『ドリトル先生と悩める画家』




                 第十一幕  抜け出すヒント

 雪も止んでです、街の交通も元に戻りました。先生はお家で窓の外に残っている雪を見つつ皆に言いました。
「さて、雪も落ち着いてきたね」
「少しずつ溶けてきてるし」
「銀世界も終わるわね」
「かなり凄い雪だったけれど」
「それもね」
「うん、そうだね」
 実際にという先生でした。
「奇麗だったけれど交通のことを考えると」
「困ったことだったわね」
「昨日まで降っていて道も雪で覆われて」
「車も通れなくなって」
「本当に大変だったわ」
「そうだったね、いや雪かきもね」 
 先生はお家の前でトミーそして動物の皆としたそのことについてもお話しました。
「大変だったね」
「楽しかったじゃない」
「というか先生本当に身体動かすの苦手ね」
「スポーツもそうで」
「身体を動かすとなると」
「歩けて馬に乗れるけれど」
 それでもなのです。
「僕はとにかく身体を動かすことについては」
「そうそう、昔からね」
「苦手よね」
「どうしてもね」
「そちらについては」
「だから大変だったよ」
 雪かきにしてもというのです。
「子供の頃から苦手だったんだ」
「お掃除もお洗濯もでね」
「お料理も駄目だし」
「運動とか家事はね」
「何もかも駄目よね」
 生活力についてはです、先生はからっきしなのです。だから雪かきについても全くの苦手だったのです。
 それで、です。動物の皆も言うのでした。
「むしろ僕達の方が頑張ってた?」
「そうよね」
「トミーが一番頑張ってて」
「僕達皆でやって」
「先生はまあいたかしらって位で」
「全く、私達がいないと」
 やれやれといった感じで言うのでした。
「駄目なんだから」
「こうしたことでも」
「けれどそんな先生だからね」
「一緒にいられるのかも」
「放っておけないから」
 どうにもというのです。
「学問は凄くてね」
「けれど世の中のことはからっきし」
「それでもお人柄は最高」
「そうした先生だからこそ」
 魅力的だというのです、そうしたことをお話しながらです。皆で雪景色を観ていました。そしてテレビではです。
 交通が完全に戻ってきたことが報道されていました、先生はその報道を視て言いました。
「うん、これで大丈夫だね」
「バスや電車もね」
「何処でも行けるね」
「そうだね」
「うん、学校にも皆が来るよ」
 そうなるというのです。
「有り難いことにね」
「そうだね」
「じゃあ大学に行ったら」
「楽しく講義しようね」
「そして論文も書こうね」
「是非ね」
 笑顔で応える先生でした、そしてです。
 先生は学校に行きました、するともう道のあちこちで雪かきが済んでいて行き来がしやすくなっていました。大学の道もです。
 かなり歩きやすくなっています、ですが先生は皆に注意する顔で言いました。
「道はまだ凍っていたり雪が残っているからね」
「うん、歩くにはね」
「気をつけていこうね」
「さもないとこけるね」
「滑ってね」
「そうなるからね、景色は奇麗でもね」
 一面雪に覆われた普段と全く違うキャンバスはです。
「足元は注意しないと」
「そうよね、どうしても」
「さもないとこけるから」
「ここは注意して」
「それでやっていきましょう」
「絶対にね」
 こうしたお話をしてでした、皆は何とかです。
 前に進んでいきます、とはいっても皆よりも先生の方が足取りは頼りない感じです。それで皆は先生に言いました。
「ちょっと、駄目だよ」
「先生足元心配よ」
「もっとしっかり歩いて」
「ちょっとね」
「そう、もっとね」
 さもないと、というのです。
「怪我するわよ」
「そうなるわよ」
「しょっちゅう滑ってて」
「こけないか心配になるわ」
「注意してね」
「うん、これでも雪道には慣れているけれど」
 日本より寒いイギリスで生まれ育っていたからです、先生には自覚があります。
「皆から見るとだね」
「かなり頼りないから」
「だから先生こそ一番気をつけてね」
「さもないと本当にこけるわよ」
「そうならないでね」
「注意するよ。今は塩化ナトリウムが撒かれているね」
