『ドリトル先生の長崎での出会い』
第四幕 平和と中華街
先生は朝起きると皆と一緒に朝ご飯を食べてです。
そのうえで平和資料館に向かいました、その途中も長崎の街や名所を見て回ります、その中で先生は言うのでした。
「原爆で昨日行った大浦天主堂もね」
「破壊されたんだね」
「原爆はとんでもない威力だったから」
「それでだね」
「そうなんだ、もう一部しか残らない様な」
そこまでのというのです。
「とんでもない被害を受けたんだ」
「酷いね」
「教会まで破壊されるなんて」
「それも一部しか残らない様な」
「そんなことになるなんてね」
「多くのお寺も神社も壊されてね」
そうしてというのです。
「教会もだからね」
「原爆はそこまでの被害をもたらして」
「多くの人を死なせて」
「そして街を破壊し尽くしたんだね」
「この奇麗な長崎を」
「そうなんだ、一瞬でね」
まさにそう言っていい状況でというのです。
「何もかもを破壊し尽くしたんだ」
「それが原爆だね」
「原爆の持つ恐ろしさだね」
「そして戦争ね」
「戦争自体がね」
「そうだよ、戦争はしなくていけない時もあるけれど」
それでもと言う先生でした。
「やっぱり出来る限りね」
「しないことだね」
「そのことが大事だね」
「本当に」
「そう思うよ、心からね」
先生は心から言いました、そうして平和記念像を見てです。
資料館に入りました、そこには原爆がもたらした被害が詳しく紹介されていました。その中にです。
原爆を受けた人達の状況が紹介されていましたが皆息を飲んでしまいました。
「実際に見ると」
「どれだけ恐ろしいかわかるね」
「人の身体がこうなるなんて」
「肌がずり向けて垂れ下がって」
「全身大火傷になって」
「そうして死んでいったんだ」
「そうだよ、それだけ熱が酷くて」
原爆はというのです。
「爆風もね」
「凄いね」
「これだけのものが出るんだ」
「何でも吹き飛ばして」
「とんでもないね」
「そして何と言ってもね」
先生は悲しいお顔でお話しました。
「放射能があるから」
「そうだね」
「原爆、核兵器にあるからね」
「放射能が」
「それも問題だね」
「そう、それを受けてね」
そうしてというのです。
「大勢の人が亡くなって」
「後遺症に苦しんで」
「長崎の街に残留放射能があって」
「それでだね」
「尚更酷いことになったね」
「そうだよ、こんなものは使わない方がいいよ」
先生は心から思って言いました。
「出来るだけね」
「全くだね」
「こんなもの使わない方がいいよ」
「絶対にね」
「特に一般市民にはね」
「そうだよ、使ってはいけないよ」
絶対にというのです。
「こうしたことになるから」
「戦争はせざるを得ない時があっても」
「それでもだね」
「核兵器は使ってはいけないね」
「何があっても」
「戦争でもね」
例えこれを行ってもというのです。
「していいことと悪いことがあって」
「それでだね」
「化学兵器や細菌兵器を使ってもいけないけれど」
「核兵器もだね」
「使ってはいけないね」
「そうだよ」
何があってもというのです。
「そうしたものはね」
「こうしたことになるから」
「絶対にだね
「核兵器は使ってはいけないね」
「戦争になっても」
「原子力のエネルギーは平和利用すべきで」
あくまでというのです。
「こうしたことにはだよ」
「使ってはいけない」
「本当にそうだね」
「何よりもね」
「そうしないと駄目だね」
「全くだよ」
こう言うのでした、原爆の被害のことを学びつつ。
そしてです、先生は資料館を後にして皆にあらためて言いました。
「イギリスも核兵器を持っているけれどね」
「そうそう、五大国は全てでね」
「イギリスも持ってるんだよね」
「アメリカやロシアや中国もで」
「フランスもで」
「そしてインドやパキスタンも持っていて」
そうであってというのです。
「イスラエルもで」
「北朝鮮だってね」
「持ってるんだよね」
「そこで一番問題なのはね」
「やっぱり北朝鮮よね」
「あの国はね」
まさにというのです。
