『ドリトル先生の長崎での出会い』




                第十一幕  二重の虹

 皆を長崎で有名な料亭に案内してでした。
 先生は皆と舟に乗せたお魚のお刺身や海老に烏賊に鱚にお野菜の天婦羅といったものにお豆腐や生麩が入ったお吸いものを前にしてです。
 長崎の地酒を飲みつつです、こんなことを言いました。
「このお店も歴史あるお店でね」
「そうなんだ」「このお店もなんだ」
「古くて」
「歴史があるのね」
「そうだよ、江戸時代からあるお店でね」 
 見れば和食だけではありません。
 オランダ料理や中華料理もあります、先生はそのご馳走達を前にお話するのでした。
「こうして和食だけでなくね」
「欧州のお料理もあって」
「中華もあるね」
「そうなんだね」
「この料亭は」
「まさにね」
 先生はさらに言いました。
「長崎のお店だよ」
「そうだね」
「和食に限らないのは」
「欧州や中華もあるのは」
「この街ならではだね」
「そうだよ、そしてこのお店でもおそらくは」
 先生はそのご馳走達を食べつつ言いました。
「志士の人達もね」
「会合を開いていたんだ」
「集まってお話して」
「飲んで食べていたんだ」
「そうだったかも知れないのね」
「日本で政治のお話をする時は」
 どうだったかといいますと。
「最近は事務所でするけれど」
「料亭だったね」
「会社の接待や詳しいお話もだったね」
「料亭でやってたね」
「日本だと」
「それは志士の人達からはじまってね」 
 幕末のというのです。
「そしてね」
「それでだね」
「ずっと続いていたんだね」
「日本で」
「料亭なら人も来ないしね」
 そうした場所でというのです。
「密室だしね」
「重要なお話が出来るね」
「そうだね」
「だから会合にも使えるね」
「それで幕末はだね」
「志士の人達が使っていてね」
 会合の場所にというのです。
「ずっと続いていたんだ」
「日本ならではの風情があって」
「雰囲気があってね」
「中々面白いけれど」
「幕末からだね」
「だから坂本龍馬さんもね」
 この人もというのです。
「長崎にも来ていたけれど会合の時は」
「料亭だね」
「そこでお話していたのね」
「同志の人達と」
「そうだよ、そしてね」
 先生はお刺身を食べて言いました、新鮮なお魚はとても美味しくて先生も皆も食べて笑顔になりました。
「後藤象二郎さんともね」
「この長崎で会ってるんだよね」
「そして維新に向けてのお話をしたね」
「そうだったね」
「お互い初対面だったけれど」 
 そうであったけれどというのです。
「悪い印象は受けなかったみたいで」
「お互いにね」
「それでお話は上手くいって」
「土佐藩も倒幕にさらに傾いて」
「維新の力になったね」
「そうなんだ、創作だとね」
 漫画や小説やドラマだと、というのです。
「龍馬さんはよく子供の頃いじめられていて」
「後藤さんにもだよね」
「身分が違うから」
「いじめられているね」
「けれどそもそも住んでいる場所が違うから」
 だからだというのです。
「会ったことがね」
「なかったね」
「同じ土佐藩でも」
「本当に創作は創作で」
 現実と違ってというのです。
「そのことを頭に入れないとね」
「駄目だよね」
「実際お二人が会ったのはこの長崎が最初で」
「それまで同じ土佐藩にいてもね」
「お会いしたことなかったね」
「一度も」
「噂は聞いていてもね」
 お互いのというのです。
「それはなかったよ」
「板垣退助さんとはずっとだったしね」
「お会いしたことなかったしね」
「それでいてお互い悪い感情は抱いてなくて」
「むしろ同志だったね」
「志士だったからね」 
 坂本龍馬さんも板垣退助さんもというのです。
「だからね」
「それでだよね」
「嫌い合っていなかったね」
「やっぱり龍馬さん子供の頃いじめられてなかったし」
「板垣さんもそんなことする人じゃなかったね」
「そのことはね」
 やはりというのです。
「覚えておかないとね」
「そうだよね」
「そのこともね」
「ちゃんと覚えておかないとね」
「創作ならいいけれど」
「歴史ではそうだったね」
「僕は三人共嫌いじゃないよ」  
 龍馬さんも後藤さんも板垣さんもというのです。
「決してね、そしてね」
「そして?」