 見れば周りでどんどん撒かれています、そうして雪を溶かそうとしているのです。
「だからお昼にはね」
「もう、だね」
「雪が溶かされていてよね」
「気温も上がるし」
「歩きやすくなっているわね」
「そうだよ」
 是非にというのでした。
「大丈夫になってるよ」
「じゃあ今が肝心ね」
「滑ってこけない様にするには」
「先生も僕達も」
「この朝がどうかよね」
「そう、とにかく研究室に行こう」
 何はともあれというのです。
「そうしようね」
「それじゃあね」
「頑張って行きましょう」
「雪が大変でも」
「凍ってもいるけれど」
 それでもとお話してです、そのうえでなのでした。 
 先生は皆にこけない様に注意されながら何とか一度もこけないで研究室に入りました。そして暖房を入れて温かい紅茶を飲んでです。
 一息ついてからです、講義も出てでした。午前中はいつも通り過ごしました。
 ですが午後に御飯を食べてから研究室に戻るとです、そこに入ってきた王子に言われました。」
「先生、今度八条神社さん行かない?」
「あの神社にだね」
「うん、お祭りがあるから」
「二月戎だね」
 先生は王子に応えて言いました。
「あれにだね」
「そう、あの戎さんにね」
「そういえばそんな季節だね」
「二月十日だからね」
「それじゃあだね」
「そう、十日にね」
「うん、じゃあ皆と一緒に行くよ」
 先生は今も一緒にいる動物の皆を見つつ王子に答えました。
「あそこにね」
「そうするんだね」
「王子も行くつもりだね」
「勿論だよ」
 満面の笑顔で、でした。王子は先生に答えました。
「だからここに来てお誘いをかけてるんだよ」
「そうだよね」
「じゃあね」
「うん、八条神社の戎さんは二回あるからね」
「一月と二月にね」
「そこが他の神社と違うんだ」
「面白いよね、十月にやる神社もあれば一月の神社もあって」
 戎祭りについてです、王子はお話しました。
「ここの神社は一月と二月でね」
「昔かららしいよ」
「そうなんだ」
「うん、平安時代からね」
「古いね」
「うん、あの神社の戎さんが一回じゃ人が満足しないからってね」
 そうしてというのです。
「二回になったらしいよ」
「一月と二月に行う」
「そうなったらしいよ」
「そうなんだね」
「そしてね」 
 さらにお話した先生でした。
「一月はもう行われて」
「二月もだね」
「うん、じゃあ二月の戎さんにね」
「行って楽しむんだね」
「そうしようね」
 こう笑顔でお話するのでした、そしてです。
 先生は二月の戎祭に皆と一緒に行くことになりました、勿論王子もです。
 そのお話の後で、です。動物の皆は先生に言いました。
「何か日本のお祭りって複雑だよね」
「神社でやったりお寺でやったり」
「一緒にやったりね」
「もうどっちなの?ってことが多くて」
「中々難しいね」
「今度は神社ていうから」
 皆の中で知識派のトートーも首を傾げさせて言いました。
「神道だよね」
「そうなるよね」
 ジップはトートーの言葉に頷きました。
「それなら」
「それでもだよね」
 チーチーも言います。
「そこがわからないんだよね」
「本当にお寺も一緒にやるからね、日本は」
 ホワイティがこの現実を指摘します。
「それもメインでやったりとか」
「神社のことでも」
 ポリネシアもわかりかねています。
「そうだったりするから」
「もう何?って感じよ」
 ガブガブも首を傾げさせています。
「逆もあるし」
「神様も仏様も一緒で」
「お祭りにしてもそうで」
 チープサイドの家族もお話しています。
「今回もそう?」
「戎祭りにしても」
「お坊さんがいても不思議じゃないね」
「神社のお祭りでも」
 オシツオサレツも二つの頭で考えています。
「神父と牧師さんが一緒にいるどころじゃないから」
「宗教すら違うからね」
「お坊さんいるのかな、今回も」
 老馬もこのことを真剣に考えています。
「やっぱり」
「いても不思議じゃないしね」
 最後にダブダブが言いました。
「日本だと」
「うん、あるかもね」
 最後に言ったダブダブもいつものとぼけた感じはありませんでした。
「日本だから」
「うん、まあお坊さんがお手伝いしていても不思議じゃないね」
 先生も実際にこう言いました。
