『ドリトル先生とサーカスの象』




                第三幕  サーカス団が来て

 八条サーカスが八条町に来ました、すぐに広い敷地がある八条大学の敷地内に入ってそこに多くのテントや小屋を置きました。
 先生はすぐに招待されて団員の人達と何かとお話をしました、そこで八の字の口髭を生やしたにこにことしたお顔立ちの太った男性、団長さんともお話をしましたが。
 先生にです、団長さんはこう言いました。
「先生はあらゆる生きものとお話が出来るので」
「彼等の状況をですね」
「彼等から直接聞いてくれますか」
「健康か、困ったことはないか」
「もう何でもです」
 テントの中で一緒にお茶を飲みつつお話します。
「お話を聞いて」
「団長さんにお話をですね」
「してくれますか」
「彼等の為ですね」
「人間も重要なスタッフですが」
 サーカス団のというのです。
「彼等もです」
「重要なスタッフですね」
「ですから」
 それ故にというのです。
「お願いします」
「それでは」
 博士は笑顔で応えました。
「彼等とお話をさせて頂きます」
「宜しくお願いします、我々は生きもの言葉はわからないので」
 団長さんはお茶、ほうじ茶と一緒に出されている羊羹を食べつつ応えました。
「是非です」
「僕がお話をして」
「彼等の意見をありのまま聞かれて」
「ありのままですね」
「我々にお話して下さい」
「どんな意見でもいいですね」
「はい」
 団長さんは一言で答えました、団長さんらしくぱりっとしたタキシード姿で髪の毛は前からかなりなくなっています。そして頭がかなり光っています。
「お願いします」
「それでは」
「はい、それに」
 団長さんはさらに言いました。
「特に健康のことは」
「聞いて欲しいですね」
「健康第一なので」
 だからだというのです。
「細かくです」
「聞いて欲しいのですね」
「お願いします」
「わかりました」
 先生はそれではと応えました。
「その様にです」
「それでは」
 こうしてでした、先生は早速サーカス団の生きもの達から健康状態について聞きました。するとでした。
「風邪や虫歯がね」
「ちょっとあるね」
「体調を崩している生きものがいるね」
「多くないにしても」
「見られるわね」
「うん、皆いつも健康とはいかないね」
 先生は一通りお話を聞いて後でいつも一緒にいる皆に研究室で言いました。
「やっぱり」
「そうだよね」
「風邪ひいていたりね」
「虫歯だったりするね」
「どうしてもね」
「特にゴリラのウー君だけれど」 
 先生はサーカス団のその生きもののお話をしました。
「虫歯がね」
「何本かあって」
「深刻になりそうだね」
「だから団長さんにもお話したわね」
「すぐに治療すべきだって」
「そうね」
「そうだよ、そうしてね」
 そのうえでというのです。
「治してもらうことになったよ」
「いいことだね」
「虫歯は放っておくとよくないからね」
「健康にも影響するし」
「だからね」
「団長さんも頷いてくれたよ、ただね」 
 こうも言った先生でした。
「どうして彼に虫歯があったか」
「原因だね」
「病気には原因があるね」
「原因のない病気ってないね」
「そうよね」
「彼は甘いものが好きだね」
 先生は皆にお話しました。
「そう言っていたね」
「林檎とかバナナとかね」
「色々な果物がね」
「柑橘類も好きだって言ってたね」
「苺や西瓜も」
「パイナップルだって」
「ゴリラは狂暴という偏見があるけれど」
 先生は少し眉を曇らせてこうも言いました。
「実は違うしね」
「そうそう、凄く優しいよ」
「絶対に暴力を振るわないよ」
「穏やかでね」
「平和な生きものだよ」
「そうした性格で完全なベジタリアンで」
 そうした生きものでというのです。
「果物もあるとね」
「食べるよね」
「だからだね」
「ウーさんも食べていて」
「それも大好きで」
「ついつい食べ過ぎてね」
