『ドリトル先生と京都の狐』
第五幕 慌ただしい一日
起きるとです、皆まずはです。
お風呂に入って朝御飯を食べます、王子は皆に言いました。
「もうすぐにね」
「すぐに?」
「すぐにっていうと?」
「荷物は車に積んで」
キャンピングカーにというのです。
「それで旅館を出よう」
「ああ、今日で神戸に帰るからだね」
「うん、そうだよ」
先生にもその通りだと答える王子でした。
「だからね」
「そうだね、それじゃあね」
「今日はお母さん狐の霊薬の素を集めてお薬を作って」
そうしてというのです。
「お母さん狐にお薬を飲んでもらったら」
「お家に帰らないとね」
「明日からまた学校だから」
日常がはじまるのです、だからです。
「今日のうちに全部終わらせて家に戻らないといけないからね」
「急がないといけないね」
「今日はかなり忙しくなるよ」
「そうだね、それじゃあね」
「今のうちにね」
荷物を全部積んでだというのです。
「チェックアウトしよう」
「よし、それじゃあね」
先生も王子の言葉に応えてでした、そのうえで。
皆御飯を食べてすぐに荷物を全部車の中に詰め込みました、そしておかみさんにお別れの挨拶をするのでした。
「ではまた」
「はい、いらして下さい」
おかみさんは明るい笑顔で先生達に挨拶を返しました。
「お待ちしていますので」
「本当にまた京都に来た時は」
その時はです、先生も応えます。
「泊まらせてもらいます」
「それでは」
こう一時の別れの挨拶をしてでした、そのうえで。
皆は車に乗り込みに向かいます、するとです。
車の前にもう長老がたっていました、長老は好々爺のお顔で先生達に言ってきました。
「では今からのう」
「はい、京都の各地を回ってですね」
「霊薬の素を集める」
そうするというのです。
「ただしじゃ」
「ただ?」
「ただっていいますと」
「鞍馬山だけでないのじゃよ、回るのは」
長老はこう皆に言うのでした。
「他にも回るのじゃよ」
「金閣寺ですね」
「うむ、そこも回るしな」
それにというのです、先生に答えます。
「大江山にも行く」
「ああ、酒呑童子の」
王子は大江山と聞いてすぐにこの名前を出しました。
「あの京都を騒がしたっていう」
「そうじゃ、もうあの山にも鬼はおらぬ」
「というか本当にいたんだ」
「そうだったのじゃよ、あの山には鬼がおった」
鞍馬山には天狗がいてです、大江山には鬼がいたというのです。
「しかし今は鬼も大人しくなってのう」
「大江山から出たんだ」
「都で静かに暮らしていたりしておる」
「へえ、人間の中に住んでいるんだ」
「いい鬼はのう」
そうしているというのです。
「悪い鬼はあらかた人間に退治されたわ」
「酒呑童子みたいにだね」
「そうじゃ、そうして鎌倉の頃にはいなくなったわ」
平安時代にはまだいたのです、ですが鎌倉時代になりますと。
「もうおらん」
「悪い妖怪もいなくなったんだ」
「そうじゃ、とにかくじゃ」
「最初はどっちに行くのかな」
「鞍馬山じゃ」
天狗の方だというのです。
「そこに行こうぞ」
「じゃあ急がないとね」
京都から鞍馬山までは距離があります、だからです。
今すぐに急いで行こうとです、王子は提案しました。ですが長老は穏やかな笑顔でこう皆に言うのでした。
「いや、すぐに行けるぞ」
「ああ、縮地法を使って」
「そうじゃ、すぐに行くのじゃ」
そうしてだというのです。
「ではよいな」
「それを使ってすぐだね」
「うむ、急いで行くぞ」
こうしてです、長老はその場で縮地法を使ってでした。そのうえで。
まずは鞍馬山に来ました、すると皆は周りが高い木々に囲まれた場所に出てきました。下は草があまり見られない地面です。
その場所に出るとです、王子は周りを見回しながら先生に言いました。
「ここで牛若丸が修行していんだ」
「源義経がだね」
「うん、天狗達を相手にね」
「それで強くなったんだね」
「そうなんだ、それで天狗の様な剣の腕と身のこなしを身に着けたんだ」
そうなったというのです。
「後で多くの戦に勝っていったんだよ」
「こうした山は日本ならではだし」
「イギリスにはないからね」
「森はあるよ、それも動く森がね」
