『ドリトル先生と琵琶湖の鯰』




                第十一章  また来るその時まで

 ビワコオオナマズも水族館に連れて行くことが出来た先生達は期日になると心置きなく神戸に戻ることが出来る様になりました。
 それで、です。田中さんは帰るその前日にホテルの大広間での打ち上げの時にビールを飲みつつ言いました。
「いや、本当にです」
「ビワコオオナマズも見付かってですね」
「水族館に来てもらって」
 それでというのです。
「本当によかったです」
「まさに最高の結果で、ですね」
「終えることが出来ました」
「本当によかったですね」
「後はです」
 田中さんは先生にさらに言います、見れば皆今は浴衣姿でお風呂にも入った後でかなりくつろいでいます。
「水族館で、です」
「飼育していくことですね」
「はい」
 まさにというのです。
「どの生きもの達も」
「ただ集めるだけではです」
「水族館ではないですから」
 田中さんはこのことをはっきりと言いました。
「無事に安全にです」
「生きてもらうことですね」
「それが出来てこそです」
「水族館ですね」
「これは動物園や植物園も同じですね」
「僕はそのことは絶対だと思っています」
 先生は微笑みつつ確かな声で言いました。
「やはりです」
「生きものを預かるからには」
「神からそして自然から預かるのですから」
「だからこそですね」
「そこはです」
 何といってもというのです。
「大事にしなくてはなりません」
「その通りですね」
「はい、ですから」
「彼等もですね」
「大事に飼育していきましょう」
「それでは、ただビワコオオナマズの飼育は」
 この生きもののことをです、田中さんは真剣なお顔でお話しました。
「我が水族館でははじめてで」
「それで、ですね」
「色々不安なこともありますね」
「そうですね、ですが」
「それでもですね」
「何事も最初ははじめてなので」
 それでというのです。
「臆することなくです」
「やっていくことですね」
「はい、そうしていきましょう」
「それでは」
「もうビワコオオナマズの生態もご存知ですね」
「そのことは」
 既にとです、田中さんは先生に確かな声で答えました。
「我々もかなり勉強してきました」
「左様ですね」
「今回引き取った琵琶湖の生きもの全体を」
 彼等についてもというのです。
「しっかりとです」
「飼育していきますね」
「その自信もあります」
「確か日本の淡水魚の専門家の人も」
「いますので」
 水族館にはというのです。
「私もそうですし」
「そうでしたね」
「はい、ですから」
「彼等の飼育もですね」
「やっていきます、そして先生にも」
「アドバイスをですね」
「いただきたいと考えています」
 先生にこうも言うのでした。
「是非」
「はい、それでは」 
 先生は田中さんの申し出に笑顔で応えました。
「そうさせて頂きます」
「それでは」
「僕でよければ」
「これからもお願いします、お忙しいでしょうが」
「教授のお仕事のことですか」
「しかも水族館だけでなく」  
 さらにというのです。
「動物園も植物園もですから」
「そちらのアドバイスも行っているからですか」
「大変ですが」
「いえ、全く」
 先生は田中さんに笑顔で答えました。
「そうしたことは僕は大好きですから」
「苦にはならないですか」
「むしろ僕の方からです」
 先生からというのです。
「お話して欲しい位です」
「そうお考えですか」
「そうです、学問のことですから」
「だからですか」
「僕としては」
 まさにというのです。
「お話して頂けるなら」
「それならですか」
「喜んで」
「では」
「何かあればお話して下さい」
 是非にという口調での返事でした。
「その時は」
「先生は生きものともお話出来るので」
「彼等の言葉もですね」
「お話して頂ければと考えていますので」
「そうですか、では」
「宜しくお願いします」
「わかりました」
 先生は笑顔で応えました、そしてです。
 田中さんと一緒にビールを飲んでご馳走を食べます、お膳の上にはお刺身や焼き肉、酢のものにお吸いもの等があってです。
 ビールもあります、先生もそのビールを飲んで言いました。
「八条学園にいますとあらゆる学問が出来ますね」
「医学だけでなくですね」
「はい、水族館に動物園に植物園に」
 それにというのです。
「美術館、博物館もあるので」
