『ドリトル先生と奇麗な薔薇達』




                第五幕  薔薇の騎士

 王子は先生の研究室に来て次の論文のことを聞いてしみじみとしたお顔になって先生に言いました。
「流石先生だね」
「流石なんだ」
「うん、あらゆる学問が好きで」
 そうであってというのです。
「芸術の論文も書けるからね」
「歌劇のだね」
「学問は何でも好きだね」
「文系も理系も出ね」 
 先生は王子と一緒にお茶を飲みつつ応えました、いつも通り動物の皆も一緒で飲んでいるのは今は中国のプーアール茶です。
「好きでね」
「芸術もだね」
「うん、ただね」
 ここでこうも言った先生でした。
「僕の学問は源流があるよ」
「そうだよね」
「本職はお医者さんでね」
「医学を学んでね」
「医学博士になって」 
 そうしてというのです。
「最初の博士号はね」
「医学博士だったね」
「それから色々な学問の博士号を取ったよ」
「そうだったね」
「論文を書いてね」
 そうしてというのです。
「そうなったよ、けれど源流はね」
「医学じゃないね」
「神学だよ」
 この学問だというのです。
「僕の学問の源流はね」
「そうだね」
「欧州の学問の源流は」
 それは何かといいますと。
「何と言ってもね」
「神学だからね」
「まず神学があって」
 この学問がというのです。
「そこからだよ」
「哲学、法学、文学とね」
「なっていってね、本当にね」
「まず神学だね」
「だから僕もね」
 先生もというのです。
「まずはね」
「神学を学んだね」
「そしてね」
 そのうえでというのです。
「神学からね」
「色々な学問を学んでいるね」
「語学もね」
 こちらもというのです。
「まずはラテン語を学ばせてもらったけれど」
「ラテン語って教会で使われてるからね」
「ローマ帝国で使われていてね」
「欧州の言語の源流だよね」
「だからラテン語を覚えたら」
 そうしたらというのです。
「かなりね」
「欧州の言語は強くなるね」
「そうだよ、ヒンズー語もね」
「インドは元々アーリア民族でね」
「ドイツと近いからね」
 そうであってというのです。
「語学もね」
「そうした感じで学べるね」
「それに僕はインドに行ったこともあって」
「インドはイギリスの植民地だったしね」
「そのことで縁もあって」
「インドの言語には慣れているね」
「そうだよ、そして中国語は文法が同じだから」
 この国の言語はというのです。
「漢字を覚えたらね」
「後は楽だね」
「そして漢字は表意文字だから」
「その言葉の意味を考えると覚えやすいね」
「そうなんだ、むしろね」
 ここで苦笑いになって言う先生でした。
「日本語はね」
「特異だよね」
「文字は三つあるし文法もね」
「独特でね」
「こんなに複雑な言語はないから」
 それでというのです。
「僕も苦労しているよ」
「今もだね」
「学ぶにあたってね」
「日本語はそうだね」
「けれど本当にラテン語を覚えたら」
 教会即ち神学で使われているこの言語をというのです。
「かなりね」
「楽だね」
「そうだよ」
「そういうことだね」
「本当にね」
 さらに言う先生でした。
「神学は欧州の学問の源流だよ」
「その源流をしっかり学んでいるから」
「僕はあらゆる学問を学べているんだ」
「そうだね」
「それで今も学んでいて」
「芸術もだね」
「芸術、音楽も舞台も絵画もね」 
 そうしたもの全てがというのです。
「神に捧げるものだから」
「やっぱり神学が源流だね」
「そうなんだ、つまり僕の学問は」
「神について学ぶことだね」
「医学も然りだよ」
「本当にあらゆるものが神学からはじまるね」
「欧州の学問はね。薔薇の騎士はリヒャルト=シュトラウスの作品だけれど」
 この人が作曲したのです。
「この人も聖書からの作品を作っているしね」
「サロメだよね」
「オスカー=ワイルドの作品を元にしているけれど」
「サロメは聖書に出て来るからね」
「だからね」
「あの人も神に関わる作品を作っているね」
「欧州を語るには」
 そうするにはといいますと。
「やっぱりね」
「まずキリスト教があるね」