 甘い果物やお野菜をというのです。
「虫歯になってしまったんだ」
「そうだね」
「特に柑橘類が問題だね」
「酸性が強いから」
「パイナップルもだっていうし」
「動物園でもあったし」
 先生は以前の事件を思い出しました、動物園の生きもの達に虫歯が多くなって困ったことになったあの時のことを。
「牛女さんもなったね」
「六甲におられる」
「ライムジュースがお好きで」
「それでだったね」
「人間以外も虫歯になるから」
 だからだというのです。
「注意しないといけないけれど」
「ウーさんはね」
「ついうっかりだね」
「歯磨きをしていなかったし」
「なってしまったね」
「けれど治療してもらえるから」
 だからだというのです。
「安心だよ」
「うん、何よりだよ」
「虫歯を治療してもらえるなら」
「それならね」
 皆もそれならと頷きます。
「それじゃあね」
「後はサーカス団の獣医さんにもお話して」
「治療していきましょう」
「サーカス団の獣医さんは生きもの達の風邪には気が付いていたけれど」
 先生が診察した時にです。
「けれどね」
「それでもだね」
「ウーさんの虫歯は気付かなかったね」
「どうもウーさん我慢強くて」
「しかも遠慮がちな性格で」
「僕は見て気付いたけれど」
 その彼をというのです。
「虫歯だってね」
「それは先生だからだね」
「生きものとお話が出来るし細かいところまでわかるから」
「そうした人だからね」
「ウーさんのこともわかったね」
「幸いね、虫歯は我慢したら駄目だし」
 それにというのです。
「言ったら獣医さんに手間をかけるからってね」
「内緒にしたらよくないね」
「なってしまったら」
「放っておいたらいいことないし」
「だからね」
「僕はわかってよく聞いて」
 そのウーというゴリラからです。
「解決することになったけれど」
「それでもだね」
「言わなかったことはよくないね」
「迷惑になるとか思って」
「そうしたことはね」
「そうだよ、ゴリラはとても素晴らしい性格の子が多いけれど」
 それでもと言う先生でした。
「そうした遠慮はね」
「よくないね」
「気を使ってでも」
「それでもね」
「そうだよ、そしてどの子も暴力を受けていなくて」
 先生はこうもお話しました。
「よかったよ」
「見ればわかるからね」
「身体に傷があったりしてね」
「怯えた様子とかなくて」
「隠していてもね」
「先生にはわかるしね」
「それで何もなくてよかったよ」 
 暴力がというのです。
「本当にね」
「ちゃんとしたサーカス団だね」
「生きものを大事にする」
「暴力から芸を教えるんじゃなくて」
「ちゃんと教えているね」
「それでよかったよ、暴力による恐怖と苦痛で覚えさせるなんて」 
 先生は眉を曇らせて言いました。
「絶対にあってはいけないからね」
「そうだよね」
「最近は訓練でも暴力振るわないし」
「サーカスだってね」
「ちゃんとしたところは暴力を振るわないね」
「そう、僕力は絶対に否定すべきものだよ」 
 先生は強い声と表情で言いました。
「何があってもね」
「振るったらいけなくて」
「法律と理性を重んじるべきだよね」
「ルールや信仰も」
「そうでないと駄目よね」
「そうだよ、暴力は感情に基づいて行われるものであってね」 
 そうであってというのです。
「そこに法律も理性もないんだ」
「だから先生は否定しているね」
「暴力を」
「誰に対しても振るったことないね」
「当然僕達にも」
「心掛けているよ、紳士でありたいから」
 先生がいつも心掛けていることです。
「気を付けているよ」
「そうだよね」
「いいことよ」
「それじゃあこれからもね」
「心掛けてね」
「先生は」
「そうしていくよ」
 先生は皆に約束しました。
「僕は誰にも暴力を振るわないよ」
「まあ先生と暴力はね」
 ポリネシアはこう言いました。
「全く無縁だけれどね」
