『ドリトル先生と琵琶湖の鯰』




                第六幕  まだ見付からない

 先生は琵琶湖の北の水質調査と生物採集を続けます、その間に今度は佐和山に登りました、その山においてです。
 先生は皆にこう言いました。
「ここもお城だったんだ」
「石田三成さんだね」
「あの人のお城だったね」
「関ケ原で負けた」
「豊臣秀吉さんの側近だった人だね」
「そうだよ、あの人のお城でね」 
 それでというのです。
「随分と立派なお城だったんだ」
「そうだったんだね」
「滋賀県もお城多かったんだね」
「これまでも彦根城とか行ったけれど」
「ここもそうだったんだね」
「そうだよ、それと石田三成さんだけれど」
 先生は今度はこの人のお話をしました。
「皆はどんな人だと思ってるかな」
「凄く頭がいい人?」
「それで友達思いだね」
「厳しいことも言うけれどね」
「真面目でね」
「時として誤解されやすい人かな」
「大体そうだね」
 先生は皆の言葉に答えました。
「性格が悪かったとか嫌われていたとか言われていたけれど」
「その実はだね」
「悪い人じゃなかったんだよね」
「豊臣秀吉さんに媚びたりもしないで」
「言うべきことは言って」
「陰口とかも言わない人だったんだね」
「とにかく真面目でね、事実を事実と言う人で」
 それでというのです。
「豊臣秀吉さんやお友達は全力で守る」
「そうした人でね」
「豊臣秀次さんも助けようとしたんだよね」
「陥れたどころか」
「そうしようとしたんだね」
「そうなんだ、けれど本当にずけずけと言う人で頭が切れて出世していったから」
 その為にというのです。
「嫌う人からは嫌われて妬まれてね」
「評判が悪かったんだね」
「実はいい人でも」
「そうだったんだね」
「人によって態度も変えなかったよ」 
 そうしたこともしなかったというのです。
「そうした人いるよね」
「日本でもね」
「体育会系なんか多いよね」
「上が絶対だから」
「それで下にはきついんだよね」
「そうした人いるね」
「そんな人はね」
 それこそというのです。
「何処でもいるけれどね」
「石田三成さんは違っていて」
「豊臣秀吉さんにも厳しいことを言う」
「そうした人だったね」
「その実は」
「大谷吉継さんが困った時も助けたしね」
 この人がそうなった時もというのです。
「お友達だったからね」
「友情に篤い人だったんだね」
「やっぱりいい人だね」
「悪人じゃなくて」
「先生の言う通りだったんだね」
「生活自体も質素で無欲で」
 そしてというのです。
「勤勉な人だったんだ、けれど本当にずけずけ言ったから」
「言葉が多くて」
「それでだね」
「嫌いな人も多くて」
「誤解されやすかったんだ」
「しかも空気を読む人でもなかったから」
 このこともあってというのです。
「余計にね」
「嫌いな人が多くて」
「それでなんだ」
「生きていた頃から敵も多くて」
「大変だったんだ」
「だから命も狙われたんだ」
 そうしたこともあったというのです。
「豊臣秀吉さんが亡くなった後にね」
「あっ、そういうことあったね」
「実際にね」
「七将だったね」
「その人達が命を狙ってきたね」
「そうだよ、加藤清正さんと福島正則さんに加藤嘉明さん、池田輝政さん、黒田長政さん、細川忠興さん、蜂須賀家政さんのね」
 先生は七将の具体的な名前を挙げました。
「七人がね」
「石田三成さんを嫌っていて」
「それでだね」
「命を狙った」
「そうなったね」
「そしてそこまでの対立をね」
 それをというのです。
「徳川家康さんに付け込まれて」
「七将の人達が徳川家康さんについて」
「そうしてだね」
「そのうえでだったね」
「関ケ原に至ったね」
「だからだよ」
 それでというのです。
「石田三成さんの個性は天下にも影響を与えたんだ」
「嫌いな人は徹底的に嫌う」
「そうした人だね」
「むしろね」
「そんな人だね」
「そうだよ、いい人でも言葉が過ぎて空気が読めないと」
 そうした人はというのです。
「嫌われることもあるんだ」
「難しいことだね」
「いい人でもそうした人だとね」
「嫌われるね」
