『ドリトル先生と春の花達』




           第六幕  須磨の海

 王子はこの朝まずは先生のお家にキャンピングカーで行ってそのうえでこう先生に言いました。
「どうせならね」
「どうせならって?」
「そう、二人で行ったら?」 
 こう言うのでした、どうにかというお顔で。
「日笠さんに誘われてるんだよね」
「そうだよ、今日は」
「だったらね」
「日笠さんと二人でなんだ」
「行ったらどうかな」
 こうアドバイスするのでした。
「本当に」
「いや、それはね」
「よくないっていうんだね」
「そうだよ、やっぱりね」
 先生は王子に微笑んで言うのでした。
「お誘いを受けたのならね」
「いやいや、王子も和歌会に参加するし」
「そういえばトミーもだね」
「だからね」
 それ故にというのです。
「皆も、って思ってね」
「やれやれだね、けれどね」
「けれど?」
「それが先生だからね」
 笑みを浮かべてです、王子は先生にこうも言いました。その笑顔はとても暖かいものでした。
「先生のいいところだよ」
「そう言ってくれるんだ」
「そうだよ、先生らしいよ」
 また言うのでした。
「それもまたね、まあ海じゃね」
「うん、皆で観てね」
「違うよ、僕達は僕達で何とかするから」
 だからだというのです。
「先生は日笠さんと二人でね」
「海をだね」
「うん、観たらいいよ」
「じゃあ王子達は」
「だから僕達は僕達で観ているから」
「それじゃあ」
「うん、宜しくね」
 こうお話してでした、そのうえで。
 先生もトミーも動物の皆も乗せたうえで日笠さんのお家に向かいました、そのキャンピングカーの中でトミーも言います。
「先生は前に出るべきですよ」
「前に?」
「そうです、前にです」
 まさにというのです。
「とんどん」
「前に出てなんだ」
「そうしたらです」
 まさにというのです。
「もっと幸せになれますよ」
「幸せに」
「そうです、今以上に」
 まさにというのです。
「ですからどんどん積極的にいったらどうですか?」
「何について積極的にかな」
「そう言われますと」
 トミーも返答に困って苦笑いになります。
「困りますけれど」
「そうなんだ」
「そうです、けれど」
 トミーは先生に言葉を選びつつお話します。
「先生ならもっと幸せになっていいですから」
「これ以上はない位に幸せなのに」
「それは先生がそう思われているだけで」
「もっとだね」
「はい、幸せになれます」
「そうなのかな」
「そうです、もっと幸せになれますから」
 だからだというのです。
「どんどん前にです」
「進むべきなんだ」
「そう思います」
「何かよく皆に言われるけれどね」
「そうですよね」
「さっき王子にも言われたし」
 朝御飯のトーストを食べている王子を見ての言葉です、王子だけでなく勿論動物の皆も一緒です。
「皆にも言われるし」
「そうでしょうね」
「前に進んだらとかよく言われるよ」
「サラさんも言われますしね」
「サラが言うのは結婚だよ」
 先生は笑ってサラのこともお話しました。
「日本に来たらいつも言ってるね」
「ですからそれがですよ」
「それが?」
「ううん、何て言えばいいのか」
 先生のあまりにも鈍感さんに苦笑いのままのトミーでした。
「まああれです、青い鳥は傍にありますね」
「自分達のお家にあったね」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「先生もですよ」
「幸せはすぐ傍にある」
「そうです、そのことは覚えておいて下さい」
「うん、わかったよ」
 このことはわかる先生でした、それもよく。
「忘れないよ」
「本当に頼みますよ」
「さて、後はね」
 王子は朝御飯を食べたところで言いました。
「日笠さんのお家だね」
「もうすぐよね」
「そうよね」
「日笠さんのお家は」
「あそこへの到着は」
「うん、すぐ近くだからね」
 先生のお家からです。
「すぐだよ」
「それじゃあだね」
「日笠さんのお家に行って」
「そしてだね」
「須磨の海に行くんだね」
「そうするんだね」
「そうだよ、じゃあ皆は皆で」
 そしてというのです。
「僕とトミーとそれに爺やと一緒にいて」
「執事さんと」
「そうしてだね」
「お二人はお二人でね」
 仲良くとお話してです、そうしてでした。
