『ドリトル先生のダイヤモンド婚式』




               第八幕  増えたプレゼントを見て

 お静さんは先生のお家で先生がご夫婦に置き時計とは別のプレゼントとして買った中国の扇子を見ました。
 そうしてです、こう先生に言いました。
「実物見たらね」
「どう思ったのかな」
「お話を聞いてもいいと思ったけれど」
 それでもというのです。
「それが確信になったわ」
「そうなんだ」
「ええ、本当にね」 
 まさにというのです。
「これも喜んでもらえるわ」
「それは何よりだよ」
「先生ってプレゼントの才能あるわ」 
 お静さんはこうも言いました。
「それもかなりね」
「そうなんだ」
「ええ、だからね」
 それでというのです。
「女の人にもね」
「プレゼントをかな」
「したらいいわ」
「ははは、僕に女性へのプレゼントなんてね」
「あら、日笠さんにしたんでしょ」
「桂花陳酒のことかな」
「それまでにもね」
 先生は日笠さんにプレゼントをしていることを知っていて言うのでした。
「そうだったわよね」
「それはそうだけれど」
「日笠さんいつも喜んでくれてるでしょ」
「有り難いことにね」
「だったらね」
 それならというのです。
「間違いないわ」
「僕にはプレゼントのセンスがあるんだ」
「それを贈るね」 
「そうなんだね」
「だからね」
 お静さんは先生に笑ってお話しました。
「日笠さんにはこれからもね」
「プレゼントをしていいんだね」
「そうすべきよ」
「そうだね、生きものの皆にもトミーにも王子にもね」 
 ここで先生はこんなことを言いました。
「これからもね」
「家族やお友達としてかしら」
「そして日笠さんもね」
 今お話しているこの人についてもというのです。
「大切なお友達の一人だから」
「あら、そう言うのね」
「?何かあるかな」
「あるから言ってるのよ」
 これがお静さんの返事でした。
「私もね」
「そうなんだ」
「そうよ、先生はもっと日笠さんを見るべきよ」
 絶対にというのです。
「そうしたらわかるわ」
「何がかな」
「私も皆もいつも言ってることがね」
 それがというのです。
「わかるわ」
「そうなんだ」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「先生は日笠さんを見てね」
「あと自分自身もだよ」
「全く、先生は自己評価が低いから」
「すぐに女性に縁がないって言うから」
「恋愛とはってね」
「そこがね」
「どうかってなるよ、僕達も」 
 ここで生きものの皆も言いました。
「全く以てね」
「笑ってそう言ってね」
「女性から愛情を受けることはないって言うから」
「その代わり友情は受けるからいいってね」
「確かに友情は受けてるけれど」
「愛情はないってね」
「この外見で性格も目立たないしね」
 先生は笑って言いました。
「しかも運動神経ゼロなんだよ」
「それじゃあもてないって言うのよね」
「太っていて鈍くて前に出ない」
「そうした人だからだって」
「先生は自分でそう言って」
「それで目立たないって言うのよね」
「そうだよ」
 実際にというのです。
「僕はね」
「だから違うんだけれどね」
「先生はね」
「もてないんじゃないよ」
「実はもてるって思わないのかな」
「私も同じ意見よ」
 皆と、とです。お静さんはまた先生に言いました。
「大事なのは性格でしょ」
「その通りだよ」
 先生も答えます。
「まさにね」
「外見よりもね」
「性格が問題でね」
「それ次第よね、だったらね」
 お静さんは先生のお話をここまで聞いてまた言いました。
「先生は合格よ」
「性格でもなんだ」
「そうよ」
 その通りだというのです。
「本当にね」
「僕は性格でもてるんだ」
「というかもてない筈がないわ」
 先生の性格ならというのです。
「絶対にね」
「そうなんだね」
「だからね」
 それ故にというのです。
「自信を持っていいわよ」
「恋愛についてだね」
「学問は自信があるんじゃなくて楽しんでるわね」
「うん、診察はお仕事の中の義務でね」
「成功させているわね」
「手術もね」
 こちらもというのです。
「そうしているよ、ただ学問は」
「それはよね」
「どんなものもね」 
 分野を問わずというのです。
「好きでよね」