バーナムの森のことです、先生はシェークスピアの作品のことをジョークに入れてそのうえで言ったのです。
「けれど日本は森と山が一緒になってるからね」
「山は全部木が一杯生えているからね」
「そう、それで源義経はこの山で修行してだね」
「人間離れした身のこなしも身につけたんだ」
そうなったというのです。
「八艘跳びを使ったり、崖を馬で駆け下りたりね」
「イギリスではそういうのがないからね」
「日本ならではだね」
「うん、それでこの山には」
王子はまた山の中を見回しました、王子達の周りには先生とトミーだけでなく動物達も皆います、皆もそれぞれ山の中を見回しています。
ですがよく見るとです、皆の中には。
「あれっ、長老さんがいないよ」
「あっ、そうだね」
先生も王子の言葉を受けて気付きました、確かにです。
長老だけいません、皆もこのことに気付いて言うのでした。
「あれ、本当に」
「長老さん何処かな」
「何でいないのかな」
「どうしてかな」
「まさかと思うけれど長老さんだけこの山に来なかったとか?」
トミーはまずこう考えました、ですが。
すぐにです、自分のその考えを訂正して言うのでした。
「いや、それはないね」
「そうだよ、だって僕達嵐山から一瞬で鞍馬山に来たんだよ」
だからだとです、王子がそのトミーに応えます。
「長老さんの縮地法でね」
「そうだね、それじゃあね」
「うん、長老さんは絶対にここにいるよ」
皆と一緒にだというのです。
「けれどこの山の何処にいるかは」
「わからないんだね」
「ここは下手に動かない方がいいよ」
先生は王子とトミーだけでなく動物の皆にも言いました。
「さもないと道に迷ってね」
「うん、そうしたらね」
「大変なことになるからね」
「今はだよね」
「ここで皆一緒にいた方がいいね」
「動かないで」
「そうしよう。長老さんは絶対にこの山におられるし」
そしてだというのです。
「僕達の前に来てくれるよ」
「よし、それじゃあね」
「今はね」
皆も応えてでした、そうしてです。
皆は今はその場に留まることにしました、動かずに。
そして五分程するとです、皆の前に長老が来ました、そのうえでこう言ってきたのでした。
「ほっほっほ、流石は先生じゃな」
「やっぱり来てくれましたね」
「うむ、実は人と話をしておったのじゃよ」
「天狗の方々とですね」
「そうじゃ、こちらじゃ」
長老が自分の右斜め後ろを振り向くとです、そこにです。
日本の山伏の格好をした人達がいました、殆どの人は烏の頭で背中にはやっぱり烏の羽根があります。そしてその天狗達の前にです。
赤い人間のお顔でとても高いお鼻の白い髪とお髭の人がいます、その人には羽根がありません。そしてその人が先生達に言ってきました。
「我等が鞍馬山の天狗じゃ」
「貴方達がですか」
「そうじゃ、話は狐の棟梁から聞いておる」
もうそれはというのです。
「霊薬の素を欲しいのじゃな」
「そうです、狐のお母さんの結核を治す為に」
「労咳じゃな」
その赤い顔の天狗、大天狗は先生の言葉を聞いて腕を組んで頷きました。
「あれのことじゃな」
「そうです、今のところ病の進行は遅いですが」
「しかし結核は危うい病じゃ」
それこそ命に関わります、今はお薬がありますが昔はお薬がなかったので結核で死んでしまう人はとても多かったのです。
だからです、大天狗も真剣なお顔で言うのです。
「わしも協力しよう」
「有り難うございます、それでは」
「うむ、ただな」
「ただ?」
「御主はわしをはじめて見たが驚かぬな」
大天狗は先生が自分達を見て全く驚かないのでこう言うのでした。
「何も動じておらんな」
「お話は長老さんから聞いていましたので」
「この山に天狗がおるとか」
「はい、そして貴方達がどういった方々かも」
「他の国から来たな」
大天狗は先生の髪の毛と目、そしてお肌の色を見て言いました。
「そうじゃな」
「はい、イギリスから」
「あの国からか」
「イギリスのことはご存知ですか」
「わしも行ったことがあるからな」
だから知っているというのです、イギリスのことも。
「それに書でも読んだわ」
「だからですか」
「知っておる、しかし御主のそのわし等をはじめて見ても驚かぬ肝には関心した」
先生のそうした何事にも動じない心にそうなったというのです。