「そもそも感情的にならないしね」
 ホワイティは先生のこのことをよく知っています、それで今言うのです。
「理性的で穏やかで」
「暴力は何も生み出さない」
 ダブダブは言いました。
「いつも言っているしね」
「殴られて蹴られて罵られるのがどれだけ痛いか」
 チーチーも言います。
「そのことを思うとって言ってるね」
「よく家族に暴力振るう男の人いるけれど」
「最低だしね」
 チープサイドの家族はDVについてお話しました。
「自分がやられたらどうか」
「考えてみたらいいよ」
「会社や学校でも暴力振るう人いるし」
 トート―は怒って言いました。
「最悪だね」
「学校の先生なんか酷いしね」
「機嫌が悪いと生徒に何発も殴って蹴って罵って」
 そしてとです、オシツオサレツは言いました。
「しかもお咎めなし」
「とんでもない状況だしね」
「先生が若し暴力を振るうなら」
 ジップは言いました。
「もうどれだけ嫌か」
「暴力は絶対に駄目だよ」 
 ガブガブは全力で否定しました。
「誰だって痛い思いしたくないよ」
「本当に暴力なんてあってはいけないね」
 老馬は皆に言いました。
「そうとしか言えないよ」
「そう、暴力はどんな場所でも否定すべきものなんだ」 
 先生は断言しました。
「圧倒的な暴力を受けるとね」
「誰もが萎縮するね」
「見ただけでもね」
「そして無抵抗になるね」
「考えられなくなって」
「そうなるよ」
 まさにと言う先生でした。
「人も生きものもね」
「いつも殴られて罵られて」
「痛めつけられて否定されてると」
「考えることが出来なくなって」
「怯えきってね」
「抵抗出来なくなるわ」
「そして支配するなら」
 それならというのです。
「独裁国家のやることだよ」
「全くだね」
「民主主義とは真逆だよ」
「暴力で支配しようとするなら」
「それは独裁国家だよ」
「その暴力がいいって言う人がいるなら」
 それならというのです。
「間違っているよ」
「全くだね」
「そんな考えは間違っているよ」
「先生の言う通りよ」
「独裁国家のやることだよ」
「アフリカではよく見られたね」 
 王子の国があるこの大陸にはというのです。
「そんな独裁者が」
「そうそう、軍隊とか秘密警察を使って」
「国民を徹底的に虐げていたね」
「自分は権力にぽ溺れて贅沢三昧で」
「悪いことばかりするんだよね」
「何故かアフリカの独裁者はそんな人が多くて」
 それでというのです。
「その国を滅茶苦茶にしたね」
「そうそう」
「法律じゃなくて暴力を使って」
「ボサカとかアミンとか」
「メンギスツとかね」
「ああなったら駄目だよ」
 先生は全力で否定しました。
「何があってもね」
「暴力を使って悪いことをする」
「本当に論外だよね」
「何があっても許したらいけない」
「そんな人達よ」
「そうだよ、アフリカの発展がどれだけ遅れたか」  
 その独裁者達によってです。
「多くの犠牲も出て」
「そうしたことを見るとね」
「尚更だよね」
「暴力は否定すべきものだね」
「何があろうとも」
「ケニーも暴力を受けなかったら」
 先生はここでまた彼のことを思い出しました。
「よかったね」
「そうだね」
「まさにその暴力の犠牲者だったから」
「赤ちゃんなのに死んだ」
「そんな子だから」
「人間でも暴力を受けたら駄目で」 
 そうであってというのです。
「そしてね」
「生きものでもだしね」
「暴力は受けたら駄目だよ」
「誰であってもね」
「だからあのサーカス団に暴力がなくてよかったよ」
 先生は今度はほっとしたお顔で言いました。
「僕も嬉しいよ」
「これからもそうであって欲しいね」
「八条サーカス団に暴力はいらないよ」
「何処にもあってはならないし」
「これからもだね」
「あのサーカス団は生きものを大事にすべきだよ、それに」 
 先生はさらに言いました。
「人間のスタッフの人達もね」
「待遇がよくて」
