『ドリトル先生と奈良の鹿』




                第二幕  難波の真実

 先生はこの日ショッピングモールにあるマグ氏のペット用品店にお邪魔しました、勿論生きものの皆も一緒です。
 そして先生はマグ氏にも奈良のことをお話しますが。
「ああ、あいつならあっしも知ってますよ」
「マグ氏もだね」
「ええ、とんでもない奴ですね」
 マグ氏はお顔を顰めさせて言いました。
「最低最悪の奴ですよ」
「そう言うしかないね」
「もう息をするみたいに嘘吐いてますね」
「人を騙して生きてるんだよ」
「ペテン師ですね」
「それもかなり悪質なね」
 先生はマグ氏にも眉を曇らせてお話します。
「本当に最低最悪のだよ」
「人間の屑ですね」
「全くだよ、何でもね」
「何でも?」
「奈良の政治家さんなのに」
「地方のですね」
「それでもね」
 そうである筈がというのです。
「あちこちを飛び回ってね」
「奈良のことはそっちのけで」
「それでね」
「色々売名行為していますね」
「ソーラーパネルがどうとかいじめ撲滅とかね」
「全部売名ですね」
「偽善だよ、そしてその偽善はね」
 それはといいますと。
「嘘に呼ばれもしない押しかけで」
「何かいじめでも加害者かどうかはっきりしなくてもですね」
「個人情報晒したりね」
「碌なことしてないですね」
「いじめで犠牲者が出たなら大問題だよ」
 その場合はというのです。
「極悪人ならそれに相応しい報いを受けるべきでも」
「押しかけて犠牲者が出ていないのにやるのは」
「やり過ぎでね」
 そう言うしかなくというのです。
「それが売名なら」
「とんでもないことですね」
「そして学校にも押しかけて」
 そうしてというのです。
「給食がどうとかイスラム教の人がどうとか」
「差別を撒き散らしていますね」
「そんなことばかりしているんだ」
「悪人の中の悪人ですね」
「そうだよ、人間ああなるとね」  
 それこそと言う先生です。
「人間ですらないよ」
「当然生きものでもないですね」
「そうだよ」
 最早というのです。
「餓鬼だよ」
「そう言うしかないですね」
「そんな手合いでね」
 それでというのです。
「ああなったらおしまいだよ」
「全くですね、実は」
「実は?」
「あいつ難波にも出たんですよ」
「大阪のだね、そこでも嘘を言っていたね」
「ええ、先生もご存知ですね」
「難波で外国人観光客がゴミの山を作ったりトイレでないところで用を足したりね」
 そうしたというのです。
「迷惑行為をしていたというね」
「あっし実はこの前難波行ったんですよ」
 マグ氏はお顔を顰めさせて言いました。
「そうしたらです」
「そんなものはなかったね」
「ええ、あいつ道頓堀の画像撮ってましたけれど」 
「道頓堀になかったね」
「全く、ゴミ箱からゴミが出ていた位で」
 その程度でというのです。
「ゴミの山なんてです」
「なかったね」
「立ちションもです」
「そう、彼はそうして嘘を吐いてだよ」
「差別を煽ってですね」
「自分はその迷惑な外国人と戦う愛国者だとね」
 先生はその実態をお話します。
「喧伝してだよ」
「売名行為をしてですね」
「政治家になったんだよ、そしてね」
「さらにですね」
「そう、鹿のこともいじめのこともね」
「全部踏み台ですね」
「そうしてね」
 それでというのです。
「今度は国会議員にでもだよ」
「なるつもりですね」
「そうだよ」
「とんでもない奴ですね」
「奈良の人達は騙されたにしてもね」
「あんなのに投票したことを恥じるべきですね」
「そうだよ、その経歴とね」
 それにというのです。
「今言っていることを見てね」
「すぐにわかることですね」
「彼は信用しては駄目だよ」
 きっぱりと言いました。
「何があってもね」
「絶対にですね」
「兵庫にいた彼もね」
「正真正銘の悪人ですね」
「人間や生きものは良心があるよ」
