『ドリトル先生の長崎での出会い』




                  第一幕  長崎行き決定

 ドリトル先生はお医者さんで博物学者です、今では文学も語学も造形が深く兎角色々な学問に精通しています。
 その先生にです、王子は先生のお家でこんなことを言いました。
「僕達も随分変わったね」
「何かとだね」
「先生昔煙草吸ってたよね」
 王子は先生のこのことを指摘しました。
「そうだったね」
「葉巻とかパイプでね」
「昔はね」
「止めたんだ」
 先生は笑って答えました。
「もうね」
「健康の為かな」
「そうなんだ、健康によくないし」
 煙草はというのです。
「それで何かと規制も出来たし」
「マナーのことだね」
「マナーは守らないといけないけれど」 
 それでもというのです。
「何かと厳しくなって買うだけでね」
「色々チェックが出来たね」
「手軽じゃなくなったから」
 煙草を吸うことはです。
「それでだよ」
「吸うことを止めたね」
「そうなんだ」
 こう王子に答えました。
「今の僕はね」
「そうだよね、それにね」
 王子はさらに言いました。
「先生は昔小柄って言われていたね」
「うん、いつもね」
 先生はにこりと笑って答えました。
「そうだったよ」
「昔はね」
「それが今ではね」
「一八〇あるからね」
「むしろ大きいとね」
 その様にというのです。
「言われてるね」
「特に日本だとね」
「小柄と言われていたのは」
 それはどうしてかといいますと。
「貴族と平民ではね」
「体格が違ったね」
「欧州ではね」
「イギリスでもそうだったね」
「暮らしが違っていて」
 貴族と平民はです。
「貴族だと豊かでね」
「食べるものもいいね」
「そしてね」
 そうであってというのです。
「スポーツで身体も鍛えていて」
「健全な成長が出来るから」
「だからだよ」 
 その為にというのです。
「貴族の人達はね」
「昔は平民の人達より大きかったね」
「そうした人達が多かったんだ」
「そうだね」
「僕は爵位はないけれど」
「周りに貴族の人達が多かったね」
「学生時代は特にね」
 そうだったというのです。
「多くてね」
「その人達の中にいたら」
「どうしてもね」
 それこそというのです。
「平民の人達の中だと大きい方でも」
「貴族の人達の中だとね」
「小さくてね」
 相対的にそうであってというのです。
「それでだよ」
「小柄と言われていたね」
「そうだよ」
「一八〇あっても」
「ラグビーやテニスや乗馬をしている人達だからね」
 先生は笑って言いました。
「本当にね」
「皆大きかったね」
「貴族の人達はね」
「そうだね」
「うん、そして僕は子供の頃はスポーツはからっきしで」
「学生時代もだったね」
「大人になってから備えたけれど」 
 スポーツ等をする様になったというのです。
「またしなくなってね」
「今もだね」
「それでまたね」
「からっきしになったね」
「そうなったよ」
 王子に笑ってお話しました。
「もうね」
「そうだよね」
「うん、僕はイギリスにいた頃とね」
「随分変わったね」
「服は変わっていないかな」 
 こちらはというのです。
「特に」
「シルクハットにタキシードでね」
「スーツでね」
「今は作務衣着てるけれどね」
「外出の時はね」
「そうした服装だから」
「そっちは変わっていないね」 
 こう言うのでした。
「そうだね」
「うん、やっぱり外出の時は」
 先生は言いました。
「僕は正装だよ」
「そうだね」
「シルクハットは外せないよ」
 どうしてもというのです。
「大好きだしね」
「先生はそうだね」
「だからね」
「今もだね」
「服装は基本ね」
「同じだね」
「イギリスにいた時とね」
「先生アフリカでも中南米でもそうだったしね」
「何時でも何処でもね」
 それこそというのです。
「僕はシルクハットにスーツだよ」
「そしてタキシードだね」
「そうだよ」
 こうした服装だというのです。
「靴は革靴でね」
「イギリス紳士だね」
「紳士でありたいと思っているよ」 
 先生は王子にこう答えました。
「常にね」
「そうだね、ただ僕はね」
 王子はここで自分のお話をしました。
「靴を履く様になったよ」
「そうだね」
「イギリスにいた頃は裸足だったけれど」
「やがて靴を履く様になったね」
「どんどん道に落ちてるものが危なくなって」
「裸足だと分で怪我するからね」
「そうなるからね」 
