『ドリトル先生の長崎での出会い』
第三幕 文化の交流都市
長崎にある八条ホテルに入って荷物を置くとでした。
先生は皆と一緒に長崎観光に出ました、そうして長崎の色々な場所を夜まで巡ることにしましたが。
路面電車に乗ってです、動物の皆は思いました。
「路面電車いいよね」
「松山でも乗ったけれどね」
「独特の雰囲気があって」
「いいよね」
「そうだね、昔はもっと多くの街にあって」
先生は皆にお話しました。
「長崎にも今もあるけれど」
「やっぱりあるといいね」
「便利だしね」
「乗っていても楽しいし」
「観光にもなるしね」
「車社会になってね」
それでというのです。
「日本では多くの街でなくなったけれど」
「やっぱりあるとね」
「それだけで違うね」
「ある方がいいわ」
「何といってもね」
「僕もそう思うよ」
こう言うのでした。
「本当にね、じゃあ路面電車も使ってね」
「そうしてだね」
「観光をしていくね」
「長崎の街を」
「そうしよう、そしてね」
それでというのです。
「色々観ていこう、観るのもね」
「学問だよね」
「そうだよね」
「フィールドワークでもあるね」
「文化や地理、歴史を観るね」
そうしたというのです。
「学問だから」
「それでだね」
「これからだね」
「やっていくね」
「そうするね」
「そうしていこうね」
こうお話して実際にです。
皆で楽しく観て回っていくことにしました、大浦天主堂に行って中に入りますと先生は厳かな雰囲気の教会の中で皆にお話しました。
「ここはカトリックの教会だよ」
「そうだよね」
「ローマ教皇も来られたそうだし」
「ここはそうよね」
「カトリックだね」
「日本ではあまり意識されないけれど」
それでもというのです。
「面白いことに出島があったけれど」
「オランダの人達がいたね」
「それで清の人達も」
「そうだったね」
「そこからこの街が他国との文化の接点になったけれど」
それでもというのです。
「オランダはプロテスタントだからね」
「そうそう、カトリックじゃなくて」
「そのことが大きかったね」
「それで布教しないから」
「幕府も交流したんだね」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「その違いがあるけれど」
「日本ではあまり意識されなくて」
「日本にキリスト教が入った」
「そうした場所だって思われているね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「日本ではね」
「カトリックとプロテスタントの違いは意識されなくて」
「あまり考えられなくて」
「日本にキリスト教が入った」
「そのことの象徴だって思われているね」
「そうなんだ、そしてね」
ここで遠い目になって言う先生でした。
「この教会がある街に原爆が落ちてね」
「長崎にあった教会も壊れて」
「大変なことになったね」
「そうだったね」
「悲劇だったね」
「そうだったんだ、それが戦争だよ」
先生は悲しいお顔になって言いました。
「あらゆる命が奪われ多くのものが壊される」
「そうしたね」
「酷いものだよね」
「あって欲しくないね」
「出来る限りは」
「そう思うよ」
心から言う先生でした。
「私はね」
「全くだね」
「戦争だけはあって欲しくないね」
「本当にね」
「そう思うばかりだね」
「全くだよ、この天主堂もずっとね」
先生はイギリス国教会です、ですがその宗派の違いを越えてそのうえで心から思ってお話するのでした。
「あって欲しいね」
「全くだね」
「戦争がなくて」
「そうであってね」
「ずっとこの長崎にあって欲しいね」
「その通りだね」
先生もまさにと頷きます、そして大浦天主堂からグラバー園に行きますが緑が奇麗な古い丸い洋館を中それに外から観て回りますが。
皆は庭園もお池も観て思いました。
「ここも歴史があるね」
「幕末から明治の日本のね」
「志士の人達が来て」
「そしてグラバーさんとお話をしたんだね」
「まさにここでね、そしてね」
