『ドリトル先生と奇麗な薔薇園』




                第十二幕  薔薇園の心

 王子はこの朝登校してその足で先生の研究室に来て憤懣やるかたないといったお顔で先生に言いました。
「先生、昨日の阪神の試合観た?」
「うん、観ていたよ」
 先生は王子に答えました。
「相性が出たね」
「十五対零とかね」
 ここで言ったのはダブダブでした。
「酷かったね」
「いやあ、打たれまくってね」
 トートーも試合の感想を述べます。
「こっちはてんで駄目で」
「エラー三つもあったし」 
 チーチーは守備のことを言いました。
「それが全部敵の得点につながってね」
「フォアボールで出たランナーが帰って」
 得点になっていたことを言うホワイティでした。
「酷かったね」
「こっちはチャンスにあえなく凡退でね」
 ジップも呆れ顔です。
「その次の敵の攻撃では得点が入って」
「理想みたいに悪い負け方だったわ」
 ポリネシアもこう言うしかありませんでした。
「漫画みたいに」
「というか阪神らしい?」
「そうも言いたくなるわね」
 チープサイドの家族もやれやれ顔です。
「あの負け方は」
「しかも甲子園でああだから」
「もう観ていてこれはって思ったよ」
 ガブガブもこう言います。
「こんな酷い試合滅多にないって」
「というか本拠地であればないよ」
 老馬も嘆くばかりです。
「惨敗も惨敗じゃない」
「しかも調べたらこの三連戦ずっとああじゃない」
「広島は三十三点入れててね」
 広島との三連戦自体について言うオシツオサレツでした。
「こっちは四点」
「あのシリーズの再現みたいだったよ」
「僕途中で観るの止めたくなったよ」
 王子のお言葉には嘆きすら入っていました。
「あまりにも酷い試合っぷりだったから」
「それが三連戦だったから余計にだね」
「そうだよ、何でカープにはあそこまで弱いのかな」
「毎年だしね」
「あの負け方ばかりでね」
 本当にと言った王子でした。
「広島戦になると嫌になるよ」
「だから何で甲子園でああなるの?」
「本拠地で」
「地の利がある筈なのに」
「それでもあんな敗北するなんて」
「ちょっとないよ」
 動物の皆も嘆くばかりでした、そして先生もです。
 王子にです、困った笑顔で言うのでした。
「幾ら三連覇していて今も首位でもね」
「あんな試合ぶりをしているとだよね」
「今年はどうかって思うね」
「不安になるよ」
 今年は優勝出来るのかというのです。
「そうだよね、先生も」
「うん、折角巨人には勝ってばかりでもね」
「巨人は今年も弱いね」
「勝率一割台で打率は二割一分台、チーム防御率は二桁でね」
 巨人はそうした状況です。
「エラーは一試合平均五つ、三振は十二」
「圧倒的な弱さだね」
「史上最弱と言っていいね」
「それで巨人には強くても」
 それはいいとして、というのです。
「カープにはね」
「ああだからね」
「本当に相性ってあるね」
「何かね、阪神ってチームは特にそれがあるね」
「甲子園ってあれかな」
 王子は困ったお顔でこうも言うのでした。
「魔物と何かの怨念があって」
「あとケンタッキーのおじさんだね」
「その三つの存在のせいでね」
 まさにというのです。
「あそこまで負けたりするのかもな」
「そうかもね、甲子園には霊的な存在があってね」
 そのせいでとです、先生は王子にお話しました。先生は霊的な存在を否定していません。科学も神と共にあると考えています。
「彼等が阪神に災いを為しているんだよ」
「迷惑だね」
「本拠地にあるのに阪神に福を与えるんじゃなくてね」
「禍をもたらしているね」
「そうなんだよね」
「魔物は高校野球の時はどっちに力を出すかわからないのに」
 甲子園には魔物がいる、だから何時何がどうなるかわからないのです。それこそ勝っている試合が急に負けに向かうこともあります。
「プロ野球だとね」
「阪神に対してだね」
「殆どの場合向かうんだよね」
 その力がです。
「相手チームに勝利を与えるんだよ」
「ううん、迷惑だよ」
 王子のお言葉にはうんざりとしたものがありました。
「あと高校野球の分の怨念もあって」