「学問にはですね」
「困りません、しかも博物館は鉄道博物館もあるので」
「学園を運営している八条グループは鉄道会社も経営しているので」 
 だからだというのです。
「ですから」
「それでありますよね」
「何しろ全国に路線を持っていて」
「かつての国鉄の様に」
「グループの中でも中心企業の一つで」
「鉄道博物館もですね」
「あります」
 学園の中にというのです。
「そうなのです」
「左様ですね、立派な図書館もあるので」
「学問にはですね」
「最適の場所なので」
 その為にというのです。
「僕としてもです」
「八条学園におられてですか」
「幸せです、そして何かあれば」 
 その時はというのです。
「宜しくお願いします」
「では」
「何時でも及ばずながらです」
「その時は」
「はい、その様に」
「それとですが」
 田中さんは先生のコップにビールを入れつつさらに言います。
「先生は史跡研修も随分されていましたね」
「今回ですね」
「歴史学者でもあられるからですね」
「そうです、そちらもかなり学ぶことが出来たので」
 それでというのです。
「満足出来ました」
「それは何よりです」
「都があった場所も」
「あちらもですね」
「行かせてもらいましたし安土城や佐和山城、小谷城の跡地もで」
 そちらに行ったこともお話しました。
「彦根城にも比叡山にもです」
「本当に色々行かれましたね」
「全て行けてよかったです」
「そしてそのことでもですね」
「満足出来たので」
 それでというのです。
「よかったと思っています」
「それは何よりです、では今晩は」
「打ち上げで、ですね」
「飲んで食べて」  
 そうしてというのです。
「楽しみましょう」
「それでは」
 こうお話して実際にでした。
 先生は田中さん達今回一緒にお仕事をした人達と打ち上げを心ゆくまで楽しみました。そのうえで寝まして。
 翌朝電車に乗って神戸までの帰路につきました、ですが。
 先生は電車の中で一緒にいる動物の皆に少し残念そうに言いました。
「名残惜しいね」
「これで終わりだと思うと」
「どうしてもだよね」
「滋賀県を後にすることは」
「それが辛いよね」
「どうにも」
「うん、だからね」
 それでというのです。
「悲しくも思うよ」
「いいお仕事出来たし」
「旅も出来たから」
「だからだね」
「それでだね」
「名残惜しく思うよ」 
 どうもと言うのです。
「本当に。ただね」
「それでもだよね」
「また来る機会があればね」
「また楽しむ」
「そうするのね」
「そうするよ、こうした時に言う言葉はね」
 それはといいますと。
「また来るその時までだよ」
「一時のお別れで」
「それでだよね」
「今はお家に帰る」
「そうするね」
「そうするよ、これからね」
 こう言ってでした。
 先生は電車が動くその時を待ちました、電車は遂に動きはじめてです。
 先生達を帰路につけました、その車中でお昼になるとお弁当を食べますが先生はこの時にまた言いました。
「名残惜しい気持ちはまだあってもね」
「今はまた楽しんでるわね」
「駅弁を食べて」
「そうしているね」
「この駅弁がね」
 本当にとです、先生は沢山買ったそのうちの一つを食べつつ言います。「
「素敵だよね」
「お弁当は日本の素敵な文化の一つだけれど」
「その中でもだよね」
「駅弁はいいよね」
「一つ一つの味と個性があって」
「凄くいいね」
「全くだよ、だから今はね」
 お箸でお弁当を食べつつ言うのでした。
「僕はこちらを楽しんでるよ」
「そうだね、じゃあね」
「僕達も駅弁食べてるし」
「一緒に楽しもうね」
「こうしてね」
「そうしようね、しかし鉄道はイギリスが生み出したけれど」
 先生の祖国がというのです。
「日本ではイギリス異常に発展して」
「独自の文化にもなったね」
「この駅弁も出来て」
「それで鉄道マニアの人もいるから」
「凄いことになってるよ」
 しみじみとした口調で言うのでした。
「全く以て」
「というか日本ってこうしたこと多いね」
「そうよね」
 チープサイドの家族がここで言いました。
「外国から入ったものが独自に発展して」
「とてつもないものなるってことが」
「洋食もそうだね」 
 ジップはこちらのお話をしました。
「カツカレーとか凄いものが出て来るから」
「鉄道だってそうで」
 トートーも言います。
「車両の種類だって多彩だしね」