「健康的でね」
「明るい感じだったわね」
「どの人も」
「そのこともよかったよ」
 笑顔で言うのでした。
「生きものだけでなくね」
「人もそうでね」
「本当に何よりだね」
「皆そうでね」
「全くだよ」
 先生は笑顔のままさらに言いました。
「そのことが嬉しいよ」
「そうだね」
「そうして見るといいサーカス団だね」
「設備も整っていて」
「皆頑張ってるし」
「演目も多いしね」
「いいサーカス団ね」
「そうだね、ショーも期待出来るね」
 そちらもというのです。
「それじゃあね」
「ショーも観ようね」
「行ってね」
「そうしてね」
 皆も言います、そうしてでした。
 先生は論文に戻りました、どんどん書いていきます。そしてお昼は団長さんと一緒に大学の食堂で食べましたが。
 マカロニグラタンとサラダを食べてです、団長さんは自分と同じものを食べている先生に対して言いました。二人で同じ席に向かい合って座って食べています。
「懐かしい味ですね」
「団長さんまさか」
「はい、八条大学出身でして」
 先生に笑顔で答えました。
「大学を出てすぐにです」
「サーカス団に入られたんですね」
「最初はピエロでして」
 そうであってというのです。
「長くいてです」
「今ではですか」
「団長です」 
 そうだというのです。
「やらせてもらっています」
「そうですか」
「生まれは岡山で」
 そちらでというのです。
「高校からです」
「こちらの学園で」
「それで就職は皆を楽しませられて」
 そうしてというのです。
「あちこちを旅出来る」
「そうしたお仕事ですか」
「それがいいと思いまして」
 それでというのです。
「サーカス団に入りました」
「そうですか」
「そしてです」 
 そのうえでというのです。
「ずっと人に笑顔になってもらって」
「旅もですね」
「出来ています、ですが」
「ですがといいますと」
「サーカス団の事務所は神戸にありまして」
「そこで運営をしていますね」
「そうです、ずっと旅が出来るかといいますと」
 それはといいますと。
「事務所勤務になれば」
「出来ないですね」
「そうした時は休暇の時にです」
「旅行に行かれますか」
「そうしています」
 先生に笑顔でお話しました。
「団長になる前もです」
「事務所勤務で」
「それで、です」
 そうであってというのです。
「神戸にいました、サーカス団と事務所を行き来しています」
「常に団にはいないですね」
「企業ですから」 
 サーカス団もというのです。
「そうなります」
「そうなのですね」
「はい、そして」 
 それにというのだ。
「神戸にいましても」
「旅行を楽しまれていますか」
「そうしています、その時は家族を連れて。あとです」
 団長さんはさらにお話しました。
「団もいつも興行をしていません」
「一年中ではないですね」
「日本各地を巡っていますが」
 それでもというのです。
「本拠地は神戸にありまして」
「鉱業をしていない時はですね」
「神戸にいまして」
 そうしてというのです。
「そこで次の工業の準備や持っているものの点検、休養をです」
「行っていますね」
「そうしています、船を使っての行き来が多いです」
「日本だからですね」
「はい、日本は島国なので」
 だからだというのです。
「やはりです」
「行き来は船ですと楽ですね」
「何処でも行き来出来ますので」
 日本のというのです。
「ですから」
「船をよく使われますか」
「そうしています、今回は神戸ですので」
「本拠地にある」
「少し移動した感じで」
「来られましたね」
「はい、そして」 
 団長さんはさらにお話しました。
「興行をさせて頂くので」
「頑張って下さい」
「宜しくお願いします」
 笑顔でお話してでした。
 先生と団長さんはマカロニグラタン等を食べながら楽しい時間を過ごしました、その後で先生は皆と一緒にです。 