「気に入った、名は何という」
「ドリトルといいます、医者をしています」
「左様か、医師か」
「はい、そうです」
「ではな」
それではというのです、そしてでした。
大天狗は右の袖の下に左手を入れて白い木箱を出してきました、その木箱を先生に差し出しながら言います。
「これが霊薬の素の一つじゃ」
「結核の薬のですね」
「そうじゃ、山の黴から作ったものじゃ」
「黴から。ではペニシリンですか」
「ぺにしりん?今の薬じゃな」
「はい、ペニシリンは黴から作りますから」
「そうじゃな、そうなるな」
大天狗もそうだと答えます、どうやらこの人も現代医学についてある程度の知識を持っているみたいです。
「黴じゃからな」
「狐用のペニシリンですか」
「そうなるのう、ではな」
「はい、それではですね」
「これを持って行くのじゃ」
「有り難うございます、それでは」
「それでじゃがな」
ここで長老がまたお話してきました。
「その素は薬を作り終えてからわしが大天狗に返しておく」
「そうしてくれますか」
「うむ、だからな」
それでだというのです。
「後のことの心配はむ様じゃ」
「すいません、何もかも手伝って頂いて」
「礼はよい、むしろ礼を言うのはわしの方じゃ」
「長老さんがですか。それはまたどうして」
「どうしてもこうしてもない、一族の者を助けてもらって礼を言わぬ筈がない」
長老は微笑んで先生に答えます。
「そういうことじゃよ」
「そうですか」
「ではな、今度は大江山じゃ」
「はい、では」
「また来るのじゃ」
大天狗はその赤い怖いお顔を綻ばせて先生に言いました。
「よいな」
「この山にですね」
「そうじゃ、来るのじゃ」
そうしてくれというのです。
「わし等をはじめて見て全く動じぬその心が気に入ったわ」
「それでは」
「うむ、また京都に来た時はな」
「色々とおもてなしをしますよ」
「山の幸を一杯用意していますからね」
烏天狗達もここで言ってきます、ここは山なので山の幸は一杯あるというのです。
「今度来られた時は」
「事前にご連絡下さい」
「先生よかったですね」
トミーは烏天狗達の言葉を聞いて先生に顔を向けて言いました。
「天狗さん達にも気に入ってもらいましたね」
「そうだね、どうしてかよくわからないけれど」
「先生は誰からも好かれますよ」
これも先生の人徳です、先生の性格はとてもいいので誰からもそれこそ天狗さん達からも好きになってもらえるのです。
トミーは先生と長い間一緒にいるからそのことをよく知っています、それで言うのです。
「いい人達なら」
「有り難いね、そのことは」
「そうですよね、本当に」
「さて、それではじゃ」
ここで長老が皆にまた言ってきました。
「別れ挨拶も済んだしな」
「はい、次の場所ですね」
「そこに行きますね」
「そうじゃ、次は大江山じゃ」
そこに行くというのです。
「ではよいな」
「わかりました、それでは」
「今から」
皆で長老のお言葉に応えてです、そのうえで。
天狗の人達と最後の別れの挨拶をして鞍馬山から縮地法で大江山に入りました。その大江山に来るとすぐにでした。
長老がです、こう皆に言ってきました。
「ここの酒呑童子の館の跡地にな」
「霊薬の素があるんですね」
「そこに」
「そうじゃ、そこにあるからな」
だからだというのです。
「そこに行くぞ」
「はい、わかりました」
「それでは」
「ここからすぐに上に登っていくとな」
そこにというのです。
「館の跡地があるぞ」
「それで今回の霊薬の素はどんなのですか?」
ガブガブが長老にそのことを尋ねました。
「一体」
「茸じゃよ」
「茸ですか」
「そうじゃ、これは特別な茸でな」
「特別っていいますと」
「外には出ておらぬのじゃ」
そうした茸だというのです。
「地面の中にあるのじゃよ、山芋の様にな」
「あっ、トリュウフですね」
ガブガブは長老のお話を聞いてすぐにこの茸、世界的に有名な珍味のことだと思って明るい声で言いました。
「あれですね」
「そうじゃ、話が早いのう」
「だって僕豚ですから」
だからだとです、ガブガブは飛び跳ねる様にして言うのでした。
「わかりますよ」
「豚がトリュフを探すからのう」
「ですからわかります」