 それでというのです。
「靴を履く様になったよ」
「王子もだね」
「そうする様にしたよ」
「その方が安全だからね」
「ファッションにもなるしね。ただね」
 王子は先生に笑ってこうも言いました。
「僕の足は大きいから」
「靴は特注が多いね」
「背丈と比べても」
 そうしてもというのです。
「僕の足は大きいから」
「それでだね」
「だからね」
 それ故にというのです。
「大抵はね」
「靴を特注して」
「それで作ってもらって」
 そうしてというのです。
「履いているよ」
「そうだね」
「デザインも凝ってね」
「そうなっているね」
「僕も変わったよ」
「そうだね、しかし日本に来てから」 
 先生はふとこんなことも言いました。
「僕達は平和になったね」
「イギリスにいた頃はあちこち冒険したね」
「郵便局作ったりね」
「生きもの達に働いてもらって」
「そうそう、アフリカに行ったり中南米に行ったり」
「サーカスやキャラバンもやってね」
「動物園をやったり月に行ったり」
 一連のことを思い出しつつ笑顔で言うのでした。
「何かとね」
「冒険があってね」
「騒動、トラブルがあってね」
「いつも大騒ぎだったよ」
「そうだったね」
「マシュー=マグさんにはよくしてもらったね」
 王子はこの人のお名前を出しました。
「本当に」
「彼にはそうだったね」
「他にも色々な人達にね」
「助けてもらったよ」
「そうだったね」
「大騒動ばかりで」
 イギリスにいた時はというのです。
「本当にね」
「大変だったね」
「それでも今振り返ると」
「いい思い出だよ」
 こんなお話をしました、そしてです。生きものの皆も言いました。当然ながら彼等も今も先生と一緒にいます。
「僕達も変わった?」
「口調がね」
「昔はそれぞれ先生を助けてたけれど」
「今は家事をしてもね」
「お家のこととか」
「平和な暮らしになって」 
 それでというのです。
「僕達が動くことはなくなったね」
「これといってね」
「それで口調も変わったね」
「日本に来る前から」
「皆穏やかになったわ」
「訛りもなくなってね」
 こうお話するのでした。
「どうもね」
「郵便局やったりキャラバンとかサーカスをしたり」
「本当に何かとあって」
「大冒険大騒動の連続だったけれど」
「平和になって」
「私達の口調も穏やかになったわ」
「それぞれの個性は変わらなくても」
 それでもと言うホワイティでした。
「変わるところは変わったね」
「そうだね」 
 ガブガブが頷きました。
「僕達もね」
「何か結構私とダブダブの口調が変わってたわね」
 ダブダブはこれまでのことを振り返って思いました。
「時々かしょっちゅうか」
「僕も昔はもっと乱暴な口調だったね」
 ジップは自分のことを思いました。
「何かと」
「僕達なんてコックニーみたいな」
「ロンドンのダウンタン訛りだったわ」
 チープサイドの家族も言います。
「威勢のいい感じの」
「そうだったね」
「いや、口調が変わると」
 ポリネシアはどうなるかと言いました。
「性格も変わるわね」
「その口調を言って考えるから」
 それでと言うトートーでした。
「性格も変わっていくね」
「日本だと特にかな」
 老馬は思いました。
「色々な喋り方があるから」
「その日本にいたらね」
「本当に喋り方変わって」 
 オシツオサレツはそれでとお話しました。
「性格もね」
「その口調で変わるよ」
「いや、口調も性格も変わって」
 チーチーはしみじみとして言いました。
「穏やかになったね、僕達も」
「何かと変わって」 
 それでと言う先生でした。
「僕達は今ここにいるね」
「そうだね」
「全くだね」
「その通りね」
「何かと」
「全く何も変わらないなんて」
 先生はそうしたことはといいますと。
「ないよ」
「誰でも何処でも」
「変わるね」
「その都度」
「そうなっていくものね」
「だから僕も変わったよ。しかし本当に昔は小柄って言われていたのが」
 それがというのです。
「今じゃ大きいだからね」
「貴族の人達の中ではそうでも」
「よく見たら平民の人達の中では大きかったし」
「日本でもね」
「先生大きい方だね」
「一八〇あったら」
 それならというのです。
「ラガーマンの中では小さくでも」
「普通の日本人の中じゃ大きいよ」
「むしろね」
「そう言っていいよ」
「本当にね」
「そうだね、日本人は比較的小柄だから」
 それでというのです。