 先生達は日笠さんのお家に行ってそこで日笠さんをお迎えしてでした、そのうえで須磨の海に行きました。
 その須磨の海を見てです、王子は先生に言いました。
「いい海だね」
「うん、澄んでいてね」
「この海を源氏の君は観ていたんだね」
「そうだよね」
「この海を見て」 
 ここで言ったのはダブダブでした。
「源氏の君は都や想い人のことも考えていたのね」
「そうだろうね」
 ジップはダブダブのその言葉に頷きました。
「流されても色々とね」
「憂うからこそ余計に思って?」
 ポリネシアも源氏の君を思います。
「さらに憂いていったのね」
「何か憂いって柄じゃないね」
 チーチーは明るいことが大好きなのでこう思うのでした。
「ブルーな考えばかりするのはよくないよ」
「そうそう、先生も言ってるしね」
「暗くなる時は本とか読んだり楽しいドラマを観る方がいいって」
 チープサイドの家族も言います。
「暗くなるより明るくなるべき」
「そうだってね」
「実際その方がいいよね」
 ガブガブも言います。
「暗くなるよりは」
「何か源氏の君は暗くなりやすい?」
 こう言ったのはガブガブでした。
「先生のお話を聞いてると物語全体でね」
「あっ、そんな感じするね」
 老馬も先生のお言葉を思い出して言いました。
「想い人のこととかで」
「美男子で家柄もよくて芸術家で政治力もあって」
「しかも人望もあるのにね」
 女性を魅了するだけでないとです、最後にオシツオサレツが言いました。
「それでもね」
「憂いてる時多いね」
「うん、仏教の無常感が強い作品だからね」 
 先生は皆にどうして源氏の君がそうしたお考えなのかとお話しました。
「だからだよ」
「憂うことが多いんだ」
「凄く華やかであっても」
「それでもなのね」
「そうだよ、あの人はね」
 本当にというのです。
「栄華の中でも憂いを感じているんだ、そしてね」
「それがまたなのね」
「作品の魅力なのね」
「そして源氏の君の魅力でもある」
「そうなのね」
「そうだよ、これまた日本人独特の考えで」
 昔からのというのです。
「所詮栄華は一時のものでね」
「必ず終わる」
「そして後には無常がある」
「世の中はそうしたものね」
「そうしたおお考えなのね」
「そうだよ。あの考えがね」
 まさにというのです。
「栄華を絶対と考えずそこから身を慎むんだ」
「ううん、その考えが凄いね」
「どんな富も権勢も絶対ではない」
「もうそのことをわかっていて」
「驕らずにだね」
「身を慎んでいるんだね」
「平家物語もそうだしね」
 軍記もののこちらの作品もです。
「無常感があって富も権勢も絶対じゃない」
「そう考えてだね」
「いつも身を慎んでいる」
「それが日本人だね」
「うん、奇麗な海を観ていても」
 春の須磨の海はとても青く澄んでいます、まだ淡い青空の下に優しいコバルトブルーの海は静かに流れています。
 その銀の輝きも含んだ青い海を白い砂浜から見てです、先生はこうも言いました。
「それも時を経て変わるしね」
「夏は夏の海」
「そして秋も冬も違う」
「時と共に変わっていって」
「別のものみたいにもなるんだ」
「そうしたこともわかっているんだ」
 日本人はというのです。
「その深さがとても奇麗だね」
「そうだね、じゃあその奇麗さをね」
「先生は日笠さんと味わってね」
「僕達はトミーや王子と一緒にいるから」
「海を観ているよ」
「どうして一緒にいないのかな」
 先生はこのことがわからず皆に首を傾げさせて聞きました。
「一体」
「いや、それはね」
「今は言わないからね」
「先生達で宜しくね」
「お二人でね」
「よくわからないけれどそうさせてもらうよ」
 皆の考えがというのです。
「日笠さんとね」
「うん、是非ね」
「そうしてね」
「まあ一緒にいればそれだけで違うから」
「別々にいるよりずっといいから」
「頑張ってね」
「何を頑張るかはわらないけれど」
 それでもというのです。
「じゃあね」
「そういうことでね」
「日笠さんとお二人でね」
「楽しい時間を過ごしてね」
「そうさせえもらうよ」
 こうお話してでした、そのうえで。 
 王子達の方から別の場所に行って先生と日笠さんだけとなりました。すると日笠さんは先生に言ってきました。
「あの、今日は」