 もう一度サーカス団の方に行きました、そして象達のいる小屋に行きますと小さな象がお父さんお母さんと一緒にいます。
 その象にです、先生は笑顔で言いました。
「お父さんお母さんと一緒でどうかな」
「うん、寂しくないよ」
 子供の象は先生に笑顔で答えました。
「お仕事の時も一緒でね」
「そうだね」
「飼育係の人も芸を教えてくれる先生も優しいし」
「暴力を受けていないことはね」
「暴力って僕知らないけれど」
 子供の象はこう返しました。
「とても怖いことなんだね」
「そうだよ、殴られたり蹴られたりね」
「耳の後ろを叩かれたり」
「そんなことをされるんだ」
「そんなこと全くないから」
 子供の象は答えました。
「あちこち行く時以外はお家にいられるし」
「それで休めているね」
「よくね」
 ここでも笑顔で答えました。
「そうだよ」
「それは何よりだね」
「うん、ただね」
「ただ?」
「僕みたいなサーカスの象って幸せなんだよね」
「うん、そうだよ」
 先生はその通りだと答えました。
「家族と一緒にいられて暴力を受けないからね」
「だからだね」
「しかも無理をさせられないし」
 そうであってというのです。
「お家もあるしね」
「だからだね」
「僕が聞いた子と比べるとね」 
 先生はケニーのことを詳しくお話しませんでした、子供の象がそのお話を聞いたら自分のことの様に思って悲しくて辛い気持ちになると思ってです。
「ずっとね」
「いいんだね」
「そうだよ」
 こう言うのでした。
「とてもね」
「そうなんだね」
「このサーカス団の人達はいい人達だからね」
「僕もだね」
「大事にしてもらっているんだ」
「そうだね」
「君はまだ三歳でね」
 そうであってというのです。
「まだまだこれからで長い間ね」
「サーカスで芸をしていくね」
「皆に見せていくんだ」
「そうだよね」
「象は七十年生きられるから」
 先生は笑顔でお話しました。
「これからね」
「皆に芸を見せて楽しんでもらって」
「笑顔に囲まれてね」
 そうしてというのです。
「暮らしていってね」
「そうしていくね」
「ここの人達はそうなる様に考えているから」
 サーカス団の人達はというのです。
「だからね」
「是非だね」
「そうなる様にね」
「僕もだね」
「頑張るんだよ」
「そうしていくね」
「君もやがては結婚して」
 先生は子供の象の人生のお話もしました。
「それでね」
「そのうえでだね」
「そう、お父さんになるんだよ」
「それで僕みたいな子供を育てるんだね」
「一緒にいてね」
「そうなるんだね、何かね」
 考えるお顔になってです、象は先生に言いました。
「君には遠い先に思えるね」
「想像も出来ないよ」
 子供の象はこう返しました。
「あと僕の名前はね」
「太郎だね」
「うん、覚えてるよね」
「勿論だよ、じゃあこれからは太郎って呼んでもいいかな」
「いいよ」 
 象は是非にと答えました。
「それじゃあね」
「宜しくね」
「名前で呼んでね」
「じゃあ太郎って呼ぶね」
「どうぞ」
 太郎はにこりと笑って応えました。
「僕は先生って呼ぶね」
「これまで通りね」
「ドリトル先生っていうとね」
「呼び方は先生だね」
「そうなるからね」 
 だからだというのです。
「宜しくね」
「それじゃあね」 
「それでだけれど」 
 太郎は先生にあらためて言いました。
「僕がお父さんになるのはずっと先だね」
「君はまだ三歳だからね」
「生まれたばかりだからだね」
「まだまだね」
「先のことだね」
「そうだよ」
 その通りだというのです。
「本当にね」
「そうだよね、だからそう言われてもね」
「ピンとこないね」
「先生の方がずっと早いよ」
 太郎は先生に言いました。
「結婚はね」
「僕が結婚?」
 先生は太郎の言葉にきょとんとなって応えました。
「まさか」
「いやいや、結婚出来るよ」 
 太郎はさらに言いました。
「先生凄くいい人だから」
