『ドリトル先生の長崎での出会い』
第七幕 ハウステンボスでの出会い
先生は動物の皆と一緒にハウステンボスに入りました、するとそこは先生達がかつて慣れ親しんだ世界がありました。
「石造りの街だね」
「欧州の建物だね」
「懐かしいね」
「バトルビーを思い出すよ」
「ここはオランダの街を再現したんだ」
先生はハウステンボスの中に入って目を微笑まさせた皆にお話しました。
「港町をね」
「そうなんだね」
「道も建物も奇麗だね」
「そして落ち着くわ」
「昔の応酬の街みたいでね」
「そうだね、こうした街はね」
本当にと言う先生でした。
「日本にはないからね」
「日本は土の道でね」
「そして瓦と木の建物だからね」
「お部屋の中は畳と障子でね」
「また違うのよね」
「それはそれでいいし落ち着くけれど」
それでもというのです。
「やっぱりね」
「僕達はイギリス生まれでね」
「長い間あの国で暮らしてきたから」
「お家があったから」
「こうした街が落ち着くんだよね」
「そうだね、ここはオランダの街を再現したけれど」
それでもというのです。
「欧州の石造りの街だからね」
「いいよね」
「しっくりくるわ」
「自分達のお家にいる様な」
「そんな場所だね」
「そうだね、じゃあこの街を巡って」
そうしてというのです。
「満喫しようね」
「そうしよう」
「皆でね」
「そうしましょう」
「是非共ね」
笑顔で言ってそうしてでした。
先生は皆と一緒にハウステンボスの中を歩いてでした。
美術館になっている宮殿の中に入って沢山の美術品を観てチューリップ畑に咲き誇る様々な色のチューリップ達を観て運河を船で進んで、です。
運河添いの居酒屋に入って赤ワインをチーズやサラミ、クラッカーで楽しみます。先生はそこでなのでした。
赤ワインを飲みつつです、皆に言いました。
「今日の午前のティータイムはね」
「これだよね」
「赤ワインね」
「サラミやチーズを食べて」
「そうしながら飲むのね」
「そうしようね、そしてお昼はね」
その時はといいますと。
「レストランでランチをいただこうね」
「上のレストランで」
「そのコースを楽しむのね」
「そうするんだね」
「そうしようね、長崎だからね」
ハウステンボスもこの県にあるからだというのです。
「だからだよ」
「それでだよね」
「イタリア料理だね」
「お店の名前もだしね」
「いいよね」
「長崎は出島や中華街や幕末や原爆のことも有名で」
そうしてというのです。
「そしてね」
「蝶々夫人もあるからね」
「そのプッチーニさんが作曲した」
「その街だね」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「今はワインを楽しんで」
「そしてだね」
「お昼はプッチーニで食べるのね」
「上のレストランで」
「そうしようね」
是非にと言うのでした、こうしたお話をしてです。
皆でワインのティータイムを楽しんでまたハウステンボスの中を散策してお昼になるとそこで、でした。
皆でそのレストランに入ってイタリア料理を食べます、先生はパスタを楽しんでそのうえで言いました。
「イギリスも最近はね」
「パスタよく食べるんだね」
「そうなってるね」
「今はね」
「そうなってるね」
「けれど昔はね」
先生が色々な冒険をしながらイギリスで暮らしていた頃はです。
「パスタもね」
「なかったね」
「イギリス料理っていってもね」
「僕達は楽しんでいたけれど」
「パスタもなくて」
「メニューも限られていたね」
「プティングとかもね」
先生はトマトのパスタを楽しみつつ言いました。
「あったにしてもね」
「ライスプティングとかね」
「けれど世界的に有名だったか」
「そうじゃなくて」
「パスタもなくて」
「こうして楽しめなかったね」
「そうだったね、けれど今はイギリスでもよく食べられて」
そうであってというのです。
「今もだよ」
「こうしてだね」
「楽しく食べられているね」
「日本の長崎でも」
「そうなっているね」
「プッチーニさんもね」
蝶々夫人を作曲したこの人もというのです。
「若し今日本に来たら」
「パスタを楽しめるね」
