『ドリトル先生と月から来た猫』
第十二幕 科学は嘘を吐かない
先生は神戸の街を動物の皆と歩いて帆船を叫ぶデモ隊を見ましたが。
感情的でヒステリックに叫ぶ活動家にしか見えない人達が多くいるのを見てそのうえで皆に言いました。
「見てわかるね」
「うん、よくね」
「ああした連中も同じね」
「赤い帽子のあいつとね」
「そのお仲間と」
「言っていることは正反対な様で」
そうであってというのです。
「その実はね」
「同じだね」
「排他的で攻撃的で」
「人のお話聞かないし」
「偏見の塊で」
「住んでいる世界が凄く狭くて」
「そう、もうね」
それこそというのです。
「彼等は実はね」
「同じだよね」
「どう見ても」
「正反対な様でね」
「いがみ合っているけれど」
「まず彼等はリベラルと言っているけれど」
今デモをしている人達はというのです。
「違うよ」
「そうだね」
「過激派だよね」
「リベラルじゃなくて極左で」
「そうした人達だね」
「そうであってね」
それでというのです。
「革命も考えているしね」
「暴力を用いてね」
「今だにだよね」
「共産主義革命とか言って」
「それでね」
「そうであってね」
そうしてというのです。
「北朝鮮みたいな国家を目指しているよ」
「平和だ民主主義だとか言って」
「その実はね」
「違うね」
「そして愛国の人達はリベラルはああだと言うけれど」
あの人達はというのです。
「実は極左とリベラルの違いがわからなくて」
「実は自分達が罵っている相手と自分達は同じだって」
「気付かないわね」
「ただひたすら思い込んでいて」
「同類同士で罵り合っているわね」
「そう、彼等は自分達しかなくて」
そうであってというのです。
「物凄く排他的で攻撃的だからね」
「そんな連中が顔を合わせたら」
「当然喧嘩するわね」
「お互いを罵り合う」
「暴力を振るうね」
「そして相手を悪だとレッテルを貼ってね」
そうしてというのです。
「攻撃する、その悪と戦うね」
「自分達はヒーローだ」
「そう思いたいだけだね」
「そこには民主主義もなくて」
「絶対の自分があるだけだね」
「そうだよ、だから彼等の言うことを突き止めるとね」
そうすると、というのです。
「行き着く国家は一つだよ」
「北朝鮮だね」
「あんなとんでもない国になるね」
「普通あんな国になりたくないよ」
「絶対にね」
「そう思うけれどね」
それがというのです。
「これがね」
「ああした人達は気付かない」
「考えようともしない」
「ただああして騒ぐだけで」
「攻撃的なだけだね」
「人のお話を聞かないで」
「同じことばかり言うんだよ、見たらいいよ」
今野デモ隊の人達をです。
「若い人は殆どいないね」
「そうだね」
「確かにね」
「誰もいないね」
「若い人は」
「ああして何十年、もう半世紀以上だよ」
「同じこと言って」
そうであってというのです。
「進歩がないんだよ」
「そしてだね」
「それは今の愛国の連中もだね」
「実際多くの人はわかってきてるし」
「あの連中のことがね」
「そうだね、もうね」
それこそというのです。
「彼等の未来は決まっているdな」
「あの連中と同じだから」
「何もかもが」
「同じ運命を辿るね」
「あの連中は相手を攻撃する為に民主主義だ人権だ平和だとか差別とか言うけれど」
「彼等の何処にそんなものがあるのか」
民主主義、人権、平和、差別の否定がというのだ。
「わかるね」
「法律も破るしね」
「暴力も肯定するし」
「何がどう平和的か」
「そして半グレとも混ざっているけれど」
このこともお話します。
「そのこともね」
「酷いね」
「半グレともっていうのは」
「その時点で駄目だね」
「それこそ」
「革命は暴力を肯定してね」
今デモ隊で騒いでいる人達はです。
「そしてね」
「そうしてだね」
「愛国の連中は半グレと一緒になっている」
「半グレは暴力を平気で振るうよ」
「だから同じだね」