「はい、お誘いして頂き有り難うございます」
「来て頂いて」
 笑顔で言う日笠さんでした。
「嬉しいです」
「そうなのですか」
「とても、それでなのですが」
 日笠さんは頬を赤くさせつつ言っていきます。
「この海ですが」
「いい海ですね」
「和歌のインスピレーションもですね」
「はい、得られますね」
「そう思いまして」
 お誘いをかけたというのです、ですが日笠さんの目的はそれだけではありません。だからこそ先生にこうも言いました。
「お誘いをかけましたが。ただ」
「ただ?」
「この海はです」
 その須磨の海についてさらにお話するのでした。
「先程先生もお話されていましたが」
「動物の皆とですね」
「源氏物語の舞台の一つでして」
「源氏の君も観ていた海ですね」
「物語のことですか、ただ」
 それでもというのです。
「ロマンがある場所であることは事実ですね」
「そうですね」
「先生はロマンはお好きですか?」
「ロマンが好きでないと文学の面白みはです」
 源氏物語もというのです。
「かなり減るかと」
「そうですよね」
「恋愛は人の心を素晴らしくもさせますし」
「文学もですね」
「華やかにもします」
 そうしたものだというのです。
「僕もそう思います」
「そうですか」
「はい、ただ」
「ただ?」
「僕には残念ですが」
 このことは苦笑いの先生でした。
「全く縁がないですね」
「ロマンは」
「恋愛のそれは、昔からです」
「源氏物語の様なものは」
「とんと縁がありません」
 そうしたものだというのです。
「子供の頃から」
「そう思われていますか」
「はい、そうです」
 まさにというのです。
「僕はこの外見でスポーツも全く駄目なので」
「昔からもてないと」
「もてたことは一度もないですよ」
 全くとです、先生は確信しているのでした。
「それこそ」
「果たしてそうなのか」
「違うと」
「思われたことは」
「いえいえ、見ればわかりますから」
 周りの女の人達をというのです。
「もてたことはないです」
「一度も」
「ラブレターや義理のプレゼントを頂いてはいます」
 そうしたものはです、先生にしましても。
「ですがそれ以外のものは」
「頂いたことはないと」
「はい、悪戯らしきもの位しか」
 先生ご自身ではこう思っています。
「そうしたものです」
「確かに先生は源氏の君ではないです」 
 先生は先生です、このことはもう絶対のことです。
「ですが先生を嫌う人は少ない筈です」
「はい、幸い嫌われたことはです」
「ないですね」
「このことが本当に有り難いです」
 先生はこのことも幸せに感じています、大抵の人は嫌われるよりも好かれる方がいいのです。
「神に感謝しています」
「では、です」
「では?」
「この海にまた行かれたいのなら」
 それならというのです。
「お話して下さい」
「そしてですね」
「はい、ご一緒に」
 こうお誘いをかけるのでした。
「そうされて下さい」
「わかりました、それでは」
「その時は」
「二人でお願いします」
「私達だけで」
「どういう訳かわからないですが」
 実際に何一つわかっていない先生です、本当にこうしたことには極端に鈍くて自己認識も全く出来ていません。
「皆に言われまして」
「トミー君と王子に、それに」
「はい、動物の皆にも言われまして」
 家族か家族も同然の親しい人達にです。
「ですから」
「皆さんに感謝しないといけないですね」 
 日笠さんは実際に心から感謝して言いました。
「本当に」
「とにかく皆行ってきまして」
「それで、ですね」
「そうしないといけない様なので」
 それがどうしてかはわかりませんが。
「では」
「はい、それでは」
「ご一緒に」 
 またこの須磨の海に来る時はというのです。
「そうしましょう」
「それでは」
「では今はです」
「はい、この海をですね」
「観ましょう」
 二人でというのです。
「このまま」
「それでは」
 二人で笑顔でお話をしてでした、静かで清らかな春の海を観るのでした。そうしてお昼になるとです。 
 王子がお弁当を出してくれました、そのお弁当はといいますと。
「重箱?」
「これにしたんだ」
 こう先生に答えます、見れば。
 それぞれの段にお握りやおかずが整然と並べて入れられています、先生はそのお弁当を見て言いました。