「そしてイタリア料理も」
「そうだね」
「きっとね」
先生は笑顔で言いました、そうしてです。
皆でイタリア料理を楽しんだ後はまた街の中を観て回りました、トミーや王子達の為のお土産も買いましたが。
ふとです、皆はこんなことを言いました。三時のティ―タイムになったのでお茶を飲んでいるその時にです。
「オランダだけじゃないね」
「イタリアもあるしね」
「ドイツもスペインもあるね」
「それどころかアメリカもあって」
「中国もあるね」
「韓国もね」
「この街国際色豊かよ」
こう言うのでした。
「日本料理のお店もあるし」
「オランダがベースでも」
「世界中の国のお料理のお店あるし」
「当然フランス料理だって」
「多国籍だね」
「見たら観光客の人達もだし」
「そうだよ、こここは国際的な観光スポットでもあるんだ」
先生は皆にまさにと答えました。
「オランダだけじゃないんだよ」
「そうなんだね」
「日本にあって」
「当然日本もあって」
「他の国々もある」
「そうした場所なのね」
「そもそも長崎自体がそうだね」
この県そのものがというのです。
「そうだね」
「そうだよね」
「出島があってね」
「オランダの人達がそこにいて」
「中華街もあるし」
「グラバーさんもいて」
「蝶々夫人の舞台でね」
皆も確かにと頷きます。
「キリスト教の教会もあって」
「孔子廟もあるし」
「色々な国があるね」
「長崎は」
「だからハウステンボスもだよ」
この場所もというのです。
「国際色豊かなんだよ」
「そういうことだね」
「オランダだけじゃない」
「沢山の国がこの中にあるんだね」
「そうした場所だよ、だから余計に楽しいんだ」
先生はミルクティーを飲みつつにこりと笑って言いました。
「ハウステンボスはね」
「そうなんだね」
「じゃあ僕達もこのままね」
「この街を楽しもう」
「そうしましょう」
「是非ね」
笑顔でお話してでした。
先生は紅茶も楽しみました、そしてティータイムの後は帆船に乗ってそこから別の島に行ってそこでも遊んで、です。
そのうえで夜を迎えましたが先生はホテルヨーロッパの中のレストランでディナーを食べつつ皆に言いました。
「今日はこのホテルで一泊するよ」
「そうするんだね」
「長崎のホテルじゃなくて」
「そうするのね」
「長崎のホテルもその約束でね」
それでというのです。
「今日は荷物はそのままでも王子のお家の人が来て一泊されるよ」
「へえ、そうなんだ」
「王子のお家の人って言うと王室の方だね」
「その人が入られるんだ」
「あのホテルのあのお部屋には」
「あちらから是非にって言われて」
それでというのです。
「僕が泊まっているお部屋だからって」
「そうなんだ」
「先生王子の国では凄く有名だしね」
「王室の方々から家族扱いだし」
「それでなんだ」
「そう言ってくれたんだ、それで今夜はね」
先生は皆にさらにお話しました。
「このホテルで一泊してね」
「それでだね」
「皆で夜も過ごすね」
「そうするんだね」
「そうだよ、夜はイルミネーションがあるから」
だからだというのです。
「そちらも楽しもうね」
「うん、そうしよう」
「夜はね」
「そちらを楽しもう」
皆もそれならと頷きます、そしてです。
皆でディナーを食べた後は暗くなっていてイルミネーションを観に行きました、赤や青、白や黄色や緑やオレンジの光でです。
色々な絵が描かれています、皆その絵達を観てうっとりしました。
「いいよね」
「午前中の美術館もよかったけれど」
「イルミネーションもいいわ」
「こちらの絵達もね」
「僕もそう思うよ、ハウステンボスはどうだったか」
先生はイルミネーションの絵達とそれを楽しむ人達を眺めつつお話しました。
「コラムを書くけれど」
「それもお仕事で」
「それでだね」
「今は観て回ってるね」
「そうしているね」
「そうだよ、これはいいコラムが書けるよ」
先生はこのことも楽しみなのでした。
「本当にね」
「それは何よりよ」
「じゃあ後で書こうね」
「ハウステンボスのことを」
「明日もここにいて」
そうしてというのです。
「満喫してね」
「長崎に帰るね」
「そうするわね」
「それからだね」