「そしてっていうと?」
「まだ何かあるの?」
「うん、蝶々さんは芸者さんだってね」
 ここでもこの人のことをお話しました。
「だからね」
「ああ、料亭だとね」
「芸者さんは付きものだったね」
「そうだったね」
「そうだよ、だからね」
 そうした事情があってというのです。
「蝶々さんもね」
「料亭にいたかも知れないんだ」
「若しかして」
「そうだったかも知れないんだ」
「うん、そしてね」 
 先生は海老の天婦羅を食べてからお話しました、
「このお店にもね」
「いたかも知れないんだ」
「このお店江戸時代からあったから」
「それでだね」
「そうも思うよ、芸者さんになって」
 蝶々さんはというのです。
「そしてね」
「そのうえでだね」
「苦労していたね」
「元々武家の娘さんだったのに」
「それがね」
「幕臣の家だったかな」
 蝶々さんのお家はというのです。
「そしてお父さんは何かあって」
「恥を偲んで」
「それで切腹したんだね」
「そうだったんだね」
「あの人は」
「そして残された蝶々さんはね」
 この人はというのです。
「他に宛もなくて」
「芸者さんになって」
「それでだね」
「声がかかってピンカートン中尉と結婚した」
「そうだったね」
「そうかもね、そしてね」
 それでというのです。
「ああしたことになったんだよ」
「可哀想だったね」
「蝶々さんはそうした運命だったのかな」
「不幸な結末に至る」
「そうだったのかな」
「当時武家の人は誇りが強かったから」
 だからだというのです。
「芸者さんになること自体がね」
「辛いことだったね」
「まさに恥を偲ぶ」
「そうしたものだったね」
「そうかもね、そしてね」 
 それでというのです。
「悩んだ末に中尉と結婚して」
「改宗もして」
「親戚の人達に縁切りされて」
「日本にいる時だけの夫婦と知らないで待っていて」
「最後はお子さんを取り上げられるってわかって」
「自害したよ」 
 お父さんの様にというのです。
「そうなったよ、本当に悲しいお話だよ」
「全くだね」
「長崎はそうしたお話もあるのね」
「蝶々さんのお話が」
「オランダ人が来てね」 
 先生はオランダ料理も食べて言いました、お箸でそうしています。
「出島があって中華街もあって」
「大浦天主堂に孔子廟があって」
「原爆も落ちて」
「幕末の志士の人達の歴史もあって」
「同じ県内に島原の乱や諫早湾や佐世保の軍港やハウステンボスがあって」
「色々な顔があって」
「そしてね」 
 その色々な顔の中にというのです。
「蝶々さんもいるんだ」
「今回の旅はあと少しで終わりだけれど」
 ポリネシアが言ってきました。
「蝶々さんのことをよくお話したわね」
「よく考えてね」
 チーチーも言います。
「皆でそうしたね」
「何か不思議な位にね」
 老馬はこう思いました。
「蝶々さんと縁があったね」
「蝶々夫人の舞台でも」
「不思議な位にあったわね」
 チープサイドの家族はチーチーの言葉に頷きました。
「舞台のモデルになったグラバー園だけでなく」
「中尉や蝶々さんを連想させる人達も見掛けたし」
「学会の出席が主な目的だったけれど」
 それでもと言うトートーでした。
「それでもね」
「これは何かあるのかな」 
 ガブガブは首を傾げさせました。
「やっぱり」
「運命かしら」
 ダブダブはガブガブに続きました。
「これは」
「蝶々さんのことで」
 ジップも言います。
「何かあるのかな」
「僕達はそれに触れているのかな」
「そうなのかな」
 オシツオサレツも思いました。
「やっぱり」
「気付かないうちにね」
「蝶々さんの悲劇が今度はハッピーエンドになる?」
 ホワイティはふと考えました。
「そうなったらいいけれどね」
「そうだね、若しかしたらね」 
 先生は皆に応えて言いました。
「僕達は蝶々さんのお話が反省と後悔から抜け出して」
「幸せなものになる」
「今度はそうなる」
「その物語に触れたのかしら」
「知らないうちに」
「そうかも知れないね、けれどね」
 それでもと言う先生でした。
「若しあのお話がやりなおされてね」
「幸せなものになるならね」
「やっぱりいいわよね」
「そうなるな」
「そう思うよ。悲劇は繰り返されずに」
 そうであってというのです。