「これは豪勢だね」
「シェフに作ってもらったんだ」
 王子もこう応えます。
「皆で食べる為にね」
「そうなんだね」
「和風でね」
「うん、お握りに」
 米俵型で海苔に包まれています。
「それにおかずもね」
「から揚げに海老フライ、たまご焼き、ほうれん草のお浸しにプチトマトに蒟蒻の煮付けにね」
 それにでした。
「デザートは苺やオレンジ、バナナだよ」
「それも段に入れてるね」
「そうだよ、ただね」
「ただ?」
「これは僕とトミーと動物の皆の分でね」 
 先生ににこりと笑って言うのでした。
「先生はね」
「僕は?」
「あの」
 ここで日笠さんが先生に声をかけてきました。
「お弁当でしたら」
「まさか」
「はい、先生の分も作ってきました」
 日笠さんがというのです。
「そうしてきました」
「それじゃあ」
「はい、宜しければ」
 先生におずおずと言います。
「どうぞ」
「ではお言葉に甘えまして」
「はい、どうぞ」
 先生にとても大きなお弁当を渡してくれました、そちらもお握りでおかずはハンバーグやゆで卵、サラダや林檎でした。
 そのお弁当を食べてです、先生は笑顔で言いました。
「美味しいです」
「そうですか」
「はい、とても」
 量は違いますが同じお弁当を食べている日笠さんにお話します。
「量も多いですしね」
「先生は大柄なので」
 だからというのです。
「量も考えました」
「そうでしたか」
「はい」
 そうだというのです。
「そうさせてもらいました」
「それは何よりです」
「たっぷりお召し上がり下さい」 
 日笠さんは先生ににこりと笑って言いました。
「それだけの量はあると思います」
「はい、これだけあれば」
 まさにというのです。
「お腹一杯です」
「それは何よりです」
「はい、そしてお弁当ですが」
 今食べているそれはといいますと。
「お握りがいいですね」
「お握りお好きですか?」
「大好きです」
 実際にというのです。
「日本に来てからそうなりました」
「日本人はやっぱりこうした時はです」
 お外に出た時はというのです。
「お握りです」
「そうですよね」
「それでそのお握りをですか」
「はい、好きになりまして」
 そしてというのです。
「今もです」
「楽しまれていますか」
「この通りです」
 右手にお握りを持ってお口の中に淹れて楽しく食べつつ言います。
「美味しく」
「ではお腹一杯です」
「いただきます」
 こうした和やかなお話もしてです、先生は日笠さんが作ってくれたお弁当を楽しみました。そしてです。
 先生はお昼を食べてからあらためて海を観て言うのでした。
「こうした海を観て」
「そうしてですね」
「和歌を作ることは」 
 日笠さんに応えて言うのでした。
「素晴らしいことですね」
「花鳥風月の全てをです」
「自然のですね」
「それを謡うものでして」
 和歌はというのです。
「季節のお花だけでなくです」
「海や川もですね」
「謡います」
 和歌はというのです。
「そうします」
「そうしたものですね」
「花鳥風月と恋愛をです」
「恋愛も重要な要素ですよね」
「和歌には」
「自然と恋愛を共に詠う」
 先生は目を細めさせて日笠さんにお話していきます。
「それが詩であり」
「和歌も然りですね」
「和歌はその融合が特に素晴らしいですね」
「自然と恋愛の」
「その融和がです」
 まさにというのです。
「素晴らしいですね」
「そう言って頂けますか」
「学べば学ぶ程」
「そのことを感じられますか」
「そうなっています、短い詩ですが」
 和歌はというのです。
「その短い中にですね」
「自然と恋愛をです」
「凝縮してですね」
「詠っています」 
 それが和歌だというのです。
「そしてこの須磨の海も」
「和歌に相応しい場所の一つですね」
「源氏物語の舞台なので。ただ」
「ただ?」
「関西は他にも和歌の舞台が多いです」
「奈良や京都ですね」
 すぐにです、先生は日笠さんに答えました。
「源氏物語の主な舞台は何といっても京都ですし」
「そこでもよく詠われています」
 和歌がです。
「紫式部は素晴らしい歌人でもありましたし」
「和歌も詠っていて」
「はい、素晴らしい学識と繊細な感受性を持っていましたので」
 文才に加えてです。
「作中多くの和歌も詠っています」