「楽しんでいるよ」
「学問自体をね」
「そうしているよ」
「そうね、先生は自信家じゃないね」
「何でもね」
「学問は楽しんでいて」 
 それでというのです。
「自信とかとは別ね」
「そうだよ」
「そうね、それでスポーツは全く駄目で」
「外見はこうで積極的な性格じゃないから」
「もてないっていうのよね」
「事実学生時代から今までだよ」
 先生の思うところです。
「女性からもてたことはないよ」
「そう言うのね」
「だから恋愛はね」
「無縁なのね」
「僕にとってはね」
「そう言って生涯独身でいるのかしら」
 お静さんはかなり率直に言いました。
「ひょっとして」
「まあそれだけのお金はあるしね」
 先生は微笑んで答えました。
「それに皆がいてくれるし」
「それでなのね」
「だったらね」
「一生なのね」
「暮らしていけるから」
 だからだというのです。
「僕は恋愛そして結婚はね」
「縁がなくて」
「それにこれだけ幸せなのに」
 満足しているお顔での言葉でした。
「これ以上幸せ求めていいのかな」
「幸せに限界はない」
 ポリネシアは言いました。
「先生いつも言ってるでしょ」
「そうそう、人はすぐそこに沢山の幸せがあってね」
 ダブダブも言います。
「それに気付けるかどうかだけだって」
「不満なく感謝の気持ちを持って」
「そうして暮らしていけばいいってね」
 オシツオサレツも言います、その二つの頭で。
「そう言ってるよね」
「いつもね」
「それで幸せは幾らでもあって際限がない」
 ガブガブも言います。
「そう言ってるね」
「それで自分はどうしてそう言うのかな」
 トートーの声はどうしてかというものでした。
「いつもね」
「今で充分幸せだからいいってね」
 ホワイティは先生のそのお言葉を指摘しました。
「そう言うんだよね」
「だから恋愛は結婚はいいってね」
 ジップも先生のお言葉を言います。
「縁もないしって」
「何で先生はそこで求めないのかな」
 チーチーは腕を組んで首を傾げさせました。
「無欲はいいけれどそれが過ぎるよ」
「もっと欲を出していこう」
 老馬は言葉で先生の背中を押しました。
「そうしていこう」
「それが一番だよ」
「私達がついているのよ」
 チープサイドの家族は皆で先生を見て言います。
「何でも任せて」
「先生の為なら何だってするよ」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
 これが先生の皆への返事でした。
「それだけをね」
「やっぱり縁がないんだね」
「恋愛については」
「そして結婚も」
「やっぱりそう言うのね」
「だからね」 
 その為にというのです。
「本当にね」
「やれやれだよ」
「全く以てね」
「そこでいつも無欲なんだから」
「無欲さが出るから」
「無欲も先生の美徳だけれど」
 それでもというのです。
「それでもだよ」
「そこでいつも前に出ない」
「人のことなら進んで協力してくれるのに」
「それで助けるのに」
「それでどうしてなのか」
「自分のことはね」
 これがというのです。
「こうなのかな」
「前に出なくてね」
「最初からないって諦めてる」
「これがもどかしいよ」
「私達がいるだけで満足だって」
「そういう問題じゃないんだけれどね」
「全く以てそうね」
 お静さんもそれはと言います、
「先生は駄目過ぎるわ」
「恋愛のことはだね」
「何度も言うけれどね、そのお人柄でね」
 最初にこれがあってというのです。
「しかも紳士で公平で温厚なのよ」
「尚且つちゃんとお仕事あってね」
「しかもお家もあって生活にも困らないだけのお金がある」
「それでもてない筈ないのに」
「お仕事やお家とかお金とか即物的なことを抜いても」
「それでも僕に恋愛の縁があるかっていうとね」
 またこう言う先生でした。
「本当にね」
「ないんだね」
「そうだよね」
「全く、本当にそう言うから」
「先生は困るのよね」
「僕達も」
「そうなのかな、しかしね」
 これがとです、先生はまた言いました。
「どうしても僕には思えないからね」
「やれやれだね」
「僕達も結構背中押してるけれど」
「トミーも王子も」
「それでお静さんもなのに」
「これは困るよ」
「本当にね」
「ははは、僕は現在でとても幸せだからね」