「もうそれぞれの企業で色々な車両があるね」
 ホワイティはトートーの横で彼に頷きます。
「全部把握することが難しい位に」
「新旧本当に図鑑になる位あって」
 こう言ったのはチーチーです。
「覚えることさえ難しいよ」
「その歴史も学んでいくとね」
 ポリネシアも言うことでした。
「学者さんになれる位だから」
「実際博物館まであるし」
 こう言ったのはダブダブでした。
「八条学園にも他の場所にも」
「しかも駅弁まで生み出すとはね」
 こう言ったのはガブガブでした、その駅弁を楽しみながらのお賭場です。
「イギリス人もびっくりだね」
「正直こうなるなんて誰も思わなかったんじゃないかな」
「独自の鉄道分化が出来るまでなんて」
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「日本ならではで」
「そして定着までして」
「マニアの人までいるなんて」
 最後に老馬がしみじみとして言いました。
「日本人には脱帽するしかないよ」
「明治維新の時に入ってきて」
 先生は日本の鉄道の歴史もお話しました。
「国家全体で発展に力を注いだんだ」
「産業の発展に役立つから」
「人やものの移動や輸送に役立つからね」
「それで心血を注いで」
「ここまでなったね」
「そうだよ、多くの企業も育ったしね」
 鉄道を運営している企業もというのです。
「戦前で既にかなりのもので」
「それでだよね」
「戦後の復興にも貢献して」
「そして発展して」
「それでだね」
「今はここまでになっているね」
「そうなんだ、日本の鉄道の歴史は維新からの日本の歴史の一面もあって」
 そうしてというのです。
「文化的にもね」
「日本の文化の一面ね」
「そうなっているわね」
「そうだね」
「このことは」
「そこを学んでいくと」
 本当にというのです。
「何かとわかるしね」
「そう考えるとね」
「先生も学ぶことが楽しいよね」
「だから鉄道のことも学んでるのね」
「駅弁も食べながら」
「しかし鉄道がアニメになって」
 今度はそちらのお話もしました。
「合体したり変形してロボットになるとかね」
「ああ、あるよね」
「日本にはね」
「これが何作もあってね」
「面白い作品が多いね」
「そちらを観るのも面白いし」
 それにというのです。
「これからもね」
「鉄道のこともだね」
「楽しんでいくね」
「学んで」
「そして食べて」
「そうしていくよ」
 こう言って駅弁もたらふく食べてでした。
 先生達は遂に神戸に着きました、そして自宅に行くとでした。
 宣誓をトミーと王子が迎えました、二人で先生の滋賀県でのお話を聞いてそうして先生に言いました。
「そうですか、最高のお仕事が出来ましたか」
「それはよかったね」
「ならですね」
「満足しているね」
「凄くね、本当にね」
 先生は二人ににこりとして言います。
「最高の旅だったよ、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「うん、今はほっとしてね」
 そしてというのです。
「やっと帰って来たって思っているよ」
「そうですか、お家に帰って」
「旅をしての最後の楽しみは何か」
「お家に着いた時に味わうことが出来ますね」
「このね」
「ほっとなる気持ちですね」
「この気持ちがね」 
 まさにというのです。
「旅の最後の楽しみだね」
「そして今ですね」
「僕はその中にいるよ」
 こうトミーにお話するのでした。
「いいね、本当に」
「それは何よりだね」
 王子も言ってきました。
「今回もそう出来て」
「うん、僕の旅はいつもね」
「最高のものでね」
「最後こうしてね」
「ほっとも出来るね」
「いつもいい旅が出来て」 
 それでというのです。
「本当に幸せだよ」
「それで僕達にもだね」
「これをね」
 こう言ってでした、二人にです。
 それぞれお土産を出してです、こう言いました、
「買って来たから」
「悪いね」
「じゃあ有り難く頂きます」
「そうしてね、ただ二人も機会があったらね」
 その時にというのです。
「滋賀県にもね」
「行くといいっていうんだね」
「そう言わせてもらうよ」
 王子に笑顔で答えました。
「王子もトミーもね」
「それじゃあね、機会があればね」
「その時にね」
「行かせてもらうよ」
「先生はこれで関西は大抵巡られて」
 トミーは先生にお茶、梅茶を出しつつ言いました。