「それで都を舞台にしている時も」
「和歌がよく出ます」
 そうだというのです。
「そして他の人の和歌もです」
「よくですね」
「詠われています」 
 都を舞台として、です。
「そして奈良も」
「万葉集の頃からですね」
「大和三山等も」
「畝傍山、香具山、耳成山ですね」
「香具山は有名ですね」
「はい、あの山もまた」
「万葉集にも出てです」 
 和歌のはじまりと言っていい歌集です。
「詠われています」
「奈良や京都は本当に多いですね」
「そこを謡った和歌が」
「ではそうした場所に行けば」
「和歌の勉強にもなります」
「では今度行けば」
 奈良か京都にというのです。
「その時は」
「和歌もです」
「学ばせて頂きます」
「そうされて下さい」
「些細な自然の中の美も見い出し」
 そしてと言う先生でした。
「恋愛もそこに入れて詠える」
「そのことがですか」
「素晴らしいです、日本人の感性は」
「昔の日本人ですが」
「いえいえ、今も皇室の方々を中心に詠われていますね」 
 その和歌をというのです。
「武士の人達も詠っていて明治や昭和でも」
「その頃でも」
「詠われていますし」
「そして今もですか」
「千数百の間詠われているのは」
 まさにというのです。
「素晴らしいことです」
「今もというのはですか」
「非常に」
 先生は日笠さんに笑顔でお話しました。
「イギリスの歴史と同じ位ですから」
「そこまで古いですか」
「アーサー王の頃にはですから」
 五世紀位にはというのです。
「万葉集にはその頃の和歌が収められていますね」
「雄略帝の歌ですか」
「そうだったかと、少なくとも七世紀の歌が収められていますね」
「額田王や天智帝の」
「そうした歌も観ますと」
「長い歴史ですか」
「そう思います」
 こう言うのでした。
「長く美しい歴史ですね」
「そう言って頂いて何よりです」
「詩が深く心にあることは」
 和歌、それがです。
「素晴らしいいことです」
「そして先生もですね」
「その日本の心を楽しませて頂きます」
「それは何よりです」
 日笠さんは先生ににこりと笑って応えました、この日はこうして須磨の海を楽しく観ていました。
 そうしてお家に帰ってからです、先生は言うのでした。
「いや、今日はよかったね」
「うん、僕達もそう思うよ」
「今日はかなり進展があったからね」
「ベストじゃない?」
「今日のこの調子でいけばね」
「先生の春も来るよ」
「やがてはね」
「いやいや、僕の青春はもう終わってるよ」
 春と聞いてそちらと思う先生でした、それで皆にも言うのです。
「大学院を出た時にね」
「まあそうだけれどね」
「青春時代はね」
「先生の清酒時代って本ばかりだったみたいだけれど」
「学問ばかりで」
「今と変わらないね」
 先生の青春時代はというのです。
「それはね、けれどね」
「いいものだったんだよね」
「決して悪い青春時代じゃなかった」
「そうだったんだね」
「学問に励めて友達も多かったし」
 だからだというのです。
「とてもね」
「楽しかったんだね」
「いい青春時代だったんだね」
「本当に」
「そうだったよ」
 こう言うのでした、ですが。
 皆の思うところは違います、それで言っているのです。
「まあ僕達の言う春は違うけれどね」
「そうした青春じゃなくて」
「もっと違うんだ」
「そうした春じゃないよ」
「ただ先生ってね」
 ジップが先生に言ってきました。
「恋愛には縁がないと思っていても研究をするんだね」
「あっ、そうだよね」
 チーチーも言います。
「文学のそれの研究もしてるし」
「小説や詩に書かれてるそれを細かく研究して論文も書いてて」
 ホワイティが見てもそうです。
「評価されてるんだね」
「つまり先生は恋愛にも詳しい」
 老馬ははっきりと言いました。
「それは確かだね」
「ただそれは学者さんとしてで」
「実践はないんだね」
 オシツオサレツはこのことを指摘しました。
「つまりはね」
「そうしたことだね」
「つまり学問としての恋愛だね」
 ガブガブもこう看破しました。
「先生の恋愛は」
「自分には縁がないと思ってるからね」
 トートーはこのことが残念でした。
「あくまで見てのことなんだね」
「和歌の恋愛もそうよね」
 ダブダブも言います。
「結局は」
