『ドリトル先生とめでたい幽霊』
第四幕 大阪の恋愛
先生はこの時大学の図書館で織田作之助全集、定本とされているそれを読んでいました。そうして一緒にいる動物の皆に言いました。
「読みやすくてわかりやすくて親しみやすいよ」
「それも楽しんで読めて」
「堅苦しくもない」
「それが織田作さんだね」
「その人の作品だね」
「うん、上本町で恋愛のお話をしたけれど」
串カツとビールを楽しんでいる時のお話をするのでした。
「この人の作品はその要素もあったりするからね」
「大阪の市井の人達の」
「主題ではない場合もあるけれど」
「それでもその要素もあって」
「親しめるんだね」
「恋愛っていうのは時として地獄を見るもとにもなるよ」
こうもです、先生は言いました。
「けれどね」
「それでもだね」
「人には確かにその感情が存在していて」
「そして人の一部になっている」
「それは大阪の人達も同じだね」
「織田作さんの恋愛は一言で言うと奇麗じゃないよ」
そうしたものだというのです。
「人には美醜があってこの人は俗世を書いていたしね」
「そういえば奇麗かっていうと」
「雅とか壮麗かっていうと」
「確かに違うね」
「武張ってもないし」
「大阪の普通の人達だね」
「彷徨って働いて出会いを経験して落ち着いて」
そうしてというのです。
「暮らしている人達でね」
「その中で人を好きにもなって」
「普通に生きる中で色々ある」
「そうした中に恋愛もある」
「そうした風なんだね」
「それで付き合ったり夫婦になったりするんだ」
そうなるというのです。
「競馬という作品では主人公は死んだ奥さんのことがずっと忘れられないんだ」
「奥さんを愛していたから」
「それでなんだ」
「ずっと忘れられないのね」
「そうした人なんだね」
「仕事を失って再就職したり会社のお金を使い込んだり」
競馬の主人公のお話もします。
「やっぱりね」
「お話聞いてるとだらしない人だね」
「特に会社のお金使い込むとか」
「駄目じゃない」
「その中で奥さんの病気の回復を必死に願掛けしたり物凄く愛していたりね」
そうした面もあるというのです。
「人間臭い主人公なんだ、そしてその中で奥さんが亡くなって奥さんが結婚する前に付き合っていた人のことも知ったり」
「ううん、ドラマだね」
「それも結構泥臭い」
「思った以上にね」
「人間の美醜を描いた作品ね」
「この人の恋愛はこうなんだ、人間的でね」
それでというのです。
「皆が言う通り泥臭くて」
「それで美しくもあり醜い」
「それで特別なものでもないんだ」
「その辺りにある様な」
「市井のお話なんだね」
「そうだよ、その人にとっては死ぬ様なお話でも」
それでもというのです。
「恋愛は実はそんなものだね」
「うん、端から見るとね」
「実は何でもないことだよね」
「恋愛って実は主観だよね」
「他の人には極論すればどうでもいいね」
「そうしたこともね」
恋愛についてのそうしたこともというのです。
「織田作さんの作品からはわかるかもね」
「よく失恋で酷い目に遭った人いるね」
「そんなお話多いね」
「それこそ人間性変わる位のね」
「そうした場合もあるね」
「失恋で引き籠った人もいるよ」
あまりにも傷付いてというのです。
「だから他の人がそうなっても言ったら駄目だしね」
「それで余計に傷付くからね」
「トラウマになっていたら」
「傷をさらに抉られて」
「余計に辛いわね」
「そうなるからね」
だからだというのです。
「触れるべきでないし若しね」
「触れられたら」
「それが軽い気持ちでそうしても」
「心の傷をさらに抉られると」
「それがあまりに痛いから」
「そうされた人は怨むよ」
軽い気持ちで触れてもです。
「下手したら一生ね、そんなことで怨まれたら」
「嫌だね」
「自分は軽い気持ちでそうしてもね」
「一生怨まれるとか」
「絶対に嫌だね」
「だから絶対にしたら駄目だよ、そして本当に恋愛は」
このことはといいますと。
「織田作さんの作品でも描かれていて」
「それは市井の人達の中にある」
「人々の暮らしの中で」
「そうしたものね」
「ごく普通にあるものなのね」
「そうなんだ」
実際にというのです。
「夫婦善哉は恋愛小説と言っていいね」
「そうなるよね、言われてみると」
「不倫だけれど夫婦だし」