「うん、そうすりよ」
こう言ってでした。
皆でイルミネーションを観ますがその中でふと先生はでした。
一人立って光の絵達を眺める白人の人に気付きました、その人は金髪を奇麗にセットしていて面長で堀のある整った顔立ちです、目は青くすらりとした長身です。
その人を見てです、先生は思いました。
「ピンカートン中尉みたいだね」
「あの蝶々夫人の登場人物だね」
「アメリカ海軍中尉の」
チープサイドの家族がすぐに応えました。
「蝶々さんのご主人だった」
「日本にいた時だけ結婚していてあっさり捨てた」
「お子さんだけが残った」
ガブガブは悲しそうに言いました。
「あの人だね」
「ずっと気になっていたけれど」
ホワイティも悲しそうなお顔になっています。
「お子さんどうなったのかな」
「アメリカに行ったんだよね」
ジップは中尉と蝶々さんのお子さんのことをお話しました。
「蝶々さんが自害してから引き取られて」
「一体どんな人生を送ったのか」
ポリネシアは深く考えました。
「本当に気になるわ」
「幸せだったらいいけれど」
「どうなったのかな」
オシツオサレツは気が気でありませんでいsた。
「中尉も奥さんも」
「ちゃんとお子さん育ててくれたかな」
「そして注意も奥さんもどうだったのかしら」
ダブダブはお二人のことも考えました。
「ちゃんと生きていたかしら」
「絶対に後悔して反省していたと思うけれど」
それでもとです、チーチーは思いました。
「それが過ぎないといいね」
「反省や航海に押し潰されていたら」
トートーは心から言いました。
「よくないからね」
「本当にどうなったのかな」
老馬も気になって仕方ありません。
「お子さんも中尉達も」
「僕も気になっているんだ、幸せであって欲しいよ」
先生も言ってきました。
「お子さんもご夫婦もね」
「中尉は最低な行いをしたけれど」
「せめてお子さんと奥さんと一緒に幸せになって欲しいわ」
「特にお子さんを大事に育てて欲しいよ」
「何があってもね」
「そうだね、そして子孫の人がいれば」
お子さんのです。
「今はそうした暗いご先祖達のことは置いておいてね」
「そうしてだね」
「幸せに生きて欲しいね」
「原罪とか思わずに」
「その人はその人で」
「だってその人がやったことじゃないんだよ」
先生は皆にお話しました。
「例えば原爆を落としたトルーマン大統領に罪があっても」
「ああ、お孫さんが来日してね」
「お祖父さんのこと言ってたね」
「そうしたことがあったのよね」
「この人に罪はないから」
全くというのです。
「だからね」
「気にしなくていいね」
「犠牲者のご冥福を祈ってくれたら」
「それでね」
「そのことと同じでね」
それでというのです。
「中尉、お子さんの子孫の人達も」
「今生きておられても」
「気にすることはないね」
「蝶々さんのことは」
「そうだね」
「そう思うよ」
こう言うのでした、そしてです。
先生はまたイルミネーションを観てでした、そうしつつビアホールでビールも楽しみます。そうしてでした。
その日は休みました、そしてです。
朝ホテルのビュッフェの朝食、サラダやオムレツ、ゆで卵、ソーセージにハム、フルーツにヨーグルトそれに飲みものにグラスのシャンパンがあるお食事を楽しんでいるとその時に一緒に食べている皆に聞かれました。
「昨日の夜だけど」
「その人中尉さんの感じだったんだ」
「ピンカートン中尉の」
「そうだったんだ」
「よく舞台で出るね」
そうしたというのです。
「中尉みたいだったよ」
「若い海軍士官さんだね」
「白い軍服を着ていて」
「背が高くてすらりとしていて」
「美形な」
「そうだったんだ、何処かね」
先生はサラダやソーセージを食べつつお話しました。
「そんな風だったんだ」
「成程ね」
「流石にご本人じゃないにしても」
「中尉みたいだったんだ」
「そうだったのね」
「この街は世界中から人が来るから」
観光客の人達がというのです。
「それでね」
「実際白人の人も多いしね」
「お客さんに」
「今この中にもおられるしね」
「先生だって白人だしね」
「だからね」
それでというのです。
「白人の人も珍しくなくて」
