『ドリトル先生とめでたい幽霊』




               第一幕  大阪という街

 先生はこの時自宅で本を読んでいました、動物の皆は先生が今読んでいる日本語の本を見て先生に尋ねました。
「今度は何の本読んでるの?」
「日本語の本よね」
「何か面白そうに読んでるけれど」
「何の本なの?」
「うん、織田作之助の小説をね」 
 先生は皆に笑顔で答えました。
「読んでいるんだ」
「織田作之助?」
「確か日本の昭和の作家さんだったね」
「昭和十年代から二十年代前半の人だったわね」
「夫婦善哉とかが有名だったね」
「大阪の人だったね」
「大阪で生まれ育って暮らしていたんだ」
 先生は皆にその人のことをお話しました。
「それでね」
「それでなんだ」
「大阪を書いていたんだ」
「そして大阪に住む人を」
「そうした人だったんだね」
「残念ながら結核でね」 
 この病気を患っていてというのです。
「三十代前半で亡くなっているんだ」
「若いね」
「昔は結核は助からなかったからね」
「その病気に罹るなんてね」
「残念だったね」
「けれど速筆で多作な人でね」
 それでというのです。
「結構な数の名作を残しているんだ」
「夫婦善哉だけじゃなくて」
「他の作品もなのね」
「残しているんだね」
「織田作之助さんは」
「そうだよ、それで今度この人の論文を書くからね」
 だからだというのです。
「こうしてね」
「織田作之助さんの作品読んでいるんだ」
「そうしているんだね」
「論文を書くから」
「その人について」
「そうしているんだ、そして大阪にもね」
 この街にもというのです。
「行くよ」
「あっ、大阪行くんだ」
「あの街に行くんだ」
「それはいいね」
「大阪に行くなんてね」
 皆先生が大阪に行くと聞いてお顔を明るくさせました、そのうえで言うのでした。
「大阪っていいよね」
「賑やかで親しみやすくて」
「それで食べものも美味しいし」
「素敵な街だよね」
「日本で一番いい街かもね」
「そうだね。僕も大阪は大好きだよ」
 先生もにこにことして言います。
「人情もあってね」
「そうそう、人情の街」
「大阪はそうだよね」
「独特の街並みもいいし」
「凄くいい街だね」
「あの街に行って」
 そしてというのです。
「フィールドワークをするよ」
「論文を書く為に」
「是非そうするんだね」
「それじゃあこれから」
「大阪に行くんだ」
「電車で行けるから日帰りで何度も行くよ」 
 そうするというのです。
「あそこについてはね」
「わかったよ、それじゃあね」
「僕達も一緒だね」
「大阪に行くんだね」
「私達はいつも先生と一緒だから」
「そうしてくれたら嬉しいよ」
「皆が一緒でないとね」 
 先生も言います。
「僕としても困るよ」
「僕達と先生はいつも一緒だから」
「離れることはないから」
「だからだね」
「先生にしてもだね」
「そう、一緒に行こうね」
 大阪にもというのです。
「そうしようね」
「是非ね」
「そして皆で楽しもう」
「大阪での学問をね」
「それと観光もね」
「美味しいものも食べようね」 
 こちらも楽しもうというのです。
「皆でね」
「大阪は美味しいもの多いね」
「それも魅力だね」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「庶民的でね」
「安くて美味しいんだよね」
「お好み焼きとかだね」
 老馬はこの食べものをあげました。
「いいよね」
「たこ焼きが有名だね」
 ジップはこの食べものをお話に出しました。
「大阪だとね」
「おうどんもあるわよ」
 ガブガブはこちらを思い出しました。
「きつねうどんね」
「串カツもあるよ」
 ホワイティはとても楽しそうに言います。
「ソースの二度漬けは駄目だけれどね」
「豚まんもいいね」
 トートーは難波のあるお店のことから言いました。
「大阪だと」
「ラーメンもあるわよ」 
 ポリネシアも言います。
「難波に行けば白いスープのお店が何軒もね」
「アイスキャンデーもあるね」