「籍は元の奥さんのままでも」
「そうだね」
「うん、だからね」
それでというのです。
「夫婦善哉は恋愛小説でさっき話した競馬もね」
「恋愛小説だね」
「夫婦の」
「そうなるね」
「実は織田作さんは二度結婚しているんだ」
この人自身のお話もしました。
「最初の奥さんのことはもう話したね」
「そうそう、京都で知り合った」
「高校時代に」
「喫茶店で働いていた」
「その人だね」
「この人と一緒になるのに結構な騒動があって」
それでというのです。
「結婚してね、その奥さんのことをずっと愛していたんだ」
「織田作さん自身もなんだね」
「そうしたことがあって」
「それで作品にもだね」
「影響しているね」
「そうだよ、競馬は多分そのことがね」
最初の奥さんとのことがというのです。
「あったみたいだね」
「ええと、その作品じゃ奥さん亡くなってるけれど」
「織田作さんの最初の奥さんも?」
「そうなったの?」
「ひょっとして」
「そうだよ、織田作さんの結核が感染したのか」
そのせいかも知れなくてというのです。
「結核でね」
「ああ、その病気だね」
「結核でだね」
「奥さん亡くなったんだ」
「そうなったんだ」
「それで凄く落胆したらしいよ、織田作さん」
その奥さんが亡くなってというのです。
「遺髪をいつも持っていたらしいけれど」
「ううん、そんな一面あったんだ」
「お話聞いてると飄々とした感じで」
「必死に書いていた人だった見たいだけれど」
「織田作さん愛妻家でもあったんだ」
「そうなんだ」
「そのせいか周旋した翌年すぐに結婚したけれど」
再婚したこともお話するのでした。
「それは上手くいなかったんだ」
「そうだったんだ」
「そのことは残念だね」
「やっぱり最初の奥さんへの想いがあって」
「それでなんだ」
「そうみたいだね、それで今お話した通りに」
それでというのです。
「織田作さんの作品にはね」
「恋愛もあって」
「そしてその恋愛は市井のもの」
「普通に暮らしている人達のもので」
「美醜を描いたものなんだ」
「本当に武者小路実篤や三島由紀夫だと凄く大事なものになっていて」
恋愛というものはというのです。
「世界そのもの、そしてきらきらしているけれど」
「決してそうじゃない」
「世界そのものとまではいかなくて」
「きらきらもしていない」
「普通のものだね」
「そうだよ、しかしね」
こうも言う先生でした。
「味わいのあるものだよ」
「そうなんだね」
「それが織田作さんの恋愛だね」
「ご自身のことも書いている」
「大阪の人達の中にあるものだね」
「そうだよ、こうした恋愛もいいね」
先生は読みながら微笑んで言いました。
「味わいがあるね」
「源氏物語だとね」
ここでトートーは日本を代表する古典をお話に出しました。
「もう凄いけれどね、恋愛」
「雅でね」
老馬は源氏物語のこのことに言及しました。
「凄く奇麗よね」
「優雅で気品のある中での恋愛」
ガブガブはうっとりとして言いました。
「憧れるものがあるわね」
「その憧れがいいけれど」
それでもとです、ポリネシアは言いました。
「貴族の世界ね」
「もうこれがこれがきらきらだね」
チーチーは言いました。
「恋愛の」
「優雅で雅で奇麗で」
「そこがいいのよね」
チープサイドの家族もこう言います。
「源氏物語はね」
「日本の王朝ロマンスでもあって」
「そこに恋愛があって」
ホワイティも言います。
「仏教の思想も入っていてね」
「季節や人間心理の描写もあって」
ジップはそこにも注目しています。
「作品に重みがあるんだよね」
「雅な美しさと人の儚さとね」
それにと言うダブダブでした。
「恋愛があって素敵なお話になってるんだよね」
「それが源氏物語だけれど」
「織田作さんは恋愛でも全く違うね」
オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「雅も儚さもなくて」
「普通の人がいるんだね」
「大阪のね、それもまた素晴らしいよ」
源氏物語も素晴らしくてというのです。
「やっぱり織田作さんは古典で言うと井原西鶴だね」
「その人になるんだね」
「好色一代男とか書いた」
「江戸時代の人だね」
「この作品凄くて」
好色一代男はというのです。
「子供の頃から女の人に夢中でね」