「政治や経済の考えもどっちも排他的だしね」
このこともお話するのでした。
「彼等は同じだよ、同じだからこそ」
「同じ道を辿るね」
「今愛国の連中は騒いでいるけれど」
「やがてはああなるね」
「そして枯れてしまうよ」
そうなるというのです、そうしてでした。
先生は皆と一緒にインド料理店に入って本格的なインドカリーを食べます。そうしてこう言ったのでした。
「美味しいね」
「そうだね」
「先生カリー好きだしね」
「こうしたお店が日本にあって嬉しいね」
「神戸にね」
「それでね」
皆に応えつつ食べます。
「こうして食べているけれどインド系の人達にもね」
「ああした連中は差別を向けるよね」
まさにと言う老馬でした。
「アジア系、アフリカ系、アラブ系にで」
「他文化との共生は無理とか言ってね」
トートーの口調は怒ったものでした。
「それで排除するんだよね」
「自分達は洋服を着て白いタキシード着て結婚式をして」
それでと言うホワイティです。
「西欧文化に染まっていてもね」
「その時点でおかしいね」
ジップは言いました。
「どう考えても」
「イスラム文化なんて堂々と差別して否定しているけれど」
それでもと言うガブガブです。
「全く知らなくて」
「そしてね」
「クルド人がどうとか嘘まで吐いて攻撃して」
チープサイドの家族も怒っています。
「イスラム教も否定して」
「こうしたインド文化もね」
「そういえばそれぞれマイノリティだね」
チーチーはこのことに気付きました。
「少数派だと大勢で攻撃すると反撃出来ないしね」
「即ち弱い者いじめだね」
「愛国と言いながらすることは」
オシツオサレツも思いました。
「何が愛国なんだろうね」
「反撃出来ない相手を悪だって言って攻撃して」
「それでヒーローなんてね」
ポリネシアの声は軽蔑しきったものでした。
「嘘八百ね」
「こういうのを何て言うか」
ダブダブは怒って言いました。
「悪と言うのよ」
「弱い者いじめをしてヒーローになるなんて」
ガブガブも強く言います。
「悪そのものだね」
「そうだよ、悪だよ」
先生は言いました。
「彼等は悪だよ」
「全くだね」
「それで幾らいいことをしたってあちこちで動いてね」
「売名行為に勤しんでもね」
「悪でしかないよ」
「偽善もまた善と言うけれど」
それでもというのです。
「悪は悪だよ」
「そうだよね」
「そうした行為は悪だね」
「正真正銘のね」
「悪だよね」
「偽善ではないよ」
決してと言う先生でした。
「そうした行為はね」
「何か愛国の正体が見えるね」
「日本のそうしたことを叫ぶ連中の」
「本当に悪だね」
「それもかなり酷い」
「絶対の正義も絶対の悪もないんだ」
先生はカリーを食べながら言います、とても辛いですがとても美味しいです。
「けれどね」
「薄汚い悪ってあるよね」
「吐き気を催す」
「そうした悪ってあって」
「連中がそうだね」
「そして悪を悪と認識出来ないなら」
それならというのです。
「これ以上愚かなことはないよ」
「先生の言う通りだね」
「絶対の正義も絶対の悪もなくても」
「吐き気を催す邪悪があって」
「邪悪を邪悪とわからない」
「そんな奴もいるね」
「そこまで愚かだと救われないしね」
今先生はこのことを疾患していました。
「ことの善悪がわからない位だと」
「嘘を嘘と見抜けなくて」
「そのうえで騙されると」
「同類だからね」
「そこで差別をすると」
「白紙ならそこから学ぶよ」
そうするというのです。
「けれどね」
「白痴とね」
「学ばないね」
「頭に何も入らない」
「そうだね」
「それで悪いものは入るんだ」
そうだというのです。
「何故かというとね」
「楽から楽に入る」
「努力を知らないから」
「それでだね」
「努力をすれば磨かれるけれど」
人としてというのです。
「けれどね」
「それでもだよね」
「努力しないとね」
「磨かれないで」
「どんどん堕ちていくよ」
