『ドリトル先生の野球』
第五幕 進歩していって
先生はこの時大学の野球部のグラウンドに来ています、動物の皆はいつも通り一緒で今回はトミーもいます。
そのトミーがです、先生に尋ねてきました。
「先生、そのキャッチャーの人ですが」
「うん、多分今もね」
「練習されていますね」
「名キャッチャーはね」
それこそというのです。
「文字通りの野球漬けにならないと」
「なれないものですね」
「ある野球漫画の主人公は」
この人はといいますと。
「野球だらけの人生に疑問を抱いたりもしたけれどね」
「ええと、その漫画は」
「大リーグボールのね」
「あの伝説の漫画ですね」
「主役が巨人というのは好きになれないけれど」
「昔の野球漫画は主人公絶対に巨人でしたね」
「あの風潮は日本にとって非常によくなかったね」
巨人が主人公であることはというのです。
「巨人が行ってきた悪事を思うとね」
「子供の教育によくないですね」
「巨人の様なチームがずっと球界の盟主を気取って」
そうしてというのです。
「人気が一番であったことはね」
「戦後日本の不幸ですね」
「あんなモラルのないチームが人気があったら」
それこそというのです。
「日本人のモラルもね」
「そのことについてもですね」
「非常に悪影響を与えてきたから」
「だからですね」
「野球漫画で常に巨人が主役だったことは」
非常に忌まわしいこのことはというのです。
「戦後日本がマスコミの毒にどれだけ害を受けてきたか」
「その事実の一つですね」
「むしろ巨人はね」
このチームはといいますと。
「敵としてね」
「徹底的にやっつけられるべきですね」
「世の中絶対の悪はないけれど」
「吐き気を催す邪悪はですね」
「あってね」
「巨人は、ですね」
「その邪悪の一つだよ」
そうしたチームだというのです。
「そうしたチームを主人公側、正義にしてきたことは」
「非常によくないことで」
「駄目だったことだよ」
「巨人は人気があってはいけないですね」
「その悪を野球を好きな人こそ知ってね」
そのうえでというのです。
「否定すべき存在ということをね」
「知らないといけないですね」
「あれだけ権力やお金を悪用してきたチームはないよ」
「他のチームから選手をどれだけ掠め取ったか」
「別所さんにはじまってね」
「ドラフトはじまる前は本当に酷かったですね」
「ヤクザ屋さんみたいだったから」
そこまで酷かったというのです。
「フリーエージェントでもね」
「小久保さんやローズさん、クルーンさんの強奪とか」
「散々悪事を働いてきているんだ」
「その悪を知るべきですね」
「本当にね」
まさにというのです。
「だからね、あの漫画はね」
「巨人を主人公としていることは」
「非常によくないことだよ」
「そうですね」
「けれどその主人公が野球漬けの生活に疑問を持ったけれど」
巨人の正体、吐き気を催す邪悪と言うしかないチームのそれをお話したうえで先生はお話を戻しました。
「キャッチャーだとね」
「そうはいかないですね」
「自分のピッチャー、相手のバッターのことを調べて」
「覚えて把握して」
「リードも考えて相手のランナーもわかって」
そうしてというのです。
「盗塁も防いでね」
「そうしたこともしないといけないですね」
「肩も必要で」
それにというのです。
「自分のピッチャーにクイックもしてもらう」
「ピッチングのフォークを素早くさせて」
「そしてキャッチャー、自分が盗塁を防ぐ送球に移るまでの間隔を短くして」
「送球で刺すんですね」
「そうすることも必要だし」
盗塁の方もというのです。
「やることが多いんだ、しかもね」
「バッティングもですね」
「正直守備の比重が多くてそっちにかなりの力を注ぐけれど」
そうしなければいけないけれど、というのです。
「それでもね」
「バッティングもですね」
「それが理想だからね」
「そっちもしないといけなくて」
リードに盗塁対策にです。
「だから本当にね」
「野球漬けですね」
「そうなるポジションがね」
まさにというのです。
「キャッチャーなんだ」
「大変ですね」
「本当にね」
「そうした野球ですね」
「そうだよ、では今からね」
「その人をですね」
「観に行こうね」
こう言ってでした、そのうえで。