 ダブダブはスイーツのお話をしました。
「あそこだと」
「鰻丼はご飯の中に鰻があって」
「カレーはご飯とルーが最初から混ざっていてね」
 チープサイドの家族も言うのでした。
「そっちも美味しいね」
「とてもね」
「蟹もあるよ」
 チーチーはこれもと言います。
「あそこはね」
「河豚もあるよ」
 先生はこちらと言いました。
「大阪は」
「まさに美食の街だね」
「大阪は至るところ美味しいものだらけ」
「もう何を食べようか迷うね」
「そんな街だね」
「あんないい街ないよ」
 本当にというのです。
「食べることについては」
「全くだね」
「じゃあ皆で食べよう」
「大阪に行ったら」
「フィールドワークもしながらね」
「そうしようね」 
 是非にと言う先生でした。
「大阪に行ったら、あと善哉もね」
「そうそう、善哉もあったよ」
「大阪にはね」
「二杯出される善哉だね」
「法善寺横丁だったね」
「あそこのお店が夫婦善哉でね」
 お店の名前はそうだというのです。
「作品の中で主人公達が行ってるんだ」
「まさに文学の場所ね」
「それじゃあそこも行って」
「皆で食べて」
「それで学問もするんだね」
「そうしようね、しかしね」 
 こうも言う先生でした。
「織田作之助さんの小説は純文学かというと」
「違うの」
「純文学じゃないの」
「違うの」
「うん、大衆小説と言うか」
 それかというのです。
「娯楽小説とね」
「言っていいんだ」
「織田作之助さんの作品は」
「文学だから純文学かと思ったら」
「そうでもないんだ」
「そもそも小説は読んで楽しむものだね」 
 先生は真面目なお顔で言いました。
「そうだね」
「うん、娯楽だよね」
「肩肘張らずに読んでね」
「楽しむものだね」
「そうだね」
「源氏物語もそうだったしね」
 日本の古典の代表であるこの作品もというのです。
「当時はね」
「娯楽作品だね」
「そうなんだね」
「それで当時の人達も読んでいたんだ」
「娯楽作品として」
「そうだったんだ、そして織田作之助さんの作品も」 
 この人にしてもというのです。
「娯楽だよ、忍者も出るしね」
「あっ、忍者出るんだ」
「そうなんだ」
「それじゃあ忍者が活躍して」
「それでどうかなんだ」
「そうだよ、それも昔の忍者でね」
 それでというのです。
「妖術みたいな忍術も使うよ」
「ああ、昔の忍者ってそうだよね」
「忍者漫画とかね」
「そうなってるよね」
「もう忍術はね」
「何でもありだね」
「空を飛んだり色々変身したり」
 先生は笑顔で言います。
「凄いね」
「本当に妖術みたいで」
「まさに何でもあり」
「忍者と妖術使いの区別がつかない位で」
「とんでもないね」
「そうした忍者も書いているんだ」
 織田作之助という人はというのです。
「だから純文学というよりも」
「娯楽小説だね」
「そうなのね」
「あの人の作品は」
「何かって言うと」
「娯楽なんだ」
「うん、娯楽だから」
 それでというのです。
「読んで楽しいよ、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「何かあるの?」
「先生としては」
「若くして亡くなったからね」
 このことを残念そうに言うのでした。
「それがね」
「ああ、そのことだね」
「三十代前半で亡くなるのは確かに早いね」
「まさに若くしてだね」
「長生きしていればもっと沢山の作品を書けたのに」
「そう思うとね」
「残念で仕方ないよ」
 若くして亡くなったことがというのです。
「そのことがね」
「そうだよね」
「そうした人も多いけれどね」
「音楽家だとシューベルトさんとかね」
「若くして、って残念だよね」
「つくづく」
「結核は日本でも問題だったんだ」
 この国でもというのです。
「本当にね」
「そうだったんだね」
「欧州でもかなり問題だったけれど」
「日本でもそうで」
「多くの人が亡くなったんだね」
「そうだよ、日本で亡くなった人が多いのはね」
 先生は残念そうに言いました。
「脚気、梅毒とね」
「結核だね」
