『ドリトル先生と伊予のカワウソ』




              第五幕  狸の総大将

 先生と動物達は加藤さんに案内されて松山城に来ました、そうしてその松山城の天守閣に登ってそこからの景色を見てです。
 先生はとても嬉しそうにです、加藤さんに言いました。
「お話には聞いていましたが」
「素晴らしい景色ですね」
「日本のお城の天守閣については勉強していましたが」
「言うならば日本のお城の象徴です」
「そう言うべきものですね」
「神戸からでしたら近くにお城が幾つかありますね」
「はい」
 その通りだとです、先生も加藤さんに答えました。
「岡山城に姫路城、それに大阪城と」
「どのお城にもすぐに行けますね」
「はい、どのお城の天守閣も見事ですが」
「それでもですか」
「まだどのお城の天守閣も登ったことはありません」
「そうなのですか」
「この松山城がはじめてです」
 先生が登った天守閣はというのです。
「これまで機会がありませんでした」
「姫路城もですか」
「近くですし行くべきだったのでしょうが」
 それでもだというのです。
「日本に来て大学と八条町を見て回っていますと」
「あの大学、学園自体が色々なものがありますからね」
「動物園に水族館、博物館にと」
「植物園に美術館もありますしね」
「そうした場所を見回っていて」
「姫路城はですか」
「まだでした」
 行っていなかったというのです。
「今思うと惜しいことをしました」
「いやいや、お城は逃げませんよ」
 実際に残念そうなお顔になった先生にです、加藤さんは微笑んでこう言いました。
「決して」
「それではですか」
「はい、先生は日本にずっとおられるのですね」
「そのつもりです。国籍も取ろうかと考えています」
「それならです」
「時間がある時にですか」
「色々なお城に行かれるといいです」
「天守閣を見て登ればですね」
「そうされれば宜しいかと」
 こう言うのでした。
「大阪城にしても」
「大阪城、天下の名城と言われていますね」
「大阪の象徴ですね」
「大阪には行ったことがあります」
 その時に大阪城までは行っていないのです。
「それで美味しいものをかなり食べましたが」
「あそこは食の街ですからね」
「はい、しかし」
「大阪城にはでしたか」
「今度行ってみます」
「松山城は確かに天下の名城ですか」
 加藤さんは地元のこのお城を第一としました、ですが。
 しかしです、大阪城についてはこう言うのでした。
「あのお城もまた天下の名城です」
「いいお城なのですね」
「あの豊臣秀吉が築いた城です」
 それだけにというのです。
「それだけに違います」
「名城ですか」
「はい、とはいっても今の大阪城はあの時の大阪城ではありませんが」
「豊臣家は滅んでいますね」
「そうです、大坂の陣で」
 この戦の時にです、大阪城を築いた豊臣家は滅んでいるのです。
「滅んでしまい大阪城もです」
「落城していますね」
「ですから今の大阪城はあの時の大阪城と違います」
「大坂城と言うべきですね」
「字もそうですね」
 大坂と大阪というささやかな違いにしてもです。先生は日本語のこうしたことも勉強してわかっているのです。
「そうなりますね」
「そうです、とにかく今の大阪城はです」
「徳川幕府の頃のお城ですね」
「はい、そうです」
 大坂の陣で落城してです、それから後でまた築かれたのです。
「その頃の大阪城にです」
「あの天守閣を置いたのです」
「あの天守閣の形は豊臣家の頃の天守閣を再現したものです」
「徳川時代のお城のところにですね」
「それがあの大阪城と天守閣です」
「そうですね、あのお城にはそうした歴史がありますね」
 大阪城のことをです、先生は加藤さんとお話しながらしみじみと思うのでした。
「複雑な歴史ですね」
「しかもあの天守閣は三代目ですから」
「大坂の陣での落城の際に初代が燃えて」
「二代目も江戸時代の初期に落雷で燃えています」
「それで今は三代目ですね」
「昭和の初期に築かれています」
 それが今の大阪城の天守閣なのです。
「ですからこの松山城の天守閣とは違い」
「近代的な内装ですか」
「エレベーターもあったりします」
「そうですか」
「この天守閣は初代です」
 松山城のこれはというのです。
「何度も修繕はしていますが」
「江戸時代のままですか」
「そして江戸時代の趣がまだ残っています」
「その通りですね、素晴らしい木造建築ですね」
 先生はそこに日本も見てお話するのでした。
「このお城の天守閣は」
「松山人の誇りの一つです」
「坊ちゃんや坂の上の雲と並ぶ」
「美味しいものとも」
 そうしたものとも、というのです。
「共にです」
「そうなのですね、では」
「はい、これからどうされますか」
「景色は充分堪能しましたので」
「では降りられて」
「お城の中を散策されていいでしょうか」
「はい、どうぞ」
 是非にと言う加藤さんでした、そしてなのでした。
 先生と動物達は天守閣から見える松山市の景色を楽しんでからそこを降りてです、そうしてなのでした。
 今度はお城の中を見て回りました、その中も独特の趣があります。
 その中で、です。先生はこう言うのでした。
「こうしてお城を見て回っていますと」
「はい、何か感じられましたか?」
「江戸時代のこの松山城のご領主も歩いておられたのでしょうか」
「はい、そうしていました」
 実際にそうだったとです、加藤さんは先生に答えました。
「この城に住んでおられたので」
「そうですね」
「この松山城は殿様も自慢にされておられたとか」
「そうでしたか」
「四国でも高知城と並ぶお城です」
 そこまで素晴らしいお城だというのです。
「高知城もいいお城ですが」
「日本にはいいお城が多いですね」
「イギリスのお城とはまた違いますね」
「はい、イギリスのお城は砦か」
「城塞都市ですね」
「日本のお城とはまた違います」
 先生はそのお城の違いも加藤さんとお話しました。
「イギリス、いえ欧州や中東、それに中国もですが」
「城とは即ち街ですね」
「そうです、城壁で街を囲んでいます」
「それが城ですね、大陸の方の」
「しかし日本のお城は」
 今先生達がその中を歩いている松山城にしてもです。
「街を囲んでいませんね」
「平城京や平安京は違いましたが」
「それに小田原もですね」
「しかしこの松山城にしても」
「他の殆どのお城もですね」
「町を囲んではいません」
 城壁や堀で、です。
「そうしたことはありません」
「そこが違いますね」
「天守閣もありませんね」
「塔はありますが」
 物見のものです、その役割は天守閣と同じではあるのですが。
「こうしたものもです」
「ないですね」
「いや、こうして見ますと」
 先生はお城の中からさっきまでその中にいた天守閣を見ました。そのうえでこう言うのでした。
「芸術品の様ですね」
「よく綺麗な天守閣だと言われます」
「そうですね、実際にです」
「綺麗ですね」
「この様なものは日本にだけです」
「あるものですね」
「はい、他の国にはないです」
 先生はうっとりとしながらその天守閣を見て加藤さんにお話します、動物達も先生と一緒にそのさっきまで登っていた天守閣にいます。
「これもまた日本独特のものです」
「そう言われると驚きますね」
「驚かれますか」
「日本だけのものと言われますと」
「しかしです」
「天守閣はですか」
「この様な様式のお城にしてもですし」
 街を囲んでいないお城にしてもというのです。
「そして日本の建築様式も」
「欧州や中国とはまた違って」
「はい、あまりにも独特です」
「そこまで独特ですか」
「日本という国自体がですね」
 イギリスから来られた先生のお言葉です、それだけに加藤さんにしても先生のお言葉に確かなお顔で聞くのでした。
「あまりにも独自の文化を持っています」
「ううむ、時折言われることですが」
「他の国の方からですね」
「独特に過ぎると」
「しかし加藤さんはですか」
「これが普通だと思っています」
 日本がというのです。
「しかし違うのですね」
「イギリスも独特だと思いますが」
「日本は、ですか」
「またさらにです」
「独特であるのですね」
「それだけにです」
 先生は天守閣からです、またお城の中を見回してお話しました。
「面白く楽しく、魅了されます」
「魅了、ですか」
「はい、されます」
 そうなるというのです。
「ですからずっといたいとさえ思っているのです」
「どうも先生に日本は合っているのですね」
「合っているといいますか」
「魅了されたのですね」
「はい、そうです」
 まさにというのです。
「そうなっています」
「ではやはり国籍は」
「前向きに考えさせてもらいたいと考えています」
 先生はにこりと笑って加藤さんに答えました。
「是非にと」
「左様ですか」
「はい、では」
「それではですね」
「このお城もさらに」
「御覧になられますね」
「案内をして頂けるでしょうか」
 見れば先生の目は細くなっています、その細くなっている目でお城の中を今も見回してそうして楽しんでいるのです。
「このお城の中を」
「喜んで、私も楽しませてもらっていますので」
「お城の中を回ってですか」
「はい、そうです」
 だからだというのです。
「私も楽しんでいます」
「そうなのですね」
「では今日はお城を見て回って」
「このお城について学ぶのですね」
「そうなりますね」
「はい、そうですね」
 こうお話してでした、先生達は加藤さんの案内を受けて松山城の中も見て回りました。その日本の城壁もお堀も石垣もです。 
 先生は全部見ました、そうしてそこに歴史と文化を見たのでした。
 そしてです、出口のところに来てです、ジップとダブダブが先生に言ってきました。
「またあの匂いだよ」
「今度はこっちに来ているよ」
「近いよ」
「すぐそこまで来ているよ」
「そのお年寄りの狸さんがだね」
「うん、そうなんだ」
「あの人がね」
 来ているというのです、するとです。
 先生の前にでした、ある人が来ました。その人はといいますと。
 お年寄りでした、あの飄々とした感じのお年寄りです。その人が前に出て来てジップとダブダブはいよいよでした。
 先生にです、こう言いました。
「この人化けてるよ」
「間違いなくね」
「この人が狸だよ」
「相当長生きしているね」
「そうした匂いがするから」
「間違いないよ」
「ほっほっほ、わかるのじゃな」 
 お年寄りもです、二匹の言葉を聞いて笑って言うのでした。
「わしのことが」
「あっ、やっぱり」
「自分でそう言うんだ」
「この人やっぱり狸なんだ」
「そうなんだ」
「如何にも。わしは狸じゃ」 
 まさにそうだと答えたお年寄りでした、飄々とした笑顔で。
「伊予の仁左衛門という」
「仁左衛門といいますと」
 そのお名前を聞いてです、加藤さんがびっくりして言いました。
「伊予の狸の総大将にして松山の長老狸であられる」
「その通りじゃ、そういう御主は」
 狸は加藤さんを見て言いました。
「加藤さんじゃな」
「私の名前をご存知なのでした」
「当然じゃ、この松山にずっと住んでいる人なら誰でもな」
「誰でもですか」
「知っておるからのう」
「そうだったのですか」
「しかしこうして会ったのはな」
 それはというのでした。
「はじめてじゃな」
「まさかお会い出来るとは」
「はじめまして」
「はい、こちらこそ」
 挨拶も交えるのでした。
 そしてです、お年寄りつまり伊予の狸の長老さんはこう先生に言うのでした。
「ドリトル先生じゃな」
「はい、そうです」
「はじめまして」
 長老さんは先生にも挨拶をしました。
「仁左衛門狸じゃ」
「お話は加藤さんからお聞きしていますが」
「わしが伊予の狸の総大将であることをじゃな」
「まさかお会い出来るとは思っていませんでした」
「話は聞いていてもか」
「はい、またどうしてこちらに」
「実はじゃ」
 長老さんはこう先生に言うのでした。
「先生ならと思ってな」
「僕ならですか」
「うむ、それでじゃが」
「それでとは」
「まあ団子か餅でも食べながら話をするか」
 長老さんはこう言ってでした、先生達をお城の外に案内してです。
 そしてです、茶店に案内してこそこでお団子とお抹茶を楽しみながらです、先生に言うのでした。
「先生はカワウソを知っておるかのう」
「ニホンカワウソですね」
「そうじゃ、もうこの愛媛にもおらんで」
「その様ですね」
「日本にもおらん様になったようじゃな」
 こう寂しいお顔になって言う長老さんでした。
「残念じゃが」
「そのカワウソのことでしょうか」
「とはいってもここの動物園のカワウソではない」
 先生達も観たそのカワウソ達ではないというのです。
「とはいってもニホンカワウソでもない」
「その絶滅したかも知れない」
「カワウソはカワウソでもじゃ」 
 それでもだというのです。
「他所から来たカワウソじゃ」
「他所からといいますと」
「人間には気付かれておらぬが今松山は揉めておるのじゃ」
 微妙な顔になってお茶を飲みながら言う長老さんでした。
「ここは狸達の街でもあったが」
「四国自体がですね」
「そうじゃ、、しかしイギリスからな」
 ここで先生のお顔を見た長老さんでした。
「カワウソが来てな、勿論相当に長生きして人の姿になれるカワウソ達じゃ」
「長老さん達と同じ」
「その連中が来てな」
 それでだというのです。
「こちらに住ませて欲しいと言っておるのじゃ」
「移住ですか」
「そうじゃ、カワウソでもな」
「イギリスのカワウソだからですか」
「どうしたものかと思っておるのじゃ」
 その移住を認めるかどうかというのです。
「そのことでじゃ」
「僕に相談をしたいと」
「そう思ってな」
 それでだというのです。
「先生と是非お話をしたいと思い」
「ここに来られたのですね」
「そういうことじゃ。先生はイギリス生まれじゃからな」
「イギリスから来たカワウソ達は、ですか」
「あちらの話も聞いてな」
「仲裁をですね」
「そして知恵も授けて欲しくてな」
 先生のところに出て来たというのです。
「先生が松山に来られたのを機にお邪魔した」
「左様でしたか」
「そうじゃ、それでなのじゃが」
「僕で宜しければ」
 先生は団子を食べながら長老さんに微笑んで答えました。
「お願いします」
「そう言ってくれるか。それではな」
「はい、それではですね」
「カワウソ達のことをお話しようか」
「一体どうした方々でしょうか」
「カワウソではあるがな」
 それでもだとです、長老さんは先生が自分の申し出を受け入れたことを喜んでからすぐに微妙なお顔になって言いました。
「どうも考えがわからんのじゃ」
「カワウソさん達とのお付き合いは」
「かつてはあった」
 これが長老さんのお返事でした。
「あの人達が日本のあちこちにいた時はな」
「その時はですか」
「今さっき言ったがカワウソも化けられるのじゃ」
 狸達と同じく、というのです。
「そしてわし等狸達とも仲がよかった」
「では」
「それはあくまでこの国のカワウソ達じゃ」
 つまりニホンカワウソのお話だというのです。
「日本のカワウソじゃからな」
「イギリスのカワウソ達とはですか」
「はじめて会った、むしろ来て驚いておる」
「この松山に」
「金之助先生がイギリスに縁があるのは知っておる」
「しかしイギリス自体には」
「わしも他の狸達もな」
 誰もがというのです。
「イギリスには行ったことがない、誰も知らぬ」
 イギリスのことをというのです、長老さんはその飄々とした感じのお顔を難しいものにさせてそのうえで先生にお話するのでした。
「そしてあちらのカワウソのこともな」
「異国の彼等のことは」
「その異国のこともな」
「そうですね、ではここは」
「どうすればよいかのう」
「まずはです」
 先生はこう長老さんに言いました。
「狸さん達のお話を聞きたいのですが」
「わし等のか」
「はい、まずはです」
 それからというのです。
「貴方達のお考えを」
「イギリスから来たカワウソ達とどうしたいのかをじゃな」
「そのことをです、そして」
「それからもあるのじゃな」
「あちらのお話も聞きたいと思っています」
 カワウソさん達のお話もというのです。
「双方の」
「まずはそれからか」
「はい、狸さん達だけでなく」
「相手のこともじゃな」
「お聞きしてから」
「考えて下さいるか」
「そう考えています」
 先生は長老さんにこうお話するのでした。
「長老さんはまだどうされるかは」
「どうしていいかわからんからのう」
 長老さんは難しいお顔で先生に答えました。
「それでな」
「僕を尋ねてくれたのですよね」
「先生が松山に来られなかったら四国の狸の長老達と話してな」
「それぞれのお国のですね」
「団三郎達と話してな」
 そして、というのです。
「どうしようかと思っておったのじゃ」
「そうだったのですか」
「うむ、しかし幸い先生が来られた」
 だからだというのです。
「今こうして先生のところにお邪魔したのじゃよ」
「そうですね」
「これが日本のカワウソ達なら問題はなかった」 
 何もというのです。
「昔は付き合いもあったしのう」
「しかしイギリスから来ているからですね」
「動物園におるな、あのカワウソさん達はよいのじゃ」
 彼等は別にというのです、それはどうしてかといいますと。
「動物園も松山じゃがあそこから出ることはないからのう」
「あの動物園が彼等のお家だからですね」
「別によいのじゃ。しかしのう」
「イギリスから来られたカワウソさん達はですね」
「この松山に家を置いてじゃ」
 そしてというのです。
「松山だけでなくあちこちで遊んだりするからのう」
「狸さん達ともお会いすることもありますね」
「そこが気になるのじゃ」
 どうにもというのです。
「イギリスからのカワウソ達とわし等は上手くやっていけるか」
「そのことがですね」
「わからぬのじゃ」
「お国が違うからですね」
「そうそう、実は種族が違うのも気になるが」
「そのことはですね」
「何度も言うがわし等はかつてはカワウソさん達とは付き合いがあった」
 ニホンカワウソが普通にあちこちで見られた頃はです、四国この愛媛の狸さん達もカワウソさん達とお付き合いがあったのです。
 だからです、長老さんも狸とカワウソの違いは気にはしていてもそれ程ではないのです。やっぱり気になることは。
「日本とイギリスじゃ」
「二つの国の違いですね」
「幸い先生もイギリスから来られた方じゃしな」
「この問題の解決が出来ると」
「そう思ってお聞きしておるのじゃよ」
 長老さんは真剣に考えているお顔です、そのうえでの言葉です。
「どうすればよいかとな」
「ですからまずはです」
「わし等の話を聞いてか」
「そしてカワウソさん達のお話も聞いて」
「それからじゃな」
「どうすべきか考えようと思っています」
「わし等も話し合いをすべきか」
 先生のお話を聞いてでした、そのうえで。
 長老さんは考えているお顔のままで先生にこうも言いました。
「カワウソさん達と」
「そのことは必要があれば」
「そうすればよいか」
「はい、まずはです」
「先生にお話を聞いてもらうか」
「狸さん達のお考えを」
「わかった、ではな」
 ここまで聞いてでした、長老さんは決めたお顔になってでした。
 そうしてです、先生にこう答えました。
「まずは今夜にでも」
「今夜ですか」
「うむ、道後温泉に来てくれるか」
「それで温泉で、ですね」
「湯に入りながら一緒に話をしようぞ」
 これが長老さんの提案でした。
「皆も集めて来る」
「狸さん達もですか」
「愛媛のな」
 松山だけでなく、というのです。
「今からすぐに集めるからのう」
では大勢で」
「うむ、話をしようぞ」
 その道後温泉でというのです、こうしてまずは今夜先生は狸さん達とお話することを決めたのでした。そうしてです。
 そのことを決めてです、長老さんは先生に言いました。
「それではな」
「はい、今夜ですね」
「道後温泉に来て欲しい、では今はじゃ」
 長老さんはお団子を食べてお茶を飲んでからです。 
 先生と加藤さんにです、微笑んでこうお話しました。
「ではこの店のお金はわしが払っておく」
「いえ、それは」
 加藤さんは長老さんの今の言葉に少し驚いて言いました。
「あまりにも」
「いやいや、先生さん達はお客さんじゃ」
「だからですか」
「加藤さんも彼等もじゃ」
 長老さんは微笑んで今も先生の周りにいる動物達を見ました、勿論彼等もお茶やお菓子をとても美味しそうに楽しんでいます。
「だからな」
「それで、ですか」
「うむ、お客さんに払わせる訳にはいかぬ」
 お店で飲んで食べたその代金をというのです。
「だからな」
「長老さんがですか」
「金のことは心配いらぬ」
 それも全く、というのです。
「金なら幾らでもあるわ」
「左様ですか」
「これでも愛媛の狸達の総大将じゃ」
 そうした立場にあるからだというのです。
「金には困っておらぬわ」
「だからですか」
「うむ、金のことは気にすることはない」
 それも全く、というのです。
「温泉の方もな。安心するのじゃ」
「そちらのお金もですか」
「しかも道後温泉は馴染みじゃ」
 長老さんは加藤さんににこりと笑って告げました。
「では晩にな」
「はい、では晩御飯を食べましたら」
 それならと応えた先生でした。
「温泉にお邪魔します」
「湯を楽しみながら話そうぞ」
「それでは」
 こうしてです、お店のお金も払ってくれてでした。
 長老さんは飄々とした感じで先生達の前を後にしました。その長老さんを見送ってからです。加藤さんは驚いたままのお顔で先生に言いました。
「いや、まさか」
「その愛媛の狸族の総大将にお会いすることはですね」
「思いも寄りませんでした」
 こう先生に言うのでした。
「想像すらも」
「していませんでしたか」
「全くです」
「私も。まさか」
「お会いするとはですね」
「思いませんでした」
「しかしそれでも」
 先生の今のお顔を見て加藤さんはこうも言いました。
「先生は落ち着いておられますね」
「実はこうしたことは多いので」
「先生はですか」
「色々旅行とか冒険もしていまして」
「そういえばイギリスにおられた頃は」
「はい、動物園や郵便局、サーカスをしてたこともあります」
 先生はその頃のことを楽しげに思いだしながら加藤さんに笑顔でお話するのでした。
「色々としていました」
「そうでしたね、お話は聞いています」
「ここだけの話月に行ったことも」
「アームストロング船長みたいですね」
「あの時も色々とありました」
「そうしたご経験があるからですか」
「どうもです」
 何が起こってもというのです。
「動じない様になりました」
「そうですか」
「はい、ですから」
「狸族の総大将にお会いしても」
「確かに想像していませんでしたが」
「動じられないのですね」
「むしろ楽しいと」
 先生は穏やかな笑顔で加藤さんにお話するのでした。
「思っています」
「楽しいですか」
「色々な出会い、そして出来事と巡り合うことは」
 楽しいというのです。
「非常に」
「そうなのですか、先生は大きいですね」
「お腹がですか」
「いえいえ、そうではなくです」
 加藤さんは先生の今のジョークには思わずくすりとなって返しました。先生がここでお腹を摩ったのも見てです。
「器がです」
「大きいですか」
「はい、とても」
 それが大きいというのです。
「そう思います」
「何か褒められますと」
「気恥ずかしいですか」
「どうにも、そうされることは苦手で」
 だからだとです、ここでもこう言う先生でした。
「そういうことで」
「すいません、しかし今夜ですね」
「道後温泉で」
「行きましょう、あそこも案内させてもらうつもりでした」
「松山の名所の一つだからですね」
「とても楽しい場所ですから」
 温泉だからです、温泉はそれだけでとても楽しい場所なのです。
「明日にでもと思っていました」
「そうだったのですか」
「しかし今夜はです」
「晩御飯を食べてですね」
「そこに行きましょう」
「わかりました、それでは」
 先生達の間でもお話は決まりました、加藤さんも一緒に道後温泉に行くことになりました。そしてそのことを決めてからです。
 ポリネシアがです、先生にこう言ってきました。
「先生、いいかしら」
「うん、何かな」
「京都では狐さんにお会いしたわよね」
「そうだったね、助けになって何よりだよ」
「そうよね、それでここでは狸さんで」
 ポリネシアはこのことから言うのでした。
「カワウソさんはイギリスから来られてるけれど」
「ニホンカワウソもね」
「化けるのよね」
「そうだね、長生きすると」
「日本って化ける動物が多いのね」
「そうだよ、他には穴熊も化けるよ」
 人間や他のものにというのです。
「犬や猫だってね」
「あれっ、僕もなんだ」
 ジップは先生が日本の犬が人間や他の生きものに化けたりすると聞いて少し驚いたお顔になって言うのでした。
「そうなんだ」
「そうだよ、狼だってね」
「ふうん、そうなんだ」
「他には鼬だってそうだし」
「その動物もなんだ」
「日本は化ける生きものが多いんだよ」
「狐さんや狸さんだけじゃないんだ」
 ジップはここでこのことを知ったのでした。
「中国の狐が化けることは聞いてたけれど」
「そうだね、けれどね」
「日本では他の動物もなんだね」
「蛙や蛇もそうだったかな」
「何でもなんだ」
「まあ確かに多いね、鼠もね」
 今度はホワイティを見つつお話した先生でした。
「人間に化けたり普通に人間とお話したりね」
「僕は化けられないよ」
「そうだね、けれどね」
「日本の鼠はなんだ」
「長生きしていると妖力、魔力と言っていいかな」
 ここでイギリスの言い方も入れた先生でした。
「それを持つ様になってね」
「化けられるんだ」
「そうなんだ」
「何か日本の動物って凄いね」
 鼠も含めてと言うホワイティでした。
「長生きしていると魔力を持ってそれが出来るって」
「いや、今回の話のカワウソさん達はね」
「僕達の祖国から来てるね」
「そう、だからね」
「どの国でもなのかな」
「そうみたいだよ、けれどやっぱり日本の動物はね」
 先生もこのことは否定しませんでした。
「確かにそうした話が多いね」
「そうですよね」
「日本はこうしたことも独特かな」
 様々な動物達が化けられることもというのです。
「それに動物達も人間の世界にいても」
「何か自然だね」
「僕達も最初は少し驚かれたけれどね」
「それでもね」
「今は普通だからね」
「普通に町で先生と一緒にいるしね」
 八条町でもです、確かに最初こそ先生といつも一緒にいて驚かれましたがそれでも今は普通に見られています。
「何か動物に対する垣根がない?」
「普通に家族として皆受け入れてるよね」
「人間は人間、動物は動物じゃなくて」
「あまりその垣根がない」
「そうよね」
「日本だと」
「どうも日本の考えがあるね」
 そこにと言う先生でした。
「日本は神様があらゆるところにいるからね」
「八百万の神ね」
 トートーが言ってきました。
「それね」
「そう、日本の宗教だよ」
「神道ね」
「日本の神道では神様が凄く多いんだ」
「それで八百万ね」
「やおろずのね」
 とにかく数が多いという意味での言葉です。
「それだけ多いんだよ」
「だから動物達にも」
「神様がいてね」
「何か自然と人間が」
「一体になっているね」
「イギリスよりもずっとね」
「言うならばイギリスの妖精達も神様になるのかな」
 先生はこれまで日本について勉強したことをここで思いだしながら皆にお話しました。
「ありとあらゆるものに神様が宿っていて自然と人間が一体化していてね」
「人間と動物もなんだ」
「普通に一緒にいるんだ」
「そこも独特かな」
 先生は考えるお顔で言うのでした。
「だから僕みたいに普通に君達と一緒にいてもね」
「周りの人も慣れてきたんだ」
「そうなんだね」
「そうじゃないかな、日本は本当に独特の国だね」
 先生もそのことを痛感するのでした。
「あらゆる動物、人間も含めて一緒にいるからね」
「僕達も自然に受け入れてもらえて」
「仲良く出来るからね」
「日本のことをもっと知りたくなったよ」
 先生の笑顔が変わりました、知的なものを求めるお顔にです。
「ずっと日本にいてね」
「日本についてはです」
 加藤さんも先生に言ってきました。
「外国から来られた方の中には先生の様に」
「言う人がですね」
「おられます」
「独特な国だと」
「そしてその独特な部分にです」
「魅力を感じてですね」
「好きになってくれる方がおられます」
 まさに先生の様にというのです。
「そうなってくれます」
「そうですか」
「はい、そうなってくれます」
「それはそれだけ日本のその独特さにです」
「魅力があるというのですね」
「はい、そうです」
 先生もこう加藤さんに答えます。
「ですから余計に日本にいたくなりました」
「それは何よりですね」
「国籍は本当に考えさせてもらいます」
「日本人にですね」
「なりたいと思えてきました」
 これまで以上にというのです。
「少なくともずっと日本にいたいです」
「八条大学に来られたことは先生にとってよかったみたいですね」
「はい、とても」
 先生ご自身もそう思っているのでした。
「そう思います」
「何かこちらの方が」
「加藤さんの方がですか」
「そこまで祖国のことを好きになって頂けると」
 それが、というのです。
「恥ずかしくなってきます」
「そうなのですか」
「どうにも」
 こう言うのでした、今度は加藤さんがです。
「自分のことではないにしても」
「そのお国が褒められるとですね」
「恥ずかしくなります」
 どうにもというのです。
「そこまでいい国かとも思います」
「僕はそう思いますが」
「いえ、それでも」
「恥ずかしくなりますか」
「どうしても」
 そうなるというのです、そうしたことをお話してでした。
 先生達は一旦旅館に戻りました、そこでまた美味しいものを食べてです。
 そうしてです、加藤さんは先生に晩御飯を食べ終わってからすぐに言いました。
「では先生」
「はい、今からですね」
「温泉に向かいましょう」
「道後温泉にですね」
「長老さんがお待ちです」
「そしてそこで、ですね」
「あの方々のお話を聞きましょう」
 こう言うのでした。
「温泉を楽しみながら」
「わかりました、それでは」
 先生も加藤さんの言葉に頷いてでした、御飯を食べ終わった余韻もそぞろに席を立ちました。そうしてでした。
 動物の皆にもです、笑顔でこう言いました。
「じゃあ君達もね」
「あっ、僕達もなんだ」
「一緒に来ていいんだ」
「うん、だって僕達はいつも一緒じゃないか」
 だからだというのです。
「今だってね」
「それじゃあ僕達も」
「一緒に温泉に入って」
「その中で楽しみながら」
「長老さんとお話するんだね」
「愛媛の狸さん達ともね」
 この人達とも、というのです。
「お話をしよう」
「まずはあの人達とお話をして」
「そして次はカワウソさん達とだよね」
「あの人達ともお話をして」
「それでだよね」
「そうだよ、まずはお話をしないとね」
 何にもならないというのです。
「それで物事が解決すればいいんだよ」
「よく力づくっていう人がいるけれど」
「先生はそれはないね」
「昔からそうだよね」
「絶対にそうしないよね」
「僕は暴力とかは嫌いだよ」
 先生の一貫した信条です、先生は暴力は嫌いです。
「最近インターネットでも、日本のそこでもね」
「そうした暴力を使う輩はいますよ」
 その日本人の加藤さんの言葉です。
「実際に」
「日本にもですね」
「はい、しかもネットのルールに自分達こそ逆らう」
「言うならばならず者ですね」
「日本にもいます」
「そうした人は何処にでもいますね」
「嘆かわしいことに」
 そうだと言わざるを得ませんでした、加藤さんも。
「そうなのです」
「そうですか、しかし僕は」
 先生はというのでした。
「ネットでも言葉でも暴力は」
「絶対にですね」
「そうです、嫌いです」
 先生の信条の一つです。
「ですから動物達にもです」
「殴ったりされませんね」
「何があろうとも」
 それはというのです。
「しないです」
「そうそう、先生はね」
「暴力を振るったりしないよ」
「そんなことは一度もね」
「しない人だよ」
「日本ではどうも」
 先生は動物達の言葉を聞きながら加藤さんにお話しました。
「学校の先生の暴力が」
「はい、問題になっていますね」
 加藤さんもこのことについては嘆かわしいといったお顔で言うのでした。
「残念ながら」
「そうですね」
「困ったことです」
 実際に、というのでした。
「このことは」
「学校の先生こそが」
「確かに生徒を叱ることも必要ですが」
「暴力はまた違いますからね」
「叱ることは生徒にっとってもいいことですが」
「暴力はですね」
「暴力は何も生み出しませんからね」
「その通りです」
 先生もこのことは真面目なお顔で答えました。
「暴力を振るわれた相手を怖がらせ萎縮させるだけです」
「それ暴力は」
「はい」
 それは何かといいますと。
「ただ感情によって行われるものですから」
「何も生み出しませんね」
「その通りですね」
「全くです、しかし先生はそうしたことをされる方ではないので」
「否定しています」
「何よりです」
 加藤さんは先生のそうしたところも知ったのでした、先生は誰にも暴力は振るいません。そうした意味でもとても素晴らしい人なのです。



偶然に会える所か、向こうから総大将が会いに来たな。
美姫 「やっぱり何かしらの問題を抱えていたみたいよね」
だな。イギリスからのカワウソの受け入れか。
美姫 「残念な事に日本のカワウソは絶滅しているみたいね」
引き受けた先生はまずは双方の話を聞くみたいだな。
美姫 「良い解決案が出ると良いわね」
本当に。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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