『ドリトル先生のオーケストラ』




                第一幕  日本の交響楽団

 この時日笠さんは先生の研究室に来て先生にかなり熱心にお話していました。
「今度交響楽団がこの大学で演奏会をしてくれるので」
「私もですか」
「はい、如何でしょうか」
 熱心な声で言います。
「先生も」
「オーケストラですね」
「先生は音楽もお好きですね」
「はい」 
 先生はにこりと笑って答えました。
「オーケストラを編成したこともあります」
「サーカスの時に」
「野菜の楽器を作りまして」
 そうしてというのです。
「風変りですが」
「そうした経験もおありですね」
「音楽は何でも好きで」
 そうであってというのです。
「クラシックもです」
「お好きですね」
「ピアノや歌も好きで」
「オーケストラもですね」
「好きでして歌劇もです」
 こちらもというのです。
「好きです」
「そうですね、では」
 日笠さんは目を輝かせて言いました。
「その演奏会に一緒に」
「私とですか」
「如何でしょうか」
「先生、行きなよ」 
 今も一緒にいる皆が早速先生に言いました。
「折角のお誘いだよ
「ここは行くべきだよ」
「場所は学園の中のコンサートホールだしね」
「丁度いいよ」
「時間も夜で空いているし」
「行きなさいよ」
「そうそう、行ってくればいいよ」
 皆で先生に言います。
「是非共ね」
「そうしてきて」
「絶対にだよ」
「行ってきてね」
「日笠さんとお二人でね」
「皆がそう言うなら」
 それならとです、先生は頷きました。
「行くよ」
「うん、いい決断だよ」
「クラシックだと聴きに行くにも正装でないといけないけれど」
「先生なら大丈夫だよ」
「だっていつも正装だしね」
「タキシードやスーツだから」
「シルクハットも被ってるし」
 だからだと言う皆です。
「じゃあね」
「そうしよう」
「先生が決めてくれてよかったわ」
「じゃあ僕達はお家で留守番してるから」
「吉報を待ってるわよ」
「あれっ、皆は行かないんだ」
 全く気付いていない先生はおやというお顔になって言いました。
「そうなんだ」
「いや、そう言われても」
「気を使ってるんだよ、僕達」
「先生にね」
「ここは日笠さんと二人で行って来てね」
「そうしてね」
「よくわからないけれど皆がそう言うなら」
 先生は皆が好意で言っていることはわかりました、それでその好意は受け入れてそのうえで言うのでした。
「そうさせてもらうね」
「そうそう、そうしてね」
「是非共ね」
「私達も期待しているから」
「これは貴重な一歩だから」
「お二人でね」
「それではね」
 先生はわからないまま頷きました、そうしてです。
 日笠さんに向き直ってです、あらためて言いました。
「では宜しくお願いします」
「私はその日はすぐにです」
 日笠さんはにこりと笑って応えました。
「正装に着替えますので」
「スーツにですね」
「そうしてきまして」
 正装に着替えてというのです。
「あらためてです」
「来てくれますか」
「そうさせてもらいます」
「私は皆をお家に送ってからです」
 先生はそうしてからと言いました。
「待ち合わせ場所に来ます」
「その待ち合わせ場所ですが」
 日笠さんはそちらのお話もしました。
「こちらで宜しいでしょうか」
「この研究室ですか」
「演奏会はこの学園ですし」 
 行われる場所はというのです。
「ですから」
「それで、ですね」
「はい」
 だからだというのです。
「その時はです」
「この研究室で待ち合わせて」
「そしてです」
 それからというのです。
「一緒に行きましょう」
「コンサートホールまで」
「その様に」
「それでは」
 先生も笑顔で頷きました、こうしてです。
 オーケストラの演奏会に行くことが決まりました、そうして日笠さんは誰が見てもわかる位の上機嫌で研究室を後にしました。
 日笠さんが研究室を出るとです、皆は言いました。
「全く、苦労するよ」
「先生のこうしたことについては」
「毎度ね」