「いいところがありますね」
「けれど餓鬼にはないんだ」 
 そうだというのです。
「餓鬼はそうした存在でね」
「それで、ですね」
「彼等はその餓鬼であって」
「良心や長所なんてないですね」
「そうだよ、もうどうにもならないね」
「悪人ですね」
「嘘で差別を撒き散らす輩が善人の筈がないよ」
 先生は断言しました。
「ナチスやソ連がそうだったね」
「ええ、悪人ばかりいて」
 マグ氏も答えました。
「とんでもないことをしました」
「憎しみ、ヘイトも煽ってね」
「そして自分が利益を得ますね」
「そんな悪人の言うことを信じたら」 
 そうなると、というのです。
「後で自分にだよ」
「神様が報いを与えますね」
「そんな悪人は自分だけでね」
 そうであってというのです。
「信仰もだよ」
「ないですね」
「仏教の餓鬼に信仰心なんてね」
「ないですね」
「あったらなっていないよ」
 餓鬼にというのです。
「もうね」
「そうですね」
「そう考えるとね」 
「ああした奴は良心や長所がなくて」
「そしてね」
 そうであってというのです。
「愛国者と言っても」
「日本のことは考えていないですね」
「愛国者と言えばだよ」 
 そう自称すればというのです。
「それで外国人を攻撃すればね」
「信じる馬鹿がいますね」
「そう、愚か者はどういったものかというと」
「そうした奴に騙される奴ですね」
「それこそだよ」
 さらにお話する先生でした。
「詐欺師に狙われてね」
「物凄く簡単に騙されますね」
「そんな人だよ、そして騙されてもね」
「それで反省しないで何度も騙されますね」
「そしてね」
 それでというのです。
「最悪最後の最後までだよ」
「騙されたことに気付かないですね」
「そうだよ、愛国だの平和だの言えば」
「それで騙されますね」
「平和という言葉も簡単に人を騙せるよ」
 先生はお話しました。
「アメリカでもいるね」
「平和にするって言って政治家になりましたね」
「それで実はどうか」
「物凄く好戦的で戦争ばかりしていますね」
「そうだよ、平和もね」
 この言葉もというのです。
「人を簡単に騙せるキーワードなんだ」
「詐欺師が使うに最適ですね」
「ナチスもソ連も言ったよ」
「平和が好きだって」
「それがどうか」
「どっちも戦争して大勢の人達を殺しましたね」
「それが実態だよ、ソ連が平和勢力なんて」
 それはどうかといいますと。
「とんだ嘘っぱちだったんだ、共産主義で平和になるなんて」
「なかったですね」
「北朝鮮も平和主義だよ」
 この国もというのです。
「そう自称しているけれどね」
「あそこの何処が平和なのか」
「あんな物騒な国はないね」
「全くですね」
「そして愛国という言葉もね」
「人を簡単に騙せるキーワードですね」
「それで奈良に兵庫に」
 それにというのです。
「他の地域にも出ているね」
「愛国者と自称する詐欺師がですね」
「とんでもない悪人がね」
「酷い話ですね、日本は変な運動家もいますけれど」
「ああ、彼等と一緒だよ」
 自称愛国者達はというのです。
「変な運動家は北朝鮮が好きだね」
「今言ったあの国が」
「そして自称愛国者達の言っていることを見たら」
「北朝鮮ですね」
「自称愛国者達の理想国家は」
 その主張を聞いていると、というのです。
「北朝鮮だよ」
「閉鎖的で排他的で物騒で自分達以外は認めない」
「そうした国だからね」
「同じなんですね」
「ナチスとソ連の違いかな」
「どっちも同じじゃないですか」 
 マグ氏はすぐに答えました。
「ナチスとソ連って」
「細かいところは違うけれどね」
「大体同じですね」
「それと同じでね」
「変な運動家と自称愛国者達は同じですね」
「日本にいる彼等はね」 
 そうだというのです。
「もう本当にね」
「悪人で北朝鮮みたいな」
「とんでもない連中だよ」
「全くですね」