「そしてケンタッキーのおじさんもいるから」
「そういったのが全部阪神に向かうんだ」
「そして夏には地獄のロードもあるね」
「何か悪い条件ばかりあるんだね」
「それが困るんだよね」 
 阪神の抱えている問題点だというのです。
「地獄のロードも困るけれど」
「霊的な存在がね」
「一番厄介みたいだね」
「お祓いをしてもね」
 それがちょっとやそっとのお祓いでもです。
「相当なものでもね」
「祓えないんだね」
「それで相性もあってね」
「この三連戦みたいなこともあるんだ」
「やれやれだよ、まあそれでもデイリーはね」
 阪神への愛情に満ちているこの新聞はといいますと。
「いい記事書いているけれどね」
「王子デイリー取ってるんだ」
「うん、家の新聞はそれにしているんだ。八条新聞とね」
 この新聞だというのです。
「阪神についていいことばかり書いてくれているからね」
「何があってもね」
「この三連戦みたいなことがあってもね」
 もう嘆くばかりの惨敗でもです。
「だからね」
「取ってるんだね」
「そうしているよ」
「そうだね、僕も大学でよく読むよ」
「いい新聞だよね」
「阪神ファンの人達が書いているからね」
 その深い愛情で以てです。
「だから面白いんだよ」
「素直な愛情に満ちていて」
「読んでも気持ちがいいんだよ」
「だから毎朝読んでるよ、それで気分よく登校しているけれど」
「今日ばかりはだね」
「やれやれってなったよ」
 如何に陽気な王子でもです、そうなってしまっていた今朝でした。学園は王子だけでなく色々な人が阪神のことを嘆いていました。
 ですが先生はもう気持ちを切り替えていました、それでお昼にお好み焼き定食を食べながら一緒にいる動物の皆に言いました。
「明後日からまた試合だしね」
「遠征でね」
「けれどその遠征で勝つ」
「そうしていくのね」
「うん、そうしていけばいいからね」
 気分を一新させてというのです。
「だからね」
「うん、明後日ね」
「また期待しようね」
「そうして観ようね」
 動物の皆は先生に応えました、皆もお好み焼きを食べています。
「確かにあんまりな三連戦だったけれど」
「ネットじゃ散々言われてるにしても」
「それでもね」
「過ぎたことは忘れて」
「気持ちを切り替えて」
「そうしないとね、まだペナントは続くんだし」
 それでというのです。
「三連戦の敗北に気を取られずには」
「反省するところは反省して」
「そうしてあらためていってね」
「また次の試合に挑む」
「そうしていけばいいわね」
「そういうことだよ、さてお昼を食べたら」
 それからのこともお話する先生でした。
「少し時間があるけれどね」
「よし、じゃあ薔薇園よ」
「薔薇園行きましょう」
「今日もね」
「そうしましょう」
 皆先生にこぞって言いました。
「それで楽しみましょう」
「薔薇園をね」
「先生のお心の薔薇が何かを確かめる為に」
「是非ね」
「あそこに行きましょう」
 こう言うのでした。
「そうしましょう」
「それでいいわよね、先生も」
「食後の運動も兼ねて」
「あちらに行きましょう」
「そうだね、何処に行こうかって思っていたけれど」
 皆がそう言ってくれるならとです、先生は応えました。
「それじゃあね」
「うん、薔薇園にしよう」
「植物園の中のね」
「あそこに行きましょう」
「そうしようね」
 皆は口々に言って先生を薔薇園に行こうと言ってです、食べ終わってトレイを洗い場に持って行くとすぐにでした。
 皆で植物園の薔薇園に向かいました、そして薔薇園に行くとです。
 薔薇達は今日も満開でした、先生よりも動物の皆がその薔薇達を観てそのうえでうっとりとして言いました。
「いいね」
「そうだよね」
「やっぱりここの薔薇はいいね」
「色々な薔薇があってね」
「どの薔薇も奇麗で」
「最高の場所だよね」
「そしてどの薔薇か」
 皆それぞれの薔薇達を観ながらさらにお話をしました。
「先生の心の中にある薔薇は」
「一体どれかしら」
「この目で観てね」
「そうして確かめようね」
 皆の方が真剣になって薔薇達を観るのでした。先生はむしろ静かです。
