『ドリトル先生の名監督』
第四幕 部員の人達からのお願い
相撲部の人達にお話をしてでした、二日位先生はいつも通りの日常を過ごしていました。この日の講義のない時間はです。
動物の皆と一緒に学校の博物館で色々な歴史的な資料を観て回っていました、八条大学は博物館も充実しています。
先生達は今は中南米の遺跡の前にいます、建物の中にそうしたものが保管されているのです。
大きな石の顔を観てです、動物の皆は先生に言いました。
「いつ観てこのお顔はね」
「凄いよね」
「大昔にこんなもの造るなんてね」
「中南米も凄いよね」
「凄い文明だよね」
「うん、中南米の文明はね」
先生も皆にお話します。
「かなり高度な文明だったんだ」
「こうしたお顔を造ったりね」
「あとピラミッドもあるしね」
「レリーフとかもあって」
「街だって凄かったらしいし」
「そう、残っているものは少ないけれど」
それでもというのです。
「この通りね」
「凄いんだね」
「残っているものからも伺える」
「その凄さが」
「そういうことなんだね」
「そうだよ、凄い石器文明だったんだ」
それが中南米の文明だったというのです。
「金属は発達していなかったけれどね」
「ああ、そういえばね」
「中南米の文明って銅とか鉄はないよね」
「そうした金属はね」
「何かね」
「うん、そちらは発達しなかったけれど」
この辺り鉱山の有無も関係あったといいます。鉱山がなければ銅や鉄が普及することもないからです。それがないと。
「その文明は決して低いものではなかったんだ」
「むしろ何かね」
「当時の欧州の文明よりもね」
「優れているところが多い?」
「そうだよね」
「うん、文明や文化は同じ物差しで測れないし」
このことからお話する先生でした。
「事実中南米の文明はそうだったよ」
「当時の欧州の文明と比べても」
「優れている部分が多かった」
「そうだったんだね」
「そうだよ、欧州の文明も劣っていなくて」
そしてというのです。
「中南米の文明も劣っていなかったんだ」
「そうだったんだね」
「どちらも優れていた」
「そうだったのね」
「そのことを頭に入れておかないと」
それこそというのです。
「偏見につながるからね」
「偏見はよくないわね」
「それがある人多いけれど」
「偏見は目を曇らせる」
「そういうことね」
「そう、僕も気をつけているよ」
偏見というものにはです。
「さもないと学問も何もかもを曇らせるからね」
「先生いつもそう言ってるよね」
「偏見には気をつけないとって」
「それは目や耳を曇らせるから」
「だからだって」
「そうなんだ、だからこうしたものを見ても」
それでもというのです。
「偏見を持ってはいけないんだ」
「そういうことだね」
「それじゃあね」
「僕達もね」
「気をつけるよ」
「そうしてね、それと」
ここでまた言った先生でした。
「中南米の次はね」
「ええ、今度はね」
「何処に行くの?」
「それで」
「今度はメソポタミアのコーナーに行こう」
こちらの古代文明の方にというのです。
「そちらにね」
「先生そちらもよく行くよね」
「最近そうよね」
「中南米とね」
「こちらに」
「うん、楔文字の研究をしているからね」
古代メソポタミアのその文字をというのです。
「だからなんだ」
「先生古代文明の研究もしてるからね」
「だからだよね」
「それで楔文字の研究もしている」
「だからなのね」
「うん、あちらにも行ってね」
そしてというのです。
「研究しているんだ」
「そうよね」
「それじゃあ次はね」
「メソポタミア行きましょう」
「そちらにね」
こうしたことをお話してでした、皆で今度はメソポタミアのコーナーに行きました、この日も時間の許す限り観て回って。
そしてです、先生は博物館を出たところで皆にこうも言いました。
「この大学の博物館もいいよね」
「そうだよね、色々なものが揃っていて」
「学問に役立つよね」
「保存状態もいいし」
「凄くいい場所よね」
「何度来てもね」
博物館を見つつ言った先生でした。
「ここは勉強になるよ」
「そうだよね」
「じゃあまただね」
「ここに来て」