「そうなるんだね」
「そうだよ、だからね」
 それでというのです。
「石田三成さんは可哀想な人でもあったんだ」
「それでその人のお城がここにあったんだね」
「この佐和山に」
「そうだったんだ」
「このお城は」
「そうしたお城だったんだ」
「そうだよ、それとね」
 先生はさらに言いました。
「石田三成さんは善政でも知られていたんだ」
「そういえばここに来てあの人の説明多いけれど」
「全部褒めてるね」
「どれだけいい人だったか」
「そう書いてあるね」
「本当に素晴らしい政治を敷いていたからね」
 だからだというのです。
「人気があるんだ」
「井伊直弼さんも彦根では褒められていたけれど」
「彦根だけでね」
「もう周りは違うから」
「彦根以外だとね」
「けれど石田三成さんは素顔を知っている人からは好かれているね」
 こう言うのでした。
「そうだね」
「確かにね」
「そんな人だね」
「言うまでもなくね」
「その実は」
「そこが違うよ、あとね」
 先生はさらに言いました。
「石田三成さんは井伊直弼さんみたいに独善的でも法や決まりを拡大解釈しなかったからね」
「よかったんだね」
「そうしたこともなかったから」
「確かにずけずけ言ったけれど」
「井伊直弼さんとはそこが違ったから」
「よかったんだ」
「というかね」
「誤解されやすいのは困りものね」
 チープサイドの家族がここでお話します。
「そのことは」
「どうもね」
「幾らいい人でも誤解されて敵が多いって」
「自分も困るよ」
 オシツオサレツもこう言います。
「生きにくいよ」
「実際石田三成さんも命狙われたし」
「それで嫌ってる人が皆敵に回ってね」
 老馬はそのことを言いました。
「付け込まれたうえで」
「それってかなりマイナスだね」
 まさにとです、ホワイティは指摘しました。
「その人にとっても周りの人達にとっても」
「若し石田三成さんの口が謙虚で空気も読めていたら」
 どうかとです、チーチーは言いました。
「味方の人がもっと多かっただろうね」
「そうしたら徳川家康さんに勝てていたかもね」
 トートーはその関ケ原のお話をしました。
「若しかしたら」
「歴史が変わっていたかも」
 こう言ったのはポリネシアでした。
「そう思うと余計に残念ね」
「人は誰でも欠点があるけれど」
 ダブダブはこのことから言いました。
「石田三成さんはそれが極端だったのね」
「それが自分にとってマイナスになる」
 こう言ったのはガブガブでした。
「覚えておかないといけないね」
「僕達にしてもそうだね」
 ジップの口調はしみじみとしたものでした。
「そのことは」
「そうそう、誰だって欠点あるね」
「誰でもね」
「そんな風だね」
「本当にね」
「だったら」
 本当にと皆言います。
「何かと気をつけないとね」
「誰でも長所と短所がある」
「性格もそうで」
「欠点は何とかしていく」
「それは絶対だね」
「僕もそう思うよ、僕も何かと欠点があるからね」 
 先生もご自身のことを振り返って言います。
「そこを何とかしないとね」
「駄目だよね」
「本当にね」
「そこを何とかして」
「ちゃんとしないとね」
「先生にしても」
「先生の欠点はね」
 性格的なそれはといいますと。
「やっぱり鈍感なことだね」
「温厚で公平で謙虚で真面目だけれど」
「それでもね」
「鈍感だからね」
「そこが問題だね」
「先生の鈍感さときたら」
 それこそというのです。
「何かと問題だから」
「もう絶対に気付かないから」
「あの人のことも」
「僕達も気が気でないよ」
「本当にね」
「しかし」
 ここでこうも言った先生でした。
「僕は鈍感なのは意識していても」
「うん、それでもだね」
「何に対してそうかは気付いてないよね」
「そこは僕達がわかってるから」
「フォローしていくわよ」
「先生の欠点はね」
「石田三成さんみたいなことにならない様にするわ」
 そこは間違ってもというのです。
「そうしないから」
「そのことは安心してね」
「先生の欠点は敵を作るものでなくても」
「しっかりしないとね」
 絶対にというのです。
「そのことはね」
「ちゃんとしないと」