 マグ氏も確かにと頷きます、そうしてお話をしまして。
 先生は休憩に入ったマグ氏と一緒に皆を連れてショッピングモールの生きものコーナーに行きました、そこで休憩となりましたが。
 ティ―セットを出した先生にマグ氏が言いました。
「あっしは出て行けとか言われないですね」
「彼等は白人至上主義だからね」 
 先生はマグ氏にもこのことをお話しました。
「私達には言わないんだよ」
「それで実は白人も馬鹿にしているんだよね」
 ホワイティが言ってきました。
「おかしいよね」
「矛盾しているわ」
 ポリネシアも言います。
「それはね」
「大体アジア系なのに白人至上主義って」 
「矛盾しているし」
 チープサイドの家族も言います。
「その時点でね」
「どうかしているよ」
「どうせ白人が日本語下手でも何も言わないんだよ」
「他の人達が下手なら言ってもね」
 オシツオサレツはこう見ました。
「出て行けとも言わないし」
「馬鹿にしないんだよ」
「もうそれで正体丸わかりだよ」
 老馬は怒って指摘しました。
「二重基準の差別主義者だよ」
「白人の何が偉いのか」
 ジップも怒って言います。
「聞きたいよ」
「日本人だから偉い訳でもないし」 
 ガブガブも言います。
「その人次第だよ」
「逆に言えば迷惑系で嘘吐きで差別主義者なんて立派なのかしら」 
 ダブダブはそのことを指摘しました。
「そんな筈ないでしょ」
「そんなのに騙されるなら」
 トートーはぴしゃりと言いました。
「本当にどうかしているよ」
「同類だから信じるんだろうね」
 チーチーはこう思いました。
「そんな人を」
「そう、彼等の特徴はね」
 先生はティ―セットを食べつつ言います、飲食が許されている場所なので飲んで食べています。上段にエクレア、中段にフルーツ、下段にスコーンがあります。
「自分の信じたいお話を自分の都合よく解釈するんだ」
「ああ、それは間違えるね」
「悪いお話でもしっかり見ないとね」
「しかも都合よく解釈したらね」
「それだけで間違えるよ」
「しかも全く勉強しないから」
 さらにお話する先生でした。
「知識も教養もないよ」
「余計に駄目だね」
「あれだね、ユーチューブの動画とかしか観なくて」
「読む本も決まったもので」
「愛国とか差別を肯定するものばかりだね」
「そう、彼等はずっと愛国とか差別を言う動画や本しか目にしないんだ」
 先生は言いました。
「それこそちょっと書き方作り方を知っていれば全く何も知らなくても書ける」
「そうしたものだね」
「そうしたものしか目にしないんだね」
「それじゃあ進歩もしないね」
「自己満足だけで」
「勉強になっていないわ」
「文学や経済、福祉、貿易、インフラ、科学、そうしたものには全く興味がなくて」
 そうであってというのです。
「スポーツにも芸術にも興味がない場合が殆どだよ」
「本当に愛国と差別だけなんだね」
「他に何もないんだ」
「知識や教養がないのも当然ね」
「品性がないことも」
「そんな連中を騙して利用するなんてね」
 それこそというのです。
「実は歴史も政治も軍事もかじっているだけでね」
「本格的じゃないんだね」
「本当に学んでいる訳じゃない」
「やっぱり自分の興味があるお話を自分の都合よく解釈しているだけで」
「何もないのね」
「そうだよ、だから彼等はとてもレベルが低いんだ」
 先生はそうだと言いました。
「民主主義も理解出来ていないしね」
「すぐ異論を罵ってね」
「黙らせようとするしね」
「そんな風だとね」
「全然民主的じゃないね」
「民主主義の敵だよ」
 彼等はというのです。
「紛れもなくね」
「そんな風だね」
「つくづくどうしようもないね」
「騙す方も騙される方もだね」
「どっちもそうだね」
「そう、ただ深刻な問題は」
 そう言うべきものはといいますと。
「愛国と差別を言えばいい人と思われることだよ」
