『ドリトル先生と琵琶湖の鯰』




               第一幕  水族館からのお願い

 この時ドリトル先生はご自身の研究室で学園の中にある水族館に務めている田中さんという人からお願いされていました、小柄で丸い目で髪の毛を短くしている少し小柄な人です。
 田中さんは先生にこう言いました。
「実は琵琶湖のお魚達もです」
「この水族館に入れようとですか」
「考えていまして」
 それでというのです。
「この度先生にです」
「琵琶湖に行ってですね」
「はい、先生もです」
「そうしてですね」
「琵琶湖のお魚達を見付けて」 
 そしてというのです。
「水族館まで連れて行くお手伝いをしてくれませんか」
「僕でよければ」
 先生は笑顔で答えました、頼まれたら快諾する先生らしい対応でした。
「お願いします」
「そうしてくれますか」
「はい、それでそれは何時でしょう」
「その時は」
 田中さんは何時琵琶湖に行くか先生にお話しました、すると先生は田中さんに明るい笑顔でお話しました。
「その時はです」
「大丈夫ですか」
「丁度春休みで」
 大学のその時でというのです。
「学会もないですし」
「では」
「はい、ご一緒させてもらいます」
 こう先生にお話しました。
「是非」
「宜しくお願いします」
「琵琶湖は日本最大の湖で」 
 そしてというのです。
「面白い生態系を持っていますね」
「はい、ですから」 
 それでとです、田中さんは先生に答えました。
「私達もです」
「この度ですか」
「コーナーを拡大しましたが」
「そちらにですね」
「琵琶湖のコーナーをもうけて」
「そこに琵琶湖の色々なお魚、他の生きもの達をです」
 その彼等をというのです。
「入れることが決まったので」
「だからですね」
「はい、この度琵琶湖に行って」
 そのうえでというのです。
「行くことがです」
「決まりましたね」
「そうです、では」
「その時に」
「ご一緒させてもらいます」
 是非にとお話してです、全ては決まりました。先生はそのお話の後で田中さんに微笑んでお話しました。
「琵琶湖の様な大きな湖はイギリスにはないですから」
「行かれることがですか」
「楽しみです」
 こうお話するのでした。
「以前から行きたいと思っていました」
「そうでしたか」
「はい、これも神様のお導きですね」
 先生はこうも言いました。
「まさに」
「そうかも知れないですね」
 田中さんも先生のお言葉に頷きました。
「それは」
「はい、では」
「それではですね」
「琵琶湖に行きましょう」
「それでは、ただイギリスには」
 田中さんは先生にあらためて言いました。
「琵琶湖の様な湖はないですか」
「はい、あそこまで大きな湖は」
「そうなんですね、イギリスの湖といえば」
「それは」
「僕はすぐにネス湖を思い浮かべますが」
「ネッシーで」
「ついつい」 
 先生に笑ってお話しました。
「そうなってしまいます」
「よく言われます、イギリスの湖といいますと」
「まずはですか」
「ネス湖だと」
「やはりネッシーは有名ですね」
「未確認生物の中で最も有名なものの一つですからね」
 それだけにというのです。
「やはり」
「左様ですね」
「ですから」 
 それでというのです。
「湖もです」
「まずはですね」
「ネス湖だとです」
「思われますね」
「はい」
 こう言われるというのです。
「僕も来日してから結構ネス湖について聞かれます」
「そしてネッシーについて」
「はい」
 この未確認生物についてもというのです。
「むしろこちらの方がです」
「メインですか」
「ネス湖の景色や生態系についての質問もありますが」
「やはりメインはネッシーですね」
「そうなっています」
 実際にというのです。
「そのことは」
「やはりネッシーは大きいですか」
「あの知名度は抜群ですから」
 先生は笑ってお話しました。
「ですから」
「それで、ですか」