「それでだね」
「そうした人もいた」
「そういうことだね」
「うん、まあその人がアメリカ人だったら」
それならというのです。
「まさにね」
「そのままね」
「中尉だね」
「長崎に来ているし」
「流石にああした人だと困るけれど」
性格がというのです。
「けれどね」
「それでもだね」
「外見の雰囲気が中尉みたいだったんだ」
「舞台の」
「色々な人が歌ってきた役だけれど」
それでもというのです。
「設定は若いアメリカ海軍中尉でね」
「外見は整ってる感じがすることは事実だね」
「それで金髪で青い目」
「長身ですらりとしている」
「そのイメージは確かにあるね」
「それで僕も思ったんだ」
先生はシャンパンを飲んでから答えました、ゆで卵や目玉焼きやサラダも楽しんでそのうえでのことです。
「中尉の様だってね」
「成程ね」
「そういうことだね」
「先生にしても」
「そうだったんだね」
「そうだよ、けれど何故か」
こうも言う先生でした。
「運命も感じるよ」
「運命?」
「運命っていうと?」
「どうしたの?」
「うん、まだはっきり言えないけれど」
それでもというのです。
「長崎に中尉さんを思わせる人がおられるなんてね」
「何しろ蝶々夫人の舞台だしね」
「他ならない」
「佐世保にはアメリカ海軍の人達もいるし」
「やっぱり他ならないね」
「そこまで考えたら」
「運命もね」
それもというのです。
「感じるよ、若しかして」
「若しかして?」
「今度はどうしたの、先生」
「一体」
「長崎市にね」
この街にというのです。
「蝶々さんを思わせる若い女の人がおられるかもね」
「ああ、それならね」
「もうね」
「完全に蝶々夫人だね」
「そうだね」
「中尉はとんでもない過ちを犯したけれど」
それでもというのです。
「その過ちが正されるなら」
「それならだよね」
「いいよね」
「もう時代は変わって」
「幾世代も経ったけれど」
「それでもだよ」
先生はサラダを食べつつお話しました、レタスやトマトやセロリの上に白いフレンチドレッシングがかけられています。
「やっぱりね」
「過ちが正されるならね」
「それならいいよね」
「若し中尉と蝶々さんが生まれ変わって」
「今度こそ本当の夫婦になって幸せになるならね」
「いいよ。しかしね」
こうもです、先生は今度はハムを食べて言いました。
「当時の世界は白人至上主義もね」
「あったね」
「今では間違いだってわかっているけれど」
「今もそうした考えの人達がいるし」
「蝶々さんもその中にあったね」
「日本側、蝶々さんの親戚の人達にも偏見があったけれど」
それでもというのです。
「中尉にもね」
「あったことは否定出来ないね」
「日本にいる時だけの夫婦なんてね」
「女性を馬鹿にしているし」
「人種的偏見もあったかもね」
「そんな偏見はないに限るよ」
先生は心から言いました。
「本当にね」
「先生は白人だけれどね」
「白人至上主義じゃないね」
「むしろそんな考えは否定しているね」
「完全にね」
「科学的に検証したら」
そうすればというのです。
「確かに国家ごとに知能指数や運動神経は違うよ」
「そもそも知能指数を調べるとね」
「アジア系国家が上位を独占しているしね」
「その時点で白人至上主義は崩れるね」
「間違いだってわかるわ」
「運動神経、スポーツもそうであってね」
こちらのこともというのです。
「アフリカ系の人が凄く活躍することなんてね」
「ざらだしね」
「陸上競技でも球技でも」
「アメリカなんか凄いよね」
「キューバでも目立つわ」
「そうだよ、そしてその違いはね」
知能指数や運動神経のそれはというのです。
「個人の努力でどうにでもなるから」
「人種的な優劣の根拠にはならないね」
「そうだよね」
「メジャーでも大谷翔平さんみたいな人いるし」
「メジャーでもなかった様な活躍をする人がね」
「だからだよ」
それでというのです。
「人種的な偏見はね」
「全く根拠がないね」
「科学的に調べるとわかるね」
「個人差程度のことで」
「努力すれば何とでもなるね」
「そうだよ、その人種的偏見がね」
それがとです、先生はゆで卵を食べてからやや俯いて暗いお顔になって皆に対してお話するのでした。