「それでいいものは入らなくて」
そうであってというのです。
「堕ちていって所謂甘い言葉にだよ」
「乗っていくね」
「それもどんどん」
「自分に都合のいい言葉だけ聞いて」
「そして都合よく解釈していくね」
「スポーツでも学べるんだよ」
先生はここで濃厚なミルクティーを飲んでお話しました。
「何かとね」
「自分に都合の悪い事態なんていつもだしね」
「スポーツをしていると」
「逆境も経験するわ」
「最悪の事態も」
「ピンチも」
「そこで人間も見るしね」
そうした経験もあるというのです。
「これがね」
「そうだよね」
「そして学んでいくよ」
「人間自体もね」
「そして自分に都合の悪いことを知って聞くことの大事さも」
「例えば最悪の事態を想定してね」
そうしてというのです。
「そこから逆算して動いてもね」
「いいよね」
「そうしても」
「そうすれば失敗しないし」
「いいわね」
「けれど彼等の殆どはスポーツもしないとしかね」
その様にというのです。
「思えるね」
「これがね」
「どう見ても殆どの奴がまともな人生経験送って来てないし」
「色々知ってたらああならないよ」
「あんなに愚かで視野が狭くならないわ」
「しかもまともな専門書も小説も漫画も読まないよ」
読書のお話もします。
「政治や経済、文学も」
「思想書だってね」
「漫画だってね」
「変な愛国の雑誌や本ばかり読み耽って」
「そこから出ないわね」
「本当に楽に流れるだけでね」
愛国の人達はです。
「愛国なら何でも許されると思っているから」
「先はないね」
「こうしたカリーだって差別しそうだし」
「全く駄目ね」
「クー=クラックス=クランとも同じだよ」
彼等はというのです。
「ああして碌なことをしないね」
「差別主義の集団ね」
「本当に見るものはないわね」
「いいところがないね」
「私もそう思うよ」
こう言ってカリーを食べる先生でした、本格的なインドカリーはとても美味しかったです。そして神戸の街でそうした次の日です。
王子が研究室に来て先生に言いました、トミーも一緒です。
「先生、あいつ捕まったよ」
「赤い帽子のあの人が逮捕されました」
研究室で学問を楽しんでいる先生にお話します。
「学園や他の多くの人への名誉棄損で」
「そうなったよ」
「やっぱりそうなったね」
先生はそのお話を聞いて冷静に頷きました。
「あれだけのことをしたからね」
「冷静だね、先生」
王子は本当に落ち着いている先生を見て言いました。
「凄いことなのに」
「いや、だからそうなるとね」
その様にというのです。
「思っていたから」
「驚いていないんだ」
「うん、もう証拠は揃っているしね」
先生は冷静なままさらに言います。
「後はね」
「有罪だね」
「間違いないね、多分和解もね」
「示談でだね」
「済まないよ、皆酷く罵られ嘘で誹謗中傷されていたから」
だからだというのです。
「告訴を取り下げることもね」
「ないんだね」
「理事長さんがそう言われているよ」
学園の責任者のこの人はというもです。
「絶対に許せないってね」
「学園の人達を攻撃したからだね」
「それも根拠のない嘘を用いてね」
「僕も攻撃されたしね」
王子自身もです。
「何かとね」
「人種的なだね」
「信仰でもね、僕は今はね」
「お国の信仰もしているね」
「キリスト教も信じているけれど」
それと共にというのです。
「お国の信仰も信じているよ」
「アフリカのね」
「そしてその信仰をだよ」
アフリカのそれをというのです。
「あの連中は攻撃してきたしね」
「アフリカへの偏見も言ったね」
「散々拡散してくれたよ、まともに調べもしないで」
そのうえでというのです。
「散々言ってくれたしね」
「王子のお国もだね」
「公式に抗議してね」
そうしてというのです。
「訴えているよ」
「そうしないとね」
「うん、こっちもね」
「許せないね」
「絶対にね」
先生に強い声で言いました。