「僕だとね」
「普通に大きいよ」
「結構以上にね」
「実際先生目立ってるし」
「背の高さでもね」
「そうだね、小柄と言われていたのが嘘みたいだよ」
 かつてを振り返って思うのでした。
「本当にね」
「何かと変わるものだね」
 王子はまた言いました。
「世の中もそうでね」
「誰でもだね」
「王子だってそうでね」
「イギリスの大学に留学してね」
「オックスフォードにね」
「そしてね」
 それでというのです。
「そのうえでね」
「今はだね」
「日本に留学してだね」
「学んでいるよ」
「学問に世の中のことを」
「そうしているよ」
「そうだね」
「イギリスもいい国だね」
「日本もだね」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「何かと学問にね」
「励んでいるね」
「そうしているよ」
「八条大学でね」
「大学院だね」
 そちらだというのです。
「正確に言うと」
「博士課程だね」
「うん、学問もね」 
 こちらもというのです。
「王様になるなら」
「教養は必要だからね」
「礼儀、マナーにね」
 そうしたものにというのです。
「それにね」
「さらにだね」
「知性や知識、教養も」
 そうしたものもというのです。
「全部ね」
「必要だよ」
「そうだね、何もなくて」 
 そうであってというのです。
「?き出しの下品さや嘘や罵倒や誹謗中傷ばかりなら」
「駄目だよ」
 先生は一言で答えました。
「王様、国家元首どころかね」
「人としてだね」
「そして思いやりや公共心、遵法精神もね」
「必要だね」
「そうしたものが一切ないなら」
 それならというのです。
「もうそんな人はね」
「否定するしかないね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「恥や外聞を知ることもね」
「大事だね」
「若しそうしたものが何もなくて」
「嘘を大声で吹聴する」
「そんな人はかえってね」
 それこそというのです。
「人気が出るかも知れないけれど」
「間違っているね」
「嘘を平気で吹聴する人を支持出来るかな」
 先生は真顔で言いました。
「果たして」
「普通は出来ないね」
「嘘を嘘と見抜けなくても」 
 それでもというのです。
「駄目だしね」
「そうだよね」
「嘘吐きは泥棒のはじまりとね」  
 先生は王子にこの言葉も出してお話しました。
「言うね」
「日本の言葉だね」
「平気で嘘を大声で言える人は」
「どんなものも盗むんだ」
「平気でね、そして平気でものを盗めるなら」
「そこからどんどん悪いことをするね」
「そうだよ、大抵嘘を言う時人は内心後ろめたさを感じていて」
 嘘を吐くことは悪いこと、このことを自覚してというのです。
「やや口ごもったり目が動くよ」
「そうなるね」
「良心があるからね」
「人にはね」
「だからそうなるけれど」
「どうしてもね」
「それは普通の人でね」
 そうであってというのです。
「正真正銘の悪人はね」
「嘘を吐いても大声で」
「しかも平気なお顔だよ」
「どんな嘘をどれだけ吐いても平気だね」
「もう息をする様に吐いてもね」
 嘘をというのです。
「本当にね」
「平気だね」
「そうした人は恥も外聞もなくて」
「どんな悪いことをしても平気だね」
「若し悪事がばれてもね」 
 そうなってもというのです。
「平気だよ」
「何とも思わないね」
「裁判にかけられて」
「有罪にならないと平気だね」
「なっても実刑を受けないならね」
 それならというのです。
「平気だよ」
「そうなんだね」
「そして人に何をしても何を言っても平気で」
「自分だけかな」
「そうだよ、自分さえよかったらね」
 先生はとても否定的に言いました。
「世界がどうなってもだよ」
「平気なんだね」
「大混乱に陥っても大戦争が起こっても」
「自分さえよかったらだね」
「自分の国がどうなってもだよ」
 それでもというのです。
「平気なんだよ」
「それが本物の嘘吐きだね」
「そして本物の悪人だよ」
「人はどうでもいいんだね」
「嘘を吐いて騙してもね」
「平気なんだね」
「そして羞恥心も思いやりもないよ」
 やはり否定的に言う先生でした。
「一切ね」
「ううん、そこまでいくと」
 王子は先生のお話をここまで聞いて唸りました。
「先生と一緒に色々な人を見てきて」
「ならず者だって見てきたね」
「欲の深い人もね」