「先生はわかってないから」
「どうしてもね」
「困るわ」
「何がわかっていないのか」
 先生はミルクティーを飲みつつ首を傾げさせました。
「私にはわからないよ」
「そうよね」
「先生はね」
「無縁だって信じ込んでいるから」
「だからね」
 皆はその先生に言うのでした。
「そうだよね」
「けれど先生、僕達は頑張るからね」
「先生の為に」
「そして今以上にだよ」
「先生を幸せにするからね」
「僕はもう充分幸せなんだけれどね」
 ここでもこう言う先生です。
「皆がいて学問も出来て」
「お金のことも気にしなくていい」
「そうした環境だから」
「快適なお家があって」
「いつも美味しいものを口にして」
「それでだね」
「充分幸せだから」
 それでというのです。
「これでいいけれど」
「だからそこで欲を張って」
「もっと幸せになればいいんだよ」
「先生いつも幸せには際限がないって言ってるし」
「そうだからね」
「そんなものかな。まあ今回はね」 
 先生は皆のお話に首を少し傾げさせつつ言いました。
「日笠さんと二人で行くよ」
「そう、絶対だよ」
 ガブガブは念を押す様に強く言いました。
「僕達お留守番してるからね」
「お家にいるよ」
 ホワイティの声も強いです。
「そうして先生を待つよ」
「もうてこでも動かないから」
 チーチーの声も何時になく強いです。
「いいね」
「先生は今回は二人きり」
 トートーは言いきりました。
「日笠さんとね」
「その日ばかりはだよ」
 ジップの声はきっとなっています。
「先生と僕達は別行動だよ」
「もう何があってもね」
 老馬も先生に言います。
「先生は日笠さんと演奏会に行くんだよ」
「心変わりは許されないよ」
「今回ばかりはね」
 オシツオサレツは二つの頭で強く言いました。
「先生は心変わりしない人だけれど」
「今回は特に気をつけてね」
「もう何があっても」
「そこは守ってもらって」
 チープサイドの家族も先生に強く言うのでした。
「しっかりと頼むわよ」
「演奏会の間ずっと日笠さんと一緒にいてね」
「音楽を聴いてもいいけれど」
 それでもと言うポリネシアでした。
「日笠さんを忘れないでね」
「いつも通り紳士でいてね」
 ダブダブも強く言いました。
「いつも以上でもいいわよ」
「ううん、私は確かにクラシックも好きで」 
 先生は皆の強い言葉にどうしてかと思いつつ応えました。
「オーケストラもだけれど」
「疑問に思うことはないから」
「全くね」
「先生、その服装でいつも通り紳士でいてね」
「それで日笠さんとずっと一緒にいるのよ」
「演奏会の間は」
「そして終わったら」 
 先生は演奏会の後のお話もしました。
「それからはね」
「そう、送るのよ」
「日笠さんをね」
「お家の玄関までね」
「そうしてね」
「当然のことだよ」
 先生は確かなお顔と声で答えました。
「紳士としてね」
「そう、先生は紳士だから」
「このことは安心しているけれど」
「それでもね」
「ちゃんとしてね」
「今回はもう絶対にだよ」
「いや、紳士でありたいなら」
 それならと言う先生でした。
「当然だと思うけれど」
「それでも万が一があるから」
「私達も念を押すのよ」
「今回ばかりはね」
「そうするんだよ」
 皆今も強い声で言います、そうしてです。
 お家に帰ってもトミーそしてお家にお邪魔してきた王子と執事さんにもお話します、するとトミーも王子も言いました。
「先生、今回はです」
「絶対にいつも通りでいてね」
「紳士でいて下さい」
「日笠さんを気遣ってね」
「何があってもです」
「そうしてね」
「当然のことだよ」
 先生は二人にも言いました。
「紳士でありたいなら」
「そうです、その先生ならです」 
 まさにと言うトミーでした。
「問題ないと思います、ですが」
「念を押してなんだ」
「言わせてもらっています」
 そうだというのです。
「今回は」
「失敗されたら困るから」 
 王子も切実な声で言います。
「僕達も今回はね」
「念には念を押してなんだ」