「よく聞かれて答えています」
「では先生はネッシーの正体は何だと思われていますか」
「それは実際に存在するならですね」
「はい、まず実在は」
「僕はいると考えています」
 先生は田中さんにはっきりとした声で答えました。
「ネッシーは」
「そうですか」
「はい、ただ」
「ただ、とは」
「ネッシーは恐竜かというと」 
 よく言われる様にというのです。
「それは疑問です」
「恐竜説が多いですが」
「ネス湖は寒いですから」
「恐竜は爬虫類で恒温動物ですね」
「そう言われていますから」
 恐竜が恒温動物か変温動物かは諸説あることは先生も知っています、ですが今はこう答えたのです。
「変温動物かも知れないにしても」
「恒温動物ならですね」
「寒い場所には住めないです」
「スコットランドにありますね、ネス湖は」
「我がイギリスの北にあります」
「だからかなり寒いですね」
「ロンドンも冬はかなり寒いです」
 イギリスの首都のこの街もというのです。
「イギリスの南にありますが」
「それでも寒いというのに」
「スコットランドはさらに北にあります」 
「それで、ですね」
「かなりの寒さなので」
 だからだというのです。
「そこに恒温動物がそうそういるか」
「そのことはですか」
「中々ですか」
「確かとは言えないです」
「そうなのですか」
「ですから恐竜説はです」
 ネッシーが恐竜であることはというのです。
「どうかと思っています」
「そうなのですか」
「哺乳類ならあります」
「そちらも言われていますね」
「はい、ですから僕はです」
「ネッシーは哺乳類とお考えですか」
「大型のアシカや鯨なりが海からネス湖に入って」
 そしてというのです。
「発見されてです」
「ネッシーと言われていますか」
「そうではないかと考えています」
「そうですか」
「スコットランドの海にも哺乳類はいますし」
 それでというのです。
「そう考えています」
「成程、ネッシーは哺乳類ですか」
「そして流木もです」
「ネッシーと見られていた」
「このことも多かったと思います」
 その可能性もあるというのです。
「ネッシーは一種類か」
「そうとも限らない」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「そのことはです」
「断言出来ないですか」
「ネッシーは何種類か存在しているのでは」
「そうも考えですか」
「僕はそう考えています」
 先生は田中さんに穏やかな声でお話しました、そしてです。 
 先生は田中さんと琵琶湖のお話もしてそのうえで、でした。
 田中さんが水族館に帰ったその後で動物の皆に紅茶を飲みながら実に楽しそうにお話しました。そのお話はといいますと。
「楽しい日々を過ごせそうだね」
「琵琶湖に行ってだね」
「そうしてだね」
「うん、今から楽しみだよ」 
 紅茶のカップを手にして言うのでした。
「本当にね」
「そういえばあちらにはまだ行ってなかったしね」
「滋賀県自体にね」
 オシツオサレツが二つの頭で言いました。
「移動で電車で通ったことはあるけれど」
「立ち寄ったこともないし」
「これまで僕達結構あちこち行ってるけれどね」 
 ガブガブも言います。
「それでも滋賀県はまだだったね」
「そう思うと神様のお導きね」
 ポリネシアはこう言いました。
「今回のことは」
「このお導きを大事にして」
 そしてとです、ジップは先生に言いました。
「滋賀県でも楽しんでいこうね」
「琵琶湖の生きもの達を集めて」
「それで水族館に送るのがお仕事で」
 チープサイドの家族は先生のその時のお仕事のお話をしました。
「琵琶湖の生態系も調べられるね」
「どんな生きものがいるか」
「日本で一番大きな湖でね」
 それでとです、チーチーはお話しました。
「絶対に色々な生きものが沢山いるね」
「これまで日本の川とか海は行ったけれど」
 それでもとです、ダブダブは言いました。
「琵琶湖はまだだったしね」
