『ドリトル先生の長崎での出会い』




                第五幕  島原

 先生は皆を長崎市からある場所に案内しました、そこは島原ですが。
「ええと、島原ってね」
「島原の乱だよね」
「天草四郎さんの」
「あの乱だよね」
「そうだよ、その原城の城跡を観に行こうね」
 島原のというのです。
「そうしようね」
「ああ、あそこに行くんだ」
「あのお城で戦いがあったね」
「そうだったね」
「物凄く激しい戦いだったね」
「そう、そしてね」
 そうであってというのです。
「それもまた歴史だよ」
「確か天草四郎さんって切支丹でね」
「当時幕府は切支丹を禁じていて」
「そのこともあってね」
「叛乱を起こしたんだね」
「藩主のとんでもない悪政が主な原因だよ」
 叛乱が起こったのはとです、先生は島原に向かう電車の中で皆にお話しました。学者さんの確かなおかで、です。
「何かにつけて税を取り立てて」
「江戸時代の日本じゃ実際には殆どなかったね」
「そんな悪政は」
「時代劇ではいつもだけれど」
「それでもね」
「そう、幕府の直轄領つまり天領では年貢が軽くて」
 その税はというのです。
「そもそも年貢以外納めさせなくて」
「お米だけでね」
「その年貢も軽くて」
「服産品の収入は納めさせなくて」
「暮らしは楽だったんだよね」
「代官さん達なんてね」
 時代劇の悪役の定番の人達もというのです。
「そこにいて監督して時々裁判する位で」
「何か平和だね」
「悪いことしてないね」
「気楽な感じだね」
「搾り取るなんかしなくて」
 そうせずともというのです。
「何かしたら領民の人達がお礼に付け届けとかくれるから」
「それでだね」
「平和にだね」
「何もしなくても実入りがあるし」
「楽だったんだね」
「そうであってね」
 それでというのです。
「幕府の命で来ていて幕府の言う通りに年貢を納めさせればよかったし」
「それでちょっとお仕事したらお礼が来る」
「お百姓さん達から」
「付け届けとか」
「そうだったからなんだ」
「悪いことなんてね」
 それこそというのです。
「する必要なかったから」
「それが代官さんの実態だね」
「本当に平和だね」
「江戸時代の日本って平和だったけれど」
「村でもそうだったんだ」
「それで他の藩も平和だったから」
 それ故にというのです。
「そんなね」
「悪代官とかいなくて」
「いい政治していたんだ」
「税金もそんなに取り立てない」
「穏やかだったんだね」
「賦役も残酷な刑罰もなくてね」
 そうであってというのです。
「本当にね」
「そうした意味でも平和で」
「のどかなものだったんだね」
「江戸時代の日本は」
「おおむねそうだったんだ」
「けれどね」
 それがというのです。
「島原、島原藩では違っていて」
「とんでもない悪政が行われていたんだ」
「呆れる位のものだったんだ」
「そうだったんだね」
「そう、賦役や刑罰も酷くてね」
 そうしたものもというのです。
「本当にね」
「時代劇みたいな悪政で」
「領民の人は苦しんで」
「それでなんだ」
「暮らしていけなくてね」
 そうした状況に陥ってというのです。
「飢饉もあったし」
「ああ、それだとね」
「余計に辛いね」
「飢饉まであったら」
「尚更ね」
「そこに切支丹の人達への弾圧もあってね」
 そうしてというのです。
「起こった叛乱で」
「物凄かったんだよね」
「江戸時代で幕末を除くと最後の戦いで」
「三万七千もの人達が叛乱に加わった」
「物凄い戦争だったね」
「そう、そしてね」
 そうであってというのです。
「叛乱に加わった人は殆ど皆死んだんだ」
「凄いことだね」
「日本でそんな戦い滅多にないよね」
「大抵負けた相手は自分達に加えて」
「戦力にするからね」
「そう、織田信長さんだって降伏すれば」
 この人もというのです。
「許して家臣にしてね」
「兵の人達はそのまま兵にして」
「そうしてだね」
「戦っていたね」
「そうだったね」
「そう、本当にね」
 実際にというのです。
「降ればよしだったから」
「何か伊達政宗さんが城兵を皆殺しにしたっていうけれど」
