『ドリトル先生とめでたい幽霊』
第十二幕 ずっと大阪に
織田作さんは先生達にコーヒーを飲みながらお話しました。
「いや、あの時はな」
「京都の学校に通っておられて」
「胸患って」
そうしてというのです。
「入院してな」
「そうしてですね」
「大学、帝大目指してたけどな」
それがというのです。
「もうそれでな」
「大学の方はですね」
「諦めたんや」
「そうでしたね」
「そしてな、私の作品そやけど」
「彷徨われましたね」
「高校行かん様になって」
そうなってというのです。
「毎日喫茶店に通う様になった」
「喫茶店はその頃からお好きでしたね」
「一応下宿は出るねん」
そうしていたというのです。
「けど通学途中でな」
「喫茶店ですね」
「友達にコーヒー飲んでいかへんかって言うてな」
「そうしてでしたね」
「喫茶店に入ってそこにずっとおる」
「そうした風になられて」
「もう学校はな」
こちらの方はというのです。
「どうでもよおなってた」
「それでその中で」
「ハイデルベルグに入って」
その喫茶店にというのです。
「そこでかみさんと会ったんや」
「一枝さんですね」
「そや、そのかみさんがな」
織田作さんはコーヒーを飲みつつさらにお話してくれました。
「競馬のや」
「奥さんですね」
「あの主人公も実は」
「織田作さんをですね」
「かなり入れてるで」
「やはりそうですね」
「あの時ほんま惚れて」
そうなってというのです。
「毎日毎日通い詰めて」
「そうして奥さんをですね」
「口説いてな、けどな」
「先程お話した事情があって」
「一緒になれんでな」
普通にしていればというのです。
「当時は結構あった話でな」
「そうしたご時世でしたね」
「江戸時代みたいなもんが残ってたんや」
コーヒーを飲みつつ身振りも交えてお話します、その動きがまた庶民て来て親しみを持てるものです。
「それでな」
「奥さんも普通にはですね」
「店から出られんで」
「それで、ですね」
「友達が手伝ってくれて助かった」
織田作さんは当時のことを思い出してしみじみとなりました。
「それでは夜にな」
「梯子を持って行って」
「そしてな」
「二階におられる奥さんをですね」
「窓から出してな」
「それで下宿にですね」
「迎え入れて」
そうしてというのです。
「晴れて一緒に暮らしてな」
「そこからですね」
「結婚したんや」
「そうでしたね」
「ほんま嬉しかった、かみさんがおって」
それでというのです。
「私は幸せやった、そやからな」
「奥さんがですね」
「私の病気が感染ってな」
ここで悲しい目になって言いました。
「若くて。三十になってちょっとして」
「お亡くなりになって」
「ずっと働き詰めでしかも感染って」
ご自身の病気がというのです。
「あれは堪えた、辛かった」
「遺書も書かれたとか」
「そやった、寂しくてな」
奥さんが亡くなられてというのです。
「どうにもならんかった」
「そうでしたか」
「けど私も死んで」
「それで、ですね」
「また一緒になれてよかった」
こう言うのでした。
「死んでずっと大阪におられて」
「奥さんともですね」
「そうなれてよかった」
「そうですか」
「ほんまにな、そしてな」
織田作さんはさらにお話してくれました。
「また幸せになれた、大阪でかみさんと一緒やと」
「それで、ですか」
「私はええわ」
それで充分だというのです。
「ほんまにな」
「そうですか」
「こんなええことないわ」
「ううん、織田作さんも凄いことがあったんだね」
「そうよね」
チープサイドの家族はお話をここまで聞いて言いました。
「小説やドラマみたいだよ」
「囚われの美人さんと駆け落ちなんてね」
「しかもお友達まで手伝ってくれて」
チーチーも言います。
「それでだからね」
「後も大変だったと思うけれど」
トートーはそこまで考えました。
「一緒になれてよかったね」
「ハーレーロマンスっていうか」
ジップはこう言いました。
「シェークスピアにも負けていないね」
「物凄い恋愛劇ね」
ポリネシアも唸りました。
「これはまた」
「実際にそうして一緒になれてよかったよ」
ホワイティも思うことでした。
「というかお店のご主人が思いきり悪役だね」
「当時は結構あったことにしても」
