイプがあってね」
 先生は皆にお話しました。
「有能無能働きもの怠けものでね」
「有能な働きもの」
「無能なきもの」
「有能な怠けもの」
「無能な働きもの」
「その四つがまずあるんだ」
 そうだというのです。
「そして有能無能は仕事の向き不向きなんだ」
「その問題に過ぎないで」
「無能な働きものでも向いているお仕事なら有能な働きものになる」
「逆に有能な働きものは無能な働きものになる」
「向いていないお仕事だと」
「そうなるね」
「怠けものでもね」
 このことはというのです。
「同じだよ、向き不向きだよ」
「考えるべきはね」
「才能とかね」
「そうしたことを考えてやってもらう」
「それが大事だね」
「長嶋茂雄さんに野球をやってもらっても」 
 天才的と言われたこの人もというのです。
「サードは向いていてもキャッチャーはどうかな」
「うわ、向いていないね」
「あの人のこと聞いてると」
「どうしてもね」
「あの人サードは向いていても」
「キャッチャーは向いていないね」
「そうだね、それと同じでね」
 それでというのです。
「向き不向き、才能や努力も見ないと」
「駄目だね」
「人は」
「そうしたものを見て」
「判断もしないといけないけれど」
「そうだよ、けれど最後の一つは」 
 五つのタイプはというのです。
「どうしようもない輩で」
「もう害にしかならない」
「いいことなんてしない」
「性格があまりにも酷くて」
「向き不向きや才能以前だね」
「そうなのね」
「そうだよ、屑と言えば屑で」
 そうした輩はというのです。
「無能な働きものはすぐに何とかしろというけれど」
「そうした人はそうする必要はない」
「向いているお仕事をしてもらえばいい」
「それだけだね」
「けれどどうしようもない餓鬼になった」
 そうしたというのです。
「そこまでの輩はね」
「問題外だね」
「そうだね」
「それこそ」
「絶対に何かさせたら駄目で」
「すぐに排除しないと」
 さもないと、というのです。
「大変なことになるよ」
「それが奈良だね」
「今の奈良県ね」
「餓鬼を政治家にしたから」
「とんでもないことになっているわね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「五つのタイプで最悪のタイプだからね」
「全くだね」
「碌でもない奴だよ」
「まさにいるだけで害になる」
「悪いことしかしない」
「流石にこのタイプは滅多にいないけれど」 
 それでもというのです。
「そうだってわかったら」
「絶対に何もさせない」
「排除する」
「何をどうしてもも改善しないし」
「だからだね」
「そうだよ」
 それこそというのです。
「いいものに近付くなんてことはないから」
「悪事ばかり働く」
「善行や徳には近寄らない」
「まともなことを学ばない」
「悪いことしか身に着けないから」
「だからね」 
 そうであるからだというのです。
「助けるとか助言とかね」
「無駄だね」
「むしろそんなことしたら恨まれて」
「何をされるかわからないね」
「それこそ」
「そうだよ、しかし本当に許せないから」
 先生も完全に怒りました、それで皆に言いました。
「エックスやブログで問題提起をするよ」
「あいつは間違っている」
「それも何処がどう間違っているか」
「嘘も指摘して」
「間違っているって言うね」
「隅から隅までね、これ以上悪事を働くと」
 あの輩がというのです。
「皆が迷惑するからね」
「そうだね」
「奈良を穢し続けているしね」
「もう許せないね」
「先生も」
「だから言うよ、悪を指摘して糾弾するのも民主主義だよ」
 先生は強い声で言いました。
「問題点に気付いてそこに光をあててこそね」
「そうしてだね」
「問題点を正す」
「それも民主主義だね」
「だからだね」
「ここはそうするよ」
 先生はというのです。
「私は奈良県民でないけれどね」
「あんな悪党は許せないね」
「嘘ばかり吐いて差別を煽って」
「売名行為ばかりして」
「本当に許せないから」
「それでだね」
「私も言うよ」
 こう言って実際にでした。
 先生は自分のエックスやブログであの輩がどう問題があるか指摘しました、嘘は全て見破って事実も出しました。
 ですが書いてからです、先生は言いました。
「彼のエックスにも書いたことをソースも添えて告げたしね」
「ああ、そうするとね」
「もう間違いなくよ」 