「後は三重県だけですね」
「じっくり行っていない府県はね」
「そうなりましたね」
「大阪はしょっちゅう行ってるしね」
 関西の中心地であるそちらにはというのです。
「だからね」
「もう三重県だけですね」
「その三重県もね」
「やがてはですね」
「行って」
 そうしてというのです。
「学びたいね」
「そうお考えですね」
「うん、伊勢の海に山に」
「伊勢神宮もあるしね」
 王子が笑顔で日本でも最も大きい神社の一つをお話に出しました。
「三重県には」
「そう、鳥羽の水族館もあるしね」
「あそこもあるね」
「伊賀上野にも行きたいしね」
「忍者だね」
「そう、三重県は忍者でも有名だよ」
 先生は忍者についてはとても明るく言いました。
「あちらはね」
「忍者いいよね」
「伊賀に甲賀にね」
「三重県は忍者の場所でもあるね」
「忍者にはロマンがあるよ」
 先生はこうも言いました。
「八条学園には忍術部もあるしね」
「忍者を研究して忍術を行う部活だね」
「高等部にも大学にもあるね」
「日本人の部員の人もいるけれど」 
 王子はその忍術部のお話もしました。
「海外からの人が多いね」
「忍者は日本でも人気があるけれどね」
「むしろ海外でだね」
「そう、日本以外の国で人気があるから」
 それでというのです。
「日本人以外の部員の人も多いんだ」
「そうだよね」
「このことは剣道部や柔道部も同じだね」
「茶道部や華道部も」
「今や日本文化は世界的に人気だから」
 その為にというのです。
「そうした部活には海外から来ている人も多く所属しているんだ」
「そうだね」
「かるた部もそうですね」
 トミーはこちらの部活のお話もしました。
「日本の文化で」
「海外から来ている人も多く所属しているね」
「そうですね」
「着物も着られるしね」
 かるた部に所属していると、です。
「茶道部や華道部と同じく」
「そのことも人気ですね」
「うん、忍術部も人気がある理由は」
「忍者の服が着れますから」
「だから人気があるんだ」
「そのことも大きいですね」
「ただね」 
 ここで王子はこんなことを言いました。
「女の人の忍者、くノ一だけれど」
「うん、くノ一がどうかしたのかな」
「くノ一の服も忍者の服だね」
「あの装束だね」
「漫画とかだとくノ一って丈の短い着物だね」
「ミニスカートみたいなのかな」
「あれじゃないんだね」
 王子はこの服を頭の中に浮かべつつ先生にお話しました。
「そうなんだね」
「あれだとね」
 どうしてもとです、先生は王子にお話しました。
「目立つし隠れたり走る時にものとかが肌に当たる部分が多いからね」
「だから危ないんだね」
「そうなるからね」 
 その為にというのです。
「実際は着ないよ」
「そうなんだね」
「それに顔も隠さないと」 
 忍者の覆面で、です。
「正体もばれるしね」
「だからくノ一も忍者装束なんだね」
「そうだよ。性別に関係はないよ」
「忍者はあの服だね」
「そうなんだ。まあ八条学園の忍術部の服の色は色々で」
 それでというのです。
「黒以外に青や赤、白や緑もあるね」
「カラフルだね」
「そこは実際と違うね」
「実際は黒だね」
「いや、黒に近い緑なんだ」
 そちらの色だというのです。
「これがね」
「つまりダークグリーンだね」
「かなり濃いね」
「そうだったんだ」
「その方が暗がりに隠れて」
 黒よりもというのです。
「見付からないからね」
「その色なんだ」
「忍者は隠れる、忍ぶことが第一だから」
 それ故にというのです。
「そうした色なんだ」
「成程ね」
「忍者は戦うものではないんですよね」
 トミーは先生にこのことを尋ねました。
「そうですよね」
「そうだよ、戦うことはね」
 それはとです、先生はトミーのその質問にも答えました。
「実はね」
「忍者はしないですね」
「手裏剣や忍者刀は持っていてもね」
「あと吹き矢も使いますね」
「煙玉もあるね」
「けれどですね」
「そうしたものは自分の身を守ったり暗殺の任務に使うもので」
 そうしたものでというのです。
「あくまで基本は隠れることなんだ」
「だから忍者ですね」
「隠れる即ち忍ぶだからね」
 そうなるからだというのです。
「忍者は言うならスパイだよ」
「そのお仕事は情報収集とかですね」
「だから見付かる訳にはいかないから」
「どうして隠れるか、ですね」
「それが第一だから」