 実際に今こう言った先生でした。
「これ以上は求めないよ」
「別に誰も犠牲にしないから」
 お静さんはその先生の幸せについて言うのでした。
「先生の幸せは」
「皆が一緒にいてくれて学問が出来てね」
「いつも美味しいものを飲んで食べられる」
「しかもこんないいお家もあって生活にも困らないんだよ」 
 ここまで揃っていればというのです。
「一体ね」
「何が必要だって言うのよね」
「そうだよ、これ以上はないまでに恵まれているから」
 だからだというのです。
「もうね」
「幸せは求めないのね」
「そうだよ」
 実際にというのです。
「僕はね」
「それでいいのよね」
「そうだよ、満足しているよ」
「やれやれね、それで美味しいものを食べても」
 先生のそちらの楽しみについてもお話します。
「高いものを好んでじゃないのよね」
「日本はあちこちに美味しいものが一杯あるからね」
「普通にスーパーや商店街で買って」
「それであちこちのお店に入って食べてね」
「満足よね」
「贅沢もね」
 こちらのこともというのです。
「別にね」
「興味ないわね」
「京都の料亭に行くとか」
「そうしたことはよね」
「行ったこともあるけれどね」
 そうしたお店にです。
「けれどね」
「それでもよね」
「そうしたお店に積極的に行くことも」
 これもというのです。
「さして思わないね」
「美味しいかどうかよね」
「例えば大阪の難波の自由軒とかね」
「あそこのカレーを食べるのね」
「蓬莱の豚まんを食べたりご近所の明石焼き食べたり」
「それでいいのよね」
「僕はね。だからね」
 それでというのです。
「贅沢なご馳走にもね」
「興味がないのね」
「美味しかったら」
 先生は笑顔でお話しました。
「それでいいよ」
「ステーキにしてもそうね」
「うん、美味しかったら」
 それならというのです。
「もうね」
「どんなお肉でもいいのね」
「正直神戸牛は高いよね」
「但馬牛とかもね」
「和牛はとても美味しいけれど」
 このことは事実でもというのです。
「高いからね」
「その辺りで売っているお肉でいいのね」
「ステーキもそうでね」
 それでというのです。
「すき焼きやしゃぶしゃぶもね」
「美味しかったらなのね」
「安いお肉でね」
 それでというのです。
「全くね」
「構わないんだね」
「そうだよ」
 本当にというのです。
「それでね」
「無欲ね、贅沢も求めないなんて」
「着ている服もね」
「いつも外出の時はスーツよね」
 今は作務衣の上にどてらを着ています、そのお姿がとてもよく似合っていて絵になってさえいます。
「あのスーツも」
「実は然程なんだ」
「高いものじゃないのね」
「そうなんだ」
「礼儀正しい感じで如何にも紳士だけれど」
「スーツは紳士の正装だからね」
「外出の時はいつもなのね」
 お静さんも頷きました。
「帽子を被って冬はコートを着て」
「ちなみにタキシードとシルクハットも持ってるよ」
「そちらもよね」
「けれどどの服もね」
「贅沢なものじゃないのね」
「そうなんだ、ブランド者でもね」
 こうしたものでもというのです。
「ないよ」
「そうなのね」
「本当にね」
「贅沢はしていないのね」
「贅沢は全く性に合わないよ」
 先生は言いました。
「遊びでも旅行は好きでもギャンブルや煙草はね」
「しないわね」
「どちらも全くね」
「勿論麻薬もよね」
「シャーロック=ホームズさんとは違うよ」
 コカインが好きだったこの人とはというのです。
「全くね」
「そうなのね」
「だからね」 
 それでというのです。
「旅行をしても」
「景色や名所に行って」
「美味しいものを飲んで食べてね」
「フィールドワークもしてよね」
 学問のそれもというのです。
「そうしてよね」
「うん、それでね」 
 そのうえでというのです。
「僕はね」
「楽しんでいて」
「それでね」
「旅行も満足しているのね」
「そうなんだ」
 実際にというのです。
「何も不満はないよ」
「そうなのね」
「本当にギャンブルはしないね」
「先生にとっては無縁のことね」
「これは断言するよ、恋愛や結婚よりも遥かにだよ」
 それこそというのです。
「僕にとってギャンブルはね」
「無縁のものね」
「一切ね」
「そうね、私も先生はね」
「ギャンブルはすべきでないとだね」
「思うわ」