「色々とんでもないことばかりだけれど」
「核兵器も持ってるからね」
「余計に問題なんだよね」
「あの国は」
「化学兵器や細菌兵器も持ってるし」
「だからね」
「本当に非道な国だよ」
先生は心から思いました。
「国民の人達は餓えていてね」
「将軍様だけ贅沢をして」
「軍隊にばかり力を入れていて」
「核兵器を開発していて」
「持っているからね」
「全く。核兵器を造って持つなら」
それならというのです。
「その分だよ」
「国民の人達を食べさせないとね」
「それが第一だよ」
「将軍様の贅沢も止めて」
「そのうえでね」
「そう、そしてね」
そのうえでというのです。
「まともに国家をやっていくべきだよ」
「そうだよね」
「それが常識だよね」
「核兵器なんか持たないで」
「まともにやっていくべきだよ」
「それをしようとしないのがね」
そのことがというのです。
「もう絶対にだよ」
「許せないね」
「核兵器開発して所有するだけでどれだけのお金がかかるか」
「そう思うとね」
「イギリスだってね」
先生の祖国で核兵器を持っているこの国もというのです。
「皆食べられているね」
「そうそう」
「王室の方々だってあんな贅沢されていないし」
「軍隊にばかり予算回してるとかないし」
「遥かに健全だよ」
「北朝鮮と比べたら」
「そうだよ」
まさにというのです。
「同じ核兵器を持っている国でもね」
「全く違っていて」
「健全でね」
「本当にいいね」
「その分ましだね」
「そうだね、ちなみに日本もね」
先生達が今暮らしていて原爆を投下されたこの国もというのです。
「核兵器を持とうと思えば」
「それならだね」
「すぐに持てるよね」
「開発、製造出来てね」
「それだけの技術と原料があるから」
日本にはというのです。
「それでだよ」
「そうだよね」
「日本は原子力発電所あるし」
「だからね」
「持とうと思えばね」
その時はというのです。
「持てるよ、ただ僕としてはね」
「持って欲しくないよね」
「やっぱりね」
「原子力は平和利用されるべきで」
「どの国も持って欲しくないよね」
「そう思うよ」
こうお話します、そして皆で今度は中華街に行きます。中華街に行くと皆でトミーや王子達に買うお土産を見て回ります。
ここで皆は先生にすかさず言いました、
「日笠さんにも買っていこう」
「絶対にね」
「そうしようね」
「何かこうして旅行に行くと」
それならとです、先生は皆に言いました。
「皆そう言うね」
「当然だよ」
「もうそのことはね」
「私達だって意識してるから」
「日笠さんのことは」
「そうなんだ。確かに日笠さんはお友達だし」
それでと言う先生でした。
「是非ね」
「まあお友達ね、今は」
「そうだね」
「けれど先はどうなるか」
「そのことも考えつつね」
「いや、そう言っても」
それでもというのでした。
「皆かなり意識しているね」
「当たり前でしょ」
ダブダブがぴしゃりと言ってきました。
「そのことは」
「そうそう、もうね」
ポリネシアの口調は咎めるものでした。
「私達も意識するわよ」
「先生の家族だからだよ」
ホワイティも咎めてきました。
「僕達も意識しているんだよ」
「全く。先生はずっとこうだから」
やれやれと言うジップでした。
「僕達も気が気でないよ」
「学問とお食事とお風呂とお庭の手入れが出来たらいい」
「無欲なのはいいことでも」
チープサイドの家族も言います。
「私達のことをいつも気にかけてくれていて」
「他のことも見て欲しいものだよ」
「先生、自信を持つべきだよ」
老馬の言葉も今は厳しいです。
「自分自身にね」
「例えば女の人から人気があるとか」
チーチーはかなり具体的に言いました。
「考えたら?」
「先生は穏やかで公平な紳士だから」
トートーは先生の人となりをお話します。
「もてない筈がないよ」
「しかも今は収入が安定していて」
「生きものの保護活動も八条グループの援助を受けていてね」
そうしてとお話したのはオシツオサレツです。