「こと女性には縁がないよ」
「そんな筈ないよ」 
 太郎は先生の今の言葉を否定しました。
「先生ならね」
「先生もてますよ」
「そうですよ」
 太郎のお父さんとお母さんも言ってきました、ずっと太郎に寄り添っています。本当に親子だとわかります。
「とてもいい人ですから」
「誰にも公平で優しくて」
「しかも紳士ですし」
「こんないい人いませんから」
「そう言ってもらって嬉しいけれどね」
 それでもと言う先生でした。
「僕はね」
「女性には縁がないですか」
「もてないって言われますか」
「全くね」
 それこそというのです。
「生まれてからね」
「それは先生の勘違いですよ」
「絶対にそうです」
 お父さん象もお母さん象も言います。
「もてますから」
「見ている人は見ていますよ」
「先生みたいないい人は」
「心ある人は好きになりますよ」
「いやいや、本当に生まれて縁がないから」
 先生は自分が思っていることを言いました。
「もてたことなんてね」
「一度もない」
「そうですか」
「だからね」
「僕は違うと思うよ」
 太郎は思い込んでいる先生に答えました。
「絶対にね」
「僕はもてるとだね」
「思っているから」
「それじゃあ結婚も出来るかな」
「相手の人が放っておかないよ」 
 それこそというのです。
「いい人がね」
「妹にも皆にも言われるけれど」
「皆わかっているから」 
 それこそというのです。
「先生のことがね」
「もてるっていうのがかな」
「そうだよ、僕より先にね」
「結婚出来るんだ」
「その時はお祝いさせてもらうよ」
「じゃあそのお祝い受けさせてもらうよ」 
 その時はと返す先生でした。
「是非ね」
「それじゃあね」 
 こうしたお話をしてでした。
 先生は太郎とも楽しい時間を過ごしました、そしてその後で研究室に戻ったのですが戻るとすぐにです。
「あの子わかっているね」
「そうね」
 まずはチープサイドの家族がお話しました。
「先生のことが」
「よくね」
「全くだよ」
 ジップも思うことでした。
「お話を聞いていて感心したよ」
「象は頭がいいけれど」 
 トートーはそれでもと言いました。
「あの子は特別にいいね」
「三歳で先生がどうかわかっているなんてね」
 チーチーは笑顔で言いました。
「これはかなりだね」
「いい象になるね」
 老馬は太郎の将来を確信していました。
「絶対にね」
「周りの環境もいいしね」 
 それでと言うポリネシアでした。
「きっとそうなるわ」
「先生がどう思っても」
 それでもと言うホワイティでした。
「きっとそうなるからね」
「そうそう、私達も頑張ってるし」
 ダブダブは強い声で言いました。
「絶対にそうなるわよ」
「先生はわかっていないけれど」
 ガブガブは先生を見て言いました。
「僕達は皆わかっているしね
「それなら問題なしだよ」
「皆でこれからも頑張っていこう」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「是非ね」
「先生の幸せの為にね」
「不思議だよ、僕は今で最高に幸せだよ」 
 太郎とお話してから講義に出て今は三時です、それで先生は日課のティータイムを楽しんでいます。今日はアップルティーにアップルパイにアップルケーキそれに林檎のジャムを乗せたクラッカーというセットです。 
 そのセットを楽しみつつです、先生は皆に言うのでした。
「これ以上幸せになるのかな」
「それがなるんだよ」
「これ以上の幸せがあるんだよ」
「幸せには際限がないっていうじゃない」
「先生いつも言っているね」
「それはそうだけれど」
 先生はアップルティーを飲みながら答えました。
「僕自身はね」
「今でだね」
「最高に幸せだね」
「そうだっていうのね」
「これ以上はないまでに」
「そうだからね」 
 それでというのです。
「もう充分だけれど」
「先生無欲なのはいいけれど」