 実際にというのです。
「だからね」
「これからもだね」
「先生はすべきでないわ、それに先生は絶対にね」
「ギャンブルの才能はないね」
「そちらに入るタイプでもないし」
 それにというのです。
「どう見たって相当に弱いから」
「どんな種類でも」
「ギャンブルと言っても色々あるわね」
「競馬、麻雀、花札、丁半、ルーレット、パチンコ、パチスロ、競輪、ボートってね」
「そのどれもにね」
「僕は合ってないね」
「ええ、やったって負けるわ」
 先生はというのです。
「だからね」
「やるべきじゃないね」
「若しやるなら止めるわ」
 その時はというのです。
「先生がしそうになったらね」
「まあそれはないね」
「先生本当にギャンブルに興味ないから」
「うん、競馬はイギリスでは貴族の趣味でね」
「嗜みの一つだったわね」
「けれどね」
「先生としてはよね」
「ギャンブルはね」
 これはというのだ。
「しないからね、昔から」
「それでギャンブル全般もよね」
「何かを賭けたことはないよ」
 一度もというのです。
「本当に」
「それはいいことよ」
「絶対に弱いしね」
「弱くて溺れたらね」  
 そうなればというのです。
「もうね」
「それこそだね」
「大変なことになるわ」
「僕自身もそう思うよ」
「そう、だからね」 
 それ故にというのです。
「これからもね」
「ギャンブルはしないわね」
「そうしていくよ」
「それがいいわ」
 お静さんもそれはと頷きました。
「このまま学問と旅行、お食事とお酒を楽しんでいってね」
「というか先生がギャンブルってね」
「想像も出来ないよ」
「カジノに行ったり」
「そこで楽しむとかね」
「ピンとこないよ」
「想像も出来ないよ」
 皆もこう言います。
「パチンコに行くとかもね」
「麻雀楽しむとかも」
「別の人だよ」
「そうとしか思えないよ」
「そういえばトランプも最近しないね」 
 ずっと、とです。先生はこうも言いました。
「ルールは覚えてるけれどね」
「そうしたことするより読書だよね」
「先生の場合はね」
「それで論文書いてるよね」
「そうよね」
「そうしているからね、時間があれば」
 本当にというのです。
「本を読んで論文書いてるね」
「そうだよね」
「それが先生だよ」
「先生は読書が好きで」
「それでよね」
「僕は学問が出来たら満足だからね」
 先生は自分から言いました。
「それで美味しいものを食べられてね」
「お酒があればね」
「本当に先生はそれでいいよね」
「だからだね」
「ギャンブルはしないね」
「絶対にね、というか何がいいのか」
 先生は首を傾げさせました。
「わからないね」
「まあわからなくていいね」
「ギャンブルについてはね」
「あと麻薬もね」
「しなくていいね」
「身体に悪いなんてものじゃないよ」
 先生は今度はお医者さんとして言いました。
「麻薬は」
「そうそう、魔薬と言っていいよ」
「毒と変わらないよね」
「お薬も過ぎれば毒だっていうけれど」
「もうあれは毒だよね」
「痛み止めに使う場合もあるけれどね」
 先生はモルヒネのお話もしました。
「それでもだよ」
「危ないよね」
「身体に滅茶苦茶悪影響与えるし」
「精神的にもボロボロになるし」
「やっていいことはないよね」
「麻薬なんてものは」
「覚醒剤なんかしたら」 
 それこそというのです。
「廃人一直線だよ」
「実際になる人多いしね」
「心も身体もボロボロになって」
「それで廃人になるよ」
「幻覚や幻聴も酷いっていうしね」
「あんなのをずっと続けていたら長生き出来ないよ」
 先生は断言しました。
「間違いなくね」
「心も身体もボロボロになったら」
「絶対にそうだよね」
「歯がどんどん抜けたり括約筋が緩くなるっていうし」
「髪の毛もボロボロになって」
「そんな風だとね」
 先生はさらに言いました、お医者さんとして麻薬のことは意識して気を付けていて注意喚起をしているのです。
「長生き出来る筈がないね」
「本当にそうだよね」
「まずはしない」
「している人は絶対に止める」
「そうしないとね」
「だから僕もしないんだ」
 麻薬の方もというのです。
「絶対にね」
「それがいいね」
「本当にしたら破滅だよ」
「一体どれだけ怖いか」
「そのことを知らないとね」
「しかもお金も滅茶苦茶かかるし」