皆でその人のところに行きました、見ればその人は背は一八二センチ程で均整の取れた体格をしていて。
引き締まった顔立ちをしていて髪の毛はスポーツ刈りにしています、今はベンチでプロテクターを付けたまま人とお話をしています。
その人を見てです、先生は言いました。
「あの人がね」
「その名キャッチャーですね」
「そうだよ、噂のね」
こうトミーにお話します。
「その人だよ」
「何ていうかね」
「スポーツ選手としては普通の人?」
「体格は」
「凄く引き締まってるけれど」
「背も普通位ね」
スポーツ選手としてというのです、動物の皆もこうお話します。
「大体」
「そうだよね」
「野球選手らしい体格だね」
「言うならホークスの城島さん?」
「あの人みたいね」
「どうもね」
「そうだね、あの人はね」
まさにというのです。
「体格は城島選手かな」
「そうだよね」
「こうして見たら」
「本当にね」
「そんな人だね」
「昔のキャッチャーの人はね」
こうもお話した先生でした。
「所謂あんこ型の体格の人が多かったんだ」
「太ってる人ね」
「要するに」
「そうだったんだ」
「野村さんや森さんはそっちだったんだ」
そのあんこ型だったというのです。
「それが梨田さんから変わったかな」
「ええと、近鉄や日本ハムや楽天で監督した」
トートーは梨田さんと聞いてすぐに答えました。
「あの人だね」
「リードが上手で強肩で」
ジップも言います。
「それで独特の打法だね」
「蒟蒻打法だったね」
ダブダブは少し美味しそうだと思いました。
「身体をぐにゃぐちゃいつも動かすんだったね」
「凄くいいお顔立ちなんだよね」
ホワイティは梨田さんの御顔を見て言いました。
「そっちでも人気あるんだったね」
「そういえばあの人今も太ってないね」
老馬は梨田さんの体格を思い出しました。
「均整取れてるよ」
「現役時代のお写真見てもね」
「贅肉ない感じで」
チープサイドの家族もお話しました。
「他のポジションでも野球出来そうね」
「外野手でもね」
「野村さんや森さんは現役時代でも太ってるし」
先生の言う通りにとです、ガブガブは言いました。
「本当に違うわね」
「あと田淵さんも太ってたわね」
このことを言ったのはポリネシアでした。
「実は体重的には太ってないけれど」
「そして今はね」
「太ってるキャッチャーの人いないね」
オシツオサレツも言いました。
「本当にね」
「変わったね」
「それで彼もね」
今見ているその人もというのです。
「ああした体格なんだよ」
「引き締まった体格していて」
「贅肉がある感じじゃないのね」
「素早く動ける様な」
「そうした人なんだ」
「うん、ただ足は遅いよ」
本当にというのです。
「キャッチャーだから」
「足は速そうでも」
「やっぱり機動力メインの人とは違うのね」
「そこは」
「そうだよ、若い時の伊東さんや中日にいた中尾さんは足が速かったけれど」
それでもというのです。
「実際キャッチャーはどうしてもね」
「座っているポジションだから」
「普段素早く動き回らないから」
「だからだね」
「足については」
「速くはないことが普通だよ」
どうしてもというのです。
「本当にね」
「そうだね」
「それでだよね」
「キャッチャーの人は足が遅い」
「どうしても」
「そこまでは流石に求める人はまずいないから」
キャッチャーの人に機動力はです。
「それはいいんだ」
「そういうことだね」
「まあ全部完璧なんて人いないし」
「守って打って走って」
「全部完璧な人なんてね」
「そうだよ、流石に大谷選手みたいな」
この人の名前を挙げる先生でした。
「ピッチャーもバッターもって人もいるけれど」
「それでもだよね」
「そうした人はまあ置いておいて」
「普通に凄い人はね」
「そこまではね」
「まず言うけれど大谷選手は完全に規格外だから」
そこまでの人だというのです。
「打って投げたら一六五キロなんてね」
「人間超えてるよね」
「文字通り超人だから」
「あの人はね」
「置いておかないとね」
「そうだよ、僕は日本で超人を見たよ」
こうまで言う先生でした。
「恐ろしいものだよ」
「だよね、あの人は」
「また別格だよね」
「打って凄くてね」
