『ドリトル先生と琵琶湖の鯰』
第三幕 滋賀県に着いて
先生と動物の皆は田中さん達水族館の人達と一緒に滋賀県に来ました、神戸から電車でまずはです。
大津市に来ました、動物の皆は到着するとすぐに先生に尋ねました。
「ここが、だよね」
「昔都があった場所だよね」
「日本の首都だったんだよね」
「その街だよね」
「そうだよ、ここがね」
実際にとです、先生は皆に答えました。
「大津市で都があった場所だよ」
「そうだよね」
「けれど何ていうかね」
「そんな雰囲気ないね」
「どうもね」
「日本の首都だったとか」
「そんな感じじゃないよ」
皆は大津市を見回してこう言いました。
「普通の街?」
「日本によくあるね」
「そうした街でね」
「別に何もないよ」
「特別な雰囲気はないよ」
「都といっても千数百年前だからね」
先生は皆に笑顔で答えました。
「七世紀のことだから」
「七世紀ってね」
「イギリスがまだ国として形成されるかどうかって時で」
「物凄い昔じゃない」
「大昔のことだよ」
「そうだよ、そんな昔のことだからね」
それでというのです。
「名残もないことはね」
「当然なんだね」
「そうしたことも」
「都だった場所に思えなくても」
「それでも」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「そのことは当然のことだよ」
「成程ね」
「じゃあこれからはね」
「その首都だった場所に行って」
「それで学問に励むんだね」
「そうするつもりだよ、神社にも行くよ」
そちらにもというのです。
「これからね」
「ああ、神道のね」
「そちらに行くんだね」
「そうするんだね」
「そうするよ、ただその前に」
先生はまた皆に言いました。
「田中さん達と打ち合わせをするよ」
「あっ、そのことだね」
「琵琶湖のことだね」
「琵琶湖の方のことだね」
「そちらのお話をするんだね」
「そうだよ、皆は僕と一緒にいるけれど」
それでもというのです。
「少し待っていてね」
「うん、じゃあね」
「それならだね」
「まずは仕事のお話をして」
「それからだね」
「都の跡に行って」
そしてというのです。
「それからだよ」
「神社にも行く」
「そうするのね」
「これから」
「そうするよ、あとこれまでお話した通りにね」
こうも言う先生でした。
「安土城や小谷城、佐和山城の跡にも行くし」
「彦根城だね」
「あのお城にも行くね」
「そうするんだね」
「うん、そうするよ」
こう言うのでした。
「いいね」
「それじゃあね」
「そのことも楽しみにしているよ」
「色々なお城に行くことも」
「そのこともね」
「是非ね」
先生は笑顔で言ってでした。
そのうえでまずは田中さん達と一緒に琵琶湖の生きもの達のお話をしました、そうしてその後ででした。
皆と一緒に大津宮の跡を見ました、ですが。
皆はその跡地を見て言いました。
「ここに都があったの?」
「何ていうかね」
「別にね」
「ここはこれといってね」
「何もないよね」
「だから千数百年前だよ」
都があったのはとです、先生は広場に見えるその場所を見て言う皆に答えました。
「ここにあっただけでね」
「それだけだから」
「だからなんだ」
「跡地ってだけで」
「ここには何もないんだ」
「そうだよ、何もないんだよ」
こう言うのでした。
「あったのは千数百年前だよ、しかもね」
「しかも?」
「しかもっていうと」
「当時の都は平城京や平安京とは違っていたんだ」
奈良や京都にあったそうした都と違うというのです。
「ああした都は宮殿に街があって城壁に囲まれていたね」
「そうそう、奈良や京都はね」
「そうした都だったね」
「城塞都市だったね」
「日本には少ない街だったけれどね」
「当時の日本は中国の長安、今の西安を模して都を造ってね」