「そちらの活動も安定していて」
「NGOや慈善活動にもなっているしね」
「そちらの活動でも評判だし」
ガブガブもきっぱりと言います。
「どうしてもてないのか」
「この顔とスタイルだよ」
先生は笑って言いました。
「丸々と太っているからね」
「いや、外見で人を判断するのはね」
「その程度の人で」
「本物の人は外見じゃないよ」
「外見だけ見ないよ」
皆で言います。
「本当にね」
「だからね」
「先生はもっと意識したらいいわ」
「女性のことをね」
「全く縁がないとか思わないで」
「それでもね」
「そうかな。イギリスにいた時から縁がなかったけれど」
女性にはというのです。
「私はもてるのかな」
「きっとね」
「心ある女の人は先生の内面見るから」
「そして理解するから」
「それでだよ」
「好きになってくれるわ」
「そうかな。そんな人がいたら嬉しいね」
先生だけが気付いていません。
「本当にね」
「全くだね」
「そうしたこともして欲しいね」
「これからは」
「僕達いつも言っているけれどね」
「頼むわよ」
皆でお話します、そうしてです。
お土産を買いました、それからお昼をいただきましたがこちらでもでした。
「長崎ちゃんぽんだね」
「やっぱり長崎はこれだね」
「昨日のお昼も食べたけれど」
「こちらでもだね」
「いや、この麺類はいいね」
先生は笑顔で言いました。
「病みつきになるよ」
「全くだね」
「白いスープがとてもいいよ」
「太い緬も」
「沢山の具も」
「こうした組み合わせがいいから」
それ故にというのです。
「今日のお昼もね」
「食べてるね」
「こうして」
「そうだね」
「そうだよ、そしてね」
それでというのです。
「他のものもね」
「食べてるね」
「餃子に炒飯に八宝菜」
「そして豚バラ煮込みも」
「何かとね」
「今日の餃子は蒸し餃子でね」
見ればそちらの餃子です。
「海老のね」
「こちらもいいよね」
「それで焼売もあるし」
「そこに豚バラ煮込みもあって」
「包に挟んで食べるんだね」
「そうするんだね」
「そうだよ、このお料理もね」
先生は皆ににこにことしてお話します。
「食べるけれど」
「中華料理だって感じがするね」
「まさに」
「見ているだけで」
「そう思うよ、それにね」
さらにお話する先生でした。
「デザートもあるしね」
「杏仁豆腐だね」
「あのスイーツもいいのよね」
「甘くて冷たくて」
「素敵なスイーツよね」
「全部いただいてね」
そうしてというのです。
「楽しもうね」
「そうしよう」
「それで全部食べて」
「そしてね」
「午後もだね」
「見て回ろう」
皆にちゃんぽんを食べつつお話します。
「是非ね、それでね」
「それで?」
「それでっていうと?」
「いや、午後のことをお話したいけれど」
こちらのことをというのです。
「お仕事があるよ」
「ああ、学会ね」
「あちらに出席して」
「論文を発表するのね」
「そうするんだね」
「そしてね」
そのうえでというのです。
「それから孔子廟に行こうね」
「儒教の開祖の人で」
「長崎にはあの人の廟もあるね」
「そうだね」
「儒教も大事だね」
先生は皆に食べながらお話しました。
「そうだね」
「そうそう、これがね」
「中国からはじまって日本にも伝わって」
「大きな影響を与えたね」
「そうだね」
「学ぶとね」
その儒教をというのです。
「素晴らしい教えだってわかるよ」
「そうだね」
「その通りだね」
「仁とか礼とか」
「人のモラルを学べるね」
「そうした思想だからね」
それでというのです。
「学ぶべきでね」
「それでだね」
「午後は孔子廟も行って」
「そうしてだね」
「孔子さんのことも学ぶんだね」
「論語とかは読んだけれど」
儒教の本はというのです。
「その他にもね」
「その目で見る」
「そのことも大事だよね」
「何かと」
「そうだよね」
「そうだよ、儒教は儒学とも言うけれど」
それでもというのです。
「学ぶべきものの一つだよ」
「全くだね」
「その通りだね」
「じゃあ儒教を学ぶ為にも」