「投げてそれじゃあね」
「文字通りの超人だよ」
「ああした人は置いておいて」
最早超人と言うしかない能力だからです。
「普通に凄いキャッチャーの人はね」
「しっかりしたキャッチングに」
「見事なリードで」
「肩も強くて」
「ホームを守って」
「そして打つ」
「お仕事多いね」
「その全てがかなり凄くてチームの守備全体を動かす」
この要素もあるというのです。
「だから強いチームはね」
「凄いキャッチャーがいる」
「そういうことだね」
「何といっても」
「そうだよ、そして彼はね」
そのキャッチャーの人を見てまた言いました。
「データを見るとね」
「守備もリードも肩もよくて」
「チームも動かしてるんだ」
「それにバッティングもいいんだ」
「彼がメインで試合に出る様になってね」
キャッチャーとしてです。
「チーム防御率は一点下がってエラーやパスボールは大学時代練習試合含めてゼロで」
「凄いね」
「本当にリードと守備いいね」
「それもかなり」
「しかも盗塁阻止率は六割以上で」
こちらのお話もする先生でした。
「そもそも盗塁させないこともしてるし」
「盗塁する前にだね」
「まずさせない」
「そうしているんだ」
「相手のランナーの癖を調べて」
そしてというのです。
「ピッチャーの人に牽制球も投げてもらって」
「ああ、そしてなんだ」
「まず走らせない」
「そうもしているんだ」
「打つ時点で弱点を徹底的に衝くしね」
そうしたこともするというのです。
「どんなランナーも塁に出ないと意味ないから」
「そうだよね」
「盗塁しようと思えばね」
「まず出塁しないとね」
「駄目だね」
「だからだよ、しかも打率は三割に達していて三振はかなり少なくて」
今度はバッティングのお話でした。
「長打率も高いしね」
「ううん、もうプロで通用する?」
「そうかもね」
「そこまで凄いならね」
「もうね」
「絶対に通用するよ、それに怪我もしていないから」
怪我、前にかなりお話したそのお話もするのでした。
「中学時代からね、大きなものはなくて小さなものも」
「それをしてもだね」
「すぐに回復して」
「しかも試合に出てる」
「そうした人なんだ」
「しっかりとした練習をして食事にも気をつけてるかな」
だからだというのです。
「怪我にもかなり強いね、やっぱり足は遅いけれど」
「それでもだね」
「そこまでハイスペックだとね」
「もう言うまでもないね」
「プロ入り間違いなし」
「そうだね」
「若し日本プロ野球機構のチームに入らなくても」
それでもというのです。
「八条リーグの方のチームにね」
「入ってだね」
「そうしてだね」
「活躍間違いなしなんだ」
「僕はそう思うよ、そして」
先生は皆にさらに笑顔でお話しました。
「出来れば阪神にね」
「入って欲しいよね」
「やっぱり」
「何といっても」
「うん、何でも阪神ファンらしいし」
その人の好きなチームはまさにこのチームだというのです。
「後はね」
「阪神が指名してくれる」
「それだけだね」
「それで阪神が指名してくれたら」
「その時は」
「阪神はこれまで以上の黄金時代を迎えるよ」
その人の力でというのです。
「そして十連覇もね」
「夢じゃないんだ」
「今は三連覇だけれど」
「あと七年も日本一になれて」
「それでなんだ」
「本当にあの投手陣に名キャッチャーが揃えば」
この二つがというのです。
「その時は」
「まさに鬼に金棒」
「凄いことになるね」
「打線もよくなるしね」
「守備力も全体的によくなって」
「そうだね、まあその阪神も」
幾ら強くなってもというのです。
「流石に大谷選手みたいな人が相手チームに出るとね」
「負けるんだね」
「流石にああした人が敵に出て来ると」
「優勝出来ないんだ」
「二〇一六年のソフトバンクは確かに圧倒的だったよ」
そこまでの戦力を誇っていたというのです。
「間違いなくね、けれどね」
「その大谷選手がいる日本ハムに負けて」
「日本ハムは日本一になった」
「そのことを思うと」
「幾ら阪神に名キャッチャーが参加しても」
「それでも」
「負けるよ、野球でも何でも人間のものは」
ありとあらゆることについてというのです。
「絶対はないからね」
「大谷選手って本当に凄いから」