 チープサイドの家族が応えました、今先生はお昼ご飯を食べる前でこれから研究室を出ようとしています。
「あいつ攻撃してくるよ」
「反論でなくね」
「もう力一杯罵って」
「お仲間を煽るよ」
 オシツオサレツも言います。
「そして団体でね」
「先生を攻撃してくるよ」
「暴力も辞さないね」
 ジップは怒って言いました。
「問題にならないなら」
「ああした連中の常だね」
 チーチーも言います。
「絶対に攻撃して来るよ」
「反論なんてしないね」
 ホワイティにはわかっていました。
「ああした連中は」
「大体嘘しか吐いていないから」
 それでと言うトートーです。
「反論なんて出来ないね」
「罵倒とレッテル貼りと恫喝や脅迫」 
 ダブダブの目は怒っています。
「それで来るね」
「他には考えられないわね」
 ポリネシアにはわかっていました。
「ああした連中は」
「けれど先生は暴力には屈さないから」
 老馬は先生がそうした人だとよくわかっています。
「それならね」
「暴力には法律で向かうんだね」
 ガブガブは先生を見て言いました。
「今回も」
「そうするよ、私は絶対に暴力には訴えないよ」
 先生は決意しているお顔で答えました。
「理性と知性、そして知識と法律でね」
「向かうね」
「それで完全に勝てるね」
「何しろ相手は非道な無法者」
「倫理も何もないね」
「そんな奴が何人いても大丈夫だよ」 
 先生は言いました。
「日本は無法国家じゃないしね」
「ちゃんとした法治国家でね」
「警察や裁判所もある」
「弁護士さんだっているわ」
「良識ある人達も」
「正義もね」
 皆も言います。
「だからだね」
「今後あいつが仕掛けて来るけれど」
「法律で倒して」
「やっつけるね」
「そうするよ、ただね」
 先生は皆にお話します。
「あんな悪者だからね」
「ああ、嫌われているね」
「敵は多いね」
「批判する人が」
「そうだね」
「もう心ある人はね」
 即ちまともな人達はというのです。
「皆彼を嫌って否定してね」
「間違っているって言ってるね」
「それもきっぱりと」
「嘘吐きの差別主義者だって」
「自分のことしか考えていなくて」
「騙して売名しかないって」
「そうだよ」
 まさにというのです、そしてです。
 そうしたお話をしてでした、先生はお昼を食べました。今日のお昼は焼き魚定食ですが皆一緒に食べて思いました。
「先生太ってるけれどね」
「健康的な太り方でね」
「実際健康で」
「いい太り方だね」
「日本に来てよく歩く様にもなってね」 
 そうしてというのです。
「そしてね」
「そうしてだね」
「食生活もいいし」
「今もお魚とお野菜食べてね」
「バランスいい食事だしね」
「確かに太っていてもね」 
 先生ご自身も言います。
「それでもだよ」
「健康的でね」
「お腹の出方もいいね」
「出ていることは出ていても」
「垂れ下がってはいないね」
「普通に食べて運動していると」 
 それならというのです。
「極端には太らないよ」
「そうだね」
「アメリカにそうした人いるけれど」
「明らかにおかしな太り方の人が」
「ちょっとない感じの」
「栄養のことを学んで」 
 そうしてというのです。
「ちゃんと食べて身体も動かしていたら」
「太ってもね」
「極端には太らないね」
「お腹が垂れ下がったみたいな」
「そこまでの太り方は」
「昔中国に安禄山という人がいたんだ」
 先生は歴史上の人物のお話をしました。
「叛乱を起こしたけれど」
「ああ、唐の頃の人だね」
「中国が大騒ぎになったね」
「玄宗さんに重用されたけれど」
「叛乱を起こした人だね」
「そうした人でね」
 それでというのです。
「かなり太っていて」
「ああ、お腹が垂れ下がって」
「そこまで太っていて」
「相当だったんだ」
「そう、そしてね」
 そうであってというのです。
「糖尿病だったらしいんだ」
「太り過ぎる位飲んで食べて」
「そうした食生活だったから」
「あの糖尿病だったんだ」
「そうだったのね」
「目が見えなくなったそうだけれど」
 それがというのです。
「どうもね」
「糖尿病だね」
「糖尿病が進むと目が見えなくなるから」
「だからだね」
「それでそうなったのね」
「食生活がよくないと」 
 そうなると、というのです。
「成人病にもなるよ」
「糖尿病も成人病だし」
「健康にも気を付けないとね」
「それでだね」
「先生は食生活がしっかりしているから」
「健康だね」