「日本じゃね」
「そうだよね」
「日本だからね」
「神社のことでもお寺のお坊さんがお手伝いしたり」
「逆も普通にあるから」
「それじゃあね」
「あるよね」
「うん、そうなっていてもね」
 それでもというのです。
「不思議じゃないから。ましてお祭りは人手が必要だから」
「余計にだね」
「お坊さんがいても不思議じゃないのね」
「今回の戎祭りも」
「そうなっていてもね」
 それでもというのでした。
「というか天理教やキリスト教の人もお手伝いに来ているかもね」
「ああ、八条学園でもそうだしね」
「この学園の中にはカトリックやプロテスタント教会もお寺もあるけれど」
「神社もね」
「天理教の教会も」
「そこにいる人達皆仲良くて」
「何かあると助け合っているから」
 そうしているのです、八条大学に宗教学部もあって中に神社やお寺もあるのです。
「戎祭りも当然みたいにだね」
「お坊さんがお手伝いに来ているとか」
「不思議じゃないのね」
「それが日本だからね」
 そして日本の宗教だというのです。
「そういうことでね」
「それじゃあだね」
「そうしたことも受け入れて」
「それでお祭りに行くのね」
「僕達も」
「うん、そうなるよ」 
 先生は穏やかな声で皆に答えました。
「だからね」
「それじゃあだね」
「皆で仲良くだね」
「神主さんもお坊さんも見て」
「明るく楽しくだね」
「お参りするんだね」
「そうだよ、考えてみれば僕も」 
 ここで、です。先生はついくすりとなりました。そのうえでこんなことも言いました。
「キリスト教徒だけれど神社にお参りしているよ」
「あっ、そういえば確かに」
「先生もそうだね」
「私達も洗礼受けてないけれどね」
「キリスト教の神様信じてるし」
「教会にも行ってるわ」
「けれどね」
 皆もキリスト教を信じています、それで気付いたのでした。
「今じゃ神社にお参りして」
「お寺にも行くし」
「天理教の教会でお話したりするわ」
「そうなんだよね、だから僕も一緒かな」
 こうも思うのでした。
「日本の人達ともね」
「そうした意味でもすっかりなのね」
「先生日本に馴染んだのね」
「そうなのね」
「そうみたいだね」
 笑って言った先生でした。
「宗教でもね」
「昔は結構キリスト教の教えに型にはまってたわね」
「そうだよね」
「僕達にしても」
「昔はもっとね」
「キリスト教一辺倒だったわ」
「それがかなり変わったね」
 先生の口調はしみじみとしたものになっていました。
「僕も皆も」
「ううん、何かね」
「日本に来て特によね」
「他の宗教でもね」
「普通に施設に入ったり関係ある人とお話したり」
「そうなったね」
「かなり変わったよ。戎祭りなんてね」 
 それこそというのです、このお祭りも。
「もうそれこそだよね」
「そうそう、完全に日本のお祭りね」
「商売繁盛の為の」
「出店が一杯出ていて賑やかで」
「楽しいのよね」
「出店の食べものがまた美味しいんだよね」
 先生は笑顔でこちらのお話もしました。
「これがまた」
「そうそう、焼きそばとかお好み焼きとか」
「たこ焼き、いか焼きってね」
「ベビーカステラにクレープにたい焼き」
「あとりんご飴とか」
「ああした日本の軽食が一杯出ていて」
 それでというのです。
「またいいんだよね」
「そうそう、そっちも楽しみだね」
「じゃあそちらをメインに楽しみましょう」
「日本酒もあるでしょうし」
「先生んにはそちらも楽しみよね」
「うん、とてもね」
 実際にというのです。
「心からだよ」
「やっぱりそうね」
「先生日本に来てそっちも変わったわ」
「食べることが大好きになって」
「イギリスにいた時とは別人よ」
「うん、例えば紅茶にしてもね」
 先生が何よりも好きなこちらもです。
「全然違うんだよね」
「そうそう、葉が違うわ」
「もうお水は言うまでもないし」
「そう考えたらね」
「そちらも最高」
「紅茶にしても」
 皆も言います、それも口々に。
「それで変わったのね」
「先生も美味しいことに目覚めた」
「そちらにも」
「そうなったね、じゃあね」
 それならというのでした。
「是非戎祭りに」
「二月十日の」
「そちらに行きましょう」
