『ドリトル先生と牛女』




               第十一幕  完治して

 牛女さんの歯の治療はいよいよあと一回になってその日が近付いていました、先生はその中で落ち着いていました。
 その落ち着きを見てお静さんは大学の研究室にいる先生に言いました。
「もうすぐ最後の治療ね」
「うん、そうだね」
「その割に落ち着いているかしら」
「いや、お医者さんが治療や手術で我をなくしたりしたら」
「駄目だっていうのね」
「だからね」
 それでというのです。
「僕はいつも平常心を保つ様にしているけれど」
「診察や治療の前にもなのね」
「手術の前にもね」
「そうなのね」
「そうした時こそね」
 まさにというのです。
「もうね」
「落ち着くべきなのね」
「そう、紅茶を飲んで」
 大好きなそれをというのです。
「そうしてね」
「それでなのね」
「そう、落ち着いて」
「今回も治療するのね」
「逆に僕はいつも落ち着いていて」
「あっ、先生焦ることはね」
 お静さんもここで言いました。
「絶対にないわね」
「それで急ぐ様にとね」
「言われるのね」
「そうなんだよね」
「そうね、先生はそうした人ね」
「だから大丈夫かって言われたこともあるよ」
 そうしたことがあったというのです。
「大変な手術の前にもいつも通りだったから」
「確かに先生を知らない人だとね」
「緊張してなくてだね」
「そう思うこともあるわね」
「子供の頃からこうなんだ」
 先生はというのです。
「何が会っても焦らなくてもね」
「落ち着いているのね」
「こうしてね」
「成程ね、そういえば」
 ここでお静さんはこうも言いました。
「もうあらかた治療を終えてるわね」
「一番大きなものはね」
「後は一回だけね」
「それはもう詰めだから」
 それでというのです。
「その詰めが大事だけれど」
「一番大きなものはなのね」
「終わっているよ」
「そうね、じゃあかえって私がね」
「焦っているっていうんだね」
「牛女さんともお付き合いがあって」
 お静さんはご自身と牛女さんとの関係の子ともお話しました。
「もう何十年にもなるから」
「あの人が六甲に入ってからだね」
「終戦直後からのね」
「もう七十年以上だね」
「思えば長いわ」
「人間の一生位はあるからね」
「妖怪の一生は凄く長いけれど」 
 人間より遥かにです。
「やっぱり七十年以上となるとね」
「やっぱり長いね」
「ええ、それだけ仲良くしていて」
 だからだというのです。
「私も牛女さんの歯のことはね」
「気にしていたんだね」
「そうだったのよ、歯のことは大事でしょ」
「健康にとってね」
「だから虫歯になったって聞いて」
 それでというのです。
「凄くね」
「気にしていたんだ」
「そう、私も歯のことは気にしているし」
 お静さんもというのです。
「歯がないと本当に大変だから」
「お静さんのはは大丈夫かな」
「今のところはね」
「抜けたりしていないんだね」
「欠けたりもね」
「それは何よりだね」
「だから歯のことは気をつけているから」
 それでというのです。
「しっかり歯も磨いているから」
「大丈夫だね」
「今のところはね、ただね」
「これからはだね」
「大事にし続けていかないとね」
「健康は一生のことだからね」
「気を付けていくわ、あの格好いい伊達政宗さんもね」
 戦国大名のこの人もというのです。
「最後は歯が殆どなかったっていうし」
「調べたらね」 
 先生も伊達政宗さんのことをお話します。
「犬歯以外はね」
「なくなっていたのね」
「そうみたいだよ」
「そうなったのよね」
「歯周病でね」
 この病気でというのです。
「歯が抜けてね」
「そうなったのね」
「歯磨きは歯肉についても大事だから」
 歯だけでなくです。
「そちらの為にもね」
「磨くことね」
「そう、しっかりと磨いてね」
「奇麗にしないといけないわね」
「虫歯に歯周病に」
「あと歯槽膿漏ね」
「そうした病気にならない為にもね」 
 是非にというのです。
「磨いておくべきだよ」
「いつもね」
「男伊達という言葉が日本にあるけれど」
 先生はこのお話もしました。
「これは格好いいという意味だけれど」
「服装とかを決めてね」
「まさに伊達政宗さんから出ているから」
「それだけあの人が恰好よかったのね」
「うん、けれどその人もね」