「ああした選手がまた出て来たら」
「流石に阪神は負ける」
「そうなるんだ」
「願わくば巨人に来ないことを祈るよ」
先生はこのことは心から言いました。
「あのチームは優勝したらいけないからこそ」
「ずっと最下位でいないとね」
「巨人については」
「本当に巨人はそうしたチームだからね」
「そうなっていて欲しいわ」
「だからそうした選手は巨人にだけは」
本当にというのです。
「出て欲しくないよ」
「同感だよ」
「僕達にしてもね」
「そうした人は巨人にだけは入って欲しくないわ」
「何があってもね」
「来年も巨人にはシーズン敗戦記録を更新したうえで」
そうしてというのです。
「オープン戦、二軍、交流戦全部でね」
「最下位だね」
「例年通り」
「そうなって欲しいね」
「巨人が弱いと」
動物の皆も言うことでした。
「日本の景気ってよくなってない?」
「アンチの人が巨人負けるの見てね」
「巨人嫌いな人って本当に多いし」
「だからね」
「そうなってるよね」
「それで阪神が勝ったらね」
「フィーバーが起こるから」
それで余計にというのです。
「日本にとってよくなってるよね」
「阪神が強くて巨人が弱いと最高みたいだね」
「日本に元気がみなぎってるね」
「そうだよね」
「うん、統計に取った訳じゃないれど」
それでもと言う先生でした。
「どうもね」
「日本はね」
「阪神が強くて巨人が弱い」
「その方がいいね」
「元気が出ているね」
「昔巨人のフロントの偉い人が巨人が負けたら日本経済が滅茶苦茶になるって言ってたけれど」
このことについてはどうかといいますと。
「全く違うね」
「そうだよね」
「むしろ負けた方がいいし」
「というか日本ってマスコミが弱い方がいいよね」
「どう見てもね」
「そうだよね、何かね」
トミーは動物の皆のお話を聞いて言いました。
「マスコミってすぐに不景気ばかり言うから」
「そうなんだ、日本のマスコミはね」
「不景気、不況ばかり言いますね」
「連日連夜テレビで不況不況と言われるとね」
「自然と気が滅入ってですね」
「観ている人がげんなりとなって」
テレビを観ている人がというのです。
「そうしてね」
「気分的にですね」
「不況になってね」
「それで日本は不景気だったんですね」
「長い間ね、僕は日本の不景気は」
かつての長い間のそれはといいますと。
「マスコミがかなりの責任があったよ」
「毎日不況とばかり言っていたからですね」
「その不況ばかり言っていた司会者が年五億の報酬だったんだよ」
「不況なのにですか」
「そして巨人は青天井にお金を使って補強をしていたんだ」
不景気だというのにです。
「お金はあったんだよ」
「マスコミにですね」
「マスコミ栄えて国亡ぶかな」
「酷いお話ですね」
「不況不況と言ってる人が儲かってる」
「日本はおかしかったんですね」
「どう見てもね」
不況の頃の日本はというのです。
「そのことにネットが普及するまで皆気付かなかったんだ」
「マスコミが言っていることに」
「マスコミをチェックして」
その発言や行動をです。
「そしてね」
「そのうえで、ですね」
「その間違いを広く知らせる」
「そのネットが普及して」
「それまでは。問題点を指摘する人がいても」
マスコミのそれをそうした人はいたのです、当時も。
「新聞やテレビは何百万という人に知らせるね」
「それが武器ですよね」
「だから嘘でもね」
「沢山の人が嘘と思わない」
「例えば北朝鮮を地上の楽園だとテレビや新聞が言ったら」
「何百万の人が信じて」
「そして北朝鮮に行く人も出て来る」
そうしたことになるというのです。
「日本で本当にあったことだよ」
「とんでもないお話ですね」
「全くだね、それで不景気についてもね」
「マスコミがテレビや新聞で不況だと言い続けて」
「ずっと不景気だった面が強いよ」
「まさに病は気からですね」
「僕は医者だから言えるよ」
病は気からという言葉についてもというのです。
「心が暗いとね」
「病気もですね」
「余計に悪くなるからね」
「気の持ちようですよね」
「それで不景気も全く違うよ」
「日本ではマスコミが連日連夜不景気ばかり言っていたので」
「ずっとだったんだよ、そして言う人が年五億の収入だよ」