「本当に駄目よ」
「言っても気付かないけれど」
「私達で何とかするわ」
「お話が見えないけれどそうしてくれたら有り難いよ」
 やっぱり気付かないまま言う先生でした。
「僕もね」
「まあそれはね」
「何ていうかね」
「そこは任せてね」
「先生を今以上に幸せにしてあげるから」
「そういうことでね、それとね」
 先生はさらに言うのでした。
「楽しみにしていてね」
「絶対にそうなるから」
「先生にしても」
「期待していてもらって結構だよ」
「そうさせてもらうよ、何かお話が読めないけれどね」 
 先生はこう言ってでした、そしてです。
 皆と佐和山城跡を観て回りました、それからお昼としましたがお昼は近江牛のステーキでした。そのステーキを食べてです。
 先生は目を瞠ってこう言いました。
「いや、これはね」
「美味しいね」
「やっぱり違うね」
「大和牛も美味しかったしね」
「神戸牛も美味しいけれど」
「この牛も美味しいね」
「近江牛のステーキも」
 動物の皆も一緒に食べつつ言います。
「このステーキはね」
「かなり違うね」
「和牛ならではだよ」
「お肉の感じが違うわ」
「柔らかくて味もよくて」
「こんなお肉他にないよ」
「全くだよ、このお肉を食べられてね」
 それでと言う先生でした。
「嬉しいよ」
「網焼きも美味しかったけれど」
「ステーキもだね」
「こっちも美味しいね」
「かなりね、それとね」
 さらにというのです。
「これからすき焼きや焼き肉もね」
「食べたいよね」
「絶対に美味しいね」
「そうしたお料理も」
「これは絶対にね」
「そう思うよ、確かに高いけれど」
 それでもというのです。
「それだけのものはあるね」
「そうだね、先生のワインも進んでるし」
「日本産のワイン飲んでるけれど」
「いい感じなんだね」
「いいよ、このワインにもね」
 甲州ワインです、見事な赤ワインを飲みつつ言うのでした。
「合うしね」
「先生ワイン好きだしね」
「お酒も」
「日本じゃ本来お昼にはお酒飲まないけれど」
「今飲んでるしね」
「僕も日本に来てからお昼は飲まない様にしているけれど」
 それでもというのです。
「今日はね」
「特別だよね」
「ワインが美味しいから」
「それでだね」
「こうして飲んでいるよ、ただ一本にして」
 それで止めてというのです。
「午後からまたお仕事だよ」
「水質調査と生物の採集」
「それだね」
「それをしていくのね」
「そうするよ、それとね」
 さらに言う先生でした。
「採集も順調だけれど」
「それはいいことだね」
「そちらが本来のお仕事だし」
「それならね」
「うん、ただね」
 それでもというのです。
「一種類だけね」
「採集出来ていないんだ」
「どうしても」
「そうなの」
「そのことがね」
 どうしてもというのです。
「僕も田中さんも他の人達もね」
「残念なんだ」
「そう言ってるんだ」
「そうなの」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「まだ完全じゃないよ」
「そうなんだ」
「どうしても」
「その一種類がまだだから」
「それでなのね」
「その一種類がどうしてのものだからね」
 それだけにというのです。
「そのことが気になっているよ」
「そこ難しいね」
「どうしてもっていうものがいないと」
「画龍点星を欠く」
「そうなるね」
「どうしてもっていうものがないと」 
 それならとうのです。
「完璧じゃないね」
「龍の絵も目がないとね」
「駄目だし」
「それでだね」
「その生きものをどうしても見付けたい」
「それで採集したいんだ」
「うん、こうなったら」
 先生は腕を組んで言いました。
「琵琶湖の生きもの達に聞いてみようか」
「先生お魚ともお話出来るしね」
「深海生物ともだし」
「それじゃあだね」
「今回もだね」
「その力を使ってね」
 そのうえでというのです。
「やっていこうか」
「いいね」
「じゃあそうする?」
「琵琶湖の皆に聞いて」
「それでやっていくんだ」
「そうしていこうか」
 皆にも応えます。
「そうしていこうか」
「いいと思うよ」