「歯のことは苦しんだのね」
「歯に何かあると」
 そうなると、というのです。
「顔の相にも影響が出るから」
「ダンディな政宗さんには嫌だったでしょうね」
「お年寄りになっていたとしてもね」
「そうよね」
「何しろ歯の殆どがなくなっていたから」
 それだけにです。
「余計に辛かっただろうね、しかもあの人は食べものにも凝っていたから」
「自分でお料理もしてたのよね」
「ずんだ餅も作ったしね」
 このお菓子もというのです。
「ほやについてもお話してるしね」
「あの東北の海の幸ね」
「ほやはお汁まで食べろって家臣の人達に言ってるんだ」
「そうなのね」
「それで凍り豆腐も作ったらしいけれど」
「こっちじゃ高野豆腐っていうわね」
「あちらの逸話もあるし」
 それでというのです。
「お料理にも造詣が深かったんだ」
「そんな人が歯がないと」
「辛かっただろうね」
「噛めなくて」
「そうだっただろうね」
「歯周病とは大変ね」
「それにならない為にもね」
 是非にというのです。
「歯磨きはね」
「大事ね」
「そうだよ、お静さんも歯を大事にしているのなら」
「歯磨きもよね」
「やっていってね」
「わかったわ」
 先生に笑顔で答えます、そうしてでした。
 先生はお静さんが帰ってから今度は論文を書きはじめました、そして三時にティータイムを楽しんでいますと。
 動物の皆が先生と一緒に飲みつつ言いました。
「伊達政宗さんもだったんだ」
「歯が抜けていたんだ」
「歯周病になって」
「そうなっていたのね」
「だからね」
 それでというのです。
「苦しんでいたと思うよ」
「歯のことでは」
「そうだったのね」
「歯がないと噛めないしね」
「当時入れ歯があったとは思えないし」
「それじゃあね」
「うん、今は入れ歯があるけれど」
 それでもというのです。
「当時はなかったしね」
「やっぱりなかったのね」
「入れ歯が出来るのはずっと後ね」
「そうなのね」
「歯が抜けたらそのままだったよ」
 そうだったというのです。
「だからルイ十四世もね」
「歯を全部抜かれて」
「ずっと噛めなくなっていた」
「そうだったわね」
「抜けたら終わりだったよ、入れ歯やさし歯もね」
 そうしたものもというのです。
「かなりの技術なんだよ」
「確かにそうだね」
「それがあったら抜けてもまた噛めるし」
「それだけでも大きいね」
「入れ歯やさし歯があったら」
「そうなんだ、ただね」
 こうも言った先生でした。
「やっぱり歯はそのままの方がね」
「いいよね」
「元の歯の方が」
「最初からある方がいい」
「そういうことだね」
「うん、だからまずは歯磨きが大事だよ」
 何といってもというのです。
「最初からね」
「やっぱり結論はそうだね」
「最初から虫歯にならない」
「歯周病にも歯槽膿漏にもならない」
「そういうことね」
「そうだよ、本当にね」
「だからよね」
 ダブダブがティーセットを食べつつ言います、今日は上段にクリームを挟んだビスケット中段にフルーツサンド下段にバウンドケーキという組み合わせです。そして紅茶はオーソドックスにミルクティーです。
「先生は歯磨きを奨励してるのね」
「歯がなくてもお口の中は奇麗に」
 ホワイティも言います。
「そう言ってるね」
「お口の中が清潔だとそれだけで健康に影響が出る」
 ポリネシアは言いました。
「そうよね」
「だから歯磨き粉を使った方がよくて」
 ガブガブも先生のお話を思い出しています。
「何時も清潔であるべきだね」
「歯磨き粉を使って歯磨きしたら健康になったとかね」
 トートーはこのお話を出しました。
「先生お話しているしね」
「ちゃんと磨くこと」
 今度はジップが言いました。
「それこそが大事だね」
「病気は最初からならない」
「そうね」
 チープサイドの家族もお話します。
「それが一番で」
「健康管理からだね」
「流石先生だね」
「そうしたことからってお話するからね」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「病気になって患者さんが来て儲かるとか考えないから」
「両親的だよ」
「世の中そんなお医者さんもいるみたいだし」
 老馬はどうかというお顔で言いました。
「皆病気になって自分の病院に来てくれとかね」
「確かに患者さんが来ないと病院も成り立たないけれど」 