それでというのです。
「ああした街だったんだよ」
「奈良や京都にあった都はそうだったんだ」
「平城京や平安京は」
「それでだったんだ」
「そうした造りだったの」
「けれど平城京以前、飛鳥時代はね」
その頃の都はというのです。
「そうした造りじゃなくてね、宮殿はあっても」
「それだけだったんだ」
「街があってもなの」
「周りを壁で囲んでなくて」
「それでなの」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「大きくなくてただ宮殿つまり宮の跡地なんだ」
「そうなんだね」
「それだけのもので」
「跡地って言っても大きくなくて」
「広場位のものなんだね」
「平城京の跡地とはそこが違うよ」
奈良県にあるそちらとはというのです。
「どうしてもね」
「成程ね」
「そのことがわかったよ」
「当時の日本の都はそうしたもので」
「跡地もこうなのね」
「そういうことだよ、じゃあ次は近江神宮に行こうね」
こう言ってでした、先生は皆を今度は近江神宮に連れて行きました、地図を見ながらその神宮に行くとです。
皆は今度は目を瞠ってこう言いました。
「凄いね」
「立派な神社ね」
「まさに神宮って呼ぶに相応しいわ」
「何といってもね」
「ここはね」
「ここはさっき行った大津宮と関係があるんだ」
先生は皆にこうお話しました。
「かなり由緒正しい神宮だよ」
「赤と黒がかなり印象的ね」
ポリネシアは神宮の建物達を見ながら言いました。
「その色が」
「かなり奇麗だね」
ホワイティも目を瞠っています。
「足元もね」
「神社の中でも特に奇麗な方じゃないかな」
老馬もこう言います。
「この神宮は」
「奇麗なだけじゃなくて神聖な趣にも満ちていてね」
「厳粛さもあってね」
チープサイドの家族はしきりに自分達の周りを見ています。
「まさに神様のいる場所」
「そんな風に思えるね」
「ええ、ここはこれこそって思えるわ」
ダブダブはこう言いました。
「特別な場所だって」
「大津宮の跡地は何でもない感じだったけれど」
チーチーはこのことははっきりと言いました。
「只の広場でね」
「ここは違うよ」
トートーは丸い目のある頭をしきりに動かして見て回っています。
「神様の場所だってはっきりわかるよ」
「まあ千数百年前だとね」
「何でもないのは仕方ないかな」
オシツオサレツは二つの頭で考えて言いました。
「考えてみればね」
「大昔のことだから」
「大昔も大昔で」
それでとです、今言ったのはジップでした。
「イングランドなんかまだバイキングも来ていない頃だったかな」
「アーサー王が出てから少し経った頃かな」
ガブガブは首を傾げさせて言いました。
「七世紀って」
「アーサー王は一応五世紀だったって言われてるけれどね」
先生はガブガブの言葉に応えました。
「おおよそ」
「じゃあそれから二世紀後だね」
「かなり経ってるね」
「七世紀だと」
「そこまで昔じゃないんだ」
「そうだけれど」
それでもというのです。
「当時のイギリスは西ローマ帝国が滅んで混乱が続いた少し後かな」
「ああ、暗黒時代」
「暗黒時代が終わってね」
「それで少し経った頃」
「それ位の頃なんだ」
「まだはっきりした形にはなっていないよ」
イギリスという国がというのです。
「まだね」
「そんな頃なんだ」
「まだまだなんだ」
「それこそ」
「そんな頃のことだからなのね」
「もうね」
それこそというのです。
「大昔だよ、ただそんな昔のことでも日本ははっきりわかってるからね」
「中国と一緒でね」
「古い時代のことがわかっているのね」
「それは凄いね」
「本当に」
「そうだよ、そしてね」
それでというのです。
「跡地がそこだってこともわかっているんだ」