「そうなんだ、ただどうもね」
 ここでこうも言った先生でした。
「自称愛国の人には不健康な太り方の人もいるね」
「そうだね」
「見ているとね」
「半グレもいるけれど」
「不健康な太り方した人いるね」
「アメリカにもいるけれど」
「何か人としてどうかっていう手合いにも見られるね」
「まともに勉強していないと」
 さもないと、というのです。
「栄養学も知らないから」
「食べるにしてもだね」
「栄養バランスが悪くて」
「太るね」
「それもかなり」
「アメリカで太っている人が出世出来ないっていうのは」
 それはどうしてかといいますと。
「健康に問題が出る位太っていて」
「栄養管理も出来ていない」
「それも全くと言っていい位」
「だからだね」
「出世出来ないんだね」
「流石に命に関わるレベルで太っていると」
 そうであるならというのです。
「本当にね」
「出世どころじゃないね」
「それこそ」
「もうね」
「太ってね」
「大変なことになるね」
「なるよ」 
 まさにというのです。
「その時はね」
「そうだよね」
「それで日本でもいるけれど」
「何か極端に駄目な人がってこともあるわね」
「愛国の人の中にも」
「ずっとモニターの前に座っていて」
 そうしていてというのです。
「お菓子やジュースばかり口にしているとね」
「太るね」
「それもかなり」
「極めて不健康に」
「その結果だね」
「そうだよ、彼等は愛国と言っても」 
 自分達で、です。
「デモで罵るかね」
「モニターの前にずっといて」
「それで罵る」
「そうしていて」
「お菓子とジュースばかり口にしているんだ」
「それで不健康に太っているなら」
 そうであるならというのです。
「愛国と言えるか」
「言えないね」
「全くね」
「自堕落そのもの」
「物凄く不健康で」
「彼等はそれぞれ仕事をしていても」 
 それでもというのです。
「そこから離れるとね」
「そんな風だね」
「とても不健康だったりして」
「無知で自分を最低限でも律していない」
「そんな風だね」
「そうだよ、精神的に極めて不健康だし」
 先生はどう不健康かもお話しました。
「罵倒と嘲笑しかなくてね」
「それで食生活もだね」
「まともに運動もしていなかったりして」
「生活も不健康ね」
「実態は」
「奈良の彼にしても」
 件の輩もというのです。
「不健康そうだね」
「そんな太り方だね」
「見ていたら」
「どうもね」
「これが」
「心の不健康さがね」
 まさにそれがというのです。
「生活に出てね」
「ああして太るのね」
「要するに」
「そういうことだね」
「そうだよ」 
 まさにというのです。
「これがね」
「成程ね」
「あの太り方にも事情があるんだ」
「不健康な太り方にも」
「そうなんだね」
「そうだよ、彼等は心の不健康さがね」
 それがというのです。
「出ているんだ」
「心から健康でないとね」
 ガブガブは心から思いました。
「駄目だね」
「全くだよ」
 ホワイティはガブガブの言葉に頷きました。
「それはね」
「心はしっかりだよ」
 トートーも言います。
「仮にも愛国とか言うなら」
「そもそも彼等が大好きな日本軍はどうだったか」
 チーチーは言いました。
「いつもお菓子やジュースを口にしてネットばかりしていたかな」
「刺青なんて入れていたかな」 
「兵隊さんがそれはないでしょ」
 チープサイドの家族は半グレ達のこのことを言いました。
「日本だとね」
「他の国は知らないけれどね」
「言われもしないで出て来て嘘ばかり言うか」
 ジップはこのことを指摘しました。
「本物の愛国の人がね」
「太って怒って嘲ってばかりの自分はどう思われるか」
 こう言ったのは老馬でした。
「果たしてね」
「色々な趣味を持つべきだよ」
「そもそもね」 
 オシツオサレツは二つの頭で言います。
「そうしてだよ」
「世の中を知らないと」
「ネットばかりしていても世界はわからないわよ」
 ポリネシアはきっぱりと言いました。
「世の中を見ないと」
「というかそんなのじゃ職場にいてもね」
 ダブダブは思いました。
「周りからどう思われるか」
「彼等は一切考えないんだ、何でも四十代以上の男の人が多いらしいけれど」
「いい歳してね」
「無駄なことしているわね」
「そして馬鹿なことを」
「凄くね」
「そうだよ、お菓子やジュースを少しでも控えて」
 そうしてというのです。
「スポーツをしたり色々本を読むべきだよ」