「お参りして食べて雰囲気も楽しんで」
 お祭りのそれもです。
「色々あるね」
「寒いけれど冬のお祭りも素敵だから」
「皆で楽しみましょう」
「是非共」
「厚着は忘れないで」 
 やっぱり寒いからです、先生はこのことは忘れていません。
「行こうね」
「人の熱気が凄いだろうけれど」
「やっぱり冬だし」
「暖かくしてね」
「そうしてやっていきましょう」
「そうそう、さもないと風邪をひくからね」
 だからです、何といっても。
「皆の毛も冬のものになっているしね」
「それであっかいんだよね」
「冬でもね」
「それに僕達は元々体温も高いし」
「先生よりも寒さに強いんだよね」
「鳥類や哺乳類は変温動物だしね」
 先生はこのことからもお話しました。
「寒さにも強いんだよ」
「それもあるんだね」
「私達は変温動物でもある」
「このことも大きい」
「そうなんだね」
「そうだよ、まあとにかく僕は厚着をしていくよ」
 先生がそうすることは変わりませんでした。
「そうして行こうね」
「うん、是非ね」
「お参りして」
「そして出店で色々食べて」
「そうして楽しもうね」
 皆も笑顔で言ってでした、そのうえで。
 二月十日の八条神社での戎祭りに行くのでした。先生はお家から動物の皆にトミーを連れてそうして神社に行きました。
 神社には沢山の人が参拝というか遊びに来ていました、様々なお店が出ていて右に左に繁盛しています。
 勿論境内もです、お参りで人が一杯いて次から次にお賽銭を入れて手を合わせています。お守りとかも売られています。
 先生もお賽銭を入れてです、動物の皆やトミーそれに途中で合流した王子と一緒に手を合わせています。
 それが終わってからです、先生は皆に言いました。
「じゃあお賽銭を入れてお願いもしたし」
「出店だね」
「そちらに行くんだね」
「そうしようね」
「それで皆どんなお願いをしたのかな」
 王子は微笑んで、です。皆に尋ねました。
「お賽銭を入れて」
「うん、何時までも皆が一緒にいられる様に」
「仲良く健康にね」
「そうなれる様にね」
「そうお願いしたよ」
 動物の皆は王子に口々に言いました。
「そうしたよ」
「やっぱり皆仲良くいたいからね」
「先生と一緒にね」
「そうしたいからね」
「僕もだよ。ただ僕はね」
 王子の場合はといいますと。
「自分の国のこともお願いしたよ」
「そうだよね、王子はね」
「将来王様になるから」
「自分の国のこともお願いしないとね」
「やっぱり駄目だよね」
「うん、さもないとね」
 王子はさらに言いました。
「王様になる資格がないよ」
「国のことを思わないとね」
「どうしてもだよね」
「王様にはなれないね」
「いい王様には」
「そうだよ、王はその国の為に全てを捨てて働かないといけないんだ」
 王子は強い言葉を出していました、これまで以上に。
「日本の天皇陛下やイギリスの女王様だってそうだね」
「あの方々は凄いね」
「どちらの方もね」
「国家の為にね」
「全てを捧げておられるね」
「僕はタイの前の王様も凄いと思うし」
 先生はこの方のお名前も出しました。
「日本の明治、昭和両帝もね」
「そうだよね」
「あの方々はね」
「非常にだよね」
「君主としてのお手本である」
「そうした方々だね」
「質素であり民のこと、国のことを何よりも考えておられた」
 明治、昭和両帝がというのです。
「そうした方々だよ」
「そうだよ」
「本当にね」
「あの方々は」
「ああした君主になりたいよ」
 王子の切実なお考えでした。
「あの方々みたいにね」
「さもないとだよね」
「王様にはなれないね」
「ちゃんとした王様には」
「そう思うよ、だからお願いしたんだ。ただお願いするだけじゃなく」 
 さらに言う王子でした。
「僕自身も努力しないとね」
「そうそう、お願いと努力」
「二つがあってこそだね」
「望みはかなう」
「そうだよね」
「だからね」
 それだからこそ、というのです。
「僕は努力もするよ」
「学問に励んで色々なものも見て」
「そうしてだね」
「立派な王様になるのね」
「そうするよ、じゃあお願いもしたし」
 それにというのでした。
「帰ってから学問があるけれど」
