『ドリトル先生の林檎園』




               第九幕  林檎をあげることは

 先生は下坂さんの林檎園をお邪魔した次の日も林檎園にお邪魔しました、その時に動物の皆は先生にこんなことを言いました。
「林檎をあげるってことはね」
「先生が藤村さんのお話してくれる時に聞いたけれど」
「交際しようって意味なのね」
「そうなのね」
「藤村さんが言うにはね」
 そうだとです、先生も答えます。
「そうなるね」
「そうだよね」
「それも面白い表現だね」
「あと日本だと月が奇麗ですねっていうのはアイラブユーだね」
「そうした表現もあったね」
「そちらは夏目漱石さんだったね」
 この人のものだというのです。
「これまた面白い表現だね」
「日本人のロマンもまた独特だね」
「面白いものだね」
「林檎をあげるってことは付き合って下さい」
「そうした意味だって」
「藤村さんのあの詩は」
 皆は今は普通に林檎を食べています、スライスしたそれを皮ごと食べていますがそれもまたとても美味しいです。
「僕も好きだしね」
「そうだよね」
「じゃあ先生もね」
「神戸に帰ったら日笠さんにあげたら?林檎を」
「そうしたら?」
「そうだね、ただ日笠さんはお友達だから」
 わかっていなくて応える先生でした。
「そうした意味でね」
「林檎あげるのね」
「交際とかじゃなくて」
「そういうのじゃなくて」
「只のプレゼントなんだ」
「そうするのね」
「勿論今回も日笠さんにお土産渡すよ」
 そうするというのです。
「大切なお友達だからね」
「若しかしてって思わないの?」
「そこで」
「日笠さんは、とか」
「そうした風には」
「だから僕位もてない人はいないから」
 本当にこう思っているのが先生です、ご自身では自分位恋愛について縁のない人はいないと思っているのです。
「だからね」
「日笠さんからもなのね」
「そうした感情は持たれていない」
「そうだっていうのね」
「そうだよ、何度も言うけれど僕がもてたことは」
 それこそというのです。
「なかったからね」
「そうかな」
「そこを疑ったらどうかな」
「その実は、とか」
「そうしたことは」
「ないよ、それに僕は皆がいてくれるから」
 動物の皆とトミー、王子を見て言うのでした。
「恋愛と縁がなくてもね」
「いいんだね」
「本当にそう言うんだね」
「本気で思ってるし」
「だからいいんだね」
「そうだよ、人にとって恋愛は素晴らしいものだよ」 
 先生もこのことはそうだと考えています。
「けれど僕にとってはね」
「そこを考えたら?」
「違うんじゃないかとか」
「あと周り見てみたら?」
「自分から恋愛にチャレンジしてもいいし」
「そうしてもいいじゃない」
「いやあ、子供の頃からもてたことはないから」
 やっぱり先生はこう思っています、本当にこのことは変わらないです。
「今だってね」
「その外見でだね」
「それとスポーツも全然駄目で」
「性格的にも地味で」
「それでだね」
「そうだよ、僕にもてる要素はないから」 
 一切という言葉でした。
「そのことは自分でわかっているしね」
「だからなのね」
「先生は誰にも林檎を贈らない」
「勿論月が奇麗ですねとも言わない」
「そうなのね」
「ロマンは好きでも僕にロマンは無縁だよ」
 先生ご自身にはというのです。
「何かとね」
「人は外見じゃないって先生言ってるじゃない」
 ガブガブがこのことを指摘しました。
「いつもね」
「そうそう、心だってね」
「いつも言ってるじゃない」
 チープサイドの家族もガブガブに続きます。
「一番大事なのは」
「何よりもね」
「それならだよ」
 チーチーも言うことでした。
「先生だってね」
「というか先生みたいないい人いないよ」
 トートーもよくわかっていることです。
「素晴らしい紳士だしね」
「温厚で親切で公平だし」 
 こう言ったのはジップです。
「それならだよ」
「女の人も見てるわよ」
 ダブダブはこのことをわかっています、皆と同じで。
「ちゃんとね」
「そう、しっかりした女の人はね」
 ホワイティも先生に言います。
「わかってくれてるから」