「そして学問をするんだね」
「学問は本を読んで論文を書くだけじゃないからね」
先生もそのことはよくわかっています。
「こうして博物館や動物園に行くこともね」
「学問で」
「そしてフィールドワークもだよね」
「先生そっちにも励んでるよね」
「フィールドワークもね」
「自分で足を運ばないとね」
それこそというのです。
「わからないことも多いからね」
「だからだよね」
「先生はそっちも行ってね」
「学問をしてるね」
「そうしてるね」
「そうだよ、学問の為には」
それこそというのです。
「足を運ばないとね」
「それがダイエットにもなるしね」
「運動にね」
「先生にとっていいこと尽くめ」
「まさにね」
「そうなんだよね、運動にもなるんだよね」
こうして博物館に行ってその中を観て回ったりフィールドワークをすることもです。
「これがね」
「そうだよね」
「先生はそちらからも痩せてきてるしね」
「フィールドワークでもね」
「何かとね」
「イギリスにいた時なんて」
動物の皆もこの時のお話をするのでした。
「先生ずっとお家の病院にいてね」
「日本で言う引きこもりの時が多かったから」
「患者さんが来なくて」
「もう暇で暇で」
「その時とはもうね」
それこそとです、ご自身で言う先生でした。
「違うからね」
「そうそう、運動量もね」
「そっちもね」
「違ってね」
「歩き回ってるから」
「この前一日の歩数を測ったんだ」
先生がご自身で、です。
「万歩計を買ってね」
「それでどうだったの?」
「どれだけだったの?」
「どれ位歩いてたの?」
「一万歩超えてたよ」
そこまで歩いていたというのです。
「それがね」
「へえ、そうなんだ」
「先生が一日一万歩ね」
「それはまた凄い違うね」
「そうだね」
「僕がここまで歩くなんて」
それはというのです。
「変わったね」
「うん、痩せる筈だよ」
「イギリスにいた時よりもね」
「旅行とかに行っても普段は歩かなかったからね、殆ど」
「あの時は」
「やっぱり健康にもね」
先生はしみじみとして皆に言いました。
「歩かないとね」
「そう、歩くことよ」
ガブガブも言います。
「まずは」
「歩くことが最初の運動だからね」
ダブダブが続きます。
「僕達もそうだし」
「飛べなかったらね」
ポリネシアは自分の羽根を見てお話します。
「歩くしかないから」
「歩いたらそれだけでお腹減るよ」
ホワイティは鼠なのでいつも素早く動いています。
「だからいいのよ」
「散歩をしないと」
ジップも犬として言います。
「一日一回でもね」
「動かないと身体ってなまるからね」
トートーはこのことを指摘します。
「そっちでもよくないよね」
「やっぱり動くこと」
チーチーも今は真面目な感じです。
「歩くことでもね」
「一万歩も歩いていたら」
「いいんじゃないかしら」
チープサイドの家族は先生がそれだけ歩いているならと合格点を出します。
「もうね」
「そうよね」
「先生もそれだけ歩く様になってるのなら」
「いいね」
オシツオサレツも二つの頭で太鼓判です。
「むしろ大きな成長」
「そう思うよ」
「じゃあ先生これからも」
最後に老馬が先生に言います。
「歩いていこうね」
「学問、そして健康の為にも」
その両方の視点から答えた先生でした。
「そうしていくよ」
「そっちも頑張ってね」
「歩くこともね」
「是非ね」
「そうしてね」
「そうしていくよ、やっぱり痩せるとね」
それはというのです。
「健康にもいいしね」
「そうそう、それにね」
「やっぱり痩せてると女の人にもてる?」
「そういうものだからね」
「いいよね」
「だからそうしたお話はね」
女の人のお話になると苦い顔になる先生でした。
「僕はいいよ」
「もてる気はない」
「そういうことだね」
「そこはやれやれだね」
「先生は相変わらずだね」
「人間は性格っていうけれど」
それでもというのです。
「やっぱり太ってるとね」
「嫌いな人が多い?」
「女の人は」
「そう言うのね」
「そうも思うよ、だから僕はそちらからもずっと女の子に人気がなかったんだ」
ここでもこんなことを言うのでした。
「どうしてもね」