「そうだよ、だから僕の学問は何でもじゃなくて」
「一つだね」
「神について学んでいるんだ」 
 そうだというのです。
「そうしているんだ」
「そうなるね」
「そう、本当にね」
 それこそというのです。
「神学なくしてね」
「先生の学問はないね」
「うん、それで次の論文は薔薇の騎士だけれど」
 あらためて作品のお話をしました。
「素晴らしい作品だよ」
「リヒャルト=シュトラウスの代表作だね」
「貴族社会の優雅さと美麗さとね」
「恋愛の素晴らしさと切なさがあるね」
「誰も死なないけれど」
 そうした作品でもというのです。
「常に何かが死んでいく」
「そうした作品だね」
「女性の声が強い作品でね」
「その声を楽しむ作品でもあるね」
「そうなんだ、楽しんで悲しんで考えさせられて」
 そうなってというのです。
「とても素晴らしい作品だよ」
「僕達も観たけれど」
 老馬が言ってきました。
「先生と一緒にね」
「先生と一緒に沢山の歌劇を観てきたわ」
 ポリネシアも言います。
「けれどその中でもね」
「薔薇の騎士は素晴らしかったよ」
「忘れられない作品の一つだよ」
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「本当にね」
「リリャルト=シュトラウスの代表作の一つだけあるよ」
「先生の言う通り優雅で美麗で」
「素晴らしくて悲しいのよね」
 チープサイドの家族が観てもです。
「あの作品は」
「とても奇麗だけれどね」
「音楽も奇麗なんだよね」
 食いしん坊のダブダブが聴いてもです。
「常にね」
「はじまりから最後まで音楽は奇麗で」
 そしてと言うトートーでした。
「舞台もそうなんだよね」
「奇麗な中に悲しさがあって」
 ジップの言葉もしみじみとしているものです。
「観ていてつい登場人物に感情移入してしまうよね」
「特に元帥夫人にね」
 ガブガブはこの登場人物のお話をしました。
「そうなるわね」
「大人の女性で余裕があってとても上品だけれど」
 チーチーも元帥についてお話します。
「切ない人なんだよね」
「うん、その切なさもね」
 先生も言いました。
「あの人の魅力だね」
「全くだね」
「勿論他の登場人物も魅力的だよ」
「とてもね」
「悪役だってね」
「そうだね、実は僕はこの作品の色について今考えているんだ」
 先生は皆にお話しました。
「舞台のね」
「あの作品の色なんだ」
「僕達が観たのだと白かな」
「銀色もあって」
「黄色や銀色もある」
「そんな舞台だったね」
「この作品はどうしてもね」
 先生はお茶を飲みつつお話しました。
「白や銀が強くなるんだよね」
「登場人物の衣装や背景が」
「舞台のカーテンや柱だってね」
「当時のウィーンの貴族のお屋敷だけれど」
「白か銀色が強いのね」
「それは何故かというと」
 そうした色になっている根拠はといいますと。
「薔薇に理由があるね」
「薔薇の騎士だけあってね」
「薔薇に理由があるんだね」
「そうした色になるのは」
「そうだよ、あの作品独自の設定で」 
 それでというのです、
「結婚する相手に求愛の使者を送るけれど」
「その使者が薔薇を持っていてね」
「それで求愛を伝えるんだよね」
「そしてその薔薇が何か」
「銀の造花なんだよね」
「薔薇のね」
「そう、だからね」 
 先生はさらにお話しました。
「あの作品の色はね」
「白や銀だね」
「舞台全体がそうなるんだね」
「あの薔薇が銀の薔薇だから」
「そうだから」
「それに音楽もね」
 こちらもというのです。
「そうした感じだね」
「色にすると白か銀」
「それが強いなんだね」
「確かにそうした音楽かな」
「あの作品の音楽は」
「そうだね、そして」
 先生はさらにお話しました。
「舞台もそうした色なのかな」
「確かハプスブルク家の色は金色だね」
 王子が言ってきました。
「そうだね」
「うん、そうだよ」 
 先生は王子にその通りだと答えました。
「かつてのオーストリア=ハンガリー帝国の旗に黄色が入っていたけれど」
「あれは金色だね」
「ハプスブルク家の色だよ」