「日本は海に囲まれてるからどうしても海に目がいくけれど」
 それでもとです、ホワイティはお話しました。
「琵琶湖みたいな湖もあるからね
「それならこれをいい機会にして」
 そしてとです、トートーも先生に言います。
「琵琶湖に行こうね」
「今回も僕達は一緒だね」
 老馬は先生にこのことを確認しました。
「そうだね」
「勿論だよ、皆はいつも僕と一緒だよ」
 先生は皆に笑顔で答えました。
「だからだよ」
「そうだよね」
「それじゃあね」
「今回も宜しくね」
「一緒に行こうね」
「是非共ね、色々な生きもの達を見て調べて」
 そしてというのです。
「水族館に送って、そして」
「そして?」
「そしてっていうと」
「うん、滋賀県の歴史を学んで文化もね」 
 こちらもというのです。
「学んでいこうね」
「それじゃあね」
「あちらの美味しいものも食べて」
「そうしていこうね」
「うん、それじゃあね」 
 先生はさらにお話します。
「近江牛もね」
「あっ、それがあったね」
「滋賀県も牛肉有名だったんだ」
「僕達が今いる兵庫県もそうだけれど」
「神戸牛だね」
「前に大和牛を食べたけれど」
「そう、滋賀県の牛も有名なんだ」 
 近江牛もというのです。
「だから機会があればね」
「それじゃあだね」
「そちらも食べるのね」
「滋賀県に行ったら」
「その時は」
「あちらでね、あちらでは昔から牛肉を食べていたんだ」
 先生はこうもお話しました。
「滋賀県ではね」
「昔からだったんだ」
「そうだったの」
「日本で牛肉は明治の頃から食べる様になったけれど」
「その時からなんだ」
「いや、実は江戸時代からなんだ」
 その時からだというのです。
「あちらでは牛肉を食べていたんだ」
「あれっ、そうだったんだ」
「その頃から牛肉食べていたんだ」
「江戸時代から」
「そう、勿論ステーキやすき焼きじゃなくてね」 
 そうしたお料理でなくというのです。
「味噌漬けにしたものを網焼きにして食べていたんだ」
「ああ、牛肉の味噌漬けね」
「あれも美味しいよね」
「牛肉にお味噌の味が滲み込んでいて」
「物凄く美味しいね」
「それを網焼きにしてね」
 そうしてというのです。
「食べていたんだ、幕末の大老井伊直弼さんも食べていたよ」
「あっ、あの物凄く嫌われてる」
「生きていた頃から嫌われていて」
「それで暗殺されたら皆から喜ばれていたっていう」
「あの人ね」
「そう、あの人は滋賀県の人だね」 
 その井伊直弼さんはというのです。
「その頃は近江と呼ばれていた」
「彦根藩だったね」
「あの藩の殿様だったね」
「そうだったね」
「それで近江牛も食べていたんだ」
 そうだったというのです。
「江戸、今の東京にいた時に彦根の方に食べたいから送ってくれって手紙を送ってるし」
「そうだったんだ」
「あっちじゃ昔から食べていたんだ」
「江戸時代の頃から」
「そうだよ、何かそうしたお話をすると僕も食べたくなったよ」 
 先生は笑顔でこうも言いました。
「どうもね」
「牛肉の網焼きだね」
「それをだね」
「食べたくなったんだね」
「先生も」
「うん、ステーキもすき焼きも焼き肉も好きだけれど」 
 それでもとです、先生は皆に笑顔でお話しました。
「味噌漬けの網焼きもね」
「そうだね、美味しそうだね」
「お魚も味噌漬け凄く美味しいしね」
「日本のお味噌を使ったお料理っていいよね」
「素敵な味だよ」
「そう、お味噌は素敵な調味料だよ」
 先生はお味噌のお話もしました。
「お味噌汁に使ってもいいしね」
「まずはそれだよね」
「お味噌汁最高だよね」
「私達もよく飲んでるわね」
「あの味がいいよね」
「味がよくてしかも栄養満点だから」
 それでというのです。
「最高の調味料だよ」
「味噌煮込みうどんもいいしね」
「名古屋のあのお料理もね」
「名古屋は他に味噌カツもあるけれど」
「あれも美味しいね」