「日本の敵と戦うだね」
「秦目で見ればどれだけとんでもない奴でも」
「そう思われて」
「応援する人がいることね」
「そのことが問題でね」 
 そうであってというのです。
「ビジネスとして成り立つんだ」
「愛国ビジネスですか?」
 先生と一緒にティーセットを楽しんでいるマグ氏がお顔を曇らせて言ってきました。
「つまりは」
「そう、まさにね」
「愛国ビジネスですか」
「外国人を敵と嘘を吐いてもレッテルを張ってね」
 そうしてというのです。
「攻撃してね」
「自分を愛国者と言うんですね」
「そうしたらね」
 それでというのです。
「動画の視聴数を増やせてね」
「選挙も通りますね」
「まさに濡れ手に粟だよ」
「ふざけたことですね」
「そう、ふざけたとしかね」
 先生もまさにと言います。
「言えないことだよ」
「全くですね」
「だからね」
 それでというのです。
「こうしたことが成り立つ状況を何とかしないとね」
「駄目ですね」
「昔の日本は赤旗を振っていると知識人としてやっていけたけれどね」
「赤旗、共産主義ですか」
「ああした感じの進歩的なことを言えば」
 それでというのです。
「成り立つね」
「そんな状況だったんですね」
「そうだったんだ」
 これがというのです。
「本当にね」
「それが逆いや昔そうだった連中が今は」
「愛国になっているんだ」
「中身は同じですね」
「北朝鮮みたいな極左でね」
 その実態はというのです。
「実際彼等が言っていることは全く民主的でも資本主義でもないね」
「企業に外国人雇うなとかいいますね」
「統制経済みたいな考えでもあるしね」
「それってナチスですね」
「そう、ただ社会的弱者への労りはね」
「ないですね」
「人を気遣う、思いやることはね」
 彼等はといいますと。
「全くないよ、社会的弱者は切り捨てる」
「そんな考えですか」
「そうだよ、弱いとされる人達は国家の足枷みたいにね」
 その様にというのです。
「考えていてね」
「切り捨てますか」
「生活保護だってね」 
 このこともというのだ。
「外国人がどうとか言うけれど」
「不正受給はありますね」
「一部でもそれを全体と言って」
「正式に貰っている人まで、ですね」
「それこそ日本人でもね」
「排除しますか」
「対外援助も」
 それもというのです。
「同じだよ、外国の人達が嫌いでね」
「どうして他の国を助けるか」
「そんな筈がないしね、しかも偏見の塊だから」  
 彼等はというのです。
「障害者の人達もだよ」
「排除しますか」
「発達障害はないと言って」
「ありますよね」
「あるものをないと言うのも嘘だね」 
 先生は指摘しました。
「何しろ彼等は嘘吐きだからね」
「それで、ですね」
「あるものをないとも言ってね」
 そうした嘘を吐いてというのです。
「そしてだよ」
「発達障害もないと言って」
「そうしてね」
「切り捨てるんですね」
「国家の予算の健全化と言って」
「よく無駄をなくすといいますね」
「そしてその無駄はね」
 それはといいますと。
「福祉なんだよ」
「連中にとっては」
「社会的弱者は切り捨てて」
「そのお金をどうするんですかね」
「そんなことを言う人達がどう使うかな」
「自分達に使いますね」
「そうするよ」 
 絶対にというのです。
「間違いなくね」
「やっぱりそうしますね」 
 マグ氏も言います。
「誰だって障害持つ可能性はあるのに」
「事故や怪我や病気でね」
「そして連中も」
「彼等はそうしたことは考えないよ、やがて貧しい人達もね」
「日本のですね」
「生活保護とか福祉に否定的なら」
 それならというのです。
「そうした人達も切り捨てるよ」
「思いやりとかないんですね」
「国家、日本の為とか言ってね」
「排除するんですね」
「そして日本で真面目に働いている外国の人達なんか」
 それこそというのです。
「全員だよ」