「それでね」
「その生きものがどうしても見付からないなら」
「何処にいるのか聞いて」
「それで採集すればいいと思うよ」
「それじゃあね。今回僕がメインで採集させてもらっているけれど」
 それでもというのです。
「水族館に行っていいかどうか」
「事前に聞いてね」
「それでだね」
「来てもらってるね」
「そうだね」
「お話が出来るならね」 
 それならというのです。
「もうね」
「その生きものの考えを聞いて」
「それでだね」
「来てもらう」
「それが一番だよね」
「そう、だから僕はそれが出来るから」
 人間以外の生きものと会話が出来るからだというのです。
「そうしているんだ」
「いいことだよね」
「人間も無理矢理は嫌だし」
「若し琵琶湖の皆も水族館に行きたくないなら」
「行くべきじゃないね」
「だからね、事前に聞いて」 
 そしてというのです。
「来てもらっているけれど」
「その生きものもだね」
「そうしてもらうんだ」
「見付けてそして」
「どうしたいか聞くんだね」
「そうするつもりだよ、それとね」 
 さらに言うのでした。
「皆にその生きもののことを話すね」
「うん、さっきから気になっていたけれど」
「どんな生きものなのかな」
「一体」
「その生きものは」
「鯰だよ」
 このお魚だというのです。
「その生きものは」
「あれっ、鯰って」
「鯰なんてね」
「日本の川や湖にもね」
「よくいない?」
「あのお魚は」
「特別な鯰なんだ」
 その鯰はというのです。
「実は」
「へえ、そうなんだ」
「そんな鯰なんだ」
「日本にそうした鯰がいるの」
「それでその鯰に水族館に来て欲しいのね」
「そうなんだ、ビワコオオマナズといってね」
 先生はその鯰の種類の名前も言いました。
「日本で一番大きな淡水魚なんだ」
「一番大きいんだ」
「そうなの」
「日本で一番大きくて」
「琵琶湖にしかいないのね」
「そうなんだ、全長一メートルになって」
 大きさはそれ位でというのです。
「それでね」
「一メートルなんだ」
「世界的にはそんなに大きくないけれど」
「日本だと大きいね」
「お魚の中では」
「日本の淡水魚は川が短くて流れが急な為大きくないね」
 そうした環境だからだというのです。
「これは山の生きものでもそうだね」
「あっ、狐も熊も鹿もね」
「実際に小さいね」
「そうね」
「考えてみれば」
「そうだよね」
「ニホンオオカミもそうだね」
 先生は自分が見付けた生きものの名前も出しました。
「そうだね」
「他の種類の狼より小さいね」
「あの狼は狼の中でも独特の種類だっていうけれど」
「確かに小さいね」
「そうだね」
「木々が多くて下に色々なものがあって傾斜のある山にいるとね」
 そうした場所で暮らしているならというのです。
「どうしてもね」
「身体は小さい方がいいんだ」
「そして流れが急な川の中にいても」
「身体は小さい方がいい」
「だから日本の生きものは小さいのね」
「そうだよ、日本の生きものは」
 まさにというのです。
「本州や四国、九州はそうなんだ」
「あっ、そういえば北海道の生きものは」
「大きいね」
「そうだね」
「言われてみれば」
「北海道の生きものは大きいね」
「狐も鹿も熊も」 
 動物の皆もこう言います。
「特に熊ね」
「そもそも種類が違うし」
「本土の熊はツキノワグマでね」
「北海道の熊はヒグマ」
「そこが違うからね」
「大きさも違うね、本州等と北海道ではまた自然環境が違うから」
 その為にというのです。
「大きさが違うんだ」
「同じ日本でもね」
「そこが違うんだね」
「自然環境の違いで」
「大きさも」
「例えば狐だとね」 
 先生はこの生きものからお話しました。
「本州等ではホンドギツネだね」
「そして北海道ではキタキツネね」
「同じ狐で種類は同じでも」
「キタキツネは亜種だったね」
「そうだったね」
「そう、それで大きさも違っているんだ」
 ホンドギツネとキタキツネはというのです。
「そうなんだ」
「そして鹿にしてもそうで」
「他の生きものもだね」
「同じ日本だけれど」
「自然環境が違うから」
「また違うんだ、沖縄は特に独特だね」