「孔子廟行こうね」
「そうしよう、あと中国の宗教は」
こちらのお話もしました。
「儒教は宗教というより思想で」
「他にあったね」
「この中華街でもわかるね」
「道教があってね」
「そして仏教もあるね」
「そうだよね」
「西遊記を読むとね」
このあまりにも有名なお話をというのです。
「わかるよ」
「そうだね、一緒に出て来るね」
「道教と仏教が」
「神様と仏様が」
「棲み分けている感じで出てきているね」
「だからね」
それでというのです。
「そのことも理解することだよ」
「中国の宗教のことも」
「そうだね」
「道教と仏教がある」
「共に」
「日本もそうだね」
今自分達が暮らしている国もというのです。
「神道があってね」
「仏教もあって」
「神様と仏様がいる」
「一緒に」
「アジアではそうなんだね」
「東アジアだと」
「多くの宗教が共存する」
先生は神妙なお顔になって言いました。
「それは素晴らしいことだよ」
「そうだね」
「本来はそうあるべきだよね」
「プロテスタントとカトリックに分かれても」
「争うべきじゃないね」
「そうだよ」
絶対にというのです。
「私もそう思うよ」
「だからだね」
「道教と仏教が一緒にあってもいいね」
「そして神道と仏教が」
「そうだね」
「そうだよ、あと本当に儒教は政治思想であってね」
そうしてと言う先生でした。
「別に神様はいないよ」
「そういえばそうだね」
「孔子さんや弟子の人達のお話があってね」
「倫理や道徳のお話はしても」
「神様はいないね」
「孔子さんは神様になったけれど」
それでもというのです。
「神様はいない、政治はどうあるべきかを説いて」
「倫理や道徳だね」
「そうしたものについて語っていて」
「神様はいない」
「そうした意味で宗教じゃないわね」
「そのことも頭に入れて」
そのうえでというのです。
「孔子廟も行こうね」
「そうしましょう」
「今は中華料理を食べて」
「そしてお仕事もして」
「その後でね」
皆は先生に明るい声と表情で頷きました、そして一緒に美味しい中華料理を食べてそれからでした。
先生はお仕事をしてそれが終わってから孔子廟に来ました、孔子廟は中華風の建物で石造りでした。
そこに入りです、先生は皆と弟子の人達の石像に様々な儒教について書かれたものを見てそうしてでした。
そのうえで、です。孔子さんについても学びますが。
「孔子さんは将軍の人の息子さんで」
「武芸凄かったんだ」
「しかも筋骨隆々の大男で」
「怪力の持ち主だったの」
「身長も二メートル以上あって」
「そうだよ、学問だけの人かというと」
先生は皆にお話しました。
「その実はね」
「物凄く強かったんだ」
「体格もあって」
「弓も得意で」
「そんな人だったんだ」
「当時身長二メートル以上あるなんてね」
それこそというのです。
「驚く位だよ」
「そうだよね」
「先生だってかつては一五九だったし」
「今は一八〇だけれど」
「小柄だったしね」
「その一五九でもだよ」
先生はかつての自分の身長のお話もしました。
「普通だったしね」
「昔はね」
「摂取している栄養の関係でね」
「どうしても体格が今の人と違っていたわ」
「小柄だったよ」
「そこが違っていてね」
それでというのです。
「その中で二メートル以上となるとね」
「今も相当大きいしね」
「巨人みたいだよ」
「そうだとね」
「孔子さん相当目立ったね」
「そう、目立ってね」
実際にというのです。
「そのことでも知られていたよ」
「意外だね」
「孔子さんが武人のお家の出身で」
「しかも大男で怪力だったって」
「武芸も得意で」
「そして実は身分を否定していたね」
このこともお話する先生でした。
「誰でも学べると言ってね」
「そうだよね」
「そう主張しているね」
「何でも干し肉さえ持ってきたら誰でも学べる」
「そうした教育方針だったね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「当時塾の月賦としては干し肉は一番安いものでね」