「ああした連中はね」
「そもそもね」
「そうしたらいいね」
「まずはね」
「その方がいいよ」
 こうしたことをお話します、そしてです。
 先生はお昼の後は講義と研究室での論文の執筆を行いました、今度の論文はといいますと。
「部落差別ですか」
「日本のね」
 お家に帰ってお家に遊びに来ていたマグ氏にお話します。
「日本には被差別部落というものがあるんだ」
「どんなところですか?」
「昔の日本には身分制度があったね」
「士農工商の」
「他にお公家さんやお坊さんや神主さんもいて」
 そうしてというのです。
「穢多や非人という人達がいたんだ」
「日本は明治維新で身分なくなりましたよね」
 マグ氏もこのことは知っていて言います。
「確か」
「華族や士族はあってもね」
「四民平等でしたね」
「それでそうした穢多とされた人達もね」
「その人達は士農工商にはなくて」
「うん、その下にあってね」 
 それでというのです。
「差別されていて明治になってもね」
「身分がなくなってもですか」
「そしてね」
 そうであってというのです。
「平民でも新平民とか言われて」
「差別されて」
「それで低く扱われて」
 そうしてというのです。
「今も偏見があるんだ」
「そうなんですね」
「実は関西には被差別部落が多いんだ」
「あっし達が暮らしている」
「そうなんだ」
 これがというのです。
「それで彼等のことをね」
「書いていますか」
「調べてね」
 そのうえでというのです。
「そうなんだ」
「そうですか」
「そしてね」
 それでというのです。
「被差別部落のことを扱った文学作品もあるよ」
「文学にもあるんですか」
「島崎藤村の破戒とかね」
「そうした作品もあって」
「そしてね」
 そうであってというのです。
「今もあるんだ、別に被差別部落の人でもね」
「問題はないですね」
「全くね、人間だからね」
「何処にいてもですね」
「そうだよ、それでね」
 そうであってというのです。
「偏見はただね」
「被差別部落にいることですか」
「それだけだよ、生物学的にはね」
 そこから見ると、というのです。
「全くね」
「問題ないですね」
「何一つ。人種や民族や宗教の違いもないし」 
 それにというのです。
「出身地でもお仕事でもね」
「変わらないですね」
「穢多というのは穢れが多いという意味なんだ」
「ああ、日本じゃ穢れは」
「物凄く否定されるね」
「そうでしたね」
「それでね」
 そうであってというのです。
「彼等は生きものを殺したりその革の製品を造って売ってたりしていたんだ」
「そんなの普通でしょ」
「日本では死の穢れと言ってね」
「それに関わる仕事だからですか」
「忌まれていてね」
「否定されていてですか」
「それでだったんだ」
 マグ氏にお話します。
「これがね、お肉も扱っていたしね」
「肉屋さんですね」
「そうなるね」
「あの、本当にです」
 マグ氏はここまで聞いて思いました。
「何でもないですよ」
「他の国ではね」
「何がどう駄目なのか」
「だから日本独特の穢れの考えからね」
 そこからというのです。
「否定されていたんだ」
「そうだったんですね」
「それでね」
 先生はさらにお話します。
「今もあるんだ」
「被差別部落は」
「その地域への偏見がね」
「そうなんですね」
「日本にも昔から差別があることはね」 
 このことはというのです。
「覚えておいてね」
「ええ、そうします」
 マグ氏は少し憮然となったお顔で答えました。
「いいお話じゃないですが」
「差別のお話はね」
「どうしてもですね」
「いいお話じゃないよ」
 先生は言いました。
「どうしてもね」
「そうですね」
「そしてね」
 それでというのです。
「本当にこうしたことはね」
「何でもないですね」
「私達から見るとそうだね」
「何で差別されるのか」
「そうだよね、逆に日本人から見るとね」 
 被差別部落のあるその国の人達今自分達がいる国の人達からというのです、先生は真面目なお顔でお話します。
「イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドでもね」
「変わらないですね」
「国教会とカトリックの違いもね」
 信仰のお話もします。
「全くだね」
「違わないですね」
「何で差別があるか」
 こうした違いでというのです。
「わからないね」
「はい、本当に」
「それでね」