それでもとです、ガブガブは思いました。
「借金をかたに奇麗で若い人を囲ってるとかね」
「時代劇みたいだね」
「あと本当に恋愛小説か漫画だよ」
オシツオサレツもこう考えています。
「けれど一緒になれた」
「相思相愛の人達同士でね」
「しかもずっと奥さんを愛していたなんて」
老馬は織田作さんを感動する目で見て言いました。
「立派だよ」
「まさに本物の愛だよ」
ダブダブは太鼓判を押しました。
「織田作さん凄いよ」
「いや、あの時はただただ必死でな」
織田作さんは動物の皆にもお話しました。
「凄いとか本物とかな」
「そういうのじゃないんだ」
「そうなんだ」
「そういうものじゃなくて」
「必死なだけだったんだ」
「そやねん、私なんて立派ちゃうわ」
こうも言うのでした。
「高校はそうやって途中で放校なってコーヒーばかり飲んであちこち彷徨ってな、だらしないしな」
「ご自身の作品の人達みたいに?」
「そうだから?」
「立派じゃないの?」
「私の作品は大阪のそうした人達も書いてるけど」
それだけでなくとです、織田作さんはお話しました。
「けどな」
「織田作さん自身もなんだ」
「作品の中に書いているんだ」
「投影させているのね」
「そうなんだね」
「作品はどうしても自分が入るからな」
書く人自身がというのです。
「そやからな」
「それでだね」
「織田作さん自身も入っていて」
「織田作さんもだらしなくて彷徨っていたから」
「それでなんだ」
「そや、私は全く偉くも立派でもない」
このことは強く断るのでした。
「ほんまに何もないな」
「そうした人なんだ」
「織田作さんは」
「偉くなくて」
「だらしない人なんだ」
「そや、それでな」
さらに言うのでした。
「かみさんおらんとどうしようもないし」
「そのこともあって」
「それでなんだね」
「もうだね」
「偉くとも何ともないんだ」
「大阪の何処にでもおるおっさんや」
ご自身のことを笑って言いました。
「この街と人とかみさんが好きなだけでな」
「それだけなんだね」
「ううん、僕達織田作さん好きだけれど」
「先生から聞いてこうしてお会いして」
「そうだけれどね」
「好きになってくれたら嬉しいけどな」
それでもというのです。
「私は何ともないで」
「奥さんとのことは凄いけれど」
「そのまま恋愛ドラマだけれど」
「それでも偉くない」
「そうなのね」
「そやで」
織田作さんの言葉は変わりませんでした。
「ほんまにな」
「そう言えることがいいかと」
先生はここでこう織田作さんにお話しました。
「世の中織田作さんの作品でも出ない様な酷い人がこの世で一番偉いと思ったりしますからね」
「ずっとやな」
「はい、働かず自分だけで尊大でそれでいて何も知らず何もわからず何も出来ず」
「能無しやな」
「それでいてです」
「天狗になってるんか」
「この世で一番偉いと」
「そういう奴もおるな」
織田作さんは首を傾げさせて言いました。
「実際に」
「そうですね」
「そうした奴はもう落ち着くこともないわ」
「落ち着くより前にですね」
「そこにおられん様になる、どうせ能無しやのに文句だけいっちょまえやな」
「そうですね」
「人間文句ばかりで何もせんと誰からも見放されるわ」
そうなるというのです。
「どうせ上にドが付くケチでしかも恩知らずやろ」
「そうです」
「何しても後ろめたいことは感じん」
「自分だけなので」
「私の作品は最後落ち着くけどな」
「落ち着くことも出来ないですね」
「仮寝の宿でもな」
そうした落ち着く先でもというのです。
「何処もおられん様になって」
「終わりですね」
「やっぱりな、人間落ち着く先に辿り着けることも」
このこともというのです。
「それなりのもんが必要やねんな」
「その通りですね」
「先生と話して実感したわ、どうしようもない奴はな」
「救われないですね」
「ほんま仮寝の宿もないわ」
そうした場所に辿り着けないというのです。
「愛嬌も何もなくて天狗やと」
「言ってもですね」
「聞かんしな」
人の忠告をというのです。
「そやからな」
「それで、ですね」
「それでな」
「落ちるだけですね」
「それだけや、ほんまどうにもならん奴は」
先生にまた言うのでした。
「つける薬ないわ」
「落ちるだけですね」