「むしろ七世紀のことがわかっていることが凄いんだ」
「じゃあ明日香村も凄いところだったんだ」
「私達あの時は何でもない感じで見て回ってたけれど」
「それでもなのね」
「あそこも凄かったんだ」
「明日香村は最高の学問、歴史学や考古学を学べる場所だよ」
先生は明日香村についてこう断言しました。
「行けてよかったよ」
「そうだったの」
「そんな場所だったの」
「何でもない風に見て回っていたけれど」
「実はそうだったの」
「そうだったんだ、そして近江神宮はね」
今自分達がいるこの場所はというのです。
「その大津宮と縁がある場所だよ、ここも見て回ろうね
「それじゃあね」
「これからだね」
「見て回って」
「それでだね」
「そう、見て回ろうね」
こう言ってです、そしてでした。
皆で神宮の中を見て回っていきました、動物の皆は広くて奇麗でしかも神聖な趣に満ちた中を歩いて見て回りました。
その中で動物の皆は巫女さんも見て言いました。
「巫女さんも素敵だね」
「奇麗な人達ばかりでね」
「凄く奇麗ね」
「本当にね」
こう言うのでした。
「絵になるよ」
「神社だとやっぱり巫女さんがいないと」
「白い着物に赤い袴が素敵ね」
「そして黒髪が楚々としていて」
「最高ね」
「いや、最近黒髪の人ばかりじゃないよ」
先生は皆に微笑んで言いました。
「これがね」
「あっ、そうだね」
「日本に色々な国の人達が来る様になっているから」
「それでよね」
「巫女さんにしても」
「色々な国の人達がなっているね」
「そうだよ、アメリカ人やイギリス人だってなるし」
つまり白人の人達もというのです。
「アフリカ系の人達もね」
「なるんだね」
「そう思うとね」
「黒髪とは限らないね」
「そうよね」
「そうだよ、それもね」
さらにというのです。
「日本人以外のアジア系の人達もいるね」
「そうだね」
「その人達もいるね」
「そうだよね」
「中国とかタイとかベトナムとか」
「インドの人達もいるね」
「その人がアルバイトの募集に応えて神社に行って採用されれば」
それでというのです。
「なれるからね」
「今じゃね」
「そうなってるからね」
「だからなのね」
「誰でも巫女さんになれるから」
「髪の毛の色は黒とは限らないわね」
「目やお肌の色もだよ」
先生は笑ってお話しました。
「アジア系のものとは限らないし」
「アジア系といっても日本人とは限らない」
「そういうことだよね」
「要するにね」
「今は」
「そうだよ、今の日本はね」
まさにというのです。
「そうなっているよ」
「成程、本当に変わったね」
「そのことは」
「神社の巫女さんも日本人じゃない人でもなれる様になったから」
「今の私達のお話は変わってきているのね」
「そうだよ、そもそもね」
先生はさらにお話しました。
「僕達も今ここにいるね」
「あっ、そうだね」
「こうして神社の中にいるね」
「イギリスから来たけれど」
「それでもね」
「国籍は日本になったけれどね」
先生はそうした意味で日本人になっています、日本にお家が移ったことを受けて決心して国籍を移したのです。
「キリスト教徒だしね」
「ルーツはイギリスだし」
「けれどそれでもだね」
「白人でキリスト教徒でもね」
「こうして神社にいるね」
「それでもいいしね」
だからだというのです。
「海外から来た人も巫女さんになってもいいんだよ」
「その通りね」
「来る人は拒まずで」
「それでね」
「そういうことだよ、それとね」
先生はさらに言いました。
「今日は大津市にいてここを拠点にして動くけれど」
「滋賀県の中で」
「そうするんだね」
「滋賀県にいる間は」
「色々な場所に行くからね」
その大津市からというのです。
「そうするからね」
「電車や車でだね」
「そうしていくのね」
「安土や彦根に行くんだ」
「そうするのね」