「お城にいる人達皆ね」
「撫で切りにしたっていうけれど」
「その実は」
「政宗さんがそう言ってるだけでね」
 先生はそれでとお話しました。
「実はね」
「ただの宣伝で」
「政宗さんは自分は怖いぞと言っているだけで」
「戦えばこうなるって脅していて」
「その実はだね」
「そうしたことをしていなくて」
 その実はというのです。
「やっぱり政宗さんもね」
「降ればよし」
「そうしたお考えだったんだね」
「敵は徹底的に滅ぼさない」
「そうだったんだ」
「そうだったみたいだしね、だからね」 
 それでというのです。
「島原の乱はかなり特異なんだよ」
「反乱を起こした人達が皆戦死した」
「そこまでの戦いだったから」
「それでだね」
「僕も注目しているよ、それとキリスト教徒にはどうかということでも」
 それでもというのです。
「切支丹を禁じたことも理由があったんだ」
「そうだったね」
「キリスト教を布教して信者の人達を増やして」
「そこから日本を侵略する」
「そう考えていたし」
「そう、そしてね」 
 それにというのです。
「領民の人達が海外に売られて奴隷にされていたんだ」
「日本の人達が」
「先生前にそのお話もしてくれたね」
「それを豊臣秀吉さんが知って驚いて」
「すぐに奴隷になっている人達を買い戻したのよね」
「そうして救ったね」
「千利休さんや甥の豊臣秀次さんを死なせてもね」
 そうした残酷なことがあってもというのです。
「秀吉さんはそうしたこともしていたんだ」
「秀吉さん一代の善行だね」
「大勢の人達を救った」
「本当に素晴らしいことだよ」
「そのことはね」
「日本はその頃は奴隷の人達がいなくなって久しくて」
 そうであってというのです。
「秀吉さんも奴隷というものは受け入れなかったんだ」
「奴隷制反対だね」
「秀吉さんはそうした考えだったんだね」
「それも実行に移すまでの」
「確かな考えを持っていたんだね」
「それは幕府も同じでね」
 江戸幕府もというのです。
「奴隷制反対で」
「奴隷売買にキリスト教の宣教師の人達も関わっていたしね」
「それもかなり」
「十字軍でもそうしたお話あったし」
「それでだね」
「そう、そしてね」
 そうであってというのです。
「幕府も切支丹を禁止してね」
「弾圧までしたね」
「日本の人達を絶対に奴隷にしない」
「侵略もさせない為に」
「弾圧はよくないことでも」
 それでもというのです。
「日本そして日本の人達を守る為にね」
「切支丹を禁止して」
「そして弾圧した」
「そうだったんだね」
「それが島原の乱の原因の一つにもなったのね」
「そうだよ、あと切支丹の人達への弾圧もね」
 こちらもというのです。
「踏み絵をさせて確かめて」
「処刑する時も信仰を棄てるか聞いたんだよね」
「それで棄てれば助かったね」
「そうだったね」
「信仰していると思われた時点で処刑したのが欧州だったね」
 先生が生まれた地域だというのです。
「十字軍でも三十年戦争でもね」
「異端審問でもね」
「滅茶苦茶だったよね」
「本当に」
「今思うと」
「そうしたことと比べるとね」
 それこそというのです。
「日本の弾圧はね」
「ましだよね」
「それも遥かに」
「そうだよね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「遥かにだよ」
「ましだね」
「確かめてしかも棄てるならよし」
「それならね」
「凄くいいよ」
「そうだよ、それでその叛乱を起こした人達が籠った原城に行こうね」
 その城跡にというのです、こうしたお話をしてです。
 皆で電車に乗って島原に向かいます、そうしてでした。
 その城跡に着くとです、皆しみじみとして言いました。
「ここでだね」
「激しい戦いが行われたんだね」
「大勢の人達が命を落とした」
「物凄い戦いが」
「そうだよ、そして小説や映画にもなっているよ」
 先生はこちらのお話もしました。
「ファンタジーのね」
「魔界転生だね」
「物凄い作品だよね」
「柳生十兵衛さんが主人公の」
「物凄い作品だね」
「そうした作品の舞台にもなった」