「当時の日本はそれで亡くなった人が多いんだ」
「その三つの病気で」
「そうだったんだ」
「脚気は食事の改善で治ってね」
 この病気はというのです。
「日露戦争以降かなりよくなったけれど」
「梅毒と結核はね」
「ペニシリンがないから」
「だからだね」
「そう、戦争が終わる頃までね」
 その頃までというのです。
「沢山の人が亡くなっていると」
「梅毒と結核で」
「それで織田作之助さんは結核で」
「若くして亡くなったんだ」
「そうなのね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「ペニシリンがもっと早く出て来たら」
「助かったかも知れないんだ」
「織田作之助さんも」
「そうだったんだね」
「あと数年かな」
「それだけペニシリンが早く開発されて」
「それで出回っていれば」
 それならとです、皆も思うのでした。
「助かったかも知れないんだね」
「結核が治って」
「それからも書けたかも知れないんだね」
「多くの作品を」
「そうかも知れないんだ」
「そうした人が多いだけにね」 
 若くして結核で亡くなった人がです。
「織田作之助さんについても思うよ」
「結核は本当に恐ろしい病気だったからね」
「あの病気でどれだけの人が死んだか」
「ペニシリンが出て来るまで」
「今も命を落としている人がいるしね」
「昔は栄養状態も悪かったしね」 
 このこともあってというのです。
「罹る人が多かったんだ」
「ペニシリンもなくて」
「それで栄養状態も悪くて」
「それでだよね」
「どれだけの人が亡くなったか」
「お薬にね」
 それに加えてというのです。
「しっかりしたものを食べるとね」
「結核にはならないね」
「そして他の病気にも」
「そうだよね」
「だからまずはいつも身体にいいものを沢山食べて」 
 そしてというのです。
「いざという時にね」
「ペニシリンを使う」
「そうすればいいね」
「結核については」
「それで助かるね」
「治療出来ない病気はないんだ」
 絶対にとです、先生は言い切りました。
「結核もそうだよ」
「それで治る様になった」
「今はそうだね」
「そしてそれがあと数年早かったら」
「織田作之助さんにしても」
「助かったよ、それとね」 
 先生はさらにお話しました。
「宮沢賢治も結核だったんだよ」
「銀河鉄道のあの人もなんだ」
「結核だったんだ」
「それで亡くなっていたんだ」
「あの人も」
「うん、それと実は治療方法もあったよ」
 当時もというのです。
「今から見るとかなり荒療治だったけれどね」
「あったんだ、治療方法」
「ないと思っていたら」
「あったんだね」
「肺の結核になった部分をね」
 そこをというのです。
「潰していたんだ」
「元を潰してなんだ」
「それでだね」
「治していたんだね」
「そうだったんだね」
「そう、だからね」 
 それでというのです。
「あるにはあったんだ、けれどね」
「凄いやり方だね」
「肺を潰すなんてね」
「結核は治っても」
「それでもだね」
「凄い荒療治だから」
 だからだというのです。
「あまりお勧め出来ないかもね」
「そうだよね」
「治療出来るにしても」
「ちょっとね」
「かなり凄いね」
「梅毒もわざと天然痘になって高熱を出してね」
 この病気の治療のお話もしました。
「梅毒菌を殺すやり方もあったよ」
「いや、天然痘って」
「普通に危ないでしょ」
「そっちの方で死んでもおかしくないよ」
「それも凄いね」
「とんでもない荒療治だね」
「あと水銀を使った」
 これをというのです。
「治療方法もあったよ」
「それも死ぬよ」
「水銀って」
「それで治っても」
「果たしてどうなるか」
「実はシューベルトは梅毒でね」
 先程名前を挙げたこの人はというのです。
「水銀治療を行って」
「ああ、それでなんだ」
「水銀中毒だったんだ」
「そうだったんだね」
「それで亡くなったんだ」
 そうだったというのです。
「チフスで亡くなったと言われているけれど」
「それでもなんだ」