「そうだったね」
「けれどね」
 それでもというのです。
「そこまで酷い人はね」
「見たことがないね」
「最早人ですらないかな」
「怪物だね」
 先生ははっきりと言いました。
「最早ね」
「エゴの怪物だね」
「もう人間のいい部分なんてね」
 それこそというのです。
「ないよ、思いやりや優しさ」
「羞恥心もだね」
「反省もね」
「一切ないんだね」
「そう、そうなったら」
 先生はさらに言いました。
「もうね」
「人間じゃなくてだね」
「怪物だよ」
「怪物にまでなったら」
「もうどうにもならないよ」
 そうだというのです。
「勿論信仰心だってないしね」
「神様も信じないね」
「そうだよ、自分だけでね」
「信仰心もないね」
「こうした人にならない様にして」
 そうしてというのです。
「こうした人の言うことは信じない」
「絶対にだね」
「そしてね」
 そのうえでというのだ。
「こうした人が出てきたら」
「絶対に何とかしないと駄目だね」
「さもないと大変なことになるよ」
 先生は王子にきっとしたお顔になって言いました。
「若し力を持ったらね」
「大変なことになるね」
「その人が私利私欲を貪って」
 そうなってというのです。
「他の皆がね」
「大変なことになるね」
「こうした人の周りにいる人達もね」
「碌なものじゃないね」
「類は友を呼ぶでね」
 そうであってというのです。
「本当にね」
「とんでもない人達が集まって」
「そしてだよ」
 そのうえでというのです。
「おぞましいまでに腐敗した世界になるよ」
「怪物の周りには碌な人がいないから」
「その人に群がって自分達もいい思いをする」
「そうしたいだけの人が集まってね」 
 先生はとても嫌そうに言いました。
「本当にね」
「恐ろしいことになるね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「恥を知らないからね」
「その人も周りにいる人達も」
「ただ自分だけで」
「いい思いをしたいだけで」
「もうね」
 それこそといいうのです。
「他のことは考えない」
「そんな人ばかりだね」
「そうなってね」
「その場所は駄目になるね」
「僕はいつも心の中で思っているよ」
 先生はきっとしたお顔のままさらに言いました。
「恥を恥と思わなくなったら」
「先生いつも言ってるね」
「うん、最も恐ろしい腐敗がはじまるってね」
「そう言っているね」
「平気で嘘を言ってどんな悪いことをしても平気な人が力を持って」
「周りにいい思いをしたいだけの人達が集まったら」
「その場所はね」
 最早というのです。
「最も恐ろしい腐敗の中にね」
「陥るね」
「そうならない為に選挙でもね」
「そんな人が出たら」
「絶対にだよ」
 それこそ何があってもというのです。
「投票をしたらだよ」
「駄目だね」
「王子の国も議会があって」
 先生は王子の国のお話もしました。
「選挙も行われているね」
「男女普通選挙がね」
「それならわかるね」
「うん、民主主義は間違えるとね」 
 王子は先生にそれこそと答えました。
「おかしな人達が出て来てね」
「大変なことになるね」
「そうした怖さもあるね」
「その中そんな怪物もいる」
「そのことも知ってだね」
「選挙で投票しないといけないし」
「僕も傍に置いては駄目だね」
「将来の国王としてね」
「そうしていくよ」
 王子は先生に約束しました、そうしたお話もしながらです。
 先生はこれまでの自分達やおぞましいまでの悪人のことを考えるのでした、そうして学校のご自身の研究室でいつも通り学問に励んでいますと。
「長崎からですか」
「先生に来て欲しいとです」
 大学の職員さんが先生にお話しました。
「お願いが来ています」
「あちらで学会があって」
「そしてです」
「僕にして欲しいことがあるんですね」
「そうです、宜しいでしょうか」
「僕でよければ」
 先生はにこりと笑って答えました。
「及ばずながら」
「お力を貸してくれますか」
「はい」
 大学の職員さんに答えました。
「学会に参加させてもらう傍ら」
「では宜しくお願いします」
「それでは」
 こうして先生は長崎であるお仕事をさせてもらうことになりました、動物の皆は職員さんが研究室を後にしてから思いました。
「何かしら」
「そうね、そのお仕事って」
「一体ね」
「後で詳しいお話があると思うけれど」
「長崎といってもね」