「言うんだ」
「そうなんだね」
「大丈夫と思っても」 
 それでもというのです。
「大事な時になるから」
「皆で言うんだね」
「そうだよ、最後まで紳士でいてね」
「うん、ただ僕はオーケストラの演奏会に行くんだよ」
 先生はそれが本題だと言いました。
「何で皆そのことを言わないのかな」
「だってね」
「今はどうでもいいから」
「先生にとって」
「演奏会自体のことは」
「実はね」
「いや、演奏会だから」
 動物の皆にそれでもとお話します。
「やっぱりどの交響楽団が演奏をして」
「曲だね」
「どんな曲が演奏されるか」
「そのことが問題だっていうんだね」
「先生としては」
「そうだよ、日本で有名な交響楽団で」
 演奏会を行うのはというのです。
「曲はベートーベンにチャイコフスキー、ヴィヴァルディにヘンデル、ハイドンとね」
「豪華だね」
「有名な名曲ばかりだね」
「そつのない演奏会になりそうだね」
「指揮者も日本で知られた人だし」
「そう、日本は実はね」
 今皆で暮らしている国はというのです。
「クラシックはかなりね」
「秀でているね」
「どうしても本場は欧州って思われて」
「二流とか思われているけれど」
「その実はね」
「レベルが高いね」
「聴く人達の耳が肥えていて」
 即ち確かでというのです。
「知識も凄いからね」
「ああ、日本のクラシックファンの人達ってね」
「確かに凄い知識だね」
「そこまで知ってるのっていう位の」
「凄いものがあるね」
「そうした人達が聴くから」
 だからだというのです。
「演奏する方もだよ」
「レベルが高くなるね」
「そうした人達を相手にしているから」
「必然的にね」
「そうなるわね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「二流なんてとんでもないよ」
「そうだね」
「CDだってそうした人いつも凄いの聴いてるから」
「フルトヴェングラーの指揮とか」
「ウィーンフィルハーモニーとかベルリン管弦楽団とか」
「そういうのばかり聴いてるからね」
「普段から聴いていて」
 そうしたCDをというのです。
「演奏の機器もね」
「凄いよね」
「お金をかけて凄いの買って」
「そうして聴くから」
「その耳たるやね」
「とんでもないね」
「そしてその知識は」
 音楽へのそれはというのです。
「これまたね」
「凄いレベルでね」
「学者さんみたいだし」
「日本人の凝り性が出ているっていうか」
「物凄くて」
「そんな人達が大勢聴くとなると」
 観客としてです。
「そうなるとね」
「演奏する方のレベルも凄くなるよ」
「つくづくね」
「そんな人達を満足させようと思ったら」
「絶対にレベル上がるね」
「それもかなり」
「そうだよ、演奏する方も耳が肥えて知識があるから」
 だからだというのです。
「いい音楽を演奏しようとね」
「練習して勉強して」
「必死に努力するし」
「お客さんに応えると共に」
「そうもしていくから」
「凄くなるんだ、そして」
 そうであってというのです。
「日本の演奏はね」
「凄くなって」
「それでだね」
「日本のクラシックはレベルが高い」
「オーケストラだって」
「そうなっているよ、少しの違いも聞き逃さない人達だから」
 日本のファンそして演奏家の人達はというのです。
「凄いよ、というか最近はアジア全体でね」
「オーケストラのレベル上がっているんだ」
「本場は欧州でも」
「そうなっているのね」
「今は」
「日本は歌劇場もあるしね」
 歌劇のというのです。
「元々歌舞伎の劇場があるけれど」
「歌舞伎はまた違うしね」
「歌劇とは」
「歌舞伎はまた歌舞伎で独特で」
「独自の文化だからね」
「それで違うけれど」
 それでもというのです。
「日本ではクラシックの歌劇の劇場もあるね」
「東京にね」
「そちらもあるし」
「やっぱり耳が肥えて知識も凄い人達が聴くから」
「レベルが高くなるね」
「日本のファンの人達はブーイングはしないことが殆どだけれど」