「出て行けですね」
「白人以外はね」
「それでその後は自分達が働くんですかね」
 マグ氏はとても嫌そうに言いました。
「追い出した後は」
「いやいや、どうもね」
「どうも?」
「彼等はあまり働かないんだ」
 愛国を言う人達はというのです。
「定年しているか働いていないか働いていても」
「それでもですか」
「そうだよ、まともに働けない」
「身体が問題じゃなくて」
「まともな頭や人格がなくてね」
「ああ、それだとです」
 マグ氏もすぐにわかりました。
「全くです」
「働けないね」
「そうですね」
「そうだよ、だからね」 
 それでというのです。
「まともに働けていなくてね」
「社会も知らないですね」
「社会に出るとわかるね」
「色々なことが」
「それで差別が間違っていることもね」
「わかりやすいね」
「知らないから差別をすることが多いからね」
 先生はお話しました。
「相手のことを」
「知れば理解しますね」
「そうだよ、私も世界中を巡ったしね」
「色々な人と出会ってですね」
「色々な本も読んできたしね」
「人種や民族や宗教で人は決まらないってわかりましたね」
「そうだよ、そして」
 そうであってというのです。
「彼等の無知は凄いから」
「知らないにもですか」
「何しろタイ人を差別して」
「本当に白人以外は嫌いなんですね」
「タイは日本の友好国でもね」
「差別するんですね」
「そしてタイをイスラム教の国と言うんだ」
 そうだというのです。
「とんでもないね」
「あそこは仏教ですよ」
 マグ氏も呆れて言いました。
「そんなことあっしでも知ってますよ」
「それが彼等は知らないんだ」
「常識じゃないんですか」
「教科書に載ってることすら知らないんだよ」
「日本の学校のですね」
「そうだよ、中学校で教わる位のこともね」
 そのレベルのこともというのです。
「知らないんだよ」
「本当に無知ですね」
「そう、彼等は何も知らないし考えないし品性もないんだ」 
 先生は怒ったお顔で言いました。
「そしてそこからだよ」
「進歩しないんですね」
「延々と同じ様な日本や日本人を褒めて他の国や人を貶める雑誌や本ばかり読んでね」
「それも作ってる人の顔がわからない」
「最悪半グレが作ってるかも知れないね」
 そうしてお金を稼いでいるというのです。
「そうしたものをだよ」
「観てですか」
「本当にそこからね」
「全く進歩しないんですね」
「間違っても学術書なんか読まなくて」 
 そうであってというのです。
「純文学だってね」
「読まないですね」
「真っ当やアニメや漫画、ゲームにもだよ」
「ああしたものからも学べますね」
「何かとね、創作の悪役なんてね」
 彼等はといいますと。
「普通に差別主義者が出るね」
「ええ、そうです」
「そこで差別がどんなものか知るけれど」
「あの連中は観ないので」
「あとは見ても自分達とはね」
「考えないんですね」
「客観性もないからね」 
 そうであるからだというのです。
「気付かなくてね」
「そうなんですね」
「そして愛国ばかりでスポーツにもまず興味はないよ」
「スポーツからも学べますよね」
「何かとね、阪神だってね」 
 この野球チームでもというのです。
「一体どれだけのアフリカ系の選手が出たかな」
「助っ人で」
「魅力的な助っ人が沢山いたね」
「阪神にもですね」
「そして他の野球チームにもね」
「そうですよね」
「そして恥ずべき日本人もだよ」
 スポーツを観ていると、というのです。
「観るよ」
「あの連中が最高だって言う」
「そうだよ、そうした人達は言わないんで」
「アフリカ系の人達も差別しますね」
「ナチスやクー=クラックス=クランの様にね」
 それこそというのです。
「差別をするんだ」
「スポーツも知らないので」
「そしてそうした彼等を騙したいなら」
「簡単に騙せますね」