「それじゃあだよ」
 老馬も先生に言います。
「少し周りを見たらどうかな」
「絶対に素敵な恋愛がはじまるから」
「先生にとってもね」
 オシツオサレツは二つの頭で先生にお話します。
「だからね」
「どうかな」
「ははは、皆そう言ってくれてるけれどね」
 先生だけはわかっていないので皆の言葉をただの行為と思ってそれで、です。こう言ったのでした。
「僕は恋愛だけはだよ」
「まあ先生はこうした人だし」
 王子もやれやれといった感じです。
「春はまだ遠いかな」
「確かに僕達は先生といつも一緒にいますし先生が大好きですけれど」
 トミーも先生の背中を押そうとします。
「ロマンスもいいと思いますよ」
「だから僕はそれだけはだよ」
「恋愛だけはですか」
「そう、無縁のものだよ」
「そう思っていると」
「何も動かないのは学問と一緒だけれどね」
 トミーも王子もやれやれです、本当に先生は恋愛のことについては相変わらずの調子です。そうして林檎を食べていますと。
 そこに優花里さんが来て先生達に言ってきました。
「今日もお願いしますね」
「うん、じゃあね」
「色々と案内させてもらいます」
「それではね」
「あと今日はよかったら」
 優花里さんは先生にあらためてお話しました。
「あたしのアップルパイとか食べてくれますか?」
「色々な林檎を使って造ってみているだね」
「うちの林檎園の林檎の」
「では是非ね」
「それと今日のお昼は」
 優花里さんは先生にさらにお話しました。
「お蕎麦ですけれど」
「あっ、長野の名物の」
「はい、それです」
「いいね、僕は長野県に来てからね」
「お蕎麦食べてますよね」
「やっぱり本場は違うね」
 名物だけあってというのです。
「美味しいよ」
「そうですよね、あたしも大好きなんです」 
 お蕎麦はというのです。
「それで今日のお昼は」
「そのお蕎麦だね」
「そうです、ですから」
 それでというのです。
「楽しんで下さい」
「それではね」
「あと今日のおやつはお餅です」
「お餅?」
「食後のデザートはそれなんですよ」
「どんなお餅かな」
「真田幸村さんが好物だった」
 ここでもこの人の名前が出ました。
「そのお餅です」
「お餅といっても色々だしね」
「よくずんだ餅が言われますけれど」
「仙台のね」
「あれは伊達政宗さんでライバルですよ」
「常に東軍と西軍に別れていたね」
「あるゲームじゃ完全にライバルですし」
 そうした間柄だというのです。
「ずんだ餅はあたしも好きですが」
「ライバルだからだね」
「長野県のお餅じゃないんです」
 あくまで仙台のお餅だというのです。
「長野県は何といっても幸村さんですから」
「その人もお餅だね」
「はい、お蕎麦の後は」
 こちらは出るというのです。
「だから楽しみにして下さい」
「それではね」
「あとあたし幸村さんは生きていたと思ってます」
 優花里さんは微笑んで、です。幸村さんのことをさらにお話するのでした。
「大坂の陣の後で」
「あの戦いで死んだと思っていてもね」
「はい、実は死んでいなくて」 
 それでというのです。
「秀頼さんを守って十勇士の人達と一緒に鹿児島まで逃れています」
「そう言われているね」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「死んでいないです」
「死んでいたらね」
「凄く悲しいですよね」
「うん、僕もあの人が生きていたらね」
 大坂の陣の後で、です。
「いいと思うよ」
「そうですよね」
「日本人好みのヒーローだからね」
「あたしも大好きです、上田と飯田で地域は違いますけれど同じ長野の人で」
「郷土の英雄だね」
「ですから」
 それでというのです。
「あたしも大好きなんです」
「そうだよね」
「はい、あと十勇士の人達も」 
 この人達についてもです、優花里さんは言うのでした。
「実在していたって信じています」
「十人全員がだね」
「そうです、全員」
「確かにモデルになった人達はいるからね」
「そのままの名前の人は六人位でしたね」
「そう、それで猿飛佐助達のモデルになった人達もね」