 それでもというのです。
「本当に耳と知識は凄いからね」
「そこ日本人だね」
 まさにと言う王子でした。
「凝りに凝ってね」
「クラシックでもね」
「とんでもないレベルに至っているね」
「うん、日本人は興味を持ったら」
 そうすると、というのです。
「その分野についてね」
「とことんまでのめり込んでね」
「実際にやったり学んだりして」
「極端に高いレベルになるよ」
「明治の頃からクラシックに秀でた人はいるよ」
 日本にというのです。
「滝廉太郎や山田耕作といった」
「凄い人達が出ていて」
「元々凄くなる下地はあったんだ」
「そうだね」
「そして今はね」
「結構以上に凄いレベルにあるね」
「歌手だってね」
 こちらの人達もというのです。
「かなりだよ」
「そうだね」
「何しろ普通の大学生が」
「クラシックファンのね」
「ワーグナーの生い立ちや彼の作品について」
「お話出来るね」
「細かくね」
 そうだというのです。
「ワーグナーは難しいと言われてるけれど」
「うん、音楽的にもね」
「彼の人生からね」
「音楽までね」
「その背景も含めて語れて」
 そうであってというのです。
「どういった指揮者、オーケストラ、歌手がいいか」
「そういうことまでだね」
「細かくお話出来るんだ」
「そのことも凄いね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「日本はクラシックも凄いよ」
「興味を持った分野には突き詰める国民性が出るからね」
「もう疲れを忘れて」
 そうしてというのです。
「学び努力するから」
「日本人はね」
「そうなっていっているんだ」
「それで先生はだね」
「その演奏会がね」 
 それ自体がというのです。
「楽しみだよ」
「いい演奏会を期待しているんだ」
「そうだよ」 
 王子に笑顔で答えました。
「私はね」
「確かにそうですが」 
 トミーもそのことは否定しませんでした。
「演奏会に行くならです」
「それならだね」
「その内容のことを考えて」
「楽しみにするね」
「はい、そのことはです」
「やっぱり当然だね」
「そのことはその通りです」
 やはり否定しないトミーでした。
「先生は正しいです」
「そうだよね」
「はい、ですが」
 トミーは先生にあらためて言いました。
「音楽だけじゃないですよ」
「演奏会だけじゃないんだ」
「そうです、音楽はです」
 まさにというのです。
「聴くだけじゃないです」
「そして観るだけでもないんだね」
「共有ですね」
 先生に微笑んでお話しました。
「この場合は」
「共有、素晴らしい音楽を一緒に聴いて」
「歌劇なら観ることもしまして」
「そうしてなんだ」
「はい、そのうえで」
 まさにというのだ。
「素晴らしいものを共有して関係を深める」
「そうしたものでもあるんだね」
「はい、そして」
 トミーはさらにお話しました。
「先生デートされたことはないですね」
「ははは、私程もてない人間はいないよ」
 先生は笑って答えました。
「だからね」
「ないですか」
「一度もね、女性に縁がないのがね」
 それがというのです。
「私だよ」
「けれどいつも僕達がいて」
「トミーも王子もいてくれて」
「マグさんもいるから」
「パドルビーから皆も来てくれたし」
「寂しくないんだ」
「そうだよ」  
 皆に笑顔でお話します。
「全くね」
「だからいいんだね」
「もてなくても」
「充分過ぎる程幸せだから」
「それでだよ」
 こう言うのでした。
「私はね」
「それでデートもしなくていい」
「そうなんだね」
「それじゃあだね」
「日笠さんともだね」
「一緒に演奏会を聴くだけだよ」
 あくまでそう考えているだけでした。
「嬉しいお誘いだけれどね」
「全く、先生は」
「仕方ないね」
「普段人は顔じゃないって言ってるのに」
「心だって」
「けれど先生自身のことはそう言うから」
「外見が冴えないからってね」 
 もてないと思い込んでいるというのです、皆はそんな先生を囲んでそのうえでやれやれとなって言っています。