「あと湖も使えるからね」
こちらもというのです。
「水路もね」
「あっ、琵琶湖ね」
「その生きものを調べて水族館に持って行く」
「その琵琶湖も使えるんだ」
「船に乗って」
「そうなんだ、織田信長さんも使ったよ」
その琵琶湖の水運をというのです。
「そうしてすぐに都に行ったこともあるし」
「そうだったんだ」
「そんなこともあったんだ」
「織田信長さんにしても」
「琵琶湖を船で行き来していたんだ」
「あと琵琶湖から淀川が流れているけれど」
川のお話もするのでした。
「この川もね」
「水運が使えるんだね」
「あちらも」
「そうだよ、琵琶湖から川を下れば」
そうすればというのです。
「すぐに京都や大阪に行けるよ」
「そうなんだ」
「川を下れば」
「それでなんだ」
「陸路も使えるけれど」
それだけでなくというのです。
「水路も使える県なんだ」
「じゃあ船でなんだ」
「先生も滋賀県行き来するんだ」
「そのつもりなのね」
「それで行き来するかどうかはわからないけれど琵琶湖の中には入るよ」
そうはするというのです。
「生きものを調べる為にね」
「そのことはするんだ」
「琵琶湖の中に船で進んでいって」
「そのうえで」
「そうはするよ、琵琶湖の真ん中まで行って」
そうしてというのです。
「生態系、そして水質もね」
「調べるんだ」
「そうもするんだ」
「これからは」
「うん、ただお水の中には僕は入らないから」
それはしないというのです。
「泳げるけれどダイバーではないからね」
「ダイバーって特別な技術だからね」
「自衛隊でもそうだしね」
「訓練してなるものだし」
「そうはなれないね」
「だからね」
それでというのです。
「僕はお水の中には入らないから」
「あくまで船に乗って」
「それでなんだ」
「そうするんだ」
「そうだよ、そうしたことはしないけれど」
それでもというのです。
「湖には行くよ」
「そうするんだね」
「そしてだよね」
「僕達も一緒で」
「それでだね」
「琵琶湖を観ていくんだね」
「隅から隅までね、その生きもの達もね」
彼等もというのです。
「そうしようね」
「わかったよ」
「それじゃあね」
「その時も一緒だね」
「一緒にやっていこう」
「そういうことでね」
こう話してでした、そのうえでなのでした。
皆は一緒に近江神宮の中を歩き回ってそうしてでした。
その日の夜でした、先生は牛肉の網焼きを食べましたが一緒に食べている皆に対して笑顔でこう言ったのでした。
「これがだよ」
「井伊直弼さんが食べたものだね」
「牛肉の網焼きだね」
「味噌漬けの牛肉の」
「うん、思っていた以上の味だよ」
まさにというのです。
「これは」
「確かにね」
「この味はかなりのものだよ」
「お肉の質もいいし」
「それにお味噌がよく滲み込んでいてね」
「凄く美味しいよ」
「これは病みつきになるね」
こう言ってでした、先生は。
日本酒も飲んでそうして言いました。
「お酒にも合うしね」
「お味噌だからね」
「日本酒が合うね」
「本当にね」
「凄くいいね」
「うん、お酒が進むよ」
こう言いながらさらに飲みます、そしてです。
先生は皆にです、こうも言いました。
「滋賀県にいる間ステーキもすき焼きも焼き肉もだよ」
「全部楽しむんだね」
「近江牛のそれを」
「そうするんだね」
「そうしようね、それとね」
先生はさらにお話しました。
「これが井伊直弼さんが食べたものだよ」
「あの悪名高いね」
「あの人が食べたいって言ってお手紙書いたものだね」
「そうなんだね」
「そうだよ、それで明日は彦根に行って」
そうしてというのです。
「井伊直弼さんのお城に行こうね」
「そうするんだね」
「琵琶湖の水質調査と生物採集の傍ら」
「史跡研修もする」
「そちらもするんだね」