「僕が裸足だったことも野蛮の証とか言ってくれたし」
「裸足もその文化や風習で」
それでと言うトミーです。
「それに今王子は」
「靴を履いているよ」
「そうだしね」
「それでもああした連中は言うんだよ」
「王子は裸足で裸足は野蛮だって」
「碌に調べないでね」
そうしてというのです。
「言ってくれたし」
「許せないね」
「差別だからね、明らかな」
王子は先生に答えました。
「許せないよ」
「訴えた人はどの人も同じ気持ちなんだ」
先生は言いました。
「だから和解、示談はしないよ」
「そういうことだね」
「自業自得だよ」
先生はきっぱりと言いました。
「そして天網恢恢疎にして漏らさずで」
「悪事はばれてね」
「裁かれるものだよ」
「そういうことだね」
「差別を行ってしかも嘘まで吐いてなら」
「誹謗中傷もしてね」
「人を嘲るのならね」
そうしたらというのです。
「紛れもなくだよ」
「悪だね」
「そうだからね」
「裁かれるね」
「これからね」
「そうだよ、悪事には報いがあるんだ」
絶対にというのです。
「だからね」
「あいつも捕まったし」
「他の連中もだね」
「捕まってだね」
「裁かれるね」
「そうなるよ、大体嘘を吐いて」
そうしてというのです。
「そのうえで何かをするなんて」
「その時点で駄目だね」
「アウトだね」
「愛国なら何してもいいとかないし」
「絶対にね」
「そうだよ、本当にね」
先生は強い声で言います、そうしてです。
論文を書いていきます、月についての論文だけでなく狼についてもです。そうしていってどちらの論文も書き終えました。
そのうえで、です、こんなことを言いました。
「次は日本の医学についてだよ」
「書くね」
「そうするね」
「調べて」
「現代のね。日本医学は進んでいるけれど」
そうであるがというのです。
「これからもっとね」
「改善されていって」
「よくなっていくね」
「そうだね」
「うん、あらゆる分野がかなりのレベルだけれど」
日本の医学はというのです。
「もっともっとよくなるよ」
「そうなんだね」
「先生はお医者さんだからね」
「そちらが本分だしね」
「やっぱり医学について一番詳しいね」
「そうだね」
「そうだよ、特にね」
先生はさらにお話します。
「私は栄養学について書くけれど」
「医学でだね」
「そうするんだね」
「栄養学も重要だしね」
「医学から見ても」
「それで書くんだね」
「それで書くと」
医学についてです。
「徐々に発展していって」
「今に至るね」
「それでそのことをだね」
「先生は書いていくね」
「うん、それでね」
それでと言う先生です。
「脚気についても書くよ」
「ああ、脚気ね」
ダブダブはこの病気の名前を聞いて言いました。
「日本独自と言っていい病気よね」
「白米だけ食べるとなるんだよね」
ガブガブも言ってきました。
「そうだよね」
「日本人の主食っていうとご飯で」
老馬はそれでと言います。
「白米だね」
「その白米のご飯ばかり食べてると」
ポリネシアはそうしていると、と言いました。
「なるのよね」
「それで昔の日本には多かったんだよね」
「それもかなりね」
オシツオサレツが二つの頭でお話します。
「それで深刻だったね」
「あまりにも多くの人がなっていて」
「江戸や大坂でなる人が多くて」
トートーは江戸時代のお話をしました。
「江戸腫れとか大坂腫れって言われていたね」
「他の国は麦も豚肉も食べるから」
それでと言うジップです。
「ならないけれどね」
「昔の日本は街では白いご飯ばかり食べていて」
「なったのよね」
チープサイドの家族はこのことをお話しました。
「田舎じゃ玄米とか雑穀も食べていてね」
「ならなかったけれど」
「そうしたことも勉強すると」
それならと言うホワイティでした。
「日本の歴史の勉強にもなるね」
「ただ医学のことだけじゃないね」
チーチーはしみじみとした口調で言いました。