「それで大人になるんだね」
「そうなんだね」
「そして大人になっても」
「作品の題名を聞いたらわかるけれど」
「女の人だけでなく美少年ともで」
同性愛もというのです。
「日本はそっちもいいからね」
「ああ、そうだったね」
「日本は同性愛も普通だよね」
「それで捕まった人いないから」
「倫理的にも責められないね」
「だからそちらも楽しんで」
そしてというのです。
「最後、六十になったら女護ヶ島っていう女の人が一杯いる島に行って終わるんだ」
「そこで何するか気になるね」
「どうせ女の人ばかりだろうけれど」
「源氏物語と全く違うね」
「本当に」
「うん、全くね」
まさにとです、先生も答えます。
「それで織田作さんはそこまで極端なものは書かなかったけれど」
「やっぱり街の人達を書いていたんだね」
「大阪にいる人達を」
「そのありのままの姿で」
「そこに恋愛があるんだね」
「西鶴さんもそうだったんだ」
その書いていたものはというのです。
「大坂の人達でね」
「それでだね」
「織田作さんもそうだね」
「雅とか戦とか権力とか」
「神仏の教えとかもないんだね」
「神社やお寺それに信仰も生活の中にあるんだ」
大阪の人達のというのです。
「あくまでね」
「成程ね」
「あくまで書かれるのは大阪なんだね」
「そして大阪の人達で」
「全部その中にあるんだ」
「西鶴さんも大坂の人だったしね」
織田作さんと同じくというのです。
「だからね」
「成程ね」
「織田作さんの恋愛もわかってきたよ」
「どういったものか」
「先生のお話を聞いて」
「それは何よりだよ、まあ僕にはね」
今も作品を読んでいます、その中での言葉です。
「恋愛は無縁だけれどね」
「またそう言うし」
「全く、先生はあくまでそう言うね」
「自分は恋愛とは無縁って」
「そうした風にね」
「事実ないからね」
恋愛はというのです。
「産まれてからね」
「その外見だからだね」
「それでスポーツは全然駄目だから」
「だからっていうんだね」
「恋愛とは無縁だって」
「本当にそうだよ」
本当に言うことは変わらない先生でした。
「僕はね、だからね」
「それでだね」
「先生はあくまでだね」
「自分は恋愛とは無縁」
「そう言ってだね」
「お付き合いもしないんだ」
「いやいや、僕が誰かと交際するなんて」
それこそというのです。
「全くないよ」
「それはないから」
「先生紳士だし公平だしね」
「穏やかで親切で」
「しかも教養豊かでね」
「ちゃんとした収入も立場もあるから」
そうした人だからというのです。
「先生ならね」
「絶対に誰かいるよ」
「というかもういるかも」
「ちょっと周り見たら?」
「すぐ傍にとか」
「それはないよ、せめて僕がね」
今も作品を読みつつ言います。
「織田作さんか作品の登場人物の要素が少しでもあればね」
「何があっても奥さんと結婚しようとしたり」
「不倫をしてでも一緒にいたいとか」
「そうした気持ちが少しでもあったら」
「それならなんだ」
「これまで何かあったかも知れないけれど」
それでもというのです。
「僕はこの通りだからね」
「それでだね」
「先生としては」
「こと恋愛については無縁で」
「求めないんだ」
「そうだよ、全くね」
まさにというのです。
「今で充分過ぎる程幸せだしね」
「それでなんだ」
「どうにもだね」
「恋愛まではいい」
「結婚にしても」
「そうなんだね」
「そうだよ、だからね」
本当に今で満足する位幸せだからというのです。
「僕はいいよ」
「成程ね」
「もっと求めてもいいんじゃない?」
「僕達はそう思うよ」
「先生についてはね」
「恋愛も」
「ははは、皆のエールだけ受け取っておくよ」
やっぱり自分に恋愛は無縁だと信じて疑いません。
「有り難くね」
「そこで有り難くじゃないよ」
「ちゃんと周り見てね」
「そうしたら気付くよ」
「普通だとね」
「そうかな」
先生は今も皆の言葉を自分のことを気にかけてくれるが為のエールだと思っています、その気持ちを受け取っておくのでした。
ですがその後で、でした。
三時のティータイム、ミルクティーとクラッカーに苺それにバウンドケーキを研究室で楽しんでいますと。
日笠さんがビスケットを持って来て先生に尋ねてきました。
「先生は今織田作之助さんについての論文を書かれていますね」