「本当に幸せに際限はないよ」
「もっとね」
「幸せになろうって思ってね」
「今自分にないものを求めよう」
「ないものね」
 今の自分にとです、先生は言われて考えました。
「何かな」
「だから恋愛だよ」
「結婚したら?」
「ここはもっと求めて」
「そのうえでね」
「僕に最も縁がないものだけれど」
 それでもと言う先生でした。
「求めるんだね」
「そうそう」
「そうしていこうね」
「先生折角だし」
「そうしていきましょう」
「そう言うけれどね」
 先生はどうにもというお顔で皆に答えました。
「皆がいてトミーがいて王子もいてくれて」
「お仕事あってお家があって」
「好きなだけ学問が出来て」
「美味しいものも飲んで食べられる」
「だからだね」
「何も不満はないからね、今だってね」
 アップルパイを食べて言いました。
「こうしてだよ」
「美味しいティーセットを楽しめる」
「僕達と一緒に」
「だからいい」
「充分っていうのね」
「そうだけれどね」
 言いながら今度は林檎のジャムがたっぷりと乗ったクラッカーを食べます。
「これ以上ないよ」
「本当にいつもそう言うけれど」
「求めたらいいよ」
「恋愛をね」
「そうしたらね」
「そうだよ、そうしたらいいよ」
 皆はあくまでこう言います、そしてです。
 皆もティーセットを楽しんでです、こう言ったのでした。
「確かに美味しいけれどね」
「このティーセットだってね」
「確かに飲んで食べて幸せになっているけれど」
「もっと幸せになれるから」
「先生はね」
「果たしてそうかな」
 先生は首を傾げさせるばかりでした。
「僕はこれ以上幸せになれるかな」
「絶対にね」
「後は気付くだけだよ」
「全く、他の人や生きものには幸せに際限がないって言うのに」
「自分は今で最高って言うんだから」
「先生はそこが困るよ」
 皆で言います、そのうえで林檎のティーセットをさらに楽しんでいきます。そしてその後でなのでした。
 また論文を書いて五時になるとお家に帰りました、するとトミーが椎茸やしめじや舞茸を鶏肉と一緒に炒めたものにです。
 粕汁を作っていました、王子も一緒で皆で晩ご飯を食べますが。
 粕汁を飲みながらです、王子は言いました。
「太郎って象だけれど」
「あの子だね」
「幸せで何よりだね」
「そう、命あるならね」
 先生は王子にご飯を食べながら答えました。
「誰だってね」
「幸せになる権利があるね」
「そう、義務と言っていいよ」
 まさにというのです。
「本当にね」
「その通りだね」
「そしてね」
 先生はさらに言いました。
「太郎はね」
「幸せで先生も嬉しいね」
「心あるサーカス団にいてね」
「お父さんお母さんと一緒で」
「虐待もされなくてね」
「小屋の外にも出られるね」
「そうなんだ、スタッフの人が外に出してくれて」
 小屋からというのです。
「散歩させてくれたりね」
「お客さんの前に出たりだね」
「そこで軽い芸も出来るよ」
「そうなんだね」
「ケニーはショーの時以外は小屋か檻から出されなかったけれど」
「運動もさせてもらえなかったね」
「気分転換もね」
 そうしたこともなかったというのです。
「だからストレスもね」
「相当なものだったね」
「本当にものと同じだったんだよ」
 先生は眉を曇らせて答えました。
「まさにね」
「ショーをする道具だね」
「そうだったんだ」
「だからストレスとかもだね」
「全く考えられていなかったんだ」
「つくづく酷い扱いだったんだね」
「そう、そしてね」
 その結果というのです。
「僅か三歳で寂しく死んだんだ」
「他の象もどんどん死んだね」
「二十年で三十頭だよ」
 それだけの象が亡くなったというのです。
「そのサーカス団ではね」
「多過ぎるね」
「それだけ酷使されていたっていうことがね」
「わかるね」
「自殺する子が出る位ね」
「本当にものだね」
「象に対してそうだから」 