そのうえでとです、先生も言いました。
「有名な志士の人達がここから海も観たんだよ」
「奇麗な海だよね」
「長崎の海は」
「とてもね」
「奇麗だね」
「そのうえで日本のこれからを考えて」
そうしてというのです。
「お話もしたんだ」
「そうだね」
「ここから奇麗な海を観ながら」
「日本の未来を考えて」
「グラバーさんともお話したんだね」
「そうだよ、そしてね」
先生はここで着物を着た女の人が小さな男の子と一緒にいる銅像を観てそのうえで皆にあらためて言いました。
「ここは蝶々夫人の舞台でもあるんだ」
「プッチーニさんの歌劇だね」
「日本それもこの長崎を舞台とした」
「名作中の名作だよね」
「そうだよ、この場所にね」
まさにというのです。
「蝶々さんのお家があるという設定だったんだ」
「ここからずっと海を観て」
「蝶々さんはご主人を待っていたんだね」
「ピンカートン中尉を」
「このピンカートン中尉という人はいい加減で」
先生は悲しいお顔でお話しました。
「蝶々さんは数多くいる現地の奥さんの一人で」
「日本を離れたら終わり」
「それだけだったね」
「あの人にとっては」
「それがとんでもなく悪い行いだったと蝶々さんのことを知って気付いたけれど」
そうであったけれどというのです。
「蝶々さんは自分が遊びだった、捨てられたことを知ってね」
「武士の娘さんらしくね」
「誇りを持って自害したね」
「そうしたね」
「お子さんを中尉と中尉の奥さんに渡してね」
中尉との間に生まれたそのお子さんをというのです。
「そうしたんだ」
「悲しい結末だね」
「本当にね」
「本気で愛してね」
「愛されていると思って」
「ずっと待っていたのに」
「親戚の人達から縁も切られたのに」
「孤独でもね」
それでもというのです。
「スズキさんという侍女の人とね」
「ずっと待っていて」
「今流れているこの歌も歌ったね」
「ある晴れた日に」
「蝶々夫人の代表曲だね」
「不滅の名曲だね」
先生もこの曲を聴きつつ言いました。
「本当に」
「全くだね」
「凄くいい曲だよ」
「蝶々さんの想いがある」
「最高の曲だね」
「プッチーニさんは多くの名作を残してね」
そうしてというのです。
「多くの名曲も作曲したけれど」
「この曲は特にだよね」
「素晴らしい曲よね」
「プッチーニさんは本当に名作、名曲が多いけれど」
「最高の曲の一つだね」
「私もそう思うよ、この曲を聴くと」
先生はしんみりとしたお顔になって言いました。
「しんみりとした気持ちになるよ」
「全くだね」
「蝶々さんのことを想って」
「どうしてもね」
「そうなるわね」
「そしてね」
それにというのでした。
「果たしてお子さんがどうなったか」
「そのことだね」
「中尉と奥さんに引き取られてね」
「お二人に育てられることになったけれど」
「どうなったのかしら」
「気になるね」
「中尉は自分の行いを凄く後悔して」
蝶々さんに対してしてしまったとても不誠実なことをです、先生は中尉のことも考えて言いますが糾弾はしませんでした。とても心優しい人なので。
「奥さんもおそらくね」
「ご主人の行いを知って」
「悪いと思っていたね」
「そうだったね」
「原罪の様な罪悪感に苛まれながら」
そのうえでというのです。
「お子さんを育てていただろうけれど」
「辛かっただろうね」
「とてもね」
「そうだっただろうね」
「そう思うよ、そしてね」
それにというのです。
「当時は人種的偏見も強かったし」
「アメリカでもね」
「何かとあったよね」
「イタリア系、アイルランド系、ドイツ系にもあって」
「アフリカ系や中国系の人にも」
「メキシコ系の人達にだって」
「当然日系人もで」
そうであってというのです。
「日本人とのハーフのお子さんも」
「何かとあっただろうね」
「イサム=ノグチさんみたいな人もいたし」
「偏見に苦労しただろうね」
「お子さんも」
「そうした時代を生きて」
そうであってというのです。
「果たしてどうなったか。その人のご家族も子孫の人達も」
「どうなっただろうね」