 そうして薔薇園の中を歩き回って観ますと。
「赤?どうもね」
「情熱の赤はね」
「先生の学問への情熱?」
「それはあるけれど」
「先生が燃える性格かっていうと」
 そうした気質が先生にあるかといいますと。
「ちょっと違うわね」
「うん、どうもね」
「燃える様なものはないわね」
「暖かくはあってもね」
「そうした赤はあるね」
 先生の赤はというのです、そして今度は白薔薇を観ました。
「奇麗なお心ね」
「清純ね」
「先生は確かに清らかね」
「公平な紳士だし」
「とても確かな心の人だから」
「白もあるかも」
 この薔薇もあるのではというのです、そして。
 黒薔薇を観ますと。
「あっ、シックな感じも」
「うん、喪服じゃないけれど」
「先生の落ち着いた紳士さにはね」
「黒も合うわね」
「先生の中には黒もあるのね」
「そうかも」
 こちらの要素もというのです、黒薔薇を観ながら思うのでした。
 そして今度は黄色い薔薇ですが。
「明るい色ね」
「先生は明るい性格だし」
「華やかではないけれどね」
「明るい性格で周りを幸せな気持ちにさせてくれるし」
「知識や教養に基づくアドバイスで」
「それなら黄色もね」
「あるかも」
 その黄色い薔薇達を観て思う皆でした、そして次は紫の薔薇ですが。
「高貴ね」
「先生は高貴なお心だしね」
「そうそう、飾り気がないけれど品性は確かで」
「紳士だしね、何といっても」
「完璧な紳士だから」
「紫もあるかも」
 こちらの要素もというのです、先生にはあるというのです。
 紫の薔薇の次は青薔薇達ですが。
「知的な感じがするけれど」
「先生は知的な人だし」
「他の誰よりも」
「それだとね」
「この薔薇も合うわね」
「青が知的なら」
「先生に相応しいわ」
 まさにというのです、この新しい薔薇達も。
 最後はピンクの薔薇達ですが。
「女性的な色よね、ピンクは」
「どうしても男性の先生には合わない?」
「けれど女性にも紳士で公平な先生だし」
「いつも女性を尊重しているしね」
「女性への配慮は欠かしていないから」
「この薔薇も先生の中にはあるかも」
 ピンクの薔薇達にも思うのでした、こうして薔薇園の中を見回ってからです。動物の皆はあらためてお話をしました。
「一通り観たけれど」
「どの薔薇も先生に相応しい?」
「そう思ったね、どうも」
「どんな色の薔薇もね」
「全部相応しいよ」
「そんな感じがしたわ」
 観てみての感想です。
「どうもね」
「これだってはっきり言えない」
「これは難しいね」
「どの薔薇が相応しいかって思ったら」
「よく観たら一概に言えない」
「そうなったよ」
「これは意外だね」
 実は皆はその薔薇なのか観ればわかると思っていたのです、それがどうにもわかりかねなくなったのです。
 それで、です。皆はまたお話をしました。
「どうなのかしら」
「ここではっきりしたことが言えないなんて」
「どの薔薇が先生に一番相応しいか」
「先生のお心を表しているか」
「果たしてね」
「わからなくなったよ」
 どうにもと言う皆でした、そしてその皆に先生は笑って言うのでした。
「僕の返事はもう決まっているから」
「うん、どんな薔薇でもだね」
「先生はいいのよね」
「そのことを受け入れる」
「そうなのよね」
「そうだよ、皆が決めたことなら」
 それならというのです。
「喜んで受け入れるよ」
「先生はそう言うのね」
「何でもいいって」
「受け入れるって」
「そうだよ、本当にね」
 こう言ってです、本当にこのことについては何も言わない先生でした。そのうえで皆にこう提案したのです。
「さて、これからね」
「これから?」
「これからっていうと」
「もう一周しようか」
 薔薇園をというのです。
「そしてまた薔薇園を観ようね」
「そうしようっていうんだ」
「また薔薇園を観て」
「それで楽しもうっていうのね」
「そうだよ、さっきもよく観たけれど」
 今回もというのです。
「じっくりとね」
「またよく観て回る」
「そうしようっていうんだ」
「どうかな、他の場所に行ってもいいし」
 こちらもお話に出す先生でした。
「薔薇園でそうしてもいいしね」