「ハプスブルグ家が皇帝だから」
「国旗にもその色が入っていたんだ」
「そうだったね」
「けれどあの作品はね」
 薔薇の騎士はというのです。
「銀の薔薇だから」
「音楽もそうだから」
「それでね」
 その為にというのです。
「ハプスブルク家の都ウィーンが舞台でも」
「白や銀色が強いんだね」
「そして赤や黒や緑といった色はね」
「ああ、あの作品のイメージにはね」
「合わないね」
「僕もね」
 王子も確かにと頷きました。
「そう感じるよ」
「そうだね」
「あの作品は色がはっきりしているね」
「歌劇の作品は多いけれど」
「薔薇の騎士は特にだね」
「色が強くて」
 それでというのです。
「その色がね」
「白や銀色なんだ」
「そのことを論文で書いていこうとね」
「考えているんだ」
「うん、あと王子はウィーンに行ったことはあるかな」
「あるよ」
 王子はすぐに答えました。
「音楽の都でスイーツがいいよね」
「そうだね」
「そしてハプスブルグ家の宮殿もあって」
「シェーンブルン宮殿だね」
「歌劇場もあってね」
「あそこで多くの作品が上演されているね」
「舞踏会も開かれたりしてね」
 先生に笑顔でお話しました。
「素敵な街だね」
「僕もそう思うよ」
「日本にはないね」 
「欧州の趣があるね」
「音楽にスイーツに」
「薔薇の騎士にある貴族の趣もあるね」
「しっかりとね、ただ冬はかなり寒いらしいね」
 王子はこのお話もしました。
「ウィーンは」
「うん、ロンドンも寒いけれどね」
「ウイーンもだね」
「寒いよ、だから日本の感じで冬のウィーンに行くと」
「寒くて仕方ないね」
「僕もすっかり日本に馴染んだから」
 そうなったからというのです。
「冬のウィーンにはね」
「用心して行かないとね」
「寒くて仕方ないよ」
「そうだね」
「日本はね」
 この国はといいますと。
「やっぱりいい気候だよ」
「過ごしやすいね」
「だから植物もよく育って」
「お花もだね」
「そして薔薇もね」
「よく育つね」
「有り難いことにね」
 こうお話します、そしてです。
 先生はお茶を飲んでからです、あらためて言いました。
「お花がよく育ってしかも沢山の種類があることも日本のいいことだけれど」
「何かあるんだ」
「そうした国でも」
「何か音大があるんだ」
「そうなの?」
「和歌でお花を詠うね」
 そうするというのです。
「そうだね、けれど薔薇の和歌はね」
「あっ、ないね」
「アニメではあっても」
「ベルサイユの薔薇が」
「そうだけれど」
「それでも和歌になると」
 皆にお話します。
「ないね」
「何かそんな感じじゃないね」
「和歌に薔薇って」
「和歌では色々なお花が謡われるけれど」
「それでもね」
「薔薇は心当たりがないよ」
 先生としてはです。
「勿論俳句でもないよ」
「何か着物着て薔薇を観るってね」
「平安時代の歌人にしても」
「合わないね」
「絵柄的に」
「そうだね、僕もね」
 また言う先生でした。
「どうにもだよ」
「連想出来ないね」
「今は日本のあちこちに薔薇があるけれど」
「それでもね」
「薔薇は和歌や俳句には合わないね」
「着物にも」
「そして日本人第一のお花は」
 それが何かといいますと。
「桜だね」
「そうだよね」
「何と言ってもね」
「日本と言えば桜」
「そんな感じだよ」
「桜と薔薇どちらを選ぶかといったら」
 そうなると、というのです。
「日本人だとね」
「まあ桜だね」
「多くの人が桜選ぶわね」
「日本人だと」
「薔薇とどちらかというと」
「そこまで桜は強いよ」
 日本ではです。
「もう桜を観ないとね」
「春じゃない」
「お花見っていうと桜だし」
「他のお花も愛されているけれど」
「絶対に桜の方が上だしね」
「日本はね」
「薔薇も人気があるけれど」
 日本ではです。
「けれどね」
「やっぱりね」
「桜には負けるね」
「日本人の中で桜の存在は大きいから」
「まさに日本そのもので」
「日本のお花よ」
「僕もね」
 先生ご自身もというのです。
「日本に来て国籍も日本になって」
「物凄く日本に親しんで」
「日本が心から好きになってね」
「お花もだよね」