「いますから」
 それでというのです。
「あたしは十人全員いるって思ってます」
「その十勇士達が幸村さんに従って戦って」
「大坂の陣で秀頼さんをお助けして」
 そうしてというのです。
「鹿児島まで落ち延びたんです」
「そうした説が本当にあるしね」
「はい、皆生きていたんですよ」
「秀頼さんの息子さんもかな」
「あれっ、そうした人もいたんですか」
 この人については優花里さんは知らないでこう言いました。
「あたしその人は知りませんでした」
「そうだったんだ」
「はい、ちょっと」
「そうだったんだね、けれど息子さんもいて」
 先生は優花里さんにそのお話もしました。
「それでね」
「その人もですか」
「実は生きていたという説があるんだ」
「そうだったんですね」
「それでお話を幸村さんに戻すと」
「あの人もですね」
「僕も生きていたともね」
 その様にというのです。
「思っているよ」
「先生もなんですね」
「はっきりとした証拠はないけれど」
「それでもですか」
「生きていたと思ってるよ」
「その方が夢がありますしね」
「そう、物語としてもいいよね」
「全くですね」
 こうしたお話をしながらです、皆でお昼の前に軽く優花里さんが作ったアップルティーや林檎のお菓子をご馳走になりました。ですが。
 食べてみてです、先生は優花里さんにお話しました。
「美味しいけれど」
「それでもですか」
「うん、これはさんフジだね」
 先生は林檎の種類を言いました。
「そうだね」
「そうです、その林檎です」
「さんフジ自体は美味しくて」
 それでというのです。
「このアップルティーやアップルパイもね」
「美味しいですか」
「そう、けれど」
「紅玉を使ったものよりはですね」
「あれが一番かな」
「そうですか」
「あの味はね」
 紅玉を使った林檎料理のそれはというのです。
「紅玉がその為のものであるから」
「他の林檎はあれなんですよね」
 優花里さんは右手を自分の頭の後ろにやってお話しました。
「そのまま食べることを考えて」
「それでだよね」
「はい、そうした品種にされたもので」
「そのまま食べると美味しくてね」
「アップルティーとかお菓子にすれば」
 どうしてもというのです。
「やっぱり紅玉に負けますね」
「そうだね」
「そこはどうしても」
「貴女もわかってるんだね」
「はい、ですがあたし紅玉を使ったもの以外のアップルパイとか食べたことなくて」
「もう決まってるんだね、この林檎園では」
「というか紅玉はもう」
 この種類の林檎はというのです。
「そっちに使ってます」
「加工にだね」
「そのまま売ってもいますけれど」
「主にだね」
「加工してです」
 アップルティー等にというのです。
「それで食べたり売っています」
「そうなんだね」
「ですからあたしも」
「アップルティーといえば」
「子供の頃から食べてますけれど」
 この林檎園で造っているそれをというのです。
「紅玉のしかなくて」
「自分で造ったみているんだね」
「他の種類のを。友達の退院祝いにって」
「そうだったんだね」
「はい、ですが」
 それでもというのでした。
「やっぱり紅玉が一番みたいですね」
「そうみたいだね」
「無駄骨だったんですかね、あたしもやったことは」
「いや、それは違うから」
「違います?」
「紅玉が一番いいのか疑問に思って」
 先生は優花里さん自身にこのことをお話するのでした。
「色々造ってみることはね」
「さんフジやジョナゴールドを使って」
「他の種類の林檎もね」
「それはいいことですか」
「そうだよ、そこからあらためてわかるし」
「紅玉が一番いいって」
「そして新しい発見があったりもするし」
 こうした場合もあるからだというのです。
「いいんだよ」
「そうですか」
「だから貴女のしたことはね」
「無駄骨じゃなかったですか」
「むしろ貴女自身があらためてわかった」
 アップルティーや林檎のお菓子には紅玉が一番いいということがというのです。
「いいことだよ」
「そうなんですね」
「じゃあお友達には」
「もううちで栽培している林檎は全部の種類を試しましたから」