 戦うことが主なお仕事ではないというのです。
「目立つ服ではなくね」
「隠れる服だったんだよ」
「そうでしたね」
「ただ、身体能力はね」
「速く走ったり高く跳んだりですね」
「流石に漫画程ではないけれど」
 それでもというのです。
「結構以上にね」
「出来たんですね」
「そうだよ」
 それは出来たというのです。
「忍者はね」
「それで忍術もだね」
 王子は今度はそちらのお話をしました。
「五遁の術とかあるけれど」
「水遁の術とか火遁の術とかだね」
「あれもだね」
「木の葉隠れとかはないよ」
「あくまで隠れたり逃げたりする為の術だね」
「相手を驚かしたりしてね」
 そうしたことをしてというのです。
「木の葉隠れの術とかはね」
「なかったんだね」
「そうだったんだ」
 その実はというのです。
「あと壁を歩いたりとか水蜘蛛の術とかムササビの術もね」
「実はないんだね」
「鈎爪で石垣を登ったり泳いだり木を登ったりは出来ても」 
 そうしたことは出来たというのです。
「それでもそんな超能力みたいな術は」
「なかったんだ」
「金縛りの術なんて妖術だよ」 
 先生はこの術については笑ってお話しました。
「最早ね」
「妖術だね」
「そう、妖術でね」
 それでというのです。
「実際は忍者はね」
「使わなかったんだね」
「忍術は隠れる為だから」
「妖術じゃないんだ」
「妖術使いというと日本では果心居士かな」
「戦国時代の人だね」
「実在したらしいけれど」
 それでもというのです。
「この人は実際忍者と混同されているけれど」
「妖術使いは妖術使いだね」
「また別だよ」
 そうした人だというのです。
「あの人はね」
「何か漫画やゲームだと忍者は妖術使いや超能力者ですね」
 トミーが見てもでした。
「どうも」
「物凄い術を沢山使うからね」
「そうですよね」
「日本人はそうした創作の才能も凄いからね」
「ライトノベルや歌舞伎でもそうですね」
「蝦蟇を使ったりしてね」
 先生は今度はこちらのお話をしました。
「巨大な蝦蟇を呼んだり変化してね」
「戦いますよね」
「そうしたお話もあるけれど」
「実際はないですよね」
「だから忍術は忍術で」
「妖術ではないので」
「蝦蟇はもう妖術だね」
 そちらの術になるというのです。
「それでね」
「忍者は使わないですね」
「だから伊賀の方に行っても」 
 それでもというのです。
「忍者のことは詳しく説明されていても」
「妖術は、ですね」
「ないからね」
 そうだというのです。
「そこはわかっていようね」
「わかりました」
「じゃあ三重県に行った時は」
 その時はというのです。
「色々楽しもうね」
「忍者のそうしたこともですね」
「学んでいこうね」
 先生は笑顔でそうしたお話もしました、そうして家に帰ることが出来てほっとしたそのことも楽しんで。です。
 次の日から大学に出勤して論文を書きました、その論文は何についてかといいますと。
「琵琶湖の生態系となんだ」
「水質の論文書いてるの」
「そうしてるのね」
「うん、いい現地調査も出来たからね」
 生物の採集だけでなくとです、先生は研究室で論文を書きながら動物の皆に答えました。
「だからね」
「それでだね」
「論文を書いているんだね」
「そのことについて」
「そうだよ、この論文を書いたら」
 その後はといいますと。
「比叡山の現在についてもね」
「書くんだ」
「そっちの論文についても」
「歴史学についても」
「そうするよ」
 実際にというのです。
「楽しんでね」
「そうするね」
「じゃあ色々と忙しいね」
「これから暫くは」
「嬉しいね、こうして論文を書けるって」
 次々とです、先生は言いました。
「本当に」
「先生にとってはそうだね」
「論文を書けること自体がそうだね」
「学問自体が好きだから」
「それで論文を書くこともだね」
「そうだよ、だから今凄く楽しんで書いているよ」
 琵琶湖の生態系と水質に対するそれについてのことをというのです。
「実際にね」
「そうだね」
「それじゃあそっちを書いて」
「それでね」
「次は比叡山についての論文もよね」
「書いていくよ」
 こう言って実際にパソコンで書いていきます、そしてです。
 その中で先生はこうも言いました。
「琵琶湖は本当に広かったね」
「伊達に日本最大の湖じゃないね」
「凄い広さだったわ」
「海って言ったら言い過ぎだけれど」
「かなりだったね」