 それでもと言う先生でした。
「色々あるからね」
「歴史のある街でね」
「昔は出島もあって」
「日本と外国の文化の接点で」
「観光地でもあるし」
「面白い街だね」
「そうだよ、だからね」
 それでというのです。
「行くことが楽しみだけれど」
「それでもだね」
「一体どんなお仕事なのか」
「興味があるわ」
「僕達にしてもね」
「そうだね、長崎はね」
 ここで先生はこの街についてこうも言いました。
「蝶々夫人の舞台でもあって原爆も落ちたしね」
「ああ、二次大戦でね」
 ガブガブが悲しそうに応えました。
「そうだったね」
「二次大戦が終わろうっていう時に」
 チーチーもとても悲しそうです。
「落とされたんだね」
「広島もだったけれど」
「悲劇だったね」
 オシツオサレツも項垂れています。
「あの爆弾が使われたことは」
「とてもね」
「戦争は人が死ぬものでも」 
 それでもと言うダブダブでした。
「ああしたことはあって欲しくないわ」
「イギリスもああした兵器持ってるけれど」
「使っては駄目よね」
 チープサイドの家族も思うことでした。
「決して」
「そんなことになって欲しくないよ」
「色々な兵器があるけれど」
 それでもと言うホワイティでした。
「ああしたものは使ったら駄目だね」
「戦争にルールはないっていうけれど」
 トートーはこの言葉を出しはしました、ですがこうも言いました。
「やっていいことと悪いことはあるね」
「広島、長崎はね」   
 ポリネシアも彼女にしては珍しく項垂れています。
「あって欲しくなかったわ」
「長崎に行くなら」
 それならと言うジップでした。
「あのことは割けて通れないかもね」
「そして先生もだね」
 老馬も言いました。
「あのことを見るんだね」
「そうなるよ、日本に来た時から」
 まさにその時からというのです。
「もうね」
「それこそだね」
「広島と長崎は何時か、だったね」
「そう思っていたのね」
「来日した時から」
「そうだよ、戦争は起こってしまっても」
 それでもというのです。
「やっぱり軍人同士で戦うべきだね」
「そうだよね」
「そうあるべきだよね」
「そしてああしたものは使わない」
「持っていてもね」
「抑止力はあるよ」 
 先生はこのことは認めました。
「戦争を起こさない為にね」
「最初からだね」
「戦争にならない為に」
「敵が攻めても勝てないと思えるだけの力を持つ」
「そうしたことも必要よね」
「そう、けれどね」
 それでもというのです。
「使うべきじゃないものだってあるよ」
「兵器の中にはね」
「どうしてもそうしたものもあるね」
「世の中には」
「そうだね」
「核兵器、原子爆弾だね」
 先生はこの兵器の名前をここで出しました。
「広島、そして長崎で使われたのは」
「そうだったね」
「原子爆弾が使われてね」
「その結果だったね」
「あれだけの犠牲者が出て」
「二つの街が破壊されたね」
「たった一発の爆弾でね」
 その原子爆弾でというのです。
「本当にね」
「広島は火の海になって」
「黒い雨も降ったね」
「長崎もそうなったわ」
「恐ろしいことになったよ」
「長崎には原子爆弾が使われた過去もあるんだ」
 このこともというのです。
「だから行くことは楽しみだけれど」
「戦争のことも考える」
「原子爆弾のことも」
「そうでもあるね」
「そうした意味でも色々ある街だね」
「そうだよ、惨劇もあった」
 そうだったというのです。
「長崎はそうした街でもあるんだ」
「そうだね」
「僕達も一緒に観るよ」
「長崎に行ってね」
「原子爆弾のこともね」
「そうしてくれると嬉しいよ、そしてさっき蝶々夫人のお話もしたけれど」
 先生は皆にあらためてお話しました。
「あの歌劇は名作だね」
「そうだよね」
「プッチーニさんの名作中の名作だね」
「物凄く素晴らしい歌劇よ」
「僕達も歌劇を上演したことがあるけれど」
「あの作品は本当に素晴らしいよ」
「何と言っても」
「あの作品をはじめて観た時は」
 先生はその時のことを思い出しつつお話しました。
「どれだけ感動したか」
「そうそう、イギリスで観て」
「先生感動していたね」
「あまりにも素晴らしい作品だから」
「先生思わず涙を流していたね」
「最後まで観て」
「実はプッチーニさんは来日したことはないんだ」
 この作品を作曲したこの人はというのです。
「全くね」
「ああ、昔はね」
「飛行機はなくて」