「はい」
先生は素直に答えました。
「それで大阪にもよく行っています」
「あの人の街に」
「そうしています」
「でしたら」
日笠さんはここまで聞いて言いました。
「夫婦善哉も行かれていますね」
「行ってきました」
先生はこの時も素直に答えました。
「いい場所ですね」
「そうですね、ではです」
「ではといいますと」
「私も行きたいですね」
日笠さんは先生を見て言うのでした。
「今度」
「いいお店ですよね」
「本当にそうですよね」
「法善寺自体が趣があるので」
それでというのです。
「ですから行かれて下さい」
「そうしていいですね」
「ええ、今度大阪に行かれたら」
にこにことして言う先生でした。
「そうされて下さい」
「そうですか」
日笠さんは先生のそのお言葉にです。
がっくりとなってそれで言いました。
「それでは」
「その様にですね」
「します」
声もがっくりとなっています。
「そうします」
「あとです」
先生は気付かないままさらにお話しました。
「カレーの自由軒にも」
「そちらにもですか」
「行かれて下さい」
「そうします」
がっくりとしたまま応えました。
「それでは」
「是非です。大阪はいい街ですよね」
「そうは思いますが一人で行くよりも」
まだ言う日笠さんでした。
「二人で行く方が」
「皆で行きますと」
動物の皆を見て言いました。
「それならです」
「余計にですか」
「楽しいので」
そうした街でというのです。
「どなたか誘われて」
「行くといいですか」
「そうされて下さい」
「それでは今度先生と」
「僕とですか」
「宜しいでしょうか」
「はい、僕でよければ」
先生は気付かないまま応えました。
「ご一緒させて頂きます」
「それでは」
日笠さんは笑顔で応えました、ですが。
ここで急に日笠さんの携帯が鳴りました、それに出てお話をしてでした。日笠さんはがっかりとなって先生にお話しました。
「あの、急にです」
「どうされました?」
「動物園にバーバリーライオンが入ることになりました」
「あのライオンがですか」
「日本に何頭か入ることが決まって」
そしてというのです。
「そうしてです」
「この学園の動物園にもですね」
「つがいが入ることが決まりました」
「それは素晴らしいことです」
先生も目を輝かせて言いました。
「あのライオンは絶滅したと思われていましたが」
「実はモロッコ王が飼育していまして」
「それで今現在繁殖が行われていますね」
「そしてです」
そのうえでというのです。
「日本でも行うことになって」
「それで、ですね」
「はい」
まさにというのです。
「我が動物園でもです」
「そうなりましたね」
「それで暫く動物園のスタッフ全員が忙しいです」
「受け入れと飼育準備にですね」
「何しろ極めて稀少な生きものなので」
これまで絶滅したと思われる位にです。
「ですから」
「それで、ですよね」
「準備とその後もです」
「飼育が軌道に乗るまで」
「それで暫く忙しいので。休日もです」
こちらもというのです。
「どうなるか」
「わからないので」
「ですから」
それでというのです。
「残念ですが大阪は」
「そうですか」
「バーバリーライオンが来ることは嬉しいですが」
日笠さんは目に見えて落胆して言いました。
「ですが」
「それでもですか」
「大阪に行けなくなりました」
「また機会があります」
先生は落胆する日笠さんを気遣って言いました。
「ですから」
「それで、ですか」
「また行きましょう」
「わかりました」
日笠さんは落胆しきってでした。
先生と一緒にお茶を飲んでそのうえで動物園に戻りました、動物の皆は先生と一緒にその日笠さんを見送ってから言いました。
「残念だったね」
「本当にそうだね」
「日笠さんにとってはね」
「折角先生と大阪と行くことになったのに」
「それがね」
「本当に残念だったね」
「全くだね、けれどね」
先生はそれでもと言いました。
「バーバリーライオンが来ることは素晴らしいよ」
「ああ、先生はそう言うんだ」
「先生らしいね」
「本当にね」
「そのことはいいとして」
「ただね」
それでもとです、動物の皆は言いました。
「そうしたことじゃないんだよ」
「先生はやっぱりわからないね」
「日笠さんがどう思ってるか」