「その干し肉さえ持って来ればいい」
「誰でも学んでいい」
「自分のお話を聞いていい」
「そう教えていたんだね」
「そう、当時は中国も身分があったけれど」
それでもというのです。
「その身分を否定してね」
「誰でも学べる様にして」
「実際に身分はないと言って」
「そうして主張していたんだ」
「君主がいてね」
そうしてというのです。
「そしてね」
「そのうえでだね」
「国の政治の在り方をお話して」
「それが後世に伝わってるんだね」
「今も」
「そうなんだ、儒教もいい考えだから」
それ故にというのです。
「学んで損はないよ」
「そうだね」
「そのことが長崎でもわかるね」
「それもよくね」
皆も確かにと頷きます、そうてしてでした。
皆で孔子廟の中をじっくり見て回ります、そうして楽しんだ後でホテルまで帰りますがホテルに戻るとでした。
皆お部屋の中でしみじみとなってです、口々に言いました。
「今日もいい学問になったね」
「そうだね」
「原爆のことも学べたし」
「儒教のことも」
「それに中華街や中国の宗教のことも」
「そうだね、長崎は色々なものがある街だから」
先生も言います。
「学べることは多いよ」
「そうだね」
「何かとだね」
「学べることが多い街だね」
「物凄くね」
「だから一度来てみたいと思っていたんだ」
皆に笑顔でお話しました。
「本当にね」
「そうだよね」
「先生ならそう思うよね」
「絶対に」
「僕達もそうだし」
「特にね」
ここで腕を組んで言いました、真剣なお顔になって。
「原爆のことはね」
「学びたかったんだね」
「実際に長崎に来て」
「そのうえで」
「広島とね」
この街と、というのです。
「長崎のことはね」
「忘れたらいけないね」
「二度と使われたらいけないね」
「原爆、核兵器は」
「本当に」
「戦争自体が恐ろしい災厄であってね」
そうであってというのです。
「その中でも核兵器が使用されるとね」
「とんでもないことになるね」
「一瞬で多くの命が奪われて」
「広い範囲が吹き飛ばされて焼き尽くされて」
「放射能も放たれて」
「地獄になるね」
「そう、文字通りのね」
まさにというのです。
「地獄になるんだよ」
「そのことがわかったね」
「建物があんな風になって」
「身体があそこまで酷くなって」
「本当に地獄だよ」
「地獄になるよ」
「だからね」
そうした事態を引き起こす兵器だからだというのです。
「絶対にだよ」
「使われてはいけないね」
「戦争が起こっても」
「そうなっても」
「戦争は避けられない時があっても」
それでもというのです。
「犠牲は最低限であって欲しいしね」
「そしてやってはいけないこともある」
「例え戦争でも」
「そのことは覚えておかないとね」
「絶対にね」
「そうだよ」
絶対にというのです。
「そのことを覚えておいて」
「そしてだね」
「二度と使わない様にする」
「人類が」
「そうすることだね」
「そうしないと駄目だよ」
先生は神妙なそして悲しさも含められたお顔で言いました。
「本当にね」
「そうだよね」
「あんなものが普通に使われるとね」
「世界が崩壊するよ」
「何もかもが終わるわ」
「皆そのことがわかっているからね」
だからだというのです。
「これまで使われてなかったんだ」
「広島、長崎の後は」
「あまりにも恐ろしい兵器だってわかったから」
「それでだね」
「そうだよ、使われてわかったんだ」
実際にというのだ。
「原爆、核兵器がどういったものかね」
「どれだけ恐ろしいか」
「使われてはいけないか」
「そのことがわかったのね」
「使われて」
「だから漫画やアニメでもあったね」
創作の世界でもというのです。
「核兵器が使われたらどうなるか」
「あったね、よく」
「日本でもね」
「核戦争後の世界が舞台の漫画とか」
「流行していたわね」
「災害も怖いけれど」
それと共にというのです。
「戦争も怖いものでね」
「それでだね」
「特によね」
「核兵器は恐ろしい」