 あまりにも酷い扱いをしていたというのです。
「おそらく人に対してもね」
「同じだったね」
「そうだったと思うよ」
 先生としてはです。
「これは僕の予想だけれどね」
「多分そうだね」
「左様ですね」
 王子だけでなく執事さんも言います。
「象に対してそうなら」
「人に対してもです」
「同じだよ」
「酷い扱いです」
「そうだね、そしてね」
 そのうえでというのです。
「結果としてね」
「象をショーに出せなくなったら」
「長い歴史のある団体だったけれどね」
 それがというのです。
「すぐにと言っていい位にだよ」
「倒産したんだね」
「そうだったんだ」
「如何に象のショーに頼っていたかで」
「そのショーの裏側にあるものがだよ」
「酷かったか」
「それがわかるね」
 こう王子に言いました。
「そうだね」
「僕もね」
「思わずにいられないね」
「うん、けれど八条サーカスはだね」
「よく考えているから」
 だからだというのです。
「本当にね」
「いい団体だね」
「どんなところでもね」
 サーカス団に限らずというのです。
「人や生きものはね」
「大事にしないと駄目だね」
「そうだよ」
 何があってもというのです。
「そうしないとね」
「本当に駄目だね」
「もの、道具でもですね」
 トミーも言ってきました。
「大事にしないといけないですね」
「そうだね」
「日本ではその考えが強いですね」
「何でも粗末にしたら駄目だっていうね」
「勿体ないの考えがありますね」
「昭和天皇はね」
 この方はといいますと。
「使えるものは最後までね」
「使っておられたんですね」
「そうした方だったんだ」
「天皇、皇帝であられても」
「そうだったんだ」
「戦後豊かになってもですね」
 日本がとです、トミーは先生に尋ねました。
「そうであられたんですね」
「あの方はね」
「世界屈指の大国の国家元首になられても」
「復興を経てね」
「それでもですか」
「ずっとだったんだ」
 昭和天皇という方はというのです。
「ずっとね」
「使えるものはずっとですね」
「どうしても使えなくなるまでね」
「そのものの寿命が来るまで」
「使っておられたんだ」
「凄いですね」
「それがね」
 まさにというのです。
「日本の天皇陛下であられたんだ」
「凄い方でしたね」
「うん、イギリス王室を手本とされて」 
 言うまでもなく先生の祖国です、先生はビクトリア女王それにエリザベス二世を心から敬愛してもいます。
「むしろね」
「イギリス王家以上にですね」
「素晴らしくなっているよ」
「日本の皇室は」
「もっと言えばね」
 先生はさらに言いました。
「日本の皇室の歴史は驚く程長いから」
「皇紀によれば二六〇〇年以上ですからね」
「それだけ長いからね」
 だからだというのです。
「その伝統もあるしね」
「イギリス王家をお手本としながら」
「そうだからね」
 それでというのです。
「どの方も立派だけれど」
「昭和天皇はとりわけですね」
「素晴らしい方だったと思うよ」
「使えるものを使えるまで使われた」
「衣食住全てが極めて質素でね」
 そうであってというのです。
「君主としてのご公務も果たされていたんだ」
「しっかりとですね」
「そうして常に紳士であられたし」
「何処までも素晴らしい方でしたね」
「うん、僕は日本に来てこの方をよく知ることが出来て」
 そうしてというのです。
「深く敬愛する様になったよ」
「そうですか」
「うん、そしてね」
 先生はさらに言いました。
「僕達もね」
「ものを大切にすることですね」
「そして命もね」
「大事にしないといけないですね」
「何があってもね」
 こう言うのでした、そして象の家族についての論文を書きつつサーカス団に協力もしていくのでした。








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