『ドリトル先生と姫路城のお姫様』




               第六章  天守閣の中で

 先生達は天守閣の中を進んでいきます、ですが皆ここにも何度も来ています。しかもお城自体よりずっと狭いので。
 何処に何があるかは大抵わかっています、それで誰も迷う素振りもなく順調に観て回っています。そしてです。
 王子はその中で先生に言いました。
「ごく普通のね」
「観光名所だね」
「言うなれば塔だよね」
 そうした建物だというのです。
「これは」
「そうだよ、大きな櫓であってね」
 先生もその通りだと答えます。
「それでね」
「こうした造りだよね」
「武骨と言えば武骨だね」
「うん、けれどそれでもね」
 木造のその中を見て言う王子でした。
「気品があるね」
「そして趣がだね」
「それがあるよね」
「僕もそう思うよ。やっぱり西国の要のお城でね」
「結構格のある大名のお城だったね」
「だからね」
 それだけにというのです。
「その造りもね」
「格があるね」
「そうだよ」
 その通りとです、先生は王子に答えました。
「王子の思う通りにね」
「やっぱりそうだね」
「それでね」
 さらにお話する先生でした。
「武骨で普通に住むには向いていないけれど」
「戦向きなのがわかるね」
「けれどね」
 それでもというのです。
「御殿という訳じゃないけれど」
「そこまではいかないけれどね」
「気品があるね」
「そうだね」
「うん、本当にね」
 まさにというのです。
「いいお城だね」
「そうだね、けれどね」
 ここでまた言う先生でした。
「ここは塔というとね」
「僕の言う通りだね」
「うん、それとね」
「それと?」
「神社でもあるからね」
「あっ、最上階にね」
 王子も言われて気付きました。
「ちゃんとあるね」
「そう、日本ではお城にも神社があるけれど」
「姫路城もそうでね」
「天守閣の一番上にあるね」
「刑部神社がね」
「まさに『おさかべ』と読むね」
 その刑部をです。
「だからね」
「あの神社はだね」
「おさかべ姫とも関係があるよ」
「やっぱりそうだね」
「そうだよ、ただあのお姫様と関係があっても」 
 それでもというのです。
「あのお姫様に会った人はね」
「歴代の城主さん以外はだね」
「いないんだ」
 これがというのです。
「これがね」
「そうだね、ひょっとしたら」
 ここで王子はこう考えました。
「城主さんじゃないとね」
「どうしたのかな」
「うん、それなら知事さんは」
「ああ、兵庫県の行政のトップだね」
「それか姫路市の市長さんは」
 この人はといいますと。
「どうかな」
「そうだね、公には言われないけれど」
「それでもだね」
「ひょっとしたらね」
 こう前置きしてお話する先生でした。
「お二人はお会いしているかもね」
「それも歴代のね」
「うん、日本は妖怪や幽霊は否定している様でね」
「違うところがあるね」
「特に幽霊、中でも怨霊をね」
 こちらの存在をというのです。
「今でも気にしているね」
「そうした国だよね」
「京都自体が怨霊の結界だしね」
「そうだね、じゃあね」
「だからだね」
「そう、それでね」
 まさにというのです。
「妖怪にしてもね」
「否定しきっていないんだ」
「否定している様で実際にいる」
「そう考えている人が多いね」
「日本人の信仰はぼんやりしている様で強いんだ」
 先生は日本人の信仰についてもお話しました。
「神様仏様へのね」
「そして神様となると」
「そう、神様と妖怪の違いは紙一重だから」
 そうしたお国だからというのです。
「妖怪への考えもね」
「否定しきっていないんだ」
「そうしたお国だから」
「あのお姫様にしても」
「否定しきっていないよ」
「それじゃあ知事さんも市長さんも」
「ひょっとしたらだけれどね」
 そして公にはしていないけれどというのです。
「お会いしているかもね」
「そうなんだね」
「ひょっとしたらね」
「というかそうじゃないの?」