「そう言っていいね」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「原爆のことをこの目で学べてよかったよ」
「全くだね」
「とても恐ろしいものを見たけれど」
「学べてよかったわ」
「私達もね」
「そうだね、心から思うよ」
本当に心から思って言う先生でした。
「来てよかったよ」
「知らないといけないことだね」
しみじみとです、トートーは言いました。
「原爆のことは」
「どれだけ恐ろしい兵器か」
ジップは俯いて言いました。
「絶対に知らないといけないね」
「戦争でも使われてはいけない」
チーチーも言います。
「そうしたものだね」
「若しまた使われたら」
どうなるか、ガブガブは考えただけで身震いしました。
「取り返しがつかないことになるね」
「間違いないね」
「地球が破壊されるわ」
チープサイドの家族も確信しています。
「また使われたら」
「欧州なんてことになったらね」
「だから使っては駄目だよ」
ホワイティは強い声で言いました。
「何があってもね」
「これまで二度と使われなくてよかったわ」
ポリネシアは心から思いました。
「ならこれからもよ」
「いや、こんな恐ろしいものはないよ」
「化学兵器や細菌兵器も恐ろしいけれど」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「核兵器は特にだよ」
「そう言うしかないよ」
「人間には理性と理知があるからね」
ダブダブはそれでと言いました。
「それで以て使ってはいけないと自制するのよ」
「さもないと大変なことになるよ」
老馬も言いました。
「使うとね」
「いや、全くだね」
「何があってもね」
「核兵器は二度と使わない」
「如何なる理由があっても」
「そうしないといけないよ」
「そう、本当にね」
まさにと言う先生でした。
「守らないといけないから」
「そうだよね」
「何があってもね」
「それは守らないといけないよ」
「絶対に」
「そう、使われると駄目だよ」
まさにというのです。
「二度とね」
「今日は特に思ったね」
「平和資料館に行って」
「あんなことになるならね」
「絶対に使ったらいけないよ」
「何があろうとも」
「核兵器は今は抑止力になっているよ」
先生は冷静に言いました。
「お互いに持っていてね」
「危険だからね」
「そのことがわかっているから」
「だからだよ」
「使ってはいけないよ」
「何があろうともね」
「そう、本当にね」
実際にというのです。
「使ってはいけないからね」
「そうだよね」
「何があってもね」
「使ってはいけないね」
「絶対に」
「だからだよ」
まさにというのです。
「お互いに使ってはいけないとわかっているから」
「抑止力になっているよ」
「全くだね」
「危険だって皆わかっているから」
「それでお互いに使わなくて」
「抑止力になっているね」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「使われないけれど」
「若し使われると」
「考えるだけで怖いね」
「そうだね」
「何があろうとも」
「そう、本当にね」
まさにというのです。
「使ってはいけないよ、けれどないならね」
「その方がいいよね」
「やっぱりね」
「抑止力になっているなら」
「それならね」
「その方がいいね」
「そう思うから」
だからだというのです。
「原子力は平和利用のみ」
「そうしないとね」
「世界の為に」
「絶対にね」
「そうすべきだよ」
「皆もそう思うね。素晴らしい力はね」
原子力の様なというのです。
「平和利用すると人類に大きな恩恵をもたらして」
「軍事に利用するとね」
「恐ろしい破壊をもたらすね」
「長崎みたいに」
「そうなるわね」
「だからだよ」
そうであるからだというのです。
「私は平和利用にのみと言うよ」
「そうだね、けれど先生原子力は反対しないんだね」
「よく環境への悪影響が言われるけれど」
「危険が大きいって」
「だから禁止すべきだって」