 お静さんはこちらのお話もしました。
「おまけにヤクザ屋さんの資金源よ」
「そこまで悪いことが揃っているのに何でするのかな」
 ダブダブは思わず首を傾げさせました。
「そんなことを」
「ギャンブルも酷いけれどね」
「こちらはもっと酷いわね」 
 チープサイドの家族も言います。
「ギャンブルもヤクザ屋さんの資金源になっているところあるけれど」
「裏だとね」
「けれど麻薬はもっと酷いからね」
 こう言ったのはガブガブでした。
「ヤクザ屋さんの資金源としても」
「いいことなんか何一つとしてないじゃない」
「最悪の代物だよ」
 オシツオサレツも言います。
「ホームズさんも実は禁断症状に苦しむことあったしね」
「コカインでね」
「禁断症状も怖いのに」
 ジップもどうかというお顔になっています。
「何でやるのかな」
「理解出来ないよ」
 ホワイティは実際そうでした。
「しかも今は犯罪だよ」
「いいことは何もないじゃない」
 ポリネシアが見てもでした。
「それでやるなんてどうかしてるよ」
「あんなことしたら」 
 それこそとです。老馬は言いました。
「どれだけ駄目かね」
「ううん、考えれば考える程わからないよ」
 チーチーも首を傾げさせるしかありません。
「麻薬については」
「先生がそれをしないことは正しいよ」
 トートーは先生に言いました。
「というか先生がする筈がないよ」
「何をどう考えても麻薬にいいものはないよ」
 先生はまた言いました。
「悪いことしかないよ」
「全くだね」
「何であんなことをするのか」
「理解出来ないよね」
「何でも凄く気持ちよくなるらしいよ」
 麻薬を使えばというのです。
「その種類それぞれでね」
「いや、それでもね」
「結局は一時の快楽だし」
「それでお金使ってね」
「身体も心もボロボロになって」
「寿命まで縮まって」
「それでヤクザ屋さんを儲けさせるなんてね」 
 それこそというのです。
「どうしようもないよ」
「悪いことのオンパレードじゃない」
「それでそんなことしたら」
「駄目だよ」
「だから僕は自分もしないし他の人にも言うよ」
 そうしているというのです。
「使ったら駄目だってね」
「そう言うんだね」
「そしてさせないね」
「しないさせないだね」
「そして許さないだね」
「その三つだよ、煙草だってね」
 こちらもというのです。
「吸わないしね」
「だから健康だよね」
「先生は健康そのものだよ」
「心身共にね」
「そうなってるわね」
「人間健康であるに越したことはないし」
 それにというのです。
「最初から害になる様なことはね」
「しないことだね」
「麻薬は絶対に駄目で」
「それで煙草も吸わない」
「それがいいね」
「そうだよ、ただ僕はお酒が好きだから」 
 このことについても言うのでした。
「そこは気をつけるべきかな」
「けれどイギリスにいた時は朝から飲んでたね」
「イギリスの食生活自体がそうだから」
「朝からビール飲んでたよ」
「ジンやラム酒のこともあったじゃない」
「そういうの見方じゃなくなってるよ」
「夜しか飲まなくなってるよ」
 皆はその先生に言いました。
「お酒を飲んでもね」
「それも飲まない日もあるしね」
「確かにかなり飲んでるけれど」
「それでもね」
「それでイギリスにいる時よりも健康になってるんだね」
 先生は自分から言いました。
「そうだね」
「そうだと思うよ」
「朝から飲まないだけでも違うよ」
「それも飲まない日もあるからね」
「尚更いいよ」
「そういうことだね、お酒が好きでも夜だけで飲まない日があったら」
 それならとです、先生はこうも言いました。
「それだけで違うね」
「全くだね」
「それで先生もより健康になったし」
「僕達も嬉しいよ」
「このことについてはね」
「そう言ってくれて何よりだよ、ただね」 
 先生はこうも言いました。
「一つ気になることがあるんだ」
「気になること?」
「というと?」
「僕は甘いものも好きでね」
 実際に三時のティータイムではいつも楽しんでいます。
「けれどね」
「実際によく食べてるわね」
 お静さんも言います。
「お菓子も」
「そう、それでお茶もね」
「甘くしてるわね」
「お砂糖やミルクをかなり入れてね」
「そうよね」
「それで日本酒も飲むしね」
 こちらのこともあれうというのです。