 この地域のお話もするのでした。
「そうだね」
「あそこにしかいない生きもの多いね」
「実際にね」
「アマミノクロウサギとかヤンバルクイナとか」
「あとイリオモテヤマネコ」
「ハブもオオコウモリもね」
「ヒャンやハイもだね」 
 先生はこの生きものの名前も出しました。
「そうだね」
「そうそう、あの蛇達もね」
「沖縄にしかいないね」
「というか沖縄の限られた島にしかいなくて」
「数自体少ないね」
「一時期いるのかどうか疑われた位だったっていうし」
 皆ヒャンやハイのことを思い出しつつお話します。
「そういえば」
「ここはね」
「そうした場所だね」
「そうだね」
「日本は大きさにしろ種類にしろ面白い国で」
 それでというのです。
「この琵琶湖でもなんだ」
「ビワコオオナマズね」
「それがいるのね」
「そうなんだね」
「そうだよ、他にも琵琶湖にしかいない種類の生きものもいるけれど」
 それでもとです、先生はお話しました。
「そうした生きものは全部ね」
「採集したんだね」
「ビワコオオナマズ以外の生きものは」
「そうなんだね」
「そうだよ、それでね」
 それにというのです。
「僕は以前から行きたいと思っていたんだ」
「それで今回だね」
「望みが適って来ることが出来た」
「そういうことね」
「そうなんだ」
「だからだね」
 それでとです、ホワイティが言ってきました。
「先生上機嫌にここに来たんだね」
「そして今も上機嫌なのね」
 ダブダブも言います。
「そうなのね」
「行きたいと思っている場所に来られた」
「それは確かに嬉しいことね」
 チープサイドの家族も言います。
「言われてみれば」
「そのことは」
「それじゃあこれからも楽しめばいいね」 
 チーチーが先生に明るい声で言いました。
「是非ね」
「僕達もそうしているし」
「先生は僕達以上にそうしていこうね」
 オシツオサレツは二つの頭で先生に告げます。
「最後までね」
「この琵琶湖での旅をね」
「ビワコオオナマズも採集して」
 こう言ったのはトートーでした。
「問題なくしていこうね」
「それとね」
 ポリネシアが言うことはといいますと。
「いつも通りお酒と食べものも楽しんでいきましょう」
「実際に近江牛楽しんでるし」  
 こう言ったのジップでした。
「そうしていこうね」
「旅は常に楽しく」
 老馬が先生に言いました。
「先生いつもそう言ってるしね」
「実際に先生いつも楽しんでいて今回もだし」
 最後にガブガブが先生に言います。
「そうしていこうね」
「僕もそう考えているよ、ビワオオオナマズにも来てもらって」 
 水族館にというのです。
「そうしてね」
「満足して旅を終える」
「そうしたいよね」
「それじゃあね」
「一緒に楽しんでいこうね」
「そうしていこうね、それとね」
 さらに言う先生でした。
「デザートは西瓜にしようか」
「西瓜いいよね」
「それじゃあデザートはそれにしましょう」
「西瓜食べてね」
「最後にしましょう」
「そう、西瓜は実はここの名物なんだ」 
 この滋賀県のというのです。
「だからね」
「よし、それじゃあね」
「是非だね」
「西瓜を食べないとね」
「ここはね」
「そうしようね、僕は西瓜も好きだしね」
 日本に来てからとりわけ好きになったのです、日本の西瓜は美味しくてしかも日本の気候に西瓜が合っていてです。
「それじゃあね」
「最後にそれを食べて」
「そうしてだね」
「西瓜を食べて」
「終わりね」
「そして午後からまた頑張ろうね」 
 水質調査をというのです。
「そうしようね」
「是非ね」
「そうしていきましょう」
「そしてビワコオオナマズを見付けたら」
「来てもらうようにしましょう」
「そうしようね」 
 こう言ってでした、そのうえで。
 先生はデザートの西瓜を食べてからまた水質調査に戻りました、その時に湖のお魚達を見て皆に言いました。
「やっぱりブルーギルやブラックバスがいるね」
「外来種の問題は深刻だね」
「本当に」
「そうだよね」
「どうにも」
「うん、これがね」
 どうもというのです。
「問題だよ」
「この問題はどうしてもあるのね」
