『ドリトル先生と日本に来た仲間達』
第十一幕 皆を迎えて
神戸に戻った先生は山の方にある施設に入りました、王子も一緒ですが。
「どうかな」
「いや、資料は受取って読ませてもらっていたけれど」
先生はパドルビーの施設を忠実に再現しつつ最新の技術を惜しみもなく投入したその場所を見回って王子に答えました。
「予想以上だよ」
「その目で見るとだね」
「うん」
実際にというのです。
「これは凄いよ」
「そうなんだね」
「やはりね」
先生は王子にお話しました。
「百聞は一見に如かずだね」
「見るとそれだけでわかるね」
「うん、それにね」
「それに?」
「日本の気候に災害のことをね」
「よく考えているね」
王子も言いました。
「そうだね」
「日本は四季があってね」
「春夏秋冬とね」
「もっと言えば十二月それぞれでね」
「季節があるね」
「六月なんて雨が多くて」
この月はというのです。
「日本ではそれぞれの月に言葉がある位だから」
「如月とか弥生とかだね」
「そう、十二月それぞれにね」
「あの表現素敵だよね」
王子は微笑んで応えました。
「奇麗でね」
「日本語の美が出ているね」
「そうだよね」
「あの表現にも日本の季節が出ていて」
「十二月それぞれであるね」
「季節の移ろいが強い国だから」
それ故にというのです。
「そのことも考えて造られているから」
「有り難いね」
「災害対策もしっかりしているね」
先生はこちらもチェックして言いました。
「実にね」
「日本は兎に角災害が多いからね」
ジップが言ってきました。
「多過ぎると言っていい位に」
「パドルビーでもこのことをよくお話したけれど」
チーチーはジップに続きました。
「事実そうだからね」
「こんな災害多い国ってないから」
ダブダブは断言しました。
「種類も数もね」
「あらゆる災害がある国だよ」
「本当に凄いよ」
オシツオサレツも思うことでした。
「だから対策はしっかりしないと」
「いざという時大変なことになるよ」
「普通に年何回か台風が来て大雨、洪水、津波があって」
トートーも言います。
「竜巻、大雪、山火事、雷も多いし」
「火山は噴火して何よりも地震が多い」
「本当に何でもある国よ」
チープサイドの家族もお話します。
「災害については」
「地震、雷、火事とはいったものだよ」
「そこに親父とくるけれど」
ガブガブはチープサイドの家族の言葉に続きました。
「実際は他の災害だよね」
「山だって雪崩とか土砂崩れがあるよ」
チープサイドの家族は今自分達がいる施設が山の中にあることからお話します。
「こうした災害もあるよ」
「旱魃もあるわよ」
ポリネシアは嫌そうに言いました。
「つくづくない災害は存在しない国ね」
「災害なんてなくていいのに」
老馬は困ったお顔で言いました。
「日本はまさに全部あるね」
「日本では戦争で死んだ人より災害で死んだ人の方が多いね」
先生が思うにです。
「戦国時代は物凄く沢山の戦いがあったけれど」
「それでもだよね」
「あの時の戦いって出来るだけ人が死ぬの避けていたっていうし」
「先生が言うにはね」
「戦い自体出来るだけ避けて」
「してもね」
「だってそれぞれのお大名や家臣の人達の兵隊さんなんだよ」
戦うのはとです、先生はお話しました。
「だったらね」
「戦ってもね」
「出来る限り死んで欲しくないね」
「人には限りがあるからね」
「どうしても」
「足軽の人達だってだよ」
兵隊さんにあたる人達もというのです。
「家臣だしね」
「領民の人達を動員したりね」
「農家の次男さん三男さんとかで」
「そうした人達でも普段は田畑で働いてるし」
「死なれると困るね」
「だから本当に出来るだけだよ」
戦国時代でもというのです。
「人は死なない様にしていたよ」
「そんな派手に戦わず」
「まずは避ける」
「戦わないで済む」
「そうしていたね」
「けれど災害は避けられないからね」
こちらはというのです。
「絶対に」
「そうだよね」
「災害は避けられないよね」
「どうしても」
「こちらは」
「それでね」
そうであってというのです。