 ここでホワイティが言ってきました、皆で木造の天守閣、武骨でいて何処か気品があるその中を見つつお話します。
「日本だとね」
「普通に誰でも神社やお寺にお参りしてるし」
 ガブガブも言います。
「何かあったらね」
「もうお祭りがあればごく普通にだし」
 今度はチーチーが言いました。
「神社やお寺に行くから」
「皇室の方なんてね」
 トートーは日本のこの方々のお話をします。
「もう神事がお仕事だからね」
「そういうのを考えたら」
 ポリネシアも言うことでした。
「この兵庫県でもおかしくないんじゃ」
「そして姫路市でもね」
 ダブダブも言います。
「兵庫県って西宮大社もあるしそっちもかしら」
「政治家として公にお参りしてあれこれ言うことは出来なくても」
 それでもと言う老馬でした。
「お会いする位は出来るね」
「この天守閣に来るなんて」
「普通に出来るしね」
 チープサイドの家族もお話します。
「知事さんも市長さんも」
「するなって言われてないから」
「そうというかそこまで言うとか」
 まさにと言うジップでした。
「流石にないと思うよ」
「靖国神社に言う人はいても」
「ここの刑部神社はいないよね」
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「靖国神社に言うこともそうなのかなって思うけれど」
「ここだと余計に駄目とか言われる根拠ないね」
「うん、別に知事さんや市長さんがどの神社やお寺に参拝してもいいと思うよ」
 先生は皆に学識から答えました。
「僕もね」
「そうだよね」
「それでだよね」
「知事さんや市長さんが年に一度お姫様とお会いしてもね」
「それでお話を聞いてもね」
「問題ないよね」
「特に」
「その筈だよ、ただ政教分離があって」
 日本国憲法のこの原則がです。
「そして妖怪とお会いしたとかね」
「流石に公では言えないね」
「今はね」
「学者さんは言えても」
「政治家の人はちょっとね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「あれこれ言えないよ、ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「うん、日本の歴史ではね」
 今は駄目でもというのです。
「しょっちゅう幽霊や妖怪のお話が出ると言ったね」
「うん、前ね」
「先生お話してくれたね」
「それも前からね」
「何かあったらよくお話してくれるね」
「とにかくそうしたお話もね」 
 日本ではというのです。
「多くてね」
「それでなんだ」
「政治の場でもだね」
「妖怪や幽霊のお話が多いんだ」
「今昔物語とかを読んでいるとね」
 日本の古典をというのです。
「本当に幽霊や妖怪のお話が多いからね」
「そうだよね」
「京都の街自体がそうだね」
「とかく幽霊とか妖怪のお話多いよね」
「特に平安時代とか」
「このお城でも半ば公だったからね」 
 かつてはというのです。
「日本はかなり幽霊や妖怪に親しんでいる国だから」
「さっきお菊井戸見たしね」
「あの井戸もね」
「お菊さんが放り込まれたっていうね」
「あの井戸も」
「あのお話も伝説かも知れないけれど」
 実際にそうしたことがあったのか不明にしてもというのです。
「そうした場所があったことはね」
「覚えておいていいわね」
「私達にしても」
「そういうことだね」
「そうだよ、まあ僕達はね」
 皆に笑ってお話もした先生でした。
「城主様だからね」
「それじゃあね」
「お姫様にはお会い出来ないね」
「そうだよね」
「それはないね」
 可能性として否定する先生でした。
「それはやっぱりね」
「城主様のことでね」
「先生はあくまで先生だからね」
「どう考えてもそれはないよね」
「先生の場合は」
「いや、そんなことを言っていたら」
 トミーがどうかというお顔で先生にお話しました。
「先生は妖怪にも縁が出来ましたから」