「そうしようね、僕は色々な学問が好きだから」
それ故にというのです。
「歴史学も学んでいるからね」
「今日も大津宮跡に行ったし」
「正直ここがなんだ、って位の場所だったけれど」
「むしろ近江神宮の方が凄かったけれど」
「それでもだね」
「ちゃんと見たし」
「それならだね」
「次はだよ」
まさにというのです。
「彦根城だよ」
「そうだね」
「それじゃあね」
「明日は彦根城だね」
「あのお城に行くんだね」
「そうしようね」
こうお話しながらです、先生は宿泊先のホテルで動物の皆と一緒に牛肉の網焼きを食べてそうしてお酒も楽しみました。
その次の日も水質調査と生物研究と採集を行ってです。
彦根城にも行きました、皆は彦根城に行くとすぐに言いました。
「ここだよね」
「あの井伊直弼さんがいたお城だね」
「あのとんでもなく悪い人がいたね」
「そのお城だね」
「そうだよ、ただこのお城にいたことは事実でも」
その井伊直弼さんがとです、先生は皆にお話しました。
「藩主そして大老になってからは殆どいなかったよ」
「そうだったんだ」
「自分のお城なのに」
「それでもだったの」
「藩主、お殿様になると江戸と領地を行き来していたね」
先生はここでこのことをお話しました。
「そうだったね」
「あっ、参勤交代ね」
「江戸時代にはそれがあったんだ」
「三年のうち一年は絶対に江戸にいる」
「奥さんとお子さんもそっちにいるんだったね」
「この制度があったからね」
だからだというのです。
「藩主になってからはね」
「江戸と彦根を行き来していて」
「ここにいない時もあったんだ」
「そういうことだね」
「そして大老になると」
そうなると、というのです。
「もうね」
「その時はだね」
「幕府のお偉いさんだから」
「その立場になったから」
「だからだね」
「江戸にいたんだね」
「ずっとね、それでなんだ」
彦根城の見事な黒い屋根と白い壁の三層の天守閣を見上げながらお話します。
「この彦根にはね」
「あまりいなかったんだ」
「そうだったんだね」
「実は」
「うん、ただ藩主になるまではね」
その時まではとです、先生はお話しながらでした。
お城の中を歩いていきます、そうして言うのでした。
「この彦根にいたよ」
「じゃあ結構長い間なんだ」
「このお城にいたんだ」
「そうなのね」
「そうだよ、ただね」
ここでこう言うのでした。
「お城には住んでいなかったよ」
「じゃあ別のところに住んでいたんだ」
「お城じゃなくて」
「他のところになんだ」
「埋木舎というところに入ってね」
そしてというのです。
「そこに住んでいたんだ、何しろ藩主になる筈のない人だったからね」
「あっ、もう十数男でね」
「跡継ぎになる様な人じゃなくて」
「養子のお話もなくて」
「それでだったんだね」
「うん、もうそこで朽ち果てるのみと思っていたから」
井伊直弼さん自身がです。
「そこに住んで学問や芸術や武芸に励んでいたんだ」
「あれっ、学問とかしていたんだ」
「芸術も」
「そういう人だったの」
「和歌や座禅、儒学、陶芸、茶道、鼓、居合とね」
そうしたものをというのです。
「学んでどれもかなりのものだったんだ」
「おかしいね」
「そうだよね」
ここで皆は首を傾げさせました、お城の中を歩きながら。
「悪い人だよね」
「沢山の人を殺した」
「法律も無理矢理に捻じ曲げてまでそうした」
「当時から嫌われていたんだよね」
「今もで」
「最初は違ったんだ、世に出ることはないからそうしたものに励んで」
そうしてというのです。
「努力する人だったんだ」
「何かイメージと違うよ」
「もう酒池肉林でやりたい放題と思っていたから」
「そうした暴君だってね」
「それかヒトラーかスターリンみたいな独裁者か」
「そんな人だったと思っていたら」
「確かに独裁者だったけれど」