 チーチーはこの現実から言いました。
「人の病気を願うのはやっぱりよくないよ」
「そう、人の身体のことはね」
 先生も言います。
「まず健康であることを願わないとね」
「駄目だよね」
「それが人として正しいね」
「あるべき姿ね」
「本当に」
「そう思うよ、そもそも人は気をつけていても」
 それでもというのです。
「どうしても病気になるしね」
「そうだよね」
「生きているとね」
「絶対に病気になるよね」
「どんな生きものも」
「うん、人は絶対に老いてね」
 そしてというのです。
「衰えていくしね」
「そうだよね」
「どんな生きものもね」
「不老不死なんてなくて」
「歳を取ってね」
「弱っていくわね」
「それと共に病気にもなるし」
 先生はさらにお話しました。
「その時の体調で病気にもなるし」
「健康な人が風邪ひくしね」
「そんなことだってあるし」
「そう考えるとね」
「普通に病気になるね」
「そうよね」
「だから人の病気を願わなくても」
 それでもというのです。
「普通にね」
「誰でも病気になって」
「それで病院に来るから」
「人の病気を願わなくていいね」
「そうよね」
「何故医学があってお医者さんがいるのか」
 そもそもというのです。
「この世に絶対に必要だからでね」
「そうだよね」
「だからあるし」
「先生だってお医者さんだし」
「お医者さんがいない社会は考えられないね」
「だから病院もあるしね」
 こちらの施設もです。
「それで人に病気になってもっと患者さんが来いとかね」
「そう思うことはだね」
「よくないね」
「人として」
「そうしたことは」
「そうだよ、そもそも医術は仁術ともいうし」
 この言葉もあるというのです。
「だからね」
「余計によね」
「そうしたことを願うべきじゃないわね」
「お医者さんならね」
「尚更ね」
「そう思うよ」
 先生はバウンドケーキを食べつつ言いました。
「僕はね」
「先生の病院はお客さん来なかったけれどね」
「イギリスのあの病院は」
「それでもだね」
「そう思うのね」
「人として」
「うん」
 実際にというのです。
「それでもね」
「そうだよね」
「それでもそんなことを思わないのが先生ね」
「そうした風に考えるのが」
「本当にね」
「僕は誰の不幸も願わないよ」
 動物の皆は先生に言いました。
「決してよね」
「そこも先生のいいところだよ」
「人の不幸を願わないことも」
「そうしたことをしないことも」
「それは間違っているからね」
 先生のお考えではです。
「だからだよ」
「そうだよね」
「本当に人の不幸を願うとかね」
「絶対によくないよ」
「というか人を呪わば穴二つ」
「そうも言うしね」
「そう、人の不幸を願うと」
 それこそというのです。
「そうした人にこそね」
「不幸が起こるね」
「人の不幸を願えば」
「そうすれば自分にね」
「かえって不幸が訪れるよ」
「そうなるよ」
 先生は言いました、そしてです。
 どうかというお顔になってこうも言いました。
「淀殿走ってるね」
「ああ、大坂の陣のね」
「豊臣秀頼さんのお母さんね」
「そうだったね」
「あの人は徳川家康さんが憎くてね」
 それでというのです。
「丑の刻参りをしていたそうだよ」
「ああ、あの日本の呪いね」
「呪いの藁人形を使う」
「真夜中にやるっていう」
「あれをしていたの」
「そうみたいだよ、あれは呪いをかけている姿を見られると自分に呪いがかかるっていうし」
 それにというのです。
「実際淀殿の方がね」
「滅んだね、大坂の陣で」
「そうなったね」
「大坂城の中で自害して」
「それで炎の中に消えたね」
「このお話を見ても思うよ」
 本当にというのです。
「人を呪えばね」
「まさに穴二つ」
「むしろ自分の方が呪われる」
「そして祟られる」
「そうなるね」
「だから人の不幸を願うと」
 そうすればというのです。
「かえってね」
「自分が不幸になる」
「まさにね」
「そうなるから」
「よくないね」
「そうだね」
「そんなことをしたらいけないよ」
 心から言う先生でした、そしてです。
 そうしたお話しながらまた論文を書きました、そのうえで牛女さんの最後の治療の日になりましたが。
 治療は無事に終わって先生は牛女さんに言いました。
「これで、です」
「全てですね」