「その実はなんだ」
「梅毒に罹っていて」
「その治療でかえって」
「亡くなったんだ、例え助かっても」
 梅毒からというのです。
「そうなる危険もあったし後遺症もね」
「あるよね」
「それも当然のことだよね」
「水銀なんて使ったら」
「それこそね」
「それで思考や行動が極めて鈍ったりもね」
 水銀を使った後遺症でというのです。
「あったんだ」
「そう思うと怖いね」
「どうにも」
「梅毒の昔の治療も」
「本当にね」
「ペニシリンは革命だよ」
 結核や梅毒の治療薬であるこれはというのです。
「医学においてね」
「そのうちの一つだね」
「それは間違いないわね」
「本当に多くの人が助かってるから」
「そう思うと」
「素晴らしいよ」
 実にというのです。
「織田作之助さんは残念だったけれどね」
「それでもだよね」
「本当にあと数年早かったら」
「助かったかも知れないのに」
「残念だね」
「もう結核で死にそうでね」
 そうした状態でというのです。
「ヒロポンを打ってそれでだよ」
「書いていたんだ」
「ヒロポンで奮い立たせて」
「そのうえで書いていたんだ」
「死にそうな身体で」
「そうだったんだ、もういつもヒロポンを打っていて」
 それでというのです。
「注射ダコが出来て打つのにも苦労したとも言われているよ」
「いや、そこまで打ってるって」
「もう凄いね」
「というかヒロポンって覚醒剤でしょ」
「あんなのいつも打ったら」
「今は非合法だよ」
 ヒロポンつまり覚醒剤を打つことはです。
「当然ね」
「物凄く危ないからね」
 ダブダブは真顔で言いました。
「身体を物凄く蝕むから」
「一旦使ったら一週間寝ないで動けるって言うけれど」
 トートーも言います。
「それって栄養を摂ってじゃないからね」
「無理矢理身体からエネルギーを引き出しているから」
「実はとんでもないのよね」
 チープサイドの家族もどうかというお顔です。
「一週間寝ないだけのエネルギー引き出すなんて」
「それだけでとんでもないわ」
「しかも一週間寝ないとかね」
 チーチーはこのことを言いました。
「どれだけ身体に負担をかけているか」
「それに幻覚が見えて幻聴とか電波を受けたりとかで」
 ホワイティはこのことをお話しました。
「心にも悪影響あってね」
「何か凄く喉渇くっていうけれど」
 このことはジップが言いました。
「それだけエネルギーを消費してるんだね」
「言うなら身体を燃やして心を壊すものね」
 ガブガブは恐ろしいものを語る顔でした。
「覚醒剤は」
「あんなものに手を出したら絶対に駄目よ」 
 ポリネシアは断言しました。
「今なら言えるわ」
「イギリスでも当時アヘンとかコカインは合法だったけれど」
「実害多かったね」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「覚醒剤はそのアヘンやコカインより悪影響酷いし」
「やるべきじゃないね」
「非合法になってよかったね」
 老馬も思うことでした。
「本当に」
「今はそう思うよ」
 先生もでした。
「麻薬その中でも覚醒剤はね」
「駄目だよね」
「手を出したら」
「もうそれで破滅するから」
「絶対にね」
「そう、手を出すなんて」
 それこそというのです。
「自殺することと同じだよ」
「本当に身体も心もボロボロになって死ぬしね」
「常用していて長生きなんて絶対に出来ないよ」
「一回打って一週間寝ないで済むって」
「いつもならどうなるか」
「考えるまでもないから」
「僕はお酒は飲むよ」
 先生はこちらは大好きです。
「けれどね」
「それでもだよね」
「先生煙草吸わないし」
「ましてや麻薬なんてね」
「とてもだよ」
「手を出したら駄目だよね」
「冗談抜きで破滅するからね」
 このことがもう明らかだというのです。
「だからね、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「どうしたの、先生」
「当時は合法だったんだ」
 覚醒剤つまりヒロポンを使うことはです。