「どれだけの人が死んだ」
「日本ではね」
「災害でね」
「本当に色々な災害がある国だから」
「物凄くね」
「例えば明暦の大火でね」
江戸時代の大火事です、先生は日本の歴史を学んでこうした災害があったことも知っているのです。
「十万人亡くなっているから」
「物凄いね」
「ロンドンでも大火事があったけれど」
「そこまで亡くなっていないんじゃない?」
「桁が違うね」
「江戸は火事に悩まされていて」
この街はというのです。
「一万人が犠牲になった火事もあったんだ」
「明暦のものだけじゃなくて」
「他にもあったんだね」
「それで大勢の犠牲が出たんだ」
「あそこ地震も有名だけれど」
「そう、地震もあるけれど」
先生も否定しません。
「火事も多かったんだ」
「それで十万人も亡くなって」
「火事が何度もあって」
「しかも地震だね」
「一番怖いね」
「日本って地震多過ぎるよ」
王子も眉を曇らせて言います。
「兎に角ね」
「世界の地震の二割が起こっているというよ」
「桁が違うね」
「関東大震災だってね」
「また江戸つまり東京だね」
「そう、東京が文字通り壊滅してね」
そうなってというのです。
「大勢の犠牲が出たんだ」
「そうした地震だったね」
「勿論台風もあるし」
こちらの災害もというのです。
「パドルビーで話してここでも皆が言ったね」
「沢山の災害があるね」
「そうした国でね」
それでというのです。
「戦争よりもね」
「災害が問題だね」
「そんな国でね」
そうであってというのです。
「対策は万全を期さないとね」
「駄目だね」
「それでこの施設はね」
「対策がちゃんと出来ているね」
「よく考えられて」
そのうえでというのです。
「設定されていてね」
「造られているね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「皆も安心して暮らせるよ」
「季節や災害のことを気にしないで」
「備えがあればね」
そうであればというのです。
「全くだよ」
「憂いなく過ごせるね」
「むしろ快適に楽しくね」
「過ごせるね」
「景色が奇麗でね」
そうであってというのです。
「そして四季の移ろいもね」
「素敵だよね」
「十二月にそれぞれ出るね」
「春夏秋冬の中で」
「そのこともいいから」
だからだというのです。
「皆楽しんでくれるよ、食べものもお水もいいし」
日本はというのです。
「そちらもね」
「楽しんでくれるね、皆」
「きっとね、もう誰が何処に入るかは決まっているし」
そうであってというのです。
「皆が来たらね」
「迎えるね」
「そう、そしてね」
そのうえでというのです。
「皆で楽しくね」
「過ごしてもらうね」
「そうしてもらうよ」
「皆には期待してもらっていいね」
「是非ね」
まさにと言う先生でした。
「そうなるよ」
「いいことだね」
「うん、あと航海だけれど」
この施設に入る為に日本に向かっている生きもの達のそれはというのです。
「快適にね」
「進んでいるんだね」
「そうらしいよ、ステファン氏が言うには」
「そのこともいいことだね」
「日本に行くには」
それならというのです。
「楽しくないとね」
「旅はね」
「旅は楽しむものだね」
「僕達もそうしてきたしね」
「山あり谷ありでも」
それでもというのです。
「旅はそうしないと駄目だよ」
「楽しむもので」
「そうであってね」
それでというのです。
「皆もそうなら」
「嬉しいね」
「うん、何よりだよ」
王子に笑顔でお話します。
「本当にね」
「全くだね」
王子も確かにと頷きます。
「それならね」
「そうだね」
「その皆を港で迎えてね」
そうしてというのです。
「そしてだよ」
「ここに来てもらうね」
「そうなるよ」
実際にというのです。
「そしてここに来てくれた人達はね」
「皆と触れ合えるね」
「そうだよ、ただマナーはね」
そちらはというのです。
「ちゃんと守ってもらうよ」
「それは絶対だね」
「紳士淑女であれ」
先生は微笑んでこの言葉を出しました。
「やっぱりね」
「それは絶対のことだね」