「そうかな」
「先生が太ってることはともかくね」
「先生が女の人に人気がない」
「そのことはね」
どうしてもと返した動物の皆でした。キャンバスの中を歩いて研究室に戻りつつ。
「あまり賛成しないよ」
「というか絶対にね」
「先生もてるから」
「心がいいからね」
太っていてもというのです。
「まあそのことも安心してね」
「そうしておいてね」
「何かよくわからなくても」
「まあ皆がそう言うのなら」
家族である皆の言うことならというのです。
「僕も安心しておくね」
「後は先生が気付くだけだよ」
「本当にね」
「それだけだから」
「安心してね」
皆は先生にこうも言うのでした、そうしたことをお話しながらです。
皆で楽しく先に先に進んでいきます、そして研究室に着いてです。先生は今は楔文字についての研究をノートに書いていきます。
ノートに書き終えたところで、でした。研究室に王子が執事さんを連れて来ました。王子は先生にこんなことを言いました。
「いや、お相撲はね」
「観てきたんだったね」
「そう、日本の皇室の方と一緒にね」
その時のことをお話するのでした。
「観戦したけれど」
「どうだったかな」
「皇室の方は内親王殿下でね」
「どの方かな」
「殿下の長女さんで」
「ああ、あの方だね」
「その方と観戦させてもらったんだ」
そうだったというのです。
「やっぱり日本の皇室の方は違うよ」
「どう違うのかな」
「気品がね、物腰もお言葉もね」
「王子ともだね」
「お気遣いもね、僕なんかこうだよ」
見ての通りだというのです。
「いい加減なものだけれど」
「日本の皇室は違っていて」
「いや、そのことにまた驚いたよ」
ご一緒させてもらう度に思うことで今回もというのです。
「本当にね」
「そうなんだね」
「そう、それでお相撲もね」
「そちらもだね」
「よかったよ、横綱同士の勝負まで観戦したけれど」
つまりこの日の最後の勝負までです。
「それも違ったよ」
「力と力のぶつかり合いだね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「正面からのね、それも観てね」
「楽しかったんだね」
「いい日だったよ」
本当にというのでした、先生。
「この上なくね、お相撲もいいね」
「うん、僕もお相撲についてはね」
「ああ、相撲部の」
「そちらに言ってお話したよ」
「怪我が多い原因わかったのかな」
「稽古と食事に問題があったんだ」
先生は王子にこのことをお話しました。
「お相撲に合っていないものだったんだ、どちらも」
「それで怪我が多かったんだね」
「そうだったんだ」
実際にというのです。
「これがね」
「ああ、合っていなかったんだ」
「お相撲にね」
「お相撲の稽古って独特だからね」
「食事は何でもよく食べる」
「そうだよね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「怪我も多かったんだよ」
「そういうことだったんだ」
「うん、近代的にウェイトトレーニングに重点を置いていたっていうけれど」
「最近の格闘家みたいに」
「あと食事もゆで卵の白身や鶏肉のささみね」
「そっちも格闘家だね」
「けれどね」
それはというのです。
「お相撲に合っているか」
「それが問題だね」
「お相撲にはお相撲の筋肉とかがあるから」
「身体つきとか」
「それを作る稽古や食事じゃないと」
「逆効果になるんだね」
「そうなんだ、だから怪我が多かったんだ」
先生は王子と執事さんにお茶を出します、そのお茶は緑茶です。
「どうしてもね」
「そのスポーツに合うトレーニングをすることだね」
「食事にしても」
「さもないと何にもならないんだね」
「かえってよくないよ」
怪我も増えるというのです。
「本当にね」
「僕もね、テニスしてるけれど」
「ああ、王子は最近そっちをしていているんだ」
「これでもスポーツは好きでね」
それでというのです。
「水泳もしているよ」
「そしてテニスもだね」
「それもしているけれど」
「テニスにもテニスのトレーニングがあるね」
「そう、若しそれ以外のことをしても」