「というか私の作品の人間も大概やが」
織田作さんは自分もと思いつつ言いました、そして着流しの袖の中で腕を組んでそうして言うのでした。
「そこまで酷いのもおるからな」
「世の中には」
「そうなったらあかん、かみさんも大事にせんやろ」
「奥さんが家を出た時に爪切りまで持って行ったと」
「爪切りなんかどうでもええやろ」
「そうですがね」
「というか爪切りまで世話になってて感謝せんか」
織田作さんもこのことを言いました。
「それで恩も感じんで自分の甲斐性なしも思い至らんで」
「甲斐性ですね」
「それもないししかもな」
「それを他の人に言いました」
「あかんわ、そこまでいったら」
織田作さんは腕を組んだまま言いました。
「もうどうにもならん」
「そうですか」
「ほんまにな、私もそうしたモンは見て来ても」
「作品にはですね」
「軸には置かん、どうにもならんからな」
「落ちるだけで」
「せめてかみさんに感謝せんとな」
ここでもご自身のことを思うのでした。
「それ位はないと」
「料理を作ってもらっても甘い辛いと」
「文句だけか」
「そうだったとか、お仕事から帰ったおくさんが」
「自分は働いてへんでか」
「そうでした」
「それどうにもならん、昔の今宮で乞食も出来ん」
織田作さんの言葉は完全に見放したものでした。
「それやとな」
「そして親戚のお葬式に勝手に上座に上がるという」
「作法も知らんでそこまで天狗か」
「そうでした」
「柳吉も大概やがな」
夫婦善哉の主人公もというのです。
「いや、その柳吉もな」
「そこまでは、ですね」
「落ちてへんし絶対にな」
「落ちないですね」
「蝶子がおらんでもな」
それでもというのです。
「そこまでならんわ」
「他の登場人物達も」
「もうだらしないっていうより」
「どうにもならない人ですね」
「私の作品の登場人物よりもまだな」
「ですね、こうした人も世の中にはいますが」
先生も言います。
「転落しきって」
「終わりや」
「そうなるのが当然ですね」
「そうなったらいかんからな」
だからだというのです。
「私自身戒めてるし」
「そうした登場人物はですね」
「ほんま落ち着かんで転落するしかないさかいな」
「どうにもなりませんね」
「独白文の形態の作品とか世相でしゃあない奴を書いても」
「そこまでは、でしたね」
「ああしたモンでもしょげかえって出て来たしな」
作品にというのです。
「そんなんは助かりたい時だけ素直でな」
「すぐ後で文句ばかりで」
「しょげかえることもないし」
「そうですね、ただ面白いお話がありまして」
先生は織田作さんに紅茶を飲みながらお話を切り出しました。
「夫婦善哉にある女の人が来てお店の人に聞いたそうです」
「どんな話や?」
「はい、かつて夫婦善哉にいた人で」
「働いていた人か」
「その女の人のところにも以前おられたそうですが」
働いていたとのことです。
「お金を持ち逃げして」
「夫婦善哉でも働いていてか」
「その人の行方を捜していると」
「私の作品の話そのままやな」
「そうしたことがありますね」
「おもろいな、今もそんな話があるか」
「人は変わらないですね」
先生は笑ってお話しました。
「そうしたところを見ると」
「ほんまにな」
「そして大阪の街も」
「そうした話があるとな」
「変わらないですね」
「ええ意味でな、そうした人はよおないが」
「そうした人もいて暮らしている」
まさにというのです。
「決して上品でなくだらしないですが」
「それでもな。何処か愛嬌があって」
「そして憎めない」
「当事者はかんかんでもな」
それでもというのです。
「そうした懐の深さがあるのがな」
「大阪ですね」
「それがええねん」
織田作さんはとても優しい笑顔でお話しました。
「そやからな」
「織田作さんは大好きなんですね」
「そこにおる人もな」
「ずっとですね」
「そやからな」
それでというのです。
「これからもずっとおるで」
「そうですね」
「そうするわ」
こう言うのでした、そしてです。
織田作さんは先生にこう言いました。
「これから何か食べに行こか」
「何をでしょうか」
「そやな、大阪は色々美味いもんがあるけどな」
「その中から何を食べるか」
「迷うな、実は今夜かはかみさんと自由軒行って夫婦善哉にもな」