「では茸は御前さんが探すか」
「それでどんな匂いですか?」
「匂いはそっくりじゃよ」
それもだと言う長老でした。
「トリュフの匂いそのままじゃよ」
「それだったら」
ガブガブはそのお話も聞いてまた言うのでした。
「見つけられます」
「では任せるぞ」
「お願いします」
ガブガブは長老にとても明るい調子で応えてです、そうして。
その酒呑童子の館の跡地に向かいました、今その跡地は他の場所と同じ木と草ばかりの場所です。そこに行ってです。
ガブガブはすぐに下をくんくんと嗅ぎました、そしてすぐにです。
ある木の下に来てです、こう先生に言いました。
「先生、ここだよ」
「ここにその茸があるんだね」
「うん、トリュフの匂いがするよ」
まさにその匂いがだというのです。
「だから間違いないから」
「そうじゃあ今すぐに」
「掘るのは僕に任せて」
「私も手伝うわ」
ジップとホワイティが掘る仕事を申し出ました。
「こうしたことならね」
「やっぱり僕達だからね」
「うん、じゃあ君達に任せるよ」
先生も応えます、そうしてでした。
ジップとホワイティがガブガブは指し示したその場所を掘ります、すると赤い茸が出てきました。形は普通の茸と同じです。
その茸を見てです、長老は皆に言いました。
「その茸がじゃよ」
「これがですね」
「霊薬の素ですね」
「これでよい、これで二つ目じゃ」
霊薬の素が手に入ったというのです、そうしてです。
その茸を手に入れてでした、一行が次に向かった場所は。
金閣寺でした、金色のとても綺麗な本堂を見ながらです。長老は先生達に今度は何処にあるのかをお話しました。
「今度は池の中じゃ」
「このお池ですね」
「この中にあるんですね」
「うむ、この池の真ん中にあるあれじゃ」
丁度お池の真ん中にです、蓮のお花が咲いています。白いとても綺麗なお花です。
「あの蓮の花がじゃよ」
「霊薬の素ですね」
「三つ目の」
「そうじゃ」
まさにです、あのお花がだというのです。
「あれなのじゃよ」
「じゃあお池に入ってですね」
「あのお花を取りに行かないと駄目ですね」
「そうの通りじゃ」
「じゃあ私の出番ね」
ここで出て来たのはです、ダブダブでした。ダブダブは今こそといった感じで先生に対して大江山でのガブガブの様に言うのでした。
「先生、私は家鴨だからね」
「お池の中に入っても大丈夫だね」
「そう、だからね」
ここはというのです。
「私が取って来るわね」
「うん、じゃあ頼むよ」
「ええ、それじゃあね」
先生もダブダブの言葉を受けてです、彼女を送り出しました。するとダブダブはお池の中を浮かんですいすいと進んで、です。
お花を一つまみぱくりとお口で掴んでです、そうして。
取って行った時と同じ様に戻って来てです、先生にそのお花を差し出して明るい声で言いました。
「これでいいわよね」
「うん、やっぱりお水はダブダブだね」
「そうよ、お水は家鴨の友達よ」
だから何ともないというのです。
「こんなことは造作もないわ」
「よし、これで三つ目だね」
「よくやってくれた」
長老もダブダブの働きに確かな顔で応えます。
「家鴨だけはあるわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「さて、ではじゃ」
三つ目の素を手に入れました、それならというのです。
「次じゃ」
「四つ目ですね」
「それですね」
「四つ目はまた山じゃ」
そこだというのです。
「大文字焼きに行くぞ」
「ああ、五山の」
「まさにそこじゃ」
そこに行ってとです、王子に応えます。
「如意ヶ嶽に行くぞ」
「今度もあれで行くんだよね」
「縮地法でな」
やはりそれを使うというのです。
「行くぞ」
「ではすぐに」
「調合自体は結構楽なのじゃよ」
そのお薬はというのです。
「全部小さく刻むかそのままで一つにしてすり潰してな」
「そうして作ればですね」
「そうじゃ、すぐに出来る」
そのお薬はというのです。
「問題は素材だけなのじゃよ」
「では」
「うむ、素材を集めるのじゃ」
確実に、というのです。
「ではよいな」
「はい、それでは」
先生も応えます、そしてです。
皆今度は長老の縮地法でその如意ヶ獄に向かいました、ここにもまさに一瞬で着きました。その如意ヶ獄はといいますと。