「名古屋の八丁味噌は有名だね、あと名古屋というか愛知は織田信長さんだけれど」
 今度はこの人のお話をするのでした。
「あの人もお味噌が好きだったんだ」
「へえ、そうだったんだ」
「名古屋の方の生まれって聞いてたけれど」
「あの人もお味噌好きだったんだ」
「そうだったのね」
「焼き味噌っていうお味噌に刻んだ葱や生姜を入れて焼いたものをいつも食べていたんだ」
 先生はにこにことしてお話します。
「大好物だったみたいだよ」
「それかなり美味しそうだね」
「ご飯に凄く合いそう」
「あとお酒にも合うかも」
「かなりいけてるかも」
「僕もそう思うよ、お味噌はいいね」
 今もにこにことしてです、先生は動物の皆にお話します。
「お醤油だけじゃなくてお味噌もあるんだよ」
「日本はそうした国だね」
「お味噌もある」
「そしてお味噌を使った味噌漬けは美味しい」
「そのことは覚えておかないと駄目ね」
「是非ね、その味噌漬けも食べたいよ」
 こう皆にお話しました、そしてです。
 先生はお家に帰るとトミーに滋賀県に行くことになったことと味噌漬けのお話をしました、するとトミーもこう言いました。
「そうですか、滋賀県ですか」
「琵琶湖の生きものを調べてそしてね」
「水族館に持って行くんですね」
「そのお手伝いに行くんだ」
「そのことが決まったんですね」
「そうなんだ」
 先生はトミーにも笑顔でお話します。
「今日ね」
「それは何よりですね」
「その時は学会もないし」
 その為時間があるからだというのです。
「だからね」
「滋賀県に行ってですね」
「学問を楽しんでくるよ」
「旅行もですね」
「うん、そちらもね」
 こうお話するのでした。
「楽しませてもらうよ」
「それは何よりですね」
「それでトミーもどうかな」
 先生はトミーにお誘いをかけました。
「時間があったら」
「ちょっとその時はわからないですね」
 トミーは先生に少し考えるお顔になって答えました。
「まだ」
「そうなんだ」
「はい、申し訳ないですが」
「謝ることはないよ、ただね」
「ただ?」
「それならだよ」
 こうも言うのでした。
「王子にも声をかけるけれど」
「王子もですね」
「どうなるかな」
「わからないでしょうね」
「まだね、けれど二人も一緒に来てくれたら」
 それならとです、先生はまた笑顔になってお話しました。
「僕は嬉しいね」
「一緒に学問と旅行が出来るからですね」
「そうだよ」
 まさにその通りだというのです。
「本当にね」
「心からね、ただね」
「ただ?」
「滋賀県に行くのははじめてだから」
 それでとです、先生は考えるお顔であらためてお話しました。
「楽しみだね」
「琵琶湖が有名でね」
「大学で牛のことも話したけれど」
「他にもだよね」
「色々あるよね」
「歴史もあるよ、あそこに豊臣秀吉さんがいたこともあるし」 
 先生は動物の皆にお話しました。
「織田信長さんも安土城を築いたよ」
「あっ、あの凄く奇麗なお城ね」
「テレビでもやっていたわね」
「青い瓦に金箔も朱塗りを使って」
「物凄く奇麗なお城ね」
「あのお城もあったし石田三成さんのお城もあったし」
 こうお話するのでした。
「都もあったんだよ」
「えっ、都って」
「首都よね」
「滋賀県に日本の首都があったの」
「そうだったの」
「そうだよ、飛鳥時代に都を移転させた時代があったんだ」 
 そうだったとです、先生は皆にお話しました。
「明日香から移したんだ」
「そんなことがあったんだ」
「日本の都がその頃結構変わってたとは聞いてたけれど」
「大阪にあった時もあったのは聞いてたけれど」
「難波ね」
「あそこにね」
「橿原にもあったしね、それで奈良に定まって」
 そしてというのです。
「平城京になってね」
「そこからも移ったりして」
「京都に落ち着いたんだよね」
「それで明治維新までずっと首都は京都だった」
「平安京だったね」
「そうなったんだ、日本は飛鳥時代から平安時代までね」