「行かれますか」
「そやからお昼はな」
つまり今はというのです。
「別のお店に行こうかって思ってるけど」
「それが何処か、ですね」
「何処にしよか」
考えながら言うのでした。
「一体な」
「そうですね、何でしたら」
先生は織田作さんに切り出しました。
「鰻丼にしますか」
「いずも屋に行ってやな」
「そうしませんか」
「ええな」
織田作さんは笑顔で応えました。
「ほなな」
「これからですね」
「いずも屋行こうな」
「そうしましょう」
「地下鉄で行こうか」
「それで、ですね」
「地下鉄もええな」
大阪市のそれもというのです。
「あれを使ったら大阪の何処でもや」
「すぐに行けますね」
「便利や、出来てよかった」
こう言うのでした。
「ほんまに。ただな」
「それでもですか」
「線を覚えるのに最初苦労したわ」
「そうですか」
「駅も多いし複雑やしな」
「そうですね、ですが東京は」
「もっとか」
「はい、もう迷路の様で」
そこまで凄くてというのです。
「相当慣れていないとです」
「迷うか」
「大阪よりも」
「そこやな、東京はほんま私には合わん」
「そうしたところもですか」
「やっぱり私は大阪のモンや」
だからだというのです。
「そやからな」
「東京にはですね」
「もう行かん、実際身体なくなってから大阪から出たことないで」
「ずっと大阪にですか」
「おるで、私は大阪で生まれ育ったし」
「大阪に暮らしておられて」
「今もおるしな」
それ故にというのです。
「そやからな」
「東京には行かれないで」
「そしてな」
そのうえでというのです。
「大阪にずっとおるで」
「これからもですね」
「大阪ある限り」
まさにその限りとです、織田作さんは先生に笑顔で言いました。
「私はこの街におるで」
「そうですか、では」
「鰻丼食べに行こうな」
笑顔でこう言ってでした。
織田作さんは先生達と一緒に地下鉄に乗って難波まで行っていずも屋に入りました。そのいずも屋で。
先生はこの日は皆とそれにトミーと王子と一緒に鰻丼を食べています。トミーはご飯の中の鰻を見つつ先生に笑顔で言いました。
「いや、よかったですね」
「うん、織田作さんとお会い出来てね」
「ご本人からお話を聞くのが一番ですからね」
「だからね」
「とてもよかったですね」
「論文にご本人と会えたとは書けないけれど」
それでもというのです。
「直接お話を聞けてね」
「いい学問になりましたね」
「そして論文もね」
「いいものが書けますね」
「そうなるよ」
「しかしね」
ここで王子が言ってきました、王子も鰻を食べています。
「織田作さんは幽霊になっても」
「大阪と大阪の人が好きだからね」
「大阪にいるんだね」
「そうなんだ、奥さんと一緒にね」
「それで大阪を巡って」
「楽しんでいるんだ」
「ずっとだね、そう聞くと」
王子はさらに言いました。
「本当にめでたいね」
「そうした幽霊だね」
「僕もそう思うよ」
「そうだね、それで織田作さんと一緒にね」
「このお店で食べたんだね」
「鰻丼をね」
「この鰻丼ですが」
トミーは鰻丼のお話をしました。
「このご飯の中にある」
「それが特徴でね」
「面白いですね」
「そしてこの鰻丼をなんだ」
「織田作さんも食べているんですね」
「今もね」
「生きておられた時期から」
まさにその時からです。
「戦争前からね」
「そうなんですね」
「そしてね」
先生はさらにお話しました。
「他のお店もだよ」
「そうですよね」
「そしてこの前ね」
「織田作さんとここで、ですね」
「同じものを食べたよ」
その鰻丼をというのです。
「そうしたんだよ」
「そうですね」
「美味しかったよ」
その鰻丼はというのです。
「その時も」
「今と同じで」
「そうだったよ、今も昔も」
「織田作さんはですね」
「ここに来ているよ」
「そして大阪がある限り」
「織田作さんは大阪におられるよ」
そうだというのです。
「ずっとね」
「そのことは嬉しいですね」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「若くしてお亡くなりになって残念と思っていたら」
ポリネシアが言ってきました。
「幽霊になっておられるなんてね」
「それもめでたい幽霊だね」