「何の知識も教養も品性も思いやりも人格もない愚か者程騙しやすい存在はないよ」 
 先生は断言しました。
「だから半グレだって混ざってきているしね」
「半グレに騙されて利用されますね」
「乗っ取られもするよ」
「団体でも作ったら」
「自警団なんて作ろうものなら」
 そうした連中がというのです。
「もういるしね」
「半グレが」
「そして反社会的人物に騙されて」
「利用されて乗っ取られて」
「そうした自警団はどうなるか」
「マフィアみたいになりますよ」
 マグ氏はすぐに言いました。
「このこともあっしでもわかりますよ」
「簡単になるね」
「実際マフィアって元々は自警団でしたしね」
「そうだからね」
 それでというのです。
「彼等もだよ」
「簡単にマフィアになりますね」
「もっともマフィアは彼等なりのルールがあってね」 
 アウトローのそれがです。
「歯止めがあるけれどね」
「日本のヤクザ屋さんもですね」
「そうだけれどね」 
 それがというのです。
「半グレはその歯止めがないんだ」
「ただひたすら悪いことばかりしますね」
「人間性、最低限のそれすらも捨て去った」 
 そうしたというのです。
「最悪のね」
「連中ですね」
「そんな連中がもう入ってるし」 
 それにというのです。
「このままいくとね」
「半グレに骨の髄までしゃぶられて」
「利用されス尽くしてね」 
 そうしてというのです。
「破滅するけれど破滅を自覚するにもね」
「ある程度の頭が必要ですね」
「それもないから」
 だからだというのです。
「同じことを繰り返すよ」
「周りも見捨てますね」
「そうだよ、どうにもならない差別主義者の末路なんてね」 
 それこそというのです。
「碌なものじゃないよ」
「あまりにも頭と性格が酷過ぎて」
「そう、そして彼等を救うなんて」
「無理ですね」
「救われるにしてもある程度のものが必要だよ」
 先生は達観した様にお話します。
「最低限でも知識と人格、品性がないと」
「人間や生きものであるですね」
「そう、そうしたものがないとね」
「救われないですね」
「誰がどんな哲学や宗教を以て救おうとしても」 
 それでもというのです。
「そうしたものに近寄ろうとしないなら」
「変わらないですね」
「どうにもならない餓鬼道を餓鬼道と自覚出来ないなら」
 それならというのです。
「救われないよ」
「ああした連中はそうですね」
「そう、そして」 
 そうであってというのです。
「彼等はいるだけで害を為すから」
「成敗するしかないですね」
「常識と倫理何よりも法律で以てね」 
 こう言う先生でした、そしてティ―タイムの後は先生はマグ氏とお別れをしてそのうえでお家に戻りました、そしてです。
 お家で学問をしつつこんなことを言いました。
「日本人は実は混血しているんだ」
「ああ、そうだね」
 チーチーが応えました。
「中国や南洋から来ているね」
「確か秦氏って半島から来ているのよね」
 ダブダブも言います。
「朝鮮半島から」
「アイヌの人達もいるしね」
 ジップはこの人達のことをお話します。
「昔から混血しているわね」
「あと山の民って人達いるね」
 トートーはこの人達のお話をします。
「今もそうみたいだね」
「あと弥生人と縄文人」
「日本人はこの人達の混血よね」
 チープサイドの家族もお話します。
「そもそもが」
「そうなんだよね」
「今は世界中の人達が来て」
 それでと言うガブガブです。
「尚更混血しているね」
「それでどう悪くなったか」  
 ポリネシアはきっぱりと言いました。
「なっていないわよ」
「むしろそういうのが嫌いな連中の方がね」
 ホワイティは言いました。
「おかしいしね」
「何か思想だけでなく血も濃くなって」
 それでと言う老馬でした。
「おかしくなった感じだよ」
「そうそう、何かね」
「差別主義者って血が濃くなっておかしくなった感じもするよ」