「そう考えるとね」
「糖分のことも気になるわね」
「糖尿病になることも」
 この心配もというのです。
「あるけれどね」
「健康診断で言われたことないでしょ」
「そちらの数値も普通だったよ」
 この場合は血糖値です、先生はこちらも健康そのものです。
「自分ではどうかって思ってるけれど」
「それでもよね」
「問題ないよ、運動もしないのに」
「多分いつも歩いていることが運動になってるのよ」
 お静さんは先生に笑顔で答えました。
「だからね」
「僕は健康なんだ」
「血糖値のことでもね」
「そうなんだね」
「身体を動かすことはスポーツだけじゃないわよ」
「歩くこともだね」
「家事をしてもね」
 こちらをしてもというのです。
「いい運動になってね」
「健康なんだ」
「お菓子も甘い飲みものもよく口にして」 
 そうしてというのです。
「日本酒が好きでもね」
「それでもだね」
「先生は私が見てもよく動いてるから。あと頭も使ってるわね」
「ああ、頭を使うとね」
「脳を動かすとカロリーを消費するわね」
「それで身体にも熱が及ぶよ」
 そうなるというのです。
「だから読書や執筆をしているとしていない時よりおトイレも行くことが少ないよ」
「そうなるのね」
「そう、頭を使うと」
 先生はさらにお話しました。
「カロリーを使うよ」
「それで糖分も消費されるわね」
「糖分はそのままカロリーになるよ」
「そうよね」
「学生さんがよく勉強してスポーツもしたらね」
「沢山食べてもすぐに痩せたりするのね」
「体系も維持されるんだ」  
 そうなるというのです。
「これがね」
「そうなのね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「よくスポーツして本も読むと」
「痩せるのね」
「かなり効果的なダイエットだよ」
「そうなのね」
「そう、ただね」
「ただ?」
「僕もだったんだね」 
 このことはというのです。
「そうだったんだね」
「先生はいつも頭使ってるわね」
「本を読んで論文を書いてね」
「毎日よく歩いているから」
 休日でも実はフィールドワークを楽しんでいます、神戸の街を色々と歩いてそうして楽しんでいるのです。
「それ以上太らなくてね」
「糖分のこともだね」
「大丈夫なのよ」
「そういうことだね」
「そう、ただね」
「ただ?」
「いや、先生って太ってるっていうけれど」
 お静さんは先生の体型も見て言いました。
「普通位よ」
「それ位かな」
「アメリカ人でよくいる様な」
「文字通りお腹が膝まで垂れ下がった様な」
「身体のシルエットが親指みたいになってるね」
「そこまではだね」
「ちょっと丸い位で」
 それ位でというのです。
「極端じゃないわよ」
「健康を維持出来る位だね」
「脂肪肝でもないでしょ」
「うん、内臓にも問題ないよ」
「だったらね」 
 それならというのです。
「本当にね」
「問題ないんだね」
「特にね」
 そうだというのです。
「健康診断を受けることはいいことだけれどね」
「気にし過ぎてもだね」
「よくないでしょ」
「それはね」
「だからね」
 それでというのです。
「あまり気にしないでいいわ」
「そうなんだね」
「いつも気を付けても」
「心配はし過ぎない」
「そうでしょ」
「そうだね、僕もいつも言ってるし僕自身ね」
 先生はまた自分のことをお話しました。
「元々ね」
「細かいことは気にしないわね」
「そうだしね」
「だったらね」
「あまりだね」
「気にしないで」
 そうしてというのです。
「暮らしていくよ」
「そうしてね」
「わかったよ、あとね」
 先生はこうも言いました。
「今晩は寒くなりそうだから」
「ええ、結構以上にね」
「トミーがお鍋をしようって言ってるんだ」
「いいじゃない、あったまるわよ」
 お静さんは先生に笑顔で応えました。
「それに栄養バランスもいいわ」
「お野菜も沢山食べられるしね」
「そうよ、それで何のお鍋にするのかしら」
「軍鶏鍋だよ」
「そちらなのね」
「トミーが坂本龍馬さんが軍鶏鍋を好きだって聞いてね」
 そうしてというのです。
「今夜はそれをとお話してね」
「軍鶏鍋になったのね」
「そうなんだ」
「いいじゃない、実は私もあの人に会ったことがあるのよ」
「坂本龍馬さんにだね」