「マナーを守ると皆が助かるし」
「自分自身も磨かれてね」
「とてもいいよ」
「そうだね」
王子も微笑んで頷きます。
「その通りだよ」
「そうだね」
「だからだね」
「そう、マナーは守って」
そうしてというのです。
「そのうえでね」
「皆と触れ合ってもらうね」
「そうしてもらうよ」
「犬のホームでも鼠倶楽部でも馬牧場でも」
「動物園でもね」
「そうしてもらうね」
「そうだよ、そして嬉しいことに」
先生は施設の中にあるとある建物を見て王子にお話しました、その建物は先生達にとってはとても懐かしいものでした。
「パドルビーの私の家も再現してくれてね」
「資料館になっているね」
「この施設のね」
「そうだね」
「実は私の資料館にというお話もあったんだ」
「そうだったんだ」
「けれど私の資料館はもうパドルビーにあるから」
この街にというのです。
「だからね」
「それでだね」
「もうね」
それこそというのです。
「私は充分だとお話して」
「他のことに使って欲しいって言ったんだね」
「施設の人達にね」
そうしたというのです。
「それでだよ」
「実際にだね」
「そうしてもらったから」
だからだというのです。
「よかったよ、あと食堂やおトイレもあるから」
「来てくれた人達の為にね」
「近くにキャンプの場所もあるから」
「ロッジとかもあって」
「宿泊も出来るよ」
「キャンプ場から通えるね」
「すぐにね」
そうだというのです。
「山の自然に触れながらね」
「そういえばここにはスキー場もあるし」
「冬でもね」
この季節でもというのです。
「楽しめるよ」
「いいところだね」
「こうしたところは資本主義というか」
「お金のことも考えているね」
「私自身は確かにお金には無頓着だけれど」
先生自身のことも言います。
「お金、収益のことも考えないとね」
「駄目だね」
「さもないと施設も運営出来ないし」
「働く人達も生活出来ないよ」
「そう、だからね」
そうであるからだというのです。
「やっぱりね」
「そうしたことも考えないとね」
「駄目だよ」
そうだというのです。
「絶対にね」
「日本は資本主義国家だしね」
「それなら共産主義にという考えがあっても」
「冗談じゃないね」
王子は即座に否定しました。
「共産主義なんて」
「あの考えは人を幸せにするどころか」
先生は眉を曇らせてお話しました。
「むしろね」
「人を不幸にするね」
「実際にソ連がそうだったね」
「敵とされたらとんでもないことになってね」
「経済もとんでもなく非効率的でね」
「社会全体が停滞してね」
「ソ連も倒れたよ、ソ連ならまだいいよ」
ましだというのです。
「北朝鮮になるとね」
「あそこも共産主義だって言ってるしね」
「ああした風になるよ」
「ああなったら終わりだね」
「何もかもがね」
それこそというのです。
「そうなるよ」
「そうだね」
「ああなりたいか」
「共産主義になって」
「誰が思うかな」
「思う筈がないね」
「今はね、天国は人の世にあるのか」
先生はキリスト教の考えも出しました、やはり先生の考えの中には確かな信仰が存在しています。しかも先生は神学者でもありますので。
「やはりそれはね」
「違うね」
「よくしていけても」
「天国はあくまで天国だね」
「死んでから行く世界だよ」
「人の世にはないね」
「ユートピアを目指して」
そうしてというのです。
「ディストピアになる」
「皮肉だね」
「それが共産主義でね」
先生が思うにです。
「お金についてどうか思ってもね」
「必要であることは事実で」
「そうであってね」
そしてというのです。
「施設の運営や働いている人達のことも考えて」
「収益も考えることだね」
「そうだよ、ただ日本の共産主義かそれに近い考えの人達は」
先生はこうした人達のこともお話しました。
「何かあると反対するね」
「この施設も環境破壊とか言う人いたかもね」
「うん、ああした人達はね」
「何でも反対するね」
「社会に必要なものでもね」
「建設とかに反対するね」
「例えば火葬場を建設しようとしたら」
その時もというのです。