「ううん、じゃあこっちでいい?」
「薔薇園を観て回っても」
「そうする?」
「そうだね」
 皆は先生のお言葉に応えました、そうしてです。
 皆で先生と一緒にまた薔薇園を一周しました、そのうえで研究室に帰りましたが皆は帰ってから今度はこんなことを言うのでした。
「ずっと薔薇園にいるとね」
「ここまで薔薇の香りがするね」
「僕達に付いた薔薇の香りがね」
「はっきりするよ」
「僕にはわからないけれどね」
 先生の人間のお鼻ではです。
「皆はそうだね」
「うん、やっぱりね」
「僕達のお鼻はいいからね」
「だからなの」
「香りをはっきりと感じるよ」
 研究室に戻ってもというのです。
「かなりね」
「何か二週してよかったかも」
「香りの面からも」
「そうしてもね」
「そうなんだね、それだったらね」
 先生は皆に笑顔でお話しました。
「僕ももう一周しようって言ってよかったよ」
「先生自身は香りを感じなくても」
「僕達が香りを楽しめればいい」
「そう言うんだね」
「そうだよ、皆が楽しんでくれるならね」
 それならというのです。
「僕も嬉しいよ」
「そうそう、そこでそう言うのがね」
「本当に先生らしいよ」
「僕達や他の人達が喜んでくれるのならいい」
「自分がそうでなくてもね」
「それで満足っていうのがね」
 そうしたお考えを持っていることがというのです。
「本当に立派だよ」
「薔薇に相応しいよ」
「先生のお心はあのお花にね」
「相応しいわ」
「そうだといいね、じゃあ僕は講義があるからね」
 午後のそれがというのです。
「行って来るよ」
「頑張ってね」
「講義の方もね」
「そうしてね」
「そうさせてもらうよ」
 こう言って席を立ってです、先生は講義に行きました。そうして次の日曜日ですがこの日はです。
 サラがお家に来ることになっていました、トミーは先生にこのことについてこんなことを言うのでした。
「何かイギリスにいた時よりも」
「日本にいる時の方がね」
「僕達サラさんにお会いしていますね」
「というかサラがよくね」
 あの人の方がというのです。
「来日しているからね」
「はい、お仕事の関係で」
「ご主人と一緒にね」
「八条グループの企業と契約しているので」
「よく招かれるしね」
 その八条グループの人達にです。
「日本にも」
「それで、ですね」
「うん、八条グループの拠点は神戸にあるから」
 先生達が今住んでいるこの街にです。
「だからね」
「余計にですね」
「この家にも来やすいしね」
「よく来てくれて」
「会う機会も多いんだよ」
「大体四ヶ月に一回は会っていますね」
「そうだね」
 大体その割合だというのです。
「うちに来るのは」
「そうなっていますね」
「そう思うとね」
「本当にイギリスにいた時よりも」
「サラに会っているね。ただね」
 こうもお話した先生でした。
「いつも大阪の空港を利用しているんだよね」
「関西新空港ですね」
「神戸の空港はね」
「どうも利用する人が少ないですね」
「うん、ただあそこを自衛隊が使えば」
 どうなるかといいますと。
「自衛隊というか日本の国防にね」
「凄く役に立ちますね」
「そうなると思うよ」
 トミーにこのこともお話するのでした。
「僕はね」
「そうですね、空港はあるだけでも」
「重要になるからね」
「だからですね」
「そう、自衛隊が使うとね」
 その神戸の空港をです。
「いいけれどね」
「自衛隊ですか」
「航空自衛隊なり海上自衛隊がね」
 この組織にいる人達がというのです。
「陸上自衛隊もヘリコプターを沢山持っているしね」
「そういえば自衛隊はヘリコプター多いですね」
「航空機も多いけれどね」
 航空機だけでなくというのです。
「沢山持ってるね」
「それで、ですね」
「うん、あの空港はいざとなればね」
「自衛隊が使ってもいいんですね」
「そうすればかなりよくなるよ」
「そうですね、関西も守れますし」
 トミーも頷くことでした。
「今はあまり使われていなくても」
「いい使い道はあるよ」
 先生はトミーにこうしたお話もしました、そうしてサラが来た時の準備を整えていました。そうしてでした。 