「二次大戦もあったし」
「そして収容所に送られたかも知れないし」
「大変だっただろうね」
「日系人収容所は悪名高いけれど」
先生はアメリカのかつての歴史のお話もしました。
「実は西海岸に住んでいた人達が対象で」
「他の地域に住んでいた人達は送られてないんだ」
「そうだったんだ」
「全ての日系人がそうだと思ったら」
「違ったのね」
「そうなんだ、ワシントンやハワイにいた人達は送られていないよ」
そうだったというのです。
「何かすると思われていなかったし。それに日系人を守った人達もいたんだ」
「心ある人もいたんだね」
「当時のアメリカにも」
「そうなんだね」
「人は時として醜い行いをするけれど」
それでもというのです。
「素晴らしい行いもね」
「するね」
「そうしたものだね」
「同時に」
「そうだよ、事実日系人を迫害した当時のカルフォルニア州の知事がね」
この人がというのです。
「後で公民権運動で最高裁判所長官としてアフリカ系の人達の権利を認めたんだ」
「差別を行った人が差別を否定した」
「悪いことをした後でいいことをした」
「そうなんだね」
「二次大戦の頃は堂々と差別を言って」
そうしてというのです。
「後で反省してね」
「アフリカ系の人達の未来を切り開いたんだ」
「そうなんだね」
「キング牧師やマルコムエックスと同じく」
「そうしたんだね」
「そうだよ、人程難しいものはないね」
こうも言う先生でした。
「本当にね」
「全くだね」
「いい面と悪い面がある」
「行いだって」
「差別をした人が差別と戦う」
「そうしたこともあるね」
「そうだよ、しかし果たして蝶々さんのお子さんがどうなって」
そうしてというのです。
「子孫の人達が今生きていたらどうしているか」
「心配だよね」
「本当にね」
「どうなっていたか」
「そのことが気になるよ、あとね」
ここで先生はこうもお話しました。
「この蝶々さんの象は三浦環って人の銅像なんだ」
「蝶々さんご自身じゃなくて」
「その人の銅像なんだ」
「そうなのね」
「日本で最初に国際的に有名になったオペラ歌手の人でね」
そうであってというのです。
「蝶々さんを得意にしていたんだ」
「日本人だけあって」
「そうだったんだ」
「その三浦環さんが」
「そうだったのね」
「そうだよ、あと若しかしたら」
こんなこともです、先生は皆にお話しました。
「蝶々さんの親戚の人達も」
「おられるかな、長崎に」
「今も」
「どうなのかしらね」
「縁を切ったけれどね」
蝶々さんと、です。
「今もここにおられるかな」
「若しおられたら」
「そうれならね」
オシツオサレツが言ってきました。
「縁を切ったことを反省して」
「蝶々さんのご冥福を祈って欲しいね」
「とても辛くて可哀想な想いをしたから」
それでと言うガブガブでした。
「今はそうして欲しいね」
「色々あったと思うけれど」
トートーも親戚の人達を思って言います。
「今はそうして欲しいね」
「そしてお子さんのことも」
ポリネシアは蝶々さんのお子さんのことに言及しました。
「思って欲しいわね」
「間違ったことをしても反省してやり直せるなら」
ジップはそれならと思いました。
「まして子孫の人達に罪はないしね」
「今は素直にだよ」
「蝶々さんの冥福を祈って欲しいわ」
チープサイドの家族もお話します。
「是非ね」
「そうだよね」
「そしてここで手を合わせてくれたら」
チーチーは思いました。
「時々でも嬉しいね」
「この銅像は蝶々さんのお墓でもあるのかしら」
ダブダブはこう考えました。
「若しかして」
「だったら時々でも手を合わせて祈ってね」
老馬は心からこの言葉を出しました。
「お子さんの子孫の人達の幸せも願って欲しいよ」
「そうしたら蝶々さんも喜んでくれるかな」
ホワイティは天国にいる蝶々さんのことに思いを寄せました。
「そうなのかな」
「どうだろうね、けれど蝶々さんが天国で笑っていられる」
先生は皆にお話しました。
「そうした状況ならいいね」
「お子さんの子孫達も幸せで」