「だからなんだ」
「はい、ひょっとしたらですが」
 それでもというのです。
「お姫様にもです」
「会うかも知れないんだね」
「これまでは確かにお会いしませんでしたけれど」
「今回ひょっとしたら」
「あくまでひょっとしたらですが」
 可能性は非常に少なくてもというのです。
「有り得ますよ」
「そうなるかな」
「というかお姫様って元旦にしか出ないって言われていますけれど」
「天守物語はお正月かっていうと」
「違いますよね」
「その辺りはお姫様次第だね」
 お姫様が出たいと思うか思わないかという問題だというのです。
「本当に」
「そうですね、それじゃあ」
「うん、お姫様が出たいと思えば」
「出て来るから」
「若しかしたらね」
「先生もお会いするかも知れないですよ」
「若しそうなったら」
 それならと言った先生でした。
「僕は光栄だね」
「兵庫の妖怪の総大将さんとお会い出来てですね」
「そう思うよ」
 絶対にというのです。
「その時はね」
「そして僕達も」
「そうだね、トミーもね」
「そう思えますね、ただ」
「ただっていうと」
「いえ、何かあのお姫様ティターニアみたいに思えてきました」
 ここまでお話してです、トミーはシェークスピアの作品に出て来たこの登場人物を思い出しました。
「妖精の女王の」
「真夏の夜の夢に出て来たね」
「あの女王様にちょっと」
「イギリス人から見るとね」
「何か似た感じがしますね」
「そうだね、人ならざる種族の主だからね」
「それも女性の」 
 このことからというのです。
「そうも思えますね」
「そうだね、言われてみればね」
「先生もですね」
「違う部分も多いけれど」
「同じ様な存在ですね」
「そうだね、ただ妖精とキリスト教は相反する様に思われているけれど」
「悪魔だとも考えられたりしましたね」
 時代によってはそうだったのです。
「そもそもケルト神話からの存在で」
「キリスト教とはまた違うよ、けれどね」
「日本の妖怪は神道や仏教とも関係が深いですね」
「そう、当然皇室ともね」
「神道の中心には皇室がおられますから」
 日本の皇室がです。
「そうなっていますね」
「日本ではね」
「その辺りは本当にイギリスと違いますね」
「日本は神話は現代にもつながっているよ」
「古事記や日本書紀だと」
「そう、自然とね」
 そうもなっているというのです。
「神話の時代から神武帝が出て来られて」
「そしてですね」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「妖怪についてもね」
「皇室と関係が深いことが」
「イギリスと違うよ」
「ティターニアそしてオベローンがイギリス王室と関係がある」
 トミーはティターニアだけでなく彼女のご主人である妖精の王様のことも脳裏に思い浮かべて言いました。
「それは」
「イギリスでは信じられないね」
「想像出来ないですね」
「イギリス王家は幽霊とは関係が深いけれどね」
「はい、とても」
 このことはトミーもご存知です。
「ロンドン塔にしましても」
「イギリスはとにかく幽霊のお話が多くてね」
「それで、ですよね」
「そのうえでね」
 まさにというのです。
「幽霊とは縁が深いけれどね」
「妖精とも、とは」
「いかないからね」
「日本の皇室とイギリスの王室はそこも違いますね」
「何というか凄く不思議なお家だよ」
 先生は姫路城の天守閣、神社もあるその中で思うのでした。今皆は四階にいてその中を見回っています。
「日本の皇室は」
「ただ歴史が長いだけじゃないですね」
「うん、グレートブリテン島に国家が出来る前から存在していてね」
「信仰もですね」
「非常にね」
 まさにというのです。
「独特でね」
「それで、ですね」
「妖怪とも縁があるから」
「じゃあおさかべ姫も」
「そうかもね、別にまつろわぬ存在でもないみたいだし」
 先生は少し考えるお亜子になってこうも言うのでした。