ダブダブが応えました。
「そうだね」
「それがいいね」
ジップも言います。
「実際にお会いして凄く明るかったしね」
「気さくでいい人だったわ」
ガブガブが見てもです。
「こちらも気兼ねなくお話出来たわ」
「いや、悪い人じゃなくて」
「飄々として飾らない人だったわね」
チープサイドの家族も言います。
「それでいて人生の経験を感じさせるね」
「深みもある人だったわ」
「ご自身のことも奥さんのこともお話してくれて」
ホワイティの口調はしみじみとしたものになっています。
「それも話しやすくてね」
「関西弁がまたよかったね」
チーチーはこちらがいいと言いました。
「柔らかくてね」
「お洒落だったし」
このこととはトートーが言いました。
「雰囲気もよかったよ」
「昭和の雰囲気を明るく見せてくれる」
「そうした人だったね」
オシツオサレツも言います。
「大阪をこれ以上ないまでに愛している」
「そんな素敵な人だったよ」
「だらしないってご自身で言うけれど」
老馬が思うにです。
「清濁両方知っている感じだね」
「そう、人間は清潔なままでも窮屈だしね」
先生も皆に応えます。
「それと一緒にだよ」
「濁ったものっていうかね」
「だらしなかったりお金や女の人で問題起こしたり」
「そうしたお世辞にも褒められたこともする」
「それもまた人間で」
「そういうのも受け入れることだね」
「そのことがね」
まさにというのです。
「織田作さんの作品でね」
「織田作さんだよね」
「奇麗でない人もいて」
「そうした人達なりに生きている」
「そして最後は落ち着く」
「色々あってね」
その果てにというのです。
「そうなるんだ、織田作さんはね」
「そして織田作さん自身もそうだったし」
「清濁あって」
「折角入った高校も放校になって」
「奥さんと駆け落ちして一緒になった」
「そうした人生だったから」
「ああして人間の清濁を受け入れていてね」
その両方をというのです。
「そして大阪もだよ」
「大好きで」
「大阪の人もそうで」
「それが作品に出ていて」
「そして今も大阪におられる」
「そうなんだ、幽霊のお話は聞いていたけれど」
それでもというのです。
「お会い出来て何よりだよ」
「先生はそうした出会いが多いけれど」
王子が言ってきました。
「運命だね、先生は色々な人を引き寄せるんだ」
「僕ははんだ」
「そう、不思議な魅力があるから」
だからだというのです。
「人や生きものはね」
「僕に来てくれるんだ」
「僕達もそうだけれど」
「織田作さんもだね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「お会い出来たんだよ」
「そうなんだね」
「そう、実際織田作さん先生を嫌っていなかったね」
「有り難いことにね」
そうだったとです、先生は答えました。
「そうだったよ」
「そうである理由はね」
「僕にあるんだ」
「先生と一緒にいたら先生の穏やかさに自然とね」
まさにそうした風でというのです。
「色々話してしまうんだ」
「先生は近寄りやすくてお話しやすいんです」
トミーも言ってきました。
「実際に」
「そうなんだ」
「はい、そして」
トミーはさらにお話しました。
「先生は聞き上手でもありますからね」
「だから色々お話するんだよ」
王子はまた言いました。
「僕達にしてもね」
「織田作さんもだね」
「そうだよ、これからもね」
「色々な人や生きものがだね」
「先生のところに来てね」
そうしてというのです。
「お話するよ」
「そうなんだね」
「絶対にね、ただ大阪って本当にね」
「日本の街自体がですね」
トミーもまた言いました。
「どんどん変わっていくんですね」
「そうだよ、道頓堀も最初は木造建築が多かったけれど」
それでもというのです。
「今ではね」
「コンクリート建築の建物ばかりですね」
「そうなっているね」
「そうですね」
「空襲があったけれど」
それを抜きにしてもというのです。
「どんどんね」
「日本は街が変わっていきますね」
「何しろ何百年もつ建物が滅多にないから」
だからだというのです。
「木造でしかも災害が多いから」
「地震、台風、雷、火事と」
「大阪も台風が多いし」
この災害がというのです。