「遊ぶことも大事だね」
「そちらも」
「というか学問も遊びもして世の中を知らないと」
 それこそというのです。
「やっぱりいい王様にはなれないよ」
「そうだね、遊びは世の中を知ることにもなるから」
「そちらもしないとね」
「じゃあね」
「頑張ろうね」
「うん、そうしよう」
 是非にと言ってです、王子は皆と一緒に出店に行きました。そうしてでした。
 皆で出店で色々なものを買って食べました、先生はおソースを効かしてマヨネーズの濃厚な味がする焼きそばを食べてにこにことしていました。
 そうしてです、皆に言いました。
「やっぱり美味しいね」
「うん、焼きそばいいよね」
「お好み焼きもでね」
「お祭りの時の楽しみの一つだよね」
「盆踊りの時も新年もね」
「お寺でもやるけれど」
「神社でもだしね」
 動物の皆も出店で買ったものを食べて楽しんでいます、王子もそうしていますしトミーも楽しんで食べています。
 そしてです、先生はまた言いました。
「イギリスのフィッシュアンドチップスも出店でよく売っているけれどね」
「うん、日本の出店はまた違うからね」
「焼きそばなりたこ焼きなんだよね」
「粉ものっていうかね」
「そうしたものだよね」
「うん、あとこういうのだね」
 先生は牛肉の串焼きに焼き鳥も出しました。
「日本の出店は」
「うん、焼き鳥いいよね」
 王子は焼き鳥を見て笑顔で述べました。
「本当に」
「王子最近結構焼き鳥を食べているね」
「うん、美味しいからね」
 まさにそれで、です。
「食べているよ」
「そうだね」
「幾らでも食べられるよ」
 それこそというのです。
「居酒屋に入ってそうしてね」
「お酒と一緒に」
「そうしているよ、けれどこうして出店に行ったり居酒屋に入る王族って珍しいかな」
「そう思うよ」
 先生は王子に笑顔で答えました。
「やっぱりね」
「そうだよね」
「日本じゃないですね」
 この国の皇室の方々はとです、トミーも言いました。
「イギリスもそうですし」
「絶対にないね」
「そうよね」
 チープサイドの家族はベビーカステラをついばみつつお話しています。
「特に日本の皇室なんて」
「有り得ないわよ」
「この国の皇室って生活厳し過ぎない?」
 ガブガブはクレープ、チョコレートとバナナのそれを食べてその味を楽しみながら言いました。
「あれも駄目、これも駄目な感じで」
「イギリス王家よりもずっと質素みたいだし」
 チーチーはいか焼き、生地のそれを食べています。大阪名物ですが神戸にあるこの神社の出店にも出ているのです。
「規律も厳しくて」
「服装もいつもぴしっとしてて」
 トートーは甘栗を楽しんでいます、天津甘栗の皮を破ってその中をついばんでいます。
「砕けたところがないね」
「こんなところに来られるとかね」
 ダブダブはたこ焼きをはふはふと食べています。
「有り得ないよね」
「そんな砕けたお家じゃないわね」 
 はっきりとでえす、ポリネシアは言いました。煎豆を食べつつ。
「絶対に」
「そんな筈ないし」
 ホワイティはお好み焼きの端を齧っています。
「神社に参拝されても」
「お伊勢さんとかに行かれてるね」
 ジップは先生と同じく焼きそばを食べています。
「けれど出店には」
「それじゃあ神社に行く楽しみがないんじゃ?」
「そうだね」
 オシツオサレツはたい焼きを二つの頭で食べています。
「そんなのだとね」
「出店に行かないと」
「そう思うと」
 老馬は回転焼きを食べつつ言うのでした。
「皇室の方々も大変ね」
「僕みたいに出来るのなんて」
 王子は焼き鳥、先生が差し出してくれたそれを食べつつ言うのでした。
「幸せかな」
「そうだね」
 実際にとです、先生は王子に答えました。
「日本の皇室の教育、王子のお国の王室の教育はそれぞれだけれど」
「日本の皇室と違って出店にも行けるのは」
「そしてそこの食べものを食べられるのはね」 
「幸せだね」
「そう思うよ」
「日本の皇室の方々はどの方も立派だけれど」
「やっぱり厳し過ぎるね」
 先生から見てもです。
「ちょっと歴史が違うし王室じゃなくて皇室でね」
「皇帝になるね」
「その意味でもどうしても厳しい教育になるけれど」 