「そのことが」
「どういうことかな」
わからないまま応える先生でした。
「一体」
「まあ気付かないと思っていたから」
「だからいいけれど」
「それならそれでやり方があるから」
「日笠さんはしっかり言ったし」
先生と大阪に一緒に行くことにしたというのです。
「だからね」
「その機会が来れば」
「その時はね」
「ちゃんと行こうね」
「一緒にね」
「うん、また機会があれば」
その時にとです、先生は答えました。
「日笠さんと大阪に行くよ」
「そうしてね」
「じゃあその時を待とう」
「バーバリーライオンのこともまた終わるし」
「それじゃあね」
「うん、そうしようね」
こう言ってでした。
皆は先生に日笠さんと一緒に行くことを強く思わせました、ですが先生は皆にまたこんなことを言いました。
「じゃあ皆ともね」
「そこでそう言うからね」
「全く、先生は駄目ね」
「僕達なんかどうでもいいのに」
「そうなのにね」
「僕達はいつも皆と一緒だからね」
それでと言う先生でした。
「それでだよ」
「そういう問題じゃないんだよね」
「本当にね」
「先生はわかっていないから」
「それも全く」
「これが困るんだよ」
「何もわかっていないから」
こう言う皆でした。
「本当にどうしたものか」
「もうちょっと日笠さん見たら?」
「そうしたら流石に先生でもわかるんじゃないかな」
「これからそうしてね」
「私達からも頼むわ」
「まあお話はそれ位にして」
ここでこれ以上お話してもと思ってです。
「またお茶飲もう」
「セットは全部食べたけれどお茶はまだ残ってるし」
「それを飲もう」
「そうしよう」
こうお話してでした。
皆で研究室でまたお茶を飲みました、そうしながら先生は織田作さんについて書かれた本も読んでいきました。
そしてお家に帰って先生ご自身から日笠さんとのお話を聞きまして。
トミーは苦笑いになって先生に言いました。
「それはよくないですね」
「トミーもそう言うんだ」
「はい、バーバリーライオンがどうかよりも」
それよりもというのです。
「日笠さんと大阪に行って下さい」
「一緒にだね」
「それは絶対にです」
こう先生に強く言うのでした。
「そうして下さいね」
「それではね」
「それとです」
トミーはさらに言いました。
「今から晩ご飯を出しますね」
「お願いするね」
「今夜はカツカレーです」
「カツカレーって他の国にはないんだよね」
ここでジップが言ってきました。
「実は」
「カレーは今はどの国にもあるけれど」
トートーも言います。
「カレーライスみたいなもの自体がなくて」
「ああした洋食がね」
「日本独特のものでね」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「カツレツもカレーもね」
「実は日本のお料理なんだよね」
「元はフランスとかイギリスから入っていても」
ガブガブは右の羽根を上げて言いました。
「日本のお料理よ」
「それでカツカレーもだよね」
「日本のお料理なのよね、これが」
チープサイドの家族もお話します。
「他の国にあるかっていうと」
「ないよ」
「というかこんなお料理よく考えたね」
ホワイティはこう言って賞賛しました。
「凄く独創的だよ」
「確か考えたのプロ野球選手で」
ポリネシアは先生から教えてもらったことをここで思い出しました。
「スター選手だったわね」
「その人が考え出して」
そしてとです、老馬は言いました。
「定着してね」
「僕達も今食べるんだね」
チーチーが続きました。
「そうだね」
「うん、元巨人のセカンドで猛牛と呼ばれた千賀茂さんが考え出したお料理で実はこの千葉さんも大阪と縁があるんだ」
ここで先生がお話しました。
「実はね」
「あれっ、巨人の選手だったんだよね」
「巨人って東京のチームだよ」
「本拠地東京じゃない」
「東京ドームだよ」
「当時は確か後楽園球場だった?」
「東京のチームなのに」
皆先生のお話にどうしてかと首を傾げさせました。
「どうしてかしら」
「大阪と縁があるのかしら」
「その千葉さんが」
「実は千葉さんは近鉄の監督だったことがあるからだよ」
それでとです、先生はお話しました。
「近鉄は大阪のチームだったね」
「藤井寺だったわね」
「あそこが本拠地でね」
「大阪のチームで」