「そうね」
「私は科学も環境も大事だと思っているからだよ」
だからだというのです。
「だから原子力もコントロール出来ればね」
「それでいいんだ」
「文明が進歩するから」
「それでなんだ」
「そう、どんな技術も同じだよ」
それこそというのです。
「平和に、そしてコントロール出来ればね」
「それでいいんだ」
「原子力に限らずどんな技術も」
「ちゃんとコントロールすればいい」
「それが先生の考え方だね」
「人間に過ぎた技術という意見もあってね」
それでというのです。
「持てあますという意見もあるけれど」
「そうした意見にもだね」
「先生は反対なのね」
「そうなんだね」
「原子力にしても」
「そうだよ、人間はコントロール出来るから」
だからだというのです。
「それでだよ」
「その技術を生み出した」
「技術はコントロール出来るから生み出せる」
「そうしたものなのね」
「実は」
「そうだよ、神様が導いてくれているんだ」
こうも言うのでした。
「コントロール出来る技術を生み出す様にね」
「運命論的だね」
「けれどそうかも知れないね」
「コントロール出来るから生み出せる」
「そうかもね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「原子力もだよ」
「持てあまさない」
「コントロール出来る」
「そうなんだ」
「先生の考えでは」
「そうだよ、きっとね」
絶対にというのです。
「原子力もコントロール出来てね」
「平和利用出来て」
「文明を発展させられる」
「だからなんだ」
「先生は原子力に反対しないんだ」
「そうだよ、文明はこれからも発展するよ」
人類のそれはというのです。
「そしてその中にだよ」
「原子力もあるんだね」
「この技術も」
「それじゃあだね」
「核兵器はなくして」
「平和利用に専念すべきだね」
「これからはね、戦争よりもね」
先生は心から思って言いました。
「やっぱりね」
「平和だよね」
「せざるを得ない時があっても」
「やっぱり平和が一番だね」
「何と言っても」
「そうだよ、平和であってこそね」
まさにというのです。
「幸せになれるからね」
「全くだね」
「平和と健康は大事だよね」
「幸せのことを考えると」
「どうしてもね」
「そう、自分は健康であってね」
そうしてというのです。
「世界は平和である」
「その二つが原点だよね」
「幸せには」
「その二つがないとね」
「逆に駄目だよね」
「幸せは遠のくね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「だからだよ」
「健康である」
「自分はね」
「そして世の中は平和である」
「そうあることだね」
「そう、原子力もね」
この技術もというのです。
「平和の中dえね」
「平和利用される」
「そうあることだよね」
「核兵器に使われずに」
「そのうえで」
「原子力船はいいんだ」
こちらはというのです。
「特撮である自動車やオートバイに使われてもね」
「いいんだね」
「その場合は」
「それでも」
「そうだよ、けれどね」
それでもというのです。
「戦争に、まして核兵器に用いることは」
「あってはならないね」
「絶対に」
「そのことを言っていかないといけないね」
「先生はそう考えているね」
「そうだよ、戦争は出来るだけ起こって欲しくないし」
そうであってというのです。
「そしてね」
「そのうえでだよね」
「何があってもだよね」
「核兵器は使わない」
「そうであって欲しいですね」
「全くだよ、核兵器のない世界がね」
それがというのです。
「僕の理想の一つだよ」
「平和でね」
「原子力は平和と発展の為に使われる」
「そうであってね」
「核兵器はない」
「そういった世界であるべきだね」
「そうであって欲しいね」
先生は心から思って言いました、そうしてです。
皆で平和のことを考えるのでした、そして核兵器がなくて原子力が正しい方向に使われる世界がどういったものであるべきかを。