「テニスは上達しないね」
「テニスをしてもバスケのトレーニングをしても」
そうしたことをしてもというのです。
「何かなるか」
「ならないね」
「そういうことだよ」
まさにというのです。
「相撲部もそうだったんだね」
「うん、柔軟も減らしてたっていうし」
お相撲ひいては全てのスポーツに欠かせないこちらもです。
「それじゃあね」
「ああ、柔軟をしないとね」
「特にお相撲はね」
「それじゃあ怪我も多いね」
「そうなるよね」
「随分と的外れなことしてたんだね」
お口を少し波みたいなものにさせて腕を組んで首を左に傾げさせてです、王子は先生にこう言いました。
「相撲部の人達は」
「うん、どうもね」
「よかれと思っていても」
「実はそうじゃなかったんだ」
「逆効果、的外れな」
「そんなことをしていたんだ」
そうだったというのだ。
「やっぱり昔ながらの稽古や食事もね」
「否定出来ないんだね」
「経験論というか」
先生はここでこの言葉を出しました。
「長年やっていってわかることがあるよね」
「稽古の仕方も何を食べればいいのかも」
「そう、お相撲の歴史は古いからね」
「その古い歴史の中でわかってきたことがあるんだね」
「そう、だからね」
それでというのです。
「その培われてきたことを無視したら駄目だよ」
「そういうことだね」
「近代的な稽古も食事もあるけれど」
「それがお相撲を離れたら」
「そう、よくないんだ」
こう王子にもお話するのでした。
「実はね」
「そのことを忘れると怪我も多くなる」
「そうだよ」
「うちの大学の人みたいに」
「そしてその野球選手みたいにね」
「あの野球選手はね」
王子はその人についてはこれ以上はないまでに眉を顰めさせて先生に言いました。
「残念だね」
「とてもね」
「あんなことになったらね」
それこそというのです。
「もう終わりだよ」
「うん、あれだけの才能があってもね」
「あんなことになったらね」
「駄目だよ」
「というかあれだけの実績があって」
王子はぼやく様に言うのでした。
「野球理論をしっかり勉強していたら」
「引退してからコーチになっていたよ」
「そうだよね」
「うん、監督にもなれたよ」
「僕みたいな外国から来た人も名前覚える位の人だからね」
「高校時代から有名だったんだよ」
その人はとです、先生は王子にお話しました。
「スラッガーでね」
「そしてプロでも打っていてね」
「あそこまでの実績を残したけれど」
「ああなったね」
「思えばね」
先生から見てもです、日本に来てまだ日が浅くてしかも野球のことも知ったばかりの人から見てもそれでもです。
「そうした変なことをした時点で注意するべきだったんだ」
「誰かがだね」
「野球選手なのに格闘家になろうとかね」
「そうしたトレーニングをしたり」
「食事を変えたりね」
「格闘家がバット振ってファーストミット着けてもね」
「野球選手じゃないからね」
先生はまた言いました。
「筋肉の付き方も構えも姿勢も違うから」
「怪我の元だね」
「まさにね」
そうだというのです。
「そうなるよ」
「どう考えてもおかしいよね」
王子も言うことです。
「誰かその時点で注意したら」
「ああはならなかったかもね」
「番長とか言って得意になってたし」
「あれもよくなかったよ」
「変なことをした時点で注意する」
「そのことは誰に対しても大事だよ」
先生は難しいお顔になって言うのでした。
「やっぱりね」
「そうだよね、まあ先生はおかしなところはないけれど」
ここでこんなことを言った王子でした。
「鈍いところはあるね」
「ううん、僕は鈍感ともね」
「よく言われるね」
「そうなんだよね」
「自覚あるんだ」
「人の気持ちに気付かない」
「気配りは凄いよ」
このことは誰が見てもです。
「人が困ってたらすぐに気付いて助けてくれるから」
「それでも鈍いって言われるね」
「そう、先生は鈍いよ」
「果たして何に鈍いのか」
「それがわかれば先生も違ってくるよ」
「どう違うのかな」
「まあまあ、それは神様が気付かせてくれるよ」
笑って言う王子でした、このことについては。