 それでもというのです。
「王子にとってはね」
「僕の国の王室教育が合っているんだね」
「そう思うよ」
「うん、日本の皇室にいたら」
 とてもというのでした。
「僕は困っていただろうね」
「そうだろうね」
 こうしたことをお話してでした、皆でお祭りを楽しんでいました。そしてお祭りの中でふとでした。先生達のところにです。
 太田さんが来ました、太田さんは先生ににこにことして声をかけてきました。
「先生も出店を楽しんでますか」
「うん、この通りね」
 今は甘酒を飲みつつです、先生は応えました。
「そうさせてもらっているよ」
「そうみたいですね」
「いや、美味しいし雰囲気もね」
 お祭りのそれもというのです。
「いいね」
「そうですね、僕もここに来てです」
「楽しんでいるんだね」
「スランプから脱出する為にも」
 まさにというのです。
「そうしています、そして」
「そして?」
「遂にです」
 とても朗らかなお顔で言うのでした。
「何かを感じました」
「じゃあ」
「はい、この前の雪と今のお祭りで」
 この二つによってというのです。
「感じました」
「そうなったんだね」
「そしてお祭りから帰ったらすぐに」
「描くんだね」
「大学に戻って描きます」
 まさにそうするというのです。
「やってきます」
「遂にスランプ脱出の機会が来たんだね」
「雪とお祭りがそうさせてくれました」
 太田さんは明るいお顔のまま言うのでした。
「だからこそ描きます」
「それじゃあね」
「はい、今から行ってきます」
 こう言ってでした、太田さんは実際にまるで風の様に出店が左右に並ぶ神社の道のところを去っていきました。そうしてです。
 残された皆はその太田さんを見送ってです、口々に言うのでした。
「さあ、いよいよかな」
「太田さんのスランプ脱出かしら」
「その時が来た?」
「遂に」
「そうかも知れないね、とにかくね」
 笑顔でお話する先生でした。
「彼がそのきっかけを掴んだことは間違いないね」
「この暗いお天気が終わるまでと思ってたけれど」
「今もお天気自体は悪いしね」
「お空暗いよ」
「雪が降りはしないだろうけれど」
「それでもね」
「暗いよ」
 見ればお空は曇りで、です。雲は非常に暗いです。動物の皆は太田さんが苦手らしいそのお天気を見て言うのでした。
「これじゃあね」
「太田さんだとね」
「スランプ脱出はまだだって思ってたけれど」
「お天気が晴れるまで」
「そう思っていたけれど」
「うん、それがね」
 先生はここでまた言いました。
「違ったみたいだね」
「曇り以上によかった?」
「雪とお祭りが」
「そうだったのかしら」
「そうみたいだね、まあお天気もね」
 先生もお空を見上げて言いました。
「そろそろ晴れるみたいだし」
「今は曇っていても」
「いよいよだね」
「晴れるんだね」
「遂に」
「そうなるみたいだしね」
 だからというのでした。
「太田君にとってはこのことも関係してるかもね」
「複数の要素で?」
「それが関係して?」
「それでスランプ脱出出来る?」
「太田さんは」
「雪とお祭りに加えてね」
 そしてというのです。
「お天気のこともあってね」
「それじゃあだね」
「太田さんはいよいよスランプ脱出」
「それが適うのね」
「そうだね、さて僕はね」
 先生は牛肉の串焼きを食べつつにこにことしています。
「今度は神社について論文を書くんだ」
「じゃあ今日来たのはフィールドワーク兼ねて?」
「それでだったんだ」
「お参りもして出店も楽しんで」
「そしてだったのね」
「そうだよ、こうしてお祭りに入るのもね」
 それもというのです。
「フィールドワークなんだ」
「それの一つなんだね」
「しっかりとした」
「そうなんだね」
「遊びでもあって」
「遊びと思えば遊びで学問と思えば学問、そしてね」
 さらに言う先生でした。
「学問も遊びも楽しむもの」
「どちらもだよね」
「じゃあ先生にとって学問は趣味でありお仕事だし」
「何でもない」
「そうなんだね」
「そうだよ、だから問題はないよ」
 それこそというのです。
「僕にとってはね」
「そうだね、じゃあね」
「今もフィールドワークを楽しんでるのね」