「日本のものになったね」
「そうなったからね」
 だからだというのです。
「薔薇は好きなままだけれど」
「桜も好きになってきたね」
「それもかなり」
「そうだね」
「そうなっているよ」
 実際にというのです。
「桜もね」
「もう日本にいたらね」
「それこそだよね」
「春になるといつも桜見て」
「意識するしね」
「桜のない春はね」
 それはといいますと。
「日本ではね」
「考えられないよね」
「とても」
「それこそね」
「うん、僕もね」
 先生もそれこそと言います。
「桜がないとね」
「春じゃないよね」
「新年度って感じがしないよね」
「どうしても」
「そうだよね」
「そうなっているよ、イギリスにいる時は」 
 その時のことを思い出してお話しました。
「日本にいる今程はね」
「桜意識しなかったよね」
「見て奇麗だって思う位で」
「桜がないと、とはならなかったね」
「欠かせないとは」
「そうだよ、とてもだよ」
 それこそというのだ。
「思わなかったよ」
「日本はもう桜だからね」
「お花といえば何といっても」
「それこそね」
「特に春は」
「春先に咲いて」
 そしてというのだ。
「あっという間に散るね」
「そうなんだよね、桜って」
「咲きはじめて満開になって」
「そこから散る」
「儚いけれど奇麗に」
「淡い桃色の花びらがね」
「そうだね、少しだけね」
 ほんのというのです。
「咲くのがね」
「桜だよね」
「奇麗だけれどね」
「長く咲いてくれないね」
「そこが残念といえば残念だね」
「けれどね」
 それでもというのでした。
「桜はそうであるからこそいいね」
「そうだね」
「少しの間だけ咲き誇る」
「そして潔く散る」
「それからまた次の年に咲く」
「そうしたお花だからね」
「それ故にいいんだ、それでね」
 先生はさらに言いました。
「僕も日本に来て日本人になって」
「それでだよね」
「桜が大好きになったね」
「第一のお花に思える様になったね」
「そうなったね」
「そうなったよ」
 まさにというのです。
「僕もね、薔薇も大好きでね」
「桜もだよね」
「あのお花も大好きだよね」
「先生は」
「もっと言えばお花は全て好きだけれど」
 それと共にというのです。
「薔薇それに桜はね」
「特にだね」
「先生お好きだね」
「この二つのお花が」
「そうだよ、そしてね」 
 それにというのです。
「これから薔薇の歌劇について学んでいくよ」
「薔薇の騎士を」
「そうするね」
「これから」
「うん、そうするよ」
 こう言ってでした。
 先生は本を読みはじめました、そして学問に励みました。その後で先生は日笠さんが研究室に来た時にこんなことを言われました。
「実は相談を受けていまして」
「相談ですか」
「はい、ドイツからこちらに来て働いている人がです」
 動物園でというのです。
「この度結婚されまして」
「それはいいことですね」
「それで結婚される方に指輪と」
 結婚指輪と、というのです。
「もう一つプレゼントしたいと言われていまして」
「そうなのですね」
「それで、です」
 先生にさらにお話します。
「何がいいかと相談されまして」
「僕にですね」
「そうです、私もお話を聞いてどうしたものかと」
 その様にというのです。
「なっていまして」
「僕のところに来られたのですね」
「今すぐのお話ではないですが」
 それでもというのです。
「これからです」
「僕にもですね」
「相談に乗って欲しいですか」
「その様にです」
 まさにというのです。
「お願い出来ますか」
「僕でよければ」
 微笑んで、です。先生は日笠さんに答えました。
「何時でもお話して下さい」
「それでは」
「その人とです」
 ドイツから来た人と、というのです。
「相手の方のこともお聞きして」
「どういった方々か」
「はい」
 そしてというのです。
「考えさせて下さい」
「それでは」
 日笠さんは先生が相談に乗ってくれると聞いて笑顔になりました、そしてその結婚する人達のことを聞きました。
「ドイツの人とだね」
「そう、オーストリアの人だね」 
「男の人がドイツの人でね」
