『ドリトル先生と二本尻尾の猫』




                 第三幕  長靴を履いた猫

 先生はこの時ご自身の研究室にいました、講義を終えてそうして今は今度発表する論文を書いていました。
 そして一旦書いてからです、同僚の教授さんに見てもらいました。
 先生は教授さんが読み終わってからです、尋ねるお顔で問いました。
「あの、それで」
「はい、論文の内容ですね」
「如何でしょうか」
「はい、面白い論文ですね」
「面白いですか」
「そうです、細菌を生物として捉えたうえで」
 そうしてとです、教授さんは先生が書いた論文を一旦ご自身の前に置いてそうしてから先生ご自身にお話しました。
「その増殖や動きを考察していく」
「それがですね」
「こうした論文はよくありますが」
 それでもというのです。
「先生の論文は」 
「どういったものでしょうか」
「社会や他の細菌との関係も考えていますね」
「はい、細菌の社会です」
「そうしたお考えですか」
「そして僕のその考えがですね」
 先生は教授さんに言いました。
「面白いですか」
「流石ドリトル先生です」
 先生ご自身に微笑んで言うのでした。
「こうしたお考えがあることが」
「左様ですか」
「そう思います、あと先生は」
 今度は教授さんがです、先生に尋ねました。
「医学以外の論文も書かれていますね」
「はい、日本に来てから」
「文学や歴史学、民俗学も」
「そうしたものも研究しているので」
「それで書かれていますね」
「そうしています」
「いや、凄いですね」
 教授さんは先生に対して唸る様にして言いました。
「本当に」
「そちらの論文を書くことも」
「それも日本語で、ですよね」
「こちらに来てからは日本語でも書く様にしています」
「余計に凄いです」
 イギリス人である先生がそう出来ることがというのです。
「いや、本当に」
「そうですか」
「はい、私なんかとても」
 教授さんはまた言いました。
「そんなことは出来ないです」
「文学や歴史学の論文を書くことは」
「はい、出来ません」
 こう先生にお話してです、さらに言うのでした。
「医学だけで精一杯です」
「そうですか」
「先生は理系も文系もですから」
 両方の学問が出来る、そのことがというのです。
「神学もされていますよね」
「あっ、神学は」
「キリスト教のことは」
「僕の神学は実は」
「イギリス国教会の立場ですか」
「日本の神学とは違うと思います」
「そうなのでしょうか」
 教授さんは先生の今のお言葉には微妙なお顔になって返しました。
「先生の神学は」
「はい、この学園には神父様と牧師様がおられますね」
「そうです、カトリックとプロテスタントですね」
「イギリス国教会はプロテスタントの中でも」
「また違っていますか」
「そうなのです」
 こう教授さんにお話します。
「そうなっていますので」
「だからですか」
「こうした論文でいいのかと」
「そう考えておられますか」
「はい」
「ううん、別にいいのでは」
 先生のその懸念にです、教授さんは微妙なお顔になって答えました。
「そうしたことは」
「構いませんか」
「同じキリスト教ですから」
「同じ、ですか」
「そうです、仏教で言うと宗派の違いですね」
 教授さんは日本の仏教の考えから先生に答えました。
「そうですよね」
「そうなりますね」
「はい、ですから」
「イギリス国教会の立場の論文でも」
「別にいいと思います」
 全く、というのです。
「日本では誰も言いません」
「そうですか」
「はい、そもそも日本で言われたことありますか?」
 その論文の違いについて、というのです。
「そうしたことは」
「ええと、言われてみますと」
 先生は教授さんの指摘にこれまでのことを振り返りました、すると。
 何もなくてです、こう答えました。
「ないです」
「そうですよね」
「何か日本ではキリスト教と一括りにされていますので」
「カトリックとプロテスタント、そのプロテスタントの中の違いはですね」
「大きな問題ではないのです」 
 そうあれこれ喧々諤々と話す様なことはというのです。
「別に」
「そうなのですね」
「そうです、仏教もそうですから」
「では僕も気にせずに」
「書かれて下さっていいです」 
 神学の論文もというのです。
「イギリス国教会の論文も面白いですから」
「だからですか」
「日本にはあまり縁がないですから」
「イギリス人がいても前面には出ないですね」
 このことは実は先生もです、宗教はそのままでもです。
「言われてみると」
「ですから余計にです」
「面白いのですね」
「そうした論文だと神学部の方で話題になっていますよ」
「そうですか」
「はい」
 教授さんは先生ににこりとしてこう言いました。
 そのうえで、です。先生にこうも言ったのでした。
「あと、これは私事ですが」
「何でしょうか」
「実は私最近猫を飼いまして」
「猫をですか」
「正確に言えば猫もですね」
「そういえば貴方は犬を飼っておられましたね」
 先生は教授さんとのお付き合いの中でそのことを知っていたので犬のことをお話に出しました。
「そして今度は」
「娘が友達から貰ってきまして」
「猫をですね」
「まだ子猫ですがやんちゃで」
 ここで教授さんは少し苦笑いになって言いました。
「しょっちゅう家族に悪戯します」
「猫はそうした生きものですね」
「それで娘はよく猫を叱ります、妻も」
「そして教授は」
「はい、全くです」
 教授さんは先生に苦笑いのまま答えました。
「それが」
「叱ることはですか」
「しません」
「叱れないのですね」
「その子を見ていますと」
 他ならぬ子猫をというのです。
「どうしてもです」
「叱れないですか」
「叱ろうとはするんです」
 その猫が悪さをする度にです。
「けれど私が目の前に来ても」
「そうしてもですね」
「はい、全く動じていなくて気持ちよさそうに寝ていたり平気な顔をしていたり足で耳を掻いたり。あと顔を洗っていたり」
 全部猫の仕草です、けれどその仕草がだというのです。
「そんな動作を見ていると。実は犬に対してもですが」
「叱れないですか」
「どうしても」
「では叱るのは」
「犬も猫も妻と娘です」
 家族のうちのこの二人がしているというのです。
「そちらの担当は」
「では貴方は」
「甘やかすだけですね、それで私が叱られます」
 猫や犬ではなく、です。
「ちゃんと叱る時は叱らないと駄目だと」
「そうですか」
「そういえば先生はいつも多くの動物達と一緒ですね」
「はい」
 ジップやチーチー達とです、大学でも一緒です。
「そうです」
「彼等が悪戯をした時に叱ることは」
「ないですね」
「ないですか」
「そうなんです、僕が叱らなくても」
 そうしてもというのです。
「お互いに注意し合うので」
「それで先生は」
「元々怒ったり叱ったりしないんです」
 穏やかに忠告はしてもです、これは先生の性格故です。
「ですから」
「それで、ですか」
「はい、どうして」
「そうなのですね」
「僕は叱らないです」 
 先生の周りにいる動物達の誰もです。
「馬に乗る時も鞭を使いません」
「ただ乗られて」
「はい、行く先を言うだけです」
 たったそれだけだというのです。
「それだけです」
「それで充分なのですね」
「後は彼が進んでくれます」
 馬の方で、というのです。
「そうしてくれますので」
「鞭を使う必要はですね」
「痛いじゃないですか」
 鞭を使えばというのです。
「馬が」
「だから使われないのですね」
「そうです」
「そうですか」
「鞭で叩かれると物凄く痛いですよね」
「昔は子供に躾でも使っていましたね」
 愛の鞭という言葉がある程です。
「そうした言葉ある位に」
「はい、ですが叩かれてもです」
「子供には何にもならないですか」
「確かに悪いことをすれば注意しなければならないでしょう」
 けれどそれでもというのが先生のお考えなのです。
「ですが鞭を持って生徒を怯えさせてそして叩いて無理に何かをさせたり叱ったりということは」
「先生は違うというお考えですね」
「そんなことをしても何もなりません」
「そうですね、確かに」
「日本では今も生徒を竹刀で叩く先生がいますね」
「います」
 鞭ではないにしてもです。
「生徒を物凄い勢いで叩く人もいます」
「それはまた酷いですね」
「日本は学校の先生については」
「その質はですか」
「お恥ずかしい限りですが」
 教授さんはお口を苦いものにさせて日本の恥ずかしいところをお話しました、お話せざるを得ないと言った方がいいでしょうか。
「そうなのです」
「そういえば奈良県には」
「先生もご存知でしたか」
「あそこは相当に酷い先生が多いそうですね」
「はい、あそこもかなり酷いです」
 教授さんはその真実を否定しませんでした。
「もうとんでもない先生が何の処罰もされず勤務しています」
「生徒の子達が可哀想ですね」
「何しろ生徒を床で背負い投げをする先生がいますから」
「それは下手をすれば怪我では済みませんよ」
 先生もそのお話にはびっくりです。
「それこそ」
「しかしです」
「それでもですか」
「そうした先生が普通にいるのです」
「奈良県は」
「関西は奈良県だけではないですがね」
「こちらもですね」
 先生は今ご自身がおられる兵庫県のこともだと察しました。
「そうですね」
「そうです、そして」
「生徒の子達が迷惑をしているのですね」
「日本では暴力団と学校の先生は暴力を振るっても許されます」
 つまりこの二つの職業は同じレベルである場合があるというのです。
「そうしたことをすれば普通の企業では」
「いられなくなりますね」
「背負投げは柔道の技です」
 このことからお話する教授さんでした、そのお顔を先程までとは全く変えて顰めさせてのお言葉になっています。
「柔道は」
「はい、畳の上でするものですね」
「先生もそのことはご存知ですか」
「スポーツ、武道もそうですがしませんが」
 それでもというのです。
「ある程度の知識はあるつもりです」
「それも文化ですからね」
 スポーツ、武道もまた文化なのです。
「だからですね」
「そうです、それで」
「柔道のこともご存知ですね」
「柔道の投げ技は投げられた相手にかなりのダメージを与えます」
「そのダメージを軽減する為に畳を敷いてしますね」
「さもないと危険で仕方ありません」
 だからこそ柔道に畳は必要なのです。
「床で柔道の技なぞ。ましてやまだ中学生やそうした子供にしては」
「危険極まりますね」
「これはもう普通の行動ではありませんね」
「はい、心からそう思います」
 先生も嘆かわしいというお顔で答えました。
「とても」
「そうですね、ですが」
「日本ではですね」
「そうしたことがあるのです」
「そうしたことをする先生が普通にいるのですね」
「ましてその生徒は別に煙草を吸った訳でも無免許運転をしたとかではないです」
 こうしたことはというので。
「そこまではしていない、ただ部活にあまり来なくなった」
「些細なことで」
「そうしたことをされました」
「無茶苦茶ですね」
「そうですね、ましてその生徒は柔道を知らなかったのですから」
「つまりそれは」
「受け身も知らなかったのです」
 柔道の基本中の基本です、誰もが最初はこれを教えます。まずは投げられた時のことを考えてそうするのです。
「その子をそうしたのですから」
「ううむ、何処までも恐ろしいですね」
「そうしたことが出来る人が学校の先生です」
「それはすぐに何とかしないと」
「生徒が大変ですね」
「いや、日本は素晴らしい国ですが」
 それでもと言う先生でした、すっかり蒼白になったお顔で。
「そうしたとんでもない状況に光が当てられないこともですね」
「あります」
「そうなのですね」
「はい、先生は間違ってもそうした方ではないので」
「だからですか」
「素晴らしいと思います」
「自分がそうされたらと思いますと」
 こうも考えるのが先生なのです。
「とても」
「自分がやられて嫌なことはですね」
「他の皆にすることも」
 動物達も含めて、というのです。
「したら駄目です」
「そうしたお考えだから」
「僕は鞭を使いません」
 決して、というのです。
「彼、老馬にもそう言って約束しています」
「そうなのですね」
「はい、そうしています」
「そうですか、そうしたことが出来ることが凄いです」
「そうなりますか」
「それに先生は動物の言葉もわかりますよね」
「いつも会話しています」
 これこそ先生がみんなと心を通わせられる理由の一つです、そして心も通わせられているのです。
「どの子とも」
「そのことも大きいですね」
「言葉のこともですね」
「はい、非常に」
「先生は医学だけで他の分野も学者であられて」
 そして、と言う教授さんでした。
「しかもかなり独特の」
「学者としてはですか」
「面白いと思います」
 いい意味でそうだというのです。
 そしてです、教授さんは先生にこうも言うのでした。
「しかも権力とかお金とかには」
「興味がないです」
「そうですね、無欲な方ですね」
「特にお金の方は」
 どちらにも興味がないですがとりわけこちらになのです。
「ないです」
「イギリスでもですよね」
「そうなんです、むしろ今はかなり」
「お金がおありですか」
「いや、イギリスにいた時は患者さんが来なくて」
 動物が一杯なので患者さんが中々寄り付かなくなったのです。
「それで困っていました」
「ですが今はですね」
「はい、この大学の教授のお仕事がありますから」
 それで、なのです。
「決まった収入があるので」
「お金には困っていないのですね」
「しかも立派なお家もあります」
 あの広い日本風のお家です。
「満足しています」
「今の状況で」
「はい、そうなっています」
 そうだというのです。
「もう何もいりません」
「ううん、よく私達の世界では」
 教授さんはここでこんなことをです、先生にお話しました。
「大名行列の様にです」
「偉い人がですね」
「病院の中を歩いてそして診察したりしますが」
「僕はああしたことは」
「そちらもですね」
「興味がありません」
 本当に心からの言葉でした。
「いつも周りは賑やかですから」
「皆がいるからですね」
「はい、ですから」
 動物の皆のことです。
「そうしたことはもう出来ていますから」
「結局あれは権威主義なんですよね」
「お医者さんの世界の中で、ですね」
「幸いうちの大学、そして八条病院もそうではないですが」
「経営者のご一族の方々がお嫌いだからですね」
「はい、そうした権威主義をです」
 お医者さんの世界でのそうしたことをです。
「お嫌いで、他の分野もそうですが」
「それで、ですね」
「そうなんです、あと様々な学問の考え方も取り入れていまして」
「だから僕もですか」
「確か王子のお誘いで来られましたね」
「王子が経営者のご一族の方にお話してくれました」
 まさにというのです。
「それでこちらに来ましたが」
「それがはじまりでしたね」
「そうでしたが」
「先生はこの大学に合っていると思います」
「僕がですか」
「非常にユニークでかつ面白い学問なので」
 先生の学問がそうしたものであるが故にというのです。
「この学園に来られるべくして来られたと思います」
「運命ですね」
「そうなりますね」
「そういえば何かこの大学にも八条町にも日本自体にも」
「惹かれるものがですね」
「あります」
「ではまさにです」
「運命なのですね」
 先生が日本のこの町のこの大学に来た、そのこと自体がというのです。
「僕にとっての」
「そうなりますね、おそらく」
「そうですね、しかし本当にです」 
 先生は穏やかかつにこにことした笑顔でこうしたことも言いました。
「今の僕はです」
「満足されていますか」
「はい」
 まさにその通りだというのです。
「これ以上はないまでに」
「それは何よりですね」
「お茶も美味しいですね」
「そういえば先生はこちらに来られてから毎日ですね」
「はい、紅茶も飲んでいますが」
 それに加えてというのです。
「日本の様々なお茶もです」
「それもですね」
「はい、好きです」
 そうだというのです。
「とても美味しくて」
「そうですね、私は緑茶が好きです」
「そのお茶をですね」
「毎日飲んでいます」
 そうだというのです。
「健康にもいいですし」
「そうですね、お茶はとても身体にいいものでもあります」
「美味しいと共に」
「それでこの前日笠さんからお抹茶を頂きました」
「日笠さんというと動物園の」
「はい、あちらの方から頂きました」
「あの人は実は私も知っています」
 教授さんもというのです。
「とても女性的な方ですね」
「そうですね、お優しくて」
「お料理も上手で」
「それで頂いたのです」
 そのお抹茶をというのです。
「いや、それがまた美味しくて」
「どちらのお茶でしょうか」
「京都の宇治です」
「おお、宇治の」
「噂には聞いていましたが」
 宇治のお茶のことをです、先生はそれを日本に来てから聞いたのです。
「美味しいです」
「あそこのお茶はまた別格です」
「日本のお茶の中でも」
「下りものとさえ言われる位で」
「上方からのですね」
「そうなのです、その宇治のお抹茶を贈られるとは」
 このことからです、教授さんは先生を見てからこうしたことを言いました。
「そうですか、どうやら日笠さんは」
「あの方が何か」
「いえ、まあ先生も独身ですし」
「だからですか」
「お考えになってはどうでしょうか」
「何か最近よく言われますが」
「合うと思いますよ」
 教授さんは微笑んでまた言いました。
「先生と日笠さんは」
「ですが僕は」
「ご結婚のことは考えておられますね」
「一応は」
「では」
「それでは」
「いえ、それが」
 先生ははにかんでなのでした、こう教授さんに返しました。
「僕はどうにも」
「女性については」
「これまで交際したことがありません」
「そうなのですか」
「苦手でして」
 女性との交際はというのです。
「別に同性愛でもないですが」
「それでもですか」
「女性との交際は」
「ううむ、先生は恋愛学は」
 学問のことならかなりの先生もです、そちらの学問はといいますと。
「どうやらまだまだ」
「論文を書いていません」
「いえ、書かれて下さい」
 笑ってこう返す教授さんでした。
「是非」
「恋愛学の論文を」
「そして学問は論文も大事ですが」
「実学ですね」
「そうです、それも重要なので」
 だからこそというのです。
「そちらの学問にも励まれることを願います」
「難しいですね、スポーツ以上に」
「スポーツ以上にですか」
「僕は馬は乗られますがスポーツは苦手です」 
 その全般がです、先生は身体を動かすことはとかく苦手です。お散歩と乗馬はしますがそれでもなのです。
「どうしても」
「そして恋愛はですか」
「そのスポーツ以上にです」 
 苦手とだというのです。
「ですから」
「いやいや、苦手でもです」
 それでもだというのです。
「是非共です」
「そちらも学んで」
「ご結婚されて下さい」
「ううん、難しいですね」
「難しくともです」 
 それでもというのです。
「しません」
「そうなのですね」
「はい、ですから」
 絶対にと言ってです、そのうえで。
 教授さんは先生にです、こう言いました。
「そろそろ」
「では前向きにということで」
「いや、そのお言葉は」
「ありませんか」
「あまりにも日本人的ではないですか」
「日本人はよくこう言いますか」
「はい、ですから」
 それでというのです。
「そうしたことを仰ることなく」
「ここはですか」
「実践です」
 あくまでそうしなければならないというのです。
「試しに日笠さんにお返しをされては」
「お抹茶の」
「はい、それを勧めさせて頂きます」
 こう先生にお話したところで、です。教授さんはふと研究室の壁の時計を見てです。それから先生に言いました。
「では私は」
「これからですね」
「講義がありますので」
 それで、というのです。
「退散させて頂きます」
「わかりました、今日は色々と有り難うございます」
「何かありましたらいらして下さい」
 教授さんの研究室にというのです。
「お待ちしています」
「ではお茶を飲みながら」
「お話しましょう」
 こう最後に言ってでした、教授さんは席を立って先生とお互いにお別れの挨拶をしてです。そのうえでなのでした。
 先生の研究室を後にしました、先生は一人になったところでふとこうしたことを言いました。
「お返しの品は何がいいかな」
「それは紅茶でいいんじゃないかしら」
 ここで何処からか声がしてきました。
「お茶にはお茶よ」
「その声は」
「こんにちは、先生」
 こう言ってでした、そのうえで。
 先生の前の場所にです、お静さんが出て来ました。人間の姿でそのうえで。
 桃色で赤い桃の花の花びら達で彩られている奇麗な振袖にです、黒い袴を穿いています。そしてその足はくるぶしを完全に隠した長靴です。
 その格好をしてです、先生にこう言ってきました。
「来させてもらったわよ」
「ああ、今日来てくれたんだ」
「そうなの、今日はお店を抜けて来たのよ」
「お店を開けて大丈夫なのかな」
「奥さんがいてくれるから」
 だからというのです。
「いいのよ」
「そうなんだね」
「そう、それでだけれど」
「うん、先日言ってたけれどね」
「あのことだね」
「そうなの、実はうちのお嬢さんだけれど」
 お静さんは困ったお顔になって先生にお話するのでした。
「この人のことで相談があるの」
「何処か悪いのかな」
「言っておくけれどお身体は健康よ」
「じゃあ心のことだね」
「先生そっちの方は」
「うん、精神科の方もいけるよ」
「精神科かっていうとまた違うのよ」
 お静さんはこのことは断りました。
「まあ病ではあるけれど」
「病って」
「だから。恋の病よ」
「恋愛なんだ」
「そうなの、そのことだけれど」
「ううん、困ったね」
 恋愛と聞いてです、先生は困ったお顔になりました。そのうえでこうお静さんに返すのでした。
「さっきのお話は聞いてたから」
「お返しのところからは聞いていたわよ」
「僕が一人になった」
「その時からよ」
「じゃあ知らないんだ」
「何のお話してたの?」
「僕の結婚のことだけれど」
 先生はその困ったお顔でお静さんにお話しました。
「それがね」
「先生独身よね」
「うん、女の人と交際したこともね」
「ないのね」
「昔からそうしたことには縁がないからね」
「そう言われるとね」
 お静さんは先生のお顔を見てからこんなことを言いました。
「あまり女たらしっていう感じじゃないね」
「そういう人は知ってるけれど」
「先生ご自身はよね」
「うん、縁がないから」
 そうしたことは本当にです。
「だからね」
「恋愛のことについては」
「うん、どうすればいいかっていうと」
「相談出来ないの?」
「何も知らないからね」
 それこそ全くです、疎いと言っても過言ではない程にです。
「だからね」
「そうなのね、それは困ったわね」
「恋愛のことはね。ただね」
「ただ?」
「折角僕を頼って来たから」
 それならというのです。
「出来れば。全く何も知らないけれど」
「力を貸してくれるのね」
「僕に何か出来ることはあればね」
「そうなのね。それじゃあね」
「うん、何かあればね」
「じゃあお願いするわ」
 あらためてでした、お静さんは先生に言いました。
「色々と頼むわ」
「僕が出来ることを」
「そうさせてもらうわ」
「それでその娘はどんな人かな」
「お嬢さんのことなのね」
「具体的にどんな娘なのか知りたいけれど」
 先生はお静さんにこのことを尋ねました。
「いいかな」
「とてもいい娘よ」
「そうなんだ」
「私に一番優しくていつも一緒にしてくれている」
 それこそというのです。
「とてもいい娘なのよ」
「性格は悪くないんだね」
「だからとてもいい娘よ。ただね」
「ただ?」
「あまり気が強くなくて」
 それで、というのです。
「引っ込み思案なのよ」
「それで相手の人にも言えなくて」
「困ってるんだ」
「恋の病にかかっているのよ」
 そうした状況であることもです、お静さんは先生にお話しました。
「そうなのよ」
「成程、いい娘だけれど」
「そう、前に出られないのよ」
「そうした娘だね」
「そうした人だからどうしたらいいのか」
 お静さんは何時の間にか先生の前に座っています、そのうえで難しいお顔になって腕を組んでいます。そうしてです。
 先生にです、こう言うのでした。
「私もいい案が浮かばないのよ」
「じゃあここはね」
「何か案があるの?」
「うん、一つ思ったことは」
 それはといいますと。
「その娘も知りたいけれど」
「お嬢さんだけじゃなくて?」
「その他にもね」
 それとプラスしてというのです。
「相手の人のことも知りたいけれど」
「その想い人のことも」
「知りたいけれど」
「お互いを知ってなの」
「そこからどうするかをね」
「成程、考えることね」
 お静さんのお顔が変わりました、これまで考えるお顔でしたが。
 それがはっと気付いたお顔になってです、こう言いました。
「そうすればいいのね」
「まずはその娘と想われている人のお互いを知って」
「そこからね」
「うん、情報収集からにしよう」
「わかったわ」
 お静さんは先生のお言葉に頷きました。
「じゃあまずはね」
「まずは」
「ちょっと皆を集めるわ」
 こう言うのでした。
「そうするわ」
「猫の皆をだね」
「私の近くにいるね。実は私猫又で百年生きてるから」 
 このことも言うお静さんでした。
「この辺りの猫の顔役の一匹なのよ」
「あっ、そうなんだ」
「そうなの、もっともこの街には猫又結構いてね」
「お静さんだけじゃないんだ」
「そうなの、実はね」
「この街には猫又が他にもいるんだね」
「長老さんもおられるわよ」
 その方はどうした方かといいますと。
「千年生きておられる九本尻尾のね」
「九本尻っていうと」
「狐さんと同じよね」
「そうなるわね、あと千年生きた犬さんや狐さんもいるから」
 彼等もというのです。
「狸さんも」
「この街は一杯にるんだね」
「そうよ、私達みたいな存在もね」
 つまり妖怪の人達がです。
「凄いでしょ、千年生きている動物達がこんなにいるのよ」
「猫に狐に狸に犬に」
「他にもいるわよ」
「妖怪変化が集まる場所なのかな」
「この学園を中心として集まるの」
 八条学園、ここにというのです。
「この学園は結界があるけれど泉があってそこから学園の外にいても入られるほよ」
「君達も」
「そう、妖力を持っていてもね」
 つまり妖怪変化であってもというのです。
「いけるのよ」
「そうなんだね」
「そう、それでね」
 ここでまたお話を変えてきたお静さんでした。
「まずは私が元締めやっている場所の娘達集めてね」
「情報収集だね」
「そうさせてもらうわ」
「そうするといいよ」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「先生は恋愛は駄目なのね」
 このことも言うのでした。
「そういえばそんな感じだしね」
「そうだよ、昔からね」
「もっと積極的になってもいいのに」
「もてないよ、僕は」
「外見はそうでも大事なものはあるじゃない」
「大事なもの?」
「そう、心よ」
 そがあるというのです、先生は。
「とてもいい人だから」
「皆にそう言ってもらうけれど」
「私達だってそうだから」
「猫でもだね」
「大事なのは性格」
 それに尽きるというのです。
「まずはそれよ」
「外見は大したことじゃないのかな」
「いえ、それは大したことよ」
 お鈴さんはこのことは否定しませんでした。
「猫でも人間でもね」
「それでもなんだ」
「そう、まあ私はこの通りね」
 にこにことしてしかもくるくると可愛らしく動き回りながら言うのでした。
「抜群の可愛さだけれど」
「猫としてだね」
「自分でも思うけれど美形よ」
 こうまで言います、先生に対して。
「子供の頃からずっと可愛い可愛いって言われてきたのよ」
「それはいいことだね」
「そうでしょ、けれどね」
「まずはなんだね」
「そう、性格だから」
 それでというのです。
「先生もここは相手を見付けなさい、先生の性格ならね」
「相手いるから」
「優しくて公平で穏やかでしかも紳士なのよ」
 ここまで揃えばというのです。
「しかも裏表がなくて人の悪口も言わない」
「僕はそんなにいい人かな」
「いい人よ、少なくとも猫も人も他の動物もお肌の色や第一人称で馬鹿にしたりしないでしょ」
「それは後で大変なことになるからね」
 どんな相手もそれで判断してはとです、先生も答えます。
「しないよ」
「そこよ、そのこともね」
「僕のいいところなんだね」
「それでどうして相手の人がいないのよ」
「いるんだね」
「いるわよ、それでうちのお嬢さんも」
 その人もというのです。
「私が保障するけれどとてもね」
「いい娘なんだね」
「私は嘘は言わないから」
 こうまで言い切るのでした。
「本当にね」
「じゃあその娘とね」
「会ってみるの?」
「そして相手の人はね」
 そちらの方はといいますと。
「ちゃんとね」
「どうした人か調べるのね」
「そうしよう」
「わかったわ、じゃあまずはね」
「猫君達でね」
「その人のことを調べるわ」
「さてさて、恋の橋渡し役とは」
 先生はお静さんとのお話が一段落したところでこうも言いました。
「はじめてだよ」
「それでも宜しくね」
「うん、頼まれるとどうしてもね」
 ここでこう答えるのが先生です。
「断れないからね」
「やっぱりいい人ね、先生は」
「そうかな」
「それで損をするかも知れないけれど」
 頼まれると引き受けるその性格がです。
「けれどね」
「それでもだね」
「それ以上のものが先生は降って来るわ」
「マナがかい?」
「そして先生はそれを皆にあげてから残ったものを自分が受け取る人だから」
 先生のその徳によって得られたものをというのです。
「余計にいいのよ」
「だといいね」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
 そのお嬢さんの恋を適える為にとです、先生とお静さんは約束しました。そのお話が決まってからお静さんは先生にこんなことも言いました。
「さて、後はね」
「後は?」
「お話も終わったし私ちょっと動物園に行って来るわ」
「八条学園の中にある」
「動物園の猫ランドの顔役の以蔵さんとお話があるのよ」
「以蔵さんっていうと」
「猫ランドの中の猫又のうちの一匹よ」
 そうした人だというのです。
「その人とね」
「お話をしに行くんだね」
「そうなの、お酒を飲みながらね」 
 こう楽しそうにです、お静さんは先生にお話しました。
「そうしてくるわ」
「猫君達の間でのことかな」
「そう、動物園の犬さん達と猿さん達がちょっと揉めててね」
「犬君達と猿君達はよく衝突するからね」
「そう、それで私達が仲裁することになったけれど」
「その仲裁の仕方をどうするかで」
「以蔵さんに相談を頼まれてね」
「行くんだね」
「そうしてくるわ、じゃあまたね」
「うん、またね」
 先生とお静さんは笑顔で別れました、そしてです。
 二人はお別れしました、そしてそれぞれ動きはじめるのでした。



猫又のお静が先生に会いに来たな。
美姫 「来たわね。でも、よりによって相談事が」
先生の苦手とする恋愛事とはな。
美姫 「それでも協力する辺りが先生らしいわね」
だな。まあ、とりあえずは当人に会わないとな。
美姫 「後は相手の情報収集と」
さて、先生はどう動くのか。
美姫 「次回も待っていますね」
待っています。



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