それだけ貰っていたというのです。
「とんでもないことがまかり通っていたんだ」
「日本のマスコミは本当に腐っていたんですね」
「この司会者の人はトミーも知っていると思うけれど」
よくテレビに出ていた人だというのです。
「三十五年位前と人相が全く違うんだ」
「そこまで変わったんですね」
「三十五年位前は謙虚で温厚な感じだったのに」
その人相がというのです。
「とんでもなく悪いものになったよ」
「人相は生き方が出ますね」
「この司会者が三十年以上どういった人生だったかわかるね」
「相当悪いことを続けていたんですね」
「その結果人相が全く変わってしまったんだ」
謙虚で温厚な感じがというのです。
「あの覚醒剤で捕まった元プロ野球選手みたいにね」
「あの人も人相変わったね」
「三十数年の間にね」
「西武にいた頃は恰好いい今風の青年だったのに」
「ヤクザ屋さんみたいになったわね」
「驚く位人相変わったね」
「あのプロ野球選手並に変わったよ」
その司会者の人の人相もというのです。
「人相や目の光は本当に人柄や生き方が出るからね」
「だよね、先生は穏やかな表情でね」
「目の光もとても優しいし」
「先生も人柄や生き方が出てるね」
「人相や目の光に」
「自分で言っている通りに」
「僕がそうだと嬉しいね、とにかくね」
先生は皆にさらにお話しました。
「どう考えても日本のマスコミは異常過ぎるよ」
「どうにもならないのが凄いね」
「悪いままで全く変わらないって」
「本当に嫌な世界だよ」
「そんな世界あまりいたくないわね」
「私達は」
「全くだよ、麻薬も日本の他の社会よりも広まってるみたいだし」
こちらもというのです。
「テレビの世界だとね」
「あっ、よく聞くよね」
「芸能界の誰かがやってたとか」
「それで捕まったり」
「そんなお話多いね」
「麻薬は絶対に駄目だよ」
先生はこのことは警告する声で言いました。
「本当にね」
「そうだよね」
「身体にも心にも凄く悪いから」
「あんなのしたら駄目だよね」
「まさに身の破滅」
「その通りだね」
「昔は確かに合法だったよ」
麻薬の使用はです。
「けれど煙草は合法でも身体によくないね」
「それははっきりしてるよね」
「先生も吸わないしね」
「お酒は好きでもね」
「本当に煙草は吸わないわね」
「煙草よりも遥かに悪いから」
麻薬はというのです。
「もう何があってもね」
「しちゃ駄目だね」
「どんな種類の麻薬も」
「手を出したら駄目だね」
「さっきお話に出た覚醒剤なんか」
この麻薬はといいますと。
「一本打ったら一週間寝ないですむというけれど」
「一週間寝ないでいいとかね」
「それだけずっと起きてるだけでも問題だし」
「身体をどれだけ疲れさせるか」
「そんなもの身体に入れたら」
「本当にどれだけ身体に悪いか」
「あれは身体のエネルギーを無理に引き出して燃やす様なものなんだ」
覚醒剤はそうしたものだというのです。
「だから使ったらね」
「身体のエネルギーを無駄に使って」
「その分身体を疲れさせて」
「心にもかなりのダメージ与えるし」
「絶対に使ったら駄目だね」
「他の麻薬も」
「日本では覚醒剤はヒロポンといって合法で」
そうした時代があったというのです。
「イギリスでも阿片やコカインはそうだったね」
「シャーロック=ホームズコカイン中毒だったし」
「悪い癖って書かれてるけれど」
「悪い癖どころじゃないよね」
「コカインにしても」
「うん、今だとね」
シャーロック=ホームズの様な名探偵もというのです。
「それだけでアウトだよ」
「幾ら名探偵でもね」
「麻薬してたらね」
「もうそれだけでね」
「どうかってなるわね」
「それだけで」
「勿論スポーツ選手も駄目だよ」
先生は力説しました。
「というか僕は煙草すらね」
「スポーツ選手にはよくない」
「そう言うよね、先生は」
「スポーツには煙草は禁物」
「あと歌手にもだね」
「スポーツ選手も歌手も肺をかなり使うからね」
それだけにというのです。
「煙草は肺に凄く悪いね」
「喉にも悪いし」
「身体全体にもだけれど」
「肺には特にだよね」
「とりわけ悪いね」
「だからスポーツをするなら」
それこそというのです。
「しないことだよ」
「最初からだね」