「大阪ドームも本拠地にしていたし」
「そう、あのチームの監督だったから」
それでというのです、
「大阪とも縁があるんだ、あの人の仇名が猛牛だったから」
「近鉄はバファローズでしたね」
トミーがルーを運んで応えてきました、電子ジャーはもう用意されていてカツも切られてご飯を入れたお皿に置かれています。
「そうでしたね」
「そのチーム名もね」
「千葉さんからですか」
「最初は近鉄沿線に伊勢があってね」
「伊勢には先生も行かれましたね」
「うん、その伊勢で真珠が採れるから」
それでというのです。
「パールスだったけれど千葉さんが監督になって」
「その時からですか」
「バファローズになったんだよ」
「そうですか」
「そうなんだ」
「あのチーム名も千葉さんからですか」
「そして大阪は万博が開かれたことがあって」
先生はこちらのお話もしました。
「太陽の塔があるね」
「ああ、あの塔だね」
「面白いデザインの」
「あの塔だね」
「あの塔もだね」
「そう、あの塔は芸術家の岡本太郎さんの作品だけれど」
それでもというのです。
「岡本さんは千葉さんとお友達だったんだよ」
「へえ、そうだったんだ」
「大阪の名所のあれもなんだ」
「千葉さんと縁があるって言うとあるんだ」
「近鉄の監督をしていた千葉さんが岡本さんのお友達だから」
「そうだったんだね」
「そうだよ、街で擦れ違った時にお互いに聞いて」
そしてというのです。
「お付き合いがはじまったんだ」
「成程ね」
「面白い出会いだね」
「街で擦れ違ってからなんて」
「これまた」
「お互い初対面だったけれどお互いのお顔は知っていて」
そうしてというのです。
「岡本さんか千葉さんかと聞いてね」
「お互いにだね」
「そうしてだね」
「それからお付き合いがはじまって」
「一緒になったんだ」
「そうなんだ、それでその岡本さんが大阪の万博の塔を造ったからね」
それでとです、先生歯笑ってお話しました。
「面白い縁だよね」
「全くだね」
「世の中そんなこともあるんだね」
「いや、世の中不思議だね」
「出会いって」
「神様が巡り合わせているからね」
それでというのです。
「そうなるんだよ」
「出会いの不思議さを考えると」
「神様は存在するね」
「偶然では説明出来ないよ」
「本当にね」
「よくもし、とかたら、とかれば、はないっていうけれど」
それでもというのです。
「あの時あの人に出会ったからって多いね」
「人間ってね」
「そして生きものもね」
「僕達も先生出会ったからだしね」
「もし先生に出会えていなかったら」
「先生と出会えたから」
「先生と出会っていなければ」
皆も口々に言います。
「本当にね」
「そうだからね、僕達も」
「一体どうなっていたか」
「少なくとも今みたいに幸せじゃないよ」
「ふわりもそうだね」
今は幸せに暮らしているトイプードルのこの娘もというのです。
「今のご家族が彼女のことを知っていててね」
「前の碌でもない飼い主達に保健所に捨てられたって聞いて」
「すぐに助けてもらったからね」
「今の幸せがあるね」
「そうだね」
「以前に出会っていたから」
今の飼い主達にというのです。
「だからね」
「それでだよね」
「本当にね」
「今の幸せがあるね」
「そうだね」
「そしてふわりとの出会いを捨てた前の飼い主達は」
彼等のお話もするのでした。
「もう廃人だよ」
「自分達の子供も飼育放棄して」
「それで親権放棄させられて」
「そこから禁治産者になってお仕事もなくなって」
「今じゃね」
「酒浸りでだね」
「生活保護は受けてるからそのお金でね」
それでというのです。
「毎日缶の強いお酒を朝から晩までひらすら飲んで」
「完全に酒浸りだね」
「夫婦で」
「それでもうだね」
「廃人なのね」
「お風呂も入らないで洗濯もお掃除もしないでボロボロの汚い服を着てね」
そうしてというのです。
「ゾンビか餓鬼みたいになってだよ」
「酒浸りじゃあね」
「本当に廃人よね」
「そうなったら」
「最早」
「そうだね、それでね」
最早というのです。
「長くないよ」
「そうだろうね」
「そこまで酷くなるとね」
「かなり深刻なアルコール中毒だろうし」
「それじゃあね」
「あれこそ人間失格だね」
先生はここでこうも言いました。
「太宰治の作品じゃないけれど」