 サラはまたお仕事の関係でイギリスから日本まで来てご主人と一緒にお仕事を済ませてから先生のお家に来ました。
 そしてまずです、先生のお家の今に入ってこんなことを言いました。
「何度来ても日本らしいって思うわ」
「このお家はだね」
「ええ、畳が敷かれていてね」
 その畳の上の座布団の上に座って先生にお話します。
「それでちゃぶ台があってお茶もね」
「日本のお茶でだね」
「ええ、兄さんもすっかりね」
「日本に入っているかな」
「物凄く馴染んでるわ」
 今は作務衣を着ている先生を見て答えました。
「今の服だってね」
「作務衣を着てもだね」
「凄く似合ってるわ」
 そうだというのです。
「着こなしているわね」
「動きやすいし夏は快適でいい服だよ」
「そうなのね」
「あと夏は浴衣もいいしね」
「冬はどてらって服着てたわね」
「あれもいいものだよ」
 先生はサラに一緒にお茶を飲みながら答えました。
「冬はあの服だね」
「そうなのね」
「うん、それでだね」
「ええ、今日も顔見世に来たわ」 
 それでこのお家まで来たというのです。
「そうさせてもらったわ」
「元気そうだね」
「お陰様でね、うちの人も子供達も元気よ」
「それは何よりだよ」
「会社も堅実な調子だし」
「そのこともよかったね」
「ええ、兄さんも元気そうね」
 サラは血色のいいお顔でにこにことしている先生を見て微笑んで言いました。
「何よりよ」
「うん、見ての通り元気だよ」
「身体何処も壊してないのね」
「健康診断では健康そのものだったよ」
「それはいいことね」
「最近はよく植物園の薔薇園を観ているしね」
「あら、またお花に凝ってるの」
 サラはお兄さんの今のお言葉にこう返しました。
「兄さん何度かお花の研究に没頭してきたけれど」
「僕は植物学者でもあるからね」
「それで論文も書いて博士号も持ってるしね」
「それで凝ってるって言ったんだね」
「そうよ、じゃあ今度は薔薇の論文書くの」
「いや、論文は別の分野のものを書いているよ」
 今はそうしているというのです。
「物理についてのね」
「物理なの」
「そうだよ」
「私物理はいいわ」
 こちらの学問と聞いてすぐに暗いお顔になったサラでした、声にもそうしたものがはっきりと出ています。
「苦手だから」
「サラは昔から理系は苦手だね」
「ええ、だから物理とか数学はね」
 こうした分野はというのです。
「いいわ」
「そうなんだね」
「別にね、それでお話を戻すけれど」
「うん、薔薇のことだね」
「学問として凝ってはいないのね」 
 先生のこれまでのことからこう考えるのでした。
「今回は」
「ちょっと植物園の薔薇園の虫退治の相談を受けてからね」
「それからなの」
「うん、舞台の相談を受けて薔薇を使ってはどうかとか薔薇にまつわるお話をしていて」
「それで今は薔薇に凝ってるのね」
「凝ってるっていうか縁が深いね」
 そうなっていることをです、先生は妹さんにお話しました。
「今は」
「そういうことなのね」
「そうなんだ」
「その辺りの事情はわかったわ」
 サラはトミーがそっと出してくれたお煎餅を食べました、サラにとってお煎餅は日本のクッキーやビスケットといった食べものです。
「縁が出来ているのね」
「今はそうなんだ」
「そうなのね」
「それで今はね」
 さらにお話する先生でした。
「もう一つあるよ」
「もう一つっていうと」
「うん、最近皆僕の心に薔薇があるって言うんだ」
「兄さんの心に」
「そうなんだ。けれどどの薔薇かっていうと」
 それはというのです。
「はっきりわからないんだ、薔薇園に行ってもね」
「兄さんの心にある薔薇はどの薔薇かは」
「赤薔薇か白薔薇かね」
「薔薇といっても色々よね」
「それでね」
 その為にというのです。
「果たして僕の心にある薔薇はどんな薔薇かってなっているんだ」
「兄さん自身はどう思ってるの?」
 サラは先生ご自身に尋ねました。
「どの薔薇が自分に一番相応しいとか似合ってるとか思ってるのかしら」
「それは考えていないよ」 
 先生はサラにこう答えました。
「僕自身はね」
「そうなの」