「何というかね」
「学問としての恋愛っていうのは」
 チープサイドの家族が思うには。
「寂しい?」
「そうかもね」
「まあ先生はもっとね」
 最後にポリネシアが言いました。
「周りを見るべきにしてもね」
「学問としての恋愛ね」
「そんな恋愛もあるのね」
「ううん、実践するのも恋愛ね」
「学ぶ対象にするのも恋愛なんだね」
「そうだよ、僕は恋愛は尊いと確信しているよ」 
 人の他の行いと同じくです。
「そこからも黄金の精神が生まれるしね」
「人間の最も尊いものだね」
「人が何かを為す時に最も素晴らしい輝きを見せる心」
「それが黄金の精神だね」
「先生が言うには」
「うん、色々な形があるけれどね」
 その黄金の精神についてはです。
「恋愛からもね」
「黄金の精神は生まれるんだ」
「この上なく美しい心が」
「そうなるんだね」
「そうだよ、誰かを懸命に想った時」
 心の底から愛した時にです。
「それは最高のものに昇華してね」
「黄金の精神となる」
「そうなるのね」
「ただ人を愛するだけじゃなくて」
「そうしたものにまでなるの」
「そうだよ、だからね」
 それ故にというのです。
「恋愛は素晴らしいんだ」
「そういえばロミオとジュリエットも?」
「二人共最期は死んじゃうけれど」
「物凄く奇麗だよね」
「これ以上はないまでに」
「そうだね、彼等は死んでしまうけれど」
 それでもと言う先生でした、ロミオとジュリエットにしても。
「この上なく美しいね」
「うん、確かに」
「二人は物凄く奇麗よ」
「とても悲しいけれどとても美しい」
「そうだね」
「そう思うよ、僕もね」
 先生は皆にロミオとジュリエットのことをお話しつつ思うのでした。
「恋愛は素晴らしいものだよ」
「人を幸せにしてその心を美しくもする」
「だからなのね」
「先生も恋愛について学んでいる」
「そうなのね」
「そうだよ、まあ僕には縁がないけれど」
 本当にご自身にはこう思うのでした。
「けれどね」
「恋愛は否定しないでね」
「素晴らしいって思ってるね」
「それじゃあだね」
「これからも恋愛について学んでいくんだ」
「そうするのね」
「そうだよ、今回は和歌だけれど」
 その中にある恋愛を学ぶというのです。
「他の分野からも学ぶよ、ではね」
「では?」
「ではっていうと?」
「うん、須磨の海はよかったね」
 今度はあの海のことを思う先生でした。
「日本の海の中でもね」
「とてもいい」
「素晴らしい海だったんだね」
「本当にね」
「そうだったんだね」
「そう思うよ、夏は夏で奇麗で」
 そしてというのです。
「春の海もね」
「奇麗だったね、確かに」
「澄んでいて穏やかで」
「海や空もそれぞれ違う青色でね」
「とてもよかったわ」
「あの青さを見ていると」
 先生はにこやな笑顔で言うのでした。
「心まで澄むみたいだったよ」
「そしてその海をだね」
「和歌に謡う」
「そうするのね」
「今度は筆と紙の札を持って」
 そしてというのです。
「詠いたいね」
「先生も風流になってきたね」
「イギリスにいた時とは全く違って」
「風流と優雅を楽しむ」
「そうしているわね」
「そうなったね、何かね」
 先生ご自身が思うにです。
「僕はどんどん日本人になってきているね」
「うん、心がね」
「そうなってきているね」
「浴衣や作務衣も着ているし」
「コタツもお布団も大好きで」
「もうすっかり日本人」
「そうなってきているわね」
「あのコタツはね」 
 先生が言うには。
「恐ろしいまでの力があるよ」
「どてらを着て中に入って」
「蜜柑を食べながらテレビを観ていると」
「もう出られない」
「そうなってるわね、先生も」
「一度入ればね」
 それこそというのです。
「中々出られない」
「恐ろしいものね」
「うちのはもう閉まってるけれど」
「恐ろしい暖房器具よ」
「日本人が生み出した」
「あのコタツにしても好きだし」
 もっと言えば大好きです。
「他の日本のこともね」
「好きだね」
「親しんでいるね」
「そうなっているよ」
 先生ご自身もはっきりわかっているまでにです。
「本当にね」
「そうだよね」
「和歌も日本のものだし」
「その和歌を詠って」
「そして楽しむのね」
「そちらもね、須磨の海も観たし」
 そしてというのです。
「桜も観て」