「またお話がはじまるなら」
「今度はね」
「ハッピーエンドであって欲しいわね」
「反省や後悔から抜け出して」
「それからね」
「反省や後悔が贖罪になっても」 
 先生は生麩が入ったお吸いものをすすってから言いました。
「そうしたものが活かされて」
「そうしてだよね」
「今度はハッピーエンドになればいいのよね」
「ずっとそうしたものに苛まれてるんじゃなくて」
「幸せになればいいね」
「日本では輪廻転生の考えがあるね」
 先生はこの考えのお話もしました。
「そうだね」
「仏教の考えね」
「元々はインドの考えで」
「日本にもあって」
「実際にあるんだよね」
「そう、魂はね」
 仏教の世界ひいては日本ではです。
「不滅でね」
「何度も生まれ変わる」
「例え死んでも」
「そうなるね」
「だからね」
 それでというのです。
「蝶々さんもね」
「生まれ変わってるね」
「そうなっているわね」
「あの人も」
「そしてキリスト教の世界では生まれ変わりは基本ないけれど」
 それでもというのです。
「信じている人がいるね」
「アメリカのパットン将軍だね」
「あの人は転生を信じていたね」
「ご自身はハンニバルの生まれ変わりだって言ってたね」
「ピュルス大王の生まれ変わりとも」
「信仰はその人の信じる世界に行くから」 
 死んだ時はというのです。
「中尉が生まれ変わりを信じていたら」
「それならね」
「あの人も生まれ変わってるね」
「そうなってるね」
「その筈だよ、僕も最近はね」
 先生ご自身もというのです。
「生まれ変わりを信じているしね」
「そうだよね」
「日本に来てからね」
「そうなっているね」
「天理教のお話だけれどね」
 仏教ではないけれど、というのです。
「とあるお家の娘さんが幼くして亡くなって」
「可哀想だね」
「幼くしてなんて」
「やっぱり小さな子は身体が弱いから」
「そうしたこともあるね」
「その後で息子さんが生まれたけれど」
 娘さんが亡くなってというのです。
「同じ場所に黒子があったそうだよ」
「まさに生まれ変わりだね」
「その息子さんは娘さんの」
「そうだね」
「そう、天理教の経典でも生まれ変わりを書いているし」
 こちらでもというのです。
「それでね」
「あるんだね、生まれ変わりって」
「天理教の世界でも」
「天理教も日本の宗教だし」
「あるのね」
「そうだよ、そしてね」
 先生はさらにお話しました。
「蝶々さんも中尉もね」
「生まれ変わって」
「それでだね」
「今度はハッピーエンドになる」
「そうなるかも知れないんだね」
「うん、そして若しそうなるのなら」
 先生は心から思って言いました。
「本当にね」
「こんないいことはないね」
「やっぱり」
「悲劇が幸せに変わるなら」
「生まれ変わって」
「まさに神様の配剤だよ」
 先生は心から思ったままこうも言いました、奇麗で整った品のある和室の中で和蘭中のご馳走を楽しみながら。
「そうであるならね」
「そうだね」
「そしてね」
「今度こそ幸せになるのなら」
「最高だね」
「そうだよ、悲劇はあっても一度でいいよ」 
 そうだというのでした。
「二度目はね」
「ハッピーエンドだよね」
「そうであるべきだよね」
「やりなおされるなら」
「贖罪は必要だよ」
 先生は反省と後悔から至るそれはというのでした。
「やっぱりね、けれどね」
「それはずっとじゃなくて」
「その人だけのことで」
「子孫の人達の問題じゃないから」
「本当にその必要はないね」
「親の因果とかはあってはならないよ」
 決してというのだ。
「そんなものは切らないといけないしね」
「切れるね」
「その人の努力で」
「それが出来るね」
「そして切ってね」
 そうであってというのです。
「新しく前を向いて生きるべきだよ」
「全くだね」
「その通りよ」
「その人がやったことじゃないし」
「それならね」
「お家や魂のいんねんがあっても」
 それでもというのです。
「そうしたものはね」
「切ってね」
「先生の言う通り前に向いていかないとね」
「そして明るく生きる」
「そうでないとね」
「駄目だよ」 
 絶対にというのです。
「本当にね」
「中尉がしたことは酷いことで」
「今じゃ最低の行いだけれど」
「親戚の人も冷たくて」