それでもというのです。
「酒池肉林でもヒトラーやスターリンとも違ったよ」
「そこまでじゃなかったんだ」
「もう悪の限りを尽くしたってイメージがあったけれど」
「そうじゃなかったんだね」
「うん、道を間違えたのかもね」
ここでお庭に出ました、緑と青の奇麗なお庭です。そこに入ってそうしてそこでさらにお話をするのでした。
「あの人は」
「それでああなったんだ」
「最初は学問や芸術に励んでいたけれど」
「殿様になって」
「それで大老にもなって」
「何しろ世に出ないって思っていたら」
そこでというのです。
「跡継ぎになって藩主になってだよ」
「大老までになった」
「物凄い栄転だね」
「思わぬ展開だね」
「その中で幕府の為に働こうって決心して」
そしてというのです。
「幕府を守ろうとするあまりね」
「ああなったんだ」
「独裁者になって」
「それで沢山の人も殺したんだ」
「そうなんだ、元々は学者で芸術家だったんだ」
そうした人だったというのです。
「けれど道を間違えてしまったんだよ」
「成程ね」
「それでああなったなんてね」
「そう考えると可哀想な人かも知れないわね」
「悪い人でも」
「そうかも知れないね」
先生はお庭を見回しながら遠い目になりました、その先生にオシツオサレツがこんなことを言いました。
「若し殿様にならなかったらね」
「かえって幸せだったかも知れないね」
二つの頭でこう言うのでした。
「悪名高くならずに済んで」
「ずっと嫌われずに済んで」
「やったこと見れば極悪人だからね」
ガブガブもこう言います。
「吉田松陰さんとか橋本左内さんを殺した」
「しかも無理に死刑にしたんだから最悪よ」
ダブダブの口調はぴしゃりとしたものでした。
「確か幕府って決めた刑罰より軽くするかそのままだったのよね」
「それを井伊直弼さんだけが重くしてどんどん死刑にしたんだからね」
ホワイティも声も糾弾するものになっています。
「悪いことをしたよ」
「他にも物凄く居丈高ですぐに怒って処罰ばかりして」
ポリネシアの口調もよくないものです。
「今じゃブラック企業のパワハラ上司ね」
「そんな人だとね」
チーチーも言います。
「ああなっても自業自得だよ」
「桜田門外の変だったね」
「そうそう、あの人が暗殺されたのは」
チープサイドの家族は井伊直弼さんが暗殺された事件のお話をしました。
「雪の日に襲われて」
「首を取られたんだよね」
「そうなって大喝采だったとかね」
トートーは思わず唸りました。
「どんなに嫌われていたんだろう」
「そして今もだから」
ジップは今のお話おしました。
「嫌われ過ぎだね」
「けれど最初はそんな人で」
老馬の目は遠いものになっていました。
「最後まで悪人じゃなかったんだ」
「善人でも道を間違えるとおかしくなるよ」
先生はこうお話しました。
「井伊直弼さんもそうだったんだ」
「成程ね」
「極悪人かって思っていたけれど」
「その実は違って」
「本当はそんな人だったんだ」
「側近だった長野主膳さんもだよ」
この人もというのです。
「この人が井伊直弼さんに芸術や学問を教えたけれど」
「悪人じゃなかったんだ」
「陰謀家だって思っていたら」
「その実はなんだ」
「悪人じゃなかったの」
「色々動いていたけれど」
このことは事実でもというのです。
「それでもだったんだ」
「悪人かっていうと」
「また違っていて」
「道を間違えた人で」
「芸術や学問の人だったんだ」
「そうだよ、この人達はどうしても評判が悪いし」
先生はこうも言いました。
「僕も好きじゃないけれど悪人かというと」
「違うんだ」
「そうした人達じゃなくて」
「道を間違えていて」
「そうした人達だったのね」
「そうしたこともわかっていないとね」
どうしてもというのです。