「当時は今よりずっと強くて」
「白人至上主義が」
「それでだね」
「中尉もそうしたことをして」
「取り返しのつかないことになったわね」
「そんな偏見はないに限るよ」
先生は断言しました。
「もうね」
「それこそだよね」
「そんなものはなくなって」
「そして平等にだよね」
「愛情が存在すべきだよね」
「勿論男女差別もね」
これもというのです。
「あってはならないよ」
「そうだよね」
「中尉の行動には女性蔑視もあるしね」
「明らかにね」
「蝶々さんをあっさり捨てるなんて」
「何とも思わないでね」
「当時はそんな人もいたことは事実でも」
それでもというのです。
「当時もあまりね」
「よくないって思われていたね」
「今と昔は価値観が違うけれど」
「今はあってはならないね」
「絶対に」
「そうだよ、僕もね」
先生ご自身もというのです。
「やっぱりね」
「人種的偏見は否定していてね」
「差別はあってはいけないって言うね」
「女性蔑視もね」
「そうしているね」
「人道的にも間違っているし」
それにというのです。
「科学的にもだよ」
「根拠がない」
「間違っている」
「だからだね」
「僕は否定しているよ」
そうしているというのです。
「これまでもそうだしね」
「これからもだよね」
「否定していくね」
「そうして学問を進めて」
「主張していくね」
「そうしていくよ」
こう言ってです。
先生はホテルのビュッフェの朝食をさらに食べていきます、シャンパンも飲みますが先生は笑顔で言いました。
「いや、このホテルは朝もいいね」
「ディナーもよかったけれど」
「朝食もいいわね」
「ビュッフェ形式で」
「何もかもが美味しいね」
「そしてね」
さらに言うのでした。
「こうしてシャンパンも用意してあって」
「そしてだね」
「何杯も飲めるね」
「それが出来るね」
「こうして」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「こちらも楽しむよ」
「しかもかなりいいシャンパンだね」
「だから先生も美味しく飲んでるね」
「そうしているわね」
「そうだよ、こちらも楽しもうね」
サラダや卵料理やソーセージを食べてです、フルーツもヨーグルトも楽しんでシャンパンも心行くまで飲んでです。
先生はこの日もハウステンボスを楽しもうとしましたが。
ホテルを出る時にです、ロビーでその中尉を思わせる若い白人の男の人を見て皆はおやとなりました。
「あの人このホテルに泊まっていたんだ」
「奇遇ね」
「同じホテルに泊まっていたなんて」
「やっぱり運命かしら」
「そうかもね、こうして見たら」
先生はその人を見つつ言いました。
「穏やかで丁寧で礼儀正しいね」
「そうだよね」
「ホテルの人達とお話しているけれど」
「穏やかでね」
「優しい感じがするわね」
「何かね」
先生は感じたことを言いました。
「反省して贖罪を続けている様な」
「ああ、そうした風ね」
「過去のことを思いながら修道院にいて」
「そこで神様に仕えて贖罪を続けている様な」
「そうした感じだね」
「そう思うよ、何かね」
まさにというのです。
「そんな感じがするね」
「そうだね」
「何かそこも中尉みたいだね」
「中尉は絶対にあの後罪の意識に苦しんでいるから」
「それも一生ね」
「心から深く強くね」
「だからね」
それでというのです。
「あの人を見ていると」
「やっぱり中尉だね」
「中尉を思い出すね」
「舞台の中尉を思わせる雰囲気で」
「お話の後の反省して後悔している中尉も連想するから」
「そうだね、けれど僕が思うに」
先生は皆に遠いものを見る目でお話しました。
「自分が行ったことじゃないと」
「罪に思うことはないよね」
「反省したり後悔することも」
「そんな必要はないね」
「全く以て」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「間違ってもね」
「自分がやったことでないなら」
「反省したり後悔することはしないで」
「例えご先祖様がしたことでも」