「流石に世界最大の湖のカスピ海やアメリカの五大湖には遠く及ばいけれど」
 それでもというのです。
「やっぱり広かったね」
「そうだよね」
「その広さも実感出来たね」
「琵琶湖に実際に行って」
「そのこともよかったよ」 
 実際にというのです。
「本当にね」
「その広さを知ることも学問だよね」
 ガブガブが言ってきました。
「そうだよね」
「これは地理ね」 
 ポリネシアも言ってきました。
「言うならばそちらの学問ね」
「実際にそこに行って見て確かめる」  
 トートーの口調はしみじみとしたものです。
「それがフィールドワークでね」
「地理は地図を見るだけじゃない」
 こう言ったのはホワイティです。
「そして本でどんな気候か知るだけじゃないね」
「その場所に行ってその目で見る」
「他の学問とも同じね」
 チープサイドの家族もその通りだと言います。
「地理についても」
「やっぱりその場所に行かないとね」
「それで琵琶湖もだね」
 老馬も言いました。
「その足で行って目で見たんだね」
「つまり先生は琵琶湖の地理も学んだんだね」
「そういうことだね」
 オシツオサレツも言うことでした。
「滋賀県に行って」
「もっと言えば滋賀県全体の地理も学んだね」
「本当に何もかもが学問ね」
 ダブダブもしみじみとした口調になっています。
「この世のあらゆることが」
「だから先生は何でも学んでいるね」
 チーチーも唸る口調で言いました。
「この世のあらゆることが学問だから」
「学問を学んで楽しむ」
 ジップも言います。
「この世のあらゆることがそうであるから」
「そう、だから生きているとね」
 まさにとです、先生がまた言いました。
「僕にとっては全てが学問なんだ」
「そうだよね」
「それで生物学も歴史学も地理学も学んだ」
「そうしたのね、滋賀県でも」
「そしてお料理は文化ね」
「そっちも学んだわね」
「そうしたよ、しかしね」
 こうも言った先生でした。
「僕がどうしても実践出来ない学問があるね」
「そうだよね」
「先生スポーツについてはね」
「研究や検証は出来てもね」
「先生自身がやるとなると」
「出来ないのよね」
「あらゆるスポーツがね」
 どうしてもというのです、とにかく先生はスポーツについては実践をしようとすると本当に駄目なのです。
「駄目だから」
「それはね」
「どうしてもね」
「先生にとってスポーツは」
「出来ることじゃないね」
「子供の頃からスポーツはからっきしで」
 とにかく何も出来ないのです。
「陸上も球技もね」
「駄目だよね」
「かろうじて泳げはするけれど」
「遅いしね、先生の水泳って」
「何か浮かんでるだけな感じだし」
「何も出来ないね」
「だからだよ」
 本当にというのです。
「スポーツは実践はしたことがないよ」
「ラグビーも野球もサッカーもね」
「バスケットボールも」
「マラソンなんて特にだね」
「本当に無理ね」
「うん、乗馬にしても」
 老馬に乗ることはといいますと。
「駆けることは出来ないからね」
「ただ乗ってるだけだよね」
「学生さんそれだけで凄いって言うけれど」
「他の馬じゃ落馬するしね」
「僕は老馬以外には乗れないよ」
 本当に彼以外にはというのです。
「だから全然凄くないしね」
「それでも理論はあるよね」
「トレーニングの方法も」
「そして食事のことも」
「それはわかるよ。例えばね」
 ここで先生がお話することはといいますと。
「野球選手には野球選手のトレーニングがあって格闘選手にはね」
「格闘選手のトレーニングがあるよね」
「ちゃんとね」
「そうよね」
「そう、格闘選手でもボクシングとレスリングで違うんだ」 
 そのジャンルによってです。
「それでね野球選手もポジションによって変わるよ」
「それがわかっていないとだね」
「トレーニングをしても駄目ね」
「それは先生いつも言ってるね」
「野球選手なのに格闘選手のトレーニングをして得意になっていたら」
 そうしたケースはといいますと。
「どうかってなるよ」
「だよね」
「見当違いもいいところだよね」
「野球選手には野球選手のトレーニングがあるから」
「格闘選手のトレーニングをしても」
「筋肉の使い方がそれぞれのスポーツであって」
 そしてというのです。
「それがわかっていないとね、食事もね」
「格闘選手って鶏のささみやゆで卵の白身食べるね」
「高たんぱく低カロリーで」