「終わりました」
 にこりとしての言葉でした。
「完治しました」
「それは何よりです」
「では今後は」
「二度とですね」
「虫歯にならない様にしてくれたら」
「歯をしっかりと磨いてそうして」
「歯に悪いものを食べ過ぎないことです」
 このことも大事だというのです。
「ライムジュース等を」
「私はそれで虫歯になりましたし」
「そうです、そうしてくれますと」
 それでというのです。
「もうこれからはです」
「虫歯にならないで済みますね」
「そうなりますので」
「これからはですね」
「気をつけて下さいね」
「わかりました、ではお礼ですが」
 牛女さんはにこりと笑ってです。
 手をぽん、と叩きました。するとお供の人達がです。
 あるものを出してきました、それは何かといいますと。
「これはまた」
「完治させてくれたお礼です」
 牛女さんは笑顔で言いました。
「お受け取り下さい」
「そうですか」
「歯を治して頂いたので」
「前もこれ以上はと」
「いえ、これは報酬ではなくです」
「違うのですか」
「お礼です」
 そちらだというのです。
「ですから」
「だからですか」
「お受け取り下さい」
「報酬ではなくお礼ですか」
「そうです、受け取って下さい」
 是非にというのです。
「そうされて下さい」
「若し受け取って下さらないと」
 従者の人も言ってきます。
「私達も困りますので」
「ですからどうかお受け取り下さい」
「そうして下さい」
「どうかです」
「お受け取り下さい」
「わかりました、しかしまさかです」 
 先生は従者の人達が差し出したそれを見ながら言いました、それは箱の中にありますが。
 小判が何段ももなかみたいに重ねられてその束が十はあります、先生はその小判達を見て言うのでした。
「小判を頂けるとは」
「思いませんでした」
「はい」
 牛女さんに答えました。
「そうでした」
「そうですか、ですが私達妖怪はです」
「今も小判を使われていますか」
「鋳造して」
 そのうえでというのです。
「実は日本政府に内密に認められていますし」
「だからですか」
「はい、お礼としてです」
「受け取っていいのですね」
「そうして下さい」
「そこまで言われるなら」
 先生も頷いてでした。
 そうしてその小判が入った箱を受け取りました、そうしてです。
 今度は牛女さんにお呼ばれして六甲のお屋敷で宴を開いてもらいました、動物の皆にトミーそして王子も一緒ですが。
 山海の珍味がある卓上を見て王子は唸りました。
「凄いね、兵庫県の幸が全部ね」
「あるね」
「そうだよね」
「流石に牛肉はないけれど」
 牛女さんのお屋敷だけにです、先生は王子に応えました。
「それでもね」
「その他のものがね」
「全部あるね」
「そうだね、鱧も蛸もあればね」
「猪も山芋もあって」
「本当に凄いよ」
「まさに山海の珍味がね」
 兵庫県のそれがというのです。
「揃っているよ」
「そうだね、じゃあね」
「今からね」
「こちらもだね」
「いただこう」
「それじゃあね」
 こうお話してでした。
 皆で食べます、そして牛女さんも言いました。
「遠慮せず召し上がって下さい」
「だから僕達を招いてくれたんだね」
「はい、そして」 
 牛女さんは笑顔でさらに言いました。
「お酒もです」
「そちらもですね」
「飲まれて下さい、灘のお酒です」
「何といいますか」
 トミーは明石で獲れた鯛のお刺身を見ながら言いました、その他にも鮎の塩焼きもあります。どちらも物凄く美味しそうです。
「本当に山海の珍味が揃っていて」
「それで、ですね」
「凄いですね、鯛に鮎が一緒にあるなんて」
「こんなことはね」
 先生も言います。
「海と川がどっちもある」
「そうした地域ならではですね」
「そうだね、海草があって」 
 そちらのお料理もあります。
「そして茸もある」
「まさに山海の珍味がですね」
「揃っているよ、特にね」 
 先生は笑顔でさらにお話しました。
「天然の椎茸とこのわたはね」
「このわたは海鼠の内臓ですね」
「どっちもあるのはね」
「凄いことですね」
「天然の椎茸なんて滅多にないからね」 
 だからだというのです。
「これを食べられるなんて凄いことだよ」
「それにこのわたもとなると」
「余計にね、では食べようね」
「それでは」
「それでなのですが」