「やっぱり酷いことだけれど」
「その人達のお子さんやお孫さん達がしたことじゃないんだ」
 だからだというのです。
「もうね」
「それならだよね」
「いんねんがあっても切って」
「明るく生きることだね」
「前を向いて」
「そう、そしてね」
 先生は前を見て言いました。
「今度はね」
「幸せにならないとね」
「ハッピーエンドを迎えないと」
「本当に駄目よね」
「そう、悲劇を繰り返さないこともね」
 このこともというのだ。
「大事だよ、人間の叡智はね」
「色々なことに活かされて」
「そうしたことにもだよね」
「悲劇を繰り返さない為にも使われるべきだね」
「その知恵は」
「良心と優しさと思いやり」
 そうした感情もというのです。
「そうしたものもだよ」
「使われるべきだね」
「人なら当然持っている心も」
「悲劇を繰り返さない為に使われるべきだね」
「やっぱり」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「僕もだよ」
「そう考えているよね」
「先生だって」
「人間には叡智があって」
「良心や優しさや思いやりがある」
「そしてそうしたものをだね」
「悲劇を繰り返さない為にもだよ」
 まさにというのです。
「使われるべきでね」
「使ってね」
「そうしてね」
「そのうえでだね」
「今度は」
「幸せになることだよ」
 絶対にというのです。
「そうでないと駄目だよ」
「そうだよね」
「先生の言う通りよね」
「若し生まれ変わったのなら」
「蝶々さんと中尉が」
「その時はね」
「幸せにならないと」
「本当に駄目だよ」
 こう言うのでした、そしてです。
 先生は皆と一緒に料亭のご馳走と美酒を楽しんでいきます、そうしてお酒をしこたま飲んだ時にはです。
 食べるものはデザートだけになっていました、そこで先生は言いました。
「こうしたご馳走もいいね」
「全くだね」
「和食と洋食と中華を一度に楽しむ」
「それも料亭みたいなお店で」
「そうしたことをしても」
「凄くいいね」
「流石に長崎位でしか出来ないけれど」 
 それでもというのです。
「楽しめるならね」
「それならだよね」
「是非楽しむことだね」
「ここで」
「そうすることだね」
「そうだよ、楽しめる時と場所でね」
 今の様にというのです。
「楽しむことだよ」
「全くだね」
「それじゃあね」
「今こうしてね」
「楽しんだよ、後はお酒の残りを飲んで」
 そうしてというのです。
「それからね」
「うん、デザートをね」
「それを楽しもうね」
「最後の最後で」
「そうしようね」
「今からね」
 こう言ってデザートも食べました、そしてです。
 先生は皆と一緒に料亭を後にしてホテルに戻って休みました、そうして次の日長崎の最後の学会に出席してです。
 最後のフィールドワークをして神戸への帰路に着きました、そしてホテルを出たその時になのでした。
「さっきまで雨が降っていたのに」
「それがね」
「今は止んでるわ」
「お空も青くなってきていて」
「晴れてきているわね」
「うん、いいね」
 先生はまだ濡れている道を見つつ笑顔で応えました、水溜まりに青い空やビル街が映されています。
「帰る時に晴れているとね」
「終わりよければね」
「そう思うからね」
「本当にいいね」
「晴れていると」
「そうだね、いやこれはいいよ」
 先生は笑顔で皆にお話しました。
「帰る時に雨上がりだとね」
「雨に逢わないしね」
「それに空気が奇麗に感じるし」
「雨の残りで街がきらきらしているし」
「いいよね」
「青空も見えるし」
 見上げるとそこにあります。
「本当にね」
「いいよね」
「それじゃあね」
「雨上がりの景色を楽しみながら」
「そのうえでね」
「駅まで行って」
 長崎のというのです。
「そして新幹線でね」
「神戸まで戻ろう」
「そうしよう」
「これからね」
「そうしようね、しかし」
 皆と一緒に歩きはじめてまた言うのでした。
「一つ気になることは」
「何かな」
「長崎でやり残したことがあるの?」
「何かあるの?」
「うん、やっぱりね」
 皆にこう前置きして一緒に歩きつつ言います。
「中尉を思わせる白人の人とね」
「ああ、蝶々さんを思わせる着物の人」
「お二人だね」