「親戚の子孫の人達も手を合わせてくれる」
「そうであるならね」
「いいと思うよ」
こうお話するのでした、そしてです。
また長崎の青い山と山の間に見える海を観て先生はまた言いました。
「蝶々さんも志士の人達もグラバーさんも観た海だけれど坂本龍馬さんもだよ」
「あの人もなんだ」
「長崎に来ていたんだ」
「志士でも特に有名な人だったけれど」
「そうだったんだ」
「京都にも神戸にも行っていてね」
そうしてというのです。
「この長崎にもね」
「来ていたんだ」
「じゃあこのグラバー園にもなんだ」
「来ていたのかな」
「そうだったと思うよ、色々残っているから」
先生は笑顔でお話しました。
「この長崎にもね」
「竜馬さんが来たところは」
「そうなんだね」
「それでこの海を観ていたんだ」
「そうだったんだ」
「絶対にね、あの人みたいに生きられるとね」
そうすると、というのです。
「凄いね」
「実際凄い人だしね」
「大きく羽ばたいた」
「そして凄いことをしたね」
「あの人がいなかったら」
そうであるならというのです。
「日本は少し違っていたかもね」
「志士の人の中でも特に活躍して」
「薩長同盟も結ばせて」
「海援隊も組織して」
「色々なことをしたからね」
「その竜馬さんがいなかったら」
そうであったらというのです。
「本当にね」
「どうなっていたかしら」
「あの時の日本は」
「果たして」
「わからないわね」
「維新が成功しても」
そうであってもというのです。
「やっぱりね」
「違っていたわね」
「僕達が知っている維新とは」
「竜馬さんがいなかったら」
「その時は」
「その竜馬さんのことも学ぶから」
そうするからというのです。
「楽しみにしておいてね」
「うん、わかったよ」
「それじゃあね」
「竜馬さんの場所も回っていこう」
「これからね」
「そうしようね」
この人のお話もします、そしてです。
竜馬さんについてです、先生は皆にこうもお話しました。
「よく創作でも主人公になるね」
「坂本龍馬さんはね」
「よくね」
「そうなっているわね」
「漫画でも小説でも」
「そうだね、ちなみに名前だけれど」
この人のというのです。
「龍馬か竜馬か」
「あっ、そうだったね」
「名前どちらかな」
「一体」
「実は当時は読み方が大事で」
そうであってというのです。
「漢字はどちらでもいいって感じだったんだ」
「そうだったんだ」
「当時は」
「江戸時代は」
「だから新選組でもね」
この人達についてもというのです。
「その時で同じ言葉でもね」
「漢字が違っていたんだ」
「そうだったんだ」
「江戸時代は」
「そして平仮名も多かったしね」
そうでもあったというのです。
「維新になって使いやすい様に整理したんだ」
「多かったけれど」
「今の五十一字になったんだ」
「そうなのね」
「それで竜馬さんの名前もね」
この人のこちらのこともというのです。
「実はだよ」
「龍馬だったり竜馬だったりする」
「二つあるのね」
「そうなんだ」
「そしてよく創作で子供の頃上士の人達にいじめられているね」
先生はこのこともお話しました。
「後藤象二郎さんや板垣退助さんに」
「そうそう」
「それでお二人が悪役でね」
「やりたい放題やって」
「創作で物凄く嫌われてるね」
「そうだけれどね」
それがというのです。
「実は違うんだ」
「ああ、らしいね」
「どうもね」
「いじめられっ子だったことは事実でも」
「その人達にはいじめられてなかったね」
「というかお会いしたことだってね」
「後藤象二郎さんとはじめて会ったのは」
竜馬さんがというのです。
「大人になってこの長崎がだよ」
「はじめてだったね」
「確か」
「先生前にお話してくれたけれど」
「そうだったね」
「子供の頃は会っていないんだ」
実際はというのです。
「確かに身分の関係から対立する立場にあったかも知れないけれど」
「竜馬さん脱藩してたし」
「もう関係なかったし」
「因縁とかなかったね」
「竜馬さんと後藤さんには」
「竜馬さんの同志の人達を粛清したといっても」