「うん、実はどの薔薇でもね」
「兄さんはいいっていうのね」
「赤薔薇でも白薔薇でもね」
「どんな薔薇でもいいのね」
「そう思ってるよ」
 先生もお煎餅を食べています、そうしつつサラにまた答えるのでした。
「僕としてはね、それでね」
「私はどう思うかなのね」
「うん、サラはどう思うかな」
 妹さんのお顔をじっと見て尋ねました。
「僕はどの薔薇なのかな」
「薔薇園じゃないの?」
 サラはお兄さんの質問に即座に答えました。
「兄さんは」
「薔薇園って?」
「だから。薔薇園なのよ」
 こう言うのでした。
「兄さんは」
「それはどういうことかな」
「どういうことかって。兄さんはいい面が沢山あるし」
 まずは先生のこうしたことをお話するのでした。
「温厚で公平で寛容で気長でね。礼儀正しい紳士だし」
「そうした長所があるからなんだ」
「真面目で努力家でね。まあ鈍感過ぎてスポーツは全然駄目で自信はないけれど」
「その三つは僕の欠点だね」
「あと博愛主義でもあるから」
 このことも先生の長所だというのです。
「絶対に怒らない人だしね」
「それは気長と似ているけれどね」
「もっといいでしょ。とにかくね」
「僕は長所が一杯あるからなんだ」
「そして寛容さでね」
 この長所でもというのです。
「誰でも何でも受け入れてるわね」
「動物の皆もかな」
「ええ。昔から人種や宗教や職業、そして階級にも捉われていないわね」
 欧州では難しいことみたいです、宗教対立や階級対立が長い間続いてきた地域であっただけにです。
「何でも受け入れる寛容さもあるから」
「僕は薔薇園なんだ」
「ええ、広くてあらゆる薔薇が咲き誇っているね」
「そう言われるとは思っていなかったよ」
 先生も驚くことでした、サラのそのお言葉には。
「薔薇園なんてね」
「私はそう思うわ。兄さんはとても素晴らしいものを一杯持っていてね」
「いいものなら何でも受け入れるからなんだ」
「薔薇なら薔薇園よ。後はね」
「後は?」
「薔薇園を愛してくれる女の人だけね」
 このことはくすりと笑って言うサラでした。
「トミーや王子、動物の皆に私が世話はするけれど」
「ははは、女の人だね」
「結婚してくれてね」
「それだけはないね」
 ここでも笑って言う先生でした。
「僕の場合はね」
「またそう言うんだから」
「このことは自信がないんじゃなくてね」
「はっきりわかっているっていうのね」
「そうだよ。僕はもてたことはないし」
「今もそうで」
「これからもだからね」
 女性とは全く縁がないというのです。
「それはないよ」
「やれやれね。けれどね」
「けれど?」
「兄さんの短所の一つね」
「自信がないことかな、けれどね」
「違うわよ」
 これは事実だと言おうとしたお兄さんに先に言いました。
「あることについての事実誤認よ」
「あることについて?」
「ここまでのお話で結構ヒント出してるわよ」
「そうかな」
「そうよ。薔薇園を愛さない人はいないわよ」
 このことを言うサラでした。
「そして女の人なら余計によ」
「そんなものかな」
「言っておくわよ。私学生時代数えきれない程兄さんに紹介してって言われたのよ」
「女の人から?」
「そんなことがどれだけあったか」
 先生のお心の素晴らしさに参ってしまってです、そうした人が実は昔からかなり多かったみたいです。
「わからない位だったのよ」
「それは作り話だね」
「やれやれ、そこでそう言うのがね」
「そう言うのが?」
「兄さんの事実誤認よ」
「そうなのかな」
「そうよ。そんなのだったら」
 それこそというのです。
「私もまだまだ気苦労が必要みたいね」
「だから結婚とかは僕には縁がないからね」
 まだこう言う先生でした、ですが。
 サラはそれでも先生に言うのでした、事実誤認だと。そうしたお話もしながら先生と楽しい時間を過ごしてから帰国したのでした。
 その翌日先生はこの日も薔薇園に皆と一緒に行きました、そしてそこにある薔薇達を観ながら皆に言いました。
「僕は薔薇園なのかな」
「言われてみればそう?」
「そうよね」
「先生のお心にある薔薇は何かっていうと」
「これと言って一つに言えなくて」