「そうしてるのね」
「実際に」
「そうなるね、しかしこの神社はね」
 八条神社のこともお話するのでした。
「祀られている神様が多いね」
「日本の神社って祀られる神様も一柱じゃないんだね」
「神様が沢山いる宗教にしても」
「ギリシャの神殿とは違って祀られる神様は一柱じゃない」
「それも日本の神道なんだ」
「うん、大阪の住吉大社でもそうだしね」
 大阪で最も大きいと言っていいこの社もというのです。
「伊勢神宮だってそうだね」
「ああ、あそこもだね」
「日本で一番大きな神社?」
「そうした神社よね」
「あそこもなのね」
「祀られている神様は一柱じゃないのね」
「そうだよ、そして八条神社は大社だからね」
 それでというのです。
「祀られている神様は多めにしても」
「それでもだね」
「その中でも特に多い」
「そうした神社なの」
「そうだよ、恵比寿様もだしね」 
 この神様にしてもというのです。
「他にも沢山の神様が祀られているから」
「ええと、何柱でしょうか」
 トミーは八条神社に祀られているその神様の数についてです、先生に尋ねました。
「一体」
「ううん、二十かな」
「多いですね」
「そうだね」
「日本の神社にしても」
「かなり多いのは確かだよ」
 日本の神社の中でもというのです。
「そのことはね」
「そうなんですね」
「二十以上かも知れないけれどね」
「そこまでですか」
「とにかく多いよ」
「そうなんですね、あとですが」
 トミーは先生にさらに尋ねました。
「日本の神様は一体どれだけいるのか」
「俗に八百万の神々と言われているね」
「『やおろづ』と」
「あれは多いっていう意味でね」
「実際にはですか」
「もう八百万じゃ効かないかもね」
「そんなに多いんですね」
「古事記や日本書紀でも神様は次から次に出て来るし」
 それこそイザナギの命が海で身体を清めただけでもです、次から次にどんどん神様が生まれていっていっています。
「もう僕もね」
「その数はですか」
「わからないよ」
「そんなに多いんですね」
「一体どれだけの神様がいるんだろうね」
 先生までこう言うことでした。
「間違いなく日本の神様はあらゆる神話、宗教で一番数が多いけれどね」
「それは確かですね」
「うん、桁が違うよ」
 神様のその数がです。
「そしてその総数たるや」
「物凄くて」
「僕もわからないんだ」
「本当に八百万以上いるんですね」
「人も死んで神様になるからね」
 このこともあってというのです。
「誰でもね」
「死んで祀られたらですか」
「大阪に太閤神社ってあるね」
「豊臣秀吉さんを祀った」
「そう、あれで豊臣秀吉さんも神様になったんだ」
 神社で祀られているからというのです。
「靖国神社の英霊の人達もだよ」
「あの人達もですか」
「死んで祀られているからね」
「神様なんですね」
「そうなるね」
「じゃあ本当に多いですね」
「織田信長さんも徳川家康さんも神様で」
 やっぱり神社で祀られているからです。
「上杉謙信さんだよ」
「あの梅干でお酒を飲むことが好きだった」
「あの人もね」
「確かお坊さんでしたよね」 
 トミーは謙信さんのそのことを思い出しました。
「そういえば」
「うん、出家してたよ」
「それでもですか」
「神様になったよ」
「その仏教と神道の境界が曖昧なのも」
「うん、日本の宗教観だね」 
「そうですね」
 トミーは先生のお話を聞きつつ頷きました。
「それがまさに」
「それが面白いんだよね」
「日本ならではね」
「何しろ神父さんも牧師さんも仲がいいからね」
「全然違うのに」
「キリスト教でもね」
「キリスト教は宗派が違うと」
 先生は欧州でのことから言いました。
「もう違うね」
「はい、違った相手です」
「そうなるね」
「イギリスでもそうですし」
「そうそう、カトリックか国教会でね」
「今も違いますし」
 このことが本当に複雑な事情になっています、イギリスのこの問題はそれこそ数百年の歴史があるのです。
「清教徒もあって」
「そう、難しいね」
「欧州のどの国でもですし」
「そうだよね」
「西欧は旧教と新教で」
「東欧は正教があってね」
「それぞれ全然違います」
 同じキリスト教でもです。