「お二人がまさか中尉と蝶々さんの生まれ変わりなら」
「どうなるかだね」
「そのことがね」
 どうにもというのです。
「気になるね」
「そうだね、若しお二人がそうなら」
「それぞれ生まれ変わりなら」
「その時はね」
「巡り会って」
「そしてね」 
 そうしてというのです。
「幸せになってくれれば」
「いいよね」
「その時はね」
「絶対に」
「そう思うよ」
 こう言うのでした、そしてです。
 皆で雨上がりの長崎の街をさらに歩いていきます、するとここで皆は先生にこんなことを言ってきました。
「先生、見て」
「お空見て」
「お日様の方を」
「凄いよ」
「素晴らしいものが見えるよ」
「あっ、これは」 
 先生が皆に言われてお空の方を見るとでした。 
 お日様の方に虹がありました、それも一つではなく。
「二重にあるね」
「そうだね」
「一つだけでも奇麗なのに」
「二つあるなんて余計にいいね」
「そして縁起がいいね」
「二つもあるなんて」
「虹は縁起がいいとね」
 その様にというのです。
「殆どの国で言われているね」
「そうなんだよね」
「日本でもイギリスでもね」
「そして他の国でもね」
「どの国でも言われているね」
「虹は縁起がいいってね」
「そう言われていてね」
 それでというのです。
「二重ならね」
「尚更だよね」
「本当にいいよね」
「これは何かいいことがあるかな」
「二重の虹が出たということは」
「うん、きっとね」
 まさにというのです。
「あるよ、そしてそれは」
「中尉の生まれ変わりの人と蝶々さんの生まれ変わりの人」
「若しお二人がそれぞれそうなら」
「その時はだね」
「巡り会って」
「そしてね」
 そのうえでというのです。
「幸せになれるね」
「その知らせかな」
「二重の虹は」
「そうなのかしら」
「そうかもね、若しそうなら」
 先生は二重の虹を見上げたまま笑顔でお話しました。
「凄くね」
「いいことだね」
「お二人が今度は幸せになる」
「そうなるんだから」
「そう思うよ」
 皆に言うのでした。
「いい虹だよ」
「全くだね」
「僕達もいいものが見られたね」
「それじゃあね」
「この嬉しい気持ちを胸にね」
「神戸に帰ろうね」
「そうしようね」 
 笑顔で言いました、そしてです。
 駅に入ってそこからです。
 神戸への鉄道での帰路につきました、新幹線に乗って神戸まであっという間に向かいます。その新幹線の中で。
 皆は先生にです、一緒に駅弁を食べつつ言いました。
「あの二重の虹がね」
「先生にも幸せをくれるなら」
「最高だよね」
「お二人だけでなくね」
「ははは、それを言うと返事は決まっているよ」
 先生は長崎の駅弁を食べつつ皆に笑って応えました。
「今で最高だよ」
「そう言うよね」
「そこは先生だね」
「無欲だよ」
「いいことだけれど残念よ」
「これ以上幸せになるなんて」 
 最高だからだというのです。
「本当にね」
「ないって言うね」
「そうだね」
「先生としては」
「そうだね」
「そう、だからあの二重の虹がもたらしてくれる幸せは」 
 それはといいますと。
「お二人、そして皆にだよ」
「もたらされるといいんだ」
「僕達に」
「そうなればいいっていうんだね」
「先生としては」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「本当にね」
「それでなんだ」
「もういいんだ」
「それじゃあね」
「僕達は幸せを頂くけれど」
「先生に渡すよ」
「ではその幸せをね」
 皆からもらったそれをというのです。
「僕は皆に分けるよ」
「公平に」
「そうするんだ」
「僕達に」
「あらためて」
「僕も最高だけれど皆がそう言うならいただいて」
 二重の虹がもたらす幸せをというのです。
「そしてね」
「そうしてなんだ」
「僕達皆でなんだ」
「幸せを公平にいただいて」
「一緒に幸せになるのね」
「トミーも王子もね」
 このお二人もというのです。
「そして執事さんもマグさんもね」
「そうそう、マグさん日本で暮らすしね」
「奥さんと一緒に」
「そのことが決まってるし」
「それじゃあね」
「彼にもね」
 是非にというのです。
「幸せになってもらうよ」
「これまではキャットフ―ドを売っていたけれど」