 牛女さんも言ってきます、見れば牛女さんは和風サラダやキャベツの酢漬けといったものをご自身の前に置いています。
「これからもです」
「何かあればですか」
「診察をお願いします」
 こう先生にお願いするのでした。
「宜しくお願いします」
「僕でよければ」
「はい、ただ」
「ただといいますと」
「私だけでなく」
 牛女さんに限らずというのです。
「神戸の妖怪に何かあれば」
「その時にですね」
「宜しいでしょうか」
「はい」
 先生は牛女さんににこりと笑って答えました。
「それでは」
「その様にお願いします」
「僕は困っていればです」
「人も生きものも妖怪もですね」
「関係ないですから」
 だからだというのです。
「差別しません」
「だからですね」
「診させて頂いて」
 そうしてというのです。
「治療も手術もです」
「お薬もですね」
「その様にさせて頂きます、ただ」
「ただといいますと」
「いえ、実は日本に車で妖怪の身体のことは詳しくなかったです」
 先生は鱧のあらいを食べつつお話しました。
「そうでした」
「そうだったのですか」
「ですが日本の漫画家さんが出している妖怪の図鑑の様な本を読みまして」
「あっ、妖怪博士さんですね」
 牛女さんは漫画家さんと聞いてすぐにわかりました。
「あの方ですね」
「妖怪博士さんですか」
「ずっと妖怪の漫画を描いておられ」
「物凄く妖怪に詳しい方でしたね」
「それでお亡くなりになって」
 そしてというのです。
「今は妖怪になられて」
「妖怪博士にですか」
「そう呼ばれています、お姿はそのままです」
「そうなのですね」
「あまりにも妖怪がお好きで」
 それでというのです。
「人間としての一生を終えますと」
「妖怪になられましたか」
「そうなられまして」
「今はですか」
「私達の素晴らしいお友達です」
「それは何よりですね」
「他にお化け先生もおられます」
 牛女さんは海草とレタス、和風ドレッシングで味付けされたそれを食べながらそのうえでお話しました。
「その方も」
「その方も元は人間ですか」
「はい、明治から昭和にかけて活躍された文豪さんで」
「妖怪でそうした方ですと」
 先生は微笑んで言いました。
「泉鏡花さんですか」
「おわかりですか」
「はい、あの人もそうでしたね」
 先生は牛女さんに笑顔で応えました。
「妖怪がお好きでしたね」
「そして多くの作品を残されましたね」
「だからですね」
「人としての一生を終えられて」
 そしてというのです。
「今はです」
「妖怪としてですか」
「いつも執筆しておられます」
「多作な方でしたし」
「そうして楽しんでおられます、湯豆腐もお好きですし」
「生ものは今もですか」
「非常に清潔な方です」
 妖怪になってもというのです。
「左様です」
「そうなのですね」
「はい、それで妖怪博士のですね」
「本を読みまして」
 そうしてというのです。
「僕も今ではです」
「妖怪の身体のことをご存知ですか」
「そうなっています」
「では診察もですね」
「出来ます、妖怪さんごとに」
「それは何よりですね」
「まさかそんな本がこの世にあるとは」
 先生は豆腐料理を食べつつ言いました、こちらも素晴らしい美味しさです。
「思いませんでした」
「そうでしたか」
「はい、凄い本ですね」
「そして凄い漫画家さんですね」
「そう思います、ただ妖怪の漫画を描かれるだけでなく」
「妖怪に実に親しんでおられて」
「その生態のことまで、ですね」
 そうしたことまでというのです。
「調べておられたんですね」
「そうでした」
「本当の意味での妖怪に親しんでおられた」
「そうした方です」
「だから今は妖怪になられていますか」
「妖怪になられて凄くです」
 牛女さんは笑顔でお話しました。
「喜んでおられます」
「そうでしょうね」
「はい、妖怪になれてよかったと」
「それは何よりですね」
「そして朝は寝床で」
「夜は墓場で、ですね」
「そうされています」
 そうした生活を過ごしているというのです。
「幸せに」
「では博士にお伝えしてくれますか」
「何とでしょうか」
「僕は博士の本に心から感謝していると」
「私達の診察が出来てですね」
「そして日本ひいては世界の妖怪のことを広く知れたので」
 このこともあってというのです。
「それで、です」
「そうですか、では」