「だからね」
「どんどんですね」
「建物が建て替わっていっていってね」
「街が変わりますね」
「その姿がね」
こうお話するのでした。
「だから織田作さんの頃もどんどん変わったし」
「今も同じですね」
「昭和と令和でも随分違うよ」
「三十年以上ありますしね」
「そういうことだからね」
それでというのです。
「大阪もだよ」
「随分変わりましたね」
「織田作さんの頃からね、けれど織田作さんはね」
「その変わる大阪もお好きですね」
「大阪自体がお好きだから」
それ故にというのです。
「その変わることもね」
「受け入れておられて」
「愛しているんだ」
「だから今もおられるんですね」
「そう、大阪がある限りね」
まさにというのです。
「織田作さんもね」
「大阪におられますね」
「そうだよ、大阪ある限り織田作さんは大阪におられるんだ」
先生は満面の笑顔でお話しました、そしてです。
皆で鰻丼を食べました、そうして論文を完成させて提出しました、その論文は先生が書いたものの中でもとりわけ評価の高いものでした。
論文を書いて暫くしてからサラがご主人と共に来日してきました、先生は妹さんをご主人がお仕事の時に自由軒に案内しました。
そこで名物のカレーをご馳走しました、サラはそのカレーを見て目を丸くさせました。
「こんなカレーははじめてよ」
「他にないよね」
「最初からルーとご飯が一緒になっているなんてね」
こう先生に言いました、勿論動物の皆も一緒です。
「はじめて見たわ、それに卵をね」
「カレーの真ん中に入れているね」
「生のをね」
「日本ではカレーにこうして生卵を入れる食べ方もあるんだ」
「そうなのね」
「そしてそれをはじめたのがね」
まさにとです、先生はサラにお話しました。
「このお店なんだ」
「そうなのね」
「そうだよ、ではね」
「ええ、これからね」
「一緒に食べようね」
「わかったわ」
「こうして卵のところにおソースをかけて」
先生は実際にそうしています。
「そのうえでね」
「食べるのね」
「そうなんだ」
そうするというのです。
「それからカレーと生卵を掻き混ぜてね」
「そうして食べるのね」
「スプーンでね」
「わかったよ、それじゃあね」
「これからね」
「一緒に食べようね」
こうお話してでした。
先生もサラもそうしてカレーを食べました、動物の皆もそうして。
そしてです、サラは一口食べて笑顔で言いました。
「美味しいわ」
「そうだね」
「こんなカレーもあるのね」
「このカレーはここに昔からあるんだ」
「大阪に」
「そうなんだよ」
「そしてなのね」
サラはお店の中を見回しました、落語家の人の写真もあればです。
織田作さんの写真もありました、その傍にある言葉も見て言いました。
「この人も」
「うん、いつも来ていて今もそうしていてね」
「食べているのね」
「そうなんだ」
「そうだったのね」
「織田作さんはこのお店のカレーが大好きなんだ」
今もというのです。
「それで幽霊になってもね」
「食べているのね」
「そうなんだ、大阪にずっとおられるから」
「成程ね、ただ」
「ただ?」
「兄さんお話してくれたけれど」
今回来日した時にというのです。
「夫婦善哉ってお店もあるって」
「あのお店だね」
「善哉が二つ出て来るって」
「一人前でね」
「それで夫婦で食べるのよね」
「そうだよ、だから二人で行くことがね」
先生はカレーを食べながらお話しました。
「それがね」
「そのお店の行き方ね」
「そうなんだ」
「だからね」
それでというのです。
「ご主人とね」
「今度行ってきたらっていうのね」
「どうかな」
「そうね」
サラもカレーを食べています、そうしながらのお話です。
「それじゃあ明日にでもね」
「行ってきてね」
「そうするわ、ただね」
サラは先生にこうも言いました。
「兄さんもよ」
「僕も?」
「そう、二人で行ってきたら?」
「夫婦善哉になんだ」
「そうしてきたら?」
「王子かトミーかじゃないよね」
「勿論皆ともじゃないわよ」
今も一緒にいる動物の皆についてもとです、サラは先生に笑って言いました。
「言うまでもなくね」
「女の人とだね」
「そうしてきたらいいわ」
「ははは、僕はその話はないよ」
先生は明るく笑って答えました。