「ここのお姫様はね」
「そうなんですね」
「うん、邪なものも感じられないし」
「むしろ神様に近いとは」
「天守物語を見ると特にね」
 今先生が研究しているこの作品にしてもというのです。
「神様、女神に近い面もあるよ」
「妖怪といっても」
「そう思うよ、僕としてはね」
 先生の視点からするとです。
「日本の妖怪ではよくあることだけれどね」
「いやあ、何ていうか」
「日本の妖怪って面白いね」
「四国の狸さんや獺さん、京都の狐さんもそうだったけれどね」
「お静さんもね」
「そうだったけれど」
「そうだね、外見は違ってもね」
 先生は動物の皆にもお話します。
「人間と同じ様な性格だよ」
「そうだね」
「悪い妖怪もいるけれどね」
「ユーモアもあるしね」
「何処か憎めなかったりして」
「お姫様みたいな奇麗な妖怪もいたり」
「妖精と同じ様でまた違う魅力があるよ」
 自然とです、上を見上げて言った先生でした。
「日本の妖怪はね」
「それが魅力でね」
「人気があってね」
「愛されてるのよね」
「それが日本の妖怪達で兵庫県だと」
 まさにこの県ならというのです。
「総大将はね」
「ここのお姫様で」
「だからね」
「これから僕達もね」
「是非共ね」
「お会い出来たらね」
「お話したいね、とはいっても」
 ここでこうも言った先生でした。
「このお城はどうなるかは」
「それはね」
「私達が聞いてもね」
「それがどうなるか」
「そのことはね」
「あまりこれといって」
「関係ないわね」
 動物の皆も言いました。
「これといってね」
「それじゃあね」
「お話を聞いてもね」
「どうもないわよ」
「そうしたことはね」
 実際にと言う先生でした。
「ちょっとね」
「まあ大地震とかね」
「そんな大変なことがないとね」
「大丈夫よね」
「そうよね」
「そう思うよ、流石にね」
 そんなとんでもないことが起きない限りは、とです。先生も考えつつ皆に対してお城のことを答えるのでした。
「そんなことでもないとね」
「このお城は大丈夫よ」
「今は火事とか落雷でも大変なことにならないし」
「台風もあるけれどね」
「大地震でもないと」
「日本は災害の多い国だけれど」
 地震、雷、火事、そして台風とです。先生はこのことにも言います。
「そうしたものへの備えがしっかりしてるしね」
「今は姫路城も耐震考えてるし」
「そのうえで修築とかしてるしね」
「だったら大丈夫ね」
「相当なことがないと」
「そう思うよ、それにこうしたお話は」
 姫路城がどうなるかはです。
「姫路市、ひいては兵庫県のことで」
「幾ら何でも先生とはね」
「関係がないよね」
「住民選挙には行けても」
「うん、それでもね」
 こうお話してです、先生は皆と一緒に上に登っていきました。そして最上階に着くとです。
 先生と動物の皆、王子とトミ―以外は誰もいませんでした。ですが動物の皆は最上階に着いてすぐにでした。 
 周りを見回してです、こう言いました。
「気配感じるよ」
「僕達の他に誰かいるよ」
「誰もいない筈なのに」
「どうしてかしら」
「ひょっとして」
 王子は皆の言葉を聞いてはっとなって言いました。
「あのお姫様がいるのかな」
「そうかもね」
「これはね」
「誰もいない筈だけれど」
「これは」
「やっと来たわね」
 とても奇麗で上品な女の人の声がしました。
 そして神社の中から白いお肌に切れ長の目、黒い髪に赤や白、桃色の艶やかな江戸時代のお姫様の着物を着ています。
 その人を見てです、皆はすぐにわかりました。
「その天守閣にいるっていうお姫様だね」
「天守物語に出て来た」
「その御姫様だね」
「如何にも」
 その通りだとです、そのお姫様も答えます。
「わらわの名はおさかべ姫、富姫ともいう」
「ああ、やっぱりね」
「この天守閣にいる方だね」
「それで泉鏡花さんって人も書いた」
「まさにそのお姫様だね」
「左様、そなた達が来たのはわかっていた」