「もてないならね」
「それは人を見る目のない人からだよ」
「太ってるだけで駄目とかね」
「あとお金や地位だけを見るとか」
「そんな人達碌でもないし」
「もてなくていいけれど」
「日笠さんみたいないい人なら」
 この人ならというのです。
「いいのに」
「それでもそう思うんだ」
「もてないって」
「日笠さんはお友達で」
 先生は心から思って言います。
「本当にね」
「何もない」
「今回はデートじゃない」
「一緒に演奏会を聴くだけだね」
「そうだよ」 
 こう思い込んでいる先生でした、それで翌日マシュー=マグ氏のお店に行くことがあったのでマグ氏にもお話しましたが。
 マグ氏もです、そのお話を聞いて奥さんと言いました。
「先生、それは」
「どうにもですよ」
「違いますよ」
「絶対にそうですよ」
「いや、そう言ってもね」 
 先生はマグ氏と奥さんにも言います。
「私は女性に縁がない、一生独身であることはね」
「もう決まっていますか」
「運命だっていうんですね」
「そうだよ、生まれてもてたことがないんだから」
 それこそというのです。
「デートも何もかもね」
「ほらね、こう言うんだよ」
「先生は今回も」
「日笠さんはお友達で」
「演奏会に誘われて」
「一緒に聴くだけだって」
「男の人と女の人が一緒にいてもデートとは限らないよ」 
 先生は皆にお話しました。
「そうだね」
「まあそれはね」
「その通りだけれど」
「そうだとは限らないわ」
「カップルとはね」
「私は太っていて顔立ちも冴えなくてね」
 また自分の外見のお話をするのでした。
「本当に生まれてこの方もてたことがないんだよ」
「それでそのことにだよね」
 ジップが目を顰めさせて言いました。
「どうとも思わないんだよね」
「だって僕達がいるから」
 トートーも言います。
「寂しくないから」
「これ以上はないまでに幸せだっていうのよね」
 ダブダブも先生に言うのでした。
「私達というかけがえのない存在がいつも一緒だから」
「確かに僕達は一緒だよ」 
 チーチーはきっぱりと言いました。
「先生とね」
「離れることなんて絶対にないよ」
 ホワイティはこのことを保証しました。
「僕達は皆ね」
「だって先生が大好きだからね」
「離れる筈がないわ」
 チープサイドの家族も言います。
「それだけの絆があるわ」
「僕達の間にはね」
「だから先生は孤独じゃないわよ」
 ポリネシアは強い声で言いました。
「私達が何があってもいるから」
「先生がそう思ってくれて嬉しいよ」
 ガブガブは心から思いました。
「僕達も先生が大好きだしね」
「けれどもてなくてもいいとか」
「そう思うのはね」
 オシツオサレツは目を曇らせて言いました。
「寂しいよ」
「いつも思うよ」
「先生、もっとね」
 まさにと言う老馬でした。
「自分のことを見てね」
「皆の言う通りですよ」 
 マグ氏も言います。
「先生もてないなんて思い込むものじゃないですよ」
「いや、実際もてたことはないから」
「だから言いますか」
「そうだよ、この外見でしかも昔は小柄だったし」
「ああ、昔はですね」
 一八〇ある先生を見て一七五位のマグ氏は言いました。
「そうでしたね」
「昔のイギリスの立場ある人達から見るとね」
「先生は小柄でしたね」
「けれど当時の日本人の中だと大きい方で」
「今の日本だとですね」
「一八〇は大きいね」
「ええ、充分に」
 そうだというのです。
「その背もです」
「背が高いとだね」
「人気が出る要素になりますよ、しかも大学教授で地位もお仕事もあって」
 このことについても言うのでした。
「紳士で公平で優しくて穏やかで」
「そんな人だったらですよ」 
 奥さんも言います。
「もてない筈がないです」
「女房の言う通りですよ」
 まさにと言うマグ氏でした。
「先生みたいないい人いませんよ」
「そうですよ」
「いや、うちの学園でこんな話があるんだ」 
 先生は八条学園のお話をしました。
「高等部でね」