「女の人がオーストリアの人」
「その人達が日本で巡り合って結婚する」
「面白いね」
「面白い縁ね」
「そうだね、この学園は世界中から人が集まるから」
 それでと言う先生でした。
「こうしたこともあるね」
「そうだね」
「しかも男の人は動物園勤務の生物学者」
「女の人は植物園勤務の植物学者」
「生物学と植物学の巡り合いもいいわね」
「面白いね」
「そうだよね、人生は不思議な巡り合いに満ちていて」
 先生は皆に笑顔でお話しました。
「人によってとはね」
「思えないよね」
「神様の導きによるものとしかね」
「そんな出会いに満ちているね」
「運命としかね」
 その様にというのです。
「思えない様な出会いがどれだけあるか」
「どうしてここでこの人と出会ったか」
「不思議で仕方ない様な出会いがね」
「本当に多いよね」
「人生は」
「全くだね、だからね」
 それでというのです。
「僕はこうしたことからもね」
「神様を信じるよね」
「神様はいるってね」
「その様にね」
「思うよ」
 まさにというのです。
「僕はね」
「やっぱり神様はいるよ」
「間違いなくね」
「それは事実だよね」
「そうだよ、神様はね」
 まさにというのです。
「確実にね」
「この世にいるね」
「間違いなく」
「そうだよね」
「理屈ではとても説明出来ない出会いがね」
 それがというのです。
「世の中にはね」
「満ちているよね」
「その人達もだし」
「神様はいるよ」
「この世にね」
「偶然と思っていても」
 人と人の出会いはというのです。
「それはね」
「違うね」
「そうだよね」
「神様がそうさせているよ」
「そんな不思議な出会いがどれだけあるか」
「この世にね、そう考えて」
 そうしてというのです。
「生きていかないとね」
「全くだね」
「それでその人達の出会いを祝福しよう」
「そして日笠さんが来られたら」
「一緒に考えていこうね」
「どんなプレゼントがいいかね」
「そうしようね、そしてドイツとオーストリアなら」
 先生は結婚するお二人の国籍のお話もしました。
「言葉の問題はないね」
「どっちもドイツ語だからね」
 こう言ったのはトートーでした。
「そうだよね」
「そうそう、どちらの国もドイツ語だよ」
 ジップもまさにと言います。
「同じ民族だしね」
「どんな人達か詳しく知らないけれど」 
 それでもと言うホワイティでした。
「言葉の問題はないね」
「だからドイツとオーストリアの行き来って楽なんだよね」
 こう言ったのはチーチーでした。
「同じドイツ語だからね」
「やっぱりそれぞれの国の違いはあるけれどね」
 ガブガブは考えるお顔で言いました。
「何かと共通点のある二国ね」
「むしろイギリスよりその違いないかな」
「イギリスって四国の違いかなりあるのよね」
 チープサイドの家族は自分達の故郷のお話をしました。
「イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドで」
「その違いよりもないかな」
「しかも生物学と植物学って」
 ダブダブはお二人のお仕事のお話をしました。
「この組み合わせも面白いね」
「しかも日本で巡り合うなんて」
 それはと言うチーチーでした。
「やっぱり不思議だよ」
「是非幸せになって欲しいわ」
 ポリネシアは心から思いました。
「末永くね」
「神様のお導きの出会いだし」
 それでと言う老馬でした。
「是非共だね」
「お幸せに」
「まずはこの言葉でね」
 オシツオサレツもお二人を祝福して言います。
「そして末永く」
「そう言いたいね」
「そうだね、そしてね」
 先生は皆に言いました。
「僕達はこれからね」
「お二人が幸せになる為に」
「男の人が何をプレゼントしたらいいか」
「そのことを考えることだね」
「これから」
「そうだよ、そしてね」
 それでと言う先生でした。
「一つ思うことはね」
「何かな」
「一体」
「それは」
「いや、ドイツとオーストリアは確かに同じドイツ語でね」
 使われている言語はというのです。
「同じ民族だね」
「ゲルマンだよね」
「そうよね」