 まさにというのです。
「首都が何度も変わってるんだ」
「そのことは先生から聞いていたけれど」
 それでもとです、チーチーは言いました。
「滋賀県にもあったんだ」
「いや、それは知らなかったね」
 ガブガブも少し驚いています。
「ずっと奈良県にあったと思っていたよ」
「大阪にあったことは知っていても」 
 ジップはこちらのお話をしました。
「滋賀県にもだったんだね」
「明日香村から離れて」
 そしてとです、ホワイティも言います。
「そこに移っていた時期があったんだね」
「いや、それは意外だったよ」
 老馬もお話します。
「本当にね」
「日本の歴史は長いけれど」
「首都も色々移転して」
 オシツオサレツも二つの頭で考えて言います。
「それでだね」
「その中で滋賀県にもあった時期があるんだ」
「戦国時代とか江戸時代のことは知ってたけれど」
「飛鳥時代からの歴史があるのね」
 チープサイドの家族の口調はしみじみとしたものでした。
「そう思う滋賀県も面白いわね」
「歴史から見てもそうだね」
「時代劇の撮影に使われていたことは聞いていたわ」
 ポリネシアはこちらのお話をしました。
「けれどそんなこともあったのね」
「いや、歴史から見ても面白い県なんだね」 
 トートーの目はくるくると興味深そうに動いています。
「行くのがさらに楽しみになったよ」
「さて、皆で行ったら」
 どうかとです、ダブダブは言いました。
「どんな素敵な旅になるのかしら」
「僕もそう思うよ、安土にも佐和山にも彦根にも行きたいし」
 それにというのです。
「あと小谷城の跡も行きたいね」
「ああ、浅井長政さんだね」
「信長さんと争って敗れた」
「お市さんのご主人」
「あの人のお城にも」
「そうなんだ、それで都跡にも行って」 
 そしてというのです。
「学びたいね、そして琵琶湖もね」
「調べたいんだね」
「あの湖の生きもののことも」
「今回はそれが最大の目的の一つだし」
「それでだね」
「そうだよ、そして調べた生きものを水族館に持って行く」
 そうすることもお話するのでした。
「楽しみだよ」
「そうだよね」
「じゃあね」
「皆でね」
「あらゆることを楽しもう」
「そうしようね」
「さて、じゃあ出発の時までに」
 トミーは先生達に笑顔で応えました。
「準備をしないと駄目ですね」
「そうだね、ただね」
 先生はトミーに応えて言いました。
「日本の何処かに行く準備もね」
「慣れましたね」
「もう色々なところに行ってるからね」
 それでというのです。
「慣れてきたよ」
「そうなったんですね、先生も」
「これまで京都、奈良、和歌山、松山、北海道、沖縄、長野って行ってきたね」
「そう思うと色々行っていますね」
「イギリスにいた時も色々なところに行ったしね」
「月にも行きましたし」
「そうした経験があるから」
 だからだというのです。
「もう旅への出発の準備はね」
「慣れていますね」
「僕もそう思うよ、ただ」
 先生はここで皆を見回して言いました。
「僕はそう思っていてもだね」
「そうだよ、先生頼りないから」
「こと日常生活のことはからっきしだから」
「僕達が一緒にいるから」
「旅行の準備も任せてね」
「忘れもののない様にするから」
「宜しく頼むよ。僕はこのことは皆から言われるからね」
 とかく日常生活のことではというのです。
「全く駄目だって」
「僕から見てもそうですしね」
 トミーも言うことでした。
「先生は日常生活のことは」
「出来ていないんだね」
「かなり頼りないです」 
 そうだというのです。
「本当に」
「やっぱりそうなんだね」
「はい、ただ」
「ただ?」
「そこが先生の魅力でもあります」 
 トミーは先生に笑ってこうも言いました。
「その日常生活のことは駄目なところも」
「駄目なところがかい?」
「先生は物凄い人格者で学問は何でも出来ますが」
 それでもというのです。
「その日常生活が頼りない欠点がです」