「それを食べるけれど」
「野球選手だとどうか」
「そうしたことを考えないで」
 先生は首を傾げさせつつ言います。
「トレーニングや食事をすればおかしくなるよ」
「言うなら国語のテスト受ける前に数学の勉強するとか」
「そんな感じだね」
「それじゃあよくなる筈ないね」
「本当に」
「だからこれは絶対に駄目だよ」
 何があってもという口調でした。
「怪我も多くなるしね」
「格闘選手が野球してもね」
「本当に門外漢だから」
「それで上手にやっていける筈ないし」
「問題が出て当然ね」
「何があってもね、本当にそこを弁えて」
 そしてというのです。
「やっていかないとね」
「スポーツをするにも」
「考えてみれば常識だけれど」
「その常識がわかっていない人もいるよね」
「スポーツ選手でも」
「それで自分が強いと言ったら」
 野球選手が格闘選手のトレーニングを行ってです。
「それを持て囃す人もおかしいよ」
「何考えてるのってお話で」
「野球選手は野球が上手でないとね」
「格闘が強くてもね」
「全然自慢じゃないね」
「そう、野球選手は野球がどうか」
 まさにというのです。
「それが大事だね」
「そうそう」
「もうそれは言うまでもないわ」
「若しそれがわかっていないなら」
「スポーツがわかっていない人ね」
「僕だったら注意するよ」
 先生ならというのです。
「違うスポーツのトレーニングを積んでいたら」
「普通そうすわよ」
「誰だってね」
「意味ないどころか危険だから」
「怪我もするから」
「合理的でないトレーニングは身体を痛めたりもするしね」 
 この危険もあるというのです。
「してはいけないんだ」
「そうだよね」
「何か日本ではわかっていない人いたみたいだけれど」
「マスコミの人でも」
「何か日本ってマスコミがおかしいけれど」
「スポーツでもだね」
「それでそも持て囃された選手がどんどん悪くなって」 
 そうしてというのです。
「引退後は何にもならないどころか」
「もうね」
「見るに耐えないまでになったわね」
「そうもなったから」
「本当によくないね」
「うん、嫌なものを見たよ」 
 先生は眉を曇らせてこうも言いました。
「あれは」
「そうだよね」
「本当にね」
「入団当初の写真とあの頃比較したら別人だし」
「もう全くに」
「一体どんな悪い人生送ったか」
 皆も言います。
「比較して見てみたらね」
「どうしてもね」
「考える位だから」
「うん、ああなったらね」
 本当にとです、先生はさらに言いました。
「よくないからね」
「ちゃんと言わないと駄目だよね」
「間違ったことをしている人には」
「トレーニングについても」
「その人にもよくないから」
「淡水魚を海水で育てるとか」
 先生はこうも例えました。
「無理だね」
「そうだよね」
「それは無理だよ」
「というかそのお魚生きていられないよ」
「淡水と海水は違うから」
「それじゃあね」
「例えとしては飛躍しているかも知れないけれど」
 それでもとです、先生はお話するのでした。琵琶湖は言うまでもなく淡水だったのでそのことを思い出しながら。
「それでもね」
「そういうことだよね」
「野球選手が格闘技の練習してもね」
「そうした筋肉つけてもね」
「何もよくないね」
「それを得意になってして強くなったとか言ったら」
 それこそというのです。
「言葉は悪いけれど」
「っていうと」
「どういうことかな」
「その言葉は」
「愚の骨頂だよ」
 そうなるというのです。
「本当にね」
「そういうことだね」
「そんなことしたらね」
「本当に意味がないどころかね」
「いいことが一つもない」
「悪いことばかりだよ」
「そうなるから」 
 だからだというのです。
「よくないよ」
「そうだね」
「先生はそのことを指摘出来る人だしね」
「それも穏やかな言葉で」
「それだったらね」
「そうした人には忠告してくれるね」
「そうしていくよ」
 是非にと言う先生でした。
「本当にね。じゃあお昼になったらね」
「お昼ご飯を食べてね」
「そうしてだね」
「また論文書くね」
「そうするね」
「そうするよ」
 こう言ってです、先生はお昼まで実際に論文を書いてお昼は大学の食堂でハンバーグ定食を食べました。そうしてまた論文を書くのでした。








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