 お姫様は皆の前に立って言います、何時の間にか艶やかな侍女達も出てきていてお姫様の後ろに控えています。
 そして妖しさと気品を放ちつつです、こう言うのでした。
「ドリトル先生も」
「失礼、返事が遅れました」
 ここで先生は帽子を右手に持って胸にやって一礼しました。王子とトミー、そして動物の皆も先生に続きます。
 一礼してからです、こう言うのでした。
「ドリトルと申します」
「うむ、それで先生よ」
「はい、何でしょうか」
「わらわはそなたに会いたかったのじゃ」
「それでこの度ですか」
「そなたが来るのがわかっていたからな」
 だからだというのです。
「この様にじゃ」
「お待ち頂けていたのですか」
「左様」
 こう先生に答えます。
「そのうえでな」
「ではそのご用件は」
「うむ、今度猪苗代からわらわの妹が来る」
「妹殿といいますと」
「あれじゃ、義理のな」
「亀姫様でしたね」
「そうじゃ、やはり知っておるか」
「実は今こちらを舞台にした作品の戯曲を書いていまして」
 それでとです、先生はお姫様に答えました。
「泉鏡花さんの」
「うむ、あの作家じゃな」
「ご存知ですか」
「ご存知も何もわらわを書いてくれたのじゃ」
 お姫様は先生に微笑んで答えました。
「ならばな」
「ご存知であることも」
「当然であろう」
 こう答えたのでした。
「今な」
「そうですか」
「そしてじゃ」
 さらに言うお姫様でした。
「あの御仁のことも知っておる」
「そうだったのですね」
「左様、よき御仁であるな」
 泉鏡花さんのことをこうも言うのでした。
「美がわかっておる」
「それは作品にも出ていますね」
「まことにな、亀姫のことも書いておってな」
「登場されてますね」
「よく書いておる、それで先生よ」 
 お姫様は先生にあらためてお話をします。立っているそのお姿自体に気品があって人間のお姫様というよりかは女領主という感じです。
「そなたに頼みがあってな」
「待って下さっていたのですか」
「うむ、この度亀姫が来るが」
「この姫路城に」
「その時宴を開くが」
 それでというのです。
「この度どういった宴にしようか悩んでいてじゃ」
「僕にですか」
「先生の知恵を借りたい」
 是非にと言うのでした。
「それで待っていたのじゃ」
「そうでしたか」
「それでじゃ」
 お姫様は先生にあらためて言いました。
「来週またこちらに来てくれるか」
「姫路城の天守閣にですね」
「この日曜にな」
 曜日のことも言いました。
「この時間にな」
「わかりました、それでは」
「うむ、先生は非常に博識である」
 お姫様は先生のことのことも知ってます。
「この辺りの鳥や獣達がよく話していてな」
「姫様もご存知なのですね」
「そうなのじゃ、妖怪達の噂にもなっておるぞ」
 お姫様は先生に優し気で上品な笑顔で告げました。
「そこからじゃ」
「貴女は兵庫の妖怪の総大将なので」
「姫として治めておるからな」
「だから僕のこともご存知でしたか」
「左様」
 その通りだというのです。
「それでそなたの知恵を借りたいのじゃ」
「左様ですか、どの様な宴にするか」
「その知恵を借りたい、これまで色々な宴を催してきたが」
「今度の宴については」
「これまでの日本の趣ではないがこの城の美しさを活かしたな」
 その様にというのです。
「そうした宴をしたいのじゃ」
「それで僕にですね」
「知恵を借りたい、よいか」
「はい、お願いでしたら」
 先生はお願いされるとどうしても出来ないこと以外は断りません、それでお姫様にも答えるのでした。
「考えさせてもらいます」
「その時は褒美は弾むからのう」
「いえ、そうしたものは別に」
「ははは、無欲と聞いておったがその通りじゃな」
 お姫様は先生の今の返事に明るく笑って応えました、明るく笑っても気品と美しさは損なわれていません。
「よきこと。しかし何かしてもらって褒美を出すのも礼儀」
「礼儀だからですか」
「受け取ってもらうぞ」