「反対するし」
「絶対に必要だよね、火葬場は」
「日本は火葬が基本だからね」
「それでだよね」
「必要だけれど」
そうであるけれど、というのです。
「反対するんだ、中には確かに必要ないものがあるけれど」
「必要でも反対することが多いね」
「実は羽田の空港もだよ」
「あそこもなんだ」
「物凄く反対したんだ」
「あの空港が日本にどれだけ重要か」
「それでも何かと理由を付けてね」
そうしてというのです。
「反対していたんだ」
「何かとなんだ」
「そうだったんだ」
「理由は何とも言えるね」
王子も言いました。
「まして日本だと最近は」
「公園で遊ぶ子供が五月蠅いとだよ」
「一人が言えば公園が閉鎖されるね」
「除夜の鐘だって中止になって」
「誰か一人でも言えばだよ」
そうなると、というのです。
「中止になるよ」
「そうだね」
「全体じゃなくてね」
「一人が言えばだね」
「もう理由は何でもよくてね」
そうであってというのです。
「手を挙げるとだよ」
「通るね」
「そんな風だからね」
それでというのです。
「もうね」
「反対する人が出て」
「日本では共産主義とかそうした考えの人がだよ」
「言うんだね」
「クレーマーと言うけれど」
「そうなっているんだね」
「これがね」
まさにというのです。
「自衛隊にも言って道を塞ぐし」
「それ昔のイギリスだと発砲されてるね」
「もう躾のなっていない何かだよ」
先生はこうも言いました。
「自分達が正しいならね」
「何をしてもいいだね」
「そんな考えは間違っているよ」
先生は眉を曇らせて言いました。
「共産主義はもう今更だけれど」
「まだそうした考えの人がいて」
「日本ではね」
「そうしたことをしているんだね」
「そうなんだ」
これがというのです。
「何かあるとね」
「反対するんだね」
「クレームを言うんだ」
「迷惑だね」
「言論の自由は民主主義では絶対でも」
先生はそれでもとお話しました。
「それでもね」
「何でも反対は違うね」
「クレーマーは何か」
「クレーマーでしかないね」
「そうであってね」
それでとうのです。
「民主主義じゃないよ」
「だから先生は共産主義には否定的だね」
「このことからもね」
「ああした考えの人達はクレーマーにもなるから」
「そうした人が多いからね」
だからだというのです。
「私としてはね」
「神様仏様を信じないことと」
「社会システムも非合理的でね」
「しかもクレーマーにもなるから」
「共産主義は革命を求めるね」
「うん、それで自分達の政権を確立するね」
「暴力でその国の政権を倒してね」
そうしてというのです。
「自分達が権力を握るね」
「そうするよね」
「それが革命の本質で」
そうであってというのです。
「実際にソ連はそうして建国されたね」
「ロシア革命だね」
「革命を起こす為に必要なものは」
それはといいますと。
「社会不安と人々の不満だね」
「そうしたものがあると騒がしくなるね」
「世の中がね」
「人々の心も不安定になって」
「革命の為にはそうなることもするんだ」
「敢えて騒ぎや不安を煽るんだ」
「どうもそうした性質があるんだ」
共産主義にはというのです。
「そこはフェビアン主義と違うよ」
「社会を徐々によくしていく」
「不安や不満を煽ってね」
「騒ぎを起こして」
「そしてそこに乗じて」
「革命を起こすんだね」
「だからね」
そうした考えがあってというのです。
「共産主義はどうもね」
「何でも反対もクレームも」
「社会を不安にしようとする意図が根底にあって」
「行っているんだ」
「そうではないかと考えているよ」
先生としてはです。
「どうもね」
「そう考えると危険だね」
「そうだね、それで今回もね」
「そうした人達が建設に反対したんだね」
「環境とか言ってね、しかしそうした反対にはね」
先生は王子にお話しました。
「確かな目的と根拠、そしてその環境のこともね」
「話すといいね」
「そうしたらその人達はまだ騒いでも」
「そもそも騒動を起こすことが目的だしね」
「反対してね、けれど周りの人達はね」