 オシツオサレツはここでこう考えました。
「どうもね」
「外国の人達や文化を否定して」
「血が濃くなる、近親婚が進むとどうなるか」
 先生は本を読みつつお話します。
「色々言われているね」
「よくないんだよね」
「血が濃くなると」
「色々弊害が出るのよね」
「身体や心に悪影響が出て」
「それでね」
「そうだよ、この人なんかね」
 先生は皆に今読んでいる本、ドイツ語で書かれた医学書にあった一枚の絵を見せました。その絵は一枚の肖像画でしたが。
 黒い虚ろな目、やけに色素の薄い弱々しい金髪、異様に突き出た下顎、ひしゃげたお顔、病的なまでに白いお肌、極めて細い体格の持ち主です。
 その人の肖像画を見せてです、先生はお話しました。
「スペインの王様だったカルロス二世だよ」
「ああ、ハプスブルク家の」
「あの人だね」
「スペイン系ハプスブルク家最後の王様だね」
「確かこれまで凄い近親婚を重ねて」
「その最後の王様ね」
「スペイン系のハプスブルク家は本当に近親婚ばかりで」 
 そうであってというのです。
「遺伝、血が濃くなってね」
「それを代々重ねて」
「それでだね」
「こうなったんだね」
「見るからに病的だね」
「お身体弱そうね」
「実際まとも歩くこともお話も出来なくて」  
 カルロス二世はというのです。
「ものごとを理解することもね」
「出来なかったんだ」
「頭にも問題あったんだ」
「そうだったんだ」
「子供の頃はまるで獣で」 
 その様でというのです。
「本当にまともなね」
「教育もなんだ」
「受けてもなんだ」
「あまり、だったのね」
「そうだったんだ、内臓も排泄にも問題があって」
 そうでもあってというのです。
「そちらも大変でね」
「かなり重度かな」
「障害にしても」
「この人は」
「そう言ってよくて子供も作れなくて」
 そうであってというのです。
「何時死んでしまうかね」
「わからない位だったんだ」
「それは相当だね」
「確かにこの肖像画観てると」
「そんな風ね」
「蜻蛉も同じお池の蜻蛉ばかりで交尾しているとやがていなくなって」 
 そのお池から蜻蛉がです。
「チンパンジーの群れもそうなるというし」
「近親婚は問題があるね」
「よく言われていて」
「先生前にもお話していたけれど」
「やっぱりそうなんだ」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「この人もだよ、近親婚は問題ないという説もあるけれど」
「それでもね」
「その人見てるとどうもね」
「あるんじゃないかって思うよ」
「私達もね」
「どうも」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「思想も同じだよ」
「あまりにも同じ本や動画ばかりだと」
「内容が同じものばかりだと」
「こうした感じになるね」
「カルロス二世みたいに」
「そうなるよ、ただカルロス二世は自分には何かあると考えていたよ」
 この人はというのです。
「呪われているってね」
「ああ、近親婚を重ねてね」
「その弊害が一気に出ていたら」
「そう思うね」
「それで実際になんだ」
「出ていると言えたね、それで自覚していたんだ」  
 カルロス二世はというのです。
「この人はね」
「ご自身でね」
「それだけで違うね」
「けれど日本のああした連中はどうか」
「自覚しているか」
「愛国で自分達こそ正しいと思うだけだよ」
 彼等はというのです。
「これがね」
「そうだよね」
「あの人達はね」
「全く何も進歩がなくて」
「おかしなままだね」
「自覚もしないね」
「そうだよ、何も知らなくてハラールの商品や給食に文句を言うしね」
 そうだというのです。
「彼等はその知識と教養と品性と人格がだよ」
「カルロス二世だね」
「言うならば」
「それも自覚していない」
「そんな風だね」