 その時はというのです。
「是非な」
「そうですか、それでは」
「うむ、頼んだぞ」
「それでは」
「宜しく頼むぞ」
「それでは」
「しかし先生は見たところ」
 ここで先生のお顔をしっかりと見てです、お姫様はこうも言いました。
「非常によい相をしておるな」
「そうでしょうか」
「素晴らしい人格じゃな、しかもな」
 とてもいい人だけでないというのです。
「学問と友人に恵まれておる、伴侶もな」
「奥さんもですか」
「やがて素晴らしい者と結ばれるぞ」
「それはないですよ」
 先生はお姫様に言われても笑ってこう言いました。
「僕に結婚は」
「いやいや、顔に出ておるぞ」
「本当ですか?」
「そうじゃ、よく出ておる」
 実際にというのです。
「これはな」
「そうでしょうか」
「はい、本当に」
 まことにというのです。
「絶対にないですよ」
「いやいや、わらわが見たところな」
 お姫様は自分の見たものを笑ってないと言う先生にその奇麗な眉を顰めさせてどうかというお顔で言いました。
「そなたはな」
「良縁にもですか」
「恵まれておるぞ」
 そうだというのです。
「かなりな」
「そうでしょうか」
「そうじゃ、だからな」
 それでというのです。
「そのことも安心せよ」
「そうだといいのですか」
「先生の人徳はかなりじゃ」
 それ故にというのです。
「必ずな」
「奥さんもですか」
「かなりの者と結ばれるぞ」
「だといいのですが」
「僕達もそう思ってるから」
 チーチーも先生に言ってきます。
「絶対にってね」
「後は先生次第だよ」
「もうそれだけよ」
 チープサイトの家族もオシツオサレツの背中の上に並んで止まっているうえでそれで言うのでした。
「そうなればね」
「先生は幸せになれるから」
「ひょっとしてその人は」
 ポリネシアはあえてこう言いました。
「既にいるのかも」
「しかも先生の身近に」
 ガブガブは核心を指摘しました。
「もういるかもね」
「先生みたいないい人いないわよ」
 ダブダブは先生の人格からお話します。
「他にね」
「まず言うけれど先生はもてる」
 ホワイティは断言しました。
「実はね」
「そのことをわかってくれないから」
 どうにもとです、トートーもどうかとなっています。
「僕達もいつもやれやれだよ」
「実はイギリスにいた時からだったしね」 
 老馬もちゃんと見ていたし見ているのです。
「先生は女性からも人気あったしね」
「先生、人間は性格だよ」
「やっぱりお顔やスタイルじゃないよ」
 オシツオサレツも指摘します。
「先生はこれ以上はない人格者だから」
「しかも紳士だからね」
「僕達にも誰にも公平で優しいんだよ」
 それならと言うジップでした。
「わかる人はわかるからね」
「その者達の言う通りじゃ」
 お姫様がまた言います、これまでよりも強いお声です。
「先生はもっとこのことについて自信を持つべきじゃ」
「持てるとですか」
「そうじゃ」
 その通りというのです。
「確かなのう」
「そうだといいですが」
「とにかく自信を持つとな」
 それでというのです。
「また違うからな」
「僕はもてると」
「本当に大事なのは人格じゃ」
 動物の皆が言う通りにというのです。
「性根の悪い奴とは一緒におられぬ」
「それはそうですが」
「それなら先生はじゃ」
「もてますか」
「うむ」
 その通りだというのです。
「そして良縁にも恵まれてな」
「結婚もですか」
「必ず素晴らしいものが出来るぞ」
「そうだといいですが」
「わらわは兵庫の妖怪の総大将じゃ」
 だからだというのです。
「その誇りにかけて嘘は言わぬ」
「それで僕の顔にはですか」
「良縁の相も出ておる」
「先生が苦手なのってスポーツ位かな」
「そうだよね」
 トミーは王子の言葉に頷きました。
「確かに運動は苦手だね」
「いつもよく歩いて足腰はしっかりしてるけれどね」
「スポーツはね」
「何も出来ないね」
「老馬だから乗れるけれど」
「他の馬には乗れないし」