「それか導いてくれるよ」
「神様が」
「そうだよ、だからね」
それでというのです。
「このことは安心していいよ」
「何かよくわからないけれど安心していいんだね」
「そういうことについての鈍さはね」
「よくわからないね」
「まあわからなくてもね」
それでもとです、また言った王子でした。
「先生みたいな人こそ神様が助けてくれるから」
「そうだと有り難いね」
「そのことは安心していいよ」
「では僕にもご加護があって」
ここでこうも言った先生でした。
「相撲部の皆もね」
「いや、それはどうかな」
「あっ、お相撲は神道だからね」
「宗教が違うから」
「そうだったね」
「まあ神様を信仰しても」
それでもというのです。
「キリスト教のね、それでもいいかな」
「神道も信仰して」
「日本ではね」
「そうなるから不思議な国だよね」
「皇室の方も出家されていたね」
「ああ、そのことだね」
王子もはっとして応えることでした。
「天皇陛下もね」
「譲位されて上皇になって出家されてね」
「法皇様になられるんだよね」
「神道の総本山といっていい方々だけれど」
「うん、仏教にも帰依されていてね」
「神道は捨てていない」
「そういうところ凄いね」
信じられないことなのです、このことは他の国では。
「皇室の方が比叡山に入られることもあったっていうし」
「うん、実際にあったよ」
「神道と仏教は違う宗教でも」
「日本では同じ様に同時に信仰されているんだ」
「皇室の間でも」
「そうなんだ」
「神仏って言葉があるけれど」
これもまた日本独自の言葉みたいです。
「同じなんだね」
「宗教が違ってもね」
「じゃあ力士さんがキリスト教の神様のご加護を受けてもいいかな」
「多分ね。天理教の信者さんもいるしね」
力士さんにはです。
「結構沢山ね」
「ああ、あの宗教も」
「八条学園には宗教学部もあるね」
「そうそう、あるんだよね」
「それで神道や仏教、キリスト教や天理教のこともね」
「勉強してだね」
「聖職者の資格も貰えるんだよね」
そうした課程を受けてです。
「それも日本独自だね」
「まさにね、じゃあ」
「やっぱり力士さんがキリスト教を信仰しても」
「日本ではいいね」
「ここの宗教的にはね」
「そうなるね」
こうした結論に至るのでした、そして。
王子は自分の講義、受けるそれになってです。そちらに向かいました。後は先生と動物の皆が残りましたが。
ふとです、ホワイティが気付いたお顔になって起き上がって言いました。
「何かあるよ」
「何かって?」
「出来事がね」
それがあると先生に答えます。
そしてジップもです、お鼻をくんくんとさせて言いました。
「匂いが変わったよ」
「ジップもそう言うんだ」
「何かね」
「ううんと、何かなこの感触」
「何か起こる様な」
オシツオサレツも二つの頭で言います。
「一体」
「悪いことは起きなくても」
「こうした時ってあるね」
「そうよね」
チープサイドの家族も彼等の間でお話をはじめました。
「勘が教えてくれるっていうか」
「ジップのお鼻は別格にしても」
「僕も感じるよ」
皆の中では比較的のんびりしているダブダブもでした。
「今はね」
「さて、この感覚は何かな」
トートーはその丸くて大きな目をぱちくりとさせています。
「嵐とか地震のものじゃないけれど」
「どっちも洒落になってないけれど」
ガブガブは日本は地震が多いともうわかっているのでこのことは気をつけています。もっと言えば警戒しています。
「この感覚は確かに違うわね」
「さて、何かな」
チーチーも感じ取っています。
「僕達の動物の勘が知らせてくれることは」
「気になるわね」
ポリネシアは少し用心している感じです。
「これは」
「まあ本当に悪い感覚じゃないから」
最後に言ったのは老馬です。
「ここは安心して待っていようよ」
「皆がそう言うとなると」
先生もそんな皆の言葉を聞いて言うのでした、とはいってもいつも通りのマイペースで落ち着いてお茶を飲んでくつろいでいます。
「何かあるね」
「そう、悪いことじゃないにいしても」
「また先生に何かあるよ」
「先生の常だけれど」
「イベントだね」