山です、ですがこの山はどういった山かといいますと。
王子はこれまでの鞍馬山や大江山と同じ様な木々の中にいて周りを見回しながら一緒にいる先生達に言います。
「この山も特別な山なんだ」
「鬼が出たとか?この山も」
「天狗とか?」
「いや、鬼も天狗も出ないけれどね」
王子は動物達にこのことは否定します。
「けれどね」
「けれど?」
「けれどっていうと」
「ここはある磁気になったら山に入れている文字にね」
そこにだというのです。
「夜に火を点けて文字を出すんだ」
「えっ、山に火を点けるの」
「それってまずいよ」
「いやいや、山全部に火を点ける訳じゃないよ」
それはというのです、王子も否定します。
「ちゃんと他の部分に火が回らない様にしてね」
「それで文字になる火を点けてなんだ」
「夜に出すんだ」
「そうだよ、大文字焼きとかをね」
「へえ、そうなんだ」
「そんなことをするんだ」
「そうなんだ、京都の伝統行事の一つをする山なんだ」
それがこの如意ヶ獄だというのです。
「京都の名所の一つだよ」
「京都は名所の多い街だね、本当に」
王子の説明を聞いてです、トミーはしみじみとした口調で言いました。
「山に火を点けるなんて」
「イギリスにはないよね」
「いや、日本だけじゃないかな」
それで山に文字を出すことはというのです。
「そんなことをするのって」
「そうかもね、こうしたこともね」
「日本は本当に凄い国だよ」
しみじみとして言うトミーでした。
「色々な独自のものがあるよ」
「というかそういうことが多過ぎるかな」
「そうだね、物凄く多いね」
「そうしたことを考えれば」
ここで王子は長老を見ました、それで言うことは。
「九尾の狐さんも普通かな」
「ほっほっほ、千年生きておる狐でもじゃな」
「はい、仙狐ですよね」
「そうじゃ、仙術も備えておる」
実際にそうだというのです。
「千年生きておると誰でも使えるぞ」
「千年生きるなんてないですからね」
そもそもこのこと自体がありません。
「それが」
「だからじゃな」
「うん、普通じゃなですいよ」
到底だというのです。
「どう考えてもね」
「千年生きるにはコツがあるのじゃがな」
「そのコツがもう」
やっぱり普通ではないというのです。
「長老さんにしても」
「それはそうじゃがな」
「けれど日本は、特に京都は色々と独自のものが多過ぎて」
「わしも普通に思えるか」
「そう思います」
こう言うのでした。
「普通なら信じられないことですが」
「確かに色々なものがある街じゃがな、昔から」
「ですよね、やっぱり」
「わしも京都の霊力を浴びて長寿を得てじゃった」
「九尾の狐になられたんですね」
「そうなのじゃよ。それでじゃが」
ここまでお話してです、長老は皆に言いました。
「ここの素はあれじゃ」
「あっ、あれなんだ」
「あの木の実がそうなんだ」
「そうじゃ、あの柿の実じゃ」
山の中に一本の柿の木があります、その柿の木の枝に柿の実が一つあります。一見すると普通の柿の実なのですが。
長老はその柿の実を指差しながら皆にこう言います。
「あれが素じゃ」
「じゃあ今すぐにですね」
「取るんですね」
「それじゃあ今度は僕が」
チーチーが名乗り出ました。
「木の上まで登って取ってくるよ」
「猿には木じゃな」
「だから」
それでだというのです、そしてです。
すぐにその柿の木に登ってでした、チーチーはその柿を取りました、これまた一つ素が手に入りました。そして。
またすぐに移動しました、そこはといいますと。
とても立派な木造の五重の塔にです、立派な金堂があります。
その五重の塔をです、皆まずは呆然となって見上げました。
「今度もまた凄い場所だね」
「何ていうかね」
「木造でこれだけ高いなんて」
「これまた歴史ある建物だね」
「綺麗だしね」
「これもとても古そうだね」
「確かこの塔が」
どういった場所かとです、先生が皆にお話します。
「五重の塔、ということは」
「うん、東寺だね」
王子が先生に応えます。
「そうだね」
「東寺についてはね」
「先生知ってたんだね」
「うん、本に乗っていたからね」
だから読んで知っていたというのです。