「それで戦争も起こってきました」
「どの国でもね」
「中にはとんでもない戦争がありました」
「三十年戦争なんか酷かったね」
「はい」
 今のドイツで起こった戦争です、国の中で旧教の人達と新教の人達が争いそこに他の国々が関わってきて文字通り三十年も続いた戦争です。
「もう無茶苦茶で」
「同じキリスト教でもね」
「はい、それこそ神父さんと牧師さんも」
「仲がいいかとなると」
「難しい場合があるね」
「けれど日本ですと」
「この国は同じキリスト教ならね」 
 そう考えてなのです。
「一緒だって考えているから」
「仲がいいんですね」
「そうだよ、神父さんも牧師さんもね」
「八条学園でもそうですし」
「そして神道と仏教もだしね」
「仏教も色々な宗派があっても」
 しかも日本の中にです。
「対立しないですね」
「そうだよ、日本人はそうしたものは乗り越えているんだ」
「だからこうしたお祭りでも」
「そう、一緒にだよ」
「楽しんでいたりお手伝いをしているんですね」
「そうだよ、この宗教観は凄いよ」
 先生は甘酒を飲みつつしみじみとして言いました。
「日本の凄さの一つだよ」
「そうですね」
「そうしたことも頭に入れて」
「そしてだね」
「うん、このお祭りを楽しもうね」
 先生はにこにことしてでした、甘酒を飲んでです。出店の食べものも食べました。そうして八条神社の戎祭りを楽しむのでした。
 そしてお家に帰るとです、携帯に太田さんから電話がかかってきて言ってきました。
「あの、何かどんどんです」
「どんどんっていうと?」
「絵筆が進んで」
 それでというのです。
「今大学の部室で描いてますけれど」
「いい絵が描けてるんだ」
「スランプ脱出出来たみたいです」
 そうだというのです。
「雪とお祭りのお陰で」
「そうなんだね、そういえば」
 ここで先生はお家の窓の外を見ました、街の上のお空を見ますと。
「晴れてきているよ」
「あっ、そうですか」
「うん、もうね」
「それじゃあお天気は」
「やっぱり君には影響があるみたいだね」
「そうですね、やっぱり」
 笑顔で、でした。太田さんは先生に言ってきました。
「お天気がコンディションに影響するんですね」
「そうだね、けれどね」
「これで、ですね」
「うん、君はスランプを脱出出来たんだね」 
「雪とお祭、そして晴れのお天気で」
「そうみたいだね、そういえばこの一ヶ月は」
 先生はお天気のことを思い出して言いました。
「ずっと曇りとか雪でね」
「悪天候でしたね」
「梅雨みたいにね」
「殆ど晴れていませんでしたね」
「君はお天気に精神的なコンディションが左右されるタイプみたいだから」
 だからだというのです。
「そこが影響したんだね」
「夏は本当に絶好調なんですよ」
 この季節はというのです。
「それこそ」
「じゃあやっぱりね」
「お天気ですね」
「それが大きいんだよ」
「そう言われますと」
 太田さんは先生のお話を聞いて言うのでした。
「これからもですね」
「うん、梅雨や冬はね」
 即ちお天気が晴れないことが多い季節はです、
「君はスランプになっていくだろうね」
「やっぱりそうですか」
「けれどスランプになる理由や脱出出来る方法がわかれば」
「対応も出来ますね」
「その場合もことも考えていこうね」
「はい、これからは」
「何はともあれスランプを脱出出来たのならね」
 先生は電話の向こうの太田さんににこりと笑って言いました。
「おめでとう」
「有り難うございます」
「じゃあこれからもね」
「はい、宜しくお願いします」
 二人で笑顔でお話をしました、お祭から帰った先生を待っていたのは朗報でした。



どうやら、太田さんはスランプから抜け出せたみたいだな。
美姫 「みたいね。天候が原因みたいだったけれど」
これは今後も大変だな。
美姫 「まあ、先生の言うようにこれも克服していかないとね」
だな。ともあれ、今回は無事に抜け出せて良かった。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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