「バドルビーで」
「今度は神戸でベット用品のお店をやって」
「そうして暮らすのね」
「そうだよ、そして国籍もね」
 こちらもというのです。
「やがてはね」
「日本だね」
「先生と同じく」
「日本国籍になって」
「日本人になるのね」
「そうだよ、そしてね」
 そのうえでというのです。
「日本に永住するつもりらしいよ」
「先生やトミーみたいにね」
「王子も暫く日本にいるし」
「これからは一緒だね」
「あの人と」
「そうなるよ、そしてね」 
 そのうえでというのです。
「バドルビーにいた時みたいにだよ」
「楽しくお会い出来るね」
「マグさんとも」
「そうなるね」
「そのことが嬉しいよ」
 笑顔で言うのでした。
「だから彼にも幸せをあげるよ」
「幸せは独占しない」
 ポリネシアは言いました。
「立派な考えよ」
「全くだね」
 トートーはポリネシアの言葉に頷きました。
「先生らしいよ」
「幸せは一人じゃなくて皆が得るもの」
 ダブダブも言います。
「素晴らしい考えよ」
「全くだね」
「こんないい考えないわ」 
 チープサイドの家族も言います。
「一人だけじゃない」
「皆で一緒に幸せになろうなんてね」
「世の中自分のことしか考えない人もいるけれど」
「先生は違うからね」
 オシツオサレツも二つの頭で言いました。
「皆が幸せになるべきだってね」
「そう考えるからいいね」
「いいことをして皆に迷惑をかけないなら」
 それならと言う老馬でした。
「先生はいいっていうね」
「世の中自分のことしか考えない人がいるけれど」
 ホワイティはまずそうした人達をやり玉にあげました。
「先生はそうした人では断じてないから」
「皆にも幸せを分けるね」
 まさにと言うガブガブでした。
「僕達があげても」
「じゃあ皆で幸せになろう」
 それならと言うチーチーでした。
「是非ね」
「王子もトミーも執事さんもマグさんも入れて」
 ジップはもう一人の人を忘れませんでした。
「日笠さんもね」
「そうそう、日笠さん」
「日笠さんを忘れたらいけないよ」
「何と言ってもね」
「あの人もね」
 皆もまさにとです、笑顔で頷きました。
「幸せになってもらわないと」
「折角だから」
「あの人へのお土産も買ったしね」
「それならね」
「そうだね、それでだけれど」
 ここで先生は皆にハウステンボスで買った二つの扇を出して開いて皆に見せてそのうえで言いました。
「この黒いスペインの扇とね」
「白い中国の扇だね」
「どちらも日笠さんに贈るね」
「僕達が買おうと言ったけれど」
「うん、扇は中華街にもあったけれど」
 それでもというのです。
「中華街では別のお土産を買ったしね」
「日笠さんにもね」
「王子にもトミーにもそうして」
「執事さんにもマグさんにも」
「そして日笠さんにもね」
「そうしてね、そして」 
 そのうえでというのでした。
「またサラが来るから」
「そうそう、ご主人と一緒に」
「サラさんも来るね」
「だからサラさんの分も買ったね」
「そうしたよ、しかしね」
 サラについてこうもお話しました。
「サラのご主人はかつては宣教師だったけれど」
「それがだよね」
「今は会社の社長さんだね」
「お茶の売買をしている」
「そうした人になったね」
「元々その会社の長男さんで」
 そうであってというのです。
「やがてね」
「会社を継ぐことになっていて」
「実際に継いだね」
「そして今は社長さんだね」
「その会社の」
「そうなったよ、ただ聖職者の資格はそのまま持っているから」
 だからだというのです。
「戻ろうと思えばね」
「宣教師に戻れるね」
「牧師さんにも」
「そうなるね」
「あの人はね。サラは社長夫人や牧師の奥さんというよりも」
 それよりもというのです。
「あの人の奥さんでいることがね」
「いいんだよね」
「サラさんは」
「そうだね」
「それだけご主人を愛しているんだ」 
 そうだというのです。
「あの人はね」
「そうだよね」
「そしてご主人もだよね」
「そう思ってるね」
「まさに」
「ずっと相思相愛でね」 
 サラとご主人はというのです。
「仲がいいね」
「何よりだね」
「お家を出て結婚してね」
「幸せになって何よりだよ」
「全く以て」
「本当にね、だからね」 
 それでというのです。