「僕の人生は賑やかだよね」
先生は笑いながらこうも言いました。
「よく何かが起こるね」
「その何かが来るんだよね」
「先生のところにね」
「それで先生はそのイベントの中に入る」
「そして僕達と一緒にそれを過ごしていくんだよね」
「そうなんだよね」
いつもと言った先生でした。
「僕はね」
「僕達と一緒にね」
「トミーや王子も入れて」
「そしてなんだよね」
「いつも楽しくやっていく」
「大変なことがあってもね」
「大変なことがあっても」
それでもというのです。
「いつも落ち着いて冷静だとね」
「難しい局面でも乗り越えられるんだね」
「大変な状況でも」
「落ち着いていたら」
「そうして対処したら」
「そう、焦ったり慌てたら」
そうしたことをしたらというのです。
「解決出来ることも解決出来ないからね」
「まず落ち着くことだね」
「それからだよね」
「先生はいつもティータイムにはお茶だし」
「それだけ落ち着かないと駄目なんだね」
「僕はそう思っているよ」
実際にというのです。
「慌てたり焦ったりとかそうしろと言われても」
「先生は出来ないよね」
「そうした性分じゃないからね」
「どんな時でも落ち着いていて冷静」
「のどかなのが先生だね」
「怖いと思っても」
それでもなのです、先生の場合は。
「僕は焦らないんだよね」
「そうそう、まさにどんな状況でもね」
「恐怖で我を忘れたりはしない」
「何時でも自分のペースを守れる」
「それが先生のいいところなんだよね」
「僕は僕のこの性格に感謝しているよ」
微笑んで言う先生でした。
「それに何よりもね」
「何よりも?」
「何よりもっていうと」
「皆がいつも一緒にいてくれる」
そのこともというのです。
「それが何よりも有り難いよ」
「僕達がいつも先生と一緒にいてくれる」
「そのことがなんだ」
「先生にとっては何よりもなんだね」
「有り難いんだね」
「そうなんだ、そうしたことがね」
それこそというのです。
「有り難いよ」
「そういうことなんだね」
「つまりは」
「先生にとっては」
「僕は一人だとね」
到底というのです。
「何も出来ないよ」
「そういうことなんだね」
「僕達が一緒じゃないと」
「先生は困るんだね」
「そうなるんだ」
「絶対にそうなるよ」
まさにと言った先生でした。
「今だってそうだしね」
「僕達が何か感じた」
「そのことがなんだ」
「嬉しいんだね」
「そうなんだね」
「そうだよ、皆の感性を信じるよ」
こう言ってです、先生は。
今はお茶を飲むのでした、そうしてゆっくりとしていますと。
何とです、先日の先生にアドバイスを受けた相撲部の人のうちの一人、その人達の中でも一番大きかった人が研究室に来ました。
そしてです、先生に挨拶をしてから言ってきました。
「先生、実は」
「あれっ、また怪我人が出たとか?」
「いえ、怪我人じゃないです」
そうしたお話ではないというのです。
「そのことは安心して下さい」
「そうなんだね」
「はい、実は」
「実は?」
「今日はお願いがあって来ました」
先生のところにというのです。
「そうしてきました」
「というと」
「前に先生が来られた時にお話しましたが」
「怪我のこと以外にも」
「はい、今うちの顧問の先生が入院していると」
「ああ、そういえばね」
先生はその人にお茶を差し出してから応えました。
「そうしたお話もしていたね」
「そうです、それで」
「やっぱり顧問の先生がいないとね」
「うちの部では親方と呼んでいます」
「お相撲だからだね」
「はい、親方がおられないので」
交通事故で入院してです。
「そうした稽古や食事もしていて」
「親方さん以外にはコーチの人はいないのかな」
「うちの部はいないんですよ」
「そうなんだね」
「はい、実は」
お茶を受け取ってから先生に困ったお顔でお話するのでした。
「そうなんです」
「それは困ったね」
「つまりうちの部は親方がいないです」
まさにというのです。
「今は」
「親方がいない相撲部屋はね」
「稽古や食事も大変で」
それにというのです。
「しかもです」
「ううんと、親方即ち監督だね」
「はい、そう思って下さい」
まさにというのです。
「つまり試合をしてもです」
「監督がいないとね」
「というか練習試合すら組めません」
「それは参ったね」
「それで親方とお話をしまして」
入院中のその人とです。
「親方が入院している間は代理の親方を立てようということになりまして」
「うん、それはいいことだよ」
先生はまさにというお顔で答えました。
「監督がいないとどんなスポーツもね」
「何も出来ないですね」
「ラグビーでもサッカーでもクリケットでも野球でもね」
イギリスのスポーツが最初に出ます。
「それこそね」
「はい、ですから」
「是非代理の人を立てるべきだよ」
「それでその人ですが」
「誰かな」
「先生にと」
「僕って」
先生は落ち着いたままですが一瞬動きを止めました、ですがそれはまさにほんの一瞬のことで。
すぐにです、その人にこう問い返しました。
「僕に親方になって欲しいんだ」
「はい、そうです」
「僕お相撲を実際にしたことはないよ」
先生はこのことを断りました。
「一度もね」
「はい、そうですよね」
「ルールは知ってるけれど」
それでもというのです。
「やったことはないし」
「それでもです」
「僕にですか」
「はい、親方にです」
まさにというにです。
「お願いします」
「ううん、僕が親方ね」
「お忙しいですか」
「いや、多分部活の顧問を出来る位はね」
それ位の時間はとです、先生は答えました。
「あるよ」
「じゃあお願いします」
「けれど僕みたいな素人が親方をしても」
それことも言った先生でした。
「何も知らないけれど」
「いえ、先生が稽古や食事の仕方を教えてくれましたから」
「だからなんだ」
「先生しかいないと思いまして」
それでというのです。
「是非お願いします」
「それは相撲部全体の考えかな」
「はい、そうです」
その通りという返事でした。
「それでなんです」
「それなら」
「受けてくれますか」
「僕は何も出来ないけれど」
親方としてです。
「それでもいいんだね」
「大体のところは僕達がします」
「それでも親方は必要なんだね」
「そうです、親方が試合の申し込みの代表とかをするんですが」
「ああ、責任者だからだね」
「その責任者がいないんで」
「練習試合も出来なかったんだね」
先生もこの辺りの事情を理解しました。
「そういうことだね」
「僕達は代表が欲しいんです」
「そういうことだね」
「稽古や食事のアドバイスもしてくれたので」
「じゃあ僕は」
「はい、お医者さんとしてアドバイスをお願いします」
稽古やお食事のです。
「そっちをお願いします」
「そうした親方だね」
「代表であり」
「そういうことだね、わかったよ」
「じゃあ受けてくれますか」
「僕でよかったら」
こう答えた先生でした。
「そうさせてもらうね」
「宜しくお願いします」
「うん、これからね」
「暫くの間ですが」
「そうさせてもらうよ」
こうしてでした、先生は相撲部の臨時の親方になることになりました。ですが先生はこんなことも言ったのでした。
「ただね」
「ただっていいますと」
「僕は親方という呼び方はね」
それはというのです。
「あまり柄じゃないから」
「だからですか」
「監督の方がいいかな」
「呼び方はですか」
「そっちの方がいいかな」
「野球やサッカーみたいですね」
「そっちの方が好きだから」
それでというのです。
「そう呼んでくれるかな」
「監督ですか」
「どうかな」
「先生がそう言われるなら」
こう先生に答えるのでした。
「それで」
「うん、じゃあね」
「少しの間宜しくお願いします」
「こちらこそね、ただ」
「はい、ただ?」
「聞いたことによるとね」
先生は尋ねる感じで相撲部の人に言うのでした。
「角界ではよく厳しい稽古があって」
「相撲部屋とかですね」
「竹刀で叩いたりとかあるというけれど」
「うちの部活ではないですよ」
「あっ、そうなんだね」
「八条大学は体罰は禁止されてますから」
それでというのです。
「うちの部もないです」
「それはいいことだね」
「体罰なんかしたら」
それこそというのです。
「人も来なくなってすぐに問題になりますよ、それに何より」
「受けた相手が痛いからね」
「心も身体も」
「そう、どちらもですから」
「そう、禁止されているからしないんじゃなくて」
「最初からしたらいけないことですね」
「体罰はね」
本当にと言う先生でした。
「そのことがわかっていたらね」
「いいんですね」
「僕は絶対に暴力は振るわないから」
先生が誰かにそうしたことはありません、その相手が人でも生きものでもです。そうしたことは何があってもしないのです。
「そして怒鳴ることもね」
「先生はそうした人じゃないですね」
「うん、暴力はね」
先生にとってはです。
「絶対に否定するものだからね」
「そうですよね」
「そんなことをしたら」
本当にというのです。
「相手が痛いからね」
「心も身体も」
「どちらも傷ついた人も見てきたからね」
お医者さんとしてそうした患者さんも見てきたのです。
「あまりいいものじゃないよ」
「やっぱりそうですよね」
「相手は傷つけない」
その心も身体も。
「そうしないとね」
「やっぱりよくないですね」
「それが人としてあるべき姿だと思うから」
「先生は暴力は振るわれないですね」
「このことは約束するよ」
確かな声で、です。先生は部員の人に本当に約束しました。
「何があってもね」
「しろと言われてもですね」
「僕はしたことがないから」
それこそ生まれてからです、先生が誰かを殴ったり罵ったりしたことはありません。相手が誰であってもです。
「竹刀も持たないよ」
「わかりました、それでは」
「そのこともね」
約束すると言ってでした、そのうえで。
相撲部の人は先生に一礼してから研究室を後にしました、そして。
その先生にです、動物の皆が聞きました。
「先生竹刀持たないんだ」
「何か相撲部屋ではそれで指導というかね」
「叩いてでも教えるらしいけれど」
「そうしたことはしないんだね」
「監督になっても」
「だから僕は暴力は嫌いだね」
先生は皆にもこのことを言いました。
「そうだね」
「うん、それはね」
「その通りだよ」
「言われてみれば」
「そうしたことはしないね」
「僕達にもね」
「暴力は教育じゃないよ」
先生にはそうした考えは全くありません。
「それは人がしてはいけないことなんだ」
「暴力自体が」
「そうなんだね」
「鞭で人は教えられないよ」
こうも言ったのです。
「鞭を振るう先生は先生じゃないんだ」
「ただ暴力を振るう人」
「そうした人でしかないんだね」
「先生はそうした人になりたくないから」
「だから暴力を振るわないんだね」
「この考えは子供の頃からあるから」
先生の中にしっかりとです。
「しっかりとね」
「だから僕達にも他の誰にもだね」
「暴力は振るわないんだね、絶対に」
「例え何があっても」
「僕は紳士でありたいとも思っているし」
こうした考えもあるからというのです。
「だからね」
「それでだね」
「それはしない」
「そうなんだね」
「例え誰にも」
「そして相撲部でも」
「そうしていくよ、とはいっても僕は本当にスポーツの指導者になったことははじめてだから」
このことについても言う先生でした、困ったお顔になって。
「何か出来るかな」
「まあ頑張ろう」
「いてくれてるだけでいいって言ってたし」
「それじゃあね」
「何とかやっていこう」
「はじまる前から言っても仕方ないし」
こうも言った先生でした。
「やっていこうか」
「そうしようね」
「これからね」
「何があるかわからないけれど」
「僕達も出来ることをしていくから」
「やっていこう、はじめてのことでも」
「そうしていくしかないね」
先生も決意をさらに固めました、何はともあれ先生は今度は監督となって相撲部の皆の為に働くのでした。
相撲部の件から相撲部の監督に。
美姫 「タイトルから監督するとは思っていたけれどね」
だよな。相撲部とは思わなかった。
美姫 「監督ってなっていたからね」
驚いたが、やる以上は頑張ってくれるだろうな。
美姫 「そうね。どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待っていますね〜」