 そうしたというのです。
「大乱でここでね」
「戦って」
「大勢の人達が命を落として」
「後々まで影響を与えたんだね」
「さっきお話した踏み絵もそこからはじまったしね」
 幕府が行った弾圧もというのです。
「何かとね」
「幕府の政治に影響を与えたんだね」
「島原の乱は」
「そうだったんだね」
「そしてその原因となった悪政を行った」
 そうしたというのです。
「松倉家は取り潰されたよ」
「そうなって当然だよね」
「そこまでの悪政を働いたらね」
「もうね」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「もう一つ悪政を行った寺沢家もね」
「お取り潰しだね」
「そうなったね」
「そのお家も」
「うん、ただ松倉家の藩主さんは打ち首になったけれど」
 それでもというのです。
「寺沢家の殿様はお取り潰しだけで済んだよ」
「そうだったんだ」
「それだけ罪が軽かったのかな」
「まだね」
「そうみたいだね、けれどお取り潰しや自分の行いを恥じたのか」
 それでというのです。
「後で切腹したんだ」
「ああ、日本の自害だね」
「切腹したんだ」
「そうしたんだ」
「そうだったんだ、大きな悲劇だったことはね」
 島原の乱はというのです。
「事実だよ」
「日本の戦争って何処か爽やかだけれど」
 こう言ったのは老馬でした。
「戦国時代でもね」
「確かに首は取られても」
 それでもと言うホワイティでした。
「領民の人達には何もしないのが基本だしね」
「名乗りも挙げ合ったりね」
 トートーはこちらのお話をしました。
「戦う前に和歌を詠んだり」
「スポーツみたいなものもあってね」 
 チーチーも言います。
「潔い感じだけれどね」
「基本戦うのは武士同士で」
 ジップは自分が学んだ日本の戦いは宋だとお話しました。
「無残な殺し合いにもならないしね」
「日本の戦争って本当に儀礼があるのよ」
 ダブダブが見てもです。
「具足を着けて刀や弓矢で戦ってね」
「恰好いい感じはしても」
「陰惨な感じはあまりしないよのよね」
 チープサイドノ家族もお話します。
「これといって」
「そうなんだよね」
「けれど島原の乱は違うのね」
 ポリネシアはしみじみとした口調で言いました。
「これが」
「大勢の人が死ぬまで戦って」
「三万七千いた人が殆ど残れなかった」
 オシツオサレツの言葉はしんみりとしたものになっています。
「悲しいね」
「そう言うしかないね」
「そんな戦争もあったって」
 ガブガブも彼にしては珍しく悲しいお顔と声になっています。
「日本でも」
「そうなんだ、本当に日本の歴史では少ないけれど」
 そうした戦いはとです、先生も言います。
「実際にあってね」
「それでだね」
「ここに来てそのことを学んでいるんだ」
「フィールドワークをしているのね」
「そうなんだね」
「そうなんだ、そして天草四郎さんも死んだけれど」
 その島原の乱でというのです。
「創作の題材にはなっているよ」
「そうなんだね」
「魔界転生にしてもそうで」
「日本人の心には残っているんだね」
「日本人は絶対の正義も絶対の悪もないから」
 そうした考えだからだというのです。
「それで叛乱を起こしたとしても」
「受け入れるね」
「決して悪く思わないね」
「そうだね」
「そのこともいいことだよ」
 日本人のとです、先生は言うのでした。
「天草四郎さんや乱に参加した人達の冥福もね」
「祈るんだね」
「日本人は」
「そうだね」
「乱が終わった時はやっぱり酷い扱いだったけれど」
 それでもというのです。
「今はだよ」
「ちゃんとだね」
「供養されているね」
「そうなんだね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「僕達もね」
「うん、ちゃんとね」
「ご冥福を祈ろうね」
「そうしようね」
「命を落とした人達の為にね」
「そう、幕府側の人達も沢山命を落としたからね」 
 それでと言う先生でした。
「その人達の為にもね」
「祈ろうね」
「皆で」
「そうしようね」
「是非ね」
 こうお話してでした。