「あるからなんだ」
「人は完璧ですと」
 そうした人ならというのです。
「かえって魅力がないですから」
「それは言われるね」
「物語でもそうですよね」
「うん、完璧過ぎたら」
 そうしたキャラクターはというのです。
「かえって魅力的じゃないよ」
「そうですよね」
「無敵だとね」
 本当にというのです。
「もうね」
「かえってですよね」
「魅力がないね」
「そういうことですよ」
「それで僕もなんだ」
「はい、そうした欠点があるので」
 日常生活が頼りないことがというのです。
「魅力なんですよ」
「そうなんだね」
「そういうことです」
「僕は自分は取り柄がないと思っているけれどね」
 先生は自分が思う先生のことをお話しました。
「日常生活はそうで外見は野暮ったくてスポーツは全然だから」
「それで、ですか」
「お料理もお洗濯もお掃除も全く出来ないし」
 家事もというのです。
「だからね」
「だからいいのに」
「先生がそうした人だから」
「それで私達も一緒にいるのよ」
「先生に色々教えてもらってね」
「助けてもらってるから」
「先生を助けようって思うのよ」
 動物の皆が先生に言います。
「そうね」
「先生が完璧なら僕達もいないよ」
「何でも自分で出来る人なら」
「もう助ける必要ないし」
「トミーの言う通り魅力的でもないわ」
「幾ら人格者でもね」
「ううん、欠点だね。欠点があるから」 
 それでとです、先生は考えるお顔で言うのでした。
「魅力的なんだね、人は」
「そういうものですよ、今お話した通り」
 トミーは先生に今度は微笑んでお話しました。
「本当に完璧人間なら」
「魅力はないんだね」
「そうです、それでは。ただ」
「ただ?」
「僕も王子も動物の皆もどうしても我慢出来ない先生の欠点が一つあります」
「えっ、それは何かな」
 トミーの今の言葉にです、先生は仰天して尋ねました。
「一体」
「ご自身のことに鈍感なことです」
「自分のなんだ」
「はい、前にお静さんも言ってましたね」 
 猫又のあの人もというのです。
「先生は他の人の恋愛のことはわかってアドバイスしてくれるけれど」
「そういえば言ってたね」 
 先生もそういえばと応えます。
「お静さんは」
「はい、ご自身のことには」
「いや、僕は本当にね」
「もてないんですね」
「この外見でスポーツはからっきしだから」
 それでというのです。
「もうね」
「もてないんですね」
「子供の頃からだよ」
 こう信じて疑いません。
「告白とかプレゼントとか」
「されたことはないですね」
「一度もね」
「そう思っておられるんですね」
「いや、事実だからね」 
 先生は疑っていない笑顔で言い切ります。
「本当にね」
「ですからそこをです」
 トミーはそんな先生に呆れつつさらに言います。
「疑って」
「そしてかい?」
「動かれてはどうですか?」
「いや、そう言われてもね」
 やはり笑って言う先生でした。
「僕はね」
「もてないんですね」
「女性には一生縁がないから」
「サラさんも全く違うこと言ってるよ」
「それはサラの誤解じゃないかな」
「やっぱり先生はもてないですか」
「そんなことは一度もないよ、恋愛の知識は文学での知識だし」 
 それで知っているというのです。
「だからね」
「それで、ですか」
「実際の経験はないしね」
「気付かなかっただけじゃないですね」
「僕もそれ位はわかるよ」 
 まさにという返事でした。
「自分がもてないことはね」
「本当に疑っておられないですね」
「全くね」
 まさにというのです。
「僕は」
「そうですか」
「そう、そしてね」
 さらに言う先生でした。
「僕は皆と一生仲良く。お世話になってね」
「日常生活のことはですね」
「暮らしていくよ」
「正直僕はこう思っています」
 トミーは先生とここまでお話して完全に呆れた目になっています、そしてその目で先生に言いました。
「これは苦労すると」