「それで紅玉が一番とわかったからだね」
「はい、紅玉でいきます」
 このことを決めたというのです。
「そうします」
「ではね」
「はい、そうします」
「それではね」
「そう言ってもらって嬉しいです」
 優花里さんは先生ににこりと笑って応えました。
「それじゃあです」
「お友達の笑顔をだね」
 美味しいアップルティーや林檎のお菓子を食べてそうなることはもう言うまでもありませんでした。
「楽しみにしているね」
「その通りです、しかしあれですね」
「林檎もだね」
「そのまま食べて美味しい種類もあれば」
「お菓子とかにしてね」
「食べていいもんもありますね」
「そうだね、ただカレーの隠し味は」
 それにはといいますと。
「まあどんな林檎でもね」
「あっ、カレーですか」
「すりおろした林檎を入れたりするね」
「そうですね、小さく切ったのをそのまま入れたり」
「それは紅玉に限らないかな」
「紅玉はそっちでもいいと思いますけれど」
「大抵の種類でだね」
 先生は優花里さんに言いました。
「いいね」
「そうですね、隠し味に」
「そうだね、実は僕はカレーも大好きで」
 実際に大好物です、先生が日本に来てから一番親しんでいる食べものの一つとさえなっています。それでよく食べているのです。
「それでね」
「カレーに林檎を使うこともですね」
「知っていてね」
「今もこうしてお話出来るんですね」
「そうなんだ、ただ僕はイギリス人で」
 それでもと言うのでした。
「イギリスで林檎を使うカレーは」
「ないですか」
「あったかな」 
 首を傾げさせて言う先生でした。
「そうしたのは」
「そういえばイギリスってお料理は」
 優花里さんも言うことでした、このことは。
「そうでしたね」
「よく言われるしね」
「あたしイギリスに行ったことはないですが」
「食べものについてはね」
「期待出来ないんですね」
「僕も日本に来てから美味しいものにこだわる様になったから」
 先生はアップルティ―を飲みつつお話します、その味は確かに美味しいですがやっぱり紅玉を使ったものには負けています。味わいがどうも違うのです。
「これでわかるよね」
「イギリスはそこまでですか」
「お料理はよくないんだ」
「そうですか」
「これでもカレーを日本に伝えたのはイギリスだけれど」
「インドじゃなくて」
「インドからイギリスを経てだよ」
 そうしてというのです。
「日本に伝えてビーフシチューやローストビーフもね」
「イギリスからですね」
「けれどどうもね」
 ことお料理についてはというのです。
「評判が悪いね」
「そうなんですね」
「カレーも日本で食べた方が美味しくて」
 それでというのです。
「ビーフシチューやローストビーフも」
「日本の方がですか」
「美味しいんだよね」
「そんなに駄目ですか」
「勿論お蕎麦もないよ」
 このお料理もというのです。
「アップルティーとかも日本のものの方が美味しいし」
「使ってる林檎が違って」
「あと優花里さんはお料理上手だね」
「そうですか?」
「イギリスは料理を作る人の腕も、みたいだから」
「それで、ですか」
「そのこともあって」
 どうしてもというのです。
「アップルティーとかもね」
「あまり、ですか」
「日本のものと食べると」 
 どうしてもというのです。
「僕が日本の味に馴染んでしまったせいか」
「よくないですか」
「そうなんだよね」
 こう優花里さんにお話します。
「僕としては」
「主観にもよりますよね」
「主観もあるけれど」
 それでもというのです。
「やっぱり日本の食べものの方がずっとね」
「美味しいですか」
「そう言われているしね」
「ああ、世間では」
「実際にね」
 これがというのです。
「僕も思うよ」
「そうですか」
「貴女のアップルティーと林檎料理も」
 そちらもというのです。
「イギリスのよりずっと美味しいよ」
「そんなにですか」
「これもイギリスの作った人によるけれど」
 それでもというのです。
「元々の腕もいいし紅玉を使ってなくても」
「いいですか」
「うん、けれどやっぱりね」
「紅玉は、ですね」
「あれが一番かな」