「あの作品の主人公は麻薬中毒になって入院させられてでしたね」
トミーがその作品について先生に尋ねました。
「それで、でしたね」
「故郷に帰らさせられてね」
「廃墟みたいなお家に入って」
「そこでボロボロになってね」
「余生を過ごすんですよね」
「そうだよ、そこでね」
「人間でなくなったって言うんですよね」
この作品の主人公がというのです。
「太宰治自身がモデルとのことですが」
「実際に太宰の人生であったことを書いた作品だよ」
「そうでしたね」
「けれど太宰はそこからも書いてからね」
作品にあった様なことがあってもです。
「まだね」
「人間失格かっていうと」
「違ったよ、けれどあの二人は」
「もうですね」
「人間でなくなっていてね」
そう言うしかない様になっていてというのです。
「それでね」
「もうですね」
「二人で身体もどんどんボロボロになっているから」
「長くないですか」
「そうだよ、だからね」
「そのうちですね」
「野垂れ死にみたいになるよ」
それが彼等の末路だというのです。
「もうね」
「そうですか」
「命を何とも思わない、自分の娘だって言っていた命をおもちゃ扱いしてね」
「あっさり捨てて見捨てる」
「命をおもちゃとしか思っていない人達は」
そうした人達はというのです。
「もう人間じゃないよ」
「心がそうなっていますね」
「そして人間でなくなったらその最期は」
「そうしたものですね」
「いいものにはならないよ」
決してというのです。
「本当にね」
「人間でないなら」
「もっと遥かに酷い存在になっていたら」
その心がというのです。
「その結末はね」
「無残なものですね」
「そうならない筈がないよ」
「酷いことをして」
「その報いを受けてね」
そうしてというのです。
「そうなるよ」
「それも神様のすることですね」
「本当にね」
「そういうことですね、ただ」
「ただ。どうしたのかな」
「出会いを言うと織田作さんもですね」
もう準備が出来ています、それでです。
皆でカツカレーを食べはじめています、トミーはその中で先生にこの人のことをお話するのでした。
「奥さんとも」
「そうだね、出会ってね」
先生も応えます。
「そうしてね」
「奥さんが亡くなるまで、ですね」
「一緒にいたんだ」
「そうでしたね」
「大阪に生まれて大阪の人達と出会って」
「大阪の人達を見て」
「そして大阪を見てね」
そうしてというのです。
「作品を書いていたんだ」
「そうでしたね」
「あの人は大阪に生まれた」
「そのことがですね」
「全ての原点だよ」
「大阪に生まれて大阪に出会って」
そしてというのです。
「大阪の人達ともでね」
「作家にもですね」
「なったんだよ」
「この人も出会いがあって」
「それでね」
「書ける様になったんですね」
「そうだよ、人と人の出会いに影響されない人はいなくて」
それでというのです。
「織田作さんもでね」
「僕達もですね」
「そうだよ」
同じだというのです。
「本当にね」
「そういうことですね」
「織田作さんの作品には悪い出会いはあっても」
「いい出会いも多いですね」
「そして最後はね」
「落ち着くんですね」
「ハッピーエンドかっていうと」
それならというのです。
「ハッピーエンドだよ」
「そうなりますね」
「そう言っていいよ」
「そのハッピーエンドを描けることも」
「そうした人達に出会えたからだよ」
「描かせてくれる人達に」
「そうだよ、織田作さんはね」
まさにというのです。
「大阪の人達も深く愛していてね」
「決して悪く書いていないですよね」
「愛嬌があって飾らなくて親しみやすいね」
そうしたというのです。
「人達だよ」
「そうした人達に出会っていたので」
「それでね」
そのうえでというのです。
「ああした素敵な人達を書くことが出来てね」
「ああした結末もですね」
「書けたんだよ」
「そういうことですね」
「あの人は本当に全てはね」
「大阪にあって」
「大阪の人達と共にあったんだよ」
こうトミーにお話するのでした。
「いつもね」
「そう思うと本当に素敵ですね」
「織田作さんはね、そしてね」
「大阪も大阪の人達も」
「そう思うよ」
先生は笑顔で言いました、そしてです。
皆で晩ご飯を楽しみました、そしてまた大阪に行くお話もしました。