「苦労するっていうと」
「ですから先生のそのことについて」
「いや、トミーも誰も苦労しないよ」
 先生だけが思っていることです。
「僕は恋愛とスポーツには無縁だからね」
「ご自身はですね」
「だからね」 
 それでというのです。
「もうね」
「僕達も苦労しないで」
「平和に過ごしていけるよ」
「本当にもてないと思われていますか」
「事実は否定出来るかな」
「出来るものじゃないっていうんですね」
「そうだよ、例えば日本海を違う名前の海だって言っても」
 例えそうしてもというのです。
「それは事実じゃないからね」
「日本海は日本海のままですか」
「他の呼び名にはならないよ」
 それは決してというのです。
「例えどう呼んでもね」
「そして先生がもてないこともですか」
「事実だからね」
 それ故にというのです。
「変わらないよ」
「全く、先生のこの考え変わらないね」
「もう最初から確信しているから」
「他のことは聞いてくれる人なのに」
「どういう訳かこのことだけは聞いてくれないから」
「僕達も困るよ」
「本当にね」
 動物の皆もやれやれとなっています。
「他には今が一番幸せだから」
「もうこれ以上の幸せはないとか言うし」
「もう満足してるってね」
「無欲なのはいいけれど」
「もっと欲出してね」
「さらなる幸せを求めていいのに」
「そう言うけれどこれ以上の幸せはあるかな」
 先生は全くわかっていません、お顔にもそれが出ています。
「一体」
「だからあるから」
「幸せにも限界はないよ」
「先生人間の進歩と成長には際限はないって言うけれど」
「それは幸せにもよ」
「だから先生もね」
「もっと幸せになれるよ」
 こう先生に言うのでした。
「今以上にね」
「だからどうかな」
「先生も今以上に幸せになろうって思って」
「少し周り見たらどうかな」
「そうしたら?」
「それには及ばないよ、本当に僕は今最高の幸せの中にいるから」
 やっぱり先生の考えは変わりません、それでこう言うのでした。
「もうね」
「これ以上はない」
「そうなんだね」
「先生にとっては」
「そうだよ、それが変わることはね」
 それこそというのです。
「もうないよ」
「それがやれやれだよ」
「もう何といっても」
「これは本当に苦労するわね」
「僕達もトミーも王子もサラさんも」
「誰よりも日笠さんがね」
「そこでいつも日笠さんの名前が出るのが不思議だけれど」
 先生の頭の上にはクエスチョンマークがあります、そこからも先生が本当に何もわかっていないことが皆にはわかります。
「どうしてかな」
「そこでどうしてってなるのが駄目よ」
「もうね」
「それこそね」
「そうなのかな」
 先生だけがわかっていません。
「このことは」
「そうだよ」
「まあどうしてもっていうのなら強引にするけれどね」
「僕達の方でね」
「実際にそう考えているし」
「いや、暴力とかは駄目だよ」
 紳士である先生は誰に対しても暴力どころか声を荒くさせることもありません、このことはヤクザ屋さんや学校の先生によくいるタイプとは違います。
「絶対に」
「そこが違うのよ」
「先生のいいところよ」
「先生は最高の紳士だよ」
「正真正銘のね」
「けれど」
 それでもというのです。
「その自分自身への評価の低さと鈍感さ」
「どうしてもそのことがあるから」
「だからね」
「僕達も気が気でないよ」
「どうしてもね」
「そう言われてもわからないよ」
 先生はこう言うばかりです。
「どういうことかな」
「どうこうもないから」
「本当に気付いて欲しいわ」
「何としてもね」
「そこはね」
「皆の言ってることがわからないよ」
 どうしてもとです、こう言ってです。
 先生は晩ご飯に入りました、そうしてでした。
 今は皆で一緒に食べます、やっぱり気付かないままで。








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