後藤さんがというのです。
「命じたのは山内容堂さんでね」
「前の土佐藩の藩主だった」
「あの人だね」
「武市半平太さんなんか強引に切腹させたね」
「そうだったね」
「むしろ板垣退助さんなんかは」
この人はといいますと。
「取り調べを適当なところで終わらせて」
「粛清するつもりはなかった」
「そうだったね」
「あの人は」
「そうだったしね、竜馬さんと後藤さんは本当にこの長崎で会ったのが初対面で」
そうであってというのです。
「板垣さんとは一度も会っていないんだ」
「それ意外だよね」
「創作では板垣さん竜馬さん凄くいじめてたのに」
「同志の人を後ろから刺し殺したりね」
「二人共傲慢で残忍で卑劣で」
「最低な人達に書かれることが多いけれど」
「実際は全く違ってね」
そうであってというのです。
「それなりに出来た人達だったよ」
「人を後ろから刺したりとかしないで」
「傲慢で残忍で卑劣でもなかったね」
「そうだったね」
「そんな人達が維新になったらどうなるか」
それこそというのでした。
「言うまでもないね」
「維新の志士の人達って身分の低い人多かったし」
「西郷さんとか大久保さんとか」
「伊藤さんも山縣さんも」
「それで身分の低い人達しかも自分の同志だった人達を笑いながら殺した人達なんてね」
「絶対に許さないね」
「同志とも思わないで」
同じ志士とも、というのです。
「即座に敵討ちとなっていたね」
「そうだよね」
「絶対にね」
「同じ志士どころか敵だって考えて」
「抹殺していたわ」
「実際は二人共出来た人達で」
そうであってというのです。
「傲慢でも残忍でも卑劣でもなかったよ」
「特に板垣さんだね」
「いい人だったんだよね」
「竹を割ったみたいな」
「義侠心もあって」
「実際は竜馬さんと会ったことがなくても」
それでもというのです。
「身分が低くて子供の頃はいじめられっ子だった竜馬さんをね」
「認めていたんだよね」
「剣道や学問に励んでいると聞いて」」
「身分に関係なく」
「実は身分の低い人達にも寛容で」
板垣退助という人はというのです。
「志士として活躍していて中岡慎太郎さんとも懇意で」
「竜馬さんの同志だった」
「あの中岡さんともだね」
「仲がよくて」
「志士としてかなり活動していたんだ」
「そして竜馬さんの脱藩の罪が解ける様に動いてもいて」
そうしたこともしていてというのです。
「竜馬さんもね」
「そうそう、板垣さんのお話を聞いて」
「凄い人がいるって志士の人達にも紹介して」
「認めていたね」
「お互い会ったことはないけれど」
竜馬さんと板垣さんはというのです。
「お互いに認め合っていたんだ」
「全然違うね」
「子供の頃いじめられていたどころか」
「むしろ同志だったんだね」
「お会いしたことはなくても」
「そうだったよ、だから竜馬さんこの長崎で後藤さんとお会いした時も」
まさにその時もというのです。
「お互いああこの人がってね」
「そんな感じだったんだ」
「初対面だったし」
「それでなんだ」
「それで終わってね」
そうであってというのです。
「本当にね」
「何もなかったんだね」
「悪いものは」
「そうなんだね」
「そうだよ、竜馬さんは確かに凄い人だったけれど」
竜馬さんも見ていた海を見つつ言うのでした。
「後藤さんも板垣さんもね」
「凄い人だったんだね」
「そして悪い人じゃなかった」
「そうだったんだね」
「そうだよ」
先生は皆にお話しました、そしてです。
その竜馬さんに縁のある長崎の名所を皆と一緒に夜まで巡りました、そのうえでホテルに帰ってホテルのディナーを楽しみつつ言いました。
「さて、ディナーの後は」
「飲みに行くよね」
「長崎でも」
「そうするわね」
「やっぱりそれはね」
何といってもというのです。
「欠かせないよ」
「そうだよね」
「旅行に行けば飲む」
「それがないとね」
「旅行に来た気がしないわ」
「もうね」
それこそと言う先生でした。
「そのことも楽しみだったし」
「それじゃあね」
「飲みに行きましょう」
「ディナーの後で」