「高校ですか」
「その時太っていた人が好きな人に告白したんだ」
「それで振られたんですね」
「親しくしていた友達二人に告白する様に言われて」
「告白して振られたんですか」
「そうしたらけしかけた友達はね」
 その二人はと言いますと。
「自分達が言ったのに」
「それでもですか」
「そう、告白した彼が告白相手の女の子に振られて」
 そうなってというのです。
「こんな奴に告白されたとか」
「こんな奴!?」
「太っていたね」
「問題は性格ですよ」
 マグ氏は眉を顰めさせて言いました。
「というかこんな奴ですか」
「それで周りの女の子達も怒ってね」
「あっしならそんな女は最初からですよ」
 先生に怒ったまま言います。
「告白しませんよ」
「性格が悪いからだね」
「ええ、それで身の程知らずっていうことで」
「周りの女友達と一緒にだよ」
「告白した子を攻撃したんですね」
「それでけしかけた友人二人にもね」
 彼等にもというのです。
「あんな奴と一緒にいると酷いぞと声をかけて」
「ああ、その連中手を切ったんですね」
「そうしたんだ」
「その連中も最低ですね」
「全くだね」
 先生も怒ったお顔で言います。
「彼等は本当の友達じゃなかったんだ」
「本当の友達はそんなことで縁を切らないですよ」
「周りから言われてね」
「そうですよ、それで振った女の子は」
「碌な娘じゃないね」
「人を外見だけで判断して」
 そしてというのです。
「あんな奴にとかね」
「思って周りに言うなんて」
「周りの女の子達もね」
「そんな連中に振られても」
「よかったね」
「そうですよ、そういうのを何ていうか」
 マグ氏は言いました。
「性格ブスって言うんですよ」
「性格が悪いことは事実だね」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「振られてよかったですよ」
「そうだね、しかしもてるにはね」
 それにはというのです。
「地位やお金に」
「外見ですか」
「私は外見が全く冴えないから」
 だからだというのです。
「もてないよ、そしてこんなこともあるから」
「恋愛はですか」
「しなくてもいいと思っているよ」
「それは最悪の例ですがね」
 マグ氏はお顔を顰めさせて言いました。
「どうせその女の子碌なことになってないですね」
「性格悪いことがわかったからね、周りの娘達も」
「嫌われて相手にされなくなりましたね」
「学校の中でね」 
 先生もその通りだと答えます。
「告白をけしかけた友達二人もね」
「当然ですね、そんな連中あっしも嫌いですよ」
「私もよくないと思うよ、彼等は高等部きっての嫌われ者になっているよ」
「そうなりますね、しかし告白した子は」
「ずっと一緒にいてくれる本当の友達がいてくれてね」 
 先生はそれでと答えました。
「支えてくれて今はとてもいい女の子とね」
「付き合っていますか」
「家庭的にも恵まれていなかったけれど」
 この問題もあったというのです。
「今はいい家庭でね」
「暮らしてますか」
「そうなったよ」
「それは何よりですね」
「そうだね、しかしね」  
 それでもと言う先生でした。
「太っていて外見が冴えないと」
「もてないですか」
「そして私はそうした外見だから」  
 それ故にというのです。
「昔からもてなくてもてなくてもね」
「いいんですね」
「困ったことはないから」
 先生の人生においてというのです。
「だからね」
「このままですか」
「もてなくてね」
 それでというのです。
「構わないよ」
「そうですか」
「そう、そしてね」 
 そうであってというのです。
「デートも経験がないしね」
「そのことも構わないですね」
「やはり困ったことはないから」
 デートをしなくてもというのです。
「ずっとね」
「このままでいいんですね」
「皆がいてくれてお仕事も困らないだけのお金もあって」 
 そうしてというのです。
「好きなだけ学問が出来ていつも美味しいものを食べられる」
「それならですね」