「和歌を詠おうね」
「そちらもでね」
「是非共」
「そうだね」
「あの、先生」
 ここでトミーが先生に言ってきました。
「今日の晩御飯ですが」
「うん、何かな」
「お刺身どうですか?」
「あっ、お刺身なんだ」
「はい、どうでしょうか」
「いいね」 
 先生はトミーににこりと笑って答えました。
「お刺身もね」
「はい、それじゃあ」
「お刺身楽しみにしているよ」
「今から買いに行ってきますね、それと」
「それと?」
「お味噌汁とお野菜も炒めます」
 そうしたものも作るというのです。
「もやしを炒めますんで」
「ああ、もやしだね」
「それでいきましょう」
「もやしか、いいね」
「美味しくて安くて」
「あんないいお野菜はないね」
 先生はもやしについてしみじみとして言いました。
「本当にね」
「そうですよね」
「あれも好きだよ」
「はい、ですから」
「今日はだね」
「もやしと。それに韮ですね」
 この二種類のお野菜をというのです。
「炒めます」
「お刺身とお味噌汁と」
「この三つを作ります」
「わかったよ、じゃあね」
 先生はトミーの言葉に笑顔で応えました。
「楽しく待っているよ」
「そうされて下さい、お刺身は沢山ありますので」
「そうなんだ」
「はい、ですからお酒を飲まれるなら」
 その時はというのです。
「肴にどうぞ」
「有り難いね」
「お刺身はお酒にも合いますしね」
「そうなんだよね、これが」
「日本酒に最高に合いますよね」
「それに白ワインにもね」
 こちらのお酒にもというのです。
「合うからね」
「今日は飲まれますか?」
 トミーは先生にお酒のことも尋ねました。
「そうされますか?」
「うん、今日は白ワインをね」
「そちらですか」
「楽しませてもらおうかな」
 飲んで、です。
「そうさせてもらおうかな」
「うん、白ワインもいいからね」
 先生はこちらのお酒も好きです、というよりかは日本に来てから色々なお酒を飲む様になっています。
「そちらにするよ」
「白ワインは身体にいいですしね」
「和食にも合うからね」
「だからですね」
「そちらを飲むよ」
 その白ワインをというのです。
「そうするよ」
「では」
「うん、御飯の後でね」
「残ったお刺身で、ですね」
「飲ませてもらうよ」
「実はそのことも計算に入れてました」
 そうしてというのです。
「お刺身を沢山買ってきました、安かったですし」
「特価だったんだ」
「はい、そうでした」
 スーパーでそうだったのです。
「それで買ってきました」
「いいね、それじゃあね」
「楽しみにしておいて下さいね」
「うん、是非ね」
「あとですが」 
 トミーは先生にこんなことも言ってきました。
「桜酒はどうですか?」
「ああ、桜の花びらを入れた」
「そちらのお酒はどうですか?」
「いいね、桜の花が咲いたらね」
 その時はとです、先生は笑顔でお話しました。
「桜の花びらを入れた日本酒を飲みたいね」
「日本の春の楽しみですね」
「その一つだよ」
「お花見の時に飲みますね」
「そうなるね、じゃあね」
 桜の花が咲いたらというのです。
「是非飲むよ、もうすぐだね」
「じゃあ美味しいお酒を用意しておきますか」
「そうしようね、お静さんのお店に行こうかな」
「そういえばお静さんも最近上機嫌ですね」
「春になったからだね」
「猫ですからね」
 もっと言えば猫又です、猫は長生きするとこの妖怪になるのです。
「お静さん寒いのは苦手ですから」
「コタツで丸くなるだね」
「日本の猫は」
「そうだね、けれど春が好きなのはね」
「どの猫でも同じですね」
「そうだね、じゃあね」
「春になったので」
「そのお酒も楽しみにしておくよ」
 こう言ってです、先生は今は白ワインを楽しむことにしました。お刺身と一緒に飲むそのワインはとても美味しいものでした。



王子や動物たちの気づかいで少しは進展か。
美姫 「難しいわね。先生本人が全く気付いた様子もないし」
周りはじれったいだろうな。
美姫 「困ったものね」
この先どうなるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
待っています。



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