「前向きに生きることだね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「本当にね」
「そうすることだね」
「まさにね」
「そうしたことを考えて後ろ向きになるより」
「前向きに生きることだね」
「そうすべきだよ、若し中尉の子孫の人達がいても」
それでもというのです。
「中尉の罪は中尉の罪でね」
「子孫の人達には関係ないね」
「それも全く」
「お子さんもお孫さんも」
「そうだね」
「あの後日本とアメリカは戦争になって」
歴史のこともお話しました。
「原爆も落とされたし日系人の人達も収容所に入れられたね」
「アメリカ西海岸にいた人達がね」
「そうされたね」
「アメリカ人だったのにね」
「酷いよね」
「これは人種的偏見の最たるものでね」
そうであってというのです。
「決してあってはならなかったもので」
「二度とあってはならない」
「そうしたものだよね」
「生まれだけで差別する」
「そんなことはね」
「それが起こってしまって」
それでというのです。
「十万以上の人達が収容所に入れられたけれど」
「若しかして」
「その中に中尉の子孫の人達がいた?」
「ひょっとして」
「うん、当時日系アメリカ人は十一万位の人がいて」
そうであってというのです。
「ワシントンやハワイにいる人達以外は入れられたから」
「それで十万以上って」
「かなりの数だね」
「まさに西海岸にいた人達全員だね」
「皆収容所に送られたんだね」
「犯罪を犯してなくてもね」
それでもというのです。
「そうなったよ、そしてその中にね」
「中尉の子孫の人達がいたかも知れないね」
「それもとんでもないことだね」
「やっぱり」
「そう思うよ、そして今ね」
先生は時代を今に戻してお話しました。
「反省して後悔しているなら」
「よくないね」
「その人がしたことじゃないから」
「だからだね」
「絶対にすべきじゃないわね」
「そうだよ」
先生は皆に確かな声で言いました、そうしてです。
皆でロビーを出てチェックアウトしました、この日も楽しく遊んで夜に長崎のホテルに戻るつもりです。
そしてこの日もハウステンボスを満喫しつつ言いました。
「来てよかったね」
「うん、お仕事以外のことでもね」
「食べものも飲みものも美味しいし」
「奇麗だしね」
「楽しいものが多くて」
「最高よね」
「テーマパークとして最高で」
そうであってというのです。
「住むとしても」
「いい場所だよね」
「ここはね」
「別荘も用意されていて」
「購入出来るけれどね」
「若しもだよ」
先生は笑顔で前置きしてお話しました。
「ここに住めたら」
「いいよね」
「本当に最高だね」
「快適よね」
「楽しいね」
「凄くね、こんないい場所はそうはないよ」
こうまで言う先生でした。
「そう思うよ」
「全くだね」
「僕達も気に入ったよ」
「ハウステンボス最高だよ」
「とても素敵な場所よね」
「お仕事で来たにしても」
それでもというのです。
「凄くね」
「いい場所でね」
「来てよかったね」
「来るだけで幸せになれるよ」
「ここはそうした場所だよ」
「それでね」
ここで言ったのはジップでした。
「香りもいいね」
「お花の香りだね」
「それだね」
オシツオサレツも言います、皆人間よりずっとお鼻がいいのでその香りもよく感じられて言うのです。
「チューリップのね」
「素敵な香りがするね」
「チューリップ以外にも」
ガブガブは目を閉じてお鼻をくんくんとさせて言いました。
「いい香りがするね」
「そうだね」
チーチーも香りの中で言います。
「色々ないい香りがするよ」
「素敵な場所だからだね」
ホワイティはそれでと言いました。
「素敵な香りがするんだね」
「ずっとここにいたいね」
「そうよね」
チープサイドの家族はこう思いました。
「先生はここで暮らせたらって言うけれど」
「本気でそう思えるよ」
「潮の香りもするけれど」
ダブダブはこの香りのお話をしました。
「これもまたよしね」
「海沿いだからね」
老馬もその香りを感じて言いました。
「それでそちらの香りもするわね」
「海が好きな人には尚更いいね」
トートーは思いました。