「本当に」
「そうだよ、脚気は日本の歴史にも影響を与えていたんだ」
先生は皆に研究室でお話しました。
「多くの罹患者を出してね」
「そうだよね」
「お亡くなりになった人も多くて」
「日本で深刻な病気だったね」
「国民病だったね」
「この脚気と結核、梅毒がだよ」
この三つの病気がというのです。
「日本にとってね」
「国民病でね」
「大勢の人が亡くなって」
「大変だったね」
「後の二つは細菌による感染症でね」
そうであってというのです。
「脚気は栄養の問題だったけれどね」
「確かそれがわからなくて」
「脚気菌があるって言われていたね」
「そうだったね」
「そうだよ、それを言ったのがね」
脚気菌があるとです。
「森林太郎という軍医さんで」
「森鴎外さんだね」
「文豪のね」
「あの人は本職はお医者さんで」
「そこは先生と同じだね」
「そう、文豪としての方が有名だけれど」
森鴎外さんはというのです。
「これがね」
「実はだよね」
「本職はお医者さんで」
「お医者さんとしてはね」
「脚気菌のがあるとか言ってね」
「そのことに固執して」
先生は眉を曇らせてお話しました。
「日露戦争では大変なことになったよ」
「あの人軍医だったからね」
「それも軍医総監っていう軍医さんで一番偉い人だったから」
「陸軍でね」
「それで脚気菌があるって言って」
「必死に探していて」
「海軍ではもうわかっていたんだ」
脚気の原因がです。
「既にね」
「そうだよね」
「栄養の問題だって」
「麦を食べればいいって」
「パンを食べている人が脚気にならないのを見てね」
「それでだったね」
「実際に麦飯を食べたらならなかったから」
脚気にです。
「麦飯を導入してね」
「それでだよね」
「脚気をなくしたね」
「海軍ではね」
「それが明らかだったけれどね」
「あの人が物凄く反対して」
森鴎外さんがです。
「あとやっぱり白米のご飯を食べたいってね」
「その声が強かったんだね」
「陸軍で」
「麦飯よりも美味しいから」
「だからね」
「今は麦飯も美味しいけれど」
それでもというのです。
「昔はね」
「何かべちゃべちゃしたんだよね」
「そうらしいわね」
「炊いて時間が経って冷えると」
「そうなると」
「だから評判が悪くて」
麦飯はというのです。
「玄米もね」
「人気がなかったね」
「そうらしいね」
「美味しくないって」
「そうだったね」
「それで白米を食べると」
陸軍ではです。
「これまで通りね」
「脚気の患者さんが多く出て」
「それでだね」
「大変なことになっていたね」
「お亡くなりになった人も沢山出て」
「このことも書くけれど」
論文でというのです。
「医学の論文だけれど」
「歴史も学べるね」
「日本の歴史も」
「一つのことを学ぶと色々なことがわかるね」
「そうなるね」
「だから学ぶことはいいことなんだ」
先生は言いました。
「何かとわかるからね」
「そうだよね」
「本当にね」
「先生は色々なものを学んでいるからね」
「論文にも書いて」
「色々なことを知っているね」
「そうだと思うよ」
自分もと言う先生でした、そしてです。
そうしたお話をしてです、先生はあらためて言いました。
「そしてね」
「そして?」
「そしてっていうと?」
「うん、大事なのはね」
このことはといいますと。
「脚気のことは日本にとっていいお話じゃないね」
「大勢の人が亡くなったからね」
「どうしてもね」
「そう言えるね」
「そうだけれど」
それでもというのです。
「知るとね」
「大きいね」
「本当にね」
「だから学ぶべきだね」
「日本にとってよくないお話でも」
「よくないことでも知れば」
そうすればというのです。
「改善出来るからね」
「そうだよね」
「そこから改善出来るね」
「悪い部分を知ればね」
「そこをどうにかしようって思って」
「都合のいいお話を聞いて」
そしてというのです。
「都合よく解釈するだけだと」