「あくまでね」
「だから使ってもよかったんだ」
「織田作之助さんにしても」
「ヒロポンつまり覚醒剤使ってたんだ」
「それでもよかったんだ」
「煙草屋で打っていて」
 それでというのです。
「それで買って結核で死にそうな身体にね」
「ヒロポンを打って」
「あえて鞭打って」
「それで書いていたんだ」
「作品を」
「終戦から亡くなるまで。昭和二十二年になってすぐに亡くなったけれど」
 それでもというのです。
「その間が特に作品が多いんだ」
「終戦からっていうとね」
「昭和二十二年になってすぐだとね」
「一年半位しかないけれど」
「その間にどんどん書いていたんだ」
「数多くの作品を」
「本当に結核が進行してね」
 それでというのです。
「床に伏していても不思議じゃなかったけれど」
「書いていたけれど」
「それはどうしてか」
「ヒロポンを打ってなんだ」
「それで身体に無理に元気出させて書いていたんだ」
「ある意味凄いね」
「まさに作家の執念だね」
 先生は考えながら言いました。
「織田作之助さんの」
「それでなんだ」
「それで書いていたんだ」
「何とか書きたい」
「そう思っていて」
「だからね」
 それでというのです。
「僕はその執念には心服しているよ」
「結核で命の火が消えそうになっていて」
「それでもヒロポン打って」
「それでもなんだ」
「必死に書いていて」
「最後の最後までだね」
「書いていたんだ、作品の取材に東京に行って」 
 大阪からです。
「そこで太宰治や坂口安吾と対談して酒場にも行ったよ」
「ああ、あの走れメロスの人だね」
「太宰治っていうと」
「あの人と対談もしていたんだ」
「大阪から東京に来て」
「それでなんだ」
「そうしたこともして」
 そしてというのです。
「遂に物凄い喀血をしてね」
「ああ、病院に担ぎ込まれたんだ」
「そうなったんだ」
「それで入院して」
「それでなんだ」
「そう、本当にね」 
 実際にというのです。
「東京で亡くなったんだ」
「ううん、壮絶だね」
「何ていうか作家の生き様だね」
「結核なのに書いて」
「ヒロポンまで打って」
「それで東京に取材に行って亡くなるとか」
「これこそ作家さんだね、それで大阪に帰ってね」
 亡くなってそうしてというのです。
「そしてね」
「お葬式が行われたんだね」
「そのうえで今はだね」
「大阪に眠ってるんだね」
「そうなんだね」
「上本町のお寺にお墓があるよ」
 そこにというのです。
「大阪のね」
「大阪で生まれて大阪で育って」
「そして大阪に生きて」
「今も大阪におられるのね」
「そうだよ、生粋の大阪の人なんだ」 
 織田作之助という人はというのです。
「今で言う大阪の天王寺区に産まれて難波や千日前に親しんでいたんだ」
「ああ、だからだね」
「難波のお店が作品に出るんだ」
「そうなんだね」
「そしてそのお店にもね」
 難波のというのです。
「皆で行こうね」
「うん、わかったよ」
「そうしていこうね」
「フィールドワークの時にね」
「そうしようね」
「皆でね」
 笑顔で言う先生でした、皆でそうしたお話をしましたが。
 夜になってです、トミーは先生にこう言いました。
「日本も色々な作家さんがいますね」
「そうだね」
「最近日本は文学も世界的に注目されていますが」
 晩ご飯を食べながら言います、今夜のメニューは鰹のたたきにもずぐの酢のものに大根と若布の和えものに貝類のお味噌汁です。
「その人もですね」
「注目されていいと思うよ」
「そうですよね」
「夏目漱石や太宰治が有名だね」
 日本文学といえばです。
「やっぱりね」
「それに森鴎外ですね」
「芥川龍之介もね」
「特に川端康成は」
「ノーベル文学賞を獲得しているしね」
「そして三島由紀夫ですね」
「三島由紀夫は素晴らしいね」
 先生もこう言います。
「あの人の文章も構成もね」
「素晴らしいですよね」
「英語訳でよりも原文で読むと」
 日本語のそれで、です。
「別格だよ」
「そうですよね」
「僕としてはね」
「それで今回はですね」