「だったらね」
「先生は薔薇園だね」
「色々な薔薇が咲き誇っている」
「広いそこだよ」
 それが先生だというのです。
「本当にね」
「そうなるわね」
「サラさんの言う通りだよ」
「いいものを一杯持っていてしかも凄く心が広いから」
「先生は薔薇園だよ」
「いや、考えてみたらね」
 トートーが言ってきました。
「先生みたいな器の大きい人が一つの薔薇で言い表せるか」
「無理なお話だったね」
 ジップも言います。
「いいものも一杯持っているから」
「そう考えていくと」
 ガブガブが続きました。
「先生は薔薇園になるね」
「赤薔薇とか白薔薇とか決められないね」
「先生みたいな人は」
 チープサイドの家族も言うのでした。
「もう薔薇っていうと」
「とても広くて沢山の種類の薔薇がある薔薇園だよ」
「そしていつも咲き誇っている」
 ポリネシアは先生を見て言いました。
「そんな素敵な薔薇園ね」
「そうそう、凄く奇麗な薔薇園だよ」
 ホワイティは先生の薔薇園はそれだと言い切りました。
「これ以上はないね」
「そんな薔薇園だね、棘もなくて」
 老馬は薔薇に付きもののこれのお話をしました。
「絡む蔦もなくて」
「今僕達が観ている薔薇よりもいい薔薇だね」
「先生のお心の薔薇はね」
 オシツオサレツも二つの頭でお話します。
「本当にね」
「そんな薔薇だね」
「サラさんはよくわかっているわね」
 ダブダブはしみじみとして昨日のサラのお話を思い出していました。
「流石妹さんね」
「全くだよ」
「流石サラさん、妹さんね」
「ずっと先生と一緒にいたから」
「子供の頃からね」 
 今はずっと動物の皆が先生と一緒にいます、家族ですがその皆よりも前に先生と一緒にいた人だからというのです。
「それだけにね」
「よくわかってるね」
「むしろ僕達よりもわかってる?」
「そうかもね」
「私達先生のことはよくわかってるつもりだったけれど」
「サラさんの方がだったかもね」
「うん、サラは本当に僕のことがわかっているよ」
 実際にとです、先生ご自身も答えました。
「子供の頃からね」
「そうよね」
「本当に何もかもがね」
「よくわかっているわね」
「子供の頃から一緒だっただけに」
 結婚してお家を出てもよく会いに来てくれています、絆は深く強いのです。それで皆も言うのでした。
「それだからこそね」
「ああ言えるのね」
「先生は薔薇園だって」
「そのお心を薔薇に例えたら」
「そうだろうね、しかし僕は薔薇園で」
 さらに言う先生でした。
「皆が愛してくれて女性もと言ってたけれど」
「サラさんはね」
「はっきり言っていたね」
「僕達もしっかり聞いたから」
「よく覚えてるよ」
 皆このことについてもこぞって先生に言いました。
「その通りだよ」
「僕達皆先生大好きだし」
「トミーだって王子だってサラさんだって」
「そして学園の職員さん達や学生さん達も」
「先生嫌いな人はまずいないわよ」
 そのお人柄故にというのです。
「それこそね」
「嫌いになれる筈ないじゃない」
「他の人に意地悪とか絶対にしないし」
「悪意自体持たないから」
 妬んだりひがんだり恨みに思うこともありません、そうした感情も人はあることを理解していても先生ご自身にはないのです。
「陰湿だったり卑劣だったりもしないし」
「執念深さとも無縁だし」
「凄くいい人だから」
「誰も嫌わないのよ」
「それだったら」
 そうした人ならというのです。
「女の人だってよ」
「好きになるのよ」
「薔薇を愛さない人はいないってサラさん言ったけれど」
「実際に女の人ならよ」
「余計にそうよ」
「好きにならない筈ないから」
「愛さない筈がないから」
 絶対にというのです、皆も
「だからね」
「それならいいわね」
「事実をよく見極めるの」
「先生自身のそれをね」
「これは自信とかじゃないから」
「断じて違うから」
 言葉に熱さえ込めて言う皆でした。
「だからね」
「先生はもっと事実を見極めるの」
「そうすればわかるから」
「先生が実はどうなのか」
「そのことがね」
「そうかな。僕みたいにもてない人はいないよ」 