煽られかねない人達はというのです。
「真相をわかってくれるから」
「煽られないね」
「そうなるからだよ」
だからだというのです。
「いいんだ」
「そういうことだね」
「煽る人は何があっても煽って」
「反対する人はだね」
「どれだけ論破しても変わらないよ」
「反対すること自体が目的だからね」
「そう、しかしね」
それでもというのです。
「周りの人達はわかってくれるから」
「いいね」
「やがて何でも反対で」
「煽る人は何者か皆わかって」
「相手にしなくなるよ」
そうなるというのです。
「それでね」
「効果がなくなるね」
「そうなるからね」
だからだというのです。
「今回も論破したし」
「これからもだね」
「そうしていくよ」
「そうするんだね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「今回のことはこのままね」
「進めていくね」
「そうするよ」
こう言ってでした。
先生は皆をお迎えする準備も進めていきました、そうしてそのうえで船を待ち遂にその日が来まして。
神戸港に行ってです、先生は一緒にいる皆に言いました。
「いよいよだね」
「皆到着するね」
「この神戸港に」
「日本に」
「そうなるね」
「そう、だからね」
笑顔で言うのでした。
「楽しみだよ」
「全くだね」
「もう皆を乗せるトラックや自動車の用意が出来ているし」
「すぐそこに停まってるし」
「それじゃあね」
「船が着いたらね」
「船から降りてもらって」
そうしてというのです。
「そのうえでね」
「すぐにだね」
「それぞれの車に乗ってもらって」
「施設に向かってもらうね」
「そうして」
「それからはだよ」
まさにというのです。
「皆あちらで暮らしてもらうよ」
「そうしてもらうね」
「その時がはじまるね」
「いよいよ」
「そうだよ、しかし」
それでもとです、先生は言いました。
「皆そわそわしているね」
「だってね」
「いよいよだから」
オシツオサレツが二つの頭で応えました。
「待ち遠しいよ」
「船が着くのが」
「今日という日をどれだけ待ったか」
チーチーも言います。
「今か今かって」
「だからだよ」
トートーも先生に言ってきました。
「僕達はそわそわしているよ」
「何時来るのかな」
ガブガブは実際に動きがそわそわしています。
「果たして」
「まだ船は見えないよ」
「全くね」
チープサイドの家族もそわそわしています。
「もうすぐっていうけれど」
「まだだね」
「匂いもしないよ」
ジップは鼻をクンクンとさせて言いました。
「まだね」
「もう瀬戸内海に入ってるんだよね」
ホワイティは先生にこのことを尋ねました。
「そうだよね」
「けれどまだなのね」
ポリネシアは眉を顰めさせました。
「こうしたあと少しの間を待つのが長いのよね」
「いつもそうよね」
ダブダブはポリネシアの言葉に頷きました。
「最後のこの時が一番長いのよね」
「毎日待ち遠しかったけれど」
それでもと言う老馬でした。
「今が特にだね」
「いやいや、焦っても時間は早くならないよ」
皆と正反対にです、先生は落ち着いていて答えました。
「だからこうした時はね」
「落ち着くことだね」
「先生いつも言うね」
「先生は絶対に焦らないから」
「そわそわしないから」
「だからね」
それでというのです。
「今は紅茶を飲もうか」
「落ち着く為に」
「そうするんだ」
「じゃあ王子のキャンピングカーの中からテーブルや椅子を出して」
「紅茶を飲むんだ」
「そうするのね」
「そうしよう、ティータイムじゃないけれど」
今はです。
「紅茶を出してセットもね」
「出してだね」
「飲んで食べて」
「そして待つんだ」
「そうすればいいんだ」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「落ち着こう」
「うん、じゃあね」
「ミルクティーを出そう」
「そしてお菓子も」
「ティーセットもね」
「それで待つんだね」
「そうしよう」
こう言ってでした。