「どうにもならないね」
「何も出来ないね」
「本当にね」
「だから私も都合の悪いお話を聞くよ、自分の間違いを言われて」
そうなってというのです。
「喜べる人がいたら凄いよ」
「ああ、子路さんだね」
「孔子さんの弟子だった」
「昔の中国の人よね」
「春秋時代の」
「そう、あの人はね」
まさにというのです。
「間違いを言われると喜んで」
「間違いを正そうとしたね」
「率直で正直な人だったっていうけれど」
「武人気質で」
「そうした人で」
「それでね」
そうであってというのです。
「そうしたことをしていたから」
「凄いよね」
「それでこそ人は成長するね」
「そして日本にもとってもいいことになるね」
「そうなるね」
「そう、そして」
そうであってというのです。
「それが出来てこそ本物だよ」
「本物の愛国よね」
「国士って言うけれど」
「本物の国士だね」
「私はそう思うよ」
皆にお話します、そして日本に今回もご主人のお仕事の関係で来たサラに自宅でお話しました。赤い帽子の人達のこともです。
するとサラはとても嫌そうなお顔をして先生に言いました。
「そんな悪党は何時でもいるわね」
「何処でもだね」
「ええ、嫌な奴等ね」
こう言うのでした。
「本当に」
「サラは嫌いなんだね」
「だって私達の会社は世界を相手にお仕事をしているのよ」
サラは強い声で言いました。
「主人は宣教師であってね」
「紅茶の会社の経営もしているね」
「世界中でキリスト教の教理も説いてるし」
宣教師としてです。
「日本にもよ」
「紅茶を売っているね」
「そうしているから」
そうであるからだというのです。
「本当にね」
「グローバリズムと言うとだね」
「グローバリズムよ、けれどああした連中はね」
「言うことをするとね」
「共産主義じゃない、共産主義になったら」
それこそというのです。
「まともな商売なんてよ」
「出来ないね」
「そうなるから」
だからだというのです。
「とてもね」
「ああした人達はだね」
「何よりも差別と偏見煽って」
サラは怒ったお顔で言いました。
「自分達が視聴数や票数欲しいのでしょ」
「そうして儲けて政治家にもなってね」
「もっと悪いことするわね」
「嘘まで吐いてね」
「そう、嘘を吐くことも」
このこともというのです。
「本当にね」
「悪いことだからだね」
「許せないわ、大嫌いよ」
まさにというのです。
「ああした連中は」
「イギリスでもああした連中はいるからね」
「世界中にいてね」
そうしてというのです。
「癌になっているでしょ」
「日本でもね」
「それで兄さんにもよね」
「そうだよ、攻撃してきてね」
「退けたわね」
「そうしたよ」
「よかったわね、ただね」
それでもと言うサラでした。
「またああした連中と揉めるかもね」
「可能性はあるよ」
先生も否定しませんでした。
「やっぱりね」
「そうよね、けれど負けないわね」
「だから彼等にあるのは差別と偏見だけだよ」
先生はサラに確かな声で言いました、居間でちゃぶ台を囲んでそのうえで紅茶を飲みながらお話しています。
「知識や教養はないんだよ」
「自分達に都合のいいお話を聞いて都合よく解釈するだけで」
「知性も理性も品性もね」
「一切ないわよね」
「ああした人達の常だね」
「ええ、それじゃあね」
それならというのです。
「兄さんには敵わないわね」
「相手は勝利宣言をしているけれどね」
「自分勝手によね」
「覚えてろって言ってね」
そうしてというのです。
「その後はね」
「ネットで言ってるのね」
「そうだよ、動画を編集して」
そうしてというのです。
「AI動画まで作ってね」
「勝ったって言ってるのね」
「彼等の常だよ」
そうした行いはというのです。
「そうして印象操作を行うんだ」
「例え何があっても」
「彼等は敗北を受け入れないからね」
「負けたって認めることも必要よ」
「人にはね」