「お伝え願えるでしょうか」
「喜んで」
 牛女さんはここでもにこりと笑って答えました。
「そうさせて頂きます」
「それではお願いします」
「わかりました、ただです」
「ただといいますと」
「先生は日本語がご堪能ですね」
 牛女さんは山菜の天麩羅を食べている先生に言いました、見れば天麩羅は山菜の他には海老や鱚、烏賊もあります。
「お話も」
「はい、実は語学はかなり得意で」
「動物の言葉も理解出来てですね」
「人の言語もです」
 こちらもというのです。
「この通りです」
「日本語もですね」
「読み書きが出来て」
 そうしてというのです。
「喋ることが出来ます、特にです」
「特にといいますと」
「最近日本にいますので」
 だからだというのです。
「頭の中で考える言葉もです」
「日本語ですか」
「そうです」
 まさにというのです。
「そうなっています」
「そうですか」
「はい、そうして」 
 それでもというのです。
「考えています」
「そうですか」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「かなり日本語に馴染んでいます」
「そこまで、ですか」
「最近は」
 今度は蛸の酢のものを食べつつ牛女さんに言いました。
「そうなっています」
「そうですか」
「僕も最近は」
 トミーは山芋のを切って梅であえたものを食べつつ言いました。
「頭の中で考える言葉は日本語です」
「僕もだよ」
 王子は猪の味噌煮込みを食べつつ言いました。
「そうだよ」
「そうなったね」
「母国の言葉と英語を使っていたけれど」
 頭の中の思考に使う言葉はです。
「今じゃね」
「日本語だね」
「そうなっているよ」
「そうしたらだよね」
「何か日本人の考えもわかってきたかな」
「そうだよね」
「言葉って不思議だよね」
 老馬が言ってきました。
「同じことを考えてもそれに使う言語で出す結論が違ったりするんだよね」
「同じ人がそうしてもね」
「そうなるんだよね」 
 オシツオサレツも言います。
「そうなるからね」
「不思議だよね」
「先生もなのかな」
「先生色々な言語知ってて読み書きもお話も出来るし」
 チープサイドの家族の言います。
「それだとね」
「先生もなのかな」
「じゃあ先生実際にそうしてみる?」
 トートーは先生に言いました。
「同じことをそれぞれの言語で考えてみる?」
「これって凄い実験かも知れないね」
 チーチーはトートーの言葉に頷きました。
「若しかして」
「そうね、じゃあね」
 ポリネシアも言います。
「それでやってみる?」
「そうね、考えることはね」
 ダブダブが言うことはといいますと。
「日笠さんのことね」
「日笠さんが先生のことをどう思っているか」
 ジップは先生に言いました。
「それでどうかな」
「じゃあ先生早速考えてみて」
 ガブガブも先生に言います。
「色々な言語でね」
「面白いね、英語に日本語に中国語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、アラビア語、タイ語、ベトナム語、トルコ語と色々な言語でね」
 王子も楽しそうに言います、海鼠を食べつつ。
「やってみて」
「どうして日笠さんかわからないけれど」
 先生は皆の言葉にきょとんとして言いました。
「それじゃあやってみるね」
「絶対に何かの言語で真実がわかりますよ」
 トミーも言います、お酒を飲みながら。
「きっと」
「そうかな、じゃあね」
「やってみて下さい」
「それじゃあね」 
 こうしてでした。
 先生は実際に色々な言語で日笠さんが先生についてどう思っているのか考えてみました、そうして皆に言いました。
「うん、僕をお友達と思ってくれているね」
「えっ、全部の言語で考えてそれ?」
 王子は思わず動きが止まりました。
「その答え?」
「そうだよ」
「そうなるんだ」
「そうだったけれど」
「本当に全部の言語でなんだね」
 先生にさらに尋ねました、
「そうなんだね」
「そうだけれど」
「あの、先生は」
 牛女さんも言ってきました。
「まさかと思いますが」
「これがね」
「実は、なんですよ」
 王子とトミーが牛女さんにお話します。
「恋愛経験は全くで」
「これまでね」
「それでご自身ではです」
「全くもてないって思ってるんだ」