「サラにもご主人にもね」
「幸せを分けてあげる」
「そうするんだね」
「お二人にも」
「そうするよ」
 二重の虹がもたらしてくれるそれをというのです。
「是非ね、あと幸せを分けるとそれぞれが少なくなるか」
「違うよね」
「幸せはね」
「お互いに影響し合って」
「むしろ増えるね」
「幸せはどうして増えるか」
 先生はそのこともお話しました。
「それはお互いに影響し合ってね」
「共鳴し合ってね」
「それでだよね」
「増えていくよね」
「そうしたものだね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「皆それぞれ平等にあげてもね」
「いいね」
「それが増えるから」
「お互いに影響して共鳴し合って」
「そうなるからだね」
「そうだよ、そしてね」
 そのうえでというのです。
「皆で幸せになるんだよ」
「そうだね」
「じゃあ幸せになろう」
「二重の虹がもたらしてくれたそれを分け合って」
「そのうえでね」
「そうしようね」
 こうお話してでした。
 先生は皆と一緒に新幹線で神戸に戻っていきます、新幹線は本当に物凄い速さで九州を出て山陽を進んでいきますが。
 神戸が近くなるにつれてです、先生は今度は阪神タイガースが勝ったニュースを聞いて皆に笑顔で言いました。
「ちょっと甲子園に寄りたくなったよ」
「ああ、阪神買ったから」
「それでだね」
「甲子園に行きたくなったね」
「阪神の本拠地に」
「そうなったよ、そして新幹線を使うと」
 そうすると、というのです。
「西宮から広島にも名古屋にも東京にも横浜にもね」
「すぐ行けるね」
「特に広島なんてすぐだよね」
「それこそ」
「そのことも凄いよ、それで広島東洋カープの人達もね」
 その広島を本拠地としているチームもというのです。
「新幹線を使って」
「甲子園までね」
「すぐに来ているね」
「そうよね」
「そうなんだ、離れている様で」
 その実はというのです。
「新幹線だと」
「すぐでね」
「近く感じるね」
「西宮と広島も」
「これも文明だね」
 まさにというのです。
「豊臣秀吉さんの大返しよりもだよ」
「ずっと速く行き来出来るから」
「選手の人達も疲れないね」
「しかも新幹線の中は快適だから」
「尚更だね」
「楽に行き来出来るわね」
「そう、本当にね」
 新幹線を使うと、というのです。
「速いし疲れないし」
「いいよね」
「スポーツ選手の人達の移動にも」
「日本中を走ってるし」
「何処でも行けるしね」
「いいよ、阪神は夏は高校野球があって」
 それでというのです。
「その間甲子園球場が使えなくて」
「本拠地なのにね」
「夏の暑い時に」
「遠征ばかりでね」
「疲れちゃうんだよね」
「地獄のロードって言われて」  
 そうしてというのです。
「毎年そこからね」
「成績落ちたんだよね」
「それで優勝出来なかったね」
「阪神だけの問題だったね」
「とんでもないハンデよね」
「そうだけれど」
 それでもという先生でした。
「新幹線で移動するとね」
「その分楽だよね」
「普通の電車でなんくてね」
「新幹線を使うとね」
「楽だね」
「実際に使っているよ」
 阪神タイガースもというのです。
「それでも毎年中々優勝出来なかったけれど」
「新幹線が出来ても」
「それでもだね」
「優勝出来ないシーズンが多かったわね」
「どうしても」
「けれどね」
 それでもというのです。
「その分楽だったことはね」
「事実だね」
「間違いないね」
「新幹線が開通してから」
「地獄のロードもましになったね」
「移動の中の疲れってあるからね」 
 どうしてもというのです。
「それが和らげられるとね」
「いいよね」
「チームの成績にも影響するね」
「どうしてもね」
「そうだね」
「その通りだよ、じゃあその新幹線でね」
 先生は笑顔でお話しました。
「神戸まで戻ろうね」
「僕達の家に」
「そうしようね」
「これからね」
 皆も笑顔で応えました、そうしてです。
 新幹線であっという間に神戸に戻りました、そして我が家に戻ってゆっくりとくつろいだのでした。








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