「勝敗は常でしょ」
サラは言いました。
「特にスポーツだと」
「そうだね」
「兄さんはスポーツはしないけれど」
それでもというのです。
「スポーツマンシっプはわかっているし」
「負ければ潔く認めてだよ」
「受け入れてね」
「振り返ってね」
敗北をというのです。
「問題点があればね」
「改善してね」
「負けた時よりもよくなる」
「そうなることよね」
「つまり彼等はスポーツマンシップもないんだよ」
「人としてのマナーも備えていないわね」
「そうだよ、そしてね」
そうであってというのです。
「敗北を認めなくて」
「嘘まで吐いて勝利宣言を行って」
「そうしてだよ」
そのうえでというのです。
「同じことを繰り返すよ」
「進歩がないわね」
「こうした工作や勝利宣言も極左のやることだね」
「ああした人達のね」
サラも否定しません。
「そうよね」
「それでだよ」
「ああした人達については」
「またね」
「兄さんに突っかかって来るわね」
「そうしてくる可能性はあるよ」
実際にというのです。
「私もそう思っているよ」
「やっぱりそうよね」
「けれどね」
それでもというのです。
「私がやることは同じだよ」
「議論で応じるわね」
「人間としてね」
「人間の美徳で対するわね」
「そうしていくよ、月のことも言われたけれど」
「兄さんは月に行ったしね」
サラとしてもです。
「本当にね」
「そのことを言ってもね」
「あの連中は信じなかったわね」
「全くね、今もね」
「信じていないわね」
「論文を書いてね」
月のことで、です。
「生きものを紹介してもね」
「私をね」
イティーが言ってきました。
「そうだけれどね」
「科学的に調べてはっきりしているわね」
サラはイティーを見つつ先生に言いました。
「もうね」
「そうだね」
「ええ、それこそね」
まさにというのです。
「私も信じているわ」
「そうだね」
「そもそも私妹よ」
先生に言うのでした。
「兄さんが嘘を吐かないことはね」
「知っているね」
「ずっと一緒にいたのに」
兄妹としてです。
「今もこうして時々会ってるのに」
「日本に来てね」
「それでどうして知らないのよ」
「私が嘘を言わないことを」
「それで私も言うわ」
「私が月に行ったとだね」
「本当にちゃんと資料も出しているし」
月にあるものをです。
「それならね」
「信じてくれるね」
「ええ」
そうだというのです。
「はっきりとね」
「そうだね」
「そして」
そのうえでというのです。
「私としてはね」
「はっきりとだね」
「この猫のことも信じるわ」
またイティーを見て言います。
「ちゃんとね」
「DNAや毛の科学反応を見てもだよ」
先生はお話しました。
「イティーは月にいたね」
「月の猫だね」
「そうだよ、科学は嘘を吐かないよ」
そうだというのです。
「進歩し続けてね」
「それでそうしたこともわかるわね」
「そうだよ」
イティーのこともというのです。
「しっかりとね」
「月のこともわかって」
「人間に差別がある様なね」
「優劣もないわね」
「人種や民族や宗教で決まらないよ」
人の優劣はというのだ。
「そうしたこともわかるし」
「科学で検証することね」
「学んでね、そうしてこそね」
先生は確かな声で言いました。
「正しいことがわかるよ」
「差別が間違っていることがね」
「そうだよ、それじゃあね」
先生は紅茶を飲んでからお話しました。
「私はこれからもだよ」
「日本にいて」
「様々なことを学んでいってね」
「差別を否定していくわね」
「それが間違っていると証明されているし」
科学的にというのです。
「そのことも言っていくよ」
「いいことね」
サラも笑顔で頷きました。
「私も応援するわ」
「宜しく頼むよ」
先生は笑顔で応えました、そのうえで月それにイティ―のことをお話していきます、そのお話はとても楽しいものになったのでした。
ドリトル先生と月の猫 完
2026・1・11