 そうであってというのです。
「日本ではね」
「被差別部落の問題がありますか」
「あとアイヌ系や沖縄のお話もあるしね」
「それもあっし達にしてみますと」
「どうでもいいね」
「そうですけれどね」
「差別はその人の偏見で」
 そうであってというのです。
「それによって色々な問題が起こるんだ」
「そうなんですね」
「そしてね」
 先生はさらにお話します。
「その偏見を知ってそれが正しいかどうか」
「傍から見るとどうでもいいですね」
「そんな下らないことでね」
 それでというのです。
「はっきり言うと間違っているよ」
「偏見は」
「そして差別はね」
「そうなりますね」
「結論はね、そしてね」
 それでというのです。
「本当に今私が怒っている」
「奈良のあいつはですね」
「その差別を利用しているからね」
「絶対に許せないですね」
「実は奈良にも被差別部落はあるよ」
 そうだというのです。
「これがね」
「そうですか」
「というか奈良県はこの問題がね」
「深刻ですか」
「そうでね、若しもだよ」
「あいつがですね」
「聞いて」
 そうしてというのです。
「煽るとね」
「酷いことになりますね」
「全く勉強しない輩だけれど」
 それでもというのです。
「耳に入るとね」
「そして利用出来ると思ったら」
「もうね」 
 その時点でというのです。
「動くからね」
「売名の為にですね」
「言うけれどあいつは社会的弱者とされる人達の為には何もしないよ」
「絶対にですね」
「根っからの悪人だからね」 
 そう言うしかない輩だからだというのです。
「それでだよ」
「そんなことはしないで」
「そしてね」
 そうであってというのです。
「本当にね」
「被差別部落の問題もですね」
「嘘で愛国のつもりの連中を煽ってだよ」
「弱い人達を攻撃してですね」
「そうしてね」
「売名行為をして人気を挙げて」
「愚かな人達からの人気をね」
 それをというのです。
「そうしてだよ」
「自分がもっとよくなろうとしますね」
「社会的にね」
「つくづく腐った奴ですね」
「全くだよ、少しでも早くね」 
 先生は怒ったお顔で言いました。
「何とかしないとね」
「困る人がいますね」
「そうだよ、毒ガスを撒き散らしている様なものだよ」
 それこそというのです。
「ああした輩を野放しにしていることはね」
「奈良も大変ですね」
「今はね」
 こうしたお話をしました、その翌日です。
 先生にです、ある人からエックスのダイレクトメールでお願いがありました。
「へえ、先生になんだ」
「奈良に来て欲しい」
「そうお願いがあったんだ」
「奈良の人から」
「あいつと衝突している団体の人達から」
「そうなんだ、そしてね」 
 先生はお家で皆に答えました。
「その団体の代表の人とダイレクトメールでじっくりお話してお互いの身分も明かして」
「それでだね」
「じっくりお話して」
「それで決めたんだ」
「お会いするって」
「奈良に行ってね、丁度春休みに入るし」
 これからというのです。
「奈良に行けるよ、そしてね」
「あいつとだね」
「対することになるね」
「その奈良で」
「あいつの嘘と悪事は明らかだよ」 
 既にというのです。
「だからね」
「全力で向かうね」
「そしてやっつけるね」
「その嘘と悪事を指摘して」
「そのうえで」
「そうするよ、困っているのは奈良の人達で」
 そうであってというのです。
「言いがかりをかけられている外国の人達とね」
「評判を落とされている日本だね」
「あんな奴がいるから」
「そして悪いことを繰り返しているから」
「あいつは誰にも害を為す本物の悪だよ」 
 先生はきっぱりと言いました。
「それに予想していたけれどお仲間が私のエックスやブログに来ているよ」
「嘘や間違いを指摘したら」
「そうしたらだね」
「早速来たね」
「思っていた通りに」
「感情的な罵倒とレッテル貼りがね」
 そうしたものがというのです。
「来ているよ」
「論理的なものじゃなくて」
「感情的で理性も知性も品性もない」
「そんな罵倒がだね」
「来ているね」
「そうだよ、けれどね」
 それでもというのです。
「わかっていたしね」
「ちゃんと対処しているね」
「根拠を出して反論して」
「そのうえで」
「全部ね、あと差別的な書き込みにはね」
 それにはといいますと。
「通報だよ」
「そうだね」
「差別的な書き込みはそれだけで問題だし」
「そこを指摘してね」