「それで身体をちゃんと整えて」
「そうしてスポーツをすべきだね」
「何といっても」
「うん、あとお酒も気をつける人は」
身体のことにというのです。
「ビールや日本酒は飲まないね」
「あっ、そうなんだ」
「そうしたお酒飲まないんだ」
「ビールとかは」
「うん、ワインを飲むね」
こちらのお酒だというのです。
「身体に気を使う人は」
「そうなんだ」
「そういえばワインって身体にいいし」
「お酒の中ではね」
「そう言われているから」
「ワインを飲んで」
そうしてというのです。
「身体に気を使ってるんだ」
「確か」
トミーがここで言ってきました。
「三百勝した鈴木啓示投手が」
「草魂と呼ばれたね」
「あの人がそうでしたね」
「そうだよ、最初はビールを浴びる様に飲んでいたけれど」
それがというのです。
「身体にはワインの方がいいと聞いてね」
「飲むお酒はワインにしたんですね」
「この人はとにかく体調管理に気をつけていて」
「お酒もですね」
「気をつけていたんだ、あと水分は」
こちらはといいますと。
「いつも適度に摂っておく」
「それ大事だよね」
「スポーツしてると」
「脱水症状になるし」
「熱中症もあるし」
「あとそこから痛風になったり」
「それに脳梗塞も」
動物の皆も言いました。
「そう思うとね」
「何かとね」
「水分って大事だよね」
「ちゃんと摂らないとね」
「駄目だよね」
「そう、今はスポーツドリンクもあるし」
こうしたものもあるからだというのです。
「スポーツをする時、特に夏はね」
「暑い時はだね」
「物凄い汗をかくから」
「だから余計にだね」
「水分を摂っておく」
「的確に」
「そうしておくことだよ、選手として長く活躍したいなら」
それならというのです。
「水分もね」
「いつもちゃんとだね」
「摂っておくことだね」
「それが大事だね」
「そうなんだ、昔のプロ野球選手は痛風の選手もいたけれど」
この病気になってしまう選手がいたというのです。
「さっき名前が出た鈴木投手も金田正一投手も米田哲也投手もね」
「米田さんは三百五十勝した人でしたね」
トミーは先生にすぐに応えました。
「阪急や阪神、近鉄で活躍した」
「そうだよ、あの人もね」
「痛風だったんですね」
「それで引退しているから」
「深刻ですね」
「とにかく体力があって怪我にも強い人だったけれど」
それでもというのです。
「現役の最後の方で痛風になって」
「あれは足の親指の付け根が凄く痛くなるので」
「ピッチングには足に凄い力を入れるけれど」
「その足が痛いと」
「どうしようもないから」
だからだというのです。
「ベテランだったこともあるけれど」
「痛風で、ですね」
「引退したんだ」
「そうだったんですね」
「何とか三百五十勝達成したけれどね」
それは出来てもというのです。
「痛風になってしまったんだ」
「そうでしたか」
「それだけに痛風は怖いからね」
「水分はですね」
「ちゃんと摂らないとね」
「駄目ですね」
「何か昔は」
ガブガブが言ってきました。
「運動中はお水を飲むなってなってたわね」
「今じゃ考えられないわね」
ポリネシアも言うことでした。
「本当に熱中症になるから」
「水分補給に体温調整」
ホワイティも言います。
「お水は運動中こそ大事だよ」
「熱中症とか脱水症状とかになったら」
その時はとです、トートーも言います。
「遅いからね」
「痛風なんてなったら」
ジップは心から思いました。
「どれだけ辛いか」
「あれ凄く痛いんだよね」
「先生いつも言ってるけれど」
チープサイドの家族もお話します。
「まずはならない」
「それが第一だってね」
「脳梗塞なんか」
チーチーは腕を組んで言いました。
「なったら命にも関わるよ」
「本当にそんなことになる前にね」
ダブダブは本能のまま言いました。
「ちゃんと水分は摂らないとね」
「命にも関わるし」
「僕達もいつもちゃんと飲んでるしね」
オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「先生だってね」
「そうしてるしね」
「先生は紅茶が多いけれど」
最後に言ったのは老馬でした。
「ミルクティーも立派な水分だしね」
「そう、三時のティータイムの紅茶も」