早速テーブルと椅子それにティーセットを出して港でミルクティーを飲んでケーキにスコーンにケーキ、フルーツの三段のセットを食べてです。
皆で楽しみます、そのうえで先生は言うのでした。
「こうしてゆっくりとだよ」
「待てばいいね」
「そうだね」
「今はね」
「落ち着いて」
「そのうえで」
「そうだよ、焦ることはないんだ」
決してというのです。
「本当にね、むしろね」
「焦るとだね」
「かえってよくないよね」
「じっくりと待つ」
「そわそわすることはない」
「決して」
「ステファン氏の連絡は定期的に受けていて」
スマートフォンも出して言いました。
「予定通りね」
「船は進んでいるね」
「そうなんだね」
「それじゃあね」
「こうして飲んで食べて待とう」
「お茶を楽しみつつね」
「そうしよう」
こう言ってでした。
皆先生と一緒に落ち着きました、そしてそうしている間にです。
「船が見えてきたよ」
「そうだね」
「来たね」
「港に」
「そう、若し予定から遅れても」
それでもと言う先生です。
「航海が無事ならね」
「焦ることはなかったね」
「ここに来てくれることは間違いないから」
「だからだね」
「そうだよ、安全だったらね」
それならというのです。
「いいんだ、皆にもいつも彼等は皆楽しく航海をしていると言ったね」
「そうだったね」
「言われてみると」
「確かに」
「そうだったよ」
「それならだよ」
それならというのです。
「もうね」
「焦ることはなくて」
「そわそわすることもない」
「皆が無事なら」
「もうそれでよしね」
「そう、それでね」
そうであってというのです。
「もうすぐ着くから」
「それで着いたら」
「そうしたらだね」
「いよいよお迎えして」
「そのうえで」
「皆を施設に案内しよう」
そちらにというのです。
「是非ね」
「そうしよう」
「何か変に焦って後悔しているよ」
「そわそわして」
「今はね」
「むしろ大事にこそ焦らない」
決してというのです。
「それが大事だよ」
「全くだね」
「若し焦って失敗したら」
「大切なことを」
「そうしたら元も子もないしね」
「そうだからね」
「落ち着くんだ、若し何を言っても何度止めても焦る様なら」
そうした人はといいますと。
「大事は為せないよ」
「全くだね」
「焦ると周りが見えなくなるからね」
「先のことだって」
「それで行動も雑になって」
「失敗するのは必定よね」
「そうだよ、そして失敗してね」
そうなってというのです。
「またその失敗をだよ」
「反省しないね」
「そうした人は」
「言ってもね」
「何度も焦る人は」
「こうした人にはなりたくないしね」
先生は少し眉を曇らせて言いました。
「それにね」
「安心出来ないよね」
「そんな人と一緒だと」
「何度言っても焦ってね」
「失敗して反省しないと」
「何度も同じこと繰り返すから」
「だからこうした時は落ち着こう」
実際に紅茶を飲みつつ言う先生でした。
「むしろね」
「紅茶を飲んで」
「お菓子を食べる」
「そうした意味でも紅茶っていいね」
「ティータイムは」
「いい習慣だよ」
本当にというのです。
「実にね」
「全くだね」
「落ち着くことも出来る」
「そうしたいい習慣だね」
「まさに」
「そうだね、じゃあ飲み終わって」
そして食べ終わってというのです。
「それからね」
「うん、船が着いたら」
「皆をお迎えしよう」
「そして施設まで送ろう」
「動物園や犬ホームにね」
「名前はセンターに正式に決まったから」
そうだというのです。
「施設からね」
「施設は正式な名前じゃなくて」
「そうなったんだね」
「センターって」
「動物園や犬ホームを合わせて」
「そうなったんだね」
「八条生物総合保護センターとね」
その正式名称はというのです。
「決まったんだ」
「へえ、そうなんだ」
「そうした名前になったんだ」
「保護センターだね」
「そうなったんだね」
「そうだよ、施設でなくて」
正式名称はというのです。
「そうなったよ、そしてこれからもね」
「生きものを保護していくんだね」
「先生がこれまでそうした様に」
「これからも」