 とにかく運動も不得手というのです。
「そのことはあるけれど」
「けれどね」
「先生の人格だとね」
「もてない筈がないから」
「お顔やスタイルのことを言うけれど」
「そんなに悪くないから」
 お顔やスタイルもというのです。
「普通だよね」
「多少太めという位で」
「人相はこの上なくよいぞ」
 お姫様はそこから指摘します。
「穏やかさと優しさがわかる」
「そうですか」
「うむ、それでじゃ」
 それ故にというのです。
「先生はそのことも安心しておるのじゃ」
「そうですか」
「だから安心せよ、それで宴はな」
「はい、何時されますか」
「夜じゃ」
 その時にというのです。
「開く」
「そうですか、夜ですね」
「その時に開く」
「そうですか、では夜で日本でないですね」
「それでいてこの城を活かしたな」
「そうした宴をですね」
「考えてくれ、わらわはどうしても日本にずっとおってな」
 普通の人とは比べものにならない位に長くです。
「それで宴といってもな」
「日本からですね」
「離れられぬからな」
 そうなっているからだというのです。
「だからな」
「僕にですね」
「先生の知識を買ってじゃ」
 頼むというのです。
「だから吉報を待っておるぞ」
「はい、それでは」
 先生も頷いてでした、そのうえで。
 お姫様は先生にまた来週こちらに来る様にと告げて姿を消しました、その後ででした。
 先生達は天守閣を降りて王子が持って来た幕の内弁当を食べました、そしてその時に動物の皆が言いました。
「いいお姫様だったね」
「穏やかで気品もあってね」
「先生のこともご存知だったし」
「寄り付きにくい感じもしなかったしね」
「そうだね、お話して悪い印象はなかったよ」
 先生もこう答えます。
「いい意味でお姫様だったね」
「そうだよね」
「流石兵庫の妖怪達の総大将って感じでね」
「いいお姫様だったよね」
「私達もそう思ったわよ」
「しかもね」
 皆は先生にさらに言いました。
「いいことも言ったし」
「先生の結婚のことね」
「絶対に結婚出来るってね」
「いやあ、お静さんもそう言ってくれてね」
「お姫様もなんてね」
「これはもう間違いないわ」
「本当にね」
 先生を見て言うのでした。
「いやあ、それじゃあね」
「先生の将来はもう安泰」
「僕達も王子もトミーもいるし」
「ちゃんとしたお家と収入もあって」
「貯金もあるうえにね」
「結婚も出来るとなると」
「随分生々しいことを言うけれど」
 それでもとです、先生は皆にお弁当のご飯を食べつつ応えます。
「僕としてはね」
「結婚出来るとはだね」
「先生思ってないのね」
「どうしても」
「うん、それはないんじゃないかな」
 まだこう言うのでした。
「本当にね」
「いやいや、それがね」
「僕達天守閣でも言ったけれどね」
「先生は大丈夫だから」
「結婚出来るから」
「ちゃんとね」
「そう、それはね」
 王子も言います、幕の内弁当の味を楽しみながら。
「僕達も思うことだから」
「僕が結婚出来るってだね」
「そしてその人と二人で幸せになれるってね」
 そう思っているというのです。
「そう思ってるよ」
「そうなんだね」
「ううん、僕はもてないとね」
「今でも思ってるね」
「そうだよ、どうしてもね」
「そうだよね、先生は。けれどね」
「僕はもてるんだね」
「見ている人は見ているからね」
 それ故にというのです。
「だからだよ、先生は立派なお心の人が見ていて」
「それでなんだ」
「そう、その人とやがて結ばれるよ」
「そうだといいけれどね」
「それでね」
「その人とだね」
「絶対に幸せになれるよ、今も充分幸せって言うだろうけれど」
 先生は実際に自分位幸福な人はいないと考えています。
「けれどね」
「それでもだね」
「そう、幸せには限りがなくて」
「僕の幸せについては」
「もっともっと上があって」
 そうしてというのです。
「結婚もしてね」
「今以上にだね」