「だから意志の疎通も用意だね」
「けれど一つ重要な違いがあるね」
 皆に言いました。
「今僕達は神様のお話をしたけれど」
「あっ、そうだね」
「カトリックとプロテスタント」
「その違いがあるね」
「ドイツとオーストリアは」
「ドイツは北部がプロテスタントの人が多くて」
 そうしてというのです。
「南部はカトリックの人が多くて」
「オーストリアもだよね」
「カトリックの人が多くて」
「そうだよね」
「その違いがあるね」
「ドイツとオーストリアは」
「どうかのかな」 
 先生は考えるお顔で言いました。
「お二人は」
「言われてみるとね」
「その違いがあるね」
「日本ではどっちも同じキリスト教で」
「違いは意識されないけれど」
「これが違うからね」
「そう、全くと言っていい位ね」
 そこまでというのです。
「違うね」
「そうだよね」
「カトリックとプロテスタントは」
「また違うよね」
「どちらの宗派も」
「これがね」
「例えば僕達は国教会で」
 イギリス国教会でというのです。
「結婚相手もね」
「同じだよね」
「同じ国教会でないとね」
「昔は絶対に駄目で」
「今も意識されるね」
「そして欧州全体がそうなんだよね」
「アメリカでもそうしたお話があるし」
「そう、アメリカでもね」 
 この国でもというのです。
「宗派の違いで結婚出来ないってね」
「あったしね」
「今もあるね」
「その辺り日本では意識されないけれど」
「然程ね」
「ジェームス=ディーンさんもね」
 この伝説の映画スターもというのです。
「好きな人と別れたのは」
「ああ、宗派の違いだね」
「それでなんだ」
「そういえばあの人心から好きな人がいたそうだね」
「それでも別れたっていうけれど」
「この人もだよ」
 ジェームス=ディーンさんもというのです。
「それで別れざるを得なかったそうだから」
「あの人はね」
「若くして亡くなったけれど」
「不幸な交通事故で」
「そうしたお話もあったんだね」
「あの人にも」
「日本のいいところの一つは宗派の違いでね」 
 それでというのです。
「結婚を反対されることがほぼないことだよ」
「そうだね」
「宗教的な寛容さもいいところよ」
「日本は」
「神仏を共に敬う」
「そうしたものだけれど」
「それでも他の国特に欧州は違うから」
 この地域はというのです。
「今もね」
「やっぱりね」
「宗派の違いがあるね」
「どうしても」
「特にカトリックとプロテスタント」
「その違いがあるね」
「前にハプスブルク家のことをお話したけれど」
 薔薇の騎士そしてマリー=アントワネットさんのことからです。
「この家はカトリックだったね」
「神聖ローマ帝国はカトリックの国で」
「その皇室のハプスブルク家もそうね」
「カトリックの守護者だったね」
「あの国は」
「そうだよ、だからね」
 それでというのです。
「オーストリアもね」
「カトリックの国だね」
「あの宗派の人が殆どだね」
「じゃあ女の人はカトリックかな」
「男の人はドイツの人だから」
「プロテスタントかもね」
「その辺り聞こうかな」
 先生は考えるお顔で言いました。
「ここは」
「それがいいね」
「日笠さんに聞いてみよう」
「このこと大事だからね」
「宗派の違いは」
「そうしよう」
 こう言ってでした。
 先生は実際に日笠さんにお二人のそれぞれの宗派を尋ねました、すると次の日日笠さんがおお昼前に研究室に来てお話してくれました。
「今日お聞きしたんですが」
「そうですか」
「お二人共カトリックです」
「そうなのですね」
「実は宗派まではです」 
 日笠さんはしまったというお顔になってお話しました。
「私もです」
「確認されていませんでしたか」
「はい」 
 そうだったというのです。
「これが」
「そうでしたか」
「意識していませんでした」
 日笠さんは正直に告白しました。
「宗派までは」
「ドイツとオーストリアというだけで」
「同じ言語で民族なので」
「意志の疎通が容易だとですね」
「思って」
 そうしてというのです。
「終わっていました、ですが欧州では」
「はい、これがです」