「前もお話したけれど」
「日本全体の問題で」
「琵琶湖もそうで」
「それをどうするかなのね」
「本当に」
「そうだよ、本当に何とかしないと」
 実際にというのです。
「いけないね」
「そうだよね」
「それは何とかしないと」
「今も大変なことになってるし」
「悪化するね」
 皆も思うことでした、そしてです。
 近くで釣りをしている人達も困っています。
「またブラックバスだよ」
「本当に多いな」
「琵琶湖に昔からいるお魚が少なくなって」
「それでだよ」
「ブラックバスが多いね」
「あとブルーギルも」
 このお魚もというのです。
「変に多くて」
「どうにかして欲しいね」
「変に放つ人もいるし」
「釣りを楽しむ為とか言って」
「そうするから増えるんだよ」
「それで生態系が乱れて」
「他のお魚も減るのに」
 そうなるというのです。
「だから僕達みたいな人は困るよ」
「本来の釣りを楽しみたい人は」
「放ってブラックバスを釣る人はいいけれど」
「ブルーギルにしても」
「それでもね」
 それはというのです。
「そうしたことをされると」
「全く、環境破壊もしてるのね」
「スポーツを楽しんでるとか言うとか」
「大変なことになっているのに」
 こうしたお話をしています、そのお話を聞いてです。
 動物の皆もです、先生に言いました。
「釣りをしている人の中でも問題になってるね」
「実際にね」
「そうなっているから」
「何とかしないといけないね」
「それには食べること?」
「それがいいかもね」
「外来種の問題の解決には」 
 先生が前にお話したことを皆で言います。
「美味しい食べ方が見付かったら」
「もうそれでどんどん食べたらいいし」
「それじゃあね」
「美味しい食べ方見付けましょう」
「そうしましょう」 
 是非にと言ってです、そしてでした。
 先生もです、腕を組んで皆にお話しました。
「そうしたものを見付けたいね、お野菜だけれどジャガイモもね」
「そうそう、最初はね」
「ジャガイモ食べられるのかってね」
「そう言われていたわね」
「土から掘り出してね」
「そのまま食べても味気ないし」
「それでね」
 皆もジャガイモが欧州に伝わって来た時のことをお話します、当初ジャガイモの評判は散々だったのです。
「聖書にも載ってなくて」
「悪魔の作物とか言われて」
「こんなもの食べられないってね」
「そう言われて」
「どうしようもない扱いだったのよね」
「そう、けれどね」
 そのジャガイモがというのです。
「変わったね」
「そうだよね」
「そうなったね」
「ジャガイモの美味しい食べ方が見付かって」
「それでね」
「茹でてバターを上に乗せると」
 そうすればというのです。
「美味しくなることがわかったね」
「そうだね」
「それで食べはじめて」
「そこから美味しいお料理の仕方がどんどんわかって」
「マッシュポテトもジャーマンポテトも」
「ポテトサラダだってそうだし」
「そうなったから」
 だからだというのです。
「きっとね」
「お魚だって同じで」
「ブラックバスやブルーギルもなのね」
「美味しい調理方法がある」
「そうなのね」
「そうだと思うよ」
 こう皆にお話しました。
「きっとね、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「どうしたの?」
「ブラックバスやブルーギルはアメリカから来たけれど」
 ここからだというのです。
「実はアメリカでは問題になっていないんだ」
「増え過ぎて在来種を食べたり」
「そうしたことないの」
「アメリカでは」
「そうなのね」
「うん、逆にアメリカの五大湖では鯉が増えて問題になっているそうだよ」 
 こちらではそうなっているというのです。
「鯉の方がブラックバスより大人しいと思うけれどね」
「そうだね」
「鯉は確かに生命力強いけれど」
「ブラックバスよりはましじゃないの?」
「ブルーギルよりは」
「流石にね」
「そう思うけれど」
 それがというのです。
「あっちじゃそうなんだ、その国の自然に最初からいない生きものが入ると」 
「それでだね」