「織田作之助についてね」
「論文を書かれているんですね」
「そうなんだ」
 こうトミーにお話します。
「今はね」
「そうですね」
「それで作品も読んでいるよ」
「どんな作品ですか?」
 トミーは鰹のたたきを食べながら先生に尋ねました。
「それで」
「夫婦善哉や世相、六白金星や競馬、勧善懲悪もね」
「読まれていますか」
「そうだよ、あとね」
 先生はさらに言いました。
「ニコ狆先生や猿飛佐助もね」
「猿飛佐助っていうと」
「あの真田十勇士のね」
「あの人ですよね」
「あの人の作品もね」
「読まれてますか」
「思えば夫婦善哉で出たお店は何度か行ってるね」
 ここでこのこともお話する先生でした。
「カレーの自由軒も鰻のいづも屋も善哉の夫婦善哉もね」
「そうでしたね」
「それで今回も行かせてもらうけれど」
「作品もですね」
「読んでいるんだ、ニコ狆先生なんか面白いよ」
「何か」
 トミーはその作品のタイトルから言いました。
「煙草のニコチンと」
「犬の狆だね」
「日本の」
「そうだよ、当時の日本の市井を舞台にした忍者ものでね」
「当時のですか」
「主人公が忍者の師匠に弟子入りするけれど」
 それでもというのです。
「その先生が狆そっくりの顔なんだ」
「それで狆ですね」
「そして姿を消す術を身に着けるのに煙草を吸ってその煙でね」
「姿を消すんですね」
「そうしたお話なんだ」
 これがというのです。
「このお話はね」
「何か変わった作品ですね」
「娯楽小説だよ」
「そちらのジャンルですか」
「うん、それでね」
 先生はもずくを食べつつお話します。
「その作品も読んで」
「そうしてですか」
「論文を書いているよ」
「そうですか」
「大阪の文学は井原西鶴や上田秋成がいてね」
「谷崎潤一郎も一時いましたね」 
 明治、大正、昭和に活躍した文豪です。
「そうでしたね」
「あの人は長い間関西にいたからね」
「それで大阪にもですね」
「いた時期があったよ、あと川端康成もね」 
 そのノーベル文学賞を獲得した人です。
「この人もね」
「確か大阪生まれですね」
「そうなんだ、大阪の雰囲気のない人だけれど」
 作品にはというのです。
「けれどね」
「あの人もですね」
「大阪生まれだよ」
「そうなんですね」
「案外大阪出身の作家さんも多いよ」
「お笑いだけじゃないですね」
「そうだよ、大阪は奥が深いんだ」
 先生は大根と若布を食べながら答えました。
「だから文学もね」
「豊かなんですね」
「そうなんだ、だからね」
「先生もですね」
「織田作之助さんを学んでいるんだ」
 今そうしているというのです。
「そしてね」
「論文を書かれていますね」
「そうだよ、全集も読んでいるよ」
「織田作之助さんの」
「そうしているよ」
「全集もあるんですね」
「そうなんだ」 
 トミーにこうお話しました。
「だから研究しやすい方の作家さんだよ」
「研究しやすいですか」
「まだね、これがね」
 難しいお顔になって言うのでした。
「そうでない人もいて」
「それで、ですか」
「その人を研究しようと思うと」
「資料が集まりにくくて」
「苦労するんだ」
「そうなんですね」
「人によってはね、日本文学で調べやすい人は」 
 その人はといいますと。
「近代だと夏目漱石なんかね」
「あの人は日本を代表する文豪ですし」
「調べやすいよ、そして芥川龍之介や太宰治なんかね」
 こうした人達もというのです。
「かなりね」
「調べやすいんですね」
「そして織田作之助もね」
「調べやすい方ですね」
「うん、じゃあ全集や論文も読んで」 
 織田作之助のそれもというのです。
「そしてね」
「そのうえで、ですね」
「大阪にも行くよ」
「そうされますか」
「暫くそうするよ」
 笑顔で言ってでした。
 先生は織田作之助についての論文を書きはじめました、そしてこれは先生の新たな出会いのきっかけになるのでした。








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