 先生はまたこう言いました。
「やっぱり」
「そうみたいですね、もううちで植えている林檎は全部使ってみました」
「そうしたんだ」
「はい、それでこのさんフジがです」
 今使ったそれがというのです。
「最後でした」
「試してみるのにだね」
「そうでしたけれど」
 それがというのです。
「結局これでわかりました」
「この林檎園の林檎ではだね」
「紅玉ですね」
 調理に使う林檎ならというのです。
「本当に」
「そうだね、それがあらためてわかることは」
「あたしにとっていい経験ですね」
「それぞれの林檎料理の味もわかったね」
 それぞれの林檎を使った、です。
「アップルティーにしても」
「はい、よく」
「それならね」
「確かに。いい経験ですね」
 このことについては優花里さんも頷きました。
「色々考えてやってみて」
「そうしたことをするとね」
「その経験がですね」
「後々生きてもくるから」
「無駄じゃなかったんですね」
「そうだよ、だからこのことは忘れないでね」
「そうさせてもらいますね」
 優花里さんは先生にまた笑顔で応えました。
「是非共」
「そうしてね、ただね」
「ただ?」
「いや、優花里さんのお友達は盲腸だったね」
「手術は無事成功して大丈夫ですけれど」
「あれはね」
 盲腸はというのです。
「大変なんだよね」
「やっぱり手術しますし」
「そう、それにね」 
 さらにお話する先生でした。
「昔はそれだけでね」
「ああ、手術出来なかったから」
「命に関わったしね」
「だからですか」
「今歯何でもない病気でも」
 それでもというのです。
「侮ることは出来ないんだよ」
「そうなんですね」
「僕は医師だからね、本業は」
「あっ、お医者さんですか」
「色々な学問に励んでいるけれど」
 先生は優花里さんにご自身のことをさらにお話していきます。
「第一はというとね」
「お医者さんで」
「そちらの知識や経験が一番自信があるから」
「盲腸についてもですか」
「いつもそう思うんだ」
「それじゃあ手術の経験も」
「あるしね」
 そちらもというのです。
「日本に来てから手術はあまりしていないけれど」
「てっきり農学者さんだと思ってました」
「そう思うよね、そちらの学問にも励んでいるけれどね」
 それでもというのです。
「その本業はね」
「お医者さんですね」
「そうなんだ、とにかくね」
 あらためてです、先生は優花里さんにお話しました。
「大丈夫で何よりだよ」
「盲腸って言われてじゃあ入院して」
「手術してだね」
「それで終わりて思ってました」
 優花里さんはそうした認識でした。
「それでもですね」
「うん、手術自体もリスクがあるしね」
「失敗とか」
「お友達にしてみればね」
 今度はその人のことについて考えました。
「不安だったと思うよ」
「あたしは絶対に大丈夫って思っていて」
「それでかな」
「はい、退院した時のことを考えていました」
「入院した時かな」
「そうでした、毎日お見舞いに行って」
 そうもしてというのです。
「退院した時とか学校のこととか」
「そうしたことをだね」
「お話してましたけれど」
「優花里さんは友達思いだね」
「そうですか?普通ですよ」
 優花里さんの返事はあっさりしたものでした。
「だって友達ですから」
「いや、毎日お見舞いに行くとか」
「普通じゃないですか」
「優花里さんはいつもそうしているのかな」
「友達や家族が入院したら」
 その時はというのです。
「そうしています」
「それが出来ることは素晴らしいことだよ」
「普通じゃないですか」
「そのこと自体がね」
「そうですか」
「お友達も感謝してるよ、そして」
 さらにでした、先生は優花里さんにお話しました。
「アップルティーや林檎のお菓子をご馳走してくれるなら」
「余計にですか」
「感謝してくれるよ」
「そうですか、けれどあたしは」
「そうしたこともだね」
「自分がされたら嬉しくてお礼を言いますけれど」
 それでもというのです。
「普通だと思います」
「人に対してするのならだね」
「はい」
 その通りという返事でした。
「そう思います」