「是非ね」
「そうしよう」
こうお話して今はディナーを楽しみますがそちらは海の幸を使ったオードブルに野菜料理にスープにです。
牛肉のステーキですが先生はこのステーキを食べつつ皆にお話しました。
「地元の牛肉というけれど」
「美味しいね」
「長崎牛のステーキも」
「それもかなり」
「そうだね、九州だとね」
今皆がいる地域はといいますと。
「佐賀県や熊本県が有名だね」
「佐賀牛に熊本牛だね」
「どっちも有名だね」
「確かに」
「そうだね」
「けれど長崎牛もね」
こちらの牛肉もというのです。
「美味しいね」
「そうだよね」
「このステーキもね」
「とてもね」
「だからね」
それでというのです。
「このままね」
「食べていこうね」
「そうしましょう」
「是非ね」
「そしてね」
そのうえでというのです。
「飲みに行こう」
「全部食べ終わったら」
「そうしたらね」
「その後は」
「そうしようね。それとデザートは」
先生はこちらのお話もしました。
「長崎だからお願いしてね」
「あっ、カステラ」
「あれだね」
「あのお菓子だね」
「それにしてもらったよ」
にこりと笑ってお話するのでした。
「是非と思ってね」
「カステラ最高だよ」
「全くよね」
チープサイドの家族が最初に言いました。
「神戸でもよく食べるけれど」
「ティータイムの時でもね」
「お茶菓子に最適なのよ」
ダブダブもカステラのことはよく知っています。
「日本人が生み出した最高のお菓子の一つね」
「しかも長崎ってカステラの本場だからね」
食いしん坊のガブガブは舌なめずりさえしています。
「今から楽しみだよ」
「メインを食べてパンも食べて」
そしてと言うジップでした。
「最後はカステラだね」
「いやあ、先生のセンスを感じるよ」
トートーはにこりとして言いました。
「ここでカステラをって言うとはね」
「そういえばメニューは先生が一品一品注文していたよ」
チーチーはこのことを言いました。
「コースのメニューの中から選んで」
「それでデザートにカステラがあったから」
ホワイティも言います。
「選んだんだね」
「私達皆カステラ好きだし」
それでと言うポリネシアです。
「丁度いいわ」
「じゃあデザートはカステラを食べようね」
「皆でね」
オシツオサレツもとても期待しています。
「本場のカステラをね」
「そうしようね」
「そして」
それにと言う老馬でした。
「お茶も楽しもう」
「そうそう、デザートの時はね」
「お茶も大事よ」
「何といっても」
「そっちも欠かせないわ」
「そう、お茶もね」
先生は笑顔で言いました。
「今は長崎、五島列島の牛のレモンステーキを食べているけれど」
「カステラも食べて」
「それでよね」
「居酒屋でも楽しむ」
「そうするわね」
「長崎は海の幸も豊富で」
そうであってというのです。
「鯛の塩釜焼きもあるし」
「あら、鯛なのね」
「鯛も名物なんだ」
「それはいいね」
「楽しみだよ」
「そしてね」
そのうえでというのです。
「河豚も名物なんだ」
「ああ、河豚もなんだ」
「日本人河豚好きだけれど」
「その河豚もなんだ」
「長崎では名物なんだ」
「そう、呼び名は方言だけれどね」
長崎のというのです。
「河豚も名物でね」
「楽しみだね」
「河豚の方もね」
「じゃあね」
「食べに行こうか」
「ディナーとデザートの後は」
「そうしようね」
こうお話してでした。
皆でまずはディナー、カステラまで楽しみました。そしてホテルを出て近くの居酒屋で河豚と鯛の塩釜焼を食べますが。
河豚のお刺身を食べてです、皆は表情をパッと明るくさせて言いました。
「うん、やっぱりね」
「河豚は美味しいわ」
「何と言ってもね」
「そうだよね」
「そう、河豚はね」
まさにとです、先生も河豚のお刺身を食べつつ言いました。
「他の国ではそうは食べないけれど」
「それでもね」
「美味しいよね」
「そうだよね」
「あっさりしていてね」
「食べやすくて」
「だからね」
それでというのです。
「僕も大好きだよ」
「そうそう、日本に来てね」