「やっぱりそうですか」
 牛女さんは二人の言葉に頷きました。
「先生は」
「僕はもてないですよ」
 先生も言います。
「本当に」
「そう思われますか」
「生まれてから運動神経は全くなくて」
 そしてというのです。
「女性にもです」
「縁がないのですか」
「全く、ですがお友達は沢山いてくれるので」
「その人もですか」
「はい、日笠さんもです」
 この人もというのです。
「お友達です」
「そうですか」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「僕は一生独身かと」
「それでもいいのですか」
「大勢のお友達がいてくれるので」
「寂しくないですか」
「僕は家事も出来ませんが」
 それでもというのです。
「動物の皆がいてくれるので」
「そうですか、ですが」
「それでもですか」
「一度です」
 牛女さんはお酒を飲んでお話している先生に言いました。
「ご自身が女性にもてるとです」
「僕がですか」
「思われては」
 こう言うのでした。
「いいかと」
「僕が女性にですか」
「その様に」
「いえ、この外見で運動神経も全くないですから」
「もてないですか」
「お洒落も無縁ですし」
 いつものスーツ姿で言います、折り目正しい恰好ですがお洒落とは確かに違います。
「それにです」
「それにですか」
「社交的でもないですから」
 だからだというのです。
「女性とはです」
「そうですか、ですが」
 牛女さんは先生に言いました。
「人は心ですね」
「はい、そうです」
「外見ではないですね」
「まさにそうです」
「ではです」
 それならというのです。
「先生もです」
「女性にもてると」
「そうです」
 まさにというのです。
「私はそう思います」
「いえ、本当に僕はです」
「もてないですか」
「僕に最も縁がないものですよ」
「恋愛は」
「そして恋人は」
 そうした人はというのです。
「ですから残念ですが」
「独身のままですか」
「一生。それにです」
「それにとは」
「僕は沢山のお友達がいて学問を好きなだけ出来ていますし健康で美味しいものもいつも口にしています」
 だからだというのです。
「充分過ぎる程幸せです」
「それで、ですか」
「これ以上の幸せは」
「あれっ、先生幸せには限りがないと」
「そうですがもう満足していますので」
「もう恋愛については」
「縁がなくても」
 それでもというのです。
「いいとです」
「思われていますか」
「はい」
 実際にというのです。
「満足していますので」
「いいですか」
「それでどの言語で考えても」
 日笠さんのことをです。
「あの人は僕をお友達と思ってくれています」
「わかりました」
 牛女さんは先生に謹んで答えました。
「どの言語でも有り得ないと思って考えますと結論は同じですね」
「そうなのですか」
「そのことがわかりました」
 こう先生に言うのでした。
「この度は」
「そうですか」
「ただ。先生はもっと幸せを求められても」
「いいですか」
「本当に幸せは際限はないですから」
 だからだというのです。
「それで、です」
「僕もですか」
「恋愛を求められては」
「もてない僕がですか」
「いえ、そこをです」
「そうですね、まあ妹にお話してみます」
 先生はそれならと言います、ですが。
 ご自身に恋愛について何か縁があるとは全く思わないのでした、牛女さんも先生のそんなところには呆れてしまいました。ですが宴は続き皆兵庫県の山海の珍味を楽しんでお酒も飲んでそうしてでした。
 すっかり満足したところで牛女さんは皆にお話しました。
「では少し落ち着いたらお風呂はどうでしょうか」
「お風呂ですか」
「はい、そちらに入られて」
 そうしてというのです。
「すっきりされますか」
「そうして宜しいですか」
「はい、どうぞ」
「それでは」
「お風呂を楽しまれて」 
 そうしてというのです。
「お泊りになって下さい」
「泊まるのは流石に」
「ではお風呂を」
「はい、楽しませて頂きます」
 先生も他の皆も牛女さんのお誘いに頷いてでした、そのうえで。
 檜のお風呂も楽しみました、そうしてからお家に帰って休みました。








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