「そうしたことが出来てそう考えられることが普通じゃなくて」
「素晴らしいですか」
「そうなんだよ」
「そんなものですか」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「その心をずっと持っていると」
「いいことがあるとか」
「あるよ、優花里さんは素晴らしい人生を歩めるよ」
「そうですか」
「そうした素晴らしい心を黄金の精神というけれど」
 この言葉は先生が日本に来た時に知りました、素晴しい心をそう表現するということをです。先生が大好きな言葉の一つです。
「それを持っている人は必ずね」
「いい人生を歩めますか」
「そうした人は心ある人が放っておかないし」
 それにというのです。
「何よりも神様がね」
「放っておかないですか」
「それぞれの宗教のね」
「あっ、あたし家は禅宗なんです」
「仏教だね」
「じゃあ仏教の仏様がですか」
「護って導いてくれるから」
 そうなるからだというのです。
「必ずね」
「いい人生を歩めますか」
「そうなるからね」
「この心を忘れない」
「そうするといいよ」
「そうですか、じゃあ普通と思ってることを」
「優花里さんがね」
 まさにご自身がというのです。
「忘れないでいてね」
「わかりました」
 優花里さんは先生ににこりと笑って応えました。
「そうさせてもらいます」
「是非ね」
「これからも」 
 こう先生にお話してです、その後は皆でお昼にお蕎麦を食べました、そのデザートは真田幸村さんが愛した食べものこねつき餅でしたが。
 そのお餅を食べつつです、動物の皆は先生に言うのでした。
「優花里さんにいいこと言ったね」
「その通りだよ」
「黄金の精神はその人自身を助けてくれる」
「優花里さんはそうで」
「忘れないでいて欲しいんだね」
「是非ね。人にとって何が一番素晴らしいものか」
 それはといいますと。
「心でね。黄金の精神を持っていたら」
「それならだね」
「その心がその人を助けてくれる」
「心ある人を引き寄せて助けてくれて」
「そして神様も仏様も」
「そうしてくれるんだね」
「だからね」
 それ故にというのです。
「僕は彼女にも言ったんだ」
「つまり先生もだね」
 ホワイティが先生に言ってきました。
「素晴らしい人生を歩めるんだね」
「そうだよね、僕達だってね」
 ここで言ったのはトートーでした。
「先生の何が好きってね」
「そのお心なのよ」
 ポリネシアも先生に言います。
「優しくて親切で温厚で公平な」
「その誰にも優しくて礼儀正しさがいいんだよ」
「本当にね」
 チープサイドの家族も言うことでした。
「そうした人だから」
「僕達は先生といつも一緒にいるんだよ」
「先生みたいないい人いないから」
 ジップもよくわかっていることです。
「僕達がいてね」
「王子もトミーもいるんだよ」
 ガブガブは彼等も見ています、二人も幸村さんが愛したこねつき餅を食べてそうして美味しいと感じています。
「皆ね」
「幸村さんも素晴らしい人だけれど」
 それでもと言ったのはチーチーです。
「先生もだよ」
「タイプは違うけれど」
「人としてね」
 オシツオサレツは二つの頭を持っています。
「素晴らしい人だから」
「皆一緒にいるんだよ」
「何かあったら僕達がいるのは」 
 最後に言ったのは老馬でした。
「先生が素晴らしい心を持っているからだよ」
「僕は全然だよ」
 先生は笑って応えました。
「幸村さんみたいなね」
「あの人は確かに素晴らしい人だね」
「誰もが惚れ惚れする位に」
「本当に最後の最後まで義を貫いたから」
「自分の全てを賭けてね」
「だから十勇士の人達もついてきたんだよ」
 この人達も命を懸けてそうしたのです。
「義仲さんと一緒にいた巴御前さんや今井兼平さんも素晴らしいけれど」
「あの人達も黄金の精神を持っていたって言えるね」
「今井さんは最後自害したけれど」
「義仲さんに殉じて」
「そうだね、僕はあの人も好きだよ」
 先生は今井さんにも想いを馳せました。
「凄くね、けれど僕はあの人達と比べたら」
「全然だね」
「偉くないっていうんだね」