「正しい歴史の学び方じゃないと思うよ」
「悪人と決め付けるんじゃなくて」
「その本質を調べる」
「そして理解する」
「それが学問なんだ」
「そう思うよ、学問は偏見があってはいけないよ」
このことは絶対だというのです。
「本当にね」
「そうだよね」
「先生の言う通りだよ」
「若し偏見を持って学んだらね」
「よくないわね」
「それは避けないとね」
「そうだよ、学問は偏見や先入観は捨てて」
そしてというのです。
「行うものだよ」
「先生の言う通りだよ」
「本当にね」
「それは井伊直弼さんも同じで」
「公平に学ぶべきなのね」
「そうだよ、織田信長さんも」
この人もというのです。
「調べたら残酷な人じゃなかったしね」
「自分に逆らう人は皆殺し」
「裏切った人は許さない」
「神も仏も信じない」
「凄いけれど残酷でもある」
「そんな人だって思っていたら」
「それが実は違っていてね」
学問の結果この人のこともわかってきたというのです。
「あの人なりに信仰心もあってね」
「不必要に人は殺さない」
「そんな人だったのね」
「その実は」
「そうだよ、裏切った人もちゃんと謝れば許していたし」
裏切者は許さなかったということはなかったというのです。
「傲慢でも人を人と思わない様な人じゃなかったよ」
「そして短気でもなくて」
「鳴かぬなら殺してしまえでもなかった」
「実像は全然違ったのね」
「そうなんだ。そしてお酒は飲めなくて甘いものが好きで」
そしてというのです。
「毎日弓や槍、馬術や水練に励んでいたんだ」
「乗馬や水泳になのね」
「励んでいたのね」
「つまりスポーツマンでもあったんだ」
「生活もしっかりしていたんだ」
つまり健康的だったというのです。
「真面目な人でもあったんだよ」
「お酒を浴びる様に飲んでいると思ったら」
「全然違うね」
「織田信長さんにしてもね」
「本当に」
「そうだよ、若し織田信長さんが残酷で苛烈だって頭から思って学べば」
そうなると、といいますと。
「正しく理解出来ないよ」
「そうなるんだね」
「だから偏見や先入観は捨てて」
「そうしてだね」
「学ぶべきものなのね」
「そうだよ、そしてね」
そのうえでというのです。
「学んでいかないとね」
「そうだよね」
「聖書だって偏見を持って読んだらいけないし」
「そうしたら聖書にとってもよくないし」
「自分にもよくないわ」
「聖書ですら偏見を持って読んだら悪い本になりかねない」
先生は悲しいお顔になってこうも言いました。
「僕はそう思うんだ」
「聖書ですらなんだ」
「そうなるの」
「ううん、そう思うと怖いわね」
「本当にね」
「冗談じゃないわ」
「だから学問に偏見や先入観は禁物なんだ、僕もそのことを頭に入れて」
そうしてというのです。
「いつも学問を楽しんでいるよ、しかし話題を変えるけれど」
「どうしたの?」
「今度はお話は何なの?」
「一体どんなお話かしら」
「このお城は凄いね、見事なものだよ」
お城自体のお話をするのでした、お庭から離れてお城の中を歩いて石垣も見たりしながらのお話です。
「お城自体が芸術品と言っていいね」
「確かにそうね」
「天守閣もお庭も立派で」
「門は立派で」
「城壁や石垣も奇麗で」
「これ自体が芸術品みたいね」
「うん、日本のお城はこうしたお城が多いけれど」
それでもというのです。
「この彦根城もね」
「そんなお城ね」
「まさに」
「本当にそうね」
「凄いものだよ、井伊家は三十五万石で」
石高のお話もするのでした。
「実際はもっと豊かだったらしいけれど」
「その井伊家のお城に相応しい」
「そうしたお城だっていうのね」
「まさに」
「そう思うよ」
まさにというのです。
「それだけのお城だよ」
「確かにね」
「大老さんのお城だって思うと」
「それだけのお城だね」