「論破するね」
「通報もするね」
「差別は確かな学問に勝てないよ」 
 先生は言いました。
「偏見でしかないからね」
「そうだよね」
「それじゃあね」
「先生に勝てる筈がないね」
「絶対にね」
「勝てるとかじゃないんだ」
 それは違うと言う先生でした。
「本当にね」
「そうじゃないんだ」
「勝つとかじゃないんだ」
「罵倒や嘲笑は」
「違うんだね」
「その間違いを指摘することで」
 そうであってというのです。
「勝つことじゃないんだよ」
「ううん、成程ね」
「確かにそうかもね」
「先生は学問をしていてね」
「それで言っているけれど」
「連中は偏見しかないからね」
「全く学ばず知っていない相手は」
 それこそというのです。
「論理にもなっていないよ」
「全くだね」
「本当にね」
「それじゃあね」
「間違いを根拠を出して指摘して」
「通報するだけだね」
「それだけでだよ」
 勝ち負けではなくというのです。
「彼等にはね」
「しかし先生」
 トミーが先生に言ってきました。
「ああした連中は先生の個人情報もです」
「探ってくるね」
「それでどうしてくるか」
「その行為自体も犯罪の可能性があるしね」
「先生も出さないですね」
「気を付けているよ、若しお家の前に来てね」
「騒ぐなら」
 トミーもここでわかりました。
「通報しますね」
「そうするよ」
 実際にというのです。
「その時はね」
「そうして警察に来てもらって」
「逮捕もしてもらうよ」
「そうされますね」
「兵庫にいたあいつも捕まったね」
「はい、被害を受けた人に通報されて」
「ああなるよ」
「若しお家の前に来ても」
「何度も言うけれど日本は法治国家だからね」 
 それ故にというのです。
「警察もね」
「動いてくれますね」
「ちゃんとね、若しある警察署が動いてくれないなら」
「別の警察署ですね」
「そこに言えばいいしね」
「動いてくれない警察署もありますね」
「カルト教団が家族の人に何かして何度通報してもね」
 そうしてもというのです。
「民事がどうとか言ってね」
「動かないで」
「遂に家族の人がってこともあったけれど」
「もうそれならですね」
「その警察署には見切り付けてね」
 そうしてというのです。
「別の警察署、上の県警本部にもね」
「言えばいいですね」
「警察も大きな組織で」
 そうであってというのです。
「不真面目な警官、警察署もあるからね」
「それで、ですね」
「動いてくれないなら」
「そこは見切りを付ける」
「そうした場所に見切りを付けることも」
 そうしたこともというのです。
「自分と家族を守るにはね」
「必要ですね」
「そうだよ」
 こう言うのでした。
「本当にね」
「警察署も色々ですか」
「そのこともわかっておくことだよ」
 こうお話するのでした。
「本当にね」
「覚えておきます」 
 トミーは確かな声で答えました。
「僕も」
「自分と家族の為にはね」
「覚えておくことですね」
「そう、そして」 
「そして?」
「奈良のあいつも遵法精神なんてないから」
 それでというのです。
「兵庫のあいつと同じでね」
「相手の個人情報を狙ってきますね」
「そうして恫喝もかけてくるからね」
 だからだというのです。
「そこはね」
「気を付けることですね」
「そうだよ」
 絶対にというのです。
「最初からね」
「わかっておくことですね」
「相手は根っからの悪人だって」
「そういうことですね」
「良心はね」
 人にある筈のそれはというのです。
「もうね」
「ない奴がいますね」
「そうだよ、ごく稀にね」
「完全な悪人が」
「だからね」
 それでというのです。
「そのこともだよ」
「覚えておいて」
「対することだよ」
「根っからの悪人には」
「そしてね」
「やっつけることですね」
「それしかないよ」
 最早というのです。
「残念なことだけれどね」
「良心がない人がいることは」
「そうだけれどね」
 それでもというのです。
「それもまた現実だから」
「それで、ですね」
「気を引き締めて」
「奈良に行かれて」
「そしてね」
 そのうえでというのです。
「奈良を穢す害毒を取り除くよ」
「外科手術ですね」
「奈良へのね」
 確かなお顔で言う先生でした、そうして皆と一緒に奈良に行く準備をはじめました。








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