「問題になるんだ」
「生態系が乱れて」
「そうなっていくのね」
「そうみたいだね、自然は変わるものにしても」
 それでもというのです。
「人の手で勝手に。急に変えることはね」
「よくないわね」
「そうだよね」
「どうしても」
「このことは」
「うん、ブラックバスにしてもブルーギルにしてもそうで」
 そうしてというのです。
「鯉もね」
「同じだね」
「アメリカの方も」
「そちらも」
「そう思うよ。オーストラリアでも人間が犬や狐を持ち込んで」
 その結果というのです。
「カンガルーやワラビ―が大変なことになったし」
「そうしたこともあるし」
「人間は気をつけないといけないわね」
「そこにいない生きものは迂闊には入れない」
「それが大事ね」
「そう思うよ、それを破ったら」 
 その時はというのです。
「こうしたことになるんだ」
「大変なことになる」
「環境が乱れて」
「そうなるから」
「気を付けないといけないわね」
「そこはね、ただアマゾンだと」
 ブラジルを流れるこのとてつもなく大きな川とその流域に拡がるジャングル地帯はどうかといいますと。
「流石にちょっとやそっとね」
「外来種が入っても」
「あの自然の中だと」
「すぐにいなくなる」
「そうなるのね」
「あそこはまた特別だからね」
 そのアマゾンはというのです。
「危険な野生動物が沢山いるからね」
「鰐も大蛇も毒蛇も猛獣もいて」
「お魚だってそうだから」
「あそこは凄いね」
「ちょっとやそっとじゃ生きていけないよ」
「物凄い場所よ」
「そんな場所だから」
 それでというのです。
「ちょっとやそっとね」
「外来種が入っても」
「すぐにいなくなって」
「問題ないのね」
「あそこはね」
 本当にというのです。
「そうした場所だよ」
「人間だって暮らしていけないし」
「そうおいそれとは」
「それこそ特撮ヒーローでもないとね」
「あそこでは生きていけないわ」
「そう、アフリカよりも凄いだろうね」
 アマゾンの自然はというのです。
「あそこのジャングルよりもね」
「そうだろうね」
「いる生きものも違うし」
「まだ発見されていない生きものも多いっていうし」
「それならね」
「そんな中に入ったら」
「毒を持った生きものも多いね」
 先生は毒蛇の名前が出たところで言いました。
「そうだね」
「そうそう、毒蛇に毒蜘蛛に蠍」
「あと毒を持った蛙もいるわね」
「ヤドクガエルね」
「あの蛙もいるから」
「大変だよ」
「蛙は美味しいよ」
 先生は食べたこともあるから知っています。
「それでもね」
「毒があるとね」
「食べられないよね」
「実際ヤドクガエルって猛毒あるから」
「絶対に食べたら駄目だね」
「そうだよ、そしてそうした生きものが大勢いる場所なら」
 アマゾンならというのです。
「ちょっとやそっと外来種が入ってもね」
「大丈夫だね」
「あっという間にいなくなるね」
「猛獣だらけで」
「しかも毒持った生きものばかりだから」
「うん、生物学的には面白いけれど」
 そうした場所でもというのです。
「危険過ぎるからね」
「あまりにもね」
「そんな場所だとね」
「迂闊に入られないし」
「外来種の問題もないわね」
「逆にあそこで定着出来たら」
 その外来種はというのです。
「凄いものがあるよ」
「全くだね」
「あそこはちょっと例外だね」
「そうね」
「まあ例外ということで」
「置いておいた方がいいわね」
「うん、じゃあいよいよね」 
 先生は皆にあらためてお話しました。
「ビワコオオナマズについて」
「本格的にだね」
「採集に入るのね」
「そうするんだね」
「そうしようね、あのお魚なくして」
 もうこのことは絶対にというのです。
「琵琶湖の生物の採集は絶対じゃないから」
「だからだね」
「ここはだね」
「そうするんだね」
「うん、そちらにかかるよ」
 こう言ってでした、先生は今は皆と一緒に琵琶湖での調査と採集、そして史跡研修といったものを楽しみ続けました。その生きものを探しつつ。








▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る