「何しろ恋愛とスポーツはね」
「実践はよね」
「全く縁がないから」
こう言うのでした。
「だからね」
「そのお店にもなのね」
「二人で行くことはね」
「ないのね」
「絶対にないよ」
やっぱり笑って言うのでした。
「本当にね」
「やれやれね、そう言っているうちはね」
「駄目かな」
「駄目じゃなくて気付かないのよ」
「気付かない?」
「兄さんは自分がわかっていないのよ」
サラはカレーを食べつつ先生をジト目で見てお話しました。
「全くね」
「そうかな」
「兄さんは物凄い学者さんで穏やかで公平で冷静で優しい人だから」
そうした人だからだというのです。
「しかも正直だから」
「女の人にもだね」
「そう、もてない筈がないわよ」
「そうかな」
「女の人も人間性を見るのよ」
そうだというのです。
「ちゃんとね」
「それでなんだ」
「そう、兄さんの人間性を見て」
「僕を好きになってくれるんだ」
「いつもその容姿や運動が出来ないことを言うけれど」
「そういうことはだね」
「どうでもいいのよ」
先生ご自身に言いました。
「大事なのはね」
「心なんだね」
「そうよ」
まさにそれだというのです。
「その人間性ならね」
「僕もだね」
「そう、絶対にね」
まさにというのです。
「好きになってくれる人がいて」
「その人とだね」
「行けるわよ、もうそうした人いるわよ」
サラはこのことは皆やトミーそれに王子から聞いて知っています。
「ちゃんとね」
「そうかな」
「そうよ」
まさにというのです。
「もうね、そしてね」
「それでなんだ」
「その人と行けばいいのよ」
「だといいけれどね」
「いいけれどじゃなくて後は気付くだけよ」
先生にさらに言いました。
「そうすればよ」
「僕はだね」
「織田作さんみたいにね」
「二人で行けるんだね」
「そうしたお店は二人で行ってこそよ」
「いいんだね」
「ええ、私もうちの人と行くし」
そうするし、というのです。
「それでね」
「僕もだね」
「気付いてね」
そのうえでというのです。
「行ってきてね」
「サラはいつも言うけれど本当にそうかな」
「こんなことで嘘吐いてどうするのよ」
そもそもというのです。
「そうでしょ」
「それもそうだね」
「だからね」
サラは言葉を続けました。
「いいわね」
「これからはだね」
「そう、周りをよく見て」
そうしてというのです。
「気付いて」
「そのうえで」
「そう言われて見ているけれどね」
「それは兄さんがまだ先入観があるからよ」
もてないと思い込んでいるからだというのです。
「それでよ」
「気付かないんだね」
「そう、だからね」
「これからは」
「こう言っても中々でしょうけれど」
サラはこのこともわかっています、何しろ自分のお兄さんですから尚更です。
「少しずつでもね」
「その先入観をなくしていって」
「そしてね」
「見て回って」
「気付いてね」
そうしてというのです。
「一緒に行くといいわ」
「そうするといいんだね」
「そうよ、全く自分のことにはそうなんだから」
サラはお口をへの字のさせて言いました。
「困ったものよ」
「そんなに言われることかな」
「言われることよ、もてないと思っているのは」
「僕だけなんだね」
「そうよ、主観は主観よ」
それだけでというのです。
「客観で見るとね」
「違うんだね」
「そうよ、じゃあ今度は」
先生に真顔で言うのでした。
「そのお店に二人で行くことよ」
「それじゃあ」
「周りを見てね」
「そうなる様に努力するよ」
「そうしてね、しかしこのカレーを食べていると」
サラは今度はカレーのお話をしました。
「美味しくて仕方ないわ」
「そうだね」
「また日本に来たらね」
「その時は」
「食べるわ、勿論明日も」
その日もというのです。
「うちの人とね」
「行ってだね」
「夫婦善哉に行く前にね、それでね」
「織田作さんの作品の登場人物みたいに」
「楽しむわ、そして大阪の街も」
これ自体もというのです。
「楽しむわ」
「そうするんだね」
「是非ね」
笑顔でこう言ってでした。
サラは先生そして動物の皆と一緒に自由軒のカレーを食べました。最初からルーとご飯が混ざっていて生卵と一緒に食べるカレーはとても美味しかったです。
ドリトル先生とめでたい幽霊 完
2021・9・11