「船の行き来も今よりずっと大変で」
「そうであってね」
「旅行も一苦労で」
「八十日間でね」 
 それだけの日時でというのです。
「世界一周出来たらね」
「凄かったね」
「実際に出来るかどうか賭けをしたお話もあったね」
「それで達成出来た」
「凄く面白いお話だったね」
「そうした時代でね」 
 そうであってというのです。
「今だとプッチーニさんが生まれて暮らしたイタリアから日本まで飛行機で半日位で行くことが出来ても」
「それでもだよね」
「あの頃はそんなすぐに行けなくて」
「プッチーニさんもだね」
「あの人もだね」
「日本に行ったことはなかったよ」
 そうだったというのです。
「実はね」
「そうだったね」
「あの人もね」
「思えば僕達も昔は旅行大変だったし」
「イギリスから他の国に行き来するにも」
「そうだったね、蝸牛の中に入って」
 先生はその時のことも思い出してお話しました。
「イギリスまで戻ったことがあったね」
「時間をかけてね」
「トミーと一緒だったね」
「あの時の冒険も楽しかったね」
「本当に」
「そうだったね、今じゃ船もね」
 こちらもというのです。
「ディーゼルで動いてね」
「速いよね」
「原子力のものもあるし」
「昔の船とは比べものにならない速さで進むから」
「行き来も楽だね」
「そうなったよ、僕達も昔みたいな大航海は」
 時間をかけたそれはというのです。
「することはなくなったよ」
「そうだね」
「そうなったね」
「今はね」
「すっかりね」
「時代が変わってね」
 そうしてというのです。
「文明も進歩したからね」
「八十日どころかね」
「世界旅行もあっという間に出来るし」
「船でもね」
「そうなったしね」
「今プッチーニさんがいたら」
 それならというのです。
「きっと来日していたよ」
「そうだね」
「そして現地を観ていたね」
「蝶々夫人の舞台を」
「長崎を」
「うん、長崎はね」
 この街はというのです。
「蝶々夫人の舞台でもあるからね」
「あの世界的な名作の」
「そうでもあるからね」
「とてもいいね」
「そう思うよ、あの作品の結末は悲しいけれど」
「とてもね」
「凄く悲しい結末よね」
「蝶々さん可哀想よ」
「とてもね」
「そうだけれどね」 
 それでもというのです。
「音楽もあらすじもキャラクターもね」
「素敵よね」
「不思議な位に奇麗な」
「そうした作品よね」
「蝶々さんは最高の女性だとね」
 その様にというのです。
「僕は思う時があるしね」
「そうなんだよね」
「蝶々さん素敵よ」
「大和撫子って言葉があるけれど」
「まさにそれでね」
「芯も強くてね」
「うん、蝶々さんは今でもね」 
 それこそというのです。
「あの街にいるよ」
「その心がね」
「きっとね」
「そうだよね」
「だからね」
 蝶々さんの心が長崎にあるからだというのです。
「長崎に行ったら」
「蝶々さんのことも想うね」
「そうするね」
「先生は」
「そうするよ」
 絶対にというのです。
「原爆のことも観て」
「蝶々さんのことも想って」
「そうしてだね」
「出島や外国との接点の歴史も観て」
「学会もだね」
「出るよ」
 こう言うのでした。
「ちゃんとね」
「そうするね」
「じゃあ僕達も行くし」
「長崎でも色々なことを学ぼう」
「そうしよう」
「是非ね。ただ僕は核兵器は使用しないならね」
 それならというのです。
「抑止力になるから」
「いいんだね」
「存在自体は」
「使ったらとんでもないことになるけれど」
「それでもだね」
「あってもいいんだね」
「原子力の利用もいいと思うよ」
 こちらもというのです。
「かなりのエネルギーだからね」
「危ないと言われていても」
「かなりのエネルギーだから」
「それでだね」
「うん、いいと思うから」
 だからだというのです。
「僕はその主張をしているよ」
「原子力はあっていい」
「利用すべき」
「そう言うんだね」
「うん、安全に使用することだよ」
 原子力はというのです。
「そうすれば人類の発展に大きな貢献をするよ」
「人類の発展の為」
「そして進歩の為だね」
「そうすることだね」
「まさに」
「大事はことはね」 
 先生は皆に言いました、そうして長崎に行く準備に入るのでした。先生は今度はそちらに行くのでした。








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