『ドリトル先生と森の狼達』
第十二幕 守られる生きもの達
三人で学園長さんのお部屋に入りました、すると。
立派な絨毯が敷かれ黒檀の立派な造りの席、そして日本の旗が飾られているお部屋にです。若くて背の高いすらりとした人がいました。
凄く高級そうなスーツとネクタイに身を包んでいて髪は整っています、お顔立ちはまるで貴族、それも東洋の面立ちのそれです。
その人は立っていました、そしてです。
先生達がお部屋に入るとこう言ってきました。
「ようこそ」
「お待ちしていてくれたのですか」
「はい」
園長先生に笑顔で答えるのでした。
「ずっと」
「そうでしたか、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、時間は時間通りです」
「そうでしたか」
「お話は伺っています」
この若く整った容姿の人は先生達に微笑んでこう言ってきました。
「早速お話に入りましょう」
「わかりました、学園長」
日笠さんがその人、この八条学園の学園長さんに答えました、そして。
学園長さんは先生達にお部屋の中のソファーに座ってもらってです、傍らに控えていた執事の人にでした。
紅茶を入れてもらいました、そして。
学園長さんはご自身の紅茶を見つつ先生に尋ねました。
「先生は紅茶派ですね」
「はい」
その通りだとです、先生は答えました。
「そうです」
「そう聞きましたので」
「紅茶にしてくれましたか」
「はい、そうです」
「有り難うございます、それでは」
「これよりですね」
「お茶を飲みながら」
見ればケーキも用意されています、シフォンケーキです。
「詳しいお話をしましょう」
「それでは」
先生はにこりと笑ってでした、お話に入りました。
学園長さんは紅茶を一口飲んでからです、先生に言いました。
「ニホンオオカミのことですが」
「お話のことですね」
「はい、正直噂は聞いていました」
学園長さんもというのです。
「あの辺りにまだいるという噂は」
「そうだったのですか」
「他にも秩父辺りにも噂がありますが」
まだニホンオオカミがいるというです。
「しかしそれでも」
「それでもですか」
「本当にいるとは」
学園長さんはしみじみとして言うのでした。
「驚きました、そして」
「そしてですか」
「この発見は私もです」
「学園長さんもですね」
「発表すべきと思います」
これが学園長さんのお言葉でした。
「是非共、そして」
「法律で、ですね」
「あの地域自体もです」
ニホンオオカミさん達がいるそこもというのです。
「保護区に指定すべきですね」
「そうですね、ただ」
「はい、法律を無視する人はいますね」
「保護区に保護動物としていても」
それでもというのです。
「密猟者や悪質な学者、それに」
「マスコミですね」
「僕の見たところですが」
「日本はマスコミが一番問題ですね」
「かなり悪質ですよね」
「残念ですが」
学園長さんもこのことは否定出来ませんでした。
「我が国のマスコミはかなり」
「酷いですね」
「まさに特権を持った、です」
学園長さんはあえてそこから先は言いませんでした、言うことが憚れたからです。
「ですから」
「法律もですね」
「報道の自由、言論の自由を盾に時には無視します」
「そのうえで環境を荒らしたりしますね」
「口では環境保護を言いますが」
そうしながらなのです。
「自分達はです」
「そうした人達ですね」
「はい、ですから先生の危惧は妥当です」
このことは当然だというのです。
「放置出来ません」
「では」
「先生もお考えですね」
「はい、お話して宜しいでしょうか」
「お願いします」
学園長さんは真剣なお顔で先生に答えました。
「先生のお考えを」
「あの辺りには民間伝承もありまして」
「民間伝承ですか」
「民俗学の分野の」
民俗学者でもある先生ならではお言葉です。
「そちらのことですが」
「ではそのことは」
「はい、あの辺りには山の神様や妖怪のお話もありまして」
「そのお話も広めてもですね」
「ですから」
それでというのです。
「迷信や都市伝説めいていますが」
「その噂も広めて」
「人が来ない様にしましょう」
「いいお考えですね、ただ」
「それでもですか」
「無神論者、迷信と言って捨てる人もいます」
マスコミや知識人の中にはです。
「それこそ自分こそが正しいと盲信していて」
「法律もそうした伝説も無視して」
「環境を荒らす人もいます」
「日本のマスコミや知識人は厄介な人がいるのですね」
「それだけ腐敗している世界なのです」
学園長さんは困ったお顔でまた言うのでした。
「我が国の知識人の世界は」
「法律も無視して」
「宗教やそうしたものも通じません」
「では何をモラルとしているかというと」
「自分自身です」
もっと言えば自分だけをです。
「自分しかない人達なのです」
「そうした人だから何でもですね」
「します、こうした人は非常に問題です」
「そうした人はどうすればいいでしょうか」
「ここはこうしましょうか」
ここで、でした。日笠さんが言ってきました。
「そうした人はどなたかすぐにわかりますね」
「はい」
そうだとです、学園長さんが日笠さんに答えました。
「リスト、それぞれの人の経歴や関係そして過去の行動もです」
「その悪事も」
「全てわかっています」
「ではそのことをネットで噂として流しては」
「ネットを使いますか」
「あまり奇麗なやり方ではないですが」
このことは認識しています、日笠さんも。
ですがそれでもです、ここはというのです。
「そうした悪質な人達にはです」
「そうしたやり方を使うしかありませんか」
「そう思いますがどうでしょうか」
「そうですね」
ここでまた言った学園長さんでした。
「ここは」
「それでは」
「はい、手を打ちましょう」
そうした悪質極まる人達に対してです。
「是非」
「その様に」
「このことは私からも人にお願いします」
「出来るだけ大人数で、ですね」
「ネットで拡散しましょう」
そうした人達の素顔、それをというのです。
「是非」
「ネットはマスコミや知識人に強いですね」
先生は日笠さんと学園長さんのお話を聞いてしみじみとして言いました。
「本当に」
「はい、ただ逆を言えば」
「ネットが出来るまではですね」
「彼等の素顔は中々暴かれず」
「そしてですね」
「その無法は野放しの状態でした」
学園長さんは先生に深刻なお顔でお話するのでした。
「彼等が何をしようと、どんな嘘を吐こうと」
「イギリスでもパパラッチが問題になっていましたが」
「日本はそれ以上でした」
「あのパパラッチ以上に悪質だったのですね」
「それもマスコミのかなりの数の人達が、特にテレビが酷かったです」
「新聞だけでなく」
「新聞も酷かったですが」
その新聞以上にというのです。
「テレビが酷かったです」
「誰も何も止められない」
「本当にやりたい放題でした」
「ネットが登場するまでは」
「そうした状況でした、しかしネットがあるので」
だからとです、また言う学園長さんでした。
「今回もそれを使うべきですね」
「そうなのですか」
「最悪彼等があの場所を荒らしても」
「その無法をネットで訴えることが出来ますね」
「その時にネットで拡散させますので」
「八条グループの力も使って」
「はい、その時は容赦しないでしょう」
学園長さんの言葉は穏やかですがかなり確かなものでした。
「一切」
「ネットで拡散していきますか」
「世界規模で、例え彼等が報道しなくとも」
日本のマスコミはこうしたこともするというのです、報道の自由を言いながら自分達にとって都合の悪いことは報道しないというのです。
「ネットで拡散すれば」
「彼等を糾弾出来るのですね」
「ですから事前に彼等の素性をネットで公表し」
「そしてですね」
「若し荒らしても」
「ネットで悪事を拡散しますか」
「そうしていきましょう」
マスコミや知識人にはインターネットをというのです、こうした事前の打ち合わせをしてでした。そのうえで。
園長さんもです、ケーキを食べつつ言いました。
「では法整備の用意をある程度進めて」
「そのうえで」
「下準備を進めて」
事前のです。
「それからですね」
「ニホンオオカミの生存を公表しましょう」
学園長さんは園長さんに応えました。
「公表してすぐに法律で彼等を守れる様にしましょう」
「では」
「はい、そしてネットでも危険人物の悪事や関係を暴露して」
「動けなくしておきましょう」
勿論最後の手段であるニホンオオカミさん達に害を為した場合への告発と糾弾のことも用意してでした。
先生達はニホンオオカミさんの好評を行うことに決めました、そうしたことを全て整えてそうしてなのでした。
学園長さんとのお話を終えてでした、先生達は学園長さんのお部屋を後にしました。そして先生は園長さんと日笠さんを動物園に送るのでした。
そしてです、先生はこうも言いました。
「これで万全ですね」
「はい、ここまでしないと」
「守れないのですね」
「稀少な動物は」
先生はこのことについて考えてでした。
そしてです、前を見てこんなことも言いました。
「法律もあって」
「そしてですね」
「ネットも使って」
「都市伝説の類も流布させて」
「そこまでしないとならないですね」
「そうですね、僕もです」
ここでまた言った先生でした。
「今回のことでわかりました」
「稀少動物の保護の難しさ」
「そのことがですね」
「本当にわかりました、非常に難しいですね」
「何しろ絶滅した動物は多いです」
「それも現在進行形で」
二人のお顔はここで暗いものになりました。
「ふとした不注意で絶滅してしまった動物も多いですね」
「ドードーやステラーカイギュウもそうでしたね」
「悲しい歴史ですね、人の手によって。ただ」
「ただ?」
「ただといいますと」
「そうした動物を守るのも人ですね」
先生はここでお二人にこうも言ったのでした。
「そうですね」
「確かに。法整備やインターネットでの告発も」
「そうしたことは人の手によるものです」
「人が動物を絶滅させそれと共に守る」
「両者は両立していますね」
「不思議なものですね」
そこに矛盾も感じて言う先生でした。
「人間が害を為し人間が守る」
「しかも文明がですね」
「そうさせますね」
「文明は生きものを滅ぼしかつ守りますか」
先生は少しお顔を俯けさせても言いました。
「本当に矛盾しますね、いえ」
「いえ?」
「いえといいますと」
「人間は善でもあり悪でもあり」
そしてというのです。
「文明もまた然りということですね」
「心の持ち方、使い方次第」
「それで善にもなり悪にもなる」
「生きものを絶滅させもするし守りもする」
「そうなるものなのですね」
「そうですね、人も文明も善でもあり悪でもある」
先生はこうも言ったのでした。
「このことは頭の中に入れておきます」
「では、ですね」
「今回はですね」
「人がニホンオオカミを守る」
「文明の産物である法律やネットを使って」
「そういうことですね、もう絶滅してはいけないです」
ニホンオオカミさん達はというのです。
「絶対に」
「彼等を文明で守りましょう」
「自然の中にある彼等を」
「そうですね、思えば自然と文明は対立しておらず」
先生はこの考えも言うのでした。
「共に地球の中にあるものですね」
「だからこそ影響し合いますね、今回の様に」
「そうもなりますね」
「では、ですね」
「今回はその様にしましょう」
園長先生と日笠さんは先生に応えるのでした、そしてでした。
お二人はそれぞれの場所に戻りました、先生は法整備をすぐに発案して審議出来てしかも即座にそれを成立させてです、問題のあるマスコミた知識人の素性をネットで暴露して動けない様にしてしかもその地域の妖怪話等も流布させたとです、学園長さんから連絡を受けてでした。ニホンオオカミさん達のことを公表しました。
この公表はあっという間に世界的な騒動になりました、ですが。
先生はこのことについてです、お家で言いました。
「僕のことはよくてね」
「ニホンオオカミさん達が無事に暮らせる」
「そうした状況が整うことがですね」
王子とトミーがその先生に答えます、今回はロシア風の紅茶に三段セットです・
「よかった」
「そうなんですね」
「うん、よく僕が世界的な発見をしたって言うけれど」
「そのことはどうでもいい」
「先生としては」
「そうだよ、僕はそのことについてはね」
まさにというのです。
「どうでもいいよ」
「うん、そう言うのがね」
「先生ですね」
「名声にも興味を持たない」
「そうしたところも」
「自分でもそう思うよ、とにかくね」
今回のことはというのです。
「色々とわかったよ」
「何か法律とか?」
「そのことで色々とあったんだよね」
その場にいたジップとチーチーが言いました。
「それで発表まで時間を置いた」
「そうしたんだね」
「あとインターネット」
「それも使ったんだよね」
ポリネシアとトートーも言います。
「何か色々とやって」
「狼さん達を守れる様にしたんだね」
「何かね、狼さんなら」
「守る必要もないんじゃかって思うけれど」
ガブガブとダブダブは狼さん達が強いからこう思うのでした。
「むしろ狼さん達から身を守る」
「そうも思えるけれど違うのね」
「狼さんをどう守る」
「今回はそうしたお話で」
老馬とホワイティも考えつつお互いにお話をします。
「先生も考えて悩んで」
「そうしていたね」
「そしてすぐにも発表せずに」
「今まで待っていたし」
チープサイドのご家族も言うのでした。
「何か本当にね」
「あれこれあったわね」
「いや、本当にね」
「今回は手が込んでいてしかもややこしいお話だったよ」
オシツオサレツの二つの頭での言葉はしんみりとしたものでした。
「難しくてね」
「時間もかかったね」
「そうだね、結局あれなんだ」
先生は皆の言葉を聞いてから言いました。
「どんな動物でも、人でもね」
「守られるんだね」
「狼さんみたいに強い人達でも」
「そうしないとなのね」
「絶滅してしまうのね」
「そうだよ、あそこにいる狼君達は野生のままでいるけれど」
このことはもう決まっています。
「けれどね」
「それでもなんだ」
「まだやることがあるのね」
「うん、彼等があそこまで減ったのは乱獲や生息地の減少よりも蚊だったね」
「ジステンバーね」
「あれのせいで数が減ったから」
「それの予防注射も検討されているよ」
普通の犬達の様にというのです。
「そのこともね」
「何かね」
「色々としないといけないんでね」
「それこそね」
「本当に」
「そうだよ、結局本当にね」
先生は皆にもこのことを言いました。
「人間が動物を絶滅させてそして守るんだ」
「矛盾してるね」
「同じ人間なのにね」
「絶滅させて守る」
「正反対ね」
「そうだね、正反対だね」
まさにというのです。
「人間は善でも悪でもあるから」
「絶滅させてしまうのは悪いこと」
「そして守ることはいいこと」
「人間は両方をする」
「そうしたものなんだね」
「そうなるね、いや本当にね」
それこそとも言う先生でした。
「矛盾するね、ただそれが人間だね」
「矛盾しても」
「それでも」
「善でもあり悪でもある」
「それが人間なんだね」
ここでもしみじみとした口調で言う先生でした。
「本当にそうだと言い切れないね」
「先生性悪論じゃないしね」
王子が先生にここで尋ねました。
「別に」
「うん、自分でもそう思うよ」
先生はロシア風の紅茶を飲みつつ王子に答えました。
「僕は性悪論じゃないよ」
「そうだね」
「どっちかというと性善説かな」
「そうだよね」
「完全にそうだとは言わないけれど」
「どっちかというとだね」
「そうだと思うけれど」
それでもというのです。
「少なくとも僕は性悪論じゃないよ」
「そうだよね、けれど」
「うん、人は最初は真っ白でね」
生まれたその時はというのです。
「完全な中立ニュートラルでね」
「そこから色々と知ってですね」
トミーも先生に言います。
「善にもなり悪にもなりますね」
「そうだよ、だから善でも悪でもあるんだよ」
「それが人間ですね」
「だから今回のこともね」
「狼さん達を絶滅させたのも人間で」
「守るのもね」
「人間なんですね」
トミーも言うのでした。
「そうなりますね」
「そうだよ、このことがあらためてわかったよ」
「先生哲学者でもあるしね」
「神学も学んでるし」
「だからそうした考えも持つ」
「そういうことだね」
動物の皆も言いました。
「成程ね」
「今回は哲学の話でもあったんだ」
「人も文明も善でもあり悪でもある」
「どちらでもあるんだね」
「そうなのね」
「そうだよ、哲学もね」
それもというのです。
「一概に言えないんだ」
「本当に難しい」
「僕達も実感したよ」
「先生と一緒にいてお話を聞いて」
「そうなったわ」
「善悪は何にでも言えてね」
そしてというのです。
「使い方、その人の心の持ち方次第だよ」
「じゃあお茶もかな」
王子はそのロシア風紅茶を飲みつつ述べました。
「これも変わるね」
「お砂糖を入れたら甘くなるね」
先生は王子に笑顔で答えました。
「ロシア風だからジャムを舐めつつ飲むけれど」
「お砂糖を入れたら甘くなってね」
「お塩を入れたら辛くなるね」
「まあ普通は入れないけれどね」
今度は王子が笑って答えました。
「確かにお塩を入れたら辛くなるね」
「塩辛くなるからね」
「そして美味しくなくなるね」
「まあ僕はそうして飲んだことないけれどね」
「だから普通はしないからね」
「他にも淹れ方次第で美味しくもなるしそうじゃなくから」
先生は淹れ方にも言及しました。
「お水をどうするかとかね」
「本当に違うね」
「そう、だからね」
「お茶にも言えるんだね」
「そう、何でもそうなんだよ」
「使い方、その人次第なんだね」
「変わるんだよ」
先生は温厚な笑顔で王子にお話しました、そして。
皆しみじみとしてです、それぞれ言うのでした。
「狼さん達は本当にね」
「今回は人が法律やインターネットで守るんだね」
「目には見えないけれどこれ以上はない位に強いもの」
「それでなんだ」
「そうだよ、文明で野生の狼君を守るんだ」
先生はまた言いました。
「そうなるよ」
「いい法律があってよかったね」
「狼さん達を守る法律がね」
「それにインターネットもあって」
「インターネットも悪い方向に使うとね」
先生はインターネットの危険性もわかっています、狼さん達を守ってくれるこちらも使い方を間違えるとです。
「大変なことになるんだよ」
「ああ、荒らしとかね」
「詐欺とかにも使う人がいて」
「ネットいじめとかあるし」
「そうしたことも」
「そう、悪いことに使うとね」
インターネットもというのです。
「とんでもなく悪いものになるんだよ」
「それをどうよく使うか」
「使い方次第だね、インターネットにしても」
「今回はいい方向にいい人達が使ってくれたけれど」
「悪い人達が悪いことに使ったら」
「物凄く悪いものになるね」
「僕もそのことを気にしているから」
だからというのです。
「荒らし、炎上についてはね」
「ああ、炎上ね」
「馬鹿なことしたり不用意な書き込みしてね」
「それで一斉に叩かれるんだよね」
「そうしたことにも気をつかないと駄目だね」
「インターネットも危険だからね」
非常に便利なことは確かです、けれどそれでも危険であることは紛れもない事実なのです。残念なことに。
「そこもわかってね」
「やっていかないといけない」
「今回みたいな使い方はいいけれど」
「悪いことに使うと駄目」
「そして悪い人にも注意ね」
「そうだよ、まあそういうことで」
先生はロシアのケーキ、クッキーを思わせるそれもかじって言いました。
「今はね」
「うん、このままだね」
「ロシアの紅茶を飲んで」
「そうして楽しもう」
「これも乾杯かな」
「うん、乾杯になるね」
その紅茶でのというのです。
「美味しい乾杯だね」
「お酒の乾杯じゃないけれど」
「紅茶の乾杯だね」
「それをしてだね」
「狼さん達のことでお祝いだね」
「そうしよう、皆で」
笑顔でこう言ってです、先生は乾杯の紅茶を楽しみました。その数日後です、先生のことが世界中で話題になっている中で。
サラがまた来日して先生のお家に来ました、そのうえで先生に言うのでした。
「やっぱり別に何ともないね」
「取材は断ってるよ」
先生は微笑んで妹さんに答えました。
「極力名前も出していないし」
「ある学者さんの調査で、なのね」
「そうだよ、そう発表してもらっているんだ」
「兄さんの名前本当に出ないわね
「別に有名になりたいとかね」
先生にはです、先生は今はお抹茶を飲みつつサラに答えます。勿論サラも今飲んでいるお茶はお抹茶です。
「僕に興味はないからね」
「昔からそうよね、兄さんは」
「有名になりたいとかね」
「お金持ちになりたい、偉い人になりたい」
「そうした気持ちはないよ」
「無欲なのよね、動物の皆と一緒にいられるのなら」
サラも先生のことを知っているので笑顔で頷くのでした。
「それで、よね」
「充分だよ」
「子供の頃からなのよね」
「そうだね、皆と暮らせていればね」
「もう満足ね」
「充分過ぎるじゃない」
それこそというのです。
「それに食べるものがあれば」
「もう何もいらないのね」
「ましてや今なんかね」
日本にいる今は、といいますと。
「大学教授なんていう地位もあって収入もあって」
「いいお家もあって」
「それで本も好きなだけ読めて論文も書けて」
「学問三昧ね」
「美味しい食べものにお酒、それに最高のティーセット」
先生がお茶の時間には欠かせないそれもというのです。
「これ以上ない幸せじゃない」
「動物の皆もいて」
「王子もトミーもね」
この皆もというのです。
「じゃあもう何もいらないよ」
「そういうことよね、まあ確かに兄さんは今最高に幸せだけれど」
ここでまた言うサラでした。
「もっと幸せになるつもりはないかしら」
「今こんなに幸せなのに?」
「さらにね」
「ここまで幸せでもっと幸せになれるのかな」
「兄さんさえ願えばそうなれるわよ」
「どういうことかな」
「兄さんがその幸せに気付けばね」
それでというのです。
「手に入れられるものよ」
「さて、それは」
「じっくり考えてね、兄さん哲学者でもあるから」
「哲学の話かな」
「ソクラテスのお話よ」
「ソクラテスというと」
このギリシアの哲学者の名前を聞いてでした、先生はふと思い出した様にしてこんな言葉を出したのでした。
「いい奥さんがいれば幸せになれる、悪い奥さんだと哲学者になれる」
「答え言ったじゃない」
「えっ、今?」
「兄さん自身がね」
「僕は確かに哲学者でもあるけれど奥さんはいないよ」
「自分で言った言葉の意味をよく考えてね」
サラは呆れたお顔で言うのでした。
「本当にね」
「よくわからないけれど」
「わかったら兄さんはもっと幸せになれるから、ただ」
「ただ?」
「兄さんもう日本でずっと住むつもりよね」
「うん、もうお仕事もあるし日本に根付いた感じがするしね」
それにと言う先生でした。
「日本が大好きになったから」
「日本にずっと住むのね」
「そうしたいと思っているよ」
「わかったわ、じゃあ私はこうして時々イギリスから来るから」
「大体数ヶ月に一回来てるね」
「だから主人のお仕事の関係でよ」
奥さんのサラもついて来ているからです。
「日本によく来て、主人の取引先がね」
「八条グループだから」
「その八条家の本拠地があるここにもよく来るのよ」
「そういうことになるね」
「その通りよ、じゃあまた来た時はね」
「今度はご主人も一緒に来てくれるかな」
「主人も?」
先生の今のお言葉にはです、サラはそのお顔を少しきょとんとさせて返しました。
「ここに来ていいのね」
「誰でも歓迎するよ、ましてやね」
「私の夫なら」
「大歓迎だよ」
「意外ね、兄さん小舅になるのね」
「あっ、そうだね」
サラのご主人からしてみれば先生は奥さんのお兄さん、つまり義兄にあたります。その立場の人を小舅というのです。
「僕はそうなるね」
「そのことについても何か思うことは」
「いいね、サラも結婚してご主人がいて子供もいて」
「義理の弟だからっていってもなのね」
「悪い感情はないよ」
「公平なところも変わらないわね、その兄さんなら」
サラはまたお茶を飲みはじめて言いました。
「きっともっと幸せになれるわ」
「またそう言うんだ」
「ええ、本当にもっと幸せになってね」
「サラ最近何かと世話焼きになったね」
「昔からよ、何だかんだで兄さんじゃない」
サラにとってはかけがえのない、です。
「それなら当然のことよ」
「そうなるんだ」
「そうよ、じゃあいいわね」
「その幸せ見付けようかな」
「もう言葉としては知ってるから後は実感するだけよ」
「言葉では知っている」
「ソクラテスの言葉よ」
またこう言うサラでした、その手元には日本の新聞が開かれていてニホンオオカミ生存の記事があります。ですがそこに先生の名前は書かれていませんでした。今サラの目の前にいる出会ってお話をした人はあえてそうしたことを望まず今は幸せについて考えていました、妹とお話をしながら。
「そういうことでね」
「ソクラテスねえ」
「そうよ、ソクラテスよ」
「何か狼のお話からソクラテスにもなるなんてね」
「それもまた面白いことじゃないかしら」
「悪法もまた法なり」
先生はソクラテスのこの言葉も出しました。
「そして良法もまた法なり」
「そんな言葉ソクラテスは言ったかしら」
「いや、僕の言葉だよ」
先生は笑って答えました、それが狼さん達を守ってくれるものであることを知っているからです。人が作ったそれが。そうしたことをお話しながら妹さんとはこれまで通り普通の兄妹の会話を楽しむのでした。
ドリトル先生と森の狼達 完
2015・5・11
狼に関することは出来る手は打ったという所か。
美姫 「そうね。何事も完璧は無理だしね」
これで守れれば良いな。
美姫 「ええ。で、今回もサラが来日してたわね」
毎度の事ながら兄である先生へ色々と言っているけれど。
美姫 「これまた毎度の事ながら反応が鈍いわね」
だな。そっち方面では一体どうなるのか。
美姫 「今回も楽しく読ませてもらいました」
投稿ありがとうございました。