「このお寺のことはね」
「そうだね、今度はここに来るとはね」
「そのことは思わなかったよ」
「実は今日回るつもりだったんだ」
王子はここでこう言いました。
「ここも京都の観光名所だからね」
「だからだね」
「うん、今来ることが出来てよかったよ」
「さて、それでだけれど」
「ここでもだよね」
ポリネシアとトートーが言ってきました。
「お薬の素があるんだね」
「それが」
「うん、長老さんが案内してくれた場所だからね」
間違いなくそうだとです、先生は二羽の鳥に答えました。
「あるよ」
「さて、その場所はのう」
長老も実際に皆にお話します。
「塔の一番上じゃ」
「この五重の塔のですね」
「そうじゃ、一番上じゃ」
そこにだというのです。
「あるのじゃよ」
「それは一体どんなものですか?」
先生は今度の素が塔の一番上にあると聞いてです、長老にそれが一体どういったものかを尋ねました。
「塔の一番上にあるものとは」
「うむ、巣の中にあってな」
「鳥の巣ですか」
「その鳥は霊力のある燕でな」
長老はその巣の主のこともお話します。
「東寺にいるな、特別の燕なのじゃ」
「それでその燕の巣の中に」
「鶏のものと同じ卵が一つある」
そうだというのです。
「子供の生まれない卵がのう」
「ああ、無精卵ですね」
「その卵がいつも一つだけあってな」
「その卵を手に入れればいいんですね」
「おお、丁度来たぞ」
先生とお話しながらです、狐はです。
上を見上げました、するとです。
一羽の燕が来ました、その燕は長老のところに来て上を飛びながら先生に尋ねてきました。
「狐の棟梁じゃない、どうしたの?」
「うむ、実はこの先生達じゃが」
「ああ、この白人の人だね」
燕はここで先生を見ました、そのうえで言います。
「いい人みたいだね」
「実はわしの一族の者が一人結核にかかってのう」
「ああ、それでなんだ」
「この人はお医者さんなのじゃよ」
長老は燕にこうお話します。
「結核の薬を作ってくれるな」
「ふうん、じゃあ先生」
ここで、です。燕はです。先生にこう言いました。
「卵を欲しいんだね」
「うん、お願い出来るかな」
「いいよ、ただね」
燕は先生に卵をあげることはいいとしました、ですが。
それでもだとです、先生に言うのでした。
「僕の家は一番上にあるからね」
「塔のだね」
「そうだよ、一番上の屋根のところにね」
そこにあるというのです、燕の巣は。
「そう簡単には行けないよ」
「そうだね、少なくとも僕には行けないね」
「あっ、先生は行かない方がいいよ」
五重の塔の一番上の屋根にはというおです。
「絶対にね」
「そうだね、僕が行ってもね」
「落ちるよ」
燕は先生のその丸々とした大きな身体を見ました、その身体を見ただけで先生が運動神経が鈍いことがわかります。
実際にです、燕はこのことについてかなり率直に尋ねました。
「先生運動神経悪いよね」
「運動は全部苦手だよ」
「そうだね、じゃあ先生は登らない方がいいよ」
塔の上にはというのです。
「他の誰かが来た方がね」
「あっ、それじゃあね」
「僕達が」
ここで名乗り出たのはポリネシアとトートーでした。
「今から燕さんの巣まで行ってね」
「そうして」
「君達が取って来るんだね、それだったらね」
燕は二羽の言葉を受けました、それででした。
ポリネシアとトートーは燕に案内されて塔の一番上まで飛んで行きました、そしてです。
そのうえで先生達のところにすぐに戻ってきました、ポリネシアの右足に七色に輝く卵があります。その卵こそがです。
「これがじゃよ」
「霊薬の素ですね」
「そうなのじゃよ」
こう先生に答える長老でした。
「これでまた一つ、あと一つじゃ」
「最後ですか、いよいよ」
「そうじゃ」
その通りだというのです。
「ではすぐに行こうぞ」
「頑張ってね、先生」
燕も先生にエールを送ってきます。
「応援させてもらうわ」
「悪いね、卵を譲ってもらって」
「いいよ、だって子供が生まれる卵じゃないから」
だからいいというのです、燕にしましても。
「それに何時でも一個あるしね」
「それでなんだね」
「これで誰かが助かるならそれに越したことはないよ」
燕もそれでいいというのです、ずけずけ言いますがその心根はいい人なのです。
「だからね」
「譲ってくれるんだね」
「お礼はいいから」
それもいいというのです。
「役に立ててね」
「うん、それじゃあね」
先生も燕の言葉に笑顔で応えます、そうしてでした。
先生達はまた別の場所に移動しました、今度の場所はといいますと。
植物園です、京都の植物園です。そこに入ると老馬が目を細めさせて言いました。
「いやあ、いいよね」
「そうだね」
「同意だよ」
オシツオサレツもその前後の頭のそれぞれの目を細めさせています。その前後の頭でお馬さんに同時に答えます。
「ここはね」
「何か食べたくなるよ」
「あっ、御飯は後で出すから」
王子は二匹にこう言って注意しました。
「ここの草木は食べたら駄目だよ」
「うん、それはわかってるよ」
「ちょっと強い誘惑を感じるけれどね」
「我慢しているから」
二匹もこう答えるのでした。
「後のとても美味しい草を楽しみにしてるよ」
「だからね」
「今は」
こうお話してでした、そのうえでなのでした。
一行はまた周りを見回します、ですが。
ここでなのでした、長老は一行の前に来てこう言ってきました。
「園長さんとは話をつけてきたぞ」
「素を貰ってもいいんですね」
「そうじゃ、植物園の庭にオオバコがあるのじゃが」
「そのオオバコがですね」
先生がすぐに察しました、そのオオバコこそがだというのです。
「最後の素ですね」
「そうなのじゃよ、しかしじゃ」
「しかしといいますと」
「そのオオバコは外見は普通のオオバコと同じじゃ」
全くだというのです、その外見は。
「何も変わらない」
「では普通のオオバコと間違えてはなりませんね」
「その通りじゃ、さてここは」
どうすべきかとです、長老は一行を見ました。ですが。
すぐにです、今度名乗りを挙げたのは。
「よし、じゃあここはね」
「僕達の出番だね」
「最後の最後はね」
「任せてくれるかしら」
お馬さんとオシツオサレツにです、チープサイド達が名乗り出ました。まずはお馬さんとオシツオサレツが言うのでした。
「僕達はいつも草、オオバコも食べているからね」
「どのオオバコが特別なのかわかるよ」
「そのことがね」
だからたというのです、彼等は。
そしてです、チープサイドの一家もなのです。
「僕達実はオオバコを食べることもあるんだ」
「他の雀はともかく私達一家は大好きなのよ」
「だからね、どのオオバコが特別なのかわかるから」
「だからここは任せて」
「僕達にね」
一家で言うのでした、そのうえで。
彼等は植物園のお庭のオオバコ達の中からすぐに一つのオオバコの周りに集まりました、それで先生に言いました。
「先生、これだよ」
「このオオバコがだよ」
「特別なオオバコだよ」
「これだけ匂いが違うから」
匂い、これが何よりの証拠だというのです。
「これで間違いないから」
「これで最後の素が手に入ったね」
「遂にだよね」
「全部揃ったね」
「うん、これでね」
その通りだとです、先生も彼等に応えます。
そしてなのでした、素を全部揃えたところで長老は皆に確かな顔で言いました。
「皆よくやってくれた、ではじゃ」
「はい、これでですね」
「すぐにあの母娘のところに戻ってな」
そしてだというのです。
「薬を調合するぞ」
「わかりました、それでは」
「いや、どれもそう簡単に手に入れられるものではなかった」
長老はしみじみとした口調になっています、これまでのことを思い出してです。
「しかし皆よくやってくれたわ」
「そうですね、皆がいてくれたからこそ」
だからだとです、先生も長老の言葉に応えて頷きます。
「すぐに全部揃いましたね」
「そうじゃ、これも先生の人徳じゃな」
「僕のですか」
「先生に人徳があるから皆が一緒におるのじゃよ」
先生の周りにいる動物達を温かい目で見ながらです、長老は言うのでした。
「だからじゃよ」
「今回はですか」
「うむ、速やかに進んだのじゃ」
「皆は活躍してくれましたが」
「先生はというのじゃな」
「はい、何もしていませんですけれど」
「しかしその皆が集まっておるのは先生を慕ってじゃよ」
そしてだというのです。
「それじゃ」
「では今回のことは」
「無論動物の皆がいてこそじゃ」
ことを成し遂げられたのは事実だというのです、ですがそれ以上にだとです。長老は先生に対してお話するのです。
「しかしその皆も先生がいてこそじゃ」
「僕は何もしていないですよ」
「いやいや、だから人徳じゃ」
「その僕の人徳を慕ってですか」
「集まっているからじゃよ」
こう先生に言うのです。そして動物達も先生に言います。
「うん、僕達だってね」
「先生の為なら火の中水の中だよ」
「それに先生僕達にいつも優しいし公平だし」
「友達として付き合ってくれているからね」
だからだというのです。
「一緒にいるんだよ」
「今でも今もこれからもね」
「そうしているんだ」
「こうしてね」
「その通りじゃ、まさに今回どうにかなったのは先生が京都に来てくれたからじゃ」
「そうですよね、先生でないと」
「皆一緒にいないしね」
このことはトミーと王子も言います、まさに先生であればこそです。
「今回のことはとても」
「出来なかったよ」
「その通りじゃ。わしも先生が気に入った」
そうだというのです、長老も。それで先生にお話するのです。
「だからまた京都に来た時はな」
「その時はですか」
「そうじゃ、精一杯おもてなしをするぞ」
そうするとです、長老は先生に約束しました。
「だからまた来てくれよ」
「そうですか、何か悪いですね」
「いやいや、先生は今回の恩がある」
そのです、お母さん狐のことで。
「だからこそじゃ」
「僕よりも動物達に」
「そこじゃ、さらに気に入った」
長老は先生に今の言葉にもびしっと指摘します、まさにその言葉に先生の人徳そして人間的に魅力があるというのです。
「そこでそう言うのがよいのじゃ」
「そうですか」
「その謙遜、謙遜は過ぎるといやらしいが美徳なのじゃ」
「ですが本当に」
「わかっておる、当然動物達もじゃ」
彼等のことも約束する長老でした。
「存分にもてなしてもらう」
「先生、よかったですね」
トミーは長老に約束してもらった先生に明るい笑顔で言いました。
「長老さんに迎えてもらって」
「先生っていつもこうなんだよね」
ここで王子はこう言ったのでした。
「そこにいる人達に好かれるんだよね」
「先生だからね」
「そのことは当然だよ」
動物達も王子と同じ意見です、勿論トミーとも。
「後は結婚相手だけだね」
「その人が見つかれば最高だよ」
「そのことは言わないでね」
結婚のことになるとです、困ったお顔で応える先生でした。このことについてはどうしても弱ってしまうのでした。
「気にしてるから」
「ほう、先生はまだ独身か」
そう聞いてです、長老は今度は何処か楽しそうな笑顔になりました。その笑顔で先生にこんなことを言いました。
「京都のおなごは存外したたかだから気をつけるのじゃよ」
「そうなのですか」
「そうじゃ、京都のおなごは強いぞ」
イギリス人にはよくわからないことです、そこまで日本のことを詳しいイギリス人はあまりいません。どの地域の女の人の気質までは。
「あと大阪のおなごはおばさんじゃ」
「おばさんですか」
「そうじゃ、おばさんじゃ」
それが大阪の女の人だというのです。
「十八の花盛りでもな」
「何か凄いですね」
「日本のおなごはよい」
しかし、というのです。
「伴侶とするのにもな」
「そうなのですね」
「しかしじゃ、京都のおなごはな」
気が強いというのです。
「芯が強い、伴侶とするなら注意せよ」
「わかりました、とはいいましても」
「その伴侶がじゃな」
「僕はどうも縁がないので」
長老にもこう言う先生でした。
「どうなるかは」
「しかし見付けられよ、先生も」
「そうすべきですか」
「人は結婚してからがはじまりじゃ」
その人生のだというのです。
「だからじゃ、先生もな」
「じゃあそちらの努力も」
「されよ」
こう言うのでした、先生の結婚のことは京都でもお話されるのでした。
薬の調合の為にあちこちで材料集め。
美姫 「皆のお蔭で結構、楽に集める事が出来たわね」
だよな。確かに先生の人徳かもな。
美姫 「無事に調合も終わったみたいだしね」
母親狐もこれで安心だな。
美姫 「良かったわね」
次はどんな話が待っているのか。
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。