「絶対に幸せになれるから」
 だからだというのです。
「お姫様の言葉はね」
「聞くべきだね」
「そうだよ、ただね」
「ただっていうと」
「先生アジア系の女の人はタイプかな」
「うん、イギリスにいた時はヨーロッパ系のね」
 先生の女性の好みはといいますと。
「穏やかで怒らなくてね」
「そうした人が好きなんだね」
「性格がよかったら」
 それならというのです。
「僕としてはね」
「問題なしだね」
「そうだよ、そして今はね」
「どうなのかな」
「日本の女の人達を見ていると」
 黒い髪の毛に黒い瞳の人達をというのです。
「これもまた日本だって思えてきてね」
「それでだね」
「自然とね」
 本当に日本に入って徐々にです。
「好きになったよ、それで性格はね」
「穏やかで怒らない人だね」
「優しくて公平でね」
「よし、合格だね」
「合格?」
「そう、合格だよ」
 こう先生に言いました。
「それならね」
「どういうことかな」
「うん、先生はまだわからないから」
「まだなんだ」
「そのうちわかってくれれば」
 そうなればというのです。
「それでいいよ」
「ううん、お話が見えないけれど」
「だから先生はもっと自分を知らないと駄目だよ」
 王子は先生に微笑んでお話しました。
「先生は実はもてる」
「女の人に」
「そうだよ、自信過剰にならないのは先生のいいところだけれど」
 それでもというのです。
「もっとね」
「自信を持っていいんだ」
「そうだよ、女性のこともね」
「そうだといいけれどね」
「だって先生女の人のお友達も多いよね」
「男の人も含めてね」
「だって先生はとてもいい人だから」
 女性にも公平で紳士です、間違ってもセクハラやパワハラなぞしません。それが先生という人なのです。
「だからね」
「女の人にももてるんだね」
「子供の頃から女の人のお友達多かったね」 
 王子は先生にさらに聞きました。
「そうだね」
「幸いね、学生時代もイギリスにいた時も」
「今もだね」
「日笠さんといいね」
「うん、その人は特にね」
 ここであえて言わない王子でした。
「そうだよね」
「本当にいい人だね」
「先生にとってもね」
「うん、そのことがわかっていれば」
 王子はそれならと応えました。
「僕は満足だよ」
「僕達もだよ」
「今のところは、だけれどね」
「これから一歩一歩ね」
「先生も歩いていけばいいよ」
「気付かないなら僕達が引っ張っていくから」
「背中も押すわよ」
 そうしていってというのです。
「そうしていくから」
「先生が幾ら鈍感でもね」
「お姫様も言ってくれたし」
「それならだよ」
「もう安心してね」
「僕達も頑張っていくよ」
「うん、何か全くわからないけれど」
 先生だけが本当にわかっていません。
「宜しく頼むよ」
「そうさせてもらうわね」
「先生が幾ら気付かなくてもね」
「是非共ね」
「励ませてもらうよ」
「先生、天守物語にも答えはありますよ」
 最後にトミーが言ってきました。
「あのお話にも」
「どういうことかな」
「あのお話もテーマは恋愛ですね」
「うん、人間と妖怪の垣根を越えたね」
「そうですね。先生は人間と人間ですが」
 そうした違いはあってもというのです。
「天守物語にもある恋愛がです」
「僕にもあるかな」
「恋愛の形は様々ですしね」
「お話がよくわからないけれど」
 それでもとです、先生はトミーにも首を傾げさせつつ述べました。
「とりあえず僕は将来結婚出来るんだね」
「はい、お姫様が言われた通りに」
「ではその日が来たら皆お祝いしてくれるかな」
「是非そうさせてもらいます」
 トミーも他の皆も笑顔で頷きました、そうして皆で幕の内弁当を食べてそのうえで楽しく過ごすのでした。
 そしてお家に帰ってから論文を書いてお姫様にお願いされた宴のことも考えだすのでした。








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