先生は大好物、生活の一部にもなっているそちらのお話もしました。
「大切なね」
「水分摂取だよね」
「その時だよね」
「何といっても」
「そうだよね」
「だから僕はいつも飲んでいるんだ」
お茶をというのです。
「しっかりとね」
「そうだよね」
「じゃあね」
「今日も飲むね」
「そうするわね」
「飲まない日はないよ」
それこそというのです。
「だからね」
「そうだよね」
「じゃあ三時になったらね」
「その時に飲もうね」
「是非ね」
「そうしようね」
こうしたお話もしました、そしてです。
先生はそのキャッチャーの人の練習を見ました、今はバッティング練習ですがそのバッティングを見て言いました。
「バットコントロールがいいよ」
「そうですね、右に左に打って」
「どんなコースのどんな球種も打っていて」
それでというのです。
「凄くね」
「いいですね」
「長打もあるというけれど」
「それよりもですか」
「バットコントロールがね」
そちらがというのです。
「いい人だね」
「アベレージヒッターですね」
「そうだね、ホームランもいいけれど」
「ヒットもですよね」
「ヒットをコンスタントに打ってくれる人も」
こちらの人もというのです。
「凄い戦力になるから」
「チームには必要ですね」
「イチロー選手がそうだね」
先生はこの素晴らしい選手の名前を出しました。
「的確にヒットを打ってくれて」
「チームにも貢献してくれましたね」
「あの人がヒットを打って塁に出てね」
「次の人が打ってくれる」
「そしてイチロー選手のヒットも打点になるしね」
ランナーがいれば返してくれるというのです。
「だからだよ」
「アベレージヒッターも必要ですね」
「何といってもね」
「そういうことですね」
「三割打っているのは伊達じゃないね、いや」
ここでその人の打率を確かめてです、先生は言いました。
「三割七分打ってるね」
「かなり高い打率ですね」
「大学野球でこれなら」
「プロでもですね」
「充分だよ、打点も高いし」
「勝負強さもですか」
「いや、得点圏打率は普通だね」
そちらはというのです。
「特別勝負強くも弱くもね」
「ないですか」
「安定のある感じだね、ただ長打もあるから」
見ればここでその人は打球をフェンスの向こうにやりました、一直線に飛んでいくとても速い打球でした。
「それでね」
「打点もですか」
「あるね」
「一塁ランナーも長打ならですね」
「得点になるからね」
「ですね、じゃああの人は」
「特別チャンスに強くなくて」
そしてというのです。
「弱くもね」
「平均的ですね」
「そんな風だよ」
「そうですか」
「うん、ただチャンスに弱い訳じゃないから」
だからだというのです。
「これもいいことだね」
「幾ら打ってもですね」
「チャンスに弱いとね」
「それだけで困りますね」
「昔の阪神はそうした傾向があったから」
打線全体にです。
「だからね」
「それで、ですね」
「勝てなかったんだよ」
打線が点を取ってくれなくてです。
「それを考えるとね」
「平均して打点を取ってくれる人も」
「大事だよ、やっぱりあの人はね」
「阪神に入ったら」
「凄い戦力になるよ」
間違いなくというのです。
「そうなるよ」
「なら」
「ドラフトの結果を祈るよ」
心からというのです。
「本当にね」
「阪神が、ですね」
「あの人を指名する」
「逆指名があればなおよしですね」
「それがあれば」
逆指名があればとです。先生はトミーに答えました。
「もうね」
「それで心配はなくなりますね」
「そう思うよ、ドラフトが楽しみで」
そうしてというのです。
「心配でもあるよ」
「二つの感情が入り混じってるんですね」
「そうなんだ」
実はというのです。
「今の僕はね」
「そうした時ありますね」
「そうだね、期待していて」
「それが楽しみで」
「それと共に」
まさにというのです。
「不安であるんだ」
「心配ですね」
「その両方の感情が入り混じっていて」
「そうした時は何と言っていいか」
「わからないよ、今は吉報を祈るよ」
それに尽きるというのです、そうしたことをお話しつつです。
先生はグラウンドにいてその人の練習を観続けました、バッティングのそれは非常にいいものでした。