「素晴らしくない」
「そうだっていうんだね」
「うん、本当にね」
 それはというのです。
「僕は言うよ」
「そこでそう言うのがね」
「先生だよ」
「謙虚でもあるしね」
「先生もまた黄金の精神の持ち主だから」
「だからね」
「僕達その先生と一緒にいるから」
 そうするというのです。
「何があってもね」
「そうさせてもらうから」
「何かあったら任せてね」
「先生も素晴らしい人生を歩めるから」
「実際に歩んでいるね」
 このことは先生が最もよく実感していることです。
「過ぎたまでね」
「そうだね、それと」
 今度は王子が先生に言いました。
「先生の他の人へのアドバイスはいつもいいね」
「そうだったら嬉しいね」
「お医者さんらしいかな」
「らしいよ」
 こうも言うのでした。
「本当にね」
「それは嬉しいね、僕としては」
 本当にというのです。
「僕のアドバイスが難しいことになるなら」
「嬉しいんだね」
「とてもね」
「そしてそれは当然のこととだね」
「医者だから」
 このお仕事だからというのです。
「そうね」
「感じているんだね」
「そうだよ」
 本当にというのです。
「僕は」
「見返りは求めないね」
「お医者さんなら診察料とかを貰ったら」
 それがお仕事だからというのです。
「本当にね」
「それでいいんだね」
「うん、そうだよ」
 その通りだというのでした。
「僕としては」
「そうなんだね、それがね」
「僕の長所だね」
「素晴らしいところだよ」
 そのお心のというのです。
「だから皆が言う通りね」
「僕と一緒にいてくれるんだね」
「先生を知っている人で先生を嫌う人はいないよ」
 とても素晴らしい心を持っているからだというのです。
「そんな先生を利用しようっていう悪い人がいても」
「そうした人達は僕達がいますから」
 トミーも先生に言ってきます。
「ですから」
「それでだね」
「先生に悪いことはさせないです、そして神様も」
「いつもご加護があるね」
「そんな時ばかりですよね」
「僕にピンチがあったら」
 これまでアフリカに行ったり月に行ったり色々なことがあって先生は沢山のピンチがありました、ですがその都度です。
 先生はです、こう言ったのでした。
「いつも皆の力を超えた何かがあって」
「助かっていますね」
「あれは絶対にね」
「はい、先生をですよ」
「神様が見守ってくれていてだね」
「いざという時は」
 そのピンチの時はです。
「助けてくれるんですよ」
「そうだよね」
「そして」
 さらにというのです。
「これからもです」
「僕にその心があるなら」
「僕達も神様もです」
「助けてくれるんだね」
「そうだと思います」
「成程ね」
「それと幸村さんもこの論理なら」
 黄金の精神の持ち主は周りにも神様にも助けてもらえるならというのです。
「助かっていますね」
「大坂の陣でだね」
「神様、仏様かも知れないですが」
「助けてくれて」
「そして」
「秀頼さんを連れて十勇士の人達と一緒に」
「鹿児島まで逃れていますよ」
 言い伝え通りにというのです。
「そうなっています」
「幸村さんお一人で駄目でも」
「はい、十勇士の人達がいて」
「護ってくれる神様か仏様がいて」
「それで、ですよ」
「鹿児島まで逃れられたんだね」
「そう思います、それと秀頼さんの息子さんは」
 この人もというのです。
「やっぱり生きていたと思います」
「あの人もだね」
「はい、このことは幸村さんとは別に」
「生きているんだね」
「そう思います、木下家のあの人はどう考えてもおかしいです」
「一応生まれた年は違うけれどね」
 先生はその人のお話もしました。
「それもね」
「どうもですね」
「何とでも言えるからね」
「当時は」
「実際にその人結構生年が怪しいところあるし」
「じゃあ本当に」
「うん、木下家の中でも当主の人達の一子相伝のお話だったらしいけれど」
 そこまで極秘のことだったというのです。
「生きていた可能性はかなり高いよ」
「そうなんですね」
「僕は生きていたと思うし」
「それいつも言われてますね」
「不自然だからね」
 公には捕まって処刑されたとあってもです。