「潮の香りもあるからね」
「確かにここはいいところよ」
ポリネシアも思うことでした。
「魅力しかないと言っていいわ」
「そうだね、ずっといて」
そしてと言う先生でした。
「楽しく暮らしたいね」
「そうも思えるね」
「このハウステンボスにいたら」
「あまりにも素敵過ぎて」
「そうした場所だから」
「だから今日でお別れだと思うと」
そのことについて考えると、というのです。
「残念で仕方ないよ」
「全くだね」
「ここはこうした場所だね」
「神戸や大阪もいいけれど」
「長崎市も」
「けれどハウステンボスもいいね」
「大好きな場所がまた一つ増えたと思えばいいかな」
ここでこう考えた先生でした。
「神戸に大阪にね」
「うん、長崎にね」
「それにこのハウステンボス」
「去るのは名残惜しくても」
「そう思えばいいかしら」
「前向きに考えないとね」
先程ピンカートン中尉の子孫の人達に対して思ったことをです、先生はここでは自分達にもと思ったのでした。
「そうだしね」
「そうだね」
「じゃあそう考えよう」
「今日でお別れは惜しくても」
「それでもね」
「またここに来よう」
ハウステンボスにというのです。
「そうしよう」
「そうだね」
「是非ね」
「そうしよう」
「今からね」
「うん、是非ね」
まさにというのでした、そしてです。
皆でこの日もハウステンボスの全てを満喫しました、色々なものを観て回って美味しいものを飲んで食べてでした。
長崎に戻る前にスーパー銭湯に入って先生はお湯の中で一緒に入っている皆に微笑んで言いました。
「スーパー銭湯もあるからね」
「尚更いいわ」
「いや、じっくり楽しんでね」
「そして飲んで食べて」
「お風呂もあるなんて」
「とても素敵な場所だね」
「ホテルの個室のお風呂も快適だったし」
このことに加えてというのです。
「それにだよ」
「こうしてスーパー銭湯もあるなんて」
「尚更いいね」
「海の近くのお風呂も楽しめるなんて」
「このこともいいわ」
「これはオランダにはないけれどね」
先生は笑ってこうも言いました。
「それでもね」
「いいものはいいね」
「身体を洗ってサウナに入って」
「お湯にも浸かって」
「尚更いいね」
「そうだね、じゃあね」
それならと言う先生でした。
「お風呂から上がったら」
「うん、長崎に戻ろう」
「ホテルにね」
「そうしましょう」
「是非ね、そしてね」
それにというのでした。
「また長崎でね」
「フィールドワークだね」
「長崎の歴史に文化を学ぶね」
「そうするね」
「学会にも出て」
「そうするよ」
こうお話するのでした。
「あらためてね」
「そうするね」
「その時も楽しみだね」
「ハウステンボスを去るのは名残惜しいと思ったけれど」
「今は違うね」
「そうだね、ハウステンボスもいい場所で」
そうであってというのです。
「長崎もいい場所だよ」
「凄くね」
「じゃあ今度は長崎で楽しむ」
「もう一度」
「そういうことだね」
「本当に前向きでないとね」
先生は心から思いました。
「よくないよ」
「何でもね」
「最悪の事態を考えてもね」
「それでも前向きであれ」
「そう言うしね」
「物事に対しては」
「そう、最悪の事態を想定して対処して」
そのうえでというのです。
「あらためてね」
「前向きにだよね」
「そうあることだね」
「物事には」
「そうしたらね」
それならというのです。
「成功するしね」
「いいんだね」
「最悪の事態を考えることも」
「そうなのね」
「そう、けれどね」
それでもというのです。
「前向きでいることだよ」
「そのことが大事ね」
「最悪の事態を考えても」
「それでも」
「後ろ向きなことばかり考えても」
そうしてもというのです。
「楽しくないし成功するものもね」
「後ろ向き、ネガティブだとね」
「やる気もあまり出ないしね」
「それじゃあね」
「失敗するわね」
「そうなるからね」
だからだというのです。
「本当にね」
「前向きでいること」
「それが大事だね」
「中尉の子孫の人達も」
「そうであることだね」
「そうだよ」
先生は皆に笑顔でお話しました、そしてまた長崎での学問を楽しむのでした。