 先生は確かなお顔で答えました。
「かなりです」
「宗派の違いで戦争も起こっていますし」
「ドイツやオーストリアでもですね」
「当時は両国共同じ国で」
「神聖ローマ帝国で」
「それで、でしたね」
「三十年戦争も起こりました」
 この戦争がというのです。
「宗派の違い、皇帝と諸侯それに他国との対立があり」
「とんでもない戦争になりましたね」
「フランスでもありましたし」
 この国でもというのです。
「ユグノー戦争が」
「こちらも大変な戦争でしたね」
「イギリスでも」
 先生は故郷のお話もしました。
「カトリックとプロテスタントの対立で」
「何かとありましたね」
「今も何かとあります」
 イギリスでもというのです。
「まことに」
「欧州は宗派の違いが大きいですね」
「まことに、それでです」
「この度ですね」
「宗派の違いが気になりまして」
 それでというのです。
「お聞きした次第です」
「欧州ではですね」
「何かとです」
「宗派の違いが問題になりますね」
「戦争になるまでに」 
 そこまでにというのです。
「重要です、ですが同じ宗派なら」
「カトリックの人同士ならですね」
「全くです」
 それこそというのです。
「問題ありません」
「それは何よりですね」
「そして」
 先生はさらにお話しました。
「プレゼントは」
「まだお考え中です」
「そうなのですね」
「どうもじっくりとです」
「お考えですか」
「はい、ですがお二人共裕福なお家で」
 そうであってというのです。
「お金はです」
「困っていないですね」
「はい」
 そうだというのです。
「ですから」
「プレゼントもですね」
「問題なくです」
 金銭的なそれはというのです。
「贈れます」
「それは何よりですね」
「はい、ですが」
 ここで日笠さんは先生にこうも言いました。
「問題がありまして。ドイツだけではないですが」
「ああ、経済的にですね」
「確かにお二人はそれぞれ裕福なお家ですが」
「余裕は、ですね」
「あるとはです」
 その様にはというのです。
「言えないのです」
「そうですね」
「経済的に」
「ドイツも大変ですね」
「そしてオーストリアもです」
「欧州全体に余裕がないですね」
「そうですから」
 そうした状況だからだというのです。
「その人もご自身の収入だけで」
「プレゼントをされますね」
「そうお考えです」
「ご実家の助は借りないのですね」
「そう言われています」
「そうですか」
「日本も大変ですが」
 それでもというのです。
「まだ、ですね」
「ドイツよりは余裕がありますね」
 先生も言います。
「まだ」
「そうですね」
「物価が高くなってです」
「苦しいですね」
「そうした状況ですが」
 日本もです。
「まだです」
「ドイツそして欧州よりは余裕がありますね」
「ドイツは経済規模が世界三位になったといいますが」
 その日本を抜いてです。
「しかしです」
「それでもですね」
「その実情はです」
「日本より大変ですね」
「遥かに。僕は経済学も学ばせてもらっていますが」
 先生はこちらの学問も学んでいます。
「そこからわかります」
「今のドイツの状況は」
「かなりです」
 日本以上にです。
「苦しいです」
「そのことをです」
「その人もですね」
「考慮されて」
 そうしてというのです。
「ご自身で」
「そのこともわかりました、それでお二人のお名前は」
「はい、男の方はフリードリヒ=エンベルグさんといいまして」
 まずは男の人からお話します。
「女の方はハンナ=ブラウシュタインさんといいます」
「それがお二人のお名前ですね」
「そうです」
 日笠さんは笑顔で答えました。
「宜しくお願いします」
「それでお二人とお会いさせて頂いても宜しいでしょうか」
「どうぞお願いします」 
 日笠さんはにこりと笑って答えました、こうしてです。 
 先生はお二人にお会いすることになりました、先生はお二人とお会いする時が来ることを楽しみにする様になりました。








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