「何かとね」
「だからですね」
「重臣の人が連れて逃げたともあるし」
「その説もあるんですね」
「それと共にね」
「秀吉さんの奥さんの実家に匿われて」
「その木下家にね」
 まさにその家にというのです。
「言われているんだ」
「そして秀頼さんの生存説以上に」
「幸村さんのそれも入れてね」
「生存説は、ですね」
「あの人はより可能性が高いね」
 そうだというのです。
「本当に」
「公の記録はともかく」
「実際はそうなのかもね」
「本当に生きていて欲しいね」
「そう思うよね」
「日本人はそうしたお話が特に好きな感じですけれど」
「他の国の人達以上にね」
 先生が見てもです。
「そのまま非業の死を遂げたっていうのはね」
「日本人の好みじゃないですね」
「義経さんなんか特にだね」
「あの人は死んでますよね」
「衣川でね」
 実際にというのです。
「どうやら」
「そうですか」
「北海道に逃れていて欲しいけれど」
「義経さんについては」
「確かな証拠やまさかというものがはっきりしないから」
 秀頼さんの息子と違ってです。
「僕としてはね」
「そう思われてますか」
「うん」
 実際にというのです。
「残念でもね」
「けれど先生としても」
「生きていて欲しいよ」
 義経さんもというのです。
「やっぱりね」
「ああした最期は悲しいですから」
「お兄さんに狙われてね」
「そう思わざるを得ないですね」
「僕も義経さんについて調べたら」
 日本に来てから本格的にそうしました、このことも。
「生きていて欲しいと思ったからね」
「そうですよね」
「よくあるお話でも」
 義経さんみたいなお話はというのです。
「世界的にね」
「あっていいことじゃないですね」
「兄弟で争って殺されるなんてね」
「後味悪いですしね」
「あってよくないことだけに」
「義経さんには生きていて欲しいですね」
「そう思うよ、義仲さんも」
 長野県のこの人もというのです。
「死んで欲しくなかったよ」
「頼朝さんは身内を殺して自分の立場を固めた人なのね」
「家臣の人も結構殺してるみたいだし」
「どう考えてもいい人じゃないよね」
「不人気なのも当然ね」
「そんな人だとね」
「そう、だからね」
 先生も言うことでした。
「義経さんは日本では好かれていても」
「頼朝さんとにかく人気ないね」
「漫画とかでもほぼ悪役だし」
「日本の歴史上トップクラスよね」
「相当に人気ないわよね」
「とにかく評判悪いから」
「義仲さんも殺してもう一人の弟さんの範頼さんも殺して」
 そしてというのです。
「平家は勿論だったし」
「家臣の人達でもね」
「どうかって思ったらすぐだったし」
「じゃあね」
「人気ないのも当然ね」
「鎌倉幕府自体がね」
 その頼朝さんが開いた政権です、関西の神戸にいる先生達にとってはどうにも馴染みのない鎌倉にありました。
「北条家も謀略や粛清が多くて」
「頼朝さんの奥さんの実家の」
「あのお家もだったのね」
「後で実質幕府を動かす様になった」
「あのお家ね」
「執権になったね、有力な豪族を結構滅ぼしてるから」
 頼朝さんみたいにというのです。
「明るい感じはしないね」
「どうしてもね」
「江戸幕府はそうじゃないのにね」
「同じく関東にあったけれど」
「幸村さんと戦ったけれど」
「長い間平和で落ち着いていたし」
 江戸幕府の頃はというのです。
「やったことも血生臭くなかったよ」
「鎌倉幕府みたいにね」
「だからそんなに評判も悪くないのね」
「家康さんにしても」
「幕府を開いた人も」
「そうだよ、けれど今はその幕府の敵だった幸村さんのことを思いながらね」 
 またこねつきを食べる先生でした、幸村さんの好物だったそれを。
「そのうえでね」
「うん、こねつき食べようね」
「このお餅をね」
「美味しいしね」
「そうしようね」
 動物の皆も応えます、そうして優花里さんの林檎料理のことも考えるのでした。退院するお友達に贈るそれのことも。








▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る