「これ以上何を求めるのか」
 それこそというのです。
「一体ね」
「だからもてなくてもですか」
「いいよ」
 そうだというのです。
「全くね」
「全くじゃないですよ」
 マグ氏は笑ってお話する先生にむっとしたお顔で突っ込みを入れました。
「やっぱりですよ」
「私はもててかな」
「結婚もです」
「結婚?余計に有り得ないよ」 
 もてる以上にというのです。
「私がね」
「結婚なんてですか」
「そうだよ」
 実際にというのです。
「想像も出来ないよ」
「白いタキシードで結婚式場で」
「ウェディングドレスの人と誓い合うなんてね」
「有り得なくて」
「何があっても縁がないよ」
「もてる以上に」
「そもそももてないとね」 
 さもないと、というのです。
「結婚も出来ないね」
「いや、いい人と出会えて」 
 それでと言うマグ氏でした。
「その人とです」
「結婚かな」
「そう出来ません?あっしもですよ」
 奥さんを見てお話します。
「女房と出会えて」
「結婚してなんだ」
「幸せになってるんですから」
「私は充分幸せだけれど」
「今以上に。幸せは限りがないですね」
 先生がいつも言っていることを言いました。
「だから先生も」
「いい人と結婚してなんだ」
「幸せになって下さい」
 今以上にというのです。
「本当に」
「どう考えてもないけれどね」
「先生がもてて結婚するとか」
「むしろね」  
 こうマグ氏に言うのでした。
「私はさっきお話した高等部のお話みたいね」
「なりますか」
「私も太っているから」
 だからだというのです。
「そうなるよ」
「ですからそれは最悪の話ですよ」
「そうはないかな」
「滅多に。そんな目に遭った人はあんまりにもですよ」
「運がなかったかな」
「そうですよ」
 それこそというのです。
「周りの人間があんまり過ぎます」
「全員だね」
「あっしだったら壊れますよ」
 こうも言うのでした。
「心が」
「そうなってもおかしくないね」
「ええ、普通に酷過ぎますよ」
 それこそというのです。
「振られて裏切られて」
「一度にね」
「それもあんな奴って言われて振られるなんて」
「あんまりだね」
「そんな目に遭ったら」
「壊れてもおかしくないよ、誰も壊れたくないよ」
「ええ、トラウマになりますよ」
 心に傷を負うというのです。
「深刻な」
「そうなるからね」
 だからだというのです。
「私だってだよ」
「恋愛は、ですか」
「昔から無縁だったしそうしたお話を聞いてね」
「イギリスでもそうはないお話ですよ」
 マグ氏は自分達が暮らしていた祖国でもと言いました。
「そこまで酷い失恋は」
「あの後もあってね」
「まだあるんですか」
「女の子達は彼が帰る時二回位校門とかで待ち伏せしてね」
 そうしてというのです。
「聞こえる様に陰口言ったんだよ」
「追い打ちもやったんですね」
「特に酷い娘は階段の上から罵ったこともあるそうだよ」
「犯罪者に対してもそこまでしないですよ普通」
「周りの娘達も冷たい笑顔でね」
「人間そこまで残酷になれるんですね」 
 マグ氏はここまで聞いてつくづく思いました。
「なりたくないですね、絶対に」
「残酷にも程があるね」
「ええ、あっしそこまでやられたら」
「壊れるね」
「絶対に」
「恋愛はとても素敵なものだけれど」 
 先生はそれでもとお話しました。
「とても怖いものでもあるよ」
「両方ありますね」
「そうしたものだとは思っていたけれど」
 それでもというのです。
「日本に来てこのお話を聞いてね」
「実感されたんですね」
「酷い失恋は多く聞いたよ」 
 これまでの人生で、です。
「けれどここまではね」
「そうはないですね」
「うん、旦那さんや奥さんが浮気してね」
「捨てられてもですね」
「追い打ちまではね」
 そこまではというのです。
「そうもないから」
「そうそうない酷いお話ですね」
「本当に恋愛が怖くなるよ」
 先生は心から思って言いました。
「周りの心ない人が笑ってこの話をしたり今度誰に告白するとかもね」