「井伊直弼さんってドラマとかで凄い貫禄だしね」
「悪い人でも」
「その人のお城かって考えたら」
動物の皆も言うことでした。
「それだけのものだね」
「そうだよね」
「本当にね」
「そこまでのものよ」
「そうだね、ただ守りが堅固なだけじゃなくて」
それに加えてというのです。
「芸術性もあるよ」
「日本のお城らしいよね」
「そうしたところはね」
「日本のお城って奇麗だからね」
「芸術的にも素晴らしいけれど」
「その日本のお城らしいね」
「観ているとね」
動物の皆も先生の言う通りだと頷いています、そしてです。
その中で先生はこうも言うのでした。
「暫く観て回ろうね、そしてね」
「そして?」
「そしてっていうと」
「お昼はね」
この時のお話もするのでした。
「今度は焼き肉を食べようか」
「あっ、今日はそれなんだ」
「近江牛のそちらにするのね」
「お昼は」
「そうしようね、ここにいる間はね」
先生はにこにことして皆に言いました。
「そうして楽しんでいこうね」
「近江牛のお料理を食べていくんだね」
「昨日は網焼き、今日は焼き肉」
「やがてステーキやすき焼きも食べるのね」
「そうしていくのね」
「そうしていこうね」
是非にというのです。
「そのことも楽しみだよ」
「日本の牛って美味しいからね」
「和牛ってね」
「それを食べていくとなると」
「このことも楽しいことだね」
「日本の牛のよさは」
それはどうしてかといいますと。
「それだけの手間暇をかけてだからね」
「育てているから」
「それでだね」
「その為だね」
「だからだよ、その分高いけれど」
それでもというのです。
「それだけの価値はあるよ」
「先生幸い今は収入あるし」
「大学の教授さんだからね」
「八条大学お給料いいから」
「お金もある様になったね」
「うん、なったからね」
だからだというのです。
「今はだよ」
「高いものも食べられるね」
「それに何か株主になってるよね」
「気付いたらね」
「妹さんの会社のね」
「本当に何時の間にか」
「サラがそうしてくれたんだよね、僕は社員でも役員でもないけれど」
それでもなのです。
「サラが気を使ってくれてね、僕はいいのに」
「けれどその分の収入もあるからね」
「余計に助かってるよね」
「大学教授の収入に加えて」
「株のそれもあるから」
「お金があるんだよね、サラのご主人の会社の経営は上々だし」
このこともあってというのです。
「有り難いよ、けれど本社をアイルランドに移るみたいだね」
「ああ、そうなんだ」
「イングランドからそっちに移すの」
「そうするのね」
「イギリスがEUを脱退するから」
だからだというのです。
「そのままEUの中でやっていきたいそうだから」
「それでなんだね」
「その辺り難しい問題だね」
「それでサラさんの会社もだね」
「アイルランドに移るのね」
「あの脱退は絶対にイギリスにとって悪いことになるよ」
先生は断言しました。
「薔薇色の未来なんて待っていないよ」
「それは何でもだよね」
「薔薇色の未来なんてないよね」
「未来は幸せも不幸せもある」
「そうしたものだよね」
「そう、ハッピーエンドはないんだ」
それはというのです。
「普通に続いていくんだ、まして胡散臭い人達が言うね」
「薔薇色の未来なんてね」
「信じたら駄目だよね」
「幾らテレビで人気の人が言っても」
「それでもだよね」
「信じたらね」
「それは薔薇色の未来の筈がないから」
先生は落ち着いた声で皆にお話します。
「サラのご主人の会社の移転は正しいかもね」
「そうなんだね」
「イギリスの人達は間違った選択をしたんだね」
「あの選挙で」
「そうだよ、胡散臭い人を信じたらよくないよ」
先生は動物の皆にこう言いました、そうして彦根城から焼き肉屋に行ってそこで近江牛の焼き肉を食べました。