「そうしていくのね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「だからね」
「それでだね」
「皆に来てもらって」
「楽しく過ごしてもらうんだね」
「幸せに」
「出来るだけ多くの生きものに来てもらって」
そうしてと言う先生でした。
「そしてね」
「そのうえでだね」
「一生幸せに過ごしてもらうね」
「あらゆる生きものに」
「そうしてもらうんだね」
「パドルビーでそうしてもらった様にね」
あの街のことを思い出しつつお話します。
「そうしてもらうよ」
「そうするね」
「じゃああと少しで飲み終わるし」
「食べ終わるし」
「テーブルも椅子もなおして」
「そうしてね」
「皆を迎えよう」
笑顔で言ってでした。
そうしてお茶を終えて船を待ちました、船は港に停泊して桟橋が下ろされるとそこから次々にでした。
皆が下りてきます、先生はその皆を迎えて言いました。
「ようこそ日本へ」
「来たよ先生」
「遂に日本にね」
「今日本に来たわよ」
「ずっと待ち遠しかったけれど」
「遂にね」
「皆来てくれて嬉しいよ」
先生は皆に囲まれて応えました。
「私もね」
「ここが日本なんだ」
ジムは周りを見回しつつ言いました。
「やっぱり何かと違うね」
「イギリスとはだね」
「気候も気温もね」
「景色もだね」
「うん、パドルビーともね」
「そうだよ、全く違う国だよ」
「イギリスと日本だと」
「けれどお話した通りにね」
「凄くいい国で」
「過ごしやすいから」
だからだというのです。
「皆もだよ」
「幸せに過ごせるね」
「そうだよ」
このこともお話するのでした。
「だからね」
「僕達もだね」
「これからセンターに入って」
「施設のことだね」
「そう、そこに入って」
そうしてというのです。
「そのうえでね」
「暮らすんだね」
「そうなるよ」
「先生がお話した通りに」
「そうだよ」
「いや、凄い港でね」
ピピネッラは周りを見回しつつ言います。
「人も船も多いわね」
「神戸港は日本でも有数の港でね」
「それでなのね」
「これだけの規模なんだ」
「そうなのね」
「そう、そしてね」
先生はピピネッラにもお話します。
「センターはここから車に乗って向かって」
「行くのね」
「そうなるよ」
「いよいよね」
「そのセンターは山の中にあって」
そうであってというのです。
「パドルビーにあった通りにね」
「色々な場所があって」
「パドルビーにいた様に、そうであってね」
「パドルビーにいた頃よりもよね」
「快適にね」
その様にというのです。
「暮らせるよ」
「そうなるのね」
「そうなるよ」
「嬉しいことね」
「じゃあ皆早速ね」
先生は皆に言いました。
「それぞれの車に乗ってくれるかな」
「もう用意してくれたんですね」
ステファン氏が尋ねました。
「そちらも」
「センターの人達がね」
「八条グループの人達が」
「そうしてくれたよ」
そうだというのです。
「これからね」
「そうですか、有り難いですね」
「その辺りの手配はね」
それはといいますと。
「もうね」
「慣れたものですか」
「八条グループの人達はね」
「お仕事で」
「そう、そちらの経験があるから」
だからだというのです。
「もうね」
「慣れたもので」
「それでね」
そうであってというのです。
「もう今からね」
「すぐにですね」
「センターに行けるよ」
「それでは」
「色々な場所を巡って生きてきたけれど」
それでもと言うピピネッラでした。
「日本に来て暮らすことになるなんて」
「一生はわからないね」
「ええ」
先生にまさにと答えます。
「本当にね」
「そう思うね」
「心からね、けれどね」
ピピネッラはそれでもと言いました。
「嬉しいわ、先生の申し出を受けて」
「それでだね」
「是非ね」
まさにというのです。
「センターに入って」
「暮らしてくれるね」
「そうしていくわ」
先生に笑顔で言いました、そしてです。
皆は用意された車にそれぞれ乗ってそうしてセンターに行きました、皆の日本での生活はここからはじまりました。