「その頃の私はまだ若かったわね」
 お静さんは笑って言いました。
「見て思わずときめいたわ」
「恋をしたのかな」
「そこまでいかなかったかも知れないけれど」
 それでもというのです。
「素敵な人だと思ったわ」
「そうだったんだね」
「前向きでね、ざっくばらんで」
「そうした人だったと評判だね」
「小さなことにもこだわらなくて」
 そうした人だったというのです、坂本龍馬さんは。
「それに先生位に大きかったわ」
「ああ、あの人はそうだったらしいね」
「その頃は皆小さかったけれどね」
「日本の人達もね。西洋でもあまりね」
「大きくなかったの」
「実はナポレオンの頃でもフランス人は平均で一六〇位だったんだ」
 それ位の背だったというのです。
「当時の日本人は一五五位だったね」
「大体ね」
「一五〇だったかも知れないね」
「今じゃ女の人でも小柄だけれど」
「当時は男の人でそれ位でね」
「勝海舟さんも今から見たら小さかったわ」
 この人もそうだったというのです。
「驚く位ね、けれど龍馬さんはね」
「僕と同じ位でだね」
「頭一つ分は普通に飛び出ていてね」
 そこまで大きくて、というのです。
「目立っていたのよ」
「そちらのことでもだね」
「その背丈のこともあってよ」
「お静さんは龍馬さんにときめいたんだ」
「ええ、だから京都でああなったって聞いて」  
 それでとです、お静さんは悲しいお顔になって言いました。
「残念だったわ」
「そうだったんだね」
「それで龍馬さんは軍鶏鍋がお好きでね」
「そうなる前にもね」
「確か軍鶏鍋を作ってね」
「食べる前だったね」
「そうだったらしいわね」
 こう先生に応えました。
「どうも」
「そうだね」
「ええ、それじゃあ今夜は」
「やっぱり龍馬さんのことを思い出すね」 
 どうしてもそうなるというのです。
「そうしながらね」
「食べてなのね」
「温まるよ」
「それはいいことね」
「そうだね、しかし」
「しかし?」
「龍馬さんはやっぱり目立っただろうね」 
 先生はこうも言いました。
「靴を履いていたしね」
「そのこともあったわね」
「独特の縮れ毛で背もそうだったからね」
「大きかったから」
「目立ったそうね」
「かなり目立っていたわよ」
 お会いしたお静さんの言葉です。
「本当にね」
「やっぱりそうだね」
「だから余計に目について」
「お静さんはときめいたんだね」
「そうなのよ、人柄はもっとだったから」
「尚更だね」
「ときめいたわ、ただね」 
 ここで、です。お静さんはこうも言いました。
「あの人が刀抜いた話は聞いたことがないわ」
「そうだったんだ」
「強かったのはわかったけれどね、私も」
「北辰一刀流免許皆伝だったからね」
「身体つきにも出ていたしオーラもあったから」
「お静さんにもわかったんだ」
「ええ、けれどね」
 それでもというのです。
「そうした場面はなかったわ」
「幕末って物騒だったのに」
「もう切った張ったでね」
「それで大変だったけれど」
「龍馬さんは刀抜かなかったんだ」
「立派な刀を持っていたけれどね」
 皆にもお話します。
「それでもね」
「刀抜かなかったんだ」
「龍馬さんは」
「強かったのに」
「それでもだったのね」
「拳銃、短筒を持っていたから何かあれば」
 その時はというのです。
「使おうとしたけれどそうした場面もね」
「なかったんだ」
「あの大変な時代でも」
「龍馬さんも命狙われていたのに」
「実際それで最期を遂げたのに」
「そうだったんだ」
「しかも不用心だったけれどね」 
 当時から見ればです。
「自分からはなかったわ」
「そうだったんだね」
「何か意外だね」
「あんな大変な時代でそうだったなんて」
「本当に切った張っただったのに」
「そのことも覚えてるわ、本当にときめいた人だったけれど」
 それでもというのです。
「残念なことになったし」
「尚更だね」
「忘れられないわ、今度お会いしたら私の方から言いたいわ」
 先生にも言ってでした、そのうえで。
 お静さんは先生と日笠さんのことやその他のこともお話していきました、ですが先生は結局日笠さんのことはまだ気付かないのでした。








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