「言ったんですね」
「笑ってね、そしてね」
「余計に傷付いたんですね、その人」
「高校生でね」
「本当に傍にいい友達がいて彼女さん出来てよかったですね」
「全くだよ」
 先生はこのことも心から思って言いました。
「これでそうした人達がいなかったら」
「心が壊れますね」
「一見何もなくてもね」
 表面上そう見えてもというのです。
「トラウマは残ってね」
「悪影響を与えますね」
「その人の心にね」
「そうなりますね」
「だからね」
 それでというのです。
「こんな目には遭いたくないと思うのがね」
「普通ですね」
「最悪自分を傷付けた人を怨んでね」
 そうなってというのです。
「犯罪を犯さなくても」
「まともな心じゃいられなくなって」
「復讐鬼みたいにもなるよ」
「やっぱりいいものじゃないですね」
「そうなるからね」
 だからだというのです。
「私もそんな目に遭いたくないと思って」
「恋愛は、ですか」
「私個人はいいよ」
 遠慮するというのです。
「本当にね」
「いや、極端過ぎるから」
「そのお話僕達も聞いてるけれど」
「振った娘達や裏切った連中もこの目で見て」
「忌み嫌われてるの見たけれど」
「幾ら何でもね」
「極端なケースだよ」
 ですが皆はこう言いました。
「先生自身滅多にないって言ってるし」
「有り得ないから、普通」
「振られた子の運がなさ過ぎたよ」
「あんまりだから」
「人は時として運がなかったりするけれど」
「その人は酷過ぎるよ」
「そう思ってもお話を聞くとね」
 皆にもです、先生はどうしてもと言います。
「怖くなるよ」
「自分がそんな目に遭ったら」
「そう思って」
「先生にしても」
「酷い目に遭いたくなくて」
「これまで色々冒険もして色々な経験もしてきたけれど」 
 それでもというのです。
「こんな酷い経験はないからね」
「その先生でもね」
「数多くの冒険を経てきて」
「色々なことがあった」
「その先生でもだね」
「耐えられないね」
 そうした目に遭うと、というのです。
「まずね」
「そうだね」
「確かにあんまりなお話だし」
「だからだね」
「恋愛はなんだ」
「怖いものだと思っていて」
 そうしてというのです。
「私は遠慮するよ」
「何かそうしたお話聞くと」
「僕達も怖くなるけれど」
「それでもね」
「先生ならって思うよ」
「そもそも私達裏切らないし」
 皆は強い声で言いました。
「何があってもね」
「告白しろって言って掌返しなんてしないよ」
「先生と縁を切れって言われても」
「先生をあんな奴とか言ってね」
「そう言われてもだよ」
「絶対に縁を切らないし」
「裏切らないよ」
 このことを約束するのでした。
「先生に何があってもね」
「失恋しても絶対に傍にいるよ」
「自分達の都合で人を裏切るなんて最低だし」
「そんな最低なことしないよ」
「間違ってもね」
「トミーも王子もそうだよ」
「あっしもでさあ、そんな下衆なことはしませんよ」
 マグ氏も言います。
「先生にはいつもお世話になってますからね」
「だからなんだね」
「先生は大切な友達です」
 強い声で言います。
「その友達を裏切るなんて」
「自分達の都合でだね」
「あっしも思いますよ」
 マグ氏もというのです。
「最低の行いだって」
「だからなんだね」
「はい、若し先生に何かあっても」
 それでもというのです。
「一緒にいますよ」
「若し私が酷い振られ方をして多くの女性に責められてもだね」
「あっしに言って来ても突っぱねます」
 そうするというのです。
「絶対に」
「そうだよ、下らない連中に言われてもだよ」
「僕達は聞かないよ」
「絶対に先生の傍にいるから」
「先生の傍にいるからね」
「安心してね、先生」
 こう先生に言うのでした、そして先生に恋愛のことをさらに言います。ですがやっぱり先生はそのことは自分には無縁と思うのでした。








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