「先生河豚も好きになったね」
「河豚を食べて」
「そうなったね」
「この美味しさだから」
だからだというのです。
「今だってね」
「楽しんでるね」
「こうして食べて」
「そのうえで」
「河豚は大阪では結構食べるけれど」
この街ではというのです。
「東京、江戸ではあまりね」
「食べなかったよね」
「そうだったよね」
「何と言っても毒があるから」
「だからね」
「そう、毒があるから」
まさにその為にというのです。
「ご法度になっていて」
「他のところでもね」
「食べなかったね」
「毒にあたると死ぬから」
「それで鉄砲と言われた位だし」
「けれど下関や博多では食べていて」
こうした街ではというのです。
「伊藤博文さんも食べて」
「それから下関や博多では食べられる様になって」
「やがて日本全土にもなったわね」
「調理に免許を取れば出来る様になって」
「それでね」
「そうだよ、それで長崎でもね」
この街でもというのです。
「同じだよ」
「そうだね」
「こうして食べられるね」
「そうだね」
「それも美味しく」
「嬉しいことだよ、イギリスにいたままだと」
それこそというのです。
「河豚を食べることだって」
「なかったね」
「そうだったね」
「とてもね」
「河豚のことは知られていても」
「想像もしなかったよ」
河豚を食べることはというのです。
「とてもね」
「イギリスだとね」
「海の幸のお料理自体少なくて」
「フランスやイタリアスペインと比べても」
「そうだったしね」
「だからね」
それでというのです。
「河豚なんてね」
「本当にないしね、イギリスには」
「河豚料理なんて」
「こうしてお刺身にするとかも」
「なかったよ」
「ましてね」
さらに言う先生でした。
「お刺身以外にも唐揚げや白子もあるけれど」
「そうしたものだってね」
「食べないよね」
「とても」
「そうだしね、こんな美味しいものを食べられて」
満面の笑顔で言う先生でした。
「本当にね」
「日本に来てよかったね」
「先生も僕達も」
「本当にね」
「全くだよ」
こう言ってでした。
先生は河豚を食べて鯛も食べます、その鯛も塩釜焼きだけでなくお刺身もありますがこちらも食べて言いました。
「しかしこんなにお刺身が好きになるとか」
「そうそう、信じられないね」
「昔を思うと」
「昔は生もの自体食べなかったし」
「とてもね」
「そのこともね」
まさにというのです。
「私達が変わったことだね」
「河豚も食べる様になって」
「お刺身だってね」
「そう思うとね」
「凄いよね」
「凄い変わったよ」
こう言うのでした。
「私達は。そして飲むお酒もね」
「今日本酒飲んでるけれど」
「このお酒だってね」
「いいよね」
「飲める様になって」
「魚介類それもお醤油を使ったお料理なら」
おうであるならというのです。
「白ワインもいいけれど」
「やっぱり日本酒」
「日本酒が一番だよ」
「何と言っても」
「一番美味しいね」
「そうだね、新鮮な海の幸を食べて」
今の様にというのです。
「こうして日本酒を飲む」
「いいよね」
「河豚も鯛も美味しくて」
「それで長崎の地酒を飲む」
「とてもいいね」
「幸せだよ」
こうも言う先生でした。
「今こうしているだけで」
「美味しいものを飲んで食べられる」
「それが出来るから」
「だからだね」
「幸せなのね」
「うん、しかもね」
さらに言う先生でした。
「学問も出来るから」
「尚更だね」
「幸せだね」
「今の先生は」
「そうだよ、じゃあ今夜はね」
長崎のお酒を飲みつつ言うのでした。
「こうしてだよ」
「うん、飲んで食べて」
「そうしてね」
「楽しもうね」
「長崎の海の幸と地酒をね」
「そうしようね」
こう言ってでした。
先生はまたお酒を飲みました、そして赤くなったお顔で言いました。
「何杯でも飲めるね」
「美味しいからね」
「だからだね」
「それでだね」
「うん、いい感じでね」
こう言ってです。
先生は河豚や鯛を楽しみつつ沖縄の地酒をどんどん飲んでいきました、そのうえでこの夜を楽しむのでした。