 本当に現実がわかっていない先生です、それもこうしたことだけは。
「女性に縁なしでこれまで生きてきたしね」
「だから皆違うって言ってるのに」
「本当にやれやれね」
「これじゃあ僕達も本当にね」
「まだまだ苦労が必要ね」
「このことに関しては」
 今はお手上げとなった皆でした、ですがそうしたお話の後で先生は皆にこうしたことも言ったのでした。
「まあとにかくね」
「とにかく?」
「とにかくっていうと?」
「うん、少し喉が渇いたからね」
 だからというのです。
「お茶を飲もうかな」
「ああ、お茶ね」
「喉が渇いたから」
「それをっていうのね」
「そうしようかな、丁度十時だし」
 午前のティータイムの時間もあってというのです。
「それじゃあね」
「ええ、ティータイムにしましょう」
「じゃあ研究室に帰りましょう」
「そうしましょう」
「いや、ここでね」
 この薔薇園でというのです。
「ティータイムはどうかな」
「ここでなんだ」
「薔薇達を観ながら」
「そうしたいんだ」
「どうかな」
 こう皆に尋ねました。
「ローズティーと薔薇のお菓子でね」
「いいね、じゃあね」
「ここで注文してね」
「それで飲もう」
「お菓子も食べよう」
 ティーセットのそれをです。
「先生いい提案したね」
「ここで飲んでもいいね」
「じゃあお茶を注文して」
「ローズティーをね」
「薔薇のお菓子も頼んで」
「それで皆で食べましょう」
「そうしようね、いや薔薇はいいね」
 またこう言った先生でした。
「何時見ても素敵なお花だよ」
「最近薔薇で色々なお話があったけれど」
「どれもいい思い出だしね」
「虫退治のことも舞台のことも」
「それでその他の色々のお話もね」
「そうだね、あとこういうものもあるよ」
 先生は胸のポケットからあるものを取り出して皆に見せました、それは一体何であったかといいますと。
 小さな瓶の中に薔薇の花がありました、ですがその薔薇は。
「あれっ、砂?」
「砂の薔薇!?」
「砂で造った薔薇なの」
「そんな薔薇もあるんだ」
「自然の中でこうしたものが出来る時もあるんだ」
 砂粒達が固まってというのです。
「昔エジプトに行った時に貰ったんだ」
「そうだったんだ」
「そういえば先生エジプトにも何度か行ってるけれど」
「あそこで貰ったんだね」
「その薔薇を」
「そうだよ、とても素敵だよね」
 先生もその薔薇を観つつにこにことしています。
「こちらの薔薇も」
「そうだね」
「これは奇跡の薔薇だね」
「薔薇の騎士の銀の薔薇もいいと思うけれど」
「こっちの薔薇もいいわね」
「とれも奇麗よ」
「じゃあこの薔薇も観ながらね」
 薔薇園の薔薇達だけでなく、というのです。
「皆で今からね」
「うん、ティータイムね」
「そちらでも薔薇を楽しみましょう」
「薔薇のお茶に薔薇のお菓子」
「それをね」
「さて、お菓子は何にしようかな」
 砂の薔薇を観つつさらに言う先生でした。
「一体」
「薔薇のケーキに薔薇のエクレア?」
「あと薔薇のスコーン」
「そういうのかしら」
「そうだね、それを三段にしてね」
 皆のお話を聞いて言う先生でした。
「注文しようか」
「それは変わらないね」
「先生なら」
「もう絶対だね」
「そう、十時と三時はティータイムでね」
 そしてというのです。
「そしてティーセットはね」
「三段だね」
「それはもう先生のこだわりで」
「変わることがない」
「そうしたものだよね」
「そう、このことは絶対だから」
 それでと言う先生でした。
「全部注文しようね」
「うん、じゃあね」
「今から注文しましょう」
「喫茶コーナーでね」
 皆も先生の提案に笑顔で頷きました、そうしてです。
 実際に皆で喫茶コーナーでローズティーと薔薇のお菓子のティーセットを注文しました。そうして皆で薔薇達を観つつお茶の時間を楽しむのでした。それはとても心地いいものでした。


ドリトル先生と奇麗な薔薇園   完


                    2018・5・11








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