「そうだよ、身体や知能に障害はなくとも」
 それでもというのです。
「今さっき私が挙げたものがね」
「全部だね」
「深刻な障害があるね」
「そうなのね」
「ああした連中は」
「自分に反対すると左翼だのリベラルだの言って」
 そうしてというのだ。
「戦争反対を言ってもね」
「同じだね」
「むしろ戦争大好きだよね」
「異様に好戦的で」
「何も考えないで言ってるね」
「戦争反対で言う人達に問題がある人がいても」 
 そうしたこともあるというのです。
「そう言う人全部がおかしいか」
「そんな筈ないね」
「到底」
「そうだね」
「けれど半グレは全員おかしいよ」
 この人達はというのです。
「アウトローの世界でも下の下未満なんだよ」
「そうした連中で誰がまともか」
「まともな奴なんていないよ」
「そして半グレに騙される連中も」
「奈良のあの政治家も」
「あの政治家のお仲間も」
「皆同じだよ」
 それこそというのです。
「全員おかしいよ」
「そうだね」
「戦争反対はそこにおかしな人がいてもね」
「連中は皆おかしいね」
「それも極めて」
「そうだよ、そのことはね」
 それこそというのです。
「よく理解することだよ」
「全くだね」
「連中は知識や品性に極めて深刻な障害があるね」
「それも全員がね」
「どうにもならない位に」
「半グレか半グレと同じレベルね」
「そうだよ、だから本当にね」 
 また怒って言う先生でした。
「奈良の嘘吐き政治家にも騙されるんだ」
「あいつもお仲間だしね」
「ビジネスでやっているけれど」
「元々最低な奴で」
「ああした考えが中にあって」
「それでやってるんだね」
「そうだよ、最低な輩が相変わらず最低な行いをして儲けている」 
 迷惑系だった頃と同じくというのです。
「そして最低な連中が騙されている」
「そうしてお仲間になっている」
「そういうことだね」
「奈良については」
「そういうことだね」
「心を入れ替えたなんてね」
 それこそというのです。
「断言するよ」
「嘘っぱちでね」
「何も変わっていないね」
「何一つとして」
「餓鬼は変わらないよ」
 決してというのです。
「もうね」
「人が何をしても」
「どんな哲学や宗教を以てしても」
「人ではだね」
「どうにもならないね」
「そうだよ、キリスト教で言うと地獄に堕ちた」
 そうしたというのです。
「そんな風だよ」
「ああ、地獄に堕ちるとね」
「そうなるとね」
「もう救い様がないね」
「それこそね」
「だからね」
 それでというのだ。
「私も救えるとはね」
「言わないね」
「むしろ報いを与える」
「そうすべきだって言うね」
「その悪事に相応しい」
「そしてどれだけ報いを受けてもね」 
 そうした輩はというのです。
「絶対にだよ」
「反省しないね」
「実際に奈良のあいつ前科幾つも付いたのに」
「全然反省していないね」
「そのことがわかるわ」
「若し本当に反省していたら」
 その輩がというのです。
「真っ当に働いているよ」
「あんな愛国者だって言わないでね」
「どう見ても売名にしか思えないことしないね」
「絶対に」
「そうだよね」
「そうだよ、しないよ」 
 絶対にというのです。
「陰徳を積む様な」
「反省してね」
「静かに暮らすね」
「急に愛国に目覚めた風になって」
「やたら自分はヒーローアピールしないね」
「そうだよ、彼は何も変わっていないよ」 
 全くというのです。
「餓鬼だからね」
「そういうことだね」
「餓鬼は餓鬼だね」
「どうしても変わらないね」
「人の底を抜いて堕ちたままだね」
「そういうことだよ」 
 こう言うのでした、そうして皆と一緒に夜の時間を過ごしたのでした。本物の悪人はどんなものかとお話もして。








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