 皆で乱で命を落とした人達に対して深々と頭を下げてご冥福を祈りました。そうしてその後で、でした。
 皆でお昼を食べてから有明の海を見ます、ここで先生はこんなことを言いました。
「ここは夜になると不知火が出るんだ」
「海の上に火が浮かぶんだよね」
「それも沢山」
「そうだよね」
「そうだよ、自然現象でそう見えるけれど」
 それでもというのです。
「実はね」
「そこに火はなくてね」
「ただそう見えるだけだね」
「そうだね」
「そうであってね」
 それでというのです。
「そのこともだよ」
「学ぶことだね」
「先生としては」
「そして僕達も」
「残念だけれど季節によって出ない季節もあって」 
 そうであってというのです。
「最近はどうもね」
「あまり出ないんだ」
「昔よりも」
「そうなんだね」
「そうらしいんだ」
 こうお話するのでした。
「これがね」
「それは残念だね」
「面白いのにね」
「夜の海の上に火が沢山浮かぶなんて」
「幻想的でね」
「ウィル=オ=ウィプスみたいな感じでね」
 先生はイギリスのこの妖精もお話に出しました。
「そうだけれどね」
「また違うね」
「不知火は」
「そう思うと面白いよね」
「実際に見たいね」
「そうだけれど」
 それがというのです。
「若し見られたら」
「そうだね」
「その時にだね」
「また見ればいいね」
「そうだよね」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「機会があればね」
「そうすればね」
「またここに来ようね」
「そうしましょう」
「是非ね」
 こうしたお話をしてでした。
 皆島原を後にしました、ですがこの時にです。
 ふとです、皆は考えて先生に言いました。
「キリスト教徒から考えると切支丹への弾圧は駄目だね」
「許せないね」
「何があっても」
「それは」
「そう、けれどね」
 それでもと言う先生でした。
「当時の日本にとってはね」
「侵略を防ぎ為に必要だったね」
「日本人を奴隷にされない為にも」
「そう考えたらね」
「当然のことだね」
「信仰は大事だよ」
 先生はこのこと自体は否定しませんでした。
「絶対にね、けれどね」
「利用したら駄目だね」
「侵略の道具にしたり」
「ましてや人を奴隷にするなんて」
「やったら駄目だね」
「何があっても」
「そうだよ」
 先生は皆にお話しました、帰りの電車の駅に向かう中で。
「信仰はその人のもので」
「布教はいいけれど」
「それでもだね」
「強制は駄目だし」
「侵略に利用して」
「奴隷にする為になんてね」
「絶対にやってはいけないから」
 強い声でのお言葉でした。
「だから当時の秀吉さんや幕府のやり方はね」
「日本と日本の人達を守る為に必要だった」
「切支丹を弾圧したことは」
「そうだったんだね」
「先生はそう思うんだね」
「そう考えているよ、それにちゃんとチェックしたね」
 このことも言うのでした。
「わざわざ踏み絵をさせてね」
「隠れ切支丹かどうか確かめる為に」
「まさにその為にね」
「ちゃんと踏み絵をさせて確かめて」
「踏めばよし」
「踏まないと、ってやってたね」
「かなり慎重で理性的だったよ」
 幕府のやり方はというのです。
「むしろね」
「そうだよね」
「それで踏まなかったら切支丹で」
「信仰を棄てよと言う」
「棄てない言ったら死刑」
「いきなり疑いかけられたら死刑より遥かにいいね」
「そう、欧州ではね」
 先生はご自身の祖国イギリスのことも含めてお話しました。
「宗派が違うと思ったら」
「それでだったね」
「異端審問とかね」
「そうした状況だったからね」
「プロテスタントとカトリックで」
「そうだったしね」
「一体どれだけの人が犠牲になったか」 
 先生は悲しいお顔で言いました。
「欧州の各国でね」
「イギリスではメアリー女王がおられたしね」
「ブラッディ=メアリーだね」
「エリザベス一世も沢山の人処刑されて」
「クロムウェルさんも酷かったね」
「フランスでもドイツでもスペインでもだったね」
 先生はこうした国々も挙げました。
「ユグノー戦争や三十年戦争があって」
「異端審問官もいて」
「踏み絵なんてとてもしなかったね」
「アルビジョワ十字軍もあったし」
「もう異端もカトリックも一々見分けずに殺して」
「とんでもなかったね」
「日本ではしなかったから」
 こうしたことはというのです。
「絶対にね」
「そうだったね」
「日本は慎重にチェックしていたね」
「切支丹の人達に対しても」
「処刑の前に信仰を棄てる様に言ったし」
「それに魔女と言っても」
 先生は魔女狩りのお話もしました。
「日本では魔女は存在しなくてね」
「魔女狩りもなかったね」
「全くね」
「そうしたことしなかったね」
「あんなおぞましいことは」
「魔女狩りで利益を得た人もいなかったね」
 こうした人もいたというのです。
「それもイギリスで有名な人がいたし」
「マシュー=ホプキンスだね」
「誰でも魔女だって言って惨い拷問や処刑をして」
「魔女を見付けたらその人の周りから報酬を貰う」
「とんでもないお金儲けをしていたね」
「こんな酷い人もいなかったよ」
 日本にはというのです。
「若し魔女がいても念入りに調べて」
「何もしていないならよしだね」
「当時の日本だったらね」
「そうしていたよね」
「大可越前も遠山の金さんもだよ」
 こうした名奉行と呼ばれる人達もというのです。
(魔女だっていう人がいたら」
「まずは念入りに調べて」
「何もしていないならよし」
「無実なら」
「それで終わりだね」
「若し魔女でもだよ」 
 そうであってもというのです。
「人の役に立つならね」
「それならよし」
「そうなっていたよね」
「日本なら」
「そうだね」
「そもそもだよ」
 先生はさらにお話しました。
「魔女狩りで言われるみたいなとんでもない魔法使うならだよ」
「魔女っていう人達がね」
「疫病や災害起こしたりね」
「ありとあらゆる悪事を出来るなら」
「捕まらないよね」
「そんなの普通の人に見破れる筈がないよ」
 魔女に言われる様な力があればというのです。
「捕まえようとしてもね」
「逃げられるよね」
「簡単に」
「箒でお空飛んだり小さな生きものになったりして」
「素早くね」
「絶対にそうなるよ」
 皆に理知的にお話しました。
「そんなことは簡単にわかるね」
「そうだよね」
「考えてみれば」
「もうね」
「そうなるからね」
 だからだというのです。
「そもそもがね」
「おかしいよね」
「魔女ってね」
「そんな凄い魔法使えるなら」
「魔女狩りなんて何でもないわ」
「楽々逃れられるよ」
「そうなるのがね」
 まさにというのです。
「当然だよ」
「全くだね」
「日本ならそう考えてだね」
「魔女狩りなんてしなかった」
「異端審問だってね」
「しなかったよ、そこまで考えると」
 そうすると、というのです。
「本当にね」
「当時の日本はだね」
「切支丹は弾圧したけれど」
「その目的は日本や日本にいる人達を守る為で」
「しかも慎重で理性的だったから」
「よかったね」
「そう思うよ、最悪の事態にはね」 
 欧州の様にというのです。
「ならなくてね」
「よかったね」
「日本は」
「島原の乱も切支丹が関わっていても」
「それでもだね」
「そう思うよ、むしろ島原の乱は」
 先程その跡を見てご冥福を祈ったその乱はといいますと。
「藩主の人達の政治が問題だったから」
「あまりにも酷い政治で」
「悪政の極みで」
「それで起こったから」
「切支丹はその次だね」
「欧州よりはずっとね」
 それこそというのです。
「穏やかだったよ」
「そう考えていいね」
「確かに沢山の人が犠牲になったけれど」
「それでもね」
「ましだよね」
「そう、本当にね」
 実際にというのです。
「僕は思うよ」
「そうだよね」
「僕達も聞いて思ったよ」
「島原の乱はまだましだよ」
「欧州に比べたら」
「本当にね」
 こうお話してでした、先生は皆と一緒に電車に乗って次の場所に向かいましたが。
 今度は諫早に来ました、そこは何と泥が拡がっていました。皆の目の前には泥の海が一面にあります。
 その泥の海を見てです、皆は目を丸くしました。
「何この海」
「青い奇麗な海じゃないよ」
「泥じゃない」
「水面も低いし」
「こんな海あるんだ」
「この海は独特でね」  
 先生は皆にお話しました。
「こうしてね」
「泥なんだ」
「海じゃないみたい」
「泥沼みたいだよ」
「こんな海もあるんだ」
「そうだよ、そしてここにはね」 
 その泥の海にはというのです。
「ムツゴロウとかがいるんだ」
「ああ、あのお魚だね」
「大きな目で跳ねる」
「あのお魚がだね」
「いるよ、そして漁業もね」
 こちらもというのです。
「行われているよ」
「そうなんだ」
「漁業も行われているんだ」
「この泥の海で」
「そうなんだね」
「そうだよ、この海は佐賀県の方にも拡がっているから」
 そうなっていてというのです。
「佐賀県でも漁業が行われていて大会もね」
「行われてるんだ」
「佐賀県だと」
「そうなんだ」
「泥に入ったりするレジャーの大会がね」
 それがというのです。
「行われているんだ」
「すっかり馴染んでるね」
「泥の海に」
「そうなっているね」
「そうだよ、面白いね」 
 笑顔で言う先生でした。
「こうした場所もあるなんて」
「そうだね」
「長崎にはこうした場所もあるんだ」
「海に面した県だけれど」
「そうなんだね」
「そうだよ、そしてね」
 それにというのです。
「今からこの泥の海に入って」
「フィールドワークだね」
「それに励むんだね」
「そうするのね」
「そうしようね」
 笑顔で言って早速でした。
 先生は革靴と靴下を脱いでズボンを膝までめくり上げて泥の海に入りました、皆は大きなボードの上に乗って泥の海を進みますが。
 ここで先生は笑顔でこんなことを言いました。
「いやあ、こうした海を観て水質や地質を調べても」
「貴重な学問だね」
「それになるね」
「そうだね」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「楽しいよ」
「うん、先生にとってはね」
 ポリネシアも言います。
「この泥の海は素晴らしい学問の素材だね」
「こんな海もあるなんて」 
 ガブガブはボードの上から言いました。
「世の中凄いね」
「アフリカの泥の沼思い出すけれど」
 それでもと言うダブダブでした。
「これは海だからね」
「ちょっとないね」
 トートーが見てもです。
「他には」
「こうした場所があるのも日本なんだ」
「この国なんだね」
 オシツオサレツは二つの頭で思って言いました。
「いや、色々な面があるね」
「海にしても」
「自然豊かな国とは思っていたけれど」 
 ジップは唸り様に言いました。
「こんなところもあるんだね」
「全く以て不思議な国だよ」
「そうよね」
 チープサイドの家族もこう思いました。
「何かとね」
「海を見ても」
「しかしこの海の生きものって」
 どうかとです、ホワイティは思いつつ言いました。
「普通の海の生きものとは本当に違うんだね」
「そのムツゴロウだね」
 老馬はまさにと言い切りました。
「そうだね」
「そうだよ、生態系も独特だから」
 それでと答える先生でした。
「だからね」
「それでだよね」
「先生ここにも来たかったんだね」
「島原以外にも」
「今日そうだったんだね」
「そう、そしてね」 
 それでというのです。
「今こうして学べてね」
「嬉しいね」
「この泥の海のことも」
「そうだね」
「先生としては」
「そうだよ、しかしね」 
 こうも言った先生でした。
「ムツゴロウの味は癖があるんだ」
「それわかるよ」
「こうしたところにいるならね」
「癖のある味になるよね」
「泥臭いっていうか」
「そうなんだ、その癖がまたいいというけれど」
 それでもというのです。
「癖があるのは事実でね」
「それでだね」
「何かと食べるのには注意が必要だね」
「そうだね」
「そうなんだ、今夜はホテルのディナーの後この辺りで採れた海の幸を出してくれるお店に行くけれど」
 それでもというのです。
「癖があることはね」
「頭に入れて」
「そうしてだね」
「食べることだね」
「そうすることね」
「そうしようね」
 こう言うのでした。
「いいね」
「うん、じゃあね」
「そうしようね」
「是非ね」
「今夜はね」
「そういうことでね、しかしね」
 先生は泥の海の中の海水や土を調べて採取しつつ言いました。
「こうしたところで泥だらけになって遊ぶのもね」
「面白い」
「そうだね」
「それもまた」
「そう言うんだね」
「そう思ったよ、だから佐賀県で行われていでもね」 
 レジャーの大会がというのです。
「当然でね」
「面白いよね」
「そうしたことがあることも」
「そうだね」
「それもまたね」
「そう思うよ、そしてね」
 それでというのです。
「参加するのもね」
「面白い?」
「そうだよね」
「そうした大会に参加することも」
「また面白いよね」
「そうだね、ただ泥だらけになるから」
 その大会に参加すると、というのです。
「そこが問題だね」
「先生いつもスーツだしね」
「タキシードにシルクハットで」
「正装しているからね」
「それで泥だらけになるとね」
「後のお洗濯が大変だね」
 先生は笑ってお話しました。
「その時は」
「全くだね」
「その時はね」
「ちょっとなれないね」
「タキシードで泥だらけになるのは」
「そうだね、トミーも困るし」
 ダブダブと一緒にお家の家事をしている彼がというのです。
「だからね」
「それでだね」
「ちょっと出来ないね」
「その大会に参加することは」
「どうにも」
「私はジャージとかは着ないからね」 
 運動に適した服はです。
「サーカスのショーでは軍服を着たけれどね」
「そうそう、ロシアの軍人さんになって」
「少佐から将軍までどんどん階級が上がったけれど」
「あの時は軍服着たけれど」
「女装もしたことあるし」
「月では大きくなってそれに合わせた服を着たけれど」
「それでもね」
 そうであってもというのです。
「けれどね」
「それでもよね」
「ちょっとないよね」
「先生がタキシード以外の服着るのは」
「どうもね」
「お家や作務衣だけれど」
 この服を着ているけれど、というのです。
「けれどね」
「それでもだよね」
「先生本当に正装以外はないから」
「そうした大会にもだね」
「参加出来ないね」
「そうだね、シルクハットが砂だらけになったら」
 そうなればというのです。
「こちらもね」
「困るよね」
「どうしても」
「そうなっても」
「正装はとても汚れるイベントには向いていないから」
 だからだというのです。
「そのことはね」
「参加は難しいね」
「残念だけれど」
「先生には」
「そうだね」
 ボードの上にいる皆の言葉に頷きます、とても大きくてしっかりしたボードなので老馬やオシツオサレツが乗っても大丈夫です。
「それはね」
「じゃあ見るだけだね」
「観客として」
「そうするだけだね」
「その大会は」
「そうなるね、けれどそれでもね」
 こう言ったのでした。
「見たいね」
「参加は難しくても」
「どんな大会か」
「そうするべきだね」
「そう、そしてね」
 それにというのでした。
「佐賀県も一度ね」
「行ってみたいんだ」
「あちらにも」
「そうなんだ」
「そう思っているよ、そしてね」
 そのうえでというのです。
「色々学びたいね」
「佐賀県のこともだね」
「そういえばあそこ話題射なってたわ」
「何かアニメになっていたね」
「佐賀県もね」
「佐賀県は地味と言われているけれど」
 それでもというのです。
「けれどね」
「それでもよね」
「面白い県だよね」
「佐賀県は佐賀県で」
「そうだよね」
「見るべき、学ぶことが多いね」
「そうした県だよ」
 佐賀県はというのです。
「だからね」
「それでだね」
「機会があればあちらにも行って」
「それでだね」
「学んでいくね」
「そうしたいよ」
 是非にと言う先生でした。
「ここはね」
「そうだね」
「それじゃあだね」
「今は長崎を学んで」
「そして佐賀県もね」
「学ぼうね」
 笑顔でお話してでした。
 先生は長崎市に戻るとホテルのディナーの後でムツゴロウ等を食べました、そちらもとても美味しいものでした。








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