『ドリトル先生と伊予のカワウソ』
第三幕 お仕事の後で
先生の論文の発表は午前中に行われました、先生は自分で論文の説明もしました。その論文の発表を聞いてです。
集まった学者の人達は唸ってです、こう言うのでした。
「そのやり方があったんだね」
「経験論か」
「経験から深めていく」
「ただ闇雲に学ぶのではなく」
「経験だね」
「そこから深めていく研究か」
「そういうのがあるとはね」
先生はイギリスから来た人です、イギリスの医学はジェンナーという人がそうでしたが経験論が強いのです。それで先生もなのでした。
「そこから学んでいく」
「ドリトル先生はそうしたスタンスなんだね」
「しかしそれがいいね」
「うん、斬新だよ」
「研究内容もいいし」
「しかも日本語は堪能だし」
「見事な人だね」
「いい人が日本に来てくれたね」
「イギリスからね」
皆日本でははじめて発表された先生の論文を高く評価するのでした。ただ先生ご自身についてはこう言うのでした。
「けれど外見はね」
「ごく普通の人だね」
「偉そうでもないし」
「むしろ穏やかでね」
それでなのでした。
「優しい感じで」
「喋り方も温厚でね」
「いい人みたいだね」
「親しみやすい感じだよ」
「そうだね」
こうお話するのでした、先生については。
「論文は見事でね」
「少しも偉そうじゃない」
「腰は低いし」
「人間的にもいい人みたいだね」
「あの人ならね」
「じっくりとお話出来そうだし」
「よかったよ」
先生ご自身も論文とは違った基準で評判になっていました。加藤さんはお昼御飯の時に先生に一緒に食べながらお話をしました。
「先生、評判いいですよ」
「あっ、そうなのですか」
「はい、とても」
「そうですか、それは何よりですね」
先生は加藤さんの言葉ににこりと笑って応えました。
「やっぱり僕にしましても」
「評判がいい方がですよね」
「有り難いです」
こう言うのでした。
「嫌われるよりはずっと」
「そうですよね。穏やかな方だと」
「少なくとも僕は怒ったりすることはです」
「お嫌いですか」
「怒鳴ったりすることはです」
そうしたことはというのです。
「どうしても出来なくて」
「だからですね」
「穏やかに思われるのだと思います」
「そうですか。ですが私の見たところ」
先生はどうかとです、加藤さんは先生にお話しました。
「先生は実際にです」
「穏やかですか」
「はい、とても」
先生はそうした人だというのです。
「紳士だと思います」
「だといいのですが」
「しかも偏見がなく公平な」
「人種的な、ですね」
「そう思います」
「そうであれば本当に有り難いです」
「こうして今一緒にいましても」
そうしてもだというのです。
「先生から高慢なものや差別的なものは感じませんので」
「だからと仰るのですね」
「私から見ても先生はとても親しみやすい方です。動物達に好かれることも当然だと思います」
「しかしです」
「しかしとは?」
「実は僕はまだ独身なのです」
このことはです、先生はどうにもという顔で言うのでした。
「相手がいません」
「あっ、そうなのですか」
「妹は結婚して子供もいるのですが」
「先生はですか」
「はい、まだです」
奥さんはいないというのです。
「したいと思う時もありますが」
「ううむ、難しいお話ですね」
加藤さんもです、このことについてはです。
少し難しいお顔になってです、こう言いました。
「こればかりは縁です」
「相手の人に巡り合うことはですね」
「どうしても」
「では僕はですね」
「縁があれば」
その時にというのです。
「神に祈りましょう」
「結婚相談所ではないのですか」
「あっ、イギリスにもありますか」
「おそらく。ただ日本ではよく聞きますね」
「それが仕事にもなっていますし」
「それでなのですね」
「結構ありますね」
結婚相談所もというのです。
「あと合コンもありますし」
「学生の人達もよく参加されていますね」
「先生は参加されないのですか?」
「どうもそうしたことは苦手でして」
苦笑いで答えた先生でした。
「コンパやそういったものは」
「そうなのですか」
「ですから昔からです」
「女性とのパーティーは」
「それはよくありませんね。出会いこそはです」
「大事にすべきですね」
「はい、ですから」
だからこそというのです。
「そうしたものには出られるべきです」
「合コンというものにも」
「何でしたらこの松山でお相手を探されてはどうでしょうか」
加藤さんは先生に笑顔でこうしたことも提案しました。
「こうしたことも何かの縁なので」
「ううん、松山で」
「そうです、如何でしょうか」
「有り難い申し出なのですが」
先生は困った苦笑いで加藤さんに答えました。
「しかし」
「しかしですか」
「やはりそう言われましても」
「それでもですか」
「僕はそうしたことは駄目で」
「それでは」
「はい、学会はまだありますのね」
お仕事のことを尋ねた先生でした。
「そうですね」
「あります。先生の発表は終わりましたが」
「では学会とです」
「観光ですね」
「観光で松山を見て回らせてもらいます」
「そして松山を学ばれるのですね」
「そうしたいと思っています」
こう加藤さんにお話しました。
「それで宜しいでしょうか」
「先生がそう仰るのなら」
それならとです、加藤さんも言いました。
「そうされて下さい」
「そうさせて頂きます」
「しかし先生なら」
「僕なら?」
「誠実で公平、しかも穏やかな方なので」
だからだというのです。生成のそのお人柄からのお言葉でした。
「いい方が来てくれると思うのですが」
「そうなのですか」
「絶対に」
加藤さんは先生のお顔を見ながら言うのでした。
「私はそう見ます」
「この外見でもですか」
「確かに外見は重要な要素ですが」
「それでもというのですね」
「要素の一つでしかありません」
それに過ぎないというのです。
「そこで全て判断する様な人はです」
「最初からというのですね」
「はい、結婚すべきではありません」
こう先生に言うのでした。
「交際することも止めた方がいいです」
「人は顔ではないというのですね」
「人は中身です」
つまりです、性格だというのです。
「ですから」
「僕には心のよい方がですか」
「来てくれる筈です」
「もういい歳ですが」
「年齢もです」
このことについてもお話する加藤さんでした。加藤さんも先生に対してかなり親身になっています。お会いしてまだ二日ですが先生には人にそうさせるものがあるみたいです。
「それも要素ですが」
「それでもですか」
「その一つに過ぎず」
「やはり最も大事なものは」
「性格です」
それだとです、また言う加藤さんでした。
「先生のそのご性格を見られる方は必ず前に現れます」
「その時にですね」
「そうです、私はそう思います」
「そうであればいいですね」
「ご安心下さい、先生は嫌われる方ではありません」
このことは動物の皆も言っています、実際に彼等だけでなくトミーや王子、それに学生さん達も先生を好きで慕っています。
「女の人にもですよ」
「何か随分と加藤さんに親身になって頂いていますね」
「どうもです、先生と一緒にいますと」
言わずにはいらrないというのです。
「ですから。ところで」
「ところで?」
「このお料理はどうでしょうか」
加藤さんは今食べているそのお料理についてもです、先生に尋ねるのでした。
「これは」
「確かこれが」
「はい、蛸飯です」
それだというのです。
「昨夜お話していた」
「あれですね」
「そうです、蛸飯といいまして」
見れば中に蛸が入っています。それとおうどんというセットです。
「これもまた松山名物でして」
「昨夜の松前寿司と同じく」
「そうです、これもまた絶品です」
加藤さんは先生ににこりとしてお話するのでした、その蛸飯のことも。
「蛸と御飯をです」
「お醤油ですね
「その出汁で煮込んだものです」
それが蛸飯だというのです。
「イギリスでは蛸は食べないと思いますが」
「はい、烏賊もです」
「そちらもですね」
「そうしたものは食べません」
実際にです、先生はイギリスにおられた時そうしたものを食べたことは全くありませんでした。お魚もです。
「鱈や鮭位です」
「他のお魚はですね」
「貝や海老もあまり」
「召し上がられなかったですか」
「ロブスターはありますが」
「オマール海老ですね」
「はい、それはありますが」
それでもなのです、イギリスで海のものを食べるということはあまりないのです。それは先生もだったのです。
「他の国に旅行に行った時は食べていましたが」
「今はですね」
「はい、ありません」
そうだというのです。
「日本の様には」
「では日本に来られて」
「お話は聞いていたので驚きませんでした」
日本で海のものがよく食べられることについてです。
「そしてどれも美味しく」
「今ではですね」
「海の幸が大好きです」
にこりと笑って加藤さんにお話したのでした。
「蛸も烏賊もです」
「どれも美味しいですね」
「この蛸飯も」
「いいですか」
「いいですね、しかもおうどんも」
一緒に食べているそれにもです、先生は顔を向けて言いました。
「美味しいですね」
「これが松山のうどんでして」
「麺が少し柔らかいですね」
「それが松山のおうどんなのです」
まさにこれこそがというのです、加藤さんはにこりとして先生にそのおうどんのこともお話するのでした。
見ればそのおうどんは量もかなりです。
「つゆも甘めで」
「確かに少し甘いですね」
「あと大盛りを頼みましたが」
「大盛りにしても量が多いですね」
「松山では大盛りを頼みますと」
どうなるかといいますと。
「麺が二玉入ります」
「二つですか」
「はい、二つです」
それだけ入るというのです。
「だから量も多いのです」
「だからこの量なのですね」
「そうです、それでは」
「この蛸飯とおうどんも楽しむことですね」
「是非そうされて下さい。あろ忘れてはならないのは」
「それは」
「蜜柑です」
これもお話に出す加藤さんでした。
「これも絶対です」
「蜜柑は松山の名産ですか」
「海の向かい側の広島もですか」
「そのカープのですね」
「はい、あちらもです」
そうだというのです。
「柑橘類が名産です」
「気候が合っているのですね」
「瀬戸内の気候がです」
柑橘類に合っているのです、だから松山では蜜柑がよく栽培されて名物になっているのです。瀬戸内の島々でも。
「江田島でもです」
「あっ、江田島ですか」
「江田島のこともご存知でしょうか」
「あそこがですよね」
先生はおうどんを食べながらです、加藤さんに目を輝かせて言いました。
「日本海軍の」
「そうです、兵学校があった場所でして」
「歴史ある場所ですね」
「そうです、そしてこの松山も」
「この街も海軍に縁がありましたね」
「坂の上の雲の」
「司馬遼太郎でしたね」
先生はこの作家の名前も出したのです。
「あの人の代表作ですね」
「その舞台でもありまして」
「秋山真之の」
「いや、お詳しい」
加藤さんはうどんをすする手と口を止めてです、先生に感嘆の言葉を漏らしました。
「秋山真之のことまでご存知とは」
「あの人はここの出身でしたね」
「はい、愛媛の」
「この街は本当に歴史に文学に縁がありますね」
「それがそのまま観光になっていまして」
それで、というのです。
「今の松山があります」
「坊ちゃんと温泉の他にもですね」
「そうです。後は」
「後は?」
「このことはあまり知られていないことですが」
この前置きからお話する加藤さんでした、あることについて。
「松山の人の中でもかなり古くから、代々住んでいる人しか知らないことです」
「どういったお話ですか?」
「実はこの松山には狸がいまして」
「狸ですか」
「はい、伊予の狸達の総大将がいるのです」
先生にです、加藤さんはこっそりとこのこともお話するのでした。
「愛媛の」
「そういえば四国は」
「はい、狸と猿が有名ですね」
「あと犬もですね」
「高知の土佐犬ですね」
「闘犬に使われている大きな犬ですね」
「そうです、四国ではそうした生きものが知られていますが」
その動物達の中でもというのです。
「狸はです」
「四国には狸のお話が多いのですね」
「讃岐、香川の方の団三郎狸が有名ですが」
「この松山にもですか」
「四国のそれぞれに狸の総大将がいまして」
そしてだというのです。
「愛媛の総大将はこの松山にいるのです」
「そうだったのですか」
「はい、名前は仁左衛門といいまして」
「歌舞伎役者の名前ですね」
「何でも初代片岡仁左衛門と親交があったらしく」
加藤さんはその狸の総大将の名前の由来もお話します。
「大阪の方に度々行っていたとのことで」
「片岡仁左衛門は上方歌舞伎の家ですからね」
「そうです、それでなのです」
「初代の片岡仁左衛門さんと親交があり」
「以前は左吉といったそうですが」
「仁左衛門に名前を変えたのですね」
「それがこの愛媛の狸の総大将です」
松山にいるその狸だというのです。
「その狸がこの松山にいます」
「それは面白いことですね」
「本当にあまり知られていないことですが」
松山に代々古くから住んでいる人達しか知らないことだというのです。
「そうしたお話もあります」
「加藤さんはその仁左衛門さんとは」
「合ったことはありません」
このことについては残念そうに答えた加藤さんでした。
「私はお話に聞いただけで」
「そうですか」
「一度お会いしたいと思っていますが」
それでもだというのです。
「中々そうはいきません」
「愛媛の狸の総大将ともなるとですか」
「しかも相当生きている狸です」
「初代の仁左衛門さんと親交があった程だからですね」
「その前から生きていますので」
「何百年ですね」
先生からこの時間を出しました。
「それ程は」
「間違いなく生きていますね」
「凄いですね」
「妖力を持った狐や狸は最早仙人に近いです」
「では仙人の様に」
「はい、長生きします」
それこそ途方もない時間を生きるというのです。
「ですからその狸もです」
「生きているのですね」
「それだけの狸ですから」
「会うことはですか」
「殿様は流石に代々お会いしていたそうです」
江戸時代のお話も出ました。
「松山藩の」
「流石に殿様になるとですね」
「そうです、仁左衛門さんもお会いしていたとこのことです」
「そうなのですか」
「あと噂ですが知事さんも」
今の時代では、というのです。
「代々お会いしているとか」
「松山の市長さんは」
「やはり。おそらくですが」
「お会いしていますか」
「そうだと思います」
「しかしですか」
「そうした藩や県、市を預かる人でないと」
とても、という口調でお話する加藤さんでした。
「お会いすることはです」
「ありませんか」
「滅多に。何しろ愛媛の狸達の総大将ですから」
それだけの狸だからだというのです。
「お会いすることは難しいです」
「そうなのですね」
「私も一度お会いしたいと思っています」
加藤さんは笑ってこうも言いました。
「しかしです」
「それはですね」
「まず無理です」
「左様ですか」
「まあお会い出来たら」
その時はというのです。
「凄いことですよ」
「そうなりますか」
「本当に僅かの人しか知りません」
「それ故にですね」
「私も一度お会いしたいと思っていますが」
それでもというのです。
「それがどうにも」
「出来ませんか」
「はい、残念なことに」
「言うならば伊予の狸さん達の領主様ですね」
先生はイギリスの例えから言いました。
「そうなりますね」
「そうです、先生のお国の感じでは」
「そうですか、領主様ですか」
「そうしたところです」
「それも侯爵位でしょうか」
「ちょっとそこまでは私には」
わからないというのでした。
「ピンときません」
「そうですか」
「ただ、何でも陛下から官位も授かっているとか」
「天皇陛下からですね」
「そうです、江戸時代に」
その頃の天皇陛下に官位を頂いているというのです、その伊予の狸の総大将は。
「四国それぞれの狸の総大将が官位を授かっています」
「確か稲荷明神が正一位ですね」
「そうです」
「では狸の総大将の方々も」
「何でも団三郎狸が正一位とのことです」
加藤さんはまずこの狸のことを話しました。
「公にはされていませんが」
「四国の狸で最も有名な狸がですね」
「はい、正一位でして」
「この伊予の総大将は」
「従一位です」
この官位に任じられているというのです。
「そこまでの方です」
「従一位ですか」
その官位を聞いてです、先生は加藤さんにしみじみとして述べました。
「それはまたかなりの方ですね」
「はい、相当位の高い方でして」
「今は官位はないですが」
「それでもかなりの立場の方です」
「だからですか」
「この方のことを知っていても」
例えそうなっていてもというのです。
「お会いすることは中々出来ないのです」
「左様ですか」
「はい、ですから」
だからだとお話する加藤さんでした。
「私もお会い出来ないのです」
「そうなのですね、わかりました」
「そうした方もおられるのです」
「この松山には」
「歴史もありますので」
ただ人が多く賑わっているだけではないのです、この松山という街は。
「面白い街ですね」
「はい、本当に」
先生も加藤さんのその言葉に頷きます。
「そう思います」
「狸は面白い生きものです」
「日本的な生きものですね」
「狐と一緒に日本では凄く親しまれていますよ」
加藤さんは先生にこのこともお話しました。
「童話にもよく出てきますし」
「そうですね。最近日本の童話も勉強していますが」
日本語、そして日本の文化を研究する為にです。先生の学問は医学だけに留まらないかなり広いものなのです。
「狐と狸はよく出てきますね」
「可愛いですよね」
「愛嬌がありますね」
「その狸達の国でもあるのがです」
「四国なのですね」
「そうです、四国の人間なら狸が大好きです」
加藤さんは先生ににこにことしてその狸のことをお話するのでした。
「私にしてもそうです」
「それはよくわかります」
先生は加藤さんのそのにこにことした今のお顔と楽しそうな口調からそのことがわかったのです。加藤さんも四国の人です。
「お好きですね、狸が」
「あの可愛さ、愛嬌はです」
「知ればですね」
「たまらなくなるのですよ」
「日本の代表的な動物の一つですね」
「化ける存在としても」
変化としても、です。
「愛すべき存在です」
「そうなりますね」
「はい、では」
狸のことのお話からです、加藤さんは先生にこうも言ってきました。
「この蛸飯におうどんも食べて」
「そうしてですね」
「また観光に行かれますか」
「はい、ではお昼は」
「何処に行かれますか?」
「公園でしょうか」
そこに行こうかというのでした。
「そう思いますが」
「愛媛県総合運動公園ですか」
「はい、あそこに」
「そうですね、あそこもいい場所ですしね」
「行こうかと思っています」
こう加藤さんにお話するのでした。
「午後は」
「いいですね、では案内致しますね」
「はい、お願いします」
こうしてでした、午後にはです。
先生達は加藤さんに案内してもらってその公園の中に入りました。すると公園の中はかなりの広さです。
緑は多くかなり色々な施設があります、そして。
その中で、です。チーチーが木々を見つつ言いました。
「いいね、見ているとね」
「登りたくなったのかな」
「うん、そうしたくなったよ」
チーチーは先生の言葉に笑顔で答えました。
「ここにいるとね」
「じゃあ木を荒らさない様にしてね」
「登っていいんだね」
「チーチーは木が好きだからね」
猿だからです、もう習性として好きなのです。
「迷惑をかけない様にするんだよ」
「うん、わかったよ」
こうしてでした、チーチーは大喜びで木に登り木と木の間を手足を使って跳び回りました。ポリネシアとトートーも木のところに止まったりしています。
その彼等を先生の足元から見てです、ガブガブはです。
残念そうな顔になってです、こんなことを言いました。
「私はね」
「ガブガブは飛べないからね」
「飛べることは飛べるのよ」
先生に答えます。
「けれどそれはね」
「苦手だったね」
「アヒルだからね」
それでだというのです。
「お水は得意だけれど」
「空はだね」
「そう、苦手だから」
「羨ましいのかな」
「そう思ったら駄目よね」
自分でこう言うガブガブでした。
「誰かを羨んだりしたら」
「そこから何かをしようと思うのなら別だけれど」
「妬んだらね」
「うん、よくないよ」
先生はガブガブに妬みはよくないと言いました。
「それは心を汚してしまうからね」
「だからよね」
「アヒルが空を飛んだり木に止まったりすることが苦手なのはね」
「仕方ないわね」
「僕だって出来ないよ」
先生は笑ってご自身のことも言いました。
「そうしたことはね」
「先生には羽根がないからね」
「動きもね。チーチーみたいにはね」
今も木と木の間をブランコみたいに飛び移って遊んでいるチーチーを見上げての言葉です。
「出来ないよ」
「人間だとなのね」
「そう、だからね」
それでだというのです。
「僕はこのことを羨んだりしないよ」
「羨んでもね」
「チーチーみたいに動けないよ」
「お空もね」
「そう、飛べないからね」
微笑んで、です。先生はチーチー達を見上げながら言いました。
「そうしたことは思わないよ」
「そうあるべきね、私も」
「そう、羨んでも何にもならないから」
「妬むとね」
「僕は僕でね」
「私は私ね」
「僕にはガブガブみたいに上手に泳げないよ」
「先生泳ぐこともね」
「そう、苦手だから」
先生は運動は全部苦手です。水泳もなのです。
「ガブガブとは違うよ」
「けれどなのよね」
「そのことを羨まないから」
決して、というのです。そうしたことをお話しつつです。
先生は公園の中を見ます。本当にたくさんおスポーツ施設があってそこを皆が利用しています。そうしてです。
その中を見回してです、こう言うのでした。
「ううん、しようとは思わないけれど」
「それでも?」
「それでもなんだ」
「見ているとね」
その爽やかに汗を流す人達をです。
「僕も爽やかな気持ちになるよ」
「テニスにバドミントンにね」
「陸上競技をしている人もいるね」
「公園の中をランニングしている人もいて」
「いい感じだね」
「いい公園ね」
「こうした場所を歩いていると」
お散歩をしていると、というのです。
「いい運動になるよ」
「そうですよね、ですから私もです」
加藤さんもです、その先生に爽やかな笑顔で言ってきました。
「ここをよく歩きます」
「そうなのですか」
「いい散歩場所です」
こうも言うのでした。
「スポーツは時々テニスをします」
「あっ、テニスをですか」
「実は学生時代テニス部に入っていました」
加藤さんは先生にご自身の学生時代のこともお話するのでした。
「高校時代よくここのテニスコートを使わせて頂きました」
「あそこですね」
「はい、あのテニスコートをです」
加藤さんはそのテニスコートを見つつ懐かしいお顔で先生にお話しました。
「使わせてもらっていました」
「加藤さんは高校もこちらでしたか」
「大学は八条大学でしたが」
先生が今務めているその大学だったというのです。
「生まれて高校時代まではです」
「この松山におられたのですね」
「それで大学を卒業しましたら」
そうすると、だったというのです。
「こちらに戻りました」
「それで松山で勤務されていたのですか」
「この街に八条グループが運営している歴史資料館がありまして」
「松山市の、ですね」
「はい、そこに勤務していまして」
「僕のお相手もして頂いているのですね」
「そうです、思えば大学時代以外は本当に」
加藤さんはテニスコートを見つつ目を細めさせて先生にお話します。
「この松山にいます。妻も松山の生まれです」
「奥様もですか」
「そうです、松山に入ると」
そうすればというのです。
「もう松山から離れられませんよ」
「そこまでいい街なのですね」
「そうです、最高ですよ」
「何もかもがある感じですね」
「本当に恵まれている街です」
それが松山というのです。
「何でもあります、この公園にしても」
「色々と揃っていますね」
「それとです」
ここで先生にこうも言った加藤さんでした。
「この公園には動物園もありまして」
「それもあるのですか」
「そうです、いい動物園ですよ」
こうお話してでした、加藤さんは先生にこうも尋ねました。
「そういえば先生は獣医さんでもありますね」
「はい、そうです」
「八条学園の動物園にも」
八条学園にはこの施設もあります、とても広くて沢山の数と種類の動物達が揃っている動物園なのです。
「行かれたりは」
「よく行きます、水族館にも」
「あそこにもですか」
八条学園には水族館もあります、この水族館もかなり大きくて見事なものです。
「行かれたりするのですか」
「そうです、それにしても学園の中に動物園や水族館があるのは」
「凄いことですね」
「はい、そう思います」
本当にというのです。
「八条学園は」
「そうですね、私も四年いましたが」
「楽しい学園生活でしたか」
「動物園も水族館も何度も行って」
先生もよく行っているそうした場所にです。
「植物園、美術館に博物館」
「全部行かれたのですね」
「何処もよく行きました」
そうしていたというのです。
「本当に楽しかったです」
「そうでしたか」
「はい、本当に」
こう笑顔で先生にお話するのでした。
「今も神戸に行く時があれば」
「その時にはですね」
「学園にお邪魔しています」
そうしているというのです。
「そうして勉強しています」
「学問は楽しくですね」
「はい、そうしなければなりませんね」
「そう思います」
「ではですね」
こうお話してでした、加藤さんは先生達をその動物園にも案内してくれました。その動物園の中にいる動物達を見てです。
先生はです、加藤さんにこう言いました。
「日本の全ての動物園を見て回った訳ではないですが」
「何かありますか?」
「はい、八条学園の動物園も」
ここでまたこの動物園のお話を出した先生でした。
「そうですが動物の栄養が行き届いていますね」
「いいことですよね」
「はい、とても」
先生は満面の笑顔で加藤さんに答えました。
「動物達も楽しく食べてです」
「栄養が行き届いていないとですね」
「駄目ですから」
「人間と同じくですね」
「そうです、僕達も栄養が必要なのと同じで」
「動物達もですね」
「そうです、ただ」
ここで、です。先生は加藤さんに首を少し傾げさせて尋ねることがありました。
「一つ気になることがあります」
「何でしょうか」
「この動物園にはカワウソ、ですよね」
「はい、看板やマスコットですね」
「その動物の絵が多いのですが」
「今お話しましたが」
加藤さんは残念そうなお顔になりました、そのうえで先生にお話してきました。
「実はニホンカワウソがこの動物園のマスコットなのです」
「ニホンカワウソですか」
「ニホンカワウソのことはご存知ですね」
「はい」
先生は悲しいお顔になって加藤さんの今の言葉に頷きました。
「もう、でしたね」
「絶滅したと言われています」
「そうでしたね」
「残念ですが」
加藤さんは先生に説明しながらつい俯いてしまいました、どうしてもそうなってしまったのです。
「絶滅したと言われています」
「まだいればいいですね」
「必死に探している方もおられます」
「しかしですか」
「まだ見つかっていません」
「四国にいると言われていますね」
僅かにです、そうしたお話もあるにはあるのです。
ですがそれでもだとです、加藤さんは先生に言いました。
「しかしその生存を確かめた人はです」
「いませんね」
「毛皮を取ったりして」
加藤さんは後悔と共に言うのでした。
「そうしていた結果」
「ニホンカワウソはいなくなりましたね」
「本当に残念です」
無念の声で言った加藤さんでした。
「このことは」
「そうですね、動物の絶滅は」
「あってはならないことです」
とても、というのでした。
「この動物園にもかつてはニホンカワウソがいたのですが」
「今はですね」
「はい、いません」
もうこの動物園からニホンカワウソがいなくなって随分経ちます。このことはどうして仕方なくなっているのです。
「それでも忘れられないです」
「本当にそうですね」
「カワウソもいい動物ですよね」
「そうですね、愛嬌がありますよね」
「カワウソはカワウソで」
その可愛らしいカワウソのマスコットを見ながらです、加藤さんは先生にお話しました。
「可愛いです」
「この動物が日本にまだいれば」
「大騒ぎになりますよ」
「いてくれればいいですね」
「本当にそう思います」
加藤さんは先生に心から答えました、そうしたことをお話しながらです。
動物園の中を見て回ります、シロクマもいれば虎もいます。
そしてです、その動物園の中をp見回っているとです、ジップが急にです。
鼻をクンクンとさせてです、こう先生に言いました。
「先生、何かね」
「どうしたんだい、ジップ」
「うん、狸の匂いがするよ」
こうです、コツメカワウソの前で言うのでした。確かにニホンカワウソはもういませんがカワウソは今でもこの動物園にいるのです。
「何かね」
「うん、僕も今感じたよ」
ダブダブも先生に言ってきました。
「何かね」
「ダブダブもなんだ」
「そうだよ、急に匂ってきたよ」
「動物園の狸じゃないの?」
ホワイティはこう二匹に言いました。
「それって」
「いや、何かね」
「違うんだ、同じ狸の匂いでもね」
ジップとダブダブはこうホワイティに答えました。
「何かが違うんだ」
「年季が違うっていうか」
「かなり長生きしているっていうか」
「そんな匂いだよ」
「それじゃああれじゃないの?」
ホワイティは加藤さんの方を見てから二匹にこうも言いました。
「この人がさっき先生にお話してた」
「その狸の総大将?」
「その狸さんかな」
「うん、そうじゃないのかな」
こう言うのでした。
「まさかと思うけれど」
「ううん、狸さんの総大将ね」
「この愛媛の」
「その狸さんがこっちに来ている」
「そうなのかな」
「そうかもね。とにかくね」
ここでまた言うホワイティでした。
「狸の匂いがしているんだね」
「今もね」
「結構感じるよ」
ジップとダブダブはまたホワイティに答えました。
「近くにいるよ」
「その狸さんがね」
「あれっ、けれど」
チープサイドが周りを見つつ言ってきました。
「いないよ、誰も」
「うん、そうだね」
そのチープサイドの一家を頭や背中に乗せている老馬も動物園の中、自分達の周りを見回して言いました。
「狸はいてもね」
「そんな古い狸はね」
「けれどジップもダブダブもね」
ここでこうも言った馬でした。
「嘘は絶対に言わないし」
「鼻は抜群だしね」
チープサイドも言います。
「だからね」
「僕達も嘘は言っていないよ」
「そのつもりだよ」
ジップとダブダブもこのことは強く言います。
「この匂いはね」
「明らかにかなり生きている狸のものだよ」
「だから近くにね」
「いるみたいだよ」
「そうよね。けれど」
チープサイドは周りを見回しました、二匹の言葉を受けて。
ですが彼は見つけられません、それで言うのでした。
「まあ縁があれば見つかるわね」
「そうだね、じゃあね」
「今は動物園の中を見て回ろうよ」
オシツオサレツは二つの頭でチープサイドに応えました。
「とりあえずはね」
「そうしようよ」
「何か色々と喋る子達ですね」
加藤さんは動物達のやり取りを見てこう先生に言いました。
「さっきから思っていましたが」
「彼等は彼等でお喋りをするんですよ」
先生は加藤さんにこうお話しました。
「そうしています」
「そうなのですね」
「はい、ですから特に」
「気にすることはないですか」
「悪いことは話さないので」
だからだというのです。
「ご安心を」
「そうですか、では」
「はい、この動物園をですね」
「見て回りましょう、ここもいい場所ですよ」
「それでは」
先生も加藤さんの言葉に笑顔で応えてでした、そうして。
動物達と一緒に動物園を楽しく観て回りました、この日は動物園を回りました。
論文の発表の方は無事に終わったみたいだな。
美姫 「みたいね。先生自身の評価も含めて悪くないみたいだしね」
良かった、良かった。これで後はゆっくりと観光かな。
美姫 「そうね。そう言えば、狸の総大将の話が出てきたけれど」
狐に続き、狸にも会えるかな。
美姫 「難しいって事だけれどね」
うーん、どうなるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。