『ドリトル先生と日本に来た仲間達』
第八幕 銀行も
先生は移転のアドバイスをして施設の中を右に左にと動き回っています、その中で鰐のジムに尋ねられました。
「僕も日本に行かせてもらうけれど」
「うん、それがどうかしたのかな」
「日本には鰐はいないよね」
このことを尋ねるのでした。
「そうだよね」
「けれど鮫を鰐と呼ぶこともあるよ」
「そうなんだね」
「そう、方言でね」
それでというのです。
「鮫をそう呼ぶ地方もあるんだ」
「そうなんだね」
「確かに日本には鰐はいないけれど」
それでもというのです。
「言葉はあるんだ」
「そういうことだね」
「日本ではそうなんだ」
「何かね」
象のジョージョーも言ってきました。
「日本ってそうしたことが多いね」
「言葉がだね」
「同じ生きものなのに呼び方が違うとか」
「日本では結構あるよ」
「そうだよね」
「未確認動物でツチノコという生きものが噂になっているけれど」
先生は日本のこの未確認動物のお話をしました。
「ノヅチともバチヘビとも言うんだ」
「地方によってはなんだ」
「そうなんだ、ツチノコの実在はわからないけれど」
それでもというのです。
「地方によって呼ぶ方が違うことはね」
「今お話してくれた通りだね、先生が」
「日本語ではあるんだ」
「日本語って難しいね」
貯金好きのライオンも思うことでした。
「つくづくね」
「文法は独特で文字は三つもあるし」
スピーディーも言います。
「実際にね」
「難しいね」
アオムネツバメも思うことです。
「他の言語と比べて」
「先生は今英語を喋ってるけれど」
それでもとです、鴎のカタカタメは言いました。
「日本語だと僕達も大変だね」
「ただ先生は僕達の言葉を喋ることも出来るから」
雀の片目のアルフはだからとお話します。
「助かるよ」
「僕達と直接お話出来ることは大きいよ」
ジムは笑顔で言いました。
「全く以てね」
「うん、ただ皆は自然に日本語はわかってくるよ」
先生は皆にこうもお話しました。
「そのことは安心していいよ」
「そうなんだ」
「日本にいて周りが皆日本人ばかりだからね」
だからだというのです。
「やがてね」
「覚えていくんだね」
「そうなるよ」
「そうなんだね、思えばね」
ジムは先生に言いました。
「僕がここに戻って来たのは先生の場所だからね」
「それでだね」
「アフリカからね」
故郷のというのです。
「イギリスまで来たけれど」
「王子にお話してだね」
「そうしたけれど」
それでもというのです。
「今度は日本に行って」
「そこでだよ」
「ずっと一緒だね、そうなることがね」
笑顔のまま言うのでした。
「僕は嬉しいんだ」
「私をそこまで好きでいてくれるんだね」
「大好きだよ」
これがジムの返事でした。
「本当にね」
「そうなんだね」
「だからね」
それ故にというのです。
「これからもね」
「私と一緒にいてくれるんだね」
「神戸でね」
「施設には定期的にお邪魔することになるよ」
日本のそちらにというのです。
「私がアドバイザーになるからね」
「だからだね」
「そう、それでね」
その為にというのです。
「定期的に、週に何度かね」
「来てくれるんだね」
「同じ神戸市しかもね」
施設の場所はというのです。
「八条町から程近い場所にあるから」
「だからだね」
「家からも学校からもすぐに行けるから」
それ故にというのです。
「よく会えるよ」
「そのことが嬉しいね」
「全くだよ、そういえば僕達の銀行も」
こちらもと言うライオンでした。
「日本でも使えるんだね」
「そうなるよ」
先生はまさにと答えました。
「あちらでもね」
「そのことも嬉しいね」
「八条グループの中の企業で八条銀行があってね」
「かなり大きな銀行だよね」
「日本いや世界全体で活動しているね」
「そうだよね」
「その銀行の関連企業としてね」
その立場でというのです。
「生きものの銀行が移転するよ」
「そうなるんだね」
「生きものもね」
「銀行に口座を持てて貯金出来る」
「そうしたけれど」
先生はというのです。
「日本でもね」
「僕達貯金出来るね」
「そうなるよ」
「嬉しいね」
ライオンはごろごろと喉を鳴らして言いました。
「本当に」
「ええ、アラスカから主人と一緒にこちらに来たけれど」
オットセイのソフィーもお水から出て言ってきました。
「よかったわ」
「君も日本に来てくれるね」
「是非ね。先生に海まで戻してもらって」
その時のこともお話します。
「ここに夫婦で戻って来て」
「今度は日本にだね」
「行かせてもらうわ」
そうだというのです。
「是非ね」
「いや、先生を慕って皆ここに来るなんて」
ホワイティはジムやソフィーを見て思いました。
「凄いよね」
「これが先生の人徳だね」
トートーはそのソフィーに応えました。
「まさにね」
「生きものも人も皆先生を慕うんだよね」
「そうなのよね」
チープサイドの家族もお話します。
「先生はとてもいい人だから」
「優しくて公平でね」
「だから皆ここにいるんだ」
まさにと言うジップでした。
「そして皆で日本に行くんだ」
「かく言う私もアフリカから戻って来たわ」
ポリネシアは自分のことをお話しました。
「先生と一緒にいたいから」
「僕もだよ」
チーチーはポリネシアに続きました。
「アフリカから戻って来たよ」
「僕だってね」
「そうしたしね」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「アフリカは故郷で大好きだけれど」
「やっぱり先生の傍がいいよ」
「先生と一緒にいたら凄く落ち着くんだよね」
ガブガブはにこにことして言いました。
「不安があってもすぐに消え去るよ」
「ただあんたはうっかりし過ぎよ」
ダブダブは怒ってガブガブに注意しました。
「いつもそうだしね」
「まあそれでもこうして一緒にいたら」
それならと言う老馬です。
「幸せだよ」
「そうよね、そういえばイギリスには妖精がいて」
それでとです、アオムネツバメは言いました。
「日本には妖怪がいるね」
「物凄く沢山のね」
先生も答えます。
「種類も数もね」
「多いね」
「そうだよ、私は妖怪にも知り合いがいるから」
だからだというのです。
「知っているよ」
「そうなんだね、先生は」
「うん、猫又のお静さんや牛女さんともね」
「神戸の妖怪さんかな」
「そうだよ、姫路城のお姫様ともね」
こちらのというのです。
「知り合い、お友達でね」
「それでよく知ってるんだね」
「そうだよ、ちなみに姫路城のお姫様が兵庫県の妖怪の棟梁なんだ」
「神戸市のある県だよね」
「兵庫県はね、日本は四十七の都道府県があって」
それでというのです。
「それぞれの都道府県に妖怪の棟梁さんがいるんだ」
「そうなんだ」
「人間社会では知事さんがいてね」
「妖怪にもあるんだね」
「そうだよ、ただ妖怪も妖精と同じで」
そうであってというのです。
「怖くないよ」
「むしろ楽しいんだね」
「そうした人達だよ」
「成程ね」
「先生って妖怪ともお友達なんだ」
ジョージョーはこのことに目を丸くさせました。
「流石だね」
「流石かな」
「先生は誰とでも仲よくなれるからね」
だからだというのです。
「そう思ったよ」
「流石とだね」
「そうだよ、ただ先生って悪い人からは好かれないね」
ジョージョーはこうも言いました。
「思えば」
「というか先生がいつも咎めるからね」
「悪い人をね」
「悪い行いを」
「そうするからね」
生きものの皆も言います。
「だからだね」
「悪人は先生を嫌うね」
「悪いことをすることを邪魔するから」
「先生は勇気もあるから悪いことにも向かうし」
「そうした人だからね」
「悪いことは悪い」
先生は皆にしっかりとしたお顔と声で言いました。
「そのことをわかってね」
「行動する」
「そうでないと駄目だよね」
「何といっても」
「そうだよね」
「そう、善悪を弁えてね」
そうしてというのです。
「悪いことは止めないとね、善悪は時代によって変わっても」
「何処でも変わらないことはあるね」
「誰かを傷付けたりものを盗む」
「そうすることはね」
「悪いことだよ」
「絶対にね」
「あの侯爵はとても悪い人だったわ」
ピピネッラはかつて自分の飼い主だった侯爵夫人のご主人であったこの人のことをここで思い出しました。
「冷酷で自分だけで」
「そうだった様だね」
「ええ、人を酷使するばかりでね」
先生にそうであってとお話します。
「全く顧みない」
「そうだったね」
「だから皆怒って」
そうしてというのです。
「暴動が起こってね」
「殺されたね」
「そうなったわ」
「そうだったね」
「そうなったのはね」
ピピネッラはさらに言いました。
「自業自得だったわ」
「悪事には報いがあるものだよ」
先生はピピネッラに言いました。
「必ずね」
「そうよね」
「そして私はね」
「悪事を止めるのね」
「見過ごせないから」
悪事を見ればです。
「そうするよ」
「先生はね」
「そして」
そのうえでというのです。
「その時は怖くてもね」
「勇気を出すのね」
「勇気は何か」
先生はさらにお話しました。
「まず恐怖を知って」
「その恐怖を乗り越えることね」
「そして悪いことに向かう」
「それが勇気ね」
「軍人さんの勇気は戦場に向かってね」
そうしてというのです。
「戦うことだけれど」
「先生の勇気は悪いことに向かう勇気で」
ジムも言います。
「僕達を助けることだね」
「幾ら大変なことでも」
先生はジムにお話します。
「けれどね」
「向かうことだね」
「それが私の勇気だと思っているよ」
「そういうことだね」
「勇気も一つじゃなくて」
そうであってというのです。
「私の場合はね」
「悪いこと、大変なことに向かう」
「それが私の勇気だとね」
その様にというのです。
「思っているよ」
「そうなんだね」
「そして」
そのうえでというのです。
「いつも何とかね」
「勇気を出しているんだね」
「その恐怖を自覚して」
「若し悪い人が何かしたらとか」
「暴力を振るうかも知れないと思うけれど」
それでもというのです。
「けれどね」
「勇気を出して」
「そしてね」
「悪い人に向かうね」
「悪いことにもね」
「そうした勇気がない人も多いからね」
ジョージョーは悲しいお顔で言いました。
「世の中には」
「そうだね」
ライオンも同じお顔になって頷きました。
「悪い人もいて」
「勇気がない人もいるよ」
「それで悪い人が悪いことをしても」
「それを見ても何もしない」
「ことなかれでね」
「逃げたりもするね」
「目の前で酷いことする人がいても」
ライオンはそれでもとお話しました。
「見て見ぬふりをする」
「怖いから縮こまってね」
「そうなる人がいるね」
「本当に何処でもね」
「そう、怖いと思うね」
先生も言います。
「その気持ちにね」
「勝つ」
「乗り越えることだね」
「勇気はね、これはとても難しいことだよ」
先生は真面目なお顔でお話します。
「本当にね」
「先生は私を助けてくれたけれど」
それでもと言うソフィーでした。
「あの時も勇気を出してくれたわね」
「そのつもりだよ」
「そして」
そのうえでというのです。
「大変な旅だったわね」
「君を担いで海まで行ったね」
「サーカス団からね」
「あの時は成功してよかったよ」
「いや、大変だったのに」
「いやいや、君が海に帰れてよかったよ」
先生はこう言うのでした。
「本当にね」
「そこでそう言うのが先生だけれど」
それでもと言うソフィーでした。
「勇気がある人は勇気を出してもね」
「それを誇示しないね」
オポッサムのハリガリが言ってきました。
「絶対に」
「そうなのよね」
「そして先生がね」
「まさにね」
「そんな人ね」
「凄いわ」
「全くだね」
こうお話するのでした。
「先生は武器は持たないし」
「今は格闘も出来ないけれど」
「それでもね」
「勇気があるのよね」
「何も持っていなくてもね」
それでもと言うスピーディーでした。
「勇気をダsる人は凄いよ」
「全くだよ」
カタカタメも言います。
「僕もそう思うよ」
「動く人がね」
「勇気があるということよ」
「そう、動かない」
「それは駄目よ」
「そしてそんな人が多いね」
「実際にね」
「動くことはね」
ピピネッラも言います。
「勇気がいるわ」
「ステファンさんにしても」
クイップはピピネッラに言いました。
「勇気があるね」
「祖国の政府に向かったのよ」
「捕まりそうにもなったのに」
「ええ、その悪事を告発してね」
「その政府を倒す為に」
「勇気を出して」
そうしてというのです。
「全力で向かったから」
「勇気があるね」
「私もそう思うわ、それも一人でね」
「向かったからね」
「どれだけ勇気があったか。自分の立場とかがあっても」
それでもというのです。
「勇気がある人はね」
「向かうね」
「そうして」
そのうえでというのだ。
「悪いことを防ぐのよ」
「悪い人が悪いことをすることを」
「そうするのよ」
まさにというのです。
「先生はね」
「真の勇気は何か」
「先生が持っているものね」
「そう、勇気はそれぞれでも」
「先生の勇気は本物の勇気よ」
こうしたお話をするのでした、ですが。
先生はそう言われてもです、お昼ご飯の時に皆に食堂でカレーライスを食べながら苦笑いになって言いました。
「私は勇気があるかな」
「あるじゃない」
「それも凄くね」
「悪いことは悪いと言える」
「それは充分な勇気よ」
「悪い人にも向かえるからね」
だからだとです、一緒に食べている皆は言いました。
「それを勇気と言わずして何か」
「他にないわよ」
「これまでの冒険で何をしてきたか」
「色々なことがあったけれど」
「先生が勇気がなかったら」
「何が出来ていたか」
それこそというのです。
「わからないよ」
「全く以てね」
「月に行った時だって」
「行こうっていう自体勇気が必要だし」
「そもそもね」
「月を冒険して」
「色々巡ったからね」
だからだというのです、こうお話してです。
皆で先生は勇気があると言います、ですが先生はそれでも言います。
「自分ではそうは思わないけれどね」
「勇気があるって」
「それは先生の自己評価でね」
「実際は違うから」
「知らない場所にも行こうってするし」
「あるのかな、普通だとね」
先生ご自身はです。
「思っているけれど」
「普通じゃないから」
「悪いことに悪いっていう自体がね」
「世界中を冒険して」
「多くのことを知ろうっていうことも」
まさにというのです。
「知ることだってね」
「勇気が必要じゃない」
「未知のものに近付くことでも」
「怖いからね、知らないと」
「それならね」
「そうなのかな、知らないものを見たら」
先生はそれならと言いました。
「いい機会だと思うけれどね」
「新しいものを知るね」
「その機会だね」
「まさに」
「そうだっていうのね」
「世の中知られていることは少ないよ」
まさにというのです。
「そして知れば知る程ね」
「それが発展になる」
「進歩になるわね」
「人間にとって」
「そうなるね」
「そうなるからね」
だからだというのです。
「まさにだよ」
「怖くないんだ」
「知らないことを知ることについて」
「学ぶことは」
「それだけで」
「そう考えているよ」
先生としてはです。
「本当にね」
「そう言うのはね」
「何か先生って違うね」
「いつも他の人とは違うと思ってるけれど」
「自分の勇気を勇気じゃないって考えていて」
「普通のことなんてね」
「悪いことは悪いと言う」
先生は言いました。
「そして指摘することはね」
「当然だね」
「人として」
「先生としては」
「それで悪い人に向かうことも」
「大体私はもう格闘とかはしなくて」
そうであってというのです。
「警察に通報しているね」
「じゃあ警察?」
「勇気があるのは」
「そうなるのかしら」
「この場合は」
「そうだよ、警官の人達は武器を持った犯罪者にも向かって」
そうしてというのです。
「困っている人達を守るね」
「凄いよね、お巡りさんって」
「怖いとか言えないよね」
「悪い人達に対しても」
「絶対に」
「そして軍人の人達日本だと自衛官の人達はね」
この人達はといいますと。
「戦争が起こると」
「敵に向かわないといけないね」
「戦場で」
「そして戦って国民を守る」
「そうしないといけないね」
「そうしないといけないから」
だからだというのです。
「どれだけ勇気が必要か」
「ううん、確かに」
「先生今回よく日本の災害のお話するけれど」
「災害が起こっても行くし」
「当然のこととしてね」
「消防署員の人達もだね」
この人達のお話もしました。
「文字通りの火事場に行くね」
「やっぱり困っている人達を助けにね」
「物凄く熱くて危険な場所に」
「そうするね」
「命の危険があっても」
「それでもだね」
「例えその場に一人だけでも」
それでもというのです。
「向かうんだよ、私はいつも皆がいてくれていざとなったらね」
「逃げられる」
「そうだね」
「困った時は」
「そうも出来るね」
「そうだよ、私には責任がないんだ」
先生はカレーを食べつつお話します。
「実はね」
「お巡りさんや軍人さん達と違って」
「消防署の人達とも」
「いざとなれば逃げられる」
「自分を守る為に」
「悪いことに対しても」
「そうだよ、私の立場は市民だから」
そうであるからだというのです。
「本当にね」
「いざとなればなんだ」
「逃げられるから」
「勇気がなくても困らない」
「そうした立場なんだ」
「そうだって思えば」
それならというのです。
「私は勇気のある人かっていうと」
「そうじゃないんだ」
「別に」
「絶対に向かわないといけない」
「誰かを守る為に」
「そうする必要がないから」
「そうしたことはね」
全くというのです。
「考えているから、それに私は悪い人は通報するね」
「それはね」
「法律を尊重して」
「絶対にリンチとか主張しないわ」
「間違っても」
「法律は守らないといけないよ」
絶対にというのです。
「さもないと大変なことになるよ」
「その通りだね」
「法律がないとどうなるか」
「世の中は」
「大変なことになるよ」
「私は自分を勇気があるとは思っていないけれど」
それでもというのです。
「法律はね」
「尊重しているね」
「心から」
「いつもね」
「そのことは自覚しているよ」
そうだというのです。
「そしてこれからもね」
「法律は守るね」
「絶対に」
「そうしていくわね」
「そうするよ、例えばね」
先生は皆に少し怒ったお顔で言いました。
「権力に反対するなら法律を破っていいかな」
「まさか」
「そんな筈がないよ」
「権力に反対しても法律は守らないと」
「大変なことになるよ」
「それで人を攫ったり殺してもいいっていうなら」
それならというのです。
「大変なことになるね」
「あの、殺された人はどうなるのかな」
チーチーは有り得ないというお顔で言いました。
「一体ね」
「権力に反対してもね」
それでもと言うホワイティでした。
「人を殺したらいけないよ」
「その人の命や人生があるんだから」
「そんなの言うまでもないよ」
オシツオサレツも言います。
「権力って法律になるけれど」
「法律が嫌でもやったらいけないよ」
「そんなこと許したら悪い人達の望むままになるよ」
ガブガブは断言しました。
「絶対にね」
「誘拐も殺人も権力に反対するならいい」
「じゃあ攫われる人殺される人はどうなるの?」
チープサイドの家族も言います。
「そうされた人達のご家族がどう思うか」
「考えられないのかな」
「若しそうした考えの人がいたら」
ダブダブも怒っています。
「間違っていると言えるわね」
「権力に反対しなくても正しいことをしているからと言って」
ジップも怒っています。
「何でもしていい筈がないよ」
「こんなの言うまでもないよ」
トートーも断言します。
「法律は守らないと」
「常識というかね」
ポリネシアは本気で怒っている感じです。
「人の普通のモラルでしょ」
「正しいことをしているなら人を殺してもいいなら」
それならと言う老馬です。
「文字通り非道だよ」
「そうだね、私は法律も学んでいて法学博士でもあるけれど」
それでもというのです。
「法律を否定してね」
「そんな考えだとね」
「その人は間違っているね」
「それも完全に」
「権力に反対するなら人を殺していいとか」
「何をしてもいいとか」
「そんな人は間違っていると」
その様にとです、先生は言います。
「私はそう言った人に言ったことがあるよ」
「実際間違っているしね」
「殺された人の命何と思ってるのかな」
「ご家族、ご遺族になる人達のことは」
「全く考えないのかな」
「そう、全くね」
まさにというのです。
「間違っているよ」
「そうだよね」
「どう考えてもね」
「そんな考えは間違っているね」
「カルトとかテロリストの考えだよ」
「その人ははっきりと言ったんだ」
先生はさらにお話します。
「権力に反対するならテロで人を殺してもいいって」
「言い切ったんだ」
「是非ご遺族の人達に言って欲しいね」
「物凄く怒られるとおもうけれど」
「何されるかわからないけれど」
「つまり人の命や人権、殺されたり残された人達の苦しみや悲しみなんてね」
そうしたものはというのです。
「全くね」
「考えないんだ」
「考え様ともしないんだ」
「全く」
「そうした人なんだ」
「法律もなくていいとね」
その様にというのです。
「考えているんだ」
「ある意味凄いね」
「そんな考えの人いるんだ」
「権力が嫌いで法律もそうで」
「そんなこと言うんだ」
「この場合の権力は政府だけれど」
それでもというのです。
「権力自体何処でもあるね」
「そうだね、確かに」
「学校でもお家でもね」
「教室でもで」
「会社でも労働組合でも」
「何処でもあるよ」
「そうしたものともね」
権力というものはというのです。
「わかっていなくて」
「わかろうともしない」
「それで政府が嫌い」
「法律も」
「そうした人でね、もうその人のその発言を聞いて」
そしてというのです。
「間違っていると言ったよ、具体的にね」
「今のお話の流れだと」
「その人そう言うのが勇気と思っているのかな」
「自分の考えを言う」
「権力に反対することが勇気だと」
「こんなのは勇気じゃないよ」
先生は全否定しました。
「私も自分は勇気を持っているとは思わないけれど」
「その人も勇気はないね」
「むしろ愚かなだけだね」
「それもこれ以上はないまでに」
「人の命や悲しみや苦しみがわからない」
「わかろうともしない」
「こんな愚かなことはなくて」
そうであってというのです。
「法律を破り否定することはね」
「勇気じゃないね」
「ただの迷惑だね」
「最悪犯罪だよ」
「そんなことは」
「不良の学生が煙草を吸ってね」
今度はこうしたお話をしました。
「法律を破って勇気があるかな」
「まさか」
「身体に悪いだけだよ」
「それって馬鹿じゃない」
「只のね」
「そうだよ、法律を否定し破ることは勇気じゃない」
断じてというのです。
「それは犯罪でね」
「馬鹿なことだね」
「愚行と言っていいわね」
「そうしたものだね」
「要するに」
「どうも」
ここで皆気付きました。
「勇気って言うものじゃないのかな」
「自覚するものでもないのかな」
「自然に出るのかな」
「その人から」
「それで人が見てね」
「この人は勇気があるってわかるのかな」
「そうかも知れないね」
先生は否定しませんでした。
「少なくとも私は自分が勇気があるとは思っていないよ」
「そうだよね」
「それならね」
「勇気は自覚するものじゃない」
「ましてあるって誇るものじゃない」
「人が見てあるって言うものかな」
「そうしたものかも知れないね」
先生は皆にお話しました。
「やっぱりね」
「そうなんだね」
「僕達は先生は勇気があると思うけれど」
「先生はそうじゃないって言うし」
「それならね」
「そうなるんだね」
「そうかもね、しかしね」
それでもと言う先生でした。
「私はさっきお話したいみたいな人はね」
「間違っている」
「そう言えるね」
「本当に」
「はっきりと」
「ちなみにこの人とあるお店の店員さんだったけれど」
そうした人だったというのです。
「この人が勤めて数年でね」
「潰れたんだ」
「そのお店」
「そうなったんだね」
「数年で」
「そうなったよ」
まさにというのです。
「親会社ごとね」
「そんな馬鹿な人を雇うならね」
「色々問題がありそうだね」
「親会社の方も」
「そんな風なら」
「そうなんだ、親会社の社員さん達も問題のある人ばかりで」
そうであってというのです。
「親会社も倒産して」
「それでなんだ」
「お店も潰れたんだ」
「会社全体でおかしかったんだ」
「おかしな人ばかり社員さんにしていたんだ」
「皆もそこにいたと思うけれど」
いつも一緒にいるからです。
「このことは覚えていないかな」
「そういえばあったかしら」
「昔ね」
「変なこと言った店員さんに間違っているってね」
「そんな考えはよくないって」
「そうね」
「思い出してくれたかな、本当にね」
実際にというのです。
「こんなことを言うのは勇気じゃないって」
「全くだね」
「何と言っても」
「そう言うしかないね」
「只の馬鹿だね」
「そう言うしかないわね」
皆も言います。
「先生と全く違う人ね」
「思いやりも何もない」
「そして勇気なんて欠片もない」
「そんな人だね」
「そんな人になったら」
それこそと言う先生でした。
「もうね」
「それだけでね」
「恥ずかしいことだね」
「これ以上はないまでに」
「そうした人は恥も自覚しないに決まってるけれど」
「親御さんがそのお話知ったらなくわ」
こうも言うのでした。
「自分達の子供はこんなに馬鹿なのかって」
「自分達はこんな馬鹿な人を育てたのかって」
「まともな親御さんならね」
「絶対にそう思うわ」
「そうだね、私もそう思うよ」
まさにというのです。
「こんな考えを持ったらいけないよ、法律はね」
「守る」
「それもまた勇気よね」
「守るべきものを守る」
「まさに」
「法律を守ることが勇気と言うなら」
それならというのです。
「そうなるね、自分が気に入らない法律でもね」
「守らないとね」
「法律はね」
「悪法でもね」
「さもないと大変なことになるから」
「悪法と言えども法律で」
そうであってというのです。
「守る」
「そうしないと世の中が滅茶苦茶になるから」
「それでだね」
「しっかり守って」
「人々に迷惑をかけないんだね」
「本当にそれが勇気なら」
それならというのです。
「勇気だとね」
「思っていいね」
「そう思うと勇気って本当に色々で」
「自覚するものでもない」
「些細だけれど大事なこと」
「そうだね」
「そうなるね」
先生は微笑んで言いました。
「間違っても法律を破る、悪いことをすることはね」
「勇気じゃない」
「それでそんなことをして勇気あるとか思うなら」
「まして恰好いいと思うなら」
「間違っているね」
「そして愚かだね」
「そうだよ、世の中は人が好き放題したらね」
そうしたらというのです。
「大変なことになるよ」
「全くだね」
「法治であるべきだね」
「人治でなくて」
「法律が大事だね」
「若し暴君や独裁者が好き勝手やったら」
そうなればというのです。
「最悪の世の中になるね」
「全くだね」
「その時は」
「実際にそうした国になった場合あるし」
「北朝鮮なんかそうだね」
「あの国みたいになるね」
「そう考えるとわかるね、あの国は法律やルールなんか全く無視して」
そうしてというのです。
「やりたい放題やってるけれど」
「勇気はないね」
「そんなこと全く感じないわ」
「それで物凄く恰好悪いし」
「我儘ばかりでね」
「悪いことしかしなくて」
「そう、そしてあんな国がもっと増えるとね」
北朝鮮の様な国がというのです。
「世界は大変なことになるからね」
「法律は守る」
「ルールも」
「そうしていくことが大事ね」
「絶対に」
「そうだよ、そしてね」
先生はさらにお話します。
「私は自分は勇気があるとは思わないけれど」
「法律は守る」
「悪いことは悪いと言う」
「それを止める」
「そうしていくわね」
「これからもね」
こうお話するのでした。
「そうしていくよ、そして今はね」
「そう、施設全部を移転させる」
「日本まで」
「ここにいる皆も」
「その為に働くわね」
「そうしていくよ」
笑顔で言ってそうしてでした。
先生は実際にそうしていくのでした